雪山に咲く「虹飴」・ストーリー・5-8
第五話:僕の心傷、彼の心傷
ナイフラスト極雪山
小さな洞窟内
御侍:うっ、うーん……。
杏子飴:お目覚めのようですね。
起床した御侍の視界には大人しい杏子飴の姿が目に移る。周囲を見回すとそこが小さな洞穴の中である事に気づいた。洞窟全体が薄暗く、入り口から僅かながら光が差し込んでいる。
起きてすぐに、御侍は右膝より上の箇所に包帯が巻かれている事に気づいた。隣に御侍が持ってきた救急箱が開いたまま置いてあった。
杏子飴:この洞穴は僕の知り合いの白熊にお願いして貸してもらった洞穴です。
杏子飴:状況を説明しますと堕神の起こした雪崩は僕らに直撃し、僕ら二人と他四人を分断させる形となりました。洞穴の外は見ての通りです。
杏子飴の指先が示す方向に視線を向ける。入り口の先に見える外の景色は豪雪風で満たされていた。今洞穴から出れば飛んでくる雪に視界と体温を奪われ、今以上に困難な状況になる事は明らかだ。
御侍:私達……遭難した!!
杏子飴:落ち着いてください。この天候は一過性です。明日になれば晴れるでしょう。今日一日はここで野宿になってしまいますけどね。
御侍:そうか……。
杏子飴:……。
俯く御侍を見る杏子飴。杏子飴は先程の身を挺して自分を庇ってくれた御侍の行動を思い返していた。あんな一撃、食霊ならどうって事もないものだが人間が喰らえば致命傷だ。
杏子飴:あの……先程はありがとうございました。
杏子飴が地面に尻をつけ、体育座りになった。
それを御侍も真似して同じく体育座りになった。二人は横並びになっている。距離は二〜三メートル以上離れている。
御侍:何のこと??
杏子飴:堕神から僕を守ってくれたことです。
不思議な物を見る目で御侍の瞳を見つめる。
人間の肉体に比べて食霊の肉体はとても頑丈だ。契約の強制力を主人に使われ、身を挺して主人を守る事を強いられる食霊は山のようにいる。だが自分達より頑丈な肉体を持つ食霊をわざわざ身を挺して守る人間等、杏子飴は聞いた事がない。
御侍:君も私を救ってくれたじゃないか。当然のお返しだよ。
御侍:それに、私が君達食霊と違って戦闘面では無能なばかりに足を引っ張ってしまっていた事も申し訳なく思ってるよ。
恥ずかしそうに軽く、小さく頭を下げる御侍。そのセリフは深く考える事なく言ったセリフだった。だがその中には杏子飴にとって最も他人の口から聞きたくない言葉ーー『無能』という言葉が含まれていた。
杏子飴:(戦闘面では……無能……?『無能』!?)
杏子飴が苦しみ始めた。口にあんず飴を咥えたまま両手のひらで頭を抑えつけ、膝を地面に付けた。
杏子飴:ウウッ!アアッ!イヤだ……。
杏子飴の記憶
杏子飴の御侍:(まあ、家事ができなくても戦闘面では役に立つだろ?期待してるぜ、杏子飴!)
杏子飴:ウッ!
杏子飴の御侍:(杏子飴!『お前の咀嚼音がうるさくて眠れない』って母さんが言ってたぞ!いい加減治せ!)
杏子飴:ウウッ!イヤだ……。
杏子飴の御侍:(おい杏子飴!冬は俺達から二メートルは離れてろと言っただろう!俺達を凍え死なすつもりか?)
杏子飴:そんな……つもり……。
杏子飴の御侍:(おい、何やってんだ!堕神共はもうお前が殺したんだから敵はいないだろ!拳を降ろせ!暴れるな!契約してるはずなのに何故俺のコントロールが効かないんだ?!)
