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【黒ウィズ】神都ピカレスク2 Story4

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最終更新者:にゃん

目次


Story1 奇声人間

Story2 鬱獣

Story3 謎謎博士

Story4 球体地獄

Story5 獄中に蠢く




登場人物




story1 奇声人間



 目を開くと、炎がチラチラと燃えているのが見えた。

その脇の玉座に男がいる。グレンだ。そうだ。自分はこの男に負けたのだ、とヴィッキーは思い出す。

負けたというにはあまりにも不可解な出来事だった。

ほら。持ってきたよ。

 影の中からにゅっと陰気な少女が現れた。

よくやった、アングラ。

 褒められたはずなのに、少女は嫌な顔をした。声そのものが嫌いだという様子だった。

少女が首をー振りする。後ろにいた部下の男たちが小さな箱を目の前に差し出した。

少女はその箱に手を突っ込んだ。不思議なやり方だった。すり抜けるように手を入れたのだ。

言われていた……女だ。

 小さな箱からリーリャが出てきた。

何が起こっているのかはわからないが、おそらく奴らも怪人なのだ、と理解した。

〈神農の腕輪〉はどうした?

邪魔が入ったから……あっちは無し……だ。

言っただろ?あちらが重要だと。

この女だって……充分な金に……なるんだろ?

我々、ブラックトカゲ会のー番の目標は、2000年前の王朝が残した秘宝『古Q神器』だ。金ではない。

お前は物事を理解しようとしないから、あれがただのジュエリーか何かだと思っている。

あれは、もっと重要なものだ。世界の地図を塗り替える方法が隠されている。

あんたの声を……聞いてると……イライラする。

 陰気な少女が立ち去ろうとすると、玉座の男は頬杖をついた。

おい。今なんと言った……?私の声がどうとか言ったな?私の、声がなんだ?汚いと言いたいのか?

お前のろくすっぽ風呂に入ってないバッチイ体と比べてどっちが汚いんだ?言ってみろ。

き、汚い……なんて言ってない……ちょっと……イライラしてた、だけだ。ごめん。

ごめんなさい、だろ~。

ごめん、なさい……。

お前はいま、舞台の上だってことを忘れるなよ。ここじゃ私が王様だ。

 少女の不遜さは見る影もなくなり、いまはただ背中の丸い栄養不足の骨格をした哀れな少女だった。

(何とか……脱出しないと)

 しかし、下手に動けば状況を悪くするだけだ。いまはリーリャもいる。

暗闇に緑の光がふたつ浮かんでいた。その光はどこかで見覚えがあった。

小さな鳴き声がひとつ。まるで何かのメッセージのようだった。

猫か。


 夜明け頃、ウィズが社に戻ってくると、すぐに作戦会議が聞かれた。

ウィズが持って帰ってきた情報を元に、ギャスパーは恐るべき速さで事態を解析した。

いくつかの電話をかけ、何度か自分のデスクと資料室を往復しただけだった。

まだちゆうが出してくれたカフェオレは冷めていなかった。

ギャスパーが新聞の切り抜きに映る男の写真を壁に貼り付ける。

グレン・ヤニングス。ウィズが見たのはこの男じゃないか?

そうにゃ。この男にゃ。

そいつが『魔術王の指輪』とかいう映画のセットの中にいるってことか?

