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【黒ウィズ】エレイン編(謹賀新年2019)Story

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最終更新者:にゃん

2020/01/01




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story



 魔界で、人間の末裔である魔人が生きていくのは苦労もある。――猫の世界で鼠が生きるようなもの。

Wひっく、ひっぐ、えう……。

 幼き日のエレインは、広い屋敷のひとけのない廊下の片隅で隠れるように泣いていた。

鉄仮面では涙は拭えぬ。なぜなら魔人は泣かぬから。それが当たり前だから。

だから誰もいないところでしか仮面を外して涙をぬぐえない。

Z泣くのはおやめ、エレイン。

Wだ、誰?

Z私かい?そうだねえ。この屋敷の妖精さん、と言ったところかな。

 その声は、開かずの間から聞こえてきた。

その部屋には誰も住んでいないはずだ。

W屋敷の妖精さんは……何をしているの?悪いことしてない?

 魔界の教育が行き届いたエレインは守るべき「家」に入り込んだ謎の敵を警戒する。

Z何もしてないさ。私の仕事は何もせず、のほほんと暮らすことだからね。

 それは仕事じゃないような気がしたが、幼きエレインに反論する元気はなかった。それどころか、羨ましいくらいだった。

Wわたしも……のほほんがいい。おうちから出たくない。

Zどうしてだい?お外は楽しいことでいっぱいだろう?

W……やだ。楽しいことなんかない。

Zなんでそう思うのかな?

Wニンゲン、ニンゲンってバカにされるから……。

 魔人のエレインは魔界の幼年学校でクラスに馴染めないでいた。

Zだったら、しばらくおうちでのほほんとしたらいい。

また学校に行きたくなったら、お外に出ればいいよ。

W行きたくなるわけない。学校なんていやなところだもん。

Zそんなことないよ、エレイン。学校は怖いところじゃない。たくさん友達ができるところだよ。

Wほんとう?わたしのことイジメない?

Z本当の友達はそんなことしないよ。

学校で出会った友達はかけがえのないものだ。君が困った時は、きっと助けてくれるよ。



 エレインは淡い夢から目を覚ました。

E屋敷の妖精さん……か。

 幼い頃のエレインは孤独だった。寂しさのあまり、「想像上のお友達」を作ってしまったのだろう。

こそばゆいような、恥ずかしいような、それでもほんのり暖かい思い出だった。

エレインは弱い過去の自分を叩き出すため、頬を叩き、愛用の鉄仮面をかぶった。

Eしっかりしないと。過去の思い出より今日の仕事!今は魔界でー番忙しい時季なんだから!

 魔界の年末年始〈歳月が絞め殺される時季〉にはイニス家の親戚ー同が押し寄せる。

庭園では、当主自ら寒空で薪を割っていた。使用人達は、実家に帰省するために休暇を取らせている。

アルトーパークの当主、アンリは娘のエレインを目にとめると、肉食植物をぶった切っていた斧をさげた。

Aああ、エレインか。おはよう。今日も寒いな。

Eおはようございます、お父様。薪割りは順調ですか?

Aハハハ、斧を振ると昔を思い出すよ。切っていたのは薪ではなく首だがね。

Eふふっ、お父様ったら、冗談がお上手なんだから。

A別に冗談ではないが。

Eでしょうね。

Aそうそう、悪いが、ララーナの様子も見てきてくれないか。親戚のやんちゃ坊主に手を焼いている頃だろうからな。

Eかしこまりました。薪も運んでおきますね。

 広間には、親戚ー同が集まっていた。〈歳月が絞め殺される時季〉の集まりは、血族の親睦と団結を深める目的も兼ねている。

Lあら、エレイン。薪を持ってきてくれたのね。ありがとう。

 奥方自ら、素手でー本の薪を握り潰し、着火用のチップをつくると、暖炉に魔法で火を付けた。

貴族らしからぬ行為だが、この時季の生活は簸城戦の訓練も兼ねている。魔界に生きる者なら、当然の習いであった。

Lエレイン、私が火の面倒を見ている間、あのやんちゃな双子を捕まえてきてくれないかしら?