杏子飴:ゴメン……なさい……。
杏子飴の御侍:(大量の幻晶石が手に入ったぜ!これで少なくともまともな食霊は呼べそうだ!)
杏子飴の御侍の妻:(貴方、おめでとう!)
杏子飴:ハァーッ、ハァーッ……。
杏子飴の御侍:(何だ、『お前』、いたのか。気づかなかったよ。もう行っていいぞ。その仕事は生ハムメロンが代わりにやってくれる。そこら辺で適当に休んでろ。暖炉には近づくなよ)
杏子飴:ハァーッ、ハァーッ……。
生ハムメロン:(先輩、大丈夫ですヨォ〜。これから御侍様のお世話には使えない貴方の代わりにボクが全てやりまスゥ。ボクは無能な貴方の代わりに召喚されたのですかラァ。安心して、『ご隠居』!されてくださイ!)
杏子飴の御侍:(生ハムメロンどこだ!今度のミッションの打ち合わせをするぞ!)
生ハムメロン:(はい、僕は只今参ります!暫しお待ちくださいませ旦那様!……サョナラ)
杏子飴:僕が……無能だから……。
杏子飴(僕):(僕のそこから先の記憶は曖昧だ。僕は自分の部屋に歩いて戻ったらしい。)
杏子飴(僕):(らしいというのは、自室まで戻った道のりの記憶が存在しないからだ。気づいた時には自室で棒立ちしていたんだ。)
杏子飴:僕……なにを……?痛っ!
杏子飴(僕):(すぐに自分の左頬と両腕に痛みを感じた。右隣に姿見鏡があったので振り向き、覗いてみた。)
杏子飴(僕):(鏡の中の僕には左頬と両腕のあちこちに切り傷があって、そこから血が零れていた。)
杏子飴(僕):(そして、左手には血の付いたナイフが握られていたんだ。)
杏子飴:痛い……誰が……何で……こんな事……。僕……?
杏子飴:ハッ!
杏子飴(??):……。
杏子飴:君は……だれ……?
杏子飴:‥…。
杏子飴(??):テメェは……誰……だ……?
今
杏子飴:ごめんなさい……ごめんなさい……。ごめん……なさい。
俯いて独り言を呟き始めた杏子飴。彼の肩は震えている。
御侍:だっ、大丈夫かい?
杏子飴:ハアーッ、ハアーッ。……すみません、定期的な発作です‥…。
ナイフラスト極雪山
猛吹雪の氷原
湯葉あんかけ:当時、ギルドに『虹飴の在り処を知る者を探せ』と命じられた私はまっさきに数少ない私の友人である杏子飴の事を思い出しました。あんず飴の食霊の彼なら知っているのではないかと。杏子飴の住所の情報を各地から集めました。
湯葉あんかけ:そして水飴が溶けず、かつ人と関わらないで済むこの雪山で自給自足生活を送っていた杏子飴を見つけ出し、冒険家サポーターの職務に勧誘しました。幾度と誘いを断られましたが最終的には半ば強引にスカウトに成功しました。
湯葉あんかけ:杏子飴に尋ねたところ、やはり彼は虹飴の在り処を知っていました。知っているどころか何の因果か、『虹飴が在る場所』であるこの極雪山に住んでいたのです。……私はギルドに与えられたミッションに成功したのです。
湯葉あんかけ:ですがギルドに与えられた使命を達成した喜びよりも、『ギルドの命令だから勧誘した』事への彼に対する後ろめたさの方が強く心に残りました。
湯葉あんかけ:杏子飴は本当は虹飴の在り処を世に公表したくなかったのです。静かな雪山生活が人が立ち入る事で壊されてしまいますからね。私を信頼してくれる彼の心を利用したという……彼を騙したような罪悪感が私の心に残り続けたのです。
湯葉あんかけ:それに対する償いにもなりませんが、杏子飴の『人間と食霊への不信』を知っていた私は、『彼にこの仕事を通して他者と関わる事で、他者への不信を払拭して貰おう』と決意しました。
湯葉あんかけ:私が彼のサポートに全力で回ろうと決めたのです。
湯葉の野菜春巻き:結果は……どうでした??