 とケネスは壁に張られた地図に印を打つ。

そこ、そこや。ウチが隠れ家にしとったのに、変な奴らが来て、煙たき始めたとこは。

 この男は何者なの?と君はギャスパーに訊ねる。

映画俳優だ。サイレント時代にはその美貌で高い人気を誇ったが、トーキーの到来と共に引退した。

 トーキーというのは、映画という動く映像の芸術に声がついたもののことをいうらしい。

以前、街を見物した時に教えてもらったので、知っていた。

だが、どうして彼は引退したのだ、と君は重ねて訊ねる。

声だよ。声が悪かったんだ。一度、どれほど金を払ったが知らないが、我がー族に接触してきたことがあった。

我々の変声術を教えてほしいと。もちろん断ったが、その男が誘拐事件を企てているとは……妙な話だ。

ああ、それから。実行犯の正体もわかった。こいつだ。

 ギャスパーはさらに新聞記事を壁に貼り付けた。記事には、以前見た少女の写真が載っていた。

アングラ?あー、ちょっと前に話題になった奴だな。生まれてからずっと地下室に監禁されていたとかって話だったはずだ。

ちゅーか、これ、この国のニュースやなくて、大陸のずーっと向こうの国の話ですやん。

部下が調べたところ、数力月前に失踪している。何者かの手引きによって逃亡したようだ。

妙な組み合わせだけど、何にしても狙いは俺たちだ。ヴィッキーまで捕まっちまった。

ちゅーか、どないしますんや?

 すぐにケネスが切り出した。

打って出るなら、いまだろうな。あっちはまだ、俺たちに居場所を知られていないと思っている。

自分たちの方が手札が強いと安心して、無駄な皮算用をし始めている所だ。

そういう時がー番危ない。つまり俺たちのチャンスだ。

 ケネスの眼が異様にギラついていた。彼は突然こういう眼をする時がある。

そして、その眼の光は他の者にも感染していくようだった。もちろん、君にも。

君は椅子に掛けていたトレンチコートを手に取り、さすがにぬるくなったコーヒーをぐっと飲み干し



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story2 鬱獣



 そこは巨大な遺跡、いや宮殿のような見た目だった。

だが、それは外側だけの話で、君の知るものとは素材が違った。石を使っていない。

所々、立っている柱も石ではない。中も空洞のようだった。

なに猫に豆鉄砲食らわせたような顔してるんや、黒猫はん。

 君は本物の遺跡と違いがあって、興味深い、と返した。

私も同じようなことを思ったにゃ。石で出来た遺跡は見飽きたにゃ。というか、ちゆう、猫に豆鉄砲はひどいにゃ。

あ、それ?ウチのー族にとって猫は天敵みたいなもんやねん。縁起の悪いもんやから。こういう言い回しになるんや。

気ぃ悪せんとって。

 戦いの前に気楽な会話が出来る時は、いい時だ。緊張をしてない証拠だった。

ギャスパーがあちらを見ろと、視線を送ってくる。覆面の男たちが世間話でもしているようだった。

ケネスの言う通り、相手は油断しているようだ。君は彼の慧眼を讃えた。

ん?そうだな。意外と当たってたみたいだな。

いやー、何となくそんな気がするから言ってみただけなんだけどさ。いやー、すげえな、俺。

 嘘だったのか、と君は呆気にとられた。

どうせ、そんな所だろうと思った。お前のことだからな。

いいじゃねえか、結果オーライだろ?

これ、あかんパターンちゃうかー?なんちゅーか、黒猫でも見てしまいそうな感じやわー。

 君たちはー斉にウィズを見た。

私は縁起が悪い猫じゃないにゃ!そもそも猫じゃないにゃ!

猫だろ。

猫だろ。

猫やん。

 まあ、見た目は猫だよね、と君は思った。


 ***


(大きく振りかぶって……打つべし!)

 背後から振り下ろされたバールというものが覆面の男の頭を捉える。

強烈な打撃音は……全くなかった。

ちゅーす!完了しましたで~。

こういう時はその能力はすごく便利にゃ。足音まで消すことが出来るなんてすごいにゃ。

ゲシシシッ!そやろ、そやろ?この力のおかげでコソ泥稼業が捗りますんやー。

どやー、ギャスはん、少しは認めてくれはりますかー?

