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【黒ウィズ】ひねもすメアレス Story3

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最終更新者:にゃん



story 〈絡園〉にて



深く、淡く、荘厳な静けさに満ちた世界が、目の前に広がっている。

〈絡園〉――願いを叶える魔力の場。かつて〈園人〉が根城とした空間だ。

〈園人〉がいなくなった今、そこは誰のための場所でもない。

(いや……誰ものための場所に戻った、と言うべきか)

 〈ロードメア〉は、そっと手を伸ばし、〈絡園〉のあちこちに絡みついている光の糸の1本に触れた。

……やはりな。〈園人〉たちの織りなした〈秘儀糸〉の宮殿が、崩壊している。

〈夢の繭〉がここから飛び出したとき、もろともに引きちぎられたのだろう。

それって、何か悪い影響があることなの?〈絡園〉が崩壊してしまうとか……。

いや――その心配はない。

この〈秘儀糸〉は、〈園人〉たちが〈絡園〉力を自在に操るために張り巡らせたものだ。失われたところで問題はない。

ただ、気になることがある。

 〈ロードメア〉は、そっと手を伸ばし、〈秘儀糸〉で編まれた魔法陣のひとつに触れた。

精緻に織りなされていたものが、ぼろぼろに朽ち果て、半ば失われている。その惨状に、彼は強く眉をひそめた。

ただ引きちぎられただけじゃない。あちこちの魔法陣が、部分的に消失している。

そうね。まるで……虫に食べられた葉っぱみたい。

虫か。確かにな。だが、こんなものを喰らうものがいるとすれば――

 言いかけて。

〈ロードメア〉は、後ろを振り向き、〈ピースメア〉をかばうように前に出た。

視線の先に、誰かが佇んでいる。

誰か――見覚えのない女が。

Z…………。

あなたは……あなたも〈夢〉?

いや――違う。この感じは……!

 女が、つと右手を差し出した。

次の瞬間、その掌に巨大な火球が生まれ、弾丸のような勢いで解き放たれた。

逸れろ!

 〈ロードメア〉は〝導く力〟を放った。火球はあらぬ方へと導かれ、いくつかの魔法陣を巻き込んで爆裂する。

(何者だ?〈園人〉が生きていたのか?いや――今のはアストルムの魔法ではない!)

 女はスッと目をすがめ、さらに左手も前に出した。

先ほどと同じ大きさの火球がふたつ、女の両手から射出される。

やめて!

 今度は〈ピースメア〉が力を解き放った。

〝争いを止める力〟が発現――迫り来る火球という〝暴力〟に干渉し、瞬時に無害な魔力へと霧散させる。

〈ロードメア〉は女の姿を探した。が、すでに見える範囲からいなくなっていた。


今の人……何者だったの?

わからん。だが――明らかに俺たちを狙っていた。

 言いかけて、彼は気づいた。

いや――あいつが狙っていたのは……まさか!



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story 襲い来る者



F修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!

 ひゅおう、と風が通り抜けた。

それだけだった。何も起こらなかった。

Fあ――あれ?雷、出ない……。

呪文は完璧だったにゃ。ということは、魔法陣の構築に問題があったにゃ?

いや。魔法陣もきちんとできてる。ただ、魔法を発動させる前に、宿った魔力が霧散した。

 つまり……?と尋ねる君に、ウィズがにやにやと笑いかけた。

精神集中を維持しきれなかったってことにゃ。キミも魔法を使い始めたばかりの頃はよくそうなってたにゃ。

 その話はやめてよ、と君が苦笑するなか、フィネアは情けなそうに縮こまっていた。

Fす、すみません……。

仕方ないわ。こればっかりは、やって慣れないとね。

勢いだよ、勢い。雷、出ろー!ってテンション上げたら、どばどばーん!って出てくれるから!

テンションはともかく、意志の強さが大事なのは確かね。魔法は〝ない〟を〝ある〟に変えるものだから。

練習あるのみよ、フィネア。魔道士になりたいのなら、その願い、自力で叶えてみせなさい。

Fはいっ!