Eラドウ家の子たちですね。確かに遊び盛りですものね。わかりましたわ、お母様。様子を見てきます。

Wこの部屋に幽霊がいるんだって「不幸なマチュー」っていうの!

m……この部屋には誰もいないよ。ご両親のところにお帰り。

Zいま、声がした!あーけーてーよ!あけろ!あけろオラァ!ひきずりだすぞオラァ!

 親戚の子供たちはマチューの引きこもっている部屋の扉を遠慮呵責なくぶっ叩きまくった。

Eこら!悪戯はダメですよ!すぐにおやめなさい!

Wでもこのなかにおぱけがいるんだよ!

Eそんなものいません。遊んでいないで、みんなのお掃除を手伝いなさい。

Zでもでも~!

Eさもないと、あなたたちを幽霊にしますよ。

 魔界式教育の効果は観面であった。双子は、ー目散に行儀よく立ち去る。

――静かに扉が開く。隙間から辺りを見回して、安全を確認してから、紙袋の男が出てきた。

m助かったよ、エレイン。子どもはカンがいいからね。この時期になると毎年逃げ回っているんだ。

E逃げ回るんじゃなくて、お兄様も少しは手伝ってくれませんか?人手が足りないので、マパパの手でも借りたいんです。

mすまないな、エレイン。私は魔界の正義について学んでいるんだ。

Eいつまでもそんな死に学問に入れ込んで!家を出ないなら、せめて少しは働いてください!

m――いまはまだその時ではない。

 扉は閉ざされた。しかし鍵がかかる音が途中で止まり、にゅっとマチューが顔を出す。

mああ、そうそう、言い忘れた。

お年魂をくばるときは呼んでおくれ。

 お年魂は、魔人に伝わる風習である。将来たくさんの魂をぶんどるような立派な大人になるよう、お金を贈るのだ。

こいつ、死なないかな、とエレインは思った。

Eこいつ、死なないかな……。

m思ったことを口にしてはいけないよ、エレイン。私にだって傷つく心はあるんだからね。


 ***


rなあなあ、エレイン。魔界おせち、とやらはまだか?お腹が空いたぞ~。

 イニス邸にはルルベルも滞在している。冬休みなので死ぬほどヒマらしく、もう何日も前から居候していた。

E今から作りますから、ご夕飯の時間までお待ち下さいね。

rじゃあ、その間に冬休みの宿題を見せてくれ。全然やってないからな。

Eいけませんよ、ルルベル様。宿題は自分でおやりにならないと。

 エレインは、ルルベルの言動になんとなく違和感を覚える。だが今は何かと忙しく、深く考える暇もない。

Wあっ、じゃしんだー!

Zじゃしんじゃしんー!

rわっ!やめろ、こら!髪を引っ張るんじゃない!

Eあなた達、しばらくの間、ルルベル様の遊び相手になってあげてね。

ZWはーい!

rおい待て、逆だろ!私がこいつらの遊び相手だ!

いや、違う!そもそも遊んだりなんかするか私は邪神だぞ!偉いんだぞ!

W鬼ごっこしよう!じゃしんさまがニンゲン役ね!

Z堕落させてニンゲンのクズにしてやるー!

rもうー!追いかけてくるなー!

 うん、いつものルルベル様だ。さっきの違和感は気のせいだろう。そう考え、エレインは気持ちを切り替える。

Eさあ、魔界おせちをつくりましょう!


 エレインは特別な衣装に着替え、祖母レティシアと母ララーナから教わった魔界おせちを作り始める。

衣装は多様な文化の折衷である。様々な出自を持つ魔人たちの伝統衣装であった。

魔界おせちも魔人たちの文化だ。日持ちする料理が多いので、能城用に最適。常在戦場の他の魔族達にも広まりつつある。

E素顔ははしたないですけど、仮面の中が湯気で曇ってしまいますからね。

 魔人は「素顔はほぼ全裸」という価値観を持つ。

ゆえに「他者厨房に入らず」は魔人たちの習わしであった。

E今回は邪神ルルベル様に捧げるお供物でもあります。気合を入れないと!