ギャスは大きな仕事しかやりたがらない。コソ泥専門じゃいつまで経っても相手をしてくれないぜ。

はー、大きな仕事かー。ウチはコソコソ、ゴツゴツが性分やさかいなー。

 コツーン、コツーン。

何かが床に落ちた音が聞こえた。見ると、そこには小さな箱が落ちていた。

見つかっちまったようだな……。

 にゅるりと極悪な蛇のように箱から栄養不足の骨格をした少女が出てくる。

お前ら……うるさいよ。ギャーギャー、ギャーギャー……。

 君は少女を見すえて、どうする?とギャスパーに訊いた。

私とちゆうが残り、あいつの相手をする。お前たちは先に行け。

なんだよ、案外そのガキのこと気に入ってるんだな。

そうじゃない。相性の問題だ。私とちゆうならあいつに対抗できる。だがヤニングスはどんな能力を持っているかわからない。

お前はともかく、黒猫ならどんな奴にも対応できるはずだ。

 君もギャスパーの意見に同意する。

せっかくギャスはんに選んでもろたからには、ー所懸命頑張らさせてもらいますー。

ちゅーか、お役に立てたら、お嫁さんの件、よろしゅうお願いしますー。

考えてやってもいいが、私は理想が高いぞ。目いっぱい働けよ。

 ギャスパーたちが前に出たのを見計らい、君とケネスはその場を離れた。


 ***


 最上部へ到着した君とケネスの前には、記事の写真で見た通りに美しい青年がいた。

そして彼の後ろ、足場のない中空にヴィッキーとリーリャが吊るされていた。

下に落ちれば怪我どころではない。

ふたりを助けるにゃ。

問題です。昼には食べられるけど、朝と晩には食べられないものはなあに?

は?何言ってんだおまえ?

 ケネス!答えて!

残念、不正解。答えは昼食でした。貴方たちはそこに立っていなさい。

 そう宣言された瞬間、君の体が硬直する。何かの魔法だろうか……。

さて、見ての通り。貴方たちを生かすも殺すも、私次第だ。しかし単純に殺すのは……つまらない。

なので、ゲームにしよう。これから私が出す問題に答えられたら一歩進むことが出来る。

だが、間違えたら、一歩も進めない。それと。

 グレンがポケットナイフを取り出し、頭上を走るロープに当てた。ロープはリーリャヘと繋がっていた。

このロープを少し、いじめちゃおうと思う。ギーコギーコギーコ。こんな風にね。

 ポケットナイフの刃がロープを少し裂いた。

ゲームは好きなんだろ?ケネス・ハウアー君は?違ったかな?

こんな趣味の悪いゲームは好きじゃないけど、やるしかないんだろ?始めろよ。

 ケネスの言う通りだった。

やるしかない。

では、次の問題です。


ちゆう、箱の近くには行くな。こいつは箱から箱に移動することが出来る。

そら、けったいな能力ですねー。

それでアタシに……勝てると思ってんの?バカ……なの?

 陰気な少女が小さな箱を両手に持った。その箱の中から、また箱が出てくる。続々と止むことなく。

2つ、4つ、6つ、8つと増えて、ポロポロと手元からこぼれ落ちていく。

どんどん……アタシの……居場所が増えていく……あんたらの居場所は……どこ?

箱の……ない場所に……逃げてみな……よ。

 足元の箱を蹴ると、部屋のどこかしこに箱が散らばった。

ゲゲゲッシ!!ギャスはん、えらいことですわ……。

じゃ、逃げて……。みなよ。

言うと、少女はどこかの箱へ吸い込まれるように消えた。

 そして、すぐにギャスパーは自分の足に違和感を覚えた。

足元の小さな箱から手が出ていた。その手はナイフを持ち、ナイフはギャスパーのふくらはぎに刺さっていた。

ギャスパーはその場を飛び退きナイフを引き抜く。深い傷ではない。というかあえて浅く刺したようだった。

へっ……ヘヘヘ……。逃げろよ……もっと……逃げろよ。楽し……ませてよ。



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story3 謎謎博士



 パチパチとグレンが君たちを讃えるような拍手をした。

優秀、優秀。よく答えられました。

馬鹿にしているにゃ。

 何とか正解を続けていたが、一歩ずつではグレンの元までたどり着くのに一体どれくらいかかるのか。

歯がゆい思いしかなかった。

ヴィッキーは横目で、リーリャの様子を確認する。

はあ……はあっ……あ、うう……。

 見るからに辛そうだった。それもそのはずだ。彼女は先天的に太陽に弱い。

あの白い肌が徐々に赤くみみず腫れのような状態になっている。

急いで!リーリャが良くない。

わたくしは……大丈夫です!

