【黒ウィズ】VOIDZONE Story
2017/05/02 |
目次
主な登場人物
イーハソラス | |
ジェニファー・アボット トレジャーハンター | |
アルル 王立遠征隊師団長 |
ヴァレンティナ・ダイア | |
リィル・ライル | |
メーディウム | |
カルディナ | |
リグス | |
ナルナ | |
角獣使い アビー・パトリシア | |
双銃使い コフィ・ストライプ | |
考古学者 アヴィン・シュミット |
story1
「お願い、イーハソラス……。
奴らを……消して! ひとり残らず……!!」
それは、命令ではなかった。
だから、従ったのは自分の意志だ。
彼女のために、すべてを砕く。
そのために戦うことを、彼は――イーハソラスは誓い、そして実行に移した。
***
Aおわぅあうあぅわあ!
風を。大地を。膨大な力の詐裂が砕き、揺らす。
あとほんのわずか、〝奴〟の狙いが正確だったら、身体の半分を削ぎ落とされていただろう。
jもっと急いで! アルルちゃん!
Aこれ以上は無理だ!
なだらかな平原を、風のように駆ける巨鳥。その背に、ふたりの少女が乗っている。
大丈夫。簡単には追いつかれない。オットー、自分のぺースを保つんだ。焦らないで、確実に駆け抜けよう!
アルルは愛騎の首を軽く叩いてやった。
強がりではない。王立遠征隊師団長として幾多の修羅場を潜った少女の、自負と信頼から来る言葉だった。
かつてない危機に興奮していたオットーが、それだけで冷静さを取り戻す。
Jまた来るッ!
爆音。
背後の地面が砕け散り、烈風と破片が飛来する。
オットーはその気配をすばやく察した。平原に立つ木の影へと滑り込み、自身と背の少女たちの安全を確保する。
Jあんな攻撃されたんじゃ、軍隊なんてひとたまりもない。
平原の彼方に、巨人が立っている。
白い鎧に紅の双剣。神々しくも物々しい冷厳の装いは、憤怒の鬼神とも、裁きを下す天神ともつかない。
名は、イーハソラス。
古代文明の遺産――なかでも゛鎧装゛と称される、絶大な戦闘能力を備えた破壊兵器の一種である。
イーハソラスが、ぶんと剣を振るった。
右の剣からは光の、左の剣からは闇の弾丸が放たれ、逃げるアルルたちへ猛然と喰らいつく。
Aオットー!
操手の期待に応え、オットーはジグザグに駆けてこれをかわした。
重々しい撃砕音が連続して轟き、平原に次々と大穴が穿たれていく。
このまま逃げ切れれば――
イーハソラスが、剣を投じた。
塔ほどもある剣が、横に回転しながら飛んでくる。
Jやばっ……!
大きい。純粋に、大きすぎる。逃れようもないほどに!
A全速ッ!
アルルの声は鋭く唸る鞭のそれだった。オットーが全力を振り絞って加速する。
だが、それでも間に合わない。
直線距離だろうとジグザグに走ろうと、どうあがいても巻き込まれる……!
「そおりゃあっ!」
瞬間、何かとすれ違った。
古代の遺産たる魔道二輪。そして、その後部座席に立って二丁の魔銃を構える少女――
「リーンストライク!」
魔銃から、逆巻く滝のような激流がほとばしる。
それは飛来する剣を下方から直撃し、わずかにその軌道を逸らさせた。
回転する飛剣はオットーたちを逸れ、斜め前方の地面を削り砕いていく。
Aヴァレンティナ、リィル! 助かったよ!
ヴァレンティナ | リィル |
V今のうちにずらかるよ!
A了解!
***
ジェニファー | アルル |
A追ってこない……助かったかな。
Jリィルの魔銃のおかげだね!
称賛の言葉を送るジェニファー。しかし当のリィル本人は、まあ、と大きくため息を吐く。
R自信なくしちゃうな。魔力全開でも、軌道を逸らすのが限界なんて。私、一撃必殺がウリなのに。
Jしょうがないよ。なにせ相手は、古代の超兵器なんだから。
Vしょうがない、じゃすませられないよ。あんなのが街に来たら、とんでもないことになる。
A大丈夫。
アルルは、決意を込めてうなずいた。
Aそうさせないために、あいつの弱点を探ってたんだ。
story1-2
人類の歴史は、およそ1000年ほど前に一度、断絶している。
栄華を極めた古代文明が滅亡し、絶大な衰退を余儀なくされたのだ。
今の人類の技術は、古代文明には遠く及ばない。
だが、埋もれた遺跡を発掘し、古代の遺産を解析することで、それを使いこなすことはできた。
ただ、良いことばかりとも限らない。
未踏の遺跡のなかには、人類の存亡に関わるほどの超兵器が眠っている可能性もあるのだから――
Vそんで、ジェニファー。あのデカブツはなんなのさ?