 フィネアは決然とうなずき、再び魔力を練り始めた。


 それからしばし練習を重ねたが、結局、フィネアが魔法を発動させることはなかった。

これ以上続けても気力を消耗するだけよ。今日は諦めて、もう休みなさい。急がなくても、また次に試せばいいから。

 リフィルはそう言ったが、フィネアはあからさまに気落ちした様子で帰っていった。

フィネア、残念だったね~。でも、そんな難しいかな?魔法って。

呼吸をするように魔法を使う妖精と一緒にされてもね。

むしろ覚えが早い方よ。フィネアは。〈秘儀糸〉も魔法陣も、普通、こんな短期間で作れるようにはならない。

 天才ってこと?と君が尋ねると、リフィルは少し考え込むような仕草を見せた。

……そうね。あるいは――〈レベルメア〉の力かも。

〈レベルメア〉の魔力が、フィネアの才能を伸ばしてるってことにゃ?

 失われた夢は、願い主のもとへと戻り、新たな夢に向かうための力となる――

フィネアの覚えが早いのは、〈レベルメア〉がもたらした魔力が力になったおかげなのだろうか。

それもあるだろうけど――

前に〈ロードメア〉に聞いたの。次に私たちと戦う時に備えて、〈レベルメア〉にアストルムの魔法理論を教えていたって。

 君は思わず、フィネアの去った方を見つめた。

散っていった〈夢〉の思いや記憶が、果たしてどれだけ〈夢の蝶〉に残るのか。

その答えを知る者は、いない。



Dそんな落ち込むことないって。要は練習すりゃいいんだろ?だったらいつかは魔法も使えるようになるさ。

Fだといいんですけど……。

Dきっとそうだって。それにあれだ、ぜんぜんうまく行ってないのは俺たちだって同じだぜ。なあクラース。

Cまあな。〈ロストメア〉も〈ボンノウン〉もおかしな能力を使ってくる奴ばかりで、まだろくに仕留められていない。

Dそうそう。だからフィネアも気にすんな。世の中そういうもんなんだから。

F……ありがとうございます。

C嫌になったら、やめたっていい。生きる方法なら、他にいくらでもある。

Fありがとうございます、グラースさん。でも、大丈夫です。

むしろ、今はすごく楽しいんです。私……やりたいって思ったことがちゃんとできるの、初めてだから。

Cそうなのか?

 フィネアは、こくんとうなずいた。

Fずっと、いろんなことをやってみたかったんです。お料理とか、お裁縫とか。絵を描くとか、旅行するとか、お話を考えるのもいいなって。

でも、お父さまにはお許しいただけなくて。おまえはもっと学ぶべきことがあるだろうって。それで結局、何もできなかったんです。

Dなるほどね。その頑固なオヤジさんが死んだ今、やりたい放題――いって!

 テーブルの下でダリクの足を踏んだグラースが、何事もなかったようにコーヒーを一口飲んだ。

Cやりたいことがあるのは、いいことだ。そのための努力は、たとえ辛くてもなんだかんだ楽しいものだしな。

Dそういうおまえはどうなんだよ。なんかあんのか?やりたいこと。

C昔はあったが、今はない。おまえは?

D俺は……俺も、似たようなもんさ。今は、なんつーかなんとなくで生きてる。

 フィネアは、軽く首を傾げた。

Fあの、おふたりは――

Z見つけた。

 唐突な声が、フィネアの言葉をさえぎった。

見知らぬ女が、歩いてくる。どこかふわふわとした、妙に楽しげな微笑が印象的だった。

彼女はフィネアたちのテーブルまで来ると、にこにこと言った。

ちょーだい。

Fえ?

Zあなたを、ちょーだい。

C――フィネア!離れろ!こいつはっ……!

