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ミネラルオイスター・エピソード4~5

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Ⅳ 出会いと別れ



俺を救ったのはビールという食霊だった。

そのこと自体には感謝すべきだが、どうにも奴には言葉が足りなかった。

自己紹介もなく、唐突に俺を抱き上げ、「よかったよかった」と目を細めて大喜びした。

……悪い奴ではないことはわかったが、そのような扱いを受けるのは非常に不本意で、俺は少しだけビールを苦手に思った。



ビールは戸惑う俺に気づくこともなく、旧友がいる、とある屋敷に強引に引っ張っていった。

そこは辺りが桜の木に囲まれた、とても静かな場所だった。彼はそこを、『世界を忍ぶための私塾である』と言った。


鳥居私塾の先生であるさんまの塩焼きは、ビールの連れてきた客である俺を、快く受け入れてくれた。

これには、感謝するしかなかった。


だが、俺をここに連れてきた薄ら笑いを浮かべるビールが、私塾にいる騒がしい子どもたちのように扱ってくることが耐えられなかった。


俺はこれ以上彼らとかかわりたくなくて、少し彼らと距離を置く。

さんまの塩焼きはそんな俺のデリケートな感情を察したのか、一歩引いて接してくれた。

しかし、私塾の子どもたちと、さんまの塩焼きの飼っている猫たちは、 やたらと俺の傍に寄って来た。


特に生まれて間もない小さな猫たちは、俺を不安にさせた。その小さな命の温もりをどうしたらいいかわからなかった。

この時、ビールは俺が嫌う笑顔を浮かべていた。なんとも腹立たしいことである。


「この『慈愛』に満ちた微笑みが腹立たしいと? なんとも嘆かわしい……」

「自分で『慈愛』とか言うな! 気色悪い!」


ビールの言葉は、更に俺をイライラさせた。


鳥居私塾の奴らは、俺が嫌悪感を剥き出しにしているにも関わらず、それでも傍に寄ってくる。

どうも奴らは、俺のことを遊びに付き合う優しい兄貴か何かと勘違いしているようだ。


それだけでも苛立ちが募るというのに、更に我慢ならないのは、ビールが俺の身長で私の年齢を判断してきたことだ。

それについては「ふざけるな! 」と怒鳴ってやった。だが、彼はまるで堪えている様子はない。また、その事実に俺は立ちを募らせる。


ここに来て、俺はこれまでに知らない感情を多々実感した。

この場所で俺は、苛立ちと戸惑いに振り回された……けれど、 不思議と憎しみはない。

これは今までに俺が感じたことのない想いだった。


「貴方はここに来て、 とても楽しそうですね。僕の見立ては間違っていなかった」


その言葉に俺は唖然とする。何をいけしゃあしゃあと、とんでもないことをいうのか。

……このビールという男、まるで信用ならない──


「僕は歌う〜、この場所に君が来れば、 きっと心穏やかになれると〜、そして〜その見立てをした僕はとても素晴らしい〜」


そんな俺の心に気づくこともなく(気づいてもまるで素知らぬふりをしている可能性も大きいが)ビールけ高らかに歌いだした。


そんな風に自らのことを歌うビールを眺めていると、無意識に体の力が抜けてくる。

(相手にするだけ無駄だ、こんなマイペースな奴……)

俺は大きなあくびをし、不本意にも彼の歌を子守唄にしてスヤスヤと眠ってしまった。



食霊の体は、人間のように脆くはない。だが、ひとたび重症を負えば、回復には一定の時間が必要だった。

だからこそビールは私をここへ連れて来たのだろう。悔しいが、俺は、彼に本当の意味で助けられたのだ。


奴は、優雅にひとり旅をしていたなどと抜かしていたが、なぜか俺が体を休めている間ずっと鳥居私塾に居座っていた。

勿論彼は、ここの主人であるさんまの塩焼きの友人だ。ビールがここにいるのは、むしろ自然であり、だからこそ俺もここで静養ができた。


ビールはここでのことを『寄り道』と称したが、旧友と酒を酌み交わす姿は、 明らかに楽しげであり、とてもそんな風には見えなかった。

『寄り道』なんて戯言は、俺の静養のためにここに来た時間を無駄だと言いたいための嘘に違いない。

どうも彼は、俺をからかって楽しんでいる節が見受けられる。 命の恩人であるものの、その辺は多少疎ましかった。




それから数週間ののち、やっと体の傷が癒えた俺は、ここから立ち去ろうとした。

勿論ビールには何も告げず、こっそりと出ていこうと思った。

ここからの道のりは別々にすべきである。間違っても彼と歩むようなことがあってはならない──これ以上、彼にからかわれないように。そう決意し、挨拶もなく鳥居私塾から出た。