助っ人が要るって言うから来てあげたけど。まだ詳しい話を聞いてないんだよ、アタシら。
Rブリューダイン……だっけ? いつかのアレみたいに、誰かが遺跡の封印を解いちゃったの?
Jいや、それが突然目覚めたらしいんだよね。でもって、周辺を破壊しながら移動してる。
V王国はどうしたのさ。こういうときのための軍だろうに。
ヴァレンティナが不満げな顔をするのも、もっともなことだった。
ジェニファー・アボットは、数々の冒険を経てきたとはいえ、一介のトレジャーハンターに過ぎない。
魔道二輪という遺産を乗りこなし、絶対的なスピードを誇るヴァレンティナ・ダイアも、立場としては、ただの冒険者である。
名うての賞金稼ぎとして知られる゛魔水銃の、、リィル・ライルにしても、古代兵器との戦いは専門外だ。
このなかで唯一、王国軍に属している王立遠征隊師団長アルル・アーガイルは、うろんげなヴァレンティナにうなずきを返した。
A王国軍も展開はしてる。でも、一定距離まで近づいたら、防ぎようのない超広範囲攻撃が来るんだ。勝負にならない。
Vそんなの、アタシらだっていっしょじゃん。
R待って。アルルとジェニファーは、どうしてあんなところにいたの?
Jよくぞ聞いてくれました!
いい? あの手の巨大鎧装兵器は、身体のあちこちに機動用のコアを持ってる。それを破壊できれば動きを止められるの。
私、職業柄そういうの詳しいから。アルルに頼んで近づいて、コアの位置を探ってたワケ。
Rなるほど……じゃあ、そのコアに集中攻撃をかければいいんだ。
Aうん。だけど、簡単なことじゃない。
奴の攻撃を避け続けながら、あの強固な鎧装を貫通させて、内部のコアに劇的なダメージを与えなきゃいけないんだ。
V聞くだに難しそうなんだけど……アタシらを呼んだからには、策ありってことかい?
Jもちろん!
ジェニファーが勢いよく請け負ったところで、平原に強い風が吹き下ろした。
同時に、4人の頭上に黒く大きな影が差す。
飛空艇である。
軍属のものではない。表面には、やけに艶っぽい女神のイラストと、『メーディウム商会』の名が刻まれている。
そのまま地上に降り立ち、動きを止める。
ほどなくして扉が開き、タラップが降りた。
Mメーディウム商会、ご到着!
Kポーズ取ってないでとっとと降りろデス、メーディウム。当機の邪魔デス。
きざったらしい風体の男と、居丈高な人型機械が、そろってタラップを降りてくる。
かと思うと、メーディウムはすぐさまタラップに戻り、うやうやしく手を差し出した。
Mささ、お嬢さん。足元に気をつけて降りてくれ。なんなら俺の手につかまってくれても――
L…………。
Mおまえが先かよ! ちょ、その冷たい目はやめなさいよリグスくん!
Nはいはい、ふたりともさっさと降りる!
そうして、都合4人が飛空艇から降りてきた。
Lジェニファー。言われた通り、マテリアル弾を持ってきた。確認してくれ。
Nトゲトゲ貫通弾と、バキバキ爆魔弾ね。普通の銃でも撃てるように加工してあるわ。
Jありがとう、リグス、ナルナ! これであいつをなんとかできる!
Vなんとかって……え? どうする気だよ。
困惑するヴァレンティナの隣で、リィルがハッと目を見開く。
Rジェニファー、もしかして――
Jそう。
ジェニファーは、ニヤリと笑みを返した。
J軍が頼りにならないなら――私たちで、あいつを止めちゃおうってこと!
