中華フェス・ストーリー・メイン第十三話〜最終話
第13話 『誘き出し』
魚香肉糸「にか急いでいるみたいね。」
北京ダック「あの先には、佛跳牆の商会があります。彼に何か用があるのでしょうか。」
魚香肉糸「確認した方が良いのでは。」
北京ダック「そうですね、呼び止めて聞いてみましょう。」
北京ダック「麻婆豆腐、お久しぶりです。そんなに急いでどうしました?」
麻婆豆腐「あ、北京ダック? 魚香肉糸も。花灯会、楽しんでる?」
北京ダック「そうですね、そのために来たのですから。」
麻婆豆腐「佛跳牆とはもう会った? あいつ、アンタに用があるみたいだったよ。これからあたし、佛跳牆のところに行くけど、一緒に行く?」
北京ダック「もう話は終えたので大丈夫ですよ。それに、これから誘き出し(おびきだし)に行かねばなりませんから。」
麻婆豆腐「……『誘き出し』に行く?」
北京ダック「ああ、丁度いい。麻婆豆腐も一緒に行きましょう。」
麻婆豆腐「え? これからあたしは佛跳牆のところに行くから。年獣の角が今、彼のところにあって――」
北京ダック「……シッ。」
北京ダック「吾と一緒にくれば、すべてわかります。ただし、監視には十分、お気を付けくださいね。」
困惑しつつも、麻婆豆腐は北京ダックに従った。年獣の角について、北京ダックが何かを知っている様子だったからだ。自分の預かり知れぬところで、今回の件について、二人は関わっている――そんな予感もあった。
麻婆豆腐(北京ダックは警戒心を崩さない。誰につけられてるっていうの? 目的は何? それに……この先には――)
北京ダック「ここは広いですね。『打鉄花』のパフォーマンスを見せるのに最適な場所です。花灯も見られるし、視野も悪くない……舞台の時間まで、のんびりしましょうか。」
魚香肉糸「私は無関係の者が迷い込んでこないよう、見張りに行きます。」
北京ダック「わかりました。お願いします。」
麻婆豆腐「アンタたち、何を企んでいるの? なんでこんなところに来たの?」
北京ダック「先ほども言いましたが、誘き出すためですよ。」
麻婆豆腐「……何を誘き出すつもりなの?」
北京ダックは柔らかな笑みを浮かべて目を細めた。そして、懐から何かを取り出す。それは、麻婆豆腐にとって見覚えのあるものだった。年獣の角と幻晶石である。更に北京ダックは、何やら呪文を唱え始めた。すると、それに呼応し、角がふわふわと浮かび上がる。
麻婆豆腐「ちょっと! どうしてアンタが年獣の角を持ってるの!」
その言葉に、麻婆豆腐は驚いて目を見開いた。その瞬間、低い咆哮が辺りを支配する。ハッとして振り返ると、息を切らせた年獣が数メートル先に立っていた。
年獣「――ぐぉおおぁああっ!! 返せぇっ! 返しやがれ!!」
年獣「それは私の角だー! クソがぁああっ!!」
第14話 舞い上がる鉄の花
物語 絢爛な「打鉄花」、なぜこの時間に…?