湯葉あんかけ:春巻きの想像通りの結果ですよ。過去に、ある国の王が七色虹飴を欲しがり、杏子飴と私、それに自分の兵団を連れて冒険した事がありました。
湯葉あんかけ:その時も先程のように彼の飴が口元からなくなった瞬間、彼は理性を失い、堕神と王の兵団、両方もろとも彼一人で全滅させてしまいました。
湯葉あんかけ:他の依頼主の時も、敵味方問わず、杏子飴が全員殴り飛ばしました。ただし、敵味方全滅させた上で依頼の七色水飴はちゃんと入手し、依頼主に譲渡できていましたが。余計彼の他人不信を強めてしまったと私は感じています。
厚揚げ豆腐:殴り飛ばされた人間達からしちゃたまったもんじゃねえけど、杏子飴自身の為にもならなかったって事か。
湯葉あんかけ:私は、彼にこんな仕事を続けさせるのは『人間に対する安心感』と『己への自信』の両方を彼から徐々に奪っていくだけなのではないかと、常々思っておりました。別に仕事等しなくとも杏子飴なら独りで生きていけますから。
湯葉あんかけ:ですが春巻きと厚揚げから御侍様の話を伺い、御侍様なら杏子飴の心のなかにある『他者への不信感』……『彼のトラウマ』を払拭して頂けるのではないかという期待が産まれました。
湯葉あんかけ:だからこそ、今回の春巻きの計画に乗らせて頂いたのです。
湯葉あんかけ:(それに、彼の劣等感を抱く姿は……春巻きーー貴方と『あの方』と共に三人で過ごしていた頃の私自身を見ているようですからね。『後輩の食霊への劣等感』、『御侍のお役に立てない己への無力感』が特に)
湯葉の野菜春巻き:このミッションを受ける運命を導き出したのは御侍様自身ですよ。私自作の『幻の料理図鑑』から見事『虹飴』のページを選び抜いたのですから。
湯葉の野菜春巻き:(まあ、あの図鑑の中で『夏屋台料理』と『レアな料理』に該当するのは虹飴くらいでしたがね。『夏屋台』は御侍様の目利き力による必然、『レア』は御侍様の運の力による偶然と言えるでしょう)
ライス:おんじさま……さむがっていないかな?
湯葉あんかけ:ライス様、ご安心ください。遭難して離れ離れになった時、落ち合う場所を何箇所か彼との間で相談済みです。手あたり次第スポットに向かってみましょう!
第六話:「君には、人間を」
ナイフラスト極雪山
小さな洞窟内
御侍:そんな事があったんだ……。
杏子飴:はい。僕の『キレ症』が原因でかつての御侍様を傷つけてしまいそうになった事もあります。……僕は……僕は……。
杏子飴の記憶の声:(ボクは無能な貴方の代わりに召喚されたのですかラァ)
杏子飴:……僕は……存在してて良い食霊なのでしょうか……??
目に涙を浮かべる杏子飴の瞳を見るーーそして彼はすぐに涙を左腕で拭い始めた。
杏子飴:すみません、お見苦しい所をお見せして。まだ出会って少しの人なのにこんなベラベラと自分の過去を……。
杏子飴:洞穴に二人きりというこの状況が僕をお喋りにしたのかもしれません。……安心して下さい。依頼遂行のため、貴方は必ずお守りします。
拭い終わった顔中にまだ涙痕が残っているが、笑顔を作って御侍に言った。
御侍はすぐにそれが作り笑いだと見破った。同時に、彼の作り笑いに健気さを感じ取った。
その作り笑った泣き顔はどこか、いつも身近にいるライスの顔と重なった。強がって見せる時のライスの姿に。
御侍はゆっくり立ち上がり、体育座りの杏子飴の前までやってきた。
杏子飴:どうされました?