 気高くはあったが虚勢なのは明白だった。

いやー、ちっとも大丈夫そうじゃねえから、急いで行きたいんだけど……なかなかつらいぜ。

 ケネスが君に囁く。

おい、黒猫。チャンスを見逃すなよ。出来るだけ近づいたら俺が注意を引く。その時に、やるしかない。

 君は黙って頷いた。

さあ、お嬢さんの容体も心配だろう。急いで、次の問題に行こうか。

さて、次の問題です。


 ***


 君はケネスに視線を送り、捉えられる距離まで来たことを教えた。

ケネスは君の視線の意味に気づいたはずだが、知らぬふりをしていた。

君もそれが何かの合図だとすぐにわかった。

なあ?あんた、俺たちのことどこまで知ってんだ?もしかして全部ばれてんの?

全部ではないな、その黒い服の貴方。貴方は何者ですか?

 君に向けられた質問だった。だがその質問もケネスが答えた。

言外でチャンスに集中しろ、と言っているようだった。

こいつは黒猫の魔法使いだ。最近仲間になった。ていうかさ、あんたは俺らのこと知ってるのに、俺らはあんたのことを知らない。

少しは教えてくれよ。あんたら、何者だ?何が狙いなんだ?もしかしたら、敵対しなくてもいいかもしれないぜ?

よく考えれば戦いたいわけじゃないんだ。あんたの言う通りにして、何食わぬ顔をして帰ったっていいんだぜ。

そうだな。では教えてやろう。我々はブラックトカゲ会。悪いことをたくさんする団体だと思ってくれ。

我々の欲しいものはひとつ、『古Q神器』と呼ばれるこの国の秘宝だ。

手に入れて売るのかい?高いらしいな?

そこまでは教えない。それは貴方たちが知らなくていいことだ。

もうひとつ聞きたいんだがこの妙な力はなんだ?これもあんたらが関わってるのか?

サイトキシンXだ。貴方たちも吸ったんじゃないですか、この煙を?

 男は常に紫の煙を煉らせていた香炉を持ち上げて示した。

ああ、なんか吸った覚えはあるなあ。吸うつもりはなかったけどな。

ある国で、人間の能力をさらに開発しようという計画があった。完成した薬品は、はっきりいってただの毒ガスだった。

ほとんどの人間はただ苦しんで、死ぬ。だがある一定の人間には、後遺症をのこすことがわかったんです。

それが私や貴方たちの力の秘密です。中毒度が高ければ高いほど、より人間離れしますよ。

恐ろしい跳躍力を手に入れたり怪力を手に入れたり。で、話は変わるが……ケネスさん、貴方は興味深い力を持っている。

人の力を奪うんですからね。我々能力者にとっては天敵だ。

だから、仲間になるなら生かすが、ならないなら殺す。

おいおい、選択肢がまるでないじゃねえか?そうだな、だったらなってやるよ、仲間にな。

いまの仲間は裏切るんですか?

いやー、いいんじゃねえか?そんなに長い付き合いじゃないし。それよりは平和に過ごすのが一番だ。

いいでしょう。賢明な人は嫌いじゃない。

 グレンが立ち上がる。目の前の階段を一歩、またー歩と下りてくる。

もう少し。もう少しだ。君はカードに魔力を込める。

身動きが取れないので、充分な狙いをつけられないが、ここならいける。

やれ。

 と冷たい声が聞こえた。

ほんの少しだけ本気で裏切ったのかと思ったが、やはりそうではなかった。

君は魔法を放つ。

おっと……。

 しかし、突然グレンはバランスを崩した。段差を踏み外したのだ。

魔法はグレンの持つ香炉を吹き飛ぱすと、香炉はリーリャたちの下に広がる奈落に飲み込まれていった。

片膝をついて、呆気に取られていたグレンがこちらを睨みつける。

マジかよ……偶然踏み外したってのかよ。ついてねえぇ……。

私は、運が良いようだ。貴方たちは運がなかったようだが。

 感情の起伏もなく、呟くと、グレンはすたすたと定位置に戻っていく。

そして、手に持ったポケットナイフをひと振り、スパンとロープを断ち切った。

え?

 ロープは、みるみる間にリーリャと共に奈落へと落ちていった。

リーリャッ!!