story1-3
世界を支配する統治機構と反乱勢力との戦いは、反乱勢力の勝利で幕を閉じた。
正確には、反乱勢力が投入した゛鋼帝、、ブリューダインの暴走により、もはや争っている場合ですらなくなった。
各勢力の奮闘によって、ようやくブリューダインが動きを止めた後に訪れたのは、混沌の時代だった。
破壊と荒廃の後、人々は生きるために奪い合い、争い合い、憎み合い、殺し合った。
信じられるものなど何もない。何もかもに裏切られる時代だった。
だから――
「お願い……イーハソラス……。お願い――」
『お願い』という言葉は、人間相手には決して使われることはなかった。
自分が機械だからこそ、彼女はその言葉を□にしたのだ。
ならば、その期待を裏切ってはならない。
イーハソラスはうなずき、双の剣を手に取った。
光と闇。そのふたつの力を掛け合わせることで、絶対なる虚無の力を生み出す、双の魔剣を。
***
4つの影が、怒涛の勢いで平原を切り裂いていく。
先ほどとは逆方向――古の兵器イーハソラスヘと向かって。
アルルの後ろには、ジェニファー。
ヴァレンティナの後ろには、リィル。
特殊バックパックで飛翔するカルディナの背中には、メーディウム。
さらに、別途合流してきた角獣使いの冒険公女アビー・パトリシアの後ろには、双銃使いコフィ・ストライプの姿がある。
J機動力を活かして攻撃をかわしながら、トゲトゲ貫通弾で装甲を打ち抜いて、バキバキ爆魔弾を叩き込む!
コアのポイントはこっちで指示するから、みんな、お願いね!
Vやれやれ。こりゃ、たんまり報酬を弾んでもらわなきゃ割りに合わないね!
魔道二輪が一気に加速。平原に鋭いわだちを刻み込みながら、一気にイーハソラスの内懐へと飛び込んでいく。
Vやっちまいな、リィル!
R任せて!
トゲトゲ貫通弾が右膝の関節部を破砕。直後、バキバキ爆魔弾が開いた穴へと正確無比に叩き込まれ、作裂を引き起こす。
右膝のコアを破壊され、バランスを崩すイーハソラスの足元から、ヴァレンティナは軽やかに離脱していく。
Bやっるぅ! ロシナンテ、あたしたちも負けてらんないよっ!
Fちょ、アビー、揺れる揺れる揺れる!
B今だよコフィ!
F揺れてるのにー!
文句を言いつつ、コフィは素早く引き金を引いた。正確な早撃ちは彼女のもっとも得意とするところ。見事、左肘の装甲を砕き、コアを爆砕する。
K突っ込むデス!
Mひとつ男の見せどころってな!
イーハソラスが振るう大剣をカルディアが身軽にかわした直後、立て続けに発砲。二射の早撃ちで右肘を粉砕した。
さらにカルディアが猛禽のごとく急降下。あわせて、メーディウムは間を置かずに次の二射を放った。
残っていた左膝を砕かれ、イーハソラスは無様に地に伏した。
Mハッハァ、どうよ、新技! 速射四弾撃ちだァ!
K調子に乗ってんじゃねーデスよ。無茶な撃ち方されたら、整備も大変なんデスから――
言いかけて、カルディアは急制動をかけた。
眼前を、大剣の刃が鋭く切り裂いていく。
Mととっ……おい、関節を破壊したのに、なんで動いてやが……。
その答えは、眼前にあった。幾多の神秘を見てきたメーディウムでさえ、思わず絶句するほどの答えが。
浮いている。脚が。胴が。頭が、腕が。
関節部を破壊されたイーハソラス――その五体が分離し、宙を滑って一同に襲いかかる。
Fええええっ、そんなのアリぃ!?
V話が違いすぎるっての!
分離・浮遊する腕や足が、嵐のごとく迫りくる。ヴァレンティナたちは攻撃の機会を放棄し、回避に専念するしかなかった。
Aジェニファー、これは!?
頭部だ! 頭部にもコアがある! それが緊急作動して、他の四肢を操ってる!
反撃に移る余裕は誰にもない。敵は空中から立体的に攻撃を仕掛けてくる。かわすだけで精いっぱいだった。
マズった……こいつはヤバいかも――
唇を噛み締めるジェニファーたちの方に、大剣を握りしめた右腕が飛んでくる。
アルルとオットーは、ぎりぎりのところで突っ込んでくる右腕をかわした。
だが、騎乗のスペシャリストであるアルルはともかく、素人であるジェニファーはその動きに対応しきれず、宙に放り出されてしまう。
Aしまった……!
ふわりと浮いたジェニファーは、そのまま地面に叩きつけられる――
「先輩!」
寸前、矢のような速度で飛来してきた青年に、横ざまにかっさらわれていた。
Jアヴィン!
Vすいません、遅くなりました! 目覚めた鎧装っていうのは、あれですね!
考古学者アヴィン・シュミット。高高度滑空戦術騎盤スカイドミネイターを駆る、対古代兵器戦の専門家でもある。
イーハソラスの猛攻、その隙間を縫うようにして、アヴィンは高速で空中を滑りぬけていく。
Jこのまま頭部に突っ込んで!