不思議そうに杏子飴が御侍を見上げる。
素早く、御侍は杏子飴を抱きしめた。
杏子飴:なっ、なにを?!
杏子飴はその包容が苦しくなく、むしろ包み込むように優しい事に気づいた。
さらに、御侍は杏子飴の後ろ髪まで撫で始めた。そして杏子飴にそっと語り掛ける。
御侍:形はどうあれ、君は私達を……私を助けてくれたじゃないか。
御侍:君が君自身で欠点だと思っている事柄が私達を助けてくれたのだよ?
御侍:人も食霊も、短所は使い方次第で最大の長所にもなり得ると私は考えているよ。
杏子飴:な、撫でるのも抱きしめるのもやめてください……子供じゃないんですから。
杏子飴が恥ずかしそうな表情を浮かべた。
御侍:ごめんね、失礼だけど今の君の表情が我慢して笑ってみせる時のライスみたいだったものでつい撫でてあげたくなってしまったよ。でも、肌で触れ合うと安心し合えるのは人も食霊も同じじゃないかな?
御侍:ライスは悲しい時、よく私に抱きしめられて安らいだ顔をするからね。
杏子飴:あ、あんな小さな子と一緒にしないでください!手が邪魔であんず飴が食べにくいです!
御侍:私はね、君のように、人間との間に思わぬ確執があった為に心が傷ついた食霊を今まで沢山見てきた。
回想
麻辣ザリガニ(SP):(こいつらが……俺様が守る相手なのか……)
ペッパーシャコ:(兄貴!早く逃げて!)
グリーンカレー:(シャコ、君は先に兄上を連れて逃げなさい、僕は彼らを引き離す)
カッサータ:(俺はなぜこの世界に来たのだろう?俺の御侍であるこの男は、俺に何の期待もしていない。やつに必要なのは、他につながりがなく、やつに絶対服従する道具なのだ。まさか、それが食霊の存在意義なのか?)
ピザ:(お前さん、何ていう名前!?オレが助けたんだよ。ふふん、大したもんだろ〜。今度俺と一緒に冒険に行こうぜ!いてててーー!チーちゃん、放してくれよ……)
チーズ:(この子のこと気にしないで、みんなに冗談をいうのが好きなだけなの。傷がまだ治っていないわ!ゆっくり休んで!)
ジンジャーブレッド:(人は変わる。やさしい父親は残忍な飲んだくれになる。善良な娘は愛する父親を殺す。親切な村人はあたしを追い出す)
赤ワイン:(くだらん、善意がそんなに大切か)
スターゲイジーパイ:(こ……れは……なに……)
パスタ:(これは卑劣な人間が私たちに反旗を翻した証明だ・ともに人間に復讐をしよう。我が女王陛下、あなたの力が必要ですーーあなたが)
冬虫夏草:(何でも協力しますから、彼女だけは許してください。彼女には霊力はない。なんの価値もないから、見逃してください)
虫茶:(もし……はやく大人になったら……よかったのにな……)
おせち:(わたくしはもう、1人で冷たい神の相手をしたくない……)
土瓶蒸し:(今神に仕え始めても何も変えられません。勝手に身分を変えて、逆に神を怒らせてしまうかもしれませんよ?)
鯖の一夜干し:(ウウ……)
純米大吟醸:(ねえ、あちきとちょっと取引をしないかい?この飴とこの人を交換したいのだけど……)
ミネストローネ:(俺が何をしたか知ってるだろ。俺の体は悪の花に寄生されている……。アイツは最も人気な植物研究者、もしアイツにもう一度連絡したとしても、アイツを害するだけだ)
マッシュポテト:(昔のことはどうでもいいです、これから、時間はまだたくさんあります。僕たいはまた楽しいメモリーをいっぱい作ることができます)
水信玄餅:(私はきっと御侍様を殺してしまいます……そうなる前に私のことを殺してくださいっ……!)
