紫陽花と雨宿り・ストーリー・2-4・2-6
クエスト2-4
雨降る午後 桜の島 郊外
桜の島にある和菓子屋の店主は、堕神襲撃で大切な食霊が消えたことを大層に悲しんだ。
その後、堕神襲撃で受けた傷が原因で若くして店主はその命を落とした。
彼は死の間際まで、息子のように可愛がっていた食霊を気にかけていたようだ。
それが、半年ほど前の話――現場に駆け付けた料理御侍ギルド桜の島支部の料理御侍である廉は、その事実に胸を痛めていた。
廉:(過去を振り返っても何も帰っては来ない……だが)
彼は気づいてしまった。和菓子屋の店主が息子のように可愛がっていた食霊の水信玄餅がまだ生きていることを。
そしてそのことに気が付いたのは、店主が亡くなる直前のことであった。
もっと早く気づいていたら、という後悔は勿論ある。だが今できることは、後悔ではない。
廉:(水信玄餅を救い出すこと……!)
廉が水信玄餅の居場所を突き止めたのは、店主が亡くなった後のことだった。
その現場に入って、廉は言葉を失った。
泣き崩れる女と、身動きを取れなくされた水信玄餅。驚いて廉は水信玄餅に駆け寄った。
水信玄餅:御侍……様、御侍様……どこですか、私の御侍様……!
掠れる声であげられたその声に、廉は胸を痛めた。
廉の足元には、御侍と食霊の契約書が一枚落ちていた。静と水信玄餅の名前を記されている。
水信玄餅の書いたと思われる文字はひどく歪んでいた。意に染まぬ方法で書かされたのだろうか。
水信玄餅:もう私は御侍様の元には戻れませんか……? あの契約書は私の本意ではありません……!
廉:来るのが遅くなって済まない……。
水信玄餅:御侍……様、御侍様……!
その声に反応し、水信玄餅が廉に向かって手を伸ばした。
片手だけ自由な状態で、目隠しをされた彼には、かつての御侍と廉の区別がつかないのだろう。
この状況を、廉は直視するのが辛かった。現実の非常さに、廉は眩暈がする。
そんなことしか口に出来ない自分を、無力だと思う。だから、彼には自分が出来ることをなんでもしてあげようと廉は思った。
水信玄餅:ここはとても綺麗ですね、御館様!
水信玄餅はほどなく元気になった。食霊の体力というものには、ほとほと驚かされる。
廉:広いだけのボロ屋で済まないな。これまではひとりで住んでいたからな。
水信玄餅:確かに屋敷は古いですが……風情がある、という御館様の仰ること、この水信玄餅にはわかる気がするのです。
彼はあの事件のあと、体力の回復と共に笑うようになった。
水信玄餅:え? 私の前の御侍様が亡くなったと?
廉:死に至るまでの経緯を詳しくわかってはいないが……。
水信玄餅を捕らえていたのは、廉の同僚であった静という娘だ。
彼女は料理御侍ギルド所長の娘だった。とても努力家で、すべてを犠牲にし、料理御侍ギルド所長の娘に相応しい存在であろうとした。
そのためにどうしても彼女は、立派な食霊を使役しているという肩書が欲しかった。
だが、熱意と努力だけで埋められるほど、料理御侍という仕事は容易なものではなかった。
その者が持っている本来の能力に大きく影響される仕事で、残念ながら彼女にはその『能力』が著しく欠如していた。
料理御侍として、貴重な食霊と契約していることは、それだけでステイタスとなる。
その肩書が欲しかっただけ……それが痛いほどわかって、廉は胸を痛める。
努力家の彼女は、廉から見て尊敬に値したし、己を律するのに、彼女の存在はとても好ましいものだった。
才能という点で、廉や廉の同僚の者たちは優れていたかもしれないが、その熱意や努力に関しては、彼女に並ぶ者は存在しなかった。
だが、現実は無情にも彼女のプライドを傷つける。彼女は才能がなかったという一点で、その心を病むほどに周りから傷つけられた。
料理御侍ギルド所長の娘なんかに生まれなかったら、その悲劇は防げたかもしれない。
そのことを思うと、廉は彼女の罪は認めても、どうしても責める気にはなれなかった。
廉:あれは……哀れな女だった。純粋で真っすぐであるということは、必ずしも報われるものではない。
廉:不幸な巡り合わせであった。彼女に代わって、俺が君に謝ろう。済まなかった――
水信玄餅:その、謝らないでください。私にはなんのことだかわからないので……。
水信玄餅は申し訳なさそうにそう言った。
その後、彼の回復を待って、廉は水信玄餅と契約を交わした。
記憶を亡くした彼は、僅かな時間だが一緒にいてくれた廉を信用してくれたのだろう、廉の申し出を大層に喜んだ。
だが、水信玄餅はその後、毎晩のように魘されることになる。覚えていない、記憶のかけらに。
水信玄餅:違う、違う……私は化け物なんかじゃ……!