「まぷぅ?

Eうん。分裂したての活きの良いマパパですね。わざわざ市場に買いに行った甲斐がありました。

「まぷぅ!?

 エレインはマパパを適切な角度でマパパすると、あらかじめマパパしておいたマパパとー緒に厨房の片隅に吊るした。

Eわたしは鉄仮面♪そうあなたはシャイメン♪

 魔界おせちの作り方は、ー般的な料理よりも錬金術の実験に近い。

材料は主に火晰螺の生き血、マンドラゴラの根、水銀、硫黄、塩少々、その他諸々の生き物、そしてマパパ餅である。

マパパ餅とは、マパパしたマパパを、やわらかくなるまで臼と杵でアレコレしたものだ、昨日のうちに仕込んでおいたものである。

さながら魔女の窯の如く泡立った。

――やがて、仮初めの生命が誕生した。

「はじめまして、ご主人さま!ぼくゾウニのホムンクルスなかよくしてね!

 エレインはお玉を雑煮ホムンクルスにぐいっと押し当て、鍋の底へ沈めた。

「ふべぇ!やめて熱い!熱いよ!ぼくをここから出して!

Eダメですよ~。あなたはここで死ぬんです。私達イニス家の食卓に並ぶんです。

「そんなのいやだ!ぽくをたべないで!だして!ぼくをお鍋から出して!

Eだーめ。あなたはここで死ぬって言つたでしょ?ほらほら、だんだん煮えてきたでしょう?お出汁が染みて、いい昧になってきましたよ~。

「煮えるぅぅう!お出汁が染みるぅぅ!このままじゃ死んじゃうよォ!

生まれたばかりなのに死んじゃうぅぅ!やりたいことも、知りたいこともいっぱいいっぱいあるのにぃぃぃ!!

Eはいはい、御託はいいからさっさと煮え死んでくださいね~。

 鍋のふちを必死につかむ雑煮ホムンクルスをエレインはお玉で容赦なく押し潰し、、煮えたぎる灼熱の鍋の底に沈める。

「呪ってやるううう!末代まで呪ってやるからなああ!呪いあれ!イニス家に呪いあれえええ!!

E呪いあれー……なーんて、何やってるんでしょうね、私。

 雑煮ホムンクルスに知性はない、とされている。少なくとも言葉を喋ることはできない。すべてエレインのー人芝居であった。

(ぼくはなんのために生まれてきたんだ……)

 ー人芝居であった。

魔人の「他者厨房に入らず」の伝統を守ると、話し相手がいないので、寂しいのである。

E子供の頃もそうだったけど、私って、空想のお友達をつくる癖があるのかしら……。

 素顔(ほぼ全裸)で料理をしながら、雑煮ホムンクルスを相手にー人芝居。絶対他人に見られたくない状況だった。


rじーっ。

 見られていた。

Eルルベル様!?

 気配を感じてふりむくとルルベルが立っていた。

なぜか(マパパ用の)包丁を持っている。

Eいけませんよ、ルルベル様。危ないですから包丁をおいてください。それはおもちゃじゃありません。

いや、それ以前の問題です。魔人が調理中なのに部屋に入ってくるなんて!仮面を外しているのですから、ほぼ全裸を覗くようなものですよ!

rだったら、魔人が魔人の素顔を見るのはいいのか?

Eえっ、それはどういう意味……。

 背筋を誰かの視線が撫でる。反射的に振り返ると――

窓の外から覗き込んでいるマチューと目が合った。

繰り返すが、魔人にとって仮面を被っていない状態はほぽ全裸である。全裸伯爵である。

mやあ、エレイン。たまたま通りかかったんだ。たまたまだよ。

 この状況は、ニンゲンで言うと、兄が妹の裸を覗いたようなものだった。こういう時の対応はニンゲンも魔人も同じだ。

Eきゃあああああああああああああ!!

