失われた雀羽・ストーリー・メイン1章~4章
第一章-協力
陰に陽に鎬を削る
南離印館
書斎
光耀大陸で最も盛大に催される神君継承式典までまだ少し時間があるが、南離印館では着々と朱雀神君継承の複雑な儀式の準備が進められていた。
京醤肉糸(じんじゃんろーす)が朱色の木の椅子に座りながら、部下から提出された資料を読み進めていた時、コンコンと扉を叩く音が響いた。
松の実酒は扉を押し開ける。眉間には皺が寄せていた。京醤肉糸は顔を上げず軽く笑って口を開いた。
京醤肉糸:どうしたんだ。
松の実酒:明四喜(めいしき)の方から神物に関する新たな情報が届きました。
京醤肉糸はそれを聞くと、その内容を既に知っていたかのようにゆっくりと手の中の筆を置いた。
松の実酒:秋山の古い遺跡の中に埋められているそうです……ただ……
京醤肉糸:それが偽の情報だと心配しているのか?
松の実酒:あの男の言葉を鵜呑みには出来ないので……
京醤肉糸:心配するな。この情報は、こちらも把握している。
松の実酒:それは……
松の実酒の話途中、扉の外に微かに人影が見えた。隣にいた京醤肉糸は目を細め、無意識に口を噤んだ。
来訪者は掴みどころのない笑顔を浮かべた。優しそうなその表情の裏にはまるで未知なる危険が潜んでいるかのようだった。
明四喜:お二方の邪魔になってしまったようですね。
京醤肉糸:副館長はこの件のために来たんだろう。
明四喜:館長様御明察です。来たる神君継承式典について、館長はきっと何かお考えがあるのでしょう。
京醤肉糸:ただ私たちの考えが一致しているかどうかはわからない。はっきりさせようじゃないか。
京醤肉糸は扇子を開いて言い放った。彼を見ていた明四喜の視線が一瞬止まって何かを考えているようだった。しかしすぐにいつもの様子に戻った。
明四喜:館長がそこまで仰るのなら、不才もこれ以上隠し立ては致しません。神物はそもそも希少なものです。このような機会は滅多にございません――
明四喜:もし此度の機会を掴む事が出来れば……不才が口にせずとも、館長様はおわかりになるでしょう。
松の実酒は沈黙したまま隣に立っていた。二つの力が声も顔色も変えずに均衡したまま対峙しているのを感じていた。
京醤肉糸:朱雀様の神物を探すのは確かに大事だ、そして貴方の情報もとても貴重だ。
明四喜:お役立て出来たのなら光栄です。此度の目的地はそれほど遠くはありませんが、遺跡の中にどのような危険があるのかわかりません。ヤンシェズはきっと少しばかり力になれるでしょう。
京醤肉糸:私は異議はない。むしろ貴方の部下を煩わせてしまうな。
明四喜:問題ございません。では旅のご無事をお祈り致します。
明四喜の姿が視野から完全に消えてから、扉の方を凝視していた松の実酒の視線は徐々に緩和され、張り詰めていた気持ちも落ち着いて来た。
京醤肉糸は何も言わず、強張っている松の実酒を見た。扇子の裏で少しだけ笑い声が漏れた。
松の実酒は京醤肉糸の笑い声を聞いて、先程までの緊張した気持ちが一気に崩れた。深呼吸をして、どうにか怒りを抑えようと試みた。
松の実酒:協力関係を結んだという事ですよね。ヤンシェズを遣わせたのは、どう考えても私たちを監視するためですよ。
京醤肉糸:同じ目的をもっているのなら、協力する価値はある。それに、監視できるのは彼らだけではないだろう?
京醤肉糸は軽く扇子を揺らしながら、意味深に神物の位置を示している地図を眺めた。
第二章-出発
全員揃った、出発しよう!
