時のレクイエム・ストーリー・サブ幕間Ⅲ
幕間Ⅲ
3-1-アンウェン
一年前
街
執事夫人「あなた、アンウェンに会いたいわ……」
執事「アンウェンは執事見習いとして訓練中です。邪魔をしてはいけませんよ。」
執事夫人「でも、もう長い間会っていないのよ?」
執事夫人「顔どころか、お便りもありませんし。以前はお便りを返してくれたのに、何かあったんじゃ……? 何か辛い思いをして、ひとりで耐えているのかもしれないわ。」
執事「縁起でもない。きっと忙しさに便りを書く暇もないのですよ。」
執事「私の忙しさを知っているでしょう。私でさえこの忙しさなのですから、見習いのアンウェンはそんな私より覚えなければならないことが山積みですよ。」
執事「落ち着いたら連絡もくると思います。あまり、変な考えをするものじゃありませんよ。」
執事夫人「……ただ一眼姿を見れるだけどもいいのに! もうこんなに長い時間……」
執事夫人「あなた、何か方法はないのでしょうか? ただ会いたいだけなのです。邪魔などしません」
執事「……はあ、君という人は。」
執事「わかりました……ガゼット様に相談してみます。何か方法があるかもしれませんし。」
3-2-限りある時間
事件当日
応接室の一角
フランスパン「執事さん、私は少々館内の他の場所を調査したいので、皆さんを食堂で休ませておいてもらえますでしょうか、必ず真相を突き止めますので。」
執事「それは……」
執事はフランスパンの意向に難色を示し、救いの手をと公爵夫人を見る。
彼からすれば会ったばかりの者に館内を自由に動き回られ、何かありでもすると責任問題になってしまう。かと言って自身の職務を投げ出してフランスパンについてまわることも出来ないと考えたのだ。
公爵夫人「裁決官様、館の調査は認めるわ。ですが、夜のパーティーまで時間は二時間。それまでに解決していただきますわよ。」
フランスパン「分かっています。」
フランスパンは公爵夫人の音葉を聞いて握った拳に力が入る。
フランスパン(2時間……必ず真相を突き止めなければ!)
執事「奥様がそうおっしゃるのであればどうでしょう。皆様食堂で少々休まれてはいかがですか? 私がフルーツなどを用意いたしますので。」
執事は皆を案内した後、フランスパンのもとへ行き一つの鍵を手渡した。
執事「貴方の身分は保証いたします。ただ、時間が限られているということはお忘れなきよう。」
フランスパン「はい、必ず皆さんが納得のいく答えを見つけますよ。」
3-3-出入り制限
時の館の厳重な警備のなかで唯一の出入り口。そこで一人のニュースボーイが行ったり来たりと入り口を見ていた。
フランスパン「こんにちは。」
新聞売り「うわ!」
声をかけられたニュースボーイはすぐさま逃げ出そうとするが、フランスパンがその手を掴んで引き止める。
新聞売り「ぼ、僕はただ新聞を売りに来ただけで。盗撮なんてしてませんから!」
子供の恐怖する表情を見てフランスパンはしゃがみこみ、優しく男の子の頭を撫でた。
フランスパン「怖くないですよ、ただ聞きたいことがあるんです。」
新聞売り「なに?」
フランスパン「いつからここにいますか?」
新聞売り「今日は一日中ここにいたよ……ぼ、僕のカメラを取りに来たんじゃないの?」
フランスパン「違いますよ。ずっとここで誰かを待っていたんですか?」
新聞売り「今日幻楽歌劇団のキャストが来るって聞いてたから、写真をとって、新聞社に売ろうと……」
フランスパン「お? 何か撮れたんですか?」
新聞売り「出入りする人は数えるほどもいなかったよ。午後に一台の馬車が来て、一人の執事さんが白衣の男の人を連れて入っていったんだ。その後召使いの人が出て来て、三十分くらいで遠くにいた人を一人連れて入ったよ。」
フランスパン(どうやら……犯人はまだ屋敷の中にいるようですね)
3-4-童話
事件当日
書斎
公爵の書斎には大きな本棚がある。本棚には様々な書物があったが、多くは落ち着いた色のものだった。しかし、そんな中で一冊の真っ赤な本が目をひく。ちょうどフランスパンが気になる本を取り出そうとした時、一羽の赤い蝶がフランスパンのすく横を去っていく。その蝶が夕日の光に照らされ輝く姿はとても幻想的なものだった。
フランスパン(蝶?)