水信玄餅:このままじゃ、私が御侍様を殺してしまうかもしれないだと……!? 嘘だ、嘘だ、嘘だ……!!
その呻きに廉はただ少年の頭を撫でてやることしかできない。
思い出さない方が良い思い出だ。思い出せないのに、事実だけを伝えて何になるだろう?
廉:(いつか彼が、この苦しみから逃れられたらいい)
廉はそんなことを祈って日々忙しく働いた。
その結果、廉は体を壊してしまう。
料理御侍という仕事は、それほど夢のある職業ではない。体を張った、危険な仕事だ。
それでも、その仕事に就くことを夢見る者は絶えない。その者の何人が、料理御侍になれてよかったと思って死ねるのか――
廉はそれでも料理御侍になったことを後悔していなかった。料理御侍になれたことで、彼はたくさんの経験をしたから。
良いことも悪いことも含めてよかったと――彼は死ぬ間際に思った。
ただひとつ残した心残り……水信玄餅がどうか幸せでいてくれるように――それだけを願って、彼はこの世から去った。
紗良:どうした? 水信玄餅。
水信玄餅:あ、御侍様! 今日は、とても空が綺麗だと思ったのです。
紗良:ああ、そうか。最近雨続きだったからな。
水信玄餅:こうして空を見ていられる時間は穏やかで……私はとても好きです。
紗良:ふむ、そうだな。お前とこうして一緒にいる時間は、私もとても安心する。
水信玄餅:御侍様……。
紗良:どうした? 浮かない顔だ。
水信玄餅:いえ……なんでもありません。そろそろ寝た方がいいですね、夜風は体に障ります。
水信玄餅はがっくりと項垂れた。
忘れたいけれど、忘れられない――自分が『化け物』だという記憶。
水信玄餅:(御侍様はいい人だ……けれどこのまま私が一緒にいたら、御館様の様に彼女も死んでしまうかもしれない)
水信玄餅は、こんなときは誰かと話したい願った。
・<選択肢・下>流しそうめんと話がしたい。 流しそうめん+15
クエスト2-6
雨降る朝 紗良御侍の家
――翌日。
水信玄餅が紗良を起こしに行くと、彼女はとても調子が悪そうだった。
水信玄餅:あの……大丈夫ですか、御侍様。
紗良:ああ、今日は雨のせいかな。体調が優れない。こういう日は、どうにもダメだな。
力なく笑った紗良に、水信玄餅はまた自分が御侍様の生命力を奪っているのではと不安になる。
紗良:どうした? 浮かない顔をして。
水信玄餅:いえ、御侍様が辛そうだから。
紗良:あはは……まぁ仕方ない。最近少し無理をしてしまったからな。
紗良:もう体はボロボロなんだ。わかってるんだけどね、君がここに来てくれて毎日楽しくてさ。
水信玄餅:楽しい、ですか?