 魔界の乙女は絹を裂くような悲鳴を上げた。


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m長年の研究を経て、私はとうとう辿り着いた。

我がイニス家の始祖、聖女イェネフの真相に。

Eお兄様、お話があります。

mまずはおさらいだ。イェネフは「世界を救う」と予言された聖女だった。

Eお兄様!

mしかし!世界を救うその方法が異端だった。彼女は邪神ルルベルと契約し、その力で世界を平和にしようとしたのだ。

聖女イェネフは、邪神ルルベルの策略をかいくぐり、あくまで善のためにその力を利用し尽くしたという。

Eお兄様!私の話を聞いてください!

mしかぁぁしぃぃ!そこに新たな登場人物が加わるゥッ!

天界から追放された堕天使、――魔神ザラジュラムだ。

ザラジュラムは万物を捻じ曲げる「反転」の力を持っていたという。

かの魔神の手にかかれば生は死に、善は悪に、祈りは呪誼に、慈悲は憎悪に捻じ曲げられた……。

そんな魔神ザラジュラムが聖女イェネフに目をつけたのも自然な流れと言えようか……。

E妹の素顔を覗くのも自然な流れとおっしゃりたいのですか?

mもし、ザラジュラムが「世界を救う聖女」を反転させたら「世界を滅ぼす魔女」となっただろう。

Eこんな世界、滅べばいいのに。

m――だが、そうはならなかった。

邪神ルルベルは契約者のイェネフを守るため、律儀にも魔神ザラジュラムに勝負を挑んだ。神と神は激突し、そして……。

双方とも力の大半を失い、お互いがお互いを封印するような痛み分けに終わったのだ。

さて、ここで新たな疑問が生じる。

Eまず私の疑問に答えてください。どうして覗いたんですか?ねえ、どうして?

m魔神も邪神も封印され、聖女イェネフは自由になった。しかし彼女は堕落した。なぜか?

Eなぜか?はこっちの台詞です!

お兄様のお部屋から『週刊サキュパス』がでてきました!これ絶対、研究に関係ない本ですよね!?

m……参考資料だ。

E本当にやめてくださいよ……。これ、同級生が載ってるんですから新学期に顔を合わせづらいでしょう!

m――話を元に戻そう。聖女イェネフはなぜ堕落したのか?

Eおまえは堕落し過ぎなんだよ……。

m恐らく聖女イェネフは魔神ザラジュラムが復活した時のためにあえて自分の意志で堕落したのではないか?

あらかじめ堕落しておけば、ザラジュラムに反転させられても元の聖女に戻るだけだ。

その後、イェネフは魔界に堕ち、大ズローヴァとともに聖サタニック女学院を設立した。

聖サタニック女学院の校歌にある「堕落も堕天も成長だ~♪」とは彼女の自主的な堕落を指しているのだろう

それからイェネフは魔界でしばらく生活し、我らイニス家の祖となる子を生み育てた。それ以降の消息は不明だ。

いずれにせよ、相互に封印しあっていたはずの邪神ルルベルが復活した以上、魔神ザラジュラムの復活も近い……!

つまり、魔界滅亡の危機なんだよ!!


Aそんなことより、おまえはいつになったら働くんだ?

 イニス邸では、家族会議が聞かれていた。かなりガチめのヤツである。

妹の素顔(ほぼ全裸)を兄が覗き見をするという、魔界でも許されない行為が原因だ。

Aおまえがそうして引きこもっている間も同い年の魔人たちは勉学に励んだり、働いたり、友や将来の伴侶と出会い、己を磨いているのだ。

……私ももう若くはない。今日の薪割りで気づいたよ。私達が死んだら、おまえは誰に養ってもらうつもりだ?