フランスパンはその蝶を目で追おうと振り返るが、そこに蝶の姿はなく、まるで幻覚を見ていたかのように静かな書斎の景色が広がっているだけだった。フランスパンは自分の目をこすって冷静さを取り戻す。
フランスパンは再び手にとった本を見る。それは他の本とは少し違うものだった。ページをめくるとそれは印刷されたものというより、何者かによって書かれたもののようだった。ただ本の見た目から考えるとかなり長い時間手を加えられていないようだった。
作者の字は優雅なもので、フランスパンの知っている誰のものとも一致しない。
『一角獣の角は天使の人参、』
『守宮の尾は黒蛇の毒、』
『赤き蝶は魔女の眷属。』
フランスパン(赤き蝶? 魔女? まさかあの蝶は!? ……いえいえいえ!)
フランスパンは首を左右に振り、一瞬自分の脳裏をよぎった考えを必死になかったことにし、再び部屋の調査にもどっていった。
3-5-薬の届け人
一階に集まっていた召使いたちは背伸びをしたりリラックスしているようだった。そんな様子を見たフランスパンは首を横に振る。
フランスパン(もしかしたら彼らにとって、パーティーが中止になるのはいいことなんでしょうか。はぁ……これですから貴族というのは……)
ボーイ「裁決官様、どうなさいましたか? 執事様より、調査に協力するよう仰せつかっております。」
フランスパン「そうですね……では、スティーブン様は普段どんな方ですか?」
ボーイ「スティーブン様ですか? ガゼット様の甥にあたり、遺産の相続者です……私どもにも良くしていただいていますし、態度が悪いというわけではないのですが……貴族ですから、どこか私どものような者を見下してはいます。そういえば、ガゼット様のこととなるととても気を遣われていましたね。」
フランスパン「おかしいですね?」
ボーイ「例えば、普段ガゼット様の食べられる食事でさえスティーブン様自らお届けになられていました。この時だけは私どもにも見栄をはるような態度はありませんでした。」
フランスパン「その他にも何かありますか?」
ボーイ「そうですね……私もこれ以上のことは。」
フランスパン「わかりました、ありがとうございます。」
3-6-金庫
center:事件当日
center:書斎
書斎の装飾は多くはなく、部屋の中でも金庫が最も手がかりのありそうな場所だと言える。金庫のパスワードである四桁の数字はいったい?
フランスパン(うーん……私の考えに間違いがなければ、公爵のような時間を重視する人であれば、何かの日付の可能性は高いかもしれません。公爵の性格からすると……他人に関係する日付は使わないでしょう。そういえば、執事さんが今日は公爵様の誕生日と言っていましたね!)
フランスパンは金庫の鍵に今日の日付である『0825』をいれた。
ガチャ。
フランスパン(やはり……)
金庫の中には様々な書類があった。ざっと見て見るとそこには違法な交易の記録……公爵の資産についてなどと、やはり公爵には裏があった。だが、これらは今夏の事件との関係は薄い。
フランスパン(財務記録に契約書……おや、これはいったい?)
それは名簿のようなもので、顔写真付きで個人情報が記載されていた。名簿の資料の後ろには括弧があるが、その中の内容はどれも別人の情報のようだった。
フランスパン(…逃亡犯、失踪、生死不明……陰陽ファイルでしょうか?)
フランスパンは眉をしかめる。
フランスパン(この者たちはいったい? 『0825』という日付に何か関係があるのでしょうか? それともただの公爵の重要書類なのでしょうか?)
3-7-投降
事件当日
書斎
金庫の底には封筒の挟まれたファイルがあった。
中の封筒に触れて見ると使用されている紙質が明らかに他より上質なもので、上に押された紋章はフランスパンの見覚えのあるものだった。
フランスパン(まさかこれは……)
フランスパンは携帯していた法典から子爵邸事件の資料を抜き出す。
フランスパン(やはり!同じ紋章ですね。これは子爵邸からの便りで間違いなさそうです)
フランスパンは封筒の一つを開け、中の内容を確かめると確かにすでに亡くなった子爵自らが書いたものだった。
手紙の内容はこれといって意味のあるものではなかったものの、文末には気になる内容があった。
「――私は貴方に忠誠を捧げます。私の全ては貴方のために」
それは自身の忠誠心をアピールするための手紙だった。
フランスパン(公爵の性格上、簡単に他人を信用したりはしないはず)
フランスパン(子爵がこのような手紙を送ったところで受け入れられるとは思えませんが……)
フランスパン(ですが、もしこの手紙のような忠誠心にわずかでも綻びを見てしまったなら、公爵は手段を選ばないでしょうね)
フランスパン(……推測の域を出ませんが)
フランスパンは手紙を封筒に戻し、自分の法典に挟んだ。
3-8-変化
事件当日
食堂
執事がフランスパンの調査のため部屋を案内している頃、食堂では裁決官がいないからか、少しばかり空気が軽くなっていた。
スフレは相変わらず我が物顔で公爵夫人の後ろに立っていた。臆することなく、オペラを見ている。しかし見えない。彼は空気のようだった。その様子にスフレは愉快そうに口笛を吹いた。
スフレ「そろそろあの臆病者が起きる頃だな、どうやら……またの機会に、だな、オペラ。」
オペラ「……」
スフレはそんな言葉を残して目を閉じた。数秒後に目を開いた時には雰囲気がガラリと変わる。
スフレ「……あれ???わたくしは……お、奥様……」
公爵夫人「黙りなさい。」
スフレ「!!」
夫人の声にスフレは口をぎゅっと閉じる。状況が呑み込めず、目が潤んでいたものの、質問の一つも聞くことはできなかった。
ブルーチーズ「……この方は確かにどこかおかしいですね、気をつけてください。」
オペラ「……ああ。」
オペラはそう言いながらスフレを見る。この時オペラの視線に気付いたスフレは何かを言いたげだったが、ためらった様子で、そのままうつむいた。そして、その後は何も話すことはなかった。
オペラはそんなスフレをしばらく観察したが、俯いたまま何を思っているのか読めなかった。
3-9-奇怪な来客
事件当日
応接室の一角
執事は鍵を受け取ってその場を後にしようとするフランスパンを見て眉をひそめる。
執事「あ……お待ちください!」
調査に向かおうとしていたフランスパンは執事の声に引き止められた。執事は何かを言いたげな表情をしていた。
フランスパン「どうかなさいましたか?何か見てはいけないような場所があるのでしたら教えてください。」
執事はしばらく考え込んでからようやく口を開く。
執事「時間は限られています、私が思うに、調査の重点を館の者以外においてはいかがでしょうか。」
フランスパン「館の者以外?」
執事「裏でお客様に意見を言うのは礼儀のないことではありますが、状況が状況ですので……」
フランスパン「お客様……ブルーチーズとオペラのことでしょうか?」
執事「そうです。」
フランスパン「彼らは公爵様の招待できたのでは?」
執事「表面上は招待ということになっていますが、実際はガゼット様が裏で手を回しておりまして……本来は来るつもりはなかったのかと思います。昨日もオペラ様は歌うのが嫌で書斎で激怒されていましたので。」
フランスパン「つまり、彼らがここにきたのは脅迫されたからだと?」
執事「具体的には私も存じておりません。ただ、当時私は部屋の外にいたのですが、オペラ様がガゼット様に向かって「これ以上迷言を口にするのであれば、こちらも手段は選べない……後悔するなよ」などという声が聞こえました。」
フランスパン「わかりました。その件はしっかり調査しますね。」
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