南離印館
書斎
ギシギシ――ギシギシ――バタッ――
松の実酒:何の音でしょうか……
京醤肉糸:二人とも、出てきなさい。
京醤肉糸は地図を見ながら、突然口を開いた。松の実酒は彼に訝し気な視線を送った。
東側の窓の方からボソボソとした声が聞こえて来たと思ったら、すぐに、のそのそと二人が入口から入ってきた。
松の実酒:どうして……二人がここに?
京醤肉糸:いつからいたんだ、話したらどうだ。
親に問い詰められているかのように、蟹醸橙(しぇにゃんちぇん)と彫花蜜煎(ちょうかみせん)は俯きながら、ごにょごにょとお互いを推しあっていた。体についていた雑草は床に落ちた。
蟹醸橙:ぼ、僕たちは、ほ本当に盗み聞きしたかった訳じゃ!
彫花蜜煎:そ、そうよ……通りかかっただだけ、まさかこいつの機械が茂みに引っかかるなんて……
京醤肉糸:何が聞こえたんだ。
蟹醸橙:な、何も聞いてない!!神物とか……
彫花蜜煎:絶対言いふらさないわ!
京醤肉糸は厳しい面持ちを装っていたが、怒られないか怯えているのに胸を張っている二人の様子を見ていたら、すぐに笑いがこらえられなくなった。
京醤肉糸が本当に怒っていた訳ではない事に気付き、二人はようやく胸をなでおろした。しかしすぐにまた強気に口を開いた。
彫花蜜煎:館長……朱雀様の神物は……本当にあるの?
蟹醸橙:僕も知りたい!話は聞いた事あるけど、見た事はないからな。
彫花蜜煎:神物を探しに行くなら、うちらも連れてって!絶対に迷惑かけないから!
蟹醸橙:僕の機械術は上達したし!何か役に立つかもしれない!
京醤肉糸は松の実酒の方に視線をやる。反対意見はないようだった。扇子を揺らしながら頷いた。
京醤肉糸:これが貴方達の狙いだろう。まあ良い、これは貴方達を鍛錬する良い機会だ。
松の実酒:戻って準備をして来てください、明日出発します。
興奮した歓喜を上げながら、二人は満足そうに軽い足取りで部屋を出て行った。
翌日
南離印館
早くから門の所で待機していた蟹醸橙と彫花蜜煎は、遠くからやって来た京醤肉糸と松の実酒を見て、彼らに向かって手を振った。
待ちきれない程の荷物を持った二人を見て、松の実酒は思わず眉間に皺を寄せた。
松の実酒:こんなに荷物を持って……旅行に行くつもりですか?
蟹醸橙:本にはこう書いてあったんだ!神秘の宝物を探しに行く人は、十分な荷物を持っていかなきゃいけな……ええっ!松の実酒兄さん待ってーー!
松の実酒は蟹醸橙の言葉が終わる前に、荷物の「整理」を始めた。お菓子、服、雑貨が一つずつ投げ出されていく様子を二人は眺めるしかなかった。
数分後、松の実酒は整理を終えたのか、立ち上がって身だしなみを整えた。しかし京醤肉糸は相変わらずゆるやかに扇子を揺らしていた。
蟹醸橙:まだ行かないのか?
京醤肉糸:揃ったら出発する。
彫花蜜煎:全員揃ってるよ?