年獣「貴様ら、いったい何者だ! 何故、私の角を奪った! 貴様ら、あの連中の仲間か!!」
麻婆豆腐「こ、これはいったい何事なのよ!? あの連中って誰のことさ!」
年獣「私の角を切り落とした男たちのことだ。その角を持っているということは、あいつらの仲間なんだろう!」
麻婆豆腐「これは落し物だ! あたしは、落とした奴らのことなんか知らない――」
北京ダックは、困惑する麻婆豆腐の前にスッと手を差し出して言葉を遮った。そして周囲を囲む怯える観客と麻婆豆腐に視線を送り、深く頷き、年獣に向け、一歩前に出る。
北京ダック「夕さん、私は北京ダックと申す者です。貴方と交渉がしたい……。」
年獣「……交渉だって?」
年獣は、訝し気に北京ダックを睨む。唐突な申し出に混乱しているようだ。
年獣「お前らは、私の角を奪った奴らの仲間ではないのか!?」
北京ダック「もちろんです、ご安心ください。私は貴方と争いたくありません。」
年獣「……オオォ。貴様、私ほどではないが端整な顔立ちをしているな……! 誠実さを感じる――」
麻婆豆腐(『誠実さ』ですって? この年獣、何言ってるんだか……)
北京ダック「ありがとうございます。では貴方にお願いを――この角をお返ししますので、どうかここから立ち去っていただけませんか?」
年獣「……わかった、貴様のことを信じよう。角は、お前が直接、私の元に持ってこい。それが条件だ。」
北京ダック「ありがとうございます。」
北京ダックは、角を手に年獣へと向かって歩いていく。その様子を麻婆豆腐と、事態に気づいた周囲の町人たちは固唾を呑んでその様子を見守っている。
その隙に、ひとつの影が『打鉄花』で使う溶炉へと近づいた。そして、木の板を溶炉から取り出し、溶解した鉄の液体を華々しく空に放つ。
麻婆豆腐「……え!? 打鉄花!? まだ始まる時間じゃないでしょ!?」
年獣「ん? なんだこの光は――」
年獣「ぎゃあぁああぁああっ! 熱いっ!! 熱いぃいいいっ!!! 貴様ら、私を騙したな!」
年獣「やはり貴様らは、実験と称して焼き鏝(ごて)を当てた連中の仲間だったのだな!? 許さぬ……!! 貴様らの言いなりにはもう絶対にならぬっ……!!!」
北京ダック「おや……打鉄花に刺激され、理性を失い始めたようです。この場所を選んだのはミスでしたね。あと一歩でしたのに、残念なことです。」
麻婆豆腐「北京ダック! これは何なの!? 佛跳牆はどうしたのよ!?」
北京ダック「『誘き出す』と言ったでしょう? 彼もまた、年獣とは別の『誘き出した者』を捕らえに行っていますよ。」
北京ダック「それより、今は彼を落ち着かせることが最優先でしょう。町を荒らされては困りますよね? 被害を最小限に食い止められる場所に移動しましょうか。」
第15話 決戦の埠頭
物語 年獣が向かう先は…
年獣「許さぬ……! 貴様ら、全員喰ってやるぞ……!! ぐぉおおぁああっ!!」
麻婆豆腐「ちょっと! 埠頭なんかに誘き出してどうするのよ! みんな花灯会に行っちゃってるから、ここには誰もいないよ!」
麻婆豆腐「あたしとアンタだけで、理性を失った年獣相手にどうしようって言うのよ! いくらアンタが強くったって年獣相手じゃあどうしようもないよ!!」
北京ダック「……ほう、これが佛跳牆の船ですか。なかなか立派ですね。年獣との対決には相応しい舞台と言えましょう。」
麻婆豆腐「ちょっと聞いてるの!? アンタたち、いったい何をしようとしているの!?」
北京ダック「吾たちは、降りかかった火の粉を払おうとしているだけす。佛跳牆は味方も多いが、立場上、敵もそれなりに存在します。」
麻婆豆腐「そのことと、今のこの状況と、いったい何の関係があるのよ!?」
北京ダック「……佛跳牆の敵は、年獣を捕らえて実験と称して拷問を繰り返す悪人でしてね。佛跳牆の商会と年獣が争うように仕組めば、佛跳牆と年獣、双方が疲弊しますよね? 敵は、『漁夫の利』を狙ったのでしょう。」
北京ダック「しかし、佛跳牆は表立って彼らと戦うことを避けたかった。そうなれば、その敵対組織のことをそなたに教えなければならなくなるからです。佛跳牆は、そなたを危険な目に遭わせたくなかった……。」
麻婆豆腐「なるほどね。あたしのために……ってのは眉唾だけど、わかったことがあるわ。この年獣は、少なくとも悪者ではないってことね!!」
麻婆豆腐「なら、あたしたちがやることは、この年獣を倒すことじゃない……正気に戻してあげることだ!」
