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【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story7

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最終話 昏き英雄



要塞の奥。固く閉ざされた扉の向こうに、彼はいた。


「ご無沙汰しております。グスタフ・ハイリヒベルク国王陛下。」

その老人は、皺深い顔に恐怖の色を乗せ、喉が引きつったような声を上げる。

ディートリヒ・ベルク……なぜ、貴様が……。

いや……やはりそうか。

貴様の目的は、このドルキマスなどではない。わしの命――このわしへの復讐か!」

「……ほう。」

やや意外そうに、ディートリヒは目を細める。

「お察しのとおりです、陛下。意外と回る頭をお持ちだ。」

「元帥となった貴様に会ったときから、そうではないかと思ってはいた……。

そんな冷たい目をする人間が、この世にふたりといるはずはないと……。」

顔中に、どっと脂汗を流しながら、王は問う。

「わしが憎いか……ディートリヒ……。」

「もはや憎い憎くないの問題ではない。

あなたのような無能な人間は、王という地位にあってはならない。」

「王なきあと……貴様は、国をなんとする!」

「知ったことではありませんな。」

ディートリヒは、冷然と笑った。

それは――君が今まで見てきたディートリヒの笑みのうち、最も冷たく、最も酷薄な微笑だった。

「国も。軍も。今このときのために使い捨てるべきものでしかなかったのですから――」

「そ……その目だ。その目だ、ティートリヒッ!!

わしはその目を恐れていた。幼いおまえの目に宿る、冷たすぎる理性の光を!

だから排した! すべてはおまえが原因だ! おまえの母も、おまえさえおらねば巻き込まれることはなかったのだ!!」

グスタフの糾弾を、ディートリヒは鼻で笑う。

「今さら――そんな言葉で私が止まるとでも?

それに、あなたが捨てたのは我々だけではない。妾に子を産ませてはもろともに捨てる――そんなことを繰り返してきたのでしょう。」

「き、貴様にっ、貴様にわしの気持ちがわかるかっ。

こんな戦乱の世、こんな小さな国の王家に生まれ、く、国を守るために、わしがどれだけ重圧に耐えてきたか、わからんのかっ。」


(“わかるか”と聞いたり。“わからんのか”と言ったり、忙しいにゃ。

話からするとディートリヒの父親みたいだけど、とてもそうは思えないにゃ)