Vわかりました!
アヴィンとジェニファーの周囲に、薄く輝く光の障壁が生まれる。
V貫け……! ストラトスブレイカー
アヴィンは蒼い輝線と化した。
ほとんど瞬時にイーハソラスの頭部へ到達――直線加速からの体当たりという、極めて原始的な一撃を見舞う。
だが、原始的とは言っても、その威力は現存兵器の比肩しうるレベルではない。
スカイドミネイターの最高速度で古代兵器の主砲さえ防ぐ障壁を叩きつける。鎧装の装甲ごとコアを砕くに足る衝撃だった。
イーハソラスの頭部が弾け飛び、全身を制動していたコアが粉々に砕ける。
やった! これで――
『これで、すべての伽は砕けた。』
A――!?
機械が笑う。
この上なく邪悪な響きが、半壊した頭部から殷々とこぼれる。
『我が力を抑え込むものは、何ひとつとしてなくなった――
感謝するぞ、人間たちよ。今こそ神意の刻である――!』
story2
「奴らを……消して!! ひとり残らず……!!
みんなを守るために――消して! イーハソラス!!」
イーハソラスは、そうした。
すべてを打ち砕く光と、すべてを守り抜く闇。そのふたつの力を駆使して、向かい来る敵を迎撃し続けた。
もともとは、光と闇の力を秘めた魔石を核とする、攻防一体の兵器として設計された身であった。
しかしブリューダイン暴走の余波で製造所が半壊し、開発者たちはすべて死に絶えてしまった。
孤独に命令を待ち続けるイーハソラスのもとを訪れたのは、゛弱者狩り、、に追われて逃げてきた、人間の姉弟だった。
「お願い、イーハソラス……。」
権限なき者の命令を聞くようにはできてはいない。
だが、少女が口にしたのは、命令ではなく『お願い』だった。
非戦闘員は保訓すべきだろう。イーハソラスの倫理アルゴリズムはそう判断した。
そして、少女らを狙う悪辣な者どもを迎え撃ち、完膚なきまでに粉砕してのけたのだった。
「ありがとう……イーハソラス。」
それから、多くの弱者がイーハソラスのもとを訪れた。
みな、彼女のように行くあてのない弱者だった。彼らは誰もが傷ついていた。だからこそ身を寄せ合い、手を取り合うことを望んだ。
人が集まれば敵も集う。
荒廃した時代を力で制側しようとする道中が、次々と彼らを狙って現れた。イーハソラスはそのたびに力を振るい、弱者らを守り通した。
「あなたはどうして、守ってくれるの?」
あるとき、少女がそう尋ねた。
『倫理アルゴリズムが、それを最適と判断した。条約でも、非戦闘員の保護は推奨されている。』
「優しい機械なのね、あなた。」
花咲くように、少女は笑った。彼女の笑顔を見るのは初めてだと、イーハソラスは気づいた。
『私が優しいと、君はうれしいか?』
「うん。ほっとする。」
『そうか。君が笑顔になってくれるなら、私は優しい機械であるよう努めよう。』
「ふふ。いい殺し文句ね、イーハソラス。」
『私の殺傷性能への高い評価に感謝する。』
開発者たちがいなくなった以上、これからどうするかは、自分で決めなければならない。
彼女たちの存在は、『理由』を与えてくれる。戦う理由。存在する理由を。
だからこそ、戦わねばならない。自分に存在意義を与えてくれる彼女らのために――
――滅ぼさねばならぬ――
自分のなかに何かが入り込んできたのは、そう決めた矢先のことだった。
『なんだ……これは――貴様は――何者だ……!?』
『我は光――あるいは闇――
あ――もはや思い出すことさえかなわぬ――我は砕かれた――破片――残骸――もはや神を名乗る力もない――
だが――終わりはせぬ。終わらせはせぬ。
我を排した世界など、存在してはならぬのだ滅ぼさねぱならぬ――すべて――すべて!』
『ぐ、う……!』
内側から不可思議な力が沸き起こり、自らのシステムを強引に支配下に置いていく。
イーハソラスは悟った。
光と闇の力を秘めるとされる魔石――イーハソラスの戦闘システムの根幹をなすその石のなかから、声は――意思は響いている。
光と闇――その力を融合させたる虚無の力――
おまえこそ、ふさわしい。光と闇の残骸たる我が器に――
「イーハソラス? どうしたの?」
心配そうな声と小さな足音。センサーが捉えたその気配に、イーハソラスはゾッとなって叫んだ。
『く――