ライス(SP):(御侍さま……あなたと…一緒に…いられて……)
今
御侍:君には、人間を嫌いになって欲しくないんだ。
杏子飴:……。
杏子飴(僕):(この人は僕の耳に小声で囁いた。)
杏子飴(僕):(僕の体温は食霊、人間含めた他の生物と比べて圧倒的に低い。人間は勿論、食霊ですら僕を抱きしめる事を躊躇する。)
杏子飴(僕):(この抱擁はきっと、徐々にこの人から体温を奪っている。この人からすれば何も得る物がない。むしろ体温をいたずらに失うばかりだろう。)
杏子飴(僕):(だけど、僕にとっては世界を変える程の抱擁だった。僕は体温が低いだけで人肌が苦手な訳じゃない。ちゃんと他人のぬくもりを感じ取ることができる。)
杏子飴(僕):(雪山に長く住み過ぎたせいか、いつの間にか『体』の温度の低下には慣れてしまっていた。今だ慣れないのは『心』の温度の低下だ。)
杏子飴(僕):(今まで生きてきた中で、僕を抱きしめてくれた人ーーいや、肌に触れてくれた人すら三人しかいなかった。皆、僕の氷のような低体温を嫌い、手を握る事すら拒んだからだ。)
杏子飴(僕):(抱きしめてくれた人間は二人、手を握ってくれた食霊は一人。)
杏子飴の記憶の声:(ウワッ、冷た!)
杏子飴(僕):(産まれた時に言われた言葉を思い出す。あの一度目の抱擁は一瞬だった。今、この人生二度目の抱擁を受けてどれだけの時間が流れただろう?止まった時の流れの中にいるみたいだ。)
杏子飴:(あたたかい……)
杏子飴(僕):(今までの僕なら天変地異が起きようと自ら右手を割り箸から離したりしなかった。他人を抱きしめたりする為よりあんず飴を口に運ぶ為に右手を使いたいからだ。)
杏子飴(僕):(だけど初めて僕は飴より他人を優先した。右手に握る割り箸から手を離し、この人の方に回した。左手もモナカを地面に落とし、この人の肩に回し、この人を抱きしめ返した。)
杏子飴(僕):(『変わってしまう』のが怖いから、あんず飴だけは口に含んだまま。)
杏子飴:(例えこの抱擁が憐れみからでも……嬉しい)
杏子飴(僕):(この世に僕を『抱きしめる事ができる』人も、『抱きしめてくれる』人もいないだろうと、僕は悟って生きてきた。それはとても心細かった。)
杏子飴(僕):(『豹変してしまう性格』、『過剰な飴へのこだわり』、『傍にいるだけで他人を寒くさせてしまう体質』ーーこれらのどれが他人に嫌われる本質的な要因なのか分からなかったけど、それらを全てに心をがんじがらめにされていた。)
杏子飴(僕):(そんな長年抱いてきた不信感からか、この人の抱擁がただの『憐れみから』だと感じてしまう。)
杏子飴(僕):(だけど、今目の前にいる人間に抱きしめて貰えているという事実が……その事実だけが僕にとって喜びだった。)
杏子飴(僕):(雪山の生物や頑強な肉体を持つ食霊なら多少肌が凍える程度の痛みで済むけど、人間が僕の体に触れ続ける事がどれだけ寒気と痛みを伴う事か。)
杏子飴:(この抱擁に裏の意図があるかどうかなんて関係ない。氷のような僕の体温を我慢してでも僕を抱きしめてくれている人間ーーこの人間なら、ほんの少しだけ信じられるかも)
杏子飴:(……はっ!)
