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覇眼戦線 外伝集 Story【黒猫のウィズ】

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最終更新者:にゃん

白猫ストーリー

黒猫ストーリー


2017/00/00

目次


Story1

Story2

Story3

Story4

Story5

最終話





アマカド・ヒメザクロ



「辛気くさい話してますね、まったく。」


陣営に、夜が降りてくる。

野営の準備を始める兵士たちを眺めつつ、やってきたアマカドは重いため息を吐いた。


「お疲れのようじゃのう、アマカド。」

「まあね。兵の治療に武具の補充、糧食の調達に部隊の再編と調整……。

あの戦いの“あと始末”、まだ終わらないんですもの。剣を振って戦っている方が、よっぽど気が楽。

だいたい、私がここに入ったのは、自由に戦いたいからだったのよ?」


アマカドは兵士たちに、ぱちりとウィンクを飛ばした。



……私の故郷はね、「セキリュウヒ」っていう、海を越えてここから遠く東に進んだところにある島国なの。

争いが絶えないって意味じゃ、ここと同じ。

違いは、互いに陣営の象徴となる者を立てて、その人のために戦うことを大義とする点ね。


で、私は故郷でその象徴をやってたのよ。


仕事といえば、綺麗な服を着て、宝石をつけて、ただ座っているだけ。

最初は楽でいいなぁと思ってたんだけどさ、段々飽きてきちゃって、抜けだして来ちゃった。


「私、単純に剣が好きなのよね。よく研がれた刃を見るのも好きだし、それで何かを切るのも好き。

ただの鉄の塊が、なんでもかんでも真っ二つにしてしまうのって……すごくステキで、綺麗じゃない?」


だから、剣を自由に振るいたくって、ここに来たわけ。ただ、当然、追いかけて来る連中はいた。

もう最後のひとりになっちゃったけど。……イスルギとか言ったっけ。ご苦労なことよね。


今はルドヴィカのグラン・ファランクスに肩入れして、私を付け狙ってるみたいだけど……。

「凛眼」の力を借りないと私に勝てない程度なら、そんなに気にしなくてもいいかな。


「は、あの子にも思うままに生きて欲しいんだけどね。たとえば、私みたいに。」


私はね、お姫様になって、綺麗な服を着て暖かい場所で高みの見物をするよりも、

寒くても汚くても、自由な世界で好きに剣を振っていたいの。

リヴェータは、この寒くて優しくない世界から抜けだそうと必死みたいだけど……。

私みたいに、戦場を愛している人間も居るってこと、忘れないで欲しいな。



「この世界が私に優しくなくてもいい。誰もが私に敵意を向けてきても構わない。

私はただ、この世界で泥にまみれながら生きていきたい。

そうすれば、きっと私は私のままでいられる。

誰かの戦いのために祭り上げられることもなく、ただ、自分の戦いだけを見つめていられる。

それに私は、私の腕と剣が届く範囲の外なんて、責任取れないもの。」


ふと、ジミーがアマカド見た。何か言いたげな視線だった。

一瞬、きょとんとなってから――アマカドは、ふっと口元を緩める。


「ああ……思い出したの? あの、黒猫を連れてた魔法使いのこと。けっこう面白かったよね。

自分の腕の届く範囲なんて考えもしないでさ、救えるものを救おうとして、あがいてた。

私にはそんなことできないし、する気もないけど。でも、ちょっと惹かれちゃうとこ、あるよね。」


ジミーがうなずく。

黒猫の魔法使いと共に戦った身だ。共感することろがあるのだろう。


「――よし、決めた。

私、色々後始末したら魔法使いを追いかけてみる。」


えっ、と周囲の兵士たちが目を丸くした。

ジミーも、珍しく唖然と口を開いている。


さすがにそれは無理なんじゃ……とか、どこへ行ったかもわからないし……とか、

ささやきあう兵士たちに、アマカドは微笑んだ。


「私はね、やると決めたら絶対にやるの。」

たとえ、どんなに苦労するのだとしても。


「追いついたその時は楽しむつもりよ。時間をかけて……たっぷりとね。」


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イスルギ・ユスラウメ



「疲れた、色々と。」


グラン・ファランクス拠点、食堂――

ひとり寂しく糧食をしがみながら、イスルギは重い重い息を吐き続けていた。


「アマカドを追いかけ回すのも疲れたし、そもそもこの戦いも正直不毛な気がしてきちゃった。

セキリュウヒに帰りたいなぁ……地元の味が恋しいです。

こっちの食べ物って塩味だけじゃない? 食べてて楽しくないんだよなー。」


相手はな。いや、いると言えばいる。

おこぼれ狙いの猫が、足元で、にゃあと鳴く。

それに語りかけているのだった。


「豆を発酵させて作る調味料があるの、黒い液体なんだけど……いや、美味しいんだってそれが!」

にゃあ。(いや、知らん、ていうか、早くそれくれ)