ディートリヒのような智謀もなく、度胸もなく、生まれを選べず小国の王になるしかなかった。

その辛さ、その苦しみは、確かにあるだろう。

だが――だからといって、人の運命を狂わせることが許されるわけでもない……。


「では、陛下。」

ディートリヒが、すっと銃を持ち上げた。

「ひっ――」

銃口を突きつけられたグスタフは、腰を抜かして後ずさる。

「や――やめろ、やめろディートリヒ! 王位を、王位をくれてやるっ。いや、おまえこそ王になるべきだ、そうではないか!」

「あいにく、興味がございません。」

ディートリヒの指が、引き金にかかる。その銃を、君は横からそっと押さえた。

「……なんのつもりだ?」

君は首を横に振る。

“彼を王座から下ろす”のが目的なら、もう銃弾はいらない、と。

この国は変えられる。あえて王の命を奪わなくとも。ディートリヒ自身がその状況を組み上げたのだ。

「…………。」

ディートリヒは、じっと君を見つめた。

その瞳に宿る色は、やはり君には読み取れない。


やがて。

ディートリヒは小さく息を吐き、銃を下げた。


「……かもしれんな。思った以上に小物であった。もう少しくらい気骨があるかと思っていたが。

それに――そうだな。“彼女”も、この男の死を望んで逝ったわけではなかった。」

ディートリヒは、くるりときびすを返した。

「これほど小さな男にこだわる理由は、もはやない。ゆくぞ、魔法使い。戦争の終わりを告げねばならない。」

そうして、ゆっくりと歩き出す。

君は、ほっと胸をなでおろし、ディートリヒの後に続いた。


銃声。


「にゃっ――」

君は硬直し、前をゆく男の背を見つめる。

彼は振り向きすらしていなかった。ただ、銃を持つ右手をさらりと後ろに差し出し、当たり前のように引き金を引いていた。 

振り返る君の視線の先で、胸を撃ち抜かれたグスタフ王が、ずるりと倒れ伏してゆく。

なぜ――とつぶやく君に。

「なんだ、貴君。まさか――」

ディートリヒはようやく振り向き、笑いながら、言った。


「私の言うことを、信じたのか?」





***



――その後。

要塞を占拠したディートリヒが、敵味方全軍にドルキマス王の崩御を伝え、降伏を勧告した。

これに対し、敵軍を率いていた第1王子アルトゥールは、速やかに降伏を宣言。

ドルキマス王国史上初の謀反が、ついに達成された瞬間であった――



***


「おいおい、マジかよ。なんで要塞の内部から元帥殿が降伏勧告してんだ。」

「文字通り、キングをチェックメイト……にしたって、御自ら要塞に乗り込むなんざ、正気か、おい?」

「ふん。新参者は知らないだろうが、ベルク元帥は自ら前線に立たれるお方だ。そして、だからこそつかめる勝利がある!」



***



ディートリヒは、要塞の前まで降下してきた旗艦に迎えられ、ブリッジヘと上がった。

「……元帥閣下。」

「留守を守ってくれたようだな、ローヴィ。よくやった。」

「はっ……。」

「ところで――」

ディートリヒは、ローヴィの隣を通り過ぎざま、ぼそりと小さくささやいた。

「殿下にお目通りを願いたい。場を設けてくれるか、ローヴィ。」

「……!! 閣下、あなたは――」

愕然と凍るローヴィに、ディートリヒは、ただ薄く笑うのみだった。




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放棄された鉄柵要塞の一室で、彼らは、この謀反の勃発以来、初めて顔を合わせていた。


「会談に応じていただき、ありがとうございます。アルトゥール殿下。」

「懇勲無礼な態度はやめろ、ディートリヒ。私はすでに王子ですらない。王たる父は貴様に討たれたのだからな。」

「ならば、王位を継承なされませ。」

あっさりとした物言いに、アルトゥールもローヴィも息を呑んだ。

「……私を傀儡の王とするつもりか?」

「私は無能な王を排除するべく兵を挙げたのです。その後の統治を望むものではない。」

その言葉に、アルトゥールは、あっけに取られて固まった。

すべての前提が狂っていた――今更ながら、その事実に気づかされていた。

「ディートリヒ……我が弟よ。」

「――!」

事情を知らなかったローヴィが瞠目する。

構わず、アルトゥールは続けた。

「まさかとは思ったが……おまえは本当に、父を討つことだけが――復讐だけが目的だったというのか。

小型艇を使う策くらい見抜いていたのだろう。にもかかわらず無策で艦隊を進ませたのは――

艦隊それ自体を囮として、自らの手で父を討ちたかったからか! ディートリヒ!」

「私は最適な手段を行使したにすぎません。

そして、勝った。それだけのことです。

それに、殿下。それをおっしゃるなら、私の方こそ、殿下のなさったことに疑間があったのですが。」

「なんだと?」

「なぜ、降伏勧告を受け入れたのです。」

どこかつまらなそうに、ディートリヒは言った。

アルトゥールは言われている意味かわからず、目を瞬かせる。

「なぜ――とはなんだ。おまえが王を討ったのだぞ。」

「それだけです。殿下の優勢に変わりはなかった。先王の崩御など気にせず、我が艦隊を殲滅すればよろしかったのです。」

「は――旗印を失った状態で抵抗を続けたところで、泥沼の消耗戦にしかならぬ。」

「ですが、勝ち目はあった。それなのにどうしてあっさり降伏したのか――実は、それがずっと疑問だったのです。」

アルトゥールは押し黙った。

暗に、“諦めの良すぎるつまらぬ男”と擲楡されているような気がした。

“王座に就いたところで安心するな。暗愚とわかればすぐにでも討つ。”――そう言われたような気もしていた。

(だが……無能な王を討つ、というのは、父に復讐するための口実ではなかったのか?)

ディートリヒに権力への執着がないことは明白だ。そして、積年の悲願であったろう復讐も、見事、その手でやり遂げている。

なら、今のディートリヒには何がある? どんな願いが、望みが残っているというのだ……?

「……ディートリヒ。」

疑問に駆られ、アルトゥールは思わず問うていた。

「復讐を果たし、私を王位につけて――おまえはこれから、何を望む?」

ディートリヒは、かすかな笑みを浮かべ。

当たり前のように、答えた。

「――戦争を。

それ以外に、何も望むものはありません。」



その後、種々の交渉を済ませ、ディートリヒはローヴィとともに部屋を辞した。

何も言わず、通路を歩き始める。その背に、ローヴィは声をかけた。 

「閣下。私が第1王子の手の者だとわかっていて……どうして、お側に置かれたのです。」

「言わねばわからぬような者に、副官の任を与えたつもりはない。」

「私は――私にとっては、ドルキマスがすべてです。この国の繁栄……この国の存続! それを守り、導くことが、私の使命です!

お答えください、元帥閣下。

あなたは――この国をどうされるおつもりなのですか!?」

「国を守りたいのなら、私に敵を示せ。ローヴィ。」

ディートリヒは振り返らない。

「――私を利用してみせろ。」





***




「待たせたな、魔法使い。では、準備をしようか。

次なる戦争――その、準備を。」






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空戦のドルキマスⅡ ―END―』


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