Lマチューを責めるのはおやめになって!元はと言えば、あなたが家庭をないがしろにしてこの子を家の恥として隠したせいでしょう?

A何を言う!あの時はおまえも賛成していたではないか。「この子にはしぱらく時間が必要なのよ」と!

Lあなたに何を言っても無駄だと思ったからです!いつだって私の話を真剣に聞いてくれないんですもの。あの子が生まれた時だって――

Aいいや、おまえの育て方が悪いからだ!

Lあなたが私の話を聞いてくれないから!

Dまあまあ、ふたりとも落ち着いてよ。

 両親の謬いに、親戚の女性が仲裁に入る。イニス家の傍系、ラドウ家のアデルだ。

D年ごろの男の子にはいろいろあるのよ。ね、そうでしょう?

そうだ。いっそのこと家を出て、お姉ちゃんのやってる工場で働いてみない?フェニックスブラッドの下請け工場よ。

あっ、勘違いしないでね。別に厄介払いをしたくて言ってるわけじゃないのよ。

でも、ほら、うちの子たちやユリアンが大きくなった時、その……あなたのような子が親戚にいるとなんというか、ほら、ね?

lやめてください、アデルさん。仕事の前に病気を治すのが先決です。

ねえ、マチュー?おばあちゃんの紹介する病院に行ってみない?

大丈夫よ、何も怖くないから。ちょっとね、ちょっと壁に詰め物がしてあって、窓に鉄格子がはめてあるけど全然普通の病院よ。

ジェラールおじいちゃんも入ったことあるのよ。……若い頃、浮気した時に。

jいやじや~、あそこだけはいやじゃ~!脳みそをいじくり回されるのはいやじゃ~!

 魔界はしばしば地獄と間違われるが、地獄ではない。

だが、今ここは地獄だった。家族という名の地獄だった。

m皆さん……。魔界の危機という厳しい現実を前に目を背けたくなる気持ちもわかります。

E現実からいちばん目を背けているのはお兄様の方です!

世間のことをどうのこうのと講釈を垂れる前にまずは自分の身の処し方をお決めになったら!?

m……いまはまだ、その時ではない。

Eお兄様はいつもそればっかり!だいたい夏の事件の時だって――

 イニス家の家族会議は未明まで続いた……。



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 エレインの私室に暗い歌声と、包丁を研ぐ音が響く。

Eわたしは鉄仮面……そうあなたはシャイメン……。

見えない表情……見えない純情……。

わたしは鉄仮面……恋は無限大……。

隠しきれない……気ッ持ッち……ッ!

 エレインは(マパパ用)包丁を研ぎ終えた。だが、迷いもあった。

「もう殺るしかない」という魔界的な判断と「でもアレでも兄だし」という人間的な感情が入り交じり、魔界乙女の心は千々に乱れていた。

rじーっ。

Eルルベル様!?なぜ私の部屋に?

r部屋を間違えた。

Eそんなバカな。冬休みが始まってから、ルルベル様はずっと1階の客室でお過ごしでしょう。今さら間違います?

r私はへたれで、へなちょこで、すぐ調子に乗っちゃう性格だから。部屋も間違える。

 何とも言えぬ違和感が膨れ上がる。ルルベル様はこういうお方だっただろうか?

そんな思考をめぐらせていると玄関から声がした。

「ちーっす、ギブン便でーす。速達でーす!誰かいないんすかー!

 使用人は家に帰している。他の家人も昨日の家族会議で疲れ切って、部屋にこもっているのだろう。

Eいけない。受け取らないと。失礼いたします、ルルベル様。

r…………。

 ルルベルは無言でエレインの後を追った。

(マパパ用)包丁を拾ってから。

「じゃあ、ここに血判をお願いしやーす。

Eはい、たしかに受け取りました。

「チチチー!ありがしゃっしたー!

 魔界らしからぬ純白の封筒に、丸っこく可愛らしい文字で「ウリシラ・ファーレ」と書いてあった。

Eウリシラさんからのお手紙ですね。しかも速達だなんて。ー体どうしたのかしら?