 同時だった。

クラースが女の方ヘテーブルを倒すのと、ダリクがフィネアをかばうのと――

女の手から火球が放たれるのとが。

詐裂。爆音。悲鳴が上がる。フィネアは茫然と目を見開き、揺らめく炎の奥を見つめる。

女は、笑っていた。にこにこと。まるで邪気のない微笑みで、湧き起こる人々の悲鳴を受け流している。

Dおい、グラース!この女――

Cああ。

 クラースは椅子に立てかけていた銃剣をつかみ、女に向けて引き金を絞った。

Cこの女――〈ロストメア〉だ!

 銃弾は、容赦なく女の胸へと飛び込んだ。





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story



Cくそっ!

 フィネアをかばいつつ、裏路地へ駆け込む。

アフリトに与えられた魔匠具が反応している。魔力を感知する魔匠具――それは、あの女が魔力の塊であることを示していた。

Dあいつ、全身が魔力でできてやがるみてーだ!人擬態級の〈ロストメア〉ってヤツか!?

Cたぶんな!そうでなくても、化け物には違いない!

 追ってくる女へ、ふたりは手にした銃を撃つ。

女は無造作に剣を振るい、飛来する弾丸を弾いてのける。

D銃が効かねえ!〈ロストメア〉の能力か!?

Cいや!単に素で強いんだ!普通に見切って、普通に防いでいる!

D嘘だろおい!

 女が、にこりと笑って前進した。

吹き抜ける風のように間合いを詰めざま、笑顔のまま、雑に剣を振り抜いてくる。

クラースは銃剣で一撃を受け止めた。しかし、あまりの威力に、銃剣ごと吹き飛ばされてしまう。

Dくそがァッ!

 ダリクが抱き着くように体当たりした。

しかし女は泰山のように揺るがず、軽い腕の一振りでダリクを弾き飛ばす。

Zあなたを、ちょーだい。

Fひっ――

 女は朗らかな笑顔のまま、立ち尽くすフィネアに手を伸ばす。

やらせん!

 女の身体が、派手に後ろに吹き飛んだ。

上から降ってきて間に割り込んだ男が、渾身の拳を女に撃ち込んだのだ。

無事か?

 男は静かに、3人の方を振り向いた。

その全身が、あの女に勝るとも劣らぬ量の魔力で構成されていることを感じ取り、フィネアは愕然と息を呑む。

Fロ……〈ロストメア〉――

 驚いたのはフィネアたちだけではなかった。人ならざる男もまた、フィネアたちを見て、大きく眼を見開いていた。

おまえたちは……。

……そうか。なるほど、そういうわけか。

 彼は何かに納得したようにうなずき、女の方へと視線を戻す。

起き上がった女が、笑顔のまま身構えたところだった。

早く逃げろ。俺が相手をする。

 女が加速する。男が拳を握る。

激突。両者の間で、激しい魔力が弾ける。

Dどうなってんだよ!なんだ?〈ロストメア〉同士の仲違いか!?

Cいいから行くぞ!フィネア、走れ!

Fは、はい!

 怪物同士の戦いから一刻も早く逃れるべく、3人は必死に路地を駆けて行った。

Z邪魔されたくなーい!

 魔力の衝撃波が吹きつける。〈ロードメア〉は大きく後ずさりながら、その衝撃に耐えきった。

(あの3人――)

 見覚えのある顔だった。いや――忘れがたい顔だった。

〝反抗の夢〟――〝みんなを守る夢〟――〝失われたものを取り戻す夢〟――

共に叶うため、手を取り合いながらも、願い果たせず散っていった仲間たち。

あの3人は、その願い主だ。〈ロードメア〉は、そう確信していた。

単に顔が似ていただけではない。散っていった仲間たちの魔力が、あの3人の中に息づいているのを感じた。

(願い主同士、行動を共にしているとはな。なんの因果か――いや。あるいは、あいつらがそう導いたのか……

いずれにしても!)

 〈ロードメア〉は、屹然と敵を見据えた。

彼らは、願い主の中で生きている。新たな力を与えるために。新たな夢をもたらすために!

その願い――今度こそ!叶う未来を俺が導く!



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story



〈ロードメア〉!?

