【非人類学園】九千歳（キュウセンサイ）のデータ

　九千歳は心が優しく気の弱い女の子で、生まれてからずっと西海にいた。
　いつものように平和な或る日、朝ご飯を食べた後、岩の上で貝と話していたら、何やら重要なことを小耳に挟んだ。
　「ねぇ、聞いた？竜王様（※編集者註：竜馬の父）が竜馬の安全を守るために、非都に遣わす用心棒を選別してるらしいよ」
　九千歳は目を丸くした。
　「竜馬って、竜の顔つきよりも馬の見た目の方が好きで整形したっていう、あの竜馬？」
　貝は殻の蝶結びを直して頷いた。
　「まぁ、竜馬さまの用心棒なんて私たちには関係無いよね〜」
　「竜王様が気まぐれで選ぶのなら、確かに関係無いかぁ……」
と、貝も同意した。
　「竜王様はどんな人を選ぶんだろう〜」
九千歳がほっぺを伝う水の心地よさを満喫しながら呟いた。

　長い間水草の中で蹲っていてとうとう無駄話に耐えかねた竜王は、突然立ち上がって九千歳と貝の話に乗り出した。九千歳と貝はビックリして、石の上から跳び上がった。
　「どうしてここにおられるのですか！？」
　竜王は、二人がさっきまで座っていた岩の上にのんびりを腰を下ろすと、顔を少しも赤らめることなくその場ででっち上げた嘘話を語った。
　「なぁに、ただの通りすがりさ……。あ、『竜馬親衛隊』のメンバーはもう選んであるよ」
　「そうですか！良かったですね〜！」
　だが、竜王は角の上に巻き付いた水草に手をやりつつ、不満げに話を続けた。
　「だが、肝心のリーダーがまだ……」
　「それは大変ですね……！頑張ってくださいー！」
　「リーダーは、無邪気そうに見える人の方が良いと思っていてね。その方が悪人に警戒心を引き起こさないで、ひっそりと竜馬を守れるだろうから」
と、ここで二人を見て、竜王は或ることを思い付いた。
　「そうだ！亀ちゃん、君がリーダーになってくれないか？君はもう子供じゃないだろう（編集者註：公式設定では九千歳は12才）。外へ出て自分を磨く良いチャンスだと思う」
　九千歳と貝は驚いた。
　「えっ！？！？！？」
　竜王がさらに続けた。
　「西海継承人の親衛隊として、立派なチーム名が必要だろう。そうだな、『Love&Peace』というのは……」
　九千歳と貝は明らかに疲れてきたようだ。一方の竜王は、今即興で考えたチーム名が気に入ったらしい。
　「そうだ、『Love&Peace』だ！平和精鋭といこうじゃないか。どうだ？」
　「え、貧乳精…..いや、なんでもないです！つまり、私が貧乳ロリってことですよね？それなら亀ちゃんの方が適任に決まってるじゃないですか〜！」
　貝は何やらとんでもない聞き間違いをしたらしい。
　「ううう……貝ちゃん、なんで私に押し付けるの……（泣）」

　『非都は危険だ』と、非都にやって来たばかりの九千歳は直ぐに悟った。第一、道が分かりにくい上に地図も複雑。竜王様にナビを借りたから迷うことは無いけど、そんなことよりも……道に猫が多すぎない！？尋常じゃないくらい多いよ！まさに猫尽くし！（泣）
　非都の住民はみな猫をしてやまない。いつ出かけても、飼い主と一緒に仲睦まじく散歩する猫の姿がある。野良猫もまた多い。
　西海っ子のカメである九千歳は、猫が大の苦手なのだ。
　ビクビクしながらあるいている九千歳は、猫にとっては絶好の獲物であるようで、美味そうな匂いに猫たちが心を惹かれている。
　「ニャ〜」「ニャ〜」「ニャ〜」「ニャ〜」
　九千歳が心の中で猫に大きな『×』を付けたのは、今日で283回目だ。
　背中に背負ったメカの推進力で、なんとか九千歳はその場から逃げ切ることができた。
　「ふ〜っ、一件落着……」

　……「一件落着どころじゃない！（泣）」
　気を緩めたのも束の間、九千歳の目の前にはフワッとした髪を持つ少女が立っていた。
　「あれ？大丈夫？」
　毛玉のような尻尾を振っているその少女は、天高宣伝部の部長こと、獅妹だ。
　「大丈夫……。ただ……」
獅妹が急に近づいたかと思うと、何やら匂いを嗅ごうとして尻尾を速く振り始めた。
　「ま、毎日シャワー浴びてるから！！！」
　そうだ。非都の生活に慣れるため、九千歳は毎日頑張っているのだ。西海出身だから、どうしても海の匂いが離れない。それをなんとか隠そうと、最近は毎日イチゴフレーバーのボディソープを使っているのだ。
　「でも、よく嗅ぐと……やっぱり海の香りがするね」
獅妹が思い切って鼻から息を吸い込んだ。
　「ううう、しないよ！海の匂いなんて……（泣）」
　「別に変じゃないよ！ほら、最近流行ってる海塩炭酸飲料だって海の香りがするし、それにトレンドの香水も磯の香りだよ！」
　「本当……？」
九千歳はホッとした。
　「Of course！」
　そう言うと、獅妹は九千歳の背中に飛び込んだ。
　「本当に美味しそうな匂い！新鮮なイチゴの香りがする〜！」
　「う、うわぁ！（泣）」
九千歳はハッとした。
　「あなたは……ライオン？」
フワッとした髪！毛玉のような尻尾！よく見なくともライオンだ……！
　「そうだよ〜」
獅妹が匂いを嗅ぎながら頷いた。
　九千歳はついに泣き出した。大粒の涙がボタボタと落ちていく。やっぱり猫に捕まえられちゃった……。しかもこんなに大きな猫に。ううう……非都は危険だ……。もうやだ、西海に帰りたい！（泣）