さんまの塩焼きには後から手紙でも出せばよい……そう思って、鳥居私塾を後にした。

そんな俺を大いに驚かせたのは、鳥居私塾から少し離れた道中だった。

自分の前に、誰かが歩いている。歌を歌いながら、とても楽しそうに……嫌な予感で、俺は舷量がした。


これ以上前に進みたくない──自然と俺の歩みは止まる。後ろに一歩、更に一歩下がった。このまま、踵を返して一気に反対方面へと走り去るべきだ!

そう思って、くるりと背を向け、足を蹴り上げた。逃げるんだ……!そう心で叫ぶのとほぼ同時に、体が宙に浮かび上がった。


「どうしました?僕は貴方と一緒に行きますよ。遠慮しないでください!」


「は、離せっ!誰が遠慮なんてするもんか!俺はひとりで行くんだー!」


その頃には、俺はビールがどこに行こうとしているか知っていた。数ヶ月後には美しい桜が咲き乱れるその場所へと行くために、彼は旅をしていたのだ。


「お前には行きたいところがあるんだろ!俺が行きたい場所と別なんだ!ここで俺たちは道を違えるんだーっ!!」


そう叫ぶ俺を、ビールはいつもの薄ら笑いで見つめ、そっと俺を地面へと下ろした。


「確かに僕には行きたい場所があります。けれど、目的地は逃げません。 今年が無理でもまた来年があります……ですから、 今しばらくは貴方の傍に居ましょう。 一人より二人──この危険な桜の島では、きっとその方がいい」

ビール……」


彼のその言葉に、俺は不覚にも少しだけ感動を覚えた。しかし、奴が俺の頭に手を伸ばし、言い放った台詞が、そんな一切の感動を奪う。


「こんな小さな子が、また堕神なんかに襲われるかもと思ったら、放っておけなくてね」

「お前、いつか殺すっ!!」


ナイフラストへ戻る旅の途中、ビールのお供もあり、来る時のように時間はかからなかった。

ビールは多くの場所を旅したことがあるようで、多くのことを知っていた。彼はそれらのことを歌にするのが好きなようだった。

この短い旅で、俺が彼について確信したことがふたつある。


ーつはビールはお調子者で、誰でも簡単にその懐へと受け入れてしまう。

もう一つは、歌以外にこれといった長所が見当たらないこと。 せめてもの救いは、その歌は意外と嫌いではないことか。


(ひどい言い方かもしれないが、見直したくなるようなことがあったとしても、奴は自らそれを打ち崩しにくるからな……)