紗良:まさかお前を召喚するとは思ってなかったからさ、念願の水信玄餅だったんだ。そりゃあ楽しいさ。
紗良:でも、こんな私じゃ、君は退屈かもしれないね。
水信玄餅:そんなことありません! むしろ、私を召喚したから、御侍様は苦しんでいる……!
水信玄餅:御館様も、その前の御侍様も、私を召喚してくれた御侍様も、私が『化け物』だから死んだ……!
紗良:……お前がここに来たときも言っていたが、私はそれで構わないよ。
紗良:あのまま、納得いく水信玄餅を作れたとして、それで何になる?
紗良:そうとわかっていても、もう私にはそれくらいしかやることがなかったんだ。
紗良:今、毎日がとても楽しいよ。それはお前がここに来てくれたからだ。
紗良:懐かしい気持ちを思い出したよ。家族って……いいものだな。
紗良:毎日朝起きて、こうして傍にいてくれる者がいる。
紗良:それは、かけがえのない幸福だ。
紗良:人はそんな当たり前の日常を、享受して生きている。
紗良:きっとそれは失って初めて気が付くものだ。それまでの自分が、どれほど幸せであったかを。
紗良:お前はすごいことをしてくれているんだ。侘しいまま死んでいくはずだった私に、生きる希望を与えてくれた。
紗良:そんなお前が『化け物』だと苦しむことなんてない。
紗良:もしそれを少しでも申し訳ないと思うなら、どうか私が死ぬそのときまで傍にいてくれ。
紗良:そうしてくれたら、私はそれ以上に欲しいものはない。
水信玄餅:御侍様……!
水信玄餅:(こんなに優しい御侍様を、私は本当に殺してしまうのか……!)
紗良:水信玄餅……?
水信玄餅:私は化け物です! 私がいなければ皆死ななかったのに……私のような化け物こそ死ぬべきだったんだ!
紗良:どうした? 落ち着け。
水信玄餅:御侍様! どうか私を殺してください! このままあなたの生気を吸い取って生きていくなど、私には到底耐えられない……!
紗良:私の怪我は、己の責任だ。お前のせいじゃない。お前がいてもいなくても、私は近いうちに死ぬだろう。
水信玄餅:私なんか召喚しなかったら良かった! そうしたら、御侍様は苦しまなかったんだ!
水信玄餅:違う、お前が来てくれたから、私は毎日楽しく過ごせている。
水信玄餅:こんな化け物に、そんな優しい言葉をかけないでください……!
静:『お前は……! 化け物だっ!!』
そんな声が頭の奥に響く。この声に、水信玄餅は長い間苦しめられている。
水信玄餅:違う……違うっ!
誰の声とも知れない、その声に水信玄餅の息があがっていく。
水信玄餅:あ、うっ……! ううぅ……!
水信玄餅は頭を押さえて呻く。辛い、この記憶は……これ以上蘇らせたくない……!
水信玄餅:私のせいで、大切な人たちが死んでしまうなんて……! 嫌だ、嫌だっ……!
水信玄餅:御侍様にはわからないでしょう、こんな気持ちは! わかるはずがない……!
そう叫ぶ水信玄餅の肩に、紗良はそっと頭を置いた。
紗良:……そうだな。
小さくそう告げて、紗良は水信玄餅の頭をポンポンと軽く撫でた。
紗良:悪い、水信玄餅。もう少し休みたい。今は、下がってくれるか。
水信玄餅:は、はい……お邪魔、しました。急に怒鳴って、すみませんでした。
まだ息を乱したまま、水信玄餅は御侍の部屋を後にする。
水信玄餅:(あの記憶は……私を追い詰める……)
優しい御侍様に怒鳴ってしまったことを、水信玄餅は悔いた。
(あの記憶から逃れたい……どうしたらいい?)
・<選択肢・上>頑張って考えないようにする。 うな丼+15
・<選択肢・中>早く流しそうめんたちが来ないかな。 流しそうめん+15
・<選択肢・下>何も考えず寝てしまおう。 うな丼+5
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