 エレインは手紙の封を切り、中身をあらためる。

「ルルベルさんが行方不明なんです。聖サタニック女学院のどこにもいません。もしかして、そちらに伺っていませんか?」

Eあら、ルルベル様ったら、何も言わずにこちらにいらしていたんですね。皆さんが心配するでしょうに。

 エレインは続きを読んだ。

「突然いなくなったので、私もスローヴアさんも驚いています。

ついさっきまで、そぱにいたのに。」

 ……背筋に冷たいものが走った。この年末は背筋に冷たいものが走ってばかりである。

E(そんなはずありません。ルルベル様は冬休みが始まってからずっと我が家にご滞在しているのに)

 論理的に考えて「ついさっきまで」聖サタニック女学院にいたはずがない。

rおーい!誰からの手紙だったー?

E(……だったら、今、私の後ろにいるルルベル様は誰なの?)

E……ウリシラさんからのお手紙でした。聖サタニック女学院の同級生です。

rそっか、魔族の友達からか。それで、なんて書いてあったんだ?

Eルルベル様……。

rなんだー?

Eウリシラさんは魔族ではありません。天使の交換留学生(捕虜)です。

r…………。

――遊びはここまでか。

 エレインはとっさに姿勢を落とした。首があった位置を(マパパ用)包丁が通り過ぎ、鉄仮面の装飾を剥ぎ取っていく。

Eあなた、ルルベル様じゃありませんね!

r今さらか。あの女の子孫にしてはカンが鈍いな。

 ルルベルであったモノの肉体は弾けるザクロのように割れ、明らかに器より大きな魔性が現れた。

魔神ザラジュラム……!

 エレインの対応は正しく、なおかつ迅速であった。

啖呵は切らぬ、名乗りも挙げぬ、会話すらせぬ。ひとりで敵う相手ではない。助けを求めねば。

Eお父様!お母様!大変です!ザラジュラムが!あの魔神ザラジュラムが復活しました!

Aそんなことよりエレイン、お前に話があるんだ。

E話!?今この状況で!?

Aお父さん、今日からポエムで食っていこうと思うんだ。

Eはぁ?ー体何をおっしゃっているのです?詩作はそれほど簡単な仕事では――いえそれ以前に状況!ザラジュラム!

Lどうしたのです、エレイン。騒がしいですよ。

Eお母様、大変なんです!ザラジュラムがルルベル様に化けていたんですそれとお父様が変です!

Lそんなことより、エレイン。お母さんね、これから恋に生きることにしたの毎日がパーリナイよ、FOOOO!!

Eお父様とお母様がまるでダメなクズに……。いつものおふたりとは正反対です。

はっ!?まさか、これが「反転」の……!?

zやはりおまえには効きづらいか。ー族の中でも血の濃いのと薄いのがいる。早めに始末しておきたかったのだがな。

E……ルルベル様に化けていたのは、私を殺すためですか?

z戯れにな。無駄に生き足掻くならそれでもよい。おまえの価値などその程度だ。

簡単な遊戯だったが、そこそこ楽しめたぞ。いつもいつも肝心のところで妙な邪魔が入ったからな。

E「邪魔」ですって……?

 エレインの背後で開かずの間の扉が開いた。

Z――やれやれ、自ら正体を現すとは。……遊戯に勝てないから、遊戯盤を引っくり返す子どもと変わらないな。

 イニス家の長兄、マチューがエレインを守るように、魔神の前に立つ。

zそれは失敬。だが俺は遊戯盤を引っくり返すのではなく、叩き壊す類の悪魔でね。

兄妹諸共、ご退場願おうか。

 魔神の掌に、暗い、昏い、黒い闇が宿る。誰もが目をそらすほどおぞましい闇。生きとし生けるもの全てが宿す、心の闇。

確かにザラジュラムの言う通りだ。今までの「ルルベルごっこ」は只の遊びだ。――殺そうと思えばすぐに殺せただろう。

だというのに、マチューは魔神に背を向け、エレインに優しく語りかけた。

mエレイン、以前に約束したね。「ー緒に家を出てください」と。

その時、私はこう答えた。「いまはまだ、その時ではない」と。

 ザラジュラムの放った闇の魔弾がマチューの背後に迫る。

Eお兄様!よけて!