それでも彼のことを、最初にあったときよりも、幾分か俺は好きになっていた。

まさかビールに対してそんな考えが浮かぶなど、魔が差したかと頭を抱える。


だが、それも仕方ない。明日にはディーゼ旅館に着く。そうなったら彼とお別れになる。こんな感傷を抱くのも、きっとそのせいだ。

今日で、奴と過ごす夜も終わりか──そんなことを思って、俺は最後くらいは素直になろうと、意を決して口を開いた。


ビール……もしまた会う機会があったらさ、俺たちが別れた後のことを歌にして歌ってくれないか?」

「え?……今、なんと?」


彼は振り返り、きょとんとしてまばたきをしている。だが、もう一度同じことを言えるほど、俺はまだ素直にはなれなかった。


「ああ……なんでもない。気にしないでくれ」

「そうか。ならそれは話したい時にまた言ってくれたらいい。それよりも、話しておきたいことはいっぱあるからね!」

「……な、何だよ、話しておきたいことって」


嫌な予感がしつつも、俺はそう訊ねてしまった。……ああ、なんてことだ 俺はビールと一緒にいたせいか、間抜けな奴になってしまったようだ。


「君は以前どこにいたの?それと好きな食ベ物は何?あとはどんな女の子が好みとか?うーん、知りたいことはいっぱいあるね!」

「は?そんなこと、 なんでお前に教えなきゃいけねーんだよ?」

「あ〜あ〜僕は歌う〜、君のことをいろいろ知りたいのさ〜、そして僕はそれを歌にして〜、いろんな人に語り聞かせたいのさ〜」

「ふ、ふざけんな!絶対教えねー!」

「……つれないなぁ、君は。まあいいや。 歌にはしないからさ、違うことを教えてよ」

「……なんだよ?」

「これはとても重要な話だ。どうして君のような小さな子がー人でこんな危険な桜の島に来たのか? 僕はそれが気になって仕方がない!」

ビール!お前は絶対この手で殺すっ!」


その夜はもみくちゃになりながらも、多くの事を語り合った。

俺のことだけ教えるのも癪だったから、ビールのこともいくつか訊ねた。そのお陰で少しだけ、奴の事も分かった気がする。

俺はといえば──何故か自分から語ることのなかったこれまでのことを、 ビールに話してしまっていた。……パスタのことも含めて。


すると、揺らめく明かりの向こうで、彼の表情が変わった。それは、今までにない、真剣な表情だった。


「……オイスター、あそこには戻らない方がいい。このまま、僕と一緒に旅をしよう」

「なんだよ、突然。ビール、なんでそんなこと言うんだ?」

「この世界にはさ、もっと美しいものがいっぱいあるんだ。だから、危険な任務しなきゃいけない場所に、戻ることはない」

「あそこは俺の家だぞ?そんで、あいつらは俺の家族なんだ。家族の元に戻らないで、どこに帰るんだよ?」

「……あそこは君がいるべきところじゃない。頼む、僕と一緒に来てくれ」

「なんだよ、まるでディーゼ旅館を知ってるみたいな口ぶりだな」


彼はふいと俺から視線を逸らした。 答えたくない、ということか。

彼は、俺の方を見ようとしない。これまで和やかに続いていた会話は一瞬にして散ってしまった。


「……もう寝よう。明日も早い」


そして、ビールは背を向けた。そうなってしまった彼を、無理に起こして話をしようという気にはなれなかった。

(今日が……最後の夜なのにな)

俺は仕方なく、彼に倣って布団をかぶる。そして、眠れないまま、朝が来るのを待った。




──翌日。

ビールの顔からは、昨晩見せた険しい表情は、まるで錯覚だったかのように消えていた。俺はホッとして、 そのことについては敢えて触れないことにした。


そして、俺はビールとディーゼ旅館に向かって歩き出した。

奴はいつものようにおちゃらけていて、俺たちは楽しい道中を過ごした。


あの日──ディーゼ旅館を出たときは、 いつ戻れるか、まるでわからなかった。

きっとパスタB-52のようにはうまくいかないと……命を落としてもおかしくないと思っていたから、こうして無事に戻ってこれたことを、俺はなんだか不思議に思う。

それも、旅の途中で出会ったビールのお陰であることは、悔しいが俺も理解していた。


「ありがとう、ビール。 いろいろあったが、お前に出会えてよかった」

「……ねえ、 オイスター。 このまま僕と一緒に行かないかい?今ならまだ間に合う。歌を歌って、美しい場所を見てまわってさ。 きっと楽しいよ」

「そうだな。ビールの言う通り、きっと楽しいと思う」

「じゃあ……!」


ぱあっとビールの顔が明るくなった。その表情はいつも通りの薄ら笑いであったけど、いつの間にか俺は心地良いと感じるようになっていた。


「でも、やっぱり俺の帰る場所は、ディーゼ旅館だ。またいつか 俺が一人前になったらさ、一緒に旅行しようぜ」


俺は初めて彼の手を取った。そして、 まっすぐに彼を見つめて心から笑った。




──まだ、俺は未熟だ。パスタの言う『この世界の真実』を見抜けてはいない。

パスタに会ったら、勝手に旅館を飛び出したことを、怒るだろう。それでも、俺の帰る場所は──やはり、ディーゼ旅館だ。

パスタと共にあの村を出たときから変わらない。俺の戻る場所は、パスタのいる場所。

きっと、これはずっと変わらない。

(いつか……一人前になったら──そのときは、誰にも俺を『小さな子ども』だなんて言わせない)