「それを茄でた卵につけて食べるのが好きなんだけどさ、こっちじゃそもそも材料の豆が手に入らないし。」

にゃあ。(聞いてる?)


猫の鳴き声に構わず、アマカドは、はふ、とひときわ大きな息を吐く。

「セキリュウヒが懐かしいなぁ。」



私の仇……アマカドっていうんだけどさ。私の国はあの人を守ろう、あの人のために戦おう、っていうふうに頑張ってたんだ。

でも彼女は裏切った。セキリュウヒの宝剣を盗み、私の仲間をひとり斬って逃げていった。側近だった私は、仲間と共に彼女を追った……。


「……だけど、もう私ひとりになっちゃった。」


妹分のエゴノキちゃんとコナツちゃんは流行り病に倒れちゃったし――

同い年だったツワブキとイイギリは流れ矢でやられたし――

一番強かったニシキギ姉さんはアマカドに倒されて、今はもう、いない。


「どうして私が生き残ったんだろう、って、最近はずっとそればっかり考えるんだ。

でもね、このあいだ……ちょうどひと月くらい前かな。

アマカドと戦った時ね、私やられそうになったんだ。

死ぬほど悔しかったけど、いろんな思い出が頭をよぎって……。

もう、やられてもいいかな、って思っちゃったんだ。皆の待つところに行ってもいいかな、って。

でもね、ルドヴィカ様はそんな私を助けてくれた。

私はさ、どうして助けたんだ、あのまま終わらせてくださいよ、って言っちゃって……。

それでね、あの人は言ったんだよ。」


――貴様が今まで生きてきた時間は、今日終わるために積み重ねたものか?――



「違う、って私は思った。

ニシキギ姉さんやエゴノキちゃん、コナツちゃん、ツワブキ、イイギリたち……。

もんなと積み重ねた思い出は、もう私しか持っていない。

私が居なくなったら、誰があの5人を覚えていてあげられるんだろう、って。」


イスルギは、ぐっと拳を握った。

涙ぐんだその瞳に、熱い決意の光が灯る。


「……今度会った時は、きっとあいつを討ち取ってみせる。

そして私はセキリュウヒに帰るんだ。そしたらその時は……。」


はにかんだように、彼女は笑った。

「お腹いっぱい、茹でた卵でも食べたいな。」


にゃあ、と足元の猫が鳴く。

空気を読んだのか。どこか労わるような鳴き声だった。


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エスメラルダ



「あーもう悔しい!!」


グラン・ファランクスの拠点――

その廊下をずかずかと歩きながら、エスメラルダは苛立ちの声を上げていた。


「なんで人間ごときが魔法使えんのよ、魔法って私ら亜人の専売特許じゃなかったっけ?」

稲妻のような怒声に、斜め後ろに歩く亜人の副官縮こまる。


「あれからひと月経つけど今でも腹立つわ、あの魔法使い。

それにあの白毛種め……魔法を使えない下賤の分際でえらっそうに小娘呼ばわりしやがって……。

それになんなのよあの体は、不公平でしょあんなの。

今度会った時は絶ッ――対、あの魔法使いともども私の魔法獣の生賢にしてやる。」


エスメラルダは色毛種であり、中でも高潔とされる金毛種であり、つまりはエリートである。

魔法の力は、金毛種が最強とされている。特に魔法獣の扱いにおいては、エスメラルダの右に出る者はない。

あるいは、覇眼にも勝てるのでは、と思わないでもないのだが――


「覇眼、か……。それにしても、あの子たちの眼ってキレイよね。

ルドヴィカ様の『凛眼』もいいけど、やっぱり私のイチオシはリヴェーダちゃんの『煌眼』かなぁ。

しっかし、ルドヴィカ様もルドヴィカ様よね、眼が目覚める前にさっさと捻り潰せばよかったのに、

ダリク砦でリヴェーダちゃんが文字通り目覚めちゃったもんだから、これから先はキツくなりそうだなー。」


むーん、と考え込んでいたエスメラルダは、不意に、何かを思いついたような顔で、眼を輝かせた。


「今度はこっとから攻めるのもいいかもね。それで、リヴェータちゃんをギャン泣きさせてやるの!