杏子飴(僕):(僕はある事に気づいた。この人の表情と体の震えから、この人が僕を抱きしめているせいで寒さを感じ初めている事に。)
杏子飴(僕):(すぐに手を離し、後退った。)
杏子飴:ご、ごめんなさい。あまりに心が温かくてつい……。貴方の体温を奪ってしまっている事に気が回りませんでした……。
御侍:何を謝ることがあるんだ?寒い時は体を寄せ合う物だ。おしくらまんじゅうみたいに。
杏子飴:おしくらまんじゅう?何ですか?それは?
御侍:ええと、おしくらまんじゅうというのは――――
第七話:怒髪天の炎神
ナイフラスト極雪山
小さな洞窟内
御侍:ハー……、ハー……。
御侍は顔を真っ青にしてぐったりと地面に横たわっている。
杏子飴:(御侍様が……。このままだと凍えて死んでしまう!)
既に湯葉あんかけから渡されていたホット.ユズ.ジュースは全瓶空になってしまった。対策もなしに猛吹雪降る雪山の洞窟で長時間過ごせる人間はいない。
杏子飴:(どうしよう!どうしよう!)
御侍の荒い息遣いを聞く度にパニックになっていく杏子飴。
ふと、御侍の言葉を思い出した。『短所は最大の長所にもなり得る』という言葉を。
杏子飴:短所は最大の……。
杏子飴が飴を咥えたまま割り箸を握る手を放し、右拳を固めて見つめる。脳内でこだまする御侍の言葉から、たった一つだけの、御侍を助ける方法を閃いた。
作戦を実行するための道具を探し、洞窟内を見回す。そして隅っこにある木の破片と、人の半分くらいの大きさの岩がある事を発見した。
それらのある所まで歩いていき、木の破片を岩の周りに集めて薪にした。
朦朧とする意識の御侍には杏子飴が何をしているのか目が霞んで良く見えない。
杏子飴:これを見張っててください。
薪に囲まれた岩の前に立つ杏子飴がポケットからハンカチを取り出し、横たわる御侍の前に投げ捨てた。御侍の目線の前にハンカチを上手く着地させる事に成功した。
次に自分の右手を口に咥えるあんず飴の割り箸に伸ばし、握る。目を瞑り、顔をしかめながらブツブツと呪詛のように何かを唱えている。
杏子飴:恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない。
杏子飴:僕は……僕に負けたく……ない……。
次の瞬間、右手に握る割り箸を力強く引っ張り、口の中のあんず飴を取り出した。
その動きは侍が抜刀する時の動作のように鋭い。
さらにゴクリと口の中に残る水飴も飲み込んだ。証拠に、喉仏が動いた。口の中を空っぽにしたのだ。
めきめきと杏子飴の表情が険しい物に変化していく。寝ていた髪は逆立ち、切り傷痕が浮かび上がる。霊力を感じ取れない御侍ですら杏子飴から何か目に見えない力が放出されたのを感じとれた。
杏子飴:ウ”オ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!
杏子飴:ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ーー!!
獣のような雄叫びを杏子飴が上げた。目は白目をむいている。左手に持つモナカは声の振動で粉々になる。右手に握るあんず飴は無事だ。
杏子飴:ふん!
杏子飴があんず飴を投げ捨てた。宙で回転しながら落下するあんず飴は御侍の前に置かれたハンカチの上に奇麗に着地する。
白目をむいた杏子飴はゆっくりと視線を岩に移した。
そして、右拳と左拳を岩に向けて交互に打ち付け始めた。
杏子飴:ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァーー!!
彼の掛け声と共に両拳が岩に向かって振り下ろされる。バキバキという、岩が砕ける破壊音も同時に鳴り響く。
杏子飴の嵐のような連続殴打により粉々になっていくことで、みるみる岩の大きさが縮んでいく。
最期、岩が極小まで縮んだ所で『それ』は起きた。
杏子飴:ウォラァァ!!
ボウ!