 騒ぎを聞きつけ、急行した君たちが見たのは、〈ロードメア〉と見知らぬ女性が、激しくぶつかり合うさまだった。

〈ロードメア〉が後退する。軽く地面を蹴っただけなのに、一瞬で君たちの隣に自分を〝導いて〟いた。

久しぶりだな、〈黄昏〉。魔法使いもいるとは驚きだ。

あなたこそ、なぜここに?それにあいつは――

〈ロードメア〉と戦っていた女は、こちらを見て軽く目を見開いてからにこにこと明るい笑みを浮かべた。

Z魔道士!魔道士だ!ふたりもいる!

 その手に、ボッと炎が灯る。

Z両方、ちょーだい!

 女は笑顔で火球を投げ放った。

君は取り出していたカードから魔法を放ち、火球を散らす。

Z魔法だ!わーい!ちょーだい、ちょーだい!

 女はなおも嬉しそうな顔をして、今度は水の弾丸を放ってきた。

これは――魔法!?こいつ、一体――

v我が名はアースラヴァ……。

人擬態級の〈ボンノウン〉!!

えっ。

 リフィルは、まじまじと相手を見つめた。

……〈ボンノウン〉?

vうん。

人擬態級の?

vそだよー。

……〈ロードメア〉。これどういうこと?

〈夢の繭〉が外に出たことによって、〈園人〉が〈絡園〉に張り巡らせた〈秘儀糸〉が、ばらばらに引きちぎられた。

どうやらそれを、異界の煩悩が――おまえたちの言う〈ボンノウン〉とやらが、喰っていったらしい。

vうんうん。食べた食べた。めっちゃ食べた。

そしたらね、すごいの。私ら、魔法になっちゃった!

魔法に、って……そうか!

 君とリフィルは顔を見合わせた。

魔力の塊である〈ボンノウン〉が、〈秘儀糸〉や魔法陣を取り込むことで、〝自我ある魔法〟になったのね。

魔法になるまでの過程こそ違えど、実質、〈ロストメア〉と同じってことにゃ。

 道理で〈ボンノウン〉が〈ロストメア〉みたいな能力を使ってきたわけだね、と君もうなずく。うvでもねー、これじゃだめなの。足んないの。

私、煩悩の塊だから。いろんな煩悩が集まって生まれたから。もうね、すごいの。めっちゃ欲あるの。

だから、欲望を満たすのに、パワーがいるのね。パワーパワー。

そのためには、もっと強い魔法になんなきゃなの。だから、ちょーだい。魔法ちょーだい!

くれと言われてやる気はない!

 隣で、君もうなずいた。

ウィズの弟子として、努力を重ねてきた。多くの精霊と契約し、力を借りてきた。

君の魔法は、君の最大の力であり、君の思いの結晶であり――君自身であるとさえ言っていい!

この間は仮装に負けてたけどにゃ。

 行くよ!!!リフィル!!!と君は声を張り上げた。

ちょうどそうする1秒前よ。

繋げ――〈秘儀糸〉!


 ***


v強いなー。めっちゃやるなー。きっついわー。

 〈ボンノウン〉はぼやいた。

煩悩の塊と言うだけあって、相手は様々な煩悩に呼応する、様々な魔法的能力を駆使してくる。

しかし、君とリフィルというふたりの魔法使いに、〈ロードメア〉までもが加勢した今、決して勝てない相手ではないと感じた。

vあ、そーだ。先にあのちっこい子の魔法もーらお。そしたら勝てるよーになるかも!

欲望がダダ漏れにゃ!!

 フィネアの魔法だって奪わせるわけにはいかない。君はカードから魔法を放ったが――

v〝かけっこで勝ちたい〟!

 アースラヴァは瞬時に超加速し、通りの向こうへ駆けて行ってしまう。

逃がすか!

 即座に追いかけようとする君たちの前に、ぶわっと無数の〈ボンノウン〉が湧いた。

己の一部を切り離して残したか。奴らにとっての〈悪夢のかけら〉のようなものだな。

蹴散らすぞ!

 リフィルは苛烈に糸を構えた。




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