年獣「うぐぉおおぁああっ!! ギャアアアア!!!!!」
北京ダック「ほう、人の形をしていても、これほどの雄叫びをあげられるとは。」
麻婆豆腐「何を余裕かましてんのよ!! アンタも一緒に戦ってくれるんでしょうね!? さすがにあたしじゃけじゃ。年獣の相手なんて無理だよ!?」
そんな麻婆豆腐の叫びに呼応するように、年獣は激しい咆哮をあげる。そして、麻婆豆腐たちの前で、次第に凶悪な獣へとその姿を変えていった。年獣は、大きく身を捩り、高く飛びあがる。その先は佛跳牆の船――その甲板だ。
佛跳牆「……まさか、この埠頭を指定してくるとは思わなかったよ。なかなかやり手だな、北京ダック。」
北京ダック「おや、佛跳牆。そなたの船、なかなか悪くありません。まさに、最終決戦に相応しい場所だと判断しました。」
麻婆豆腐「佛跳牆! そっちの状況は!? 敵は捕まえたの!?」
北京ダック「これだけお膳立てしてあげて、まさか逃したとは言わないでしょう。ですよね? 佛跳牆。」
佛跳牆「……一人は捕まえた。もう一人は、獅子頭に任せた。すぐに捕まえてここに連れてくるはずだ。」
北京ダック「ふむ、捕まえた者から何か聞き出せましたか?」
佛跳牆「……なかなか口が堅くてな。よく教育されている。」
佛跳牆「だが、こいつらの組織――承天会(しょうてんかい)が年獣を使って私の力を削ごうとしたのは間違いない。年獣に町を荒らさせ、俺の組織が再建のために動きを取れなくさせる。」
北京ダック「そうなれば、彼らを捕らえるための人員を割けないから……ですか。ふふ、悪くない計画ですね。」
麻婆豆腐「その話、今しないといけないこと!? まずは年獣を落ち着かせるのが先でしょ!!」
北京ダック「確かに、そなたの言う通り。佛跳牆も来たことですし、ここはお任せするとしましょう。先ほどは花灯会で年獣と派手な立ち回りをしてしまいましたから、町も騒ぎになっていることですし、そちらは吾らにお任せを。」
佛跳牆「そうだな、そっちは任せた。」
北京ダック「では、麻婆豆腐……これを。健闘を祈ります。ええ、そなたなら大丈夫でしょう。信用してますよ。」
北京ダックは麻婆豆腐に年獣の角を渡す。そして、颯爽と上着の裾を翻し、その場を後にした。
最終章
物語 この喜びは、永遠だろうか。
年獣「く……そぉっ……!」
麻婆豆腐「大人しくなさい。あなた霊力を消耗しすぎた。まだ怪我も快復してないし、限界に達したんだよ。」
年獣「また……私を捕まえて、苦しめるつもりか……?」
麻婆豆腐「私たちはアンタを捕らえたりしない。保護するだけよ。」
年獣「貴様の話なんか信じられるか! 人間に与する食霊の分際で!」
佛跳牆「だったら、角を返すことはできないな。」
年獣「もともと返すつもりなどないだろう!」
佛跳牆「これは霊力のバランスを取る角なのだろう? 君がこの町に危害を加えないと約束するなら、この角を返そう。だが、できないというなら返せない――俺にも、守りたいものがあるからな。」
佛跳牆「取引をしようじゃないか。お前にとって、そんなに悪い話ではないと思うが?」
佛跳牆「俺だって霊力を出し尽くしたお前を叩きのめすような真似はしたくない。俺は、ただ町を守れればそれでいいんだ。」
年獣「まさか……本当に角を返してくれるのか?」
佛跳牆「俺は承天会の者じゃないからな。」
年獣「承天会! そうだ、あいつらはどうした!?」
佛跳牆「俺の仲間が捕らえている。お前が望むなら、角と共に奴らを引き渡してもいい。」年獣「……何が望みだ。」
佛跳牆「頭は悪くないみたいだな。私はもともと、お前の角と髭が欲しかったが、代償がでか過ぎる。代わりに、ひとつ頼みたいことがあるのだが。」
年獣「……なんだ。まずは内容を聞かせる。」
佛跳牆「なに、簡単な話だ。承天会が私の留守を狙ってこないように、この町を守ってほしい。」
年獣「どういうことだ? 貴様、ここを離れるのか?」
佛跳牆「承天会の奴らは、俺のシマを荒らした……その対価を払ってもらわなければならない。」
年獣「ほぅ……! なかなか面白い奴だ。」
年獣「いいだろう、角と引き換えにその話、聞いてやる。」
麻婆豆腐「ちょっと待って! 承天会ってなにさ?」
佛跳牆「……お前には話したくなかったが、こなれば仕方ない。あとで話してやる。麻婆豆腐、彼の角を。」
言われるまま、麻婆豆腐は年獣の前に角を置いた。年獣は慌ててそれを手にする。