そんなことを言われても、 笑い飛ばせるようになれる日まで、俺は……このディーゼ旅館で働こう。


「ただいまー!」


そうして俺は、ボルシチのいるディーゼ旅館のドアを勢いよく開いたのだった。





ミネラルオイスター

ミネラルオイスターは、 とても閉鎖的な村に生まれた。ものの良し悪しに関わらず、 そこの人々は外界のものを受け入れなかった。

ミネラルオイスターのように、 突如現れた存在は、彼らにとっては災厄の予兆でしかなかった。


堕神の出現も当然のごとくこの食霊の責任にされてしまう。


これがミネラルオイスターにとって、どうしようもなく不幸なことであっただろう。


一人の村人が村長の意向でナイフラストのディーゼ旅館へとやってきた。

彼はミネラルオイスターという食霊を召喚したらしい。家族がなく、 ひとりで寂しかった彼は、食霊でもいいから家族が欲しかったようだ。

だが、村人たちの反発は激しく、彼は食霊を家族として迎え入れるのを諦めなくてはならなかった。


彼の成長を見守っていたが、いつのころからか村に堕神が現れるようになった、とその男は言った。

あの子は家族ではなく、 やはり災厄だった。恐ろしい.……もう自分の手には負えない、だから、あの子を堕神と共に消して欲しい、と涙ながらに語った。


「──わかった。その食霊は私が引き取る……だからすぐに立ち去れ。契約書を置いて、な」


バスタが冷たく言い放つと、男は金銭の入った袋と印の押された契約書を置いて逃げるように去っていった。

これまでにも、この旅館では食霊に関する願いを受けいれることはあった。

だが、すぐに元に戻ったとはいえ、 話を聞いたパスタがあまりに悲しげな表情をしていたので、ポルシチは何も言うことができなかった。


もしかしたらパスタは、 その食霊が自分たちの戦力になると考えたのかもしれない。

もしくは、外界を受け入れずに図々しい願いをしに来た村人を哀れに思ったか。

それとも──


パスタの胸の内は、彼と最も親しかったポルシチですらわからなかった。

誰からも受け入れられないミネラルオイスターは、パスタの記憶の中にのみ存在する、皆に好かれようと努力して亡くなった愛しい人と重なっていた。

そうしてパスタミネラルオイスターに会いに行く。彼の目に、その食霊がどう映ったかはわからない。

ただ、ミネラルオイスターに接するパスタの態度は、意外にも優しくあたたかいものだった。

多くのことは自分で済ませて、ミネラルオイスターにはさせようとはしなかった。


ミネラルオイスターの実力不足ではない。

ただ彼の心がまだ様々なことを受け入れられていない状態だったから、パスタは彼を醜いものから遠ざけた。


ミネラルオイスターがこの世界の真実を受け入れるまでは、あの村の者たちを……そして、彼を召喚した男のことを理解することはできないだろう。


ミネラルオイスターはひたすらに自分の力を証明しようとするが、その願いがパスタに聞き入れられることはなかった。

だからミネラルオイスターは、 パスタが外出時に、本来パスタが行うはず任務を自身で受けた。

結果を出せば、認めてもらえると──そんな純粋な気持ちで、 ミネラルオイスターはひとりディーゼ旅館から出て行ってしまった。




桜の島は、人間が暮らすことのできない場所だった。ミネラルオイスターは、それほど危険な場所が存在することを知らなかったのだ。

絶え間なく現れる堕神に自身の終わりを考えていた時──そこにビールが現れ、ミネラルオイスターの前に立ち塞がって彼を庇った。

そして、ボロボロだったミネラルオイスターを、知人であるさんまの塩焼きが営む鳥居私塾へと連れていった。


そしてミネラルオイスターはそこでしばらく療養することになった。そこでビールと交流し、彼はビールと心を通わせた。

ミネラルオイスターは、 ビールと知り合ったことで、より一層にディーゼ旅館のボルシチパスタを愛しい存在であると認識するようになった。

そんな彼を心配したビールだったが、彼の決意が固いことを知ると、 いつでも君の助けになるよ、と言葉を残し去っていった。


そうしてミネラルオイスターが再び旅館に戻ったとき、珍しくパスタが激しい叱りを浴びせた。

初めてパスタが怒る姿を目にしたミネラルオイスターは、堪えられず笑顔になる。


「……何を笑っている?」

「ははっ、俺はさ、君たちが──大好きだって思ったからさ」


ミネラルオイスターは、やっと本当のパスタを見つけられた気がした。


それから暫くして、ミネラルオイスターは竹煙質屋(ちくえんしちや)へと向かった。