はァ~、最高! 綺麗なあの顔をクッシャクシャに歪ませて叫ぶのよ、「助けてぇルドヴィカおねえちゃーん!」って。

あ、でも一番泣かせたいのはあの白毛種。あいつが泣いてる所とか想像すると……。

んああ~、ゾクゾクしてきた!」


妖しく身悶えするエスメラルダ。

転職願いを出そうかな、と、副官は遠い目をした。


「ねえ、ちょっとアンタ。」

いきなり声をかけられ、副官はびくりとする。


「もうだめ、私ちょっと狩りに行ってくる。なんかソワソワして眠れないし、今日は月もキレイでしょ?

付いて来るなら好きにしていいけど、私の足だけは引っ張んないでよね。

もし遅れずに着いてこれたら、そん時は尻尾くらいなら触らせてあげる。」


嫣然(えんぜん)(美人が)あでやかにほほえむ様子。

嫣然と笑うエスメラルダ。

副官は、ぶるぶる震えながら、こくこくうなずく。


「フフ、次の戦争がホント楽しみ。

……狩って、走って、明日も明後日も好きに生きられたら、サイッコーよね!」


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オーリントール



「大猫狩りはそろそろ廃業かな、と俺は思ってるんだ。」


グラン・ファランクス拠点――オーリントルの私室。

突然の言葉に、副官は、はあ、と言うしかない。


「奴らの牙が高く売れるのは、単純に数が少ないからなんだよ。

だいたい狩り尽くしちまったからな……。そりゃいつかは廃業になるって話さ。

……とはいえ、ガンドゥといったか。奴とはもう一度戦ってみたいと思っている。」


オーリントールの眼に、ぎらりと強い光が宿る。

副官は、思わず息を呑んだ。


「奴は恐らく、俺が狩ってきた大猫のうち最強最後の敵になる。

廃業するにしても、奴を狩ってからだな……。」


不敵な笑みを浮かべてつぶやき――彼は副官の視線に気づくと、ああ、と軽く手を振った。


「別にグラン・ファランクスを抜けたりはしないさ。前にルドヴィカさんに睨まれちまったからな。

「貴様のような金で動く輩は、我々の情報を金で売りかねん。抜けるのは許さん」……だとよ。」



「ルドヴィカさんといえば……そういや、不思議に思っていたんだった。

俺とガンドゥが戦っていたとき、イスルギくんが東剣使いに殺されそうになったのを覚えてるか?」


副官はうなずく。

あのとき、両者の間にルドヴィカが割って入り敵の剣を受け止めて、イスルギを救ったのだ。


「あの剣を受け止めたまでは、まぁ解る。だが、そもそも東剣は強い衝撃には弱いんだよ。

ルドヴィカさんなら、あれを叩き折りながらアマカドをぶった斬ることも可能だった気がするんだがな。

まぁ、相手が異様な殺気を出してたから、それを警戒していただけかもしれないが……。」


考えても仕方がないとばかり、オーリントールは大きく嘆息した。



「はぁ……そこそこ稼いでサッサと騎士団抜けて、どっかに土地でも構えてイモでも育てるつもりだったのになぁ。

とはいえ、あの大猫ともうー度やりあえるのは楽しみではあるし……。

可愛いイスルギくんとエスメラルダくんと別れずに済むと考えれば、ちょっとは気分が晴れるよな。」


はあ、とやはり副官が生返事をしていると、オーリントールはにやにや笑いながら、身を乗り出してきた。


「……でさ、お前らどうなのよ。

ルドヴィカさんとさ、イスルギくんとさ、エスメラルダくんだと、どれが好みなのよ。

逆にあれよ、ハーツ・オブ・クイーン陣営でもいいぜ。

殺気は半端なかったけどさ、東剣使いはスゲエいい女だったし――

エスメラルダくんが目の敵にしてる白毛種の子もかーなーり良い女だ。

ルドヴィカさんかリヴェータちゃんのどっちが好みかみたいな話でもいいぜ、

ただし! バレると俺の首がぶっ飛ぶから、ここだけの話な……!」


早口になりながらずいずい迫るオーリントールに、副官は、いや、あの、と汗をかくのだが――


「教えろよォ、言えよホラぁ!