 悲鳴が遠ざかる。しばらくして、ドサッっと下の方から音が聞こえた。

そして、何も聞こえなくなった。

さあ、ゲームを再開しますよ。

 冷たく言い放つグレンに対して、ヴィッキーが叫んだ。

こいつ!殺してやる!!殺してやるわよ!絶対に!!絶対に!!殺す!!

 君も後悔の念で押し潰されそうになる。なぜミスをしてしまったのか?なぜもう少し待てなかったのか。

その結果が、取り返しのつかないことになってしまった。

ヴィッキーが叫び続け、君が拳を握りしめる。すると。

黙れよ!!

 怒気が込められた声。初めて聞いた声だった。

黙れよ、ヴィッキー。まだ勝負は終わってないんだぜ……。

ケネスの言う通りにゃ。まだ終わっていないにゃ……。

 そうだ。

と君は唇を噛んだ。

まだ勝負は終わっていなかった。

君の口の中に血の味が広がった。



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story4 球体地獄



 部屋のどこか。いや、敷き詰められた箱のどれかから声が聞こえた。

へへっ……ヘヘヘヘ。手も足も出ない……ようだね。

 そこかしこに配置された箱に隠れては移動し、そして刺す。

箱から箱へと動く速度は目で捉えられるものではない。

手も足も出てないんはそっちの方やっちゅーねん。この、箱女が。

鼠……アタシ鼠嫌い……なんだよ。あいつら……アタシ眠ろうとすると……体噛みにくる。あの四角い部屋の隅で……。

だから……いっぱい殺した……。あんた殺して……やろうか?

鼠いっぱい殺したっちゅーことは、それは根津家に対する挑戦ちゅーことやな?それならその挑戦受けたるっちゅーねん!

ちゆう、アレを寄こすんだ。

 言われて、ちゆうが風呂敷袋をギャスパーに投げ渡す。

ギャスパーがその中から取り出したのは小さな箱だった。それも相当の数。

ギャスパーはそれを周囲にばらまいた。

おかしく……なっちゃったみたいだね。アタシ好都合……だよ?

それはわからないぞ。試してみないとな。

 突然、ギャスパーの前に陰気な獣が超常的な速度で飛び回った。

うわー、こりゃ、目が回るで~。

 そして狙い定めたように、ギャスパーの背後に飛んだ。そこにある箱へと飛び移る為に。

が、陰気な獣は床に叩きつけられ、箱を蹴散らし哀れな少女として転げ回った。

あぅ!……ちくしょう……なに?……え!?

 目の前には飛び移ろうとした箱。ではなく見慣れぬ球体があった。

私はいろいろな物を擬装できる力がある。例えば丸いものを四角く見せるとかね。

見たところ、お前は四角いものにしか、移動できない。隠れることも出来ない。もし間違えれば、いまみたいなことになるな。

さっき、ギャスはんがばら撒いたんは全部球体なんやー。

いまはこの場に丸いのも四角いのも混じってて、どれがどれか、わからんようになってるちゅーねん。

くそくそくそくそくそ……!

 アングラは逃げるように元いた箱に逃げ込んだ。

殺すー!殺すー!殺すー!

お前の境遇には同情するよ。子どもの頃に連れ去られ、狭い四角い部屋に閉じ込められた。たったひとりで。

私も同じような経験がある。だが、私はひとりではなかった。友がいた。ー緒に学び生きた友が。お前にもそれがあればよかった。

う……。うううう……。うううううううう!

 嗚咽するような声が箱から漏れた。

いま降伏するなら、お前の処遇も悪いようにはしない。悪党の仲間になる必要はない。

う……。うううううぅぅうう!

浮輪野郎がぁぁぁ!わ、笑わせるんじゃねえ!あ、アタシが殺すのは?楽しいからだ!

あ、あの四角い臭ええ部屋で、い、生きるための楽しみが鼠や虫をぶち殺すことだったんだよ!

アタシはアタシの意思でここにいる。ぜ、全部ぶち殺していいって条件でな!こ、殺す以外に何の意昧があんだよ!