強拳の連打を与え続けた末、岩が発火した。
燃え盛る岩の炎は岩を囲んでいた薪にも移った事でさらに広がりを増した。
杏子飴:ハアーッ、ハアーッ、ハアーッ……。
息を切らす杏子飴。火が手にも燃え移り、肘より先が炎に包まれている。
さらに先程杏子飴が起こした焚き火が杏子飴の背中後ろで轟々と立ち込めている。
霞んでいた御侍の目は薄暗い洞窟に明かりが灯された事で、僅かながら杏子飴の姿を認識できるようになった。
その姿を見た御侍は、今の杏子飴の姿を堕神戦の時のような、恐ろしい『鬼神』とは連想できなかった。むしろ彼の燃える両腕と背後の焚火のせいか、神々しい『炎神』を連想させられた。
杏子飴:アッチ!!
杏子飴が両腕をバタバタと上下に強く降る。その強い煽りで炎は鎮火した。
しかし、杏子飴の両腕には焦げ跡と煙、そして痛々しい傷跡が残っている。
杏子飴:ソレ、ソレを……。
痛みで顔を歪めた杏子飴が御侍の方にある何かに向けて指さす。
御侍:え?!ああ!救急箱だね、すぐに腕の手当てを。
杏子飴:ちげぇぇー!!そのあんず飴をすぐによこせーー!!
ハンカチの上のあんず飴を指さしていたようだ。すぐさま御侍はあんず飴の割り箸を拾い上げ、杏子飴に投げ渡した。
空中で回転するあんず飴を髪逆立つ杏子飴は手すら使わずに口でキャッチした。
杏子飴:ム……。ペロペロ……。
杏子飴:……ふぅー……。
御侍:ねえ、その両手、手当してあげるよ。
杏子飴:いいえ、大丈夫です。僕は飴さえ舐めてればすぐに傷が治る体質なんです。
御侍:ホント?!
杏子飴:ウソです。
御侍:なんでウソつくの?!ほら、手貸して!
杏子飴:御侍様だって体温が下がっている上に怪我もしているでしょう。お構いなく。
御侍:いいから!
無理やり杏子飴の右手を引っ張り、傷口に薬を塗り、包帯を巻いていく。治療の間、杏子飴は手を使わずに口だけを使ってあんず飴を味わっていた。
御侍:それにしても、良く暴走せずに済んだね。
杏子飴:ええ、僕も初めてですこんな事は。何ででしょう?
杏子飴はやけどした左腕に包帯を巻いてくれている御侍の顔を見る。
杏子飴:(この人は他の料理御侍とは違う何かを持っている)
杏子飴:(この人といれば、僕は僕自身をコントロールする術を見つけられるかもしれない)
御侍:ねえ、その左頬……。
杏子飴:何ですか?
御侍:傷が消えているね。
杏子飴:何故かいつもあの姿になる時だけ現れるんです。
杏子飴:あれはきっと、僕自身を大切に扱わなかった僕へ神様が『過去を忘れるな、僕だけは僕の味方でいろ』……って、言っているんだと思っています。
御侍:……。
第八話:「一人いれば大丈夫」
ナイフラスト極雪山 深夜
小さな洞窟内
焚き火の温かさのおかげで御侍は少し体力を回復してきた。二人とも地面に横たわり、眠る体勢に入っている。顔を向け合い、両者目を瞑り、小声で話し合う。まだ外からは吹雪の音が聞こえる。
御侍:ねえ、杏子飴?
杏子飴:なんですか?
御侍:君は人間が嫌いなのだと思う。だからこんな山奥に住んでいるのだろう?
杏子飴:……。
御侍:食霊の事は好きかい?
杏子飴:あまり……好き……ではないです。
御侍:じゃあ湯葉あんかけは?
杏子飴:彼は……友達です……。食霊は好き……じゃないですが……彼は……嫌いじゃ……ない……。
御侍:そうか、なら安心だ。一人いれば……一人いれば……大丈夫。
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
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