 あっはっはっは! もういいや、飲もうぜ今日は! な!」


肩を組まれた副官は、自分、下戸なんで、とも言えず、引きずられるようにして部屋を出ていくことになったのだった。


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ガンドゥ



「おい、こないだ来た魔法使いはもうおらんのか。」


ハーツ・オブ・クイーン野営地――

焚き火の側に集まった兵士たちへ、ガンドゥは不機嫌そうに言った。


「ちょうど、その話をしてたとこだけど。何、いまさら? いなくなて、もう1月よ。」

「なーんじゃ、つまらん。あいつが連れとった黒猫はわりとガンドゥの好みだったというのに。」

ぶつくさ言いながら、焚き火の側に座り込み、ジミーが差し出した串焼きにかぶりつく。


「……こうして焚き火を囲んでおると、昔を思い出すのう。」

ぽつりとつぶやくガンドゥに、兵士たちの注目が集まった。


「数年前のことになるが、ガンドゥがイレ家の飼い猫じゃった時……。

リヴェータとルドヴィカがカンナブルの森に行ったきり帰ってこなかった事があってな。

ガンドウとゲルデハイラで探しに出かけたんじゃ。」


「おお、そんなこともあったのう。」


「見つけた時のリヴェータは、半泣きでルドヴィカにしがみついておった。

領主の娘と、その侍衛の娘ということで身分の差こそあったが、あの二人はほんとうの姉妹のようじゃったのう。」


へえ、と兵士たちが微笑ましげにうなずく。

自分たちの知らないリヴェータの姿に、興味をそそられたようだ。


ジミーは、悲しいような、懐かしむような、複雑な目で、語るガンドゥを見つめている。


「家に連れ戻るには遅く、二人は腹を空かしておった。

仕方なくガンドウとゲルデハイラは焚き火を起こしてな、捕まえた鳥やらを焼いて食ったもんじゃ。

それから味を占めたリヴェータがやたら焚き火をしたがるもんで、ガンドゥらはずいぶん困らされたわい。

そのうちルドヴィカを連れて勝手に森に入っちゃ、狩りの真似事をして怒られておったなぁ。」


過去を懐かしみながら、肉をほおばり――

ガンドゥは、ほう、とやるせなく吐息した。


「……どうしてこうなってしまったのじゃろうな。」


あんなに優しく、思いやりのあるルドヴィカが、どうしてああまでリヴェータに冷たく当たるのか、今でもガンドゥはわからない。

大方、覇眼が関係しているのじゃろうが、その先についてはとんと理解が及ばない。


「ガンドゥはな、覇眼をあまり好いておらん。

人は肌で相手に触れ、言葉を使い交流をして、頭で考え、心で相手と分かり合う。

じゃが覇眼はいろんなもんをすっ飛ばして心に感情を叩き込む。しかも見た側の望んだ感情をな。

人が人を操るのは世の流れとして仕方ないと思ってはおる。じゃがな、覇眼』は人の理を越えた異質なものじゃ。

あれを持っている限り、きっとリヴェータとルドヴィカは真の意味で分かり合うことはできんじゃろう。

……ガンドゥは、それだけが悲しい。昔の二人を知っていればこそ、な。」


目を細め、悲しくつぶやくガンドゥに、あおっと新たな串焼きが差し出される。

それを受け取り、ガンドゥは小さく笑った。


「ありがとうよ。

おまえたちのような者がいてくれれば、リヴェータも、道を誤らんですむかもしれん。

覇眼などなくともわかり合える……。そんな仲間が、おりさえすればな。」


ガンドゥの言葉に、兵士たちは力強くうなずき、それぞれ串や盃を天にかざした。


ただ、リヴェータだけのために。

そんな唱和が、沈みゆく夜の闇に響いていった……。


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ギルベイン