京醤肉糸:ほら、言った傍から彼が来たようだな!こっちだ。
蟹醸橙:は?彼?……えっ……まさか……
話している二人の間に黒い影が過った。一つの人影がその場にいる全員の前に現れ、紫色の瞳は全員を見た後に、京醤肉糸に向かって頷いてから、また消えた。
全ては一瞬のうちに起きたかのようだった。蟹醸橙と彫花蜜煎は呆気に取られてその場から動けなくなっていた。それをよそに、京醤肉糸は扇子を閉じて率先して進み出した。
京醤肉糸:行こう、説明は道中でしよう。
第三章-再認識
どんなことでも自分の目で確かめなければ。
秋山
山道
蟹醸橙:本当について来てるのか……?どうして見えないんだ……
彫花蜜煎:もしかすると、次の瞬間「シュッ」ってあなたの前に現れるかもよ。
蟹醸橙:フンッ、驚かすなよ。さっきまでずっとキョロキョロしてたのはどこのどいつだ。
彫花蜜煎:……忠告したわよ、彼はうちの館内で一番凄い暗殺者の一人!もし彼の曲刀に切られたら、すぐにあの世行きよ……
彫花蜜煎と蟹醸橙は小声でぶつぶつと話していた。話し合いに夢中になっていた彼らは、前方が楓林で塞がれている事に気付かない。ヤンシェズは姿を隠すのを止め、彼らの前に再び現れた。
彫花蜜煎:わあーー!刀刀刀!……ふぅ……ヤンシェズいつ現れたんだ?!あーー!
ヤンシェズ:……
背後の彫花蜜煎は真っすぐヤンシェズの背中にぶつかった。鋭利な刃は彼女の前髪を掠り数本断ち切った。その瞬間彼女は驚いてよろめいてしまった。
無意識に彫花蜜煎を支えようとしたヤンシェズだが、伸ばした手を一瞬止めてすぐに引っ込めた。少しだけ離れていた京醤肉糸はこの光景を黙って見ていた。
彫花蜜煎はどうにか自分で立ち直ったが、横にいた蟹醸橙は笑いが止まらなくなっていた。
蟹醸橙:おうっ!あはははーー!!!
蟹醸橙:な、なんで刀を掲げてるんだ!
彫花蜜煎:笑うな!あなたと話してなかったらぶつかってなかったわよ!
一行は引き続き前に進んだ。進めば進むほど周囲は静かになっていく。
前方に濃く深い黒い霧を纏った楓林が現れた。先程までの景色と全く違う。黒い霧は林を全て呑み込み、更にその周囲にまで広がっていた。道は完全に霧によって塞がられて、何も見えない。
冷たい風が林の中から吹いて来た。風はゆっくりと茂みを通り、まるで怨霊の唸り声が周囲から聞こえてくるかのようで、鳥肌が立つ程恐ろしい。
蟹醸橙は冷たい風に煽られ冷や汗が止まらなくなった。慌てて半歩後ずさると、誰かにぶつかった。振り返って見ると、そこには無表情なヤンシェズがいた。
ヤンシェズ:……
蟹醸橙:……あはは……ご、ごめんなさい。
フゥーーフゥーー
冷たい風の音はまるで悲鳴のように鳴り響く。その音を聞いて蟹醸橙は唾を飲み込んだ。彼は誰かの腕を掴んで気持ちを落ち着かせようとしたが、次の瞬間彼に掴まれた人が反応し、冷たく光る蠍の尾を本能的に彼に刺そうとしたが、彼の顔に刺さる直前で動きを止めた。
蟹醸橙:うっ!
驚かされた蟹醸橙は急いで掴んでいた腕を放して、よろめいた。ヤンシェズも少しだけ驚き、手を伸ばして蟹醸橙を掴もうとしたところ、蟹醸橙はよろよろと近くの楓の木にぶつかった。
次の瞬間ーー
蟹醸橙:うわあああああーー虫がいっぱいーー!!!
濃霧の中で揺れる楓の木から密集した黒い虫が落ちてきた。生臭い液体がその毒虫たちの口から出ていて、まるで大きな網のように蟹醸橙の方に襲い掛かった。
危機一髪の瞬間、どこからか飛んで来た蠍の尾が蟹醸橙の腰に巻き付き、彼を毒虫の攻撃が届かない所まで引っ張った。毒液は地面に落ち、その瞬間あたりの草は全て腐蝕された。
京醤肉糸は目を光らせ、手を上げて扇子を振った。数本の光が過り、空中にいた毒虫たちは全て地面に落ちた。蟹醸橙はまだ取り乱した様子で地面に座り込んだ、正気に戻った後、自分の命の恩人の方へと走って行った。
蟹醸橙:うわーー!兄弟、助けてくれてありがとうーー!