そこに、パスタが欲している情報があるからだ。

そこで、ミネラルオイスターは、ビールと再会した。久しぶりに会う彼は、 竹煙質屋のボスである北京ダックとほろ酔い状態であった。


ビールと一緒に飲んでいた北京ダックは、まるで友人かのようにミネラルオイスターの肩を組んで来た。


「あなたがミネラルオイスターですね?ふう……教えておきましょう、あいつについていてはダメです。 あれは、危険な男です」


するとビールが、北京と同じようにミネラルオイスターの肩に腕をまわす。そして強引に彼を引き寄せた。


「ぷは一……いいですか?もしパスタがいい奴なら、僕だって全人類を愛していると高らかに宣言できますよ!はん!」


すると北京ダックがそんな彼の腕からミネラルオイスターを引き戻して、ジッとミネラルオイスターを見つめた。


「貴方、本当は分かっているのですよね?パスタと一緒にいたら、大切なものを失うと」


そんな二人に、少しだけうんざりしつつ、ミネラルオイスターは、深い息を吐いた。


「知ってるよ、パスタは家族だからな」


肌が触れるほどの距離感を嫌ったミネラルオイスターは、酔っぱらった二人を左右にぐいと押しのける。


「今回は情報をもらいに来たんだ。 十秒以内に教えてくれ。それ以上は付き合えないからな」









*   *   *


閉鎖的な村に召喚され、寂しい時間を過ごしていたミネラルオイスターは、パスタに拾われてその心がかなり変わった。

荒んだ心は前向きになり、今では自分を召喚した男すらも許していた。

そもそもずっと不思議だったのだ、何故あれほど心から離れなかった御侍から気持ちが離れたのか、と。

その答えは、パスタの机から見つかった。


「これは、契約書だ──俺の」


そこにあったのは、ミネラルオイスターと御侍の契約書だった。その契約はすでに破棄され、新たな契約人の名前欄にはパスタの名前が記されていた。

食霊が食霊と契約する──そんなことが可能なのかわからない。まるで聞いたことのない話だった。

だが、御侍はきっとこのことを信じたのだろう。もう、彼からの強い絆を感じることはない。


今なら御侍とは別の関係が築けたかもしれない。そう思えるようになったのも、パスタのお陰か……。


ミネラルオイスターは、その契約書をそっと机の中に戻した。

その書類の効力はどうでもよかった。ただ、彼がそんな書類を大切にしまっておいてくれていた──その事実が、 ミネラルオイスターの心を潤わせた。


そのとき、バタンと荒々しくドアが開いた。誰かと振り返ると、そこにはビールの姿があった。

「おお、こんなところにいたのですね、ミネラルオイスター!お会いできてうれしいです!」

「なんだ、お前。何しに来た?」

「ああ、ボルシチ嬢に頼まれましてね。 少々情報提供に来ました」

「なんだ?聞かせろ」

「いえお話はボルシチ嬢に……」

「うるせえ!あいつらへの情報は俺が欲する情報と同意だ、早く言え!」

「……ミネラルオイスター、いい加減、こんなところから出て、僕と一緒に旅に出ませんか?ヤ〜、そ〜して素敵な景色を見て〜、歌を歌って穏やかな日々を送りましょ〜お〜」

「黙れ、いいからボルシチのとこに行くぞ。お前の下らねぇたわごとには、付き合ってられねぇんだよ!」




ディーゼ旅館のミネラルオイスターは、かつて村で迫害されていた頃の彼ではなくなっていた。

笑顔を見せ、信じられる仲間が増えて、自ら積極的に行動するようになっていた。


ミネラルオイスターは、 パスタがどれほど危険なことをしているかは既に理解していた。

それが、そんな簡単なことではない事もわかっていた。

だがパスタは、この世界で初めて自分を受け入れてくれた人だ。そんな彼は他者の助けを必要としている──パスタがもし悪い奴だったとしても、そんなことはミネラルオイスターには関係がなかった。

自分を救い出してくれたパスタに報いたいとミネラルオイスターは思っていた。


彼の未来がどんなものであっても、彼のそばに居続ける──もう、決めたことだ。その気持ちは揺らぐことはない。

ミネラルオイスターは自分の行動で、あの日自分に教えてもらったように、笑顔ばかり見せて本心を見せない男に教えたいと思っていた。

「一人で世界と向き合っているのではない」と――

そのために、1日でも早くパスタの支えとなれるよう、ミネラルオイスターは歩み続けるのだった。



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