「考えねばならんかもしれんな……。」

グラン・ファランクス拠点――ギルベイン私室。

いまだ負傷の癒えざる身で机に向かい、執務を行いながら、ギルベインはつぶやいた。


リヴェータ・イレ……。ついに彼女も覇眼に目覚めた……。

言い訳をするわけではないが――その予想外の覚醒が、ダリク砦の敗北の原因となった。

覇眼と覇眼の戦い……。まるで、あのときの再現だな……。」


深く目を閉じ、ギルベインは思う。

失われた過去。すべてが変わった、あの日のことを――


 ***


ルドヴィカが変わったのは、数年前の朝だった。


自分たちがリヴェータよりも……イレ家よりも下の立場に甘んじているのを、彼女は強く糾弾したのだ。

この力は世を乱し、争いを生むと危惧したのだ。ギルベインの祖先も、その考えに同調し、盟約を結んでいた。


しかしながら、長い時が流れるにつれ、覇眼の一族の間に上下関係が出来ていった。

対等だったはずの立場は段々と崩れ、イレ家を頭とした支配構造が出来上がっていった。



やがてイレ家の当主は、領民を撤兵し、周囲の領地へ攻め入るという暴挙に出た。

まるで己が王であるかのような傲慢さに耐えかね、ギルベインらは、ロア家のルドヴィカを筆頭に、ついに反旗を翻すに至った―ー 


「ルドヴィカ! こっちは片付いた! あとはイレ家を落とすだけだ!」


「わかった。他に我々の側につくものは?」

「俺も仲間になろう。お前の覇眼に賭けてみたくなった。」

「外を見てみろ! 俺やヤーボだけじゃない! 多くの仲間が、お前の後ろに付いている!」


「ありがたい。一気に落とすぞ!」


 ***


「ルドヴィカは、虐げられる一族のため、義によって戦いを決意した……。

その言葉に納得したからこそ、俺はルドヴィカに従い、剣を振るった。」


だが、ひと月前にダリク砦で敗北し、治療のため前線から退いた今、俺の中にひとつの疑問が浮かんでいた。


「なぜ裏切りを扇動したのがルドヴィカだったのか……。」



イレ家に対し怒りを抱くのならば、それはロア家の当主である彼女の父のはず。

だが、ルドヴィカの父は最後までイレ家の当主を守るために戦った。

娘の意向と、奴は真っ向からぶつかったのだ。


つまり、あの裏切りはルドヴィカ個人の目的。

しかしながら、彼女は一切その真相を語ろうとしない。


「……何かが、隠されている。」


ギルベインはそう踏んでいる。


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ゲルデハイラ



「あの黒猫を連れた魔法使いがいなくなって、今日でおおよそひと月が経つなぁ。」


ハーツ・オブ・クイーンの陣営――

空を見つめながら、ゲルハイラはつぶやいた。


ジミーを初めとする兵士たちが、振り返る。


「最近はルドヴィカもナリを潜めておるし、このままヌルく生きられれば御の字なんじゃが……。」


そんな弱気な、と兵士の誰かが声を上げる。

ゲルハイラは肩をすくめた。


「よくよく考えてみい、今までこんな調子で戦争を続けられたのが奇跡なんじゃぞ?

奴らは規模こそさほど大きくはないが曲がりなりにも正規軍じゃ。練度が高く、装備も整っておるじゃろ?

ワシらは規模は多少大きくとも所詮傭兵団、練度や装備等の品質に於いてはグラン・ファランクスに一歩劣る。」


ジミーがうなずく。

そのあたりの勘定は、リヴェータについている彼が、いちばんよくわかっているのだ。


だが、と誰かが声を上げた。

俺たちは、ダリク砦でギルベインに勝ったじゃないか、と。


「……ギルベイン。懐かしい名前じゃ。」

ゲルハイラは、すっと目を細めた。


「少し昔の話をしようかの。」


 ***


この世界では亜人しかマトモな魔法を使えんじゃろ? 