 ――だが兄は片手の甲で弾く。伝説の魔神が放った、闇の魔弾を。

mいまが、その時だ。


 ***


mエレイン、ひとまず屋敷の外へ!

Eええ、お兄様!

 走りながら、そこはかとなく自慢げに兄が言った。

mどうして私がこんなに頼れる最高のお兄様になったのか不思議かい?

Eいえ、そこまでは言っていませんが。というか、何も言っていませんが。

m聖女イェネフと同じだよ。ザラジュラムの反転の呪いを逆に利用したのさ。

聖女イェネフが反転の呪いで最悪の魔女にされないようにあえて堕落したように――

私もあえて……あくまで、あえて!穀潰しの、スネかじりの、引きこもりでいたのだよ。

Eということは……今のお兄様は魔界最強では!?

m……待ってくれ。それはつまり、今までの私は最低の魔人だったと?

そこまでではないだろう?魔界でもせいぜい下から50番目くらいだろう?

Eいえ、お兄様のようなクズは魔界でも五指に入るぽどですよ。

mエレイン、おまえが私を嫌うのも無理はない。だが私はおまえが生まれてからずっと見守ってきたのだ。

昨日、素顔を覗いてしまったのもルルベルに化けたザラジュラムからおまえを守るためだったのだよ。

E……ごめんなさい。少し言い過ぎました。

 あの時、ルルベルに化けたザラジュラムは(マパパ用)包丁を持っていた。マチューが見ていなければ、エレインをマパパしていただろう。

m浴場や、着替え中や、日記を読んだのだって全てはエレイン、おまえを見守るためだったのだよ。

E――ごめんなさい。やっぱり少しも言い過ぎていませんでした。お兄様は正真正銘、魔界ーのクズです。

 ザラジュラムが戯れに放った魔弾がマチューの紙袋をかすめ、その素顔をさらす。

mふっ……。

Eは?何なんですか、そのキメ顔。そこそこ美男子だから許してもらえると思ったんですか?

 「エレインのお兄さんってカッコいいよね!今度紹介してくれない?」と同級生に言われたら潔く自決しようとエレインは心に決めた。

m私が実は美形だったことはどうでもいい!それよりも重要なのはおまえだ、エレイン。

ザラジュラムの反転の呪いに耐えられるのは、聖女イェネフの直系かつ当代の息女のみ。つまり、おまえだけだ。

魔界の希望はおまえしかいない。何としてでも逃げ延びろ、分かったな?

E――分かりましたわ、お兄様。あとそれとお兄様の顔面偏差値はせいぜい55です。並よりちょい上くらいです。

m急げ、エレイン。やつの戯れとやらもいつまで続くか分からん。

 マチューは屋敷の外に書いておいた移動用の魔法陣までエレインを導いた。

Eお兄様も早く魔法陣に!

mすまないな、エレイン。

Eえっ?

mその魔法陣は1人用なんだ。

 マチューはエレインを魔法陣の中に蹴り入れる。

それと同時に、ザラジュラムの放った魔弾が宙に黒線を描いた。

mぐぁっ!

 マチューは被弾しながらも力を振り絞って、魔法陣を起動させる。

Eお兄様!

 魔法陣の描線に沿ってエレインは光の壁に包まれる。拳で壁を叩いても外には出られない。

m……聖サタニック女学院に行くんだ。ザラジュラムに勝つ方法はそこにしかない!