ヤンシェズ:……
彫花蜜煎:何を怯えてるのよ、精々皮が一枚めくれる程度でしょう、何ビビってるの?
蟹醸橙は彫花蜜煎のからかいを無視して、真剣な表情でヤンシェズを捕まえた。
次の瞬間にはヤンシェズの太ももに抱き着いて泣きわめきそうな勢いだった。
ヤンシェズは突然熱烈な感情を向けられて、体が固まり、頬が熱くなった。思わず手を振りほどいて、影に潜った。
蟹醸橙:えっ、ヤンシェズどうして逃げるの……まだちゃんとお礼言えてないだろ!僕を助けてくれたから、これからは兄弟だ……
彫花蜜煎:ーーあなたの事なんてどうだって良いのよ、ほんと危なっかしいわね。
林からおかしな物音が聞こえて来た。薄気味悪い風が彫花蜜煎の耳元を撫で、彼女は驚いて悲鳴を上げた。
蟹醸橙:さっき僕を笑ってたのによく言うよーー
松の実酒:程ほどにしなさい、これからは慎重に行動するように。二人とも声を抑えてください。
松の実酒はどうしようもなく、二人の頭を叩いた。
第四章-楓林
黒い霧の中……
秋山
楓林
松の実酒:この林はなんだか怪しいです。皆さんーー特に貴方達は気を付けてください。
松の実酒は真剣な顔で果てない黒い霧を見ながら言った後、後ろにいた二人をチラッと見た。
隣りにいる京醤肉糸は慌てる様子もなく前に進み、ある所で歩みを止めた。その険しい表情は、何かを観察しているようだった。
京醤肉糸:これは……
松の実酒:何か見つけたのですか?
京醤肉糸は扇を畳み、扇の先に霊力を集め、自分の足元の地面に向かって手を伸ばした。扇の先で触れた地面はゆっくりと赤い光を放ち、その光は徐々に四方に向かって流れて行った。
松の実酒:これは法陣ですか……?
松の実酒の質問に答えるように、一つの方陣が少しずつくっきりと地面に現れた。
赤い光は土の下にある複雑な紋様に沿って広がり、黒い霧を貫いて天を指した。
松の実酒:そういう事ですか。この林の異常はこの法陣によるもの……
京醤肉糸:私達二人で協力してこの法陣を破るのは、難しくない。
松の実酒は頷くと京醤肉糸の隣に行った。しばらくすると、二人は見事に法陣を破った。
赤い光は徐々に暗くなり、林を囲んでいた黒い霧もゆっくりと散った。楓の赤が広がり、秋色を映し出した。
彫花蜜煎:綺麗――!
蟹醸橙:あっちを見ろ、道がある!
一行が蟹醸橙が指した方向を見ると、綺麗な小道がそこにはあった。
松の実酒:待って……
松の実酒の話がまだ終わらない内に、彫花蜜煎と蟹醸橙は既に待ちきれなくなって走り出した。松の実酒は思わず眉をひそめる。隣の京醤肉糸も気持ちよさそうなくつろいだ表情を浮かべていた。まるで遠足に来たみたいに。
蟹醸橙:おいっ――――館長!副館長!早く来て!前にも道があるみたいだ。
松の実酒:…………
京醤肉糸:もう異常はないみたいだし、私たちも進もう。あのガキ共二人の説教は後からでも間に合うだろう。
楓林の小道を通っていくと、遠くで微かに、大きく静かな山荘が徐々に浮かび上がってきた。
一行は松の実酒の指示のもと、ゆっくりと山荘の門に近づいた。
荒れ果てた山荘は、寂しそうに坂の上に建っていた。先程の色鮮やかな楓林と比べると、まるで色をなくした絵巻のようだった。
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