だがな、生まれつきの足伽というか、白い毛を持つ亜人は一切魔法を使うことが出来んのじゃ。

そのせいでワシは生まれた郷を追われ、行くアテもなくさまよってな――

カンナブルという街の近くで行き倒れてしまったのじゃ。だいたいこれが30年ほど前かの。


「……ワシの年齢? 今年で70歳くらいじゃったか。

50過ぎて数えるのを止めてからはあんまり覚えておらん。別に驚くことでもなかろうに。」



カンナブルの人々は、特別な力を宿した瞳……覇眼というものを持っておった。

その恐るべき力は、みなも知っておろう。


で、ワシがイレ家に拾われて20年後の頃……

ルドヴィカがカンナブルの覇眼持ちを引き連れ、領主のイレ家を裏切って反乱を起こしたんじゃ。

リヴェータと仲の良かった優しいルドヴィカ嬢が、まるで文字通り人が変わったように冷酷な人間になり、

挙句の果てにリヴェータを裏切るなど、想像もつかんかったが……。


 ***


「……だからかもしれんな。わしがリヴェータについていくことを選んだのは。」

神妙な面持ちで話を聞くジミーたちに、ゲルハイラはぽつりと言った。


「裏切るだの、裏切られるだの……。そんなことはもうまっぴらじゃ。

わしには、大層な大義なんざありゃせん。ただ、こう思ってるだけじゃよ……。」

彼女はしみじみ言うのだった。


「明日も食って飲んで、面白おかしく生きられれば良いのう。」


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ジミー・デヴィス



焚き火を囲み、ガンドゥたちの話を聴き終わった頃には、既に真夜中になっていた。

他の兵士と話しているゲルデハイラに軽く頭を下げ、俺は自分の寝床に向かい、毛布に潜り込んだ。


あの魔法使いは、元気にしているだろうか。最近考えるのは、そのことばかりだ。

ギルベインとの戦いの最中、自分を捨てろ、と言ったあいつのことを。



俺の家は、元を正せばカンナブルにあった小さな演奏家一族だった。

カンナブルではイレ家といえばそもそも領主様で、知らない人は居ないくらいの家柄だったし、俺にとってリヴェータは文字通りの高嶺の花だった。

俺の家は楽器の演奏家―族だったこともあって、イレ家でパーティーがある時なんかはよく呼ばれていたりもした。

だからリヴェータのことは良く知っていたけど、話す内容は挨拶の延長のようなものだった。


イレ家専属の侍衛を務めていた、ロア家のルドヴィカとも、あの頃はよく話をした。

俺たちふたりは、綺麗な舞台の中心に居るリヴェータに、いつも憧れていたんだ。

あの時のルドヴィカの優しい目を、俺は忘れることが出来ない。



「……誰も聞いちゃいないだろうから、誰にも話したことのない、俺の本心を言おう。


ルドヴィカの裏切りを、俺は絶対に許すことは出来ない。

だけど、絶対に手の届かない、話すこともままならない高嶺の花を、俺の手が届く場所まで動かしてくれたのは、他でもないあいつだ。


あの日、あの裏切りがなければ、俺はきっと今でも、手の届かないリヴェータを眺めるだけだったろう。

けれど、あの裏切りがなければ、リヴェーダはきっと今でも笑っていられたはずなんだ。

俺の手が絶対に届かない、暖かく綺麗な場所で。


俺は……俺は今、リヴェーダと肩を並べられるのが、少しだけ……嬉しいと思ってる。

本当はこんなこと、絶対に思っちゃいけないはずなんだ。

あいつの幸せを願うなら、こんな血なまぐさい戦いから今すぐにでも連れ去ってやるべきなんだ。

……でも、きっとそんなことをしたら、リヴェーダは一生俺を許してくれない。


そして、いつも俺はこんな風にグズグズ考え続ける自分をぶん殴ってやりたくなるんだ。」



最近、この戦いが終わった後のことをよく考える。

血なまぐさい戦いに終わりが告げられ、リヴェータが本当の自分の道を歩き始めた時……俺は、リヴェータに笑顔で手を振れるんだろうか。


ギルベインと戦っている時、魔法使いは迷わずに言った。

自分を捨てろ、と。

あの言葉を、俺はあの魔法使いみたいに、言えるだろうか。


「……強く、なりたい。せめて、たったー人で歩ける程度には。」

俺はそう思いながら、眠りの淵に落ちていった。



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ヤーボ