年獣の霊力は、まだ完全には回復してはいないが、さきほどのような怒りは消えた。
年獣「……感謝する。」
年獣「約束は守るつもりだが、果たして私の助けを町の者たちが受け入れてくれるかどうか……。」
麻婆豆腐「そんなこと気にしなくていいさ。あたしたちと一緒に町に戻ろう。事情を話せば、みんな分かってくれるよ。アンタ、賑やかなの好きだよね? まだ、海神祭りは終わってないからね!」
年獣は何か言いたそうにしていたが、気まずそうに溜息をついただけだった。麻婆豆腐はそんな年獣を見て、嬉しそうに笑った。
佛跳牆「まさか承天会が送り込んできた奴に打鉄花ができるとはな。」
年獣「あいつらは、年獣だけじゃない……食霊も同じような方法で苦しめていた。貴様たちも危ないぞ。」
佛跳牆「だろうな。」
佛跳牆「奴らはきっと、お前だけじゃなく、俺ら食霊たちも捕らえようと今回の計画を立てたのだろう。」
佛跳牆「お前には聞きたいことがたくさんある。だが、それは明日以降でいい。花灯会も今日で終わりだからな。存分に祭りを楽しもうじゃないか。」
三人は、花灯会の会場に向かった。辿り着くまでの間、暫し年獣について聞かせてもらった。名前は『夕』と言うらしい。夕は、花灯会の会場に着くと、花灯に夢中になって目を輝かせる。麻婆豆腐はそんな彼を微笑ましく見ていた。
麻婆豆腐「ふふっ。無邪気だね、夕は。」
佛跳牆「もともと年獣は伝説から生まれた生き物だからな。怖い化け物だというのは、噂話でしかない。」
麻婆豆腐「そうだね。少なくとも夕は良い年獣だ。仲良くなれて良かったよ。、夕……あれ――夕!?」
佛跳牆「はぐれたか。だが、問題ない。既にうちの奴らに、彼のことは連絡済だ。そのあたりはうまくやってくれるだろう。」
麻婆豆腐「そっか……なら安心だね。じゃああたしは、みんなのところに行かなくちゃ。小葱の面倒を頼んでおいたんだよね。でも、その前に――そろそろ詳しい話を聞かせてもらおうかな? 今は二人だけしかいないしいいでしょ。」
佛跳牆「……ここで引いておけば、巻き込まれないで済むのに。お前は相変わらず変わった女だな。」
麻婆豆腐「あたしはもう、既に巻き込まれてるでしょ。だから、キッチリ話してちょうだい、アンタの敵である『承天会』のこと。あたしのこと利用したんだから、言い逃れは許さないからね?」
佛跳牆「人聞きが悪い。協力してもらっただけさ。そもそもお前は、年獣が町で暴れていたら、放っておくような女じゃないだろう?」
麻婆豆腐「それはそれ、これはこれよ。で? 今回のこと、アンタは随分前から真相を知ってたように見えるけど。」
佛跳牆「ああ。前もって武昌魚(たけまさうお)から情報が流れてきていたんだ。だが、角については聞かされていなくてな。それについては、北京ダックから教えてもらった。」
麻婆豆腐「なるほど。北京ダックも、なんだかいろいろ物知りだからねぇ。」
麻婆豆腐「だからって、あの北京ダックが、ただで協力してくれるとは到底思えない。アンタは北京ダックとどんな取引をしたの?」
佛跳牆「お前には敵わないな。まぁ大した話じゃない。もし奴に何かあったら、そのときは手を貸してやるってだけさ。」
麻婆豆腐はその回答に不満げに口先を尖らせ、佛跳牆のお尻に向かって鋭い蹴りを入れた。想定外の攻撃に、佛跳牆は低く声を漏らすも、なんとか堪える。
麻婆豆腐「これは、アンタがみんなを弄んだ代償だ。今回のことはこれで許してあげる。でも、もしまた同じようなことがあったら、どんな理由があっても、あたしはアンタを許さないから。覚悟しておいて?」
フン、と鼻を鳴らし、麻婆豆腐は毅然と背を向ける。町の赤い灯が彼女の後ろ姿を赤く染めた。その姿に、佛跳牆は引き留めようと伸ばした手を止める。そんな彼に気づかず、、麻婆豆腐は人混みに紛れて去っていった。
佛跳牆「相変わらずだな、麻婆豆腐は。まぁ、そこがあいつのいいところだが。」
佛跳牆「どうあれ、やっと今回の事件は解決した。これで彼女も祭りの最後を安心して楽しめるだろう。」
佛跳牆「だが、まだ戦いは始まったばかりだ。これから先のことは、まだ不確定なことばかりだ。だが……俺は決して誰にも負けない――この命を引き換えにしても、な。」
(メインストーリー終)
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