学校で出会った友達はかけがえのないものだ。きっと君を助けてくれるよ。

「学校で出会った友達はかけがえのないものだ。君が困った時は、きっと助けてくれるよ。」

 エレインは気づいてしまった。兄が本当に、本当に、自分をずっと見守ってくれていたことに。

だが、感謝も謝罪も間に合わず、エレインは魔法陣の上から消えた。……伝えられなかった言葉とともに。

mふっ……私とて死ぬ気はないさ。また会おう、我が愛しの妹よ。

z素晴らしい。なんと美しい兄妹愛だ。きっと後の世には、詩人たちが素敵なポエムにしてくれるだろう。

――後の世があれぱな。

 屑籠にゴミを放るような気楽さでザラジュラムは闇の魔弾を放つ。

マチューは背を向けたままだ。もし直視すれば飲み込まれる――あの深い闇に。それが魔神の恐ろしさ、真の脅威であった。

z誰も、俺の闇を直視できぬ。それとも手鏡でも使ってみるか?人を石に変える魔物を討ち取った勇者のように。

 こちらは魔人で――あちらは魔神。読んで字の如く、人が神に挑むようなもの。そんな小細工など効くわけもない。

mくっ……!カンで弾くのは限界か1

 勝ち目などない。最初から、ない。そんなことは――最初から、分かっている。

mならば!これでどうだああああああっ!

 マチューはかたく目を閉じ、ザラジュラムに突進して、体にしがみつく。

zハハハ!やはりあの女の血筋は面白いな。肉弾戦なら勝てるとでも?

m魔人が魔神に敵うべくもない。だが、その肉体程度なら破壊できる我が魔力の全てを解き放てば!

zなるほど、あくまで自己犠牲を貫くか。

だが貴様が全魔力を解き放ったところで、魔人の魔力など、たかが知れている。バカがー匹この世から消えるだけだぞ。

mバカは貴様だ。貴様が食らうのは、我が生涯の結実。ー生分の引きこもり生活の反動だぞ?しかも、妹のほぼ全裸を覗いた兄のな!

zまさか貴様、俺の呪いを利用するためにわざと妹のほぼ全裸を?

mいや……もしそうじゃなかったらさすがにまずいだろ……。実際は紙袋をずらしてたから、あんまり見てないしな。

だが!貴様の呪いのおかげで今の私は魔界最強クラスの魔人だ!その魔力を全て解放すればどうなると思う?

 ザラジュラムはその恐るべき威力を想像してみた。

zああー……それは確かにキツいかもしれん。よし、おまえだけは特別に呪いを解いてや――

mその身で受けてみるが良い!ー生分のかじったスネに、潰した穀の反動を!

 光が――天まで届かんばかりの光の柱が全てを焼き尽くす厖大な熱量をともない、アルトーパークの庭園にそびえ立った。

z……面白い。あの男、本当に俺の肉体を削り取っていった。また新しい肉体を造り直さなければ。

……そんなわずかな時間だけ、あいつは魔界の滅亡を遅らせられたというわけだ……。

だが哀しいかな。すでに反転は為ったのだ。もう誰にも、止められはしない。


 ー方その頃、エレインは無事に安全な場所に転移していた。聖サタニック女学院にほど近い荒野である。

Eお兄様の……お兄様の嘘つき!

ー緒に……ー緒に家を出るって、約束したのに!

 乙女の鉄仮面に涙があふれる。己を鞭打つ代わりに拳で地面を打ち叩く。

「泣くのはおやめ」と、そう言ってくれる人はもういない。屋敷の妖精さんはもういない。

鉄仮面では涙は拭えぬ。なぜなら魔人は泣かぬから。なぜならそれが誇りだから。

E泣いてる場合じゃない。

 聖女イェネフの末裔としてイニス家の女として、勇敢な男の妹として、エレインは立ち上がった。

E……行きましょう、みんなのもとに。

 ひとりでは立ち向かえない敵もみんなとならばきっと戦える。だからエレインは向かう。

――聖サタニック女学院へ。



NEXT 聖サタニック女学院3





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