「……そろそろか。」

なんとなく、そんな気がしていた。


グラン・ファランクス拠点――ヤーボの私室。

皆が寝静まり、夜が真の闇を連れてきた頃、ヤーボは眠りもせず、部屋に立ち尽くしていた。


予感がしたのだ。

“彼女”が来る。そんな予感が。


果たして、その予感は正しかった。



「……それで、進捗はいかがですか、ヤーボ。」


女が、目の前に立っていた。

漆黒の衣に身を纏い、深い死の匂いをさせた女。

いつの間に現れたのかもわからない。気がついたときには、目の前にいた。

そして――気づいてしまえば、その冷厳を極める存在感に、全身から冷や汗を噴き出さずにはいられない。


「順調です、何―つ問題はありません。……多少の計画の変更はありますが。」

「計画の変更……?」

「イレの娘が煌眼を発現させました」


「……だから何だと言うのですか」

「奴の眼は危険です。我々の抱える覇眼ではすべて上書きされてしまう。」

「繰り返させないでいただきたい、だから何だと言うのですか。」


女が、手にした鎌を床へと向ける。

ジワリと空気が重くなり、次の瞬間にはそこに漆黒の穴が開いた。

光も心も勇気も慈悲も――何もかもを呑み込むような、暗く、深い、穴が。

その穴そのものであるかのような声音で、女は告げる。


「目覚めたならば、眠らせれば良い。永遠に、永遠に。」

「……御意。」


それ以外、どんな言葉を返しえただろう。


言ったときには、既に死の匂いと漆黒の穴は消え、元の静謐な夜が戻ってきていた。

冷や汗でべったりと濡れた服が冷たい。ヤーボは、恐る恐る、細く長い息を吐く。


「つくづく無理難題を仰る方だ。煌眼は本当に想定外の存在だというのに……。」


――あの目。

赤く、夕日のような瞳。

しかしそれは黄昏の色。沈みゆく夕日の色だ。その先にはすでに闇しかない。


「あの時幼いリヴェータを始末さえしていれば、ここまで事態がこじれることもなかったものを。

土壇場での甘さは、父親譲りということか。」


この手を汚すときが近いかもしれない、とヤーボは思った。

あの日の、あのときのように。


なんのためらいもない。

自分は、そうするために存在しているのだから。


「すべては我が主……。

『冥界の死神』と、『右眼』を持つ『ゲー』のために。」


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リヴェータ



遠くから響くジミーのギターの音を聞きながら、

リヴェータは皆から離れた水場で青い月を見上げていた。


「……へっくち!」

少し肌寒い風が吹いて、思わずクシャミが出る。


うー、と唸りながらテントに戻ろうとした時、

ふとゲルデハイラが騎獣に乗ってこちらに歩いてくるのが見えた。



「おお、リヴェータ。なんじゃお前、鼻が赤いぞ。」

「寒くてクシャミでた。」

「……ん?」


言葉と一緒に、ゲルデハイラは首をかしげながら手を差し伸べる。

リヴェータはその手をつかみ、ゲルデハイラの前に飛び乗った。

ごわごわした騎獣の毛に、なんとなく顔をうずめてみる。


「はは、あったかかろ? こいつはこの時期重宝するでな。」

「んあー……確かに。これは寝ちゃいそうだわぁ……。」

「はっはっは!テントまで運んでやるから、今日はもう休め。月も、もう見飽きたじゃろ。」

「んー。」


ゲルデハイラの好意に甘え、そのまま自分のテントまで運んでもらった。

寝床に潜り込むなり、荷物からボロボロの日記を取り出す。

「最後につけたのは……やっぱ、あの日か。」


ルドヴィカが、故郷を焼き払った日。

彼女はなぜ、自分を裏切り、父を討ったのか。

今までずっと、「なんで」「どうして」と、グルグル思いつめていたけれど――

「話をしたら、わかるのかな……。あいつが言ってたみたいに……。」


アマカドとイスルギの確執とか。

ガンドゥの仲間が、もうほとんど狩り尽くされてしまっているとか。

「聞かなきゃわかんないことも、あるわけよね……。」


だから、ルドヴィカに聞き続けようと思う。

しゃべるつもりがないのなら、ぶん殴ってでも吐かせるつもりでいる。


「顔を見るだけで腹立つし、見下されんのは未だにハラワタ煮えくり返るけど……。