臭くてうるせえ奴らがよぉぉ!外は眩しいんだよ、外はうるせえんだよ。アタシ全部殺して、全部黙らせてやる!

ふ、復讐なんかじゃねえ……アタシ地底人なんだ。あんたらと全部違う。こ、殺して……何が悪い?楽しい……だろ?

お前のケツから……手突っ込んで……口から出して、この世界に……中指立てて……やるよ……。

まったく……品も美学もない。

 帽子を深く被りなおしたギャスパーが言った。

俺ならケツから手を突っ込んでピースサインだ。お仕置きしてやろう、小娘。


 ***


(落ち着け……あいつの用意したものは全て球体だ。それなら少しの衝撃で揺れ動くはずだ)

少女は耳をすました。五感全てを解放するように感覚を広げる。

幾年も幾年も四角く狭く暗い部屋で過ごし、外界の情報はわずかに聞こえる震え、声、匂いだけである。

その感覚は不思議な煙によってさらに研ぎ澄まされた。

(わかる、わかるぞ。浮輪野郎があ。手に取るようにわかるぞ!)

球体のわずかな震え。動きの気配、音が、アングラの脳中にパノラマ絵のように展開していく。

獣が飛び出す。ギャスパーの脇をかすめ、次の箱に飛び移る。

かすめた白いジャケットには血が渉んでいた。

どうだ……お前の……クソみたいな……小細工は……アタシ効かない……。

あいつ、どうやって見破ったんや?ウチには全部四角い箱にしか見えへんのに……。

アタシわかる……。

また……ズタズタに切り裂いて……そのすました顔を……スダレみたいに……してやる。

ゲゲゲッシ……!

…………。


 ***


 落ちていく光景が鮮明に眼の奥に残っていた。

遠ざかるヴィッキーの姿。ケネスの姿。黒猫の魔法使いの姿。

不思議と意識を失うことはなかった。最後の景色を眼に焼き付けておこうという気持ちだけがあった。

数秒の浮遊感は、まるで幸福のそれに似ていた。

父や母や兄妹たちを失い、生まれ故郷を失い、地位も名誉も失い、名を失い。

この神都で死ぬ。

不思議な運命ね……。

他人事のようにそう呟いた瞬間、背中が押し潰された。

落ちたはずなのに、押し潰されたように思えたのはなんでだろう?

よくわからない……わ。

 妙に冷静だった。

目がかすみ、ぽやけてきたが、嗅覚だけは鮮明だった。甘い香りが漂っていた。

煙はグレンという男が持っていた香炉からだった。こちらも落ちて砕けていた。自分と同じように。

煙だけはくすぶり続けていた。

そういえば、この煙を吸うと死ぬという話だった。死ぬ間際の自分が吸えばどうなるのだろうか?

死ぬ……のよね?

 死ぬに決まっている。もう唇も動かない。

ぼやけて見えていた空が一瞬、鮮明になった。

月。

怖いくらい青白い月が、見えた。


 ***


アタシわかる……。

また……ズタズタに切り裂いて……そのすました顔を……スダレみたいに……してやる。

 ギャスパーの口の端が歪んだ。いつもとは違う笑い方だった。

ふふ……ふふふ。そうだろうな。お前ならどれが本物でどれが偽物かわかるだろうな。

だが、それがお前の最大の弱点だ。ちゆう、目いっぱいの大きな音を出せ。

え?は、はい。大音量!バーーン!

 空気が震えるほどの音が鳴り響いた。

い?ひ?ひぃぃぃぃぃ!いぎぃぃぃぃ!!

 箱の中から手負いの獣のようにのたうち回りながら、少女が飛び出し、転げ回り悶えた。

あがが……あが……。

 少女は頭の皮膚を引き剥がさんばかりに掻き毟るが、それでもやめることはない。よほどの苦痛のようだった。

ギャスはん、これはどういうことですか?

こいつは箱の中にいる時、視覚を使って状況を確認しているわけじゃない。音だ。音で確認しているんだ。

音?音だけで外の状況がわかるもんですかねえ?

閉じ込められていた経験が私にもあるからわかる。外の音には敏感になるものだ。

誰か、自分をこの現実から助け出してくれる人が来るんじゃないかと思ってな。

お前が箱の中から私の擬装を見抜いた時にそれがわかった。というよりも、それを確かめる為に色々小細工を用意した。

ああ、ちゅーことはケネはんを行かせて、ウチを残したんも最初からこういうことになると思ってはったんですな。

さて。もうー度だけチャンスをやろう。降伏するか?

あい……あい……。

 手負いの獣はコクコクと頷く。

降伏……します。


(わきゃねえだろ、ぺちゃこ野郎がぁぁぁ!)

 陰気な獣の鈍色の瞳に映るのは、常に四角。ギャスパーの背後にぶら下がる四角。

そこヘー瞬にして飛び移り、まずはこのスカシ野郎を箱の中に引き込む。すぐにチビ女の喉を裂く。

そうすれば、あとは箱の中のスカシ野郎を好き勝手に殺してやれる。

鼠みたいに死なないようにバラバラになるまで切り刻むことだって自由だ。

陰獣はにへらとひと笑いして箱に飛び移った。

瞬間。

ギャッ!!

残念。それは私が用意したものだ。

 最初からそうなることがわかっていたかのように、ギャスパーは背後の箱を手に取り、パズルで作った球体で覆った。

もうひとつ、お前が嫌いなものがある。それは自分の姿だ。

十数年見たことがなかった奇妙な生き物が自分だというのが恐ろしいんだろ?

気持ちはわかるぞ。俺もいつも鏡の前でこう言うんだ。私はギャスパー・アルニックだ。と。

そうしないと鏡に映る奇妙な生き物が何者かわからなくなるからな。


 箱の中は一面鏡張りであった。どこを見ても、目の前には奇妙な生き物。

栄養不足の体をぶら下げた陰気な獣が映っていた。逃げようにも逃げられない。

箱を何か別の形状のもので覆われてしまったのだろう。

少女にとって、自分は見えざる存在であった。特に顔は。見たことのある顔は鼠や虫ばかりで、自分の顔は見たことがなかった。

自分、自分。そもそも自分とは何だ?痛いと感じる何か。うるさいと感じる何か。臭いと感じる何か。

虫か何かと同じようなものだと思っていた自分の顔が、こんな奇妙なものだなんて……。

恐ろしい……。

自分が自分で無くなるようだ。

助けて……じぶん……こわい……。


 箱の中から奇妙な悲鳴が聞こえる。

ぎぎぎぎぎぎぎぎッ………!ききき……きき……き。

しばらくそこで反省していろ。何事も己を知ることから始めるべきだ。

さっすがギャスはんやわー。最初からあの箱女が騙し討ちすること見越してはったんやねー。

ちゅーか。ギャスはん、お友達と閉じ込められてはったんですか?

それを聞くのか?ああ、我がー族はそうやって泥棒の技術を仕込むんだよ。子どもの頃から叩き込む。

はー……さすが名門泥棒ー族ですねー。鍛え方から違うちゅーわけですね。

でもそうやって同じ釜の飯を食った友人がおるちゅーのはええことですねー。いまでも会うたりしますん?

会うとすれば地獄だろうな。そいつは私が殺した。そういうしきたりでね、ウチは。鼠を殺している暇なんかなかったな。

はは……はは……さすが名門ー族ですね……。


 ***


残念。不正解です。

 パチリとポケットナイフの刃を取り出して、ロープに添える。

もはや、ロープは半ばまでほつれていた。次が最後になることは明白だった。

ここで終わりはちょっとつまんないけど……まあ、いいわ。こいつ絶対ぶっ飛ばしなさいよ。

任せろ。

 ロープがぷつりと切れた。ヴィッキーはこちらを見据えて落ちていった。


ゲームオーバーですね。案外あっけない。

 怒りを抑え込む君に、ケネスが問いかける。

なあ、いま落ちた音聞こえたか?リーリャの時の音。あれが耳にこびりついて離れねえんだ。

でも、いまは聞こえなかったよな?

 君も言われて、そうだと思った。だが、どういうことだ?

さて、次は貴方たちのどちらかがこちらに来てぶら下がってもらおう。ん?何を空を見ているんだ?

 月には兎が定番だと今久留主に聞いたことがある。しかし、いま青白い月に見える影は、人のようだった。

月に人っていたっけ?

いまはいねえと思うけど、いずれ行くんじゃねえか?

 影はふたつ、どんどん近づいてくる。もはや月を覆い隠すほどだ。恐らく月から来たわけじゃない。


リーリャ!あたしをあいつ目掛けて投げて!

はい!

 ひらりと回転して、リーリャがヴィッキーを投げ放つ。

簡易的な砲弾となったヴィッキーの蹴りが。

はぎゃ!!

 グレンの顔面に直撃する。蹴り足に力を加えて、おまけのー蹴り。

グレンはゴム毬のように跳ねていった。

動けるようになったにゃ!

大丈夫ですか、皆さん。

 それはこっちの台詞だよ、と君はリーリャに返した。どうして生きているのか。

サイトキシンXのせいだと思います。下に落ちた時にその煙を吸って……。

 というか、その格好なに?と君は素になって尋ねる。

奇妙な服装……それ以上に……。

あ、着ていた服は、血でぐっしょりで……それで、近くにあった服を……。

たぶん映画の衣装か何かかと。下の服はヴィッキーさんの見立てで……その、自分を内面から変えるために……。

まさか律儀に着ているとは思わなかったけどね。

 言いたいことは色々あったが、君もおかしいおかしいと言われながら、トレンチコートを着ている。

同じようなものだな、と思った。

すぐにそれは違うな、と思い直した。

その話は後でいいんじゃねえか?まずはあいつにやりかえさないとな。

あたしからでいい?ダメでもやるわよ。いいわよね?

構わないけど、そいつに近づきすぎるなよ。たぶんそいつは自分の近くの人間しか思い通りに出来ない。

 リーリャが自由に動けた理由もそれに違いない。と君は続けた。

オッケー。じゃあ、棒でぶっ叩きの刑ね。

 視線をグレンに向けると、彼にうろたえた様子はなかった。


参った。

 どういうつもりだ、と君は問いただした。

どうもこうもないですよ。もう降参します。工部局にでも何でも突き出してください。

工部局に突き出すだけじゃあたしの気が済まないわよ。

では、一切抵抗しませんので、好きなようになぶって頂いて結構です。

 呆気ない結末に君は戸惑いを隠せなかった。そして、抵抗しない者とは戦うことは出来ない。

罰を受ける気があるなら、工部局に連れていこう、と君は提案した。

わたくしも異存はありません。偶然とはいえ、わたくしもこうして無事ですから。

 首を傾げたのはケネスだった。

今ここで力夕をつけた方がいいと思うぜ。悪党ってのは繰り返すんだ。決して反省なんてしない。

同じ店を4回も襲った強盗なんてのもいるんだ。こいつも同じだ。

魔法使いは人々の奉仕者ではあっても、人を裁くことはないにゃ。それはやりすぎにゃ。

 君もウィズの意見に同意する。

やっちまった方が人々の奉仕になる。俺はそう思うけど……。

お前らがそれでいいなら……ま、いいさ。念のため喋れないようにしておけよ。

じゃ、手っ取り早く気を失ってもらいますか。はい、歯を食いしばりなさい。

え?



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story5 獄中に蠢く



「おい。あの女はどうなった?あのおかしくなった女だ。」

「相変わらずだ。上の話じゃ元いた本国に送還されるそうだ。」

「閉じ込められていた部屋から逃げ出して、牢屋に入ってちゃ、逃げ出した意味もないな。」

「違いない。」

 「看守さーん、看守さーん。ねー、ねー、こっちに来てくださーい。ちょっとー、お願いしますよー。」

「あいつ、また言ってやがる。あれで昔は有名な映画スターだったってんだから、哀れだよな。」

「堕ちた偶像ってやつだな。」

 「こっちー、すいませんがー、お願いします。」

「やれやれ。少しは相手してやるか。たく、少しだけだぞ。何の用だ?」

「看守さん。なぞなぞ、しませんか?」





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コメント (神都ピカレスク2 Story4)
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