白き約束~ホワイト・トワイライト~・ストーリー・宝箱報酬
報酬2-8 赤ワイン√
蘇盛十四日――夜
ビーフステーキは、病院へと向かった。最高のホワイトデーを演出する……さて、どうしたら良いのか。そんなことに頭を悩ませていた。
ビーフステーキ:……ん?何かあったのか?
杏子:ビーフステーキさん、お待ちしておりました。
病室には、杏子だけではない。赤ワイン、ジンジャーブレッド、そして志夜、担当医の姿まであった。
いったい何が始まるのか――ビーフステーキは薄笑いを浮かべている赤ワインを訝し気に睨んだ。
赤ワイン:……決心はつきましたか。
杏子:はい。すべてお話します。
ジンジャーブレッド:何の話だ?
赤ワイン:それは、彼女に語ってもらいましょう。
赤ワインに促され、杏子は話し出す。自分の知っている――すべてのことを。
――康が兄であり、今も健在していること。志夜が康の母であること。杏子の病気は現在、快復してきていること。
その冷静な態度とはうらはらに、杏子の口から語られた話は、驚くべき内容であった。杏子は、病気が快復の兆しを見せたとき、康を探すために、康の先生だった担当医から、これらのことを聞き出したと言った。
ジンジャーブレッド:それ……本当の話なの?
ジンジャーブレッドは呆然としてそう訪ねる。これまでのことはすべて芝居でした、といきなり言われたところで、すぐに呑み込めなくても当然だろう。
杏子:……はい。すべて本当の話です。この目も、本当は見えています。
そして彼女の計画は、今日この病院で病死して終わりを迎える予定だった。そうしてこの町を出て行けば、康が戻ってくることができるからだ。
ジンジャーブレッド:う、嘘でしょ……!?
赤ワイン:フッ……関係者全員に確認した。これは、本当の話だ。貴様があまりにももたもたやっているのでな。独自で調査した。
ビーフステーキは知らなかったが、昨日の晩、赤ワインは杏子に会いに行き、この話を聞いたという。
そして、すべて話すよう、彼女を説得したそうだ。赤ワインは、杏子がこのような計画を練っていることを、昨日の時点で察したらしい。
赤ワイン:なに、俺様の観察眼を持ってすれば、この程度見抜くことは造作もないことだ!
その言葉に、ビーフステーキ、ジンジャーブレッド、そして志夜もただただ驚くしかできない。
ジンジャーブレッド:確かに、もう隠すべき秘密はなくなったんだ。だったら――杏子ちゃんは、この町から出ていく必要はない、だろうけど……。
赤ワイン:まだ話は終わってないぞ、ジンジャーブレッド。この話は、もっと大団円になる。わかるか?ビーフステーキ。
ビーフステーキ:…私には、何が何やらさっぱりわからない。この上で、まだ何かあると言うのか?
赤ワインは不敵に笑って、「さぁ……」と杏子を促した。杏子は、上目遣いでビーフステーキを見上げ、そっとその手を取る。
杏子:あの……わたし、ビーフステーキさんが好きです。この数日、わたしのために康くんとして傍にいてくれたあなたを……好きになってしまいました。
ビーフステーキ:……。
杏子:あなたといるととてもドキドキして……このままずっと一緒にいたいと思うようになって。それで、あなたに恋をしたんだって気づきました。
ビーフステーキ:私に恋をしたって……そんなこと、急に言われても。
どう答えるべきか。ビーフステーキは悩んでしまう。杏子には、いっさい浮ついた感情は抱いていなかった。
困り果てて、ビーフステーキは赤ワインに救いの手を求める。しかし彼はふてぶてしく笑っているだけだ。
そんなビーフステーキの手を、杏子がきゅっと握った。
杏子:……わたし、あなたに振り向いてもらえるよう頑張るから!これからもよろしくね、ビーフステーキさん!
杏子は一日も早く退院できるよう、治療に専念するらしい。それはとても良いことだと思う。だが――
志夜は改めてビーフステーキにお礼を言う。貴方たちに依頼をして良かった、と顔を綻ばせた。
そして志夜は、ビーフステーキを病院の入り口まで送ってくれる。
杏子が死なずに済み、康も帰ってくる――これはすべて貴方たちのお陰だと……志夜は深々と頭を下げる。
ビーフステーキ:い、いや……私もこんなことになるとは思っていなかった。だから、その……頭をあげてください。
志夜:ビーフステーキさん、本当は私、わかっていたんです。杏子の考えていることを……すべて。
ビーフステーキ:……え!?
志夜:安心してください、ビーフステーキさん。杏子が貴方を好きだというのは、たぶん『嘘』です。あの子は――まだ、康のことが好きな筈です。もう、諦めるつもりではいるでしょうけど。
ビーフステーキ:……は、はぁ。
志夜:杏子は自分がいなくなることでわたしたちの幸せを願った……わたしは思いました――これは『壮大な、愛ある嘘』なのだと。
ビーフステーキ:……。
志夜:ビーフステーキさんを好きだという、杏子の最後の嘘を授けてくれたのは、貴方ね?赤ワインさん。貴方たちに依頼をして――本当に良かったわ。本当に……ありがとう。
志夜は、これまで見せたことのないほどの安堵した表情で目を細めた――やっぱりこの物語は、ハッピーエンドだったのだ。この唐突な展開をまだ受け入れられてはいないが、それでいい……とビーフステーキは嘆息するのだった。
翌年、蘇盛十四日
町の表通り
ジンジャーブレッド:なぁビーフステーキ。あんた、去年のホワイトデーに、チョコレートと薔薇の花束を杏子に渡したことを覚えているか?
ジンジャーブレッド:今、その話が町で騒がれているんだ! 『癒しを求める女の子たちに愛をこめて、チョコレートと薔薇の花束を届ける王子さま』がいるってな!
ビーフステーキ:は?なんだって?
ジンジャーブレッド:馬鹿だな!あんたは今、注目を浴びているんだよっ!チョコレートと薔薇の花束は手配した!少女たちを幸せにするためにいざ行かん!カナン傭兵団のホワイトデー……今年は大忙しだ!
赤ワイン:聞いて驚け!なんと杏子からの依頼も来ているぞ。彼女は、本当に貴様に惚れたのかもな。嘘から出たまこと……現実は小説より奇なり、だ!この愚か者!せいぜい気張って働くがいい!
ビーフステーキ:赤ワイン……!この野郎!今日という今日は許さねぇ!血だるまになるまで切り刻んでやる!ウオォォオオォラァアアァッ!!
報酬2-9 ジンジャーブレッド√
蘇盛十四日――夜
ビーフステーキは、再び杏子の病室に訪れた。その手にはチョコレートと薔薇の花束があった。
ビーフステーキは、優雅な手つきでそれらを杏子に渡す。それを受け取った杏子は驚いた様子で目を丸くした。
杏子:これ、まさか貴方が選んだの?わたしにくれるために?
ビーフステーキ:貴方の母親から、貴方に最高のホワイトデーをプレゼントしてくれ、と頼まれたものでね。さすがに手ぶらでは来られないだろう?
杏子:そうなんだ。ふふ、嬉しいな……康くんからは、結局もらえなかったものだから。
ビーフステーキ:それで?貴方はどうして、私が『康くん』ではないと気が付いたんだ?
杏子:そんなの、最初っからに決まってるじゃない。あなた、康くんとまるで違うし。
そこで杏子は、ビーフステーキの角を指差した。
人間にはないビーフステーキの『角』――杏子には、見えているようだ。
ビーフステーキ:もしや貴方は――視力を患っていない……?
杏子:本当はね、わたしの病気は快復に向かっているの。これは、今日までわたしと担当医だけの秘密だったんだ。だけど今日あなたに教えちゃったから、三人の秘密になっちゃったね。
ビーフステーキ:(そうだったのか。だが、これで違和感の正体が少しわかった気がする)
杏子:そして、もうひとつ。わたし、知ってるの。康くんが『お兄ちゃん』だった。わたしとは、異父兄弟なんだって。
杏子は担当医から聞かされたその話を、信じなかったという。けれど、市役所で康の死亡証明書を見て、嫌でも認めざるを得なかった。母親の欄に『志夜』の名が記されていたから。
ビーフステーキ:……なるほどね。だが、まだわからないことがある。病状は快復に向かっているのに、どうして悪化しているなんて話になってるんだ?
その問いに、杏子は深呼吸した。そして、ゆっくりと話し出す。
病状が快復に向かったとわかったとき、杏子は康を探しに行こうと決意した。そして、担当医に康の居場所を教えてほしいと懇願する。彼は医者としての康の先生であり、師匠であったから、康の居場所を知っているに違いないと思った。
杏子:わたしね、康くんは絶対に生きてるって思った。だって、誰も悲しんだ様子を見せていないのよ?康くんの先生も、お母さんも……。きっと二人とも康くんが生きてるって知ってるんだって思った。
ビーフステーキ:……それは迂闊でしたね。まぁ、嘘というものは、よほど狡猾でない限り、自然と綻びが出るものです。
ビーフステーキ:さて……大分事情が呑み込めてきました。ただ……まだ気になることがあります。貴方の担当医は何故、康くんが兄であると貴方に教えたのですか?
いくら担当医が康の先生だとしても、そんな複雑な家庭の事情を易々と打ち明けるというのは、あまりにも不自然だ。
杏子:「教えてくれないなら死ぬ!」って訴えたら、すぐに教えてくれたよ。ふふっ、先生は、とってもいい人だよね。
ビーフステーキ:なるほど……貴方という人は。可愛い顔をして、随分と大胆ですね。
杏子:後は簡単だったよ。病状が悪化して、私は死ぬって筋書きね。そういうことにして、本当はこの町から出ていくってだけだけど。
母と、そして慣れ親しんだこの町を離れるのは寂しいが、現状よりはよほどまともな状態になる。自分がいなくなれば、康も帰ってこられる。いつか――この話が笑い話になって、この町に戻ってこれるかもしれない……そんな夢を杏子は語った。
そんな杏子に、ビーフステーキはなんとも言えない気持ちだった。皆、誰かを想い、その結果、嘘が積み重ねられただけだ。だが、その嘘は――なんとも温かい。この物語の結末は……ハッピーエンドだ。
ビーフステーキ:改めて自己紹介をさせてくれ――私の名は、ビーフステーキ。困った者を助ける『聖剣騎士団』の団員だ。旅先で困ったら、いつでも頼ってきてくれ。貴方に何かあったら、私が必ず助けると――ここに誓おう。
それから暫くして、杏子の病室に担当医と共に志夜、ジンジャーブレッド、赤ワインがやってきた。これから、杏子がこの町を去るための一芝居を打つためだ。すべてを知ったビーフステーキは、黙ってその様子を見守る。
杏子:康くんに……会えて、良かった……。ずっと信じて待っていて、良かった……。
これは、志夜のための嘘。志夜は、杏子が康が戻ってきてくれて、二人の愛は本物であった、と幸せの中で生涯を終えることを望んだ。
そして、杏子は町を出ていくのだ。これは、杏子が望んだ嘘。大好きだった康のために――彼がこの町へと戻って来られるための、優しい嘘。
杏子:お母さん、ありがとう……。ずっと、大好きよ……!
志夜:杏子ちゃん……!うぅっー!!
杏子:みなさんも、本当に……ありがとう。
赤ワイン:……。
ビーフステーキ:……。
ジンジャーブレッド:杏子ちゃん……!うぅっー!!
ジンジャーブレッドは号泣している。赤ワインは冷めた瞳で、杏子を見下ろしていた。
杏子:みなさんと出会ってからの数日間、僅かな時間でしたが、わたしはとても楽しかったです。
杏子:ビーフステーキさん、わたしは貴方に会えて本当に良かった……。数日間でしたが、私にとってはとても楽しい時間でした。
そんな杏子の手をビーフステーキはそっと取った。それが演技だったか、本気だったか、ビーフステーキ自身にもわからなかった。
杏子が死なずに済み、康も帰ってくる――これはすべて貴方たちのお陰だと……志夜は深々と頭を下げる。
ビーフステーキ:私は、貴方の願いを……果たせましたか?
志夜:何を言うかと思えば。杏子は幸せそうでしたよ。すべて、あなたのお陰です。それに本当は私、わかっていたんです。きっとあの子は何もかも知っているだろうと思っていました。
ビーフステーキ:……え!?
志夜:さきほど、あなたの名前を呼んでいるのを聞いて、確信しました。あの子には辛い想いをさせました。いつか、あの子の気持ちが落ち着いたら、またみんなで会えたらと思っています。
ビーフステーキ:……。
志夜:そのスーツは報酬として、貴方に差し上げますね。貴方によく似合っています。みなさん、本当にありがとうございました。貴方たちは、私が知っている中で、最高の傭兵団です。
ビーフステーキ:……。
普段なら、自分たちは『聖剣騎士団』だと言っている場面だ。だが、今日はそんな気分になれなかった。ビーフステーキは、深く志夜にお辞儀をし、ジンジャーブレッドたちと共にホテルへと戻った。
翌年、蘇盛十四日
町の表通り
ジンジャーブレッド:なぁビーフステーキ。あんた、去年のホワイトデーに、チョコレートと薔薇の花束を杏子に渡したことを覚えているか?
ジンジャーブレッド:今、その話が町で騒がれているんだ!『癒しを求める女の子たちに愛をこめて、チョコレートと薔薇の花束を届ける王子さま』がいるってな!
ビーフステーキ:は?なんだって?
ジンジャーブレッド:相変わらず馬鹿だな!あんたは今、注目を浴びているんだっ!チョコレートと薔薇の花束は手配した!少女たちを幸せにするためにいざ行かん!カナン傭兵団のホワイトデー……今年は大忙しだ!
赤ワイン:聞いて驚け!なんと杏子からの依頼も来ているぞ。彼女は、本当に貴様に惚れたのかもな。嘘から出たまこと……現実は小説より奇なり、だ!この愚か者!せいぜい気張って働くがいい!
ビーフステーキ:赤ワイン……!この野郎!今日という今日は許さねぇ!血だるまになるまで切り刻んでやる!ウオォォオオォラァアアァッ!!
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