我慢するのも大事だってガンドゥは言ってたし。ちょっとくらいは皆の言うこと聞いてもいいかな。」



「……思い返せば、私、いろんな人に助けられてたんだなぁ。」


ハーツ・オブ・クイーンは傭兵団だ。

外部的にも内部的にも、人と人とが金でつながる集団だ。

だが、ゲルデハイラや、ガンドゥや、アマカドや、ジミーは、決してそれだけではない。

そういう連中には、本当に感謝してもしきれない。


「ジミーが言ってたっけ。ひとりでは出せない和音があるんだ、って。

多分人生って、そういうもんなのよね。」


――だからこそ、ルドヴィカは許せない。

青い孤独の色に染まって、私を見下ろしていやがるあの女を、絶対に1度ぶん殴ってやるんだ。


ハーツ・オブ・クイーンは強くなってきている。

リヴェータの覇眼がついに目覚め、ダリク砦でも勝つことができた。

もう、ルドヴィカよりも「下」の存在ではない。


「だから待ってなさい、ルドヴィカ。

アンタの腹立つ澄ましたその眼を、私がもう1度目覚めさせてやるんだから。

――絶対に、絶対に!!」



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ハーツ・オブ・クイーン



「ジミー、糧食と水の手配は終わった?」

ヒュンヒュンと鞭を振りながら、リヴェータは俺にそう聞く。

俺はそれに頷いて、手にした羊皮紙を彼女に手渡した。


「……リヴェータ、次はどこの――」

 そこまで言った時、俺の足元の地面に鋭く鞭が叩きつけられる。

「みんなが居る所では様をつけろっつってんでしょうが……!」

「すまん。」

「ったく……あのね、最近アンタらたるんでるわよ。」


ゲルデハイラは朝までドンチャン騒ぎしたりするし、

アマカドはフラッとどっか行って3日くらい帰って来ないことあるし、

ガンドゥはマタタビ嗅ぎ過ぎて二日酔いみたいになってる時あるし……


「それは俺に言われても困る。」

「愚痴ってんだから黙って聞きなさい。」

「はい。」

「だいたいね……。」


しばらくリヴェータの愚痴に付き合わされたが、

素直に愚痴を言えるようになったと思えば、こういうのもたまには悪くない。



「――準備は終わった? それじゃ出発するわよ!」


リヴェータの号令に従い、俺達は街を出る。

傭兵団は今ではかなりの大所帯だ。


戦慄の傭兵団と呼ばれていた頃は、リヴェータに付いて来る人間も少なかった。

今では傭兵団の空気も明るく、夜には笑いが絶えないほど。


集まった面々の目的は様々だが、

打倒グラン・ファランクスという思いは皆同じだ。


「あのさ、ジミー。この戦いが終わったらどうすんの、アンタ。」

「えっ!? ……ま、まだ、わからない、です。」

「なんでシドロモドロなのよ、気持ち悪いわね。

アンタは剣の才能もないんだから、またギターでも弾いてりゃいいのよ。」


「……リヴェータは。」

「あ゛?」

「すまん。リヴェータ様は、どうするつもりで?」


聞いた後に、俺は少し後侮した。

答えを聞いたところで、きっと俺とは違う道を進むのだろうと思っていたからだ。


だが、リヴェーダは青い空を見上げて、力強い声でこう言った。

―――いや、言ってくれたんだ。


「私らで町だか村でも作るのもいいかもね。

こんだけ人間がいりゃ、面白い感じで暮らせるでしょ。

戦い終わってハイさよならってのも味気ないじゃない。

少しくらい休憩してもバチ当たんないわよ。」


笑いながらそう言うリヴェーダに、俺は何も言えなかった。

呆けた俺を見ずに、彼女は続ける。


「……でもまぁ、あのお高くとまった女をぶん殴るのが先ね。

とりあえず次は北のサライガ城をぶっ潰しに行きましょう。」

手にした鞭を束ね直し、彼女は北を見据える。


「私達は次も勝つわよ。あのどっかに消えた魔法使いのためにもね。」

「……ああ。」

俺もその視線の先を追い、腰に差した剣の柄を握りしめた。



(見ているか魔法使い。そしてウィズ。

お前と俺達で勝ち取った勝利は、大きな一歩だったんだぞ)


さあ、戦いに行こう。胸の炎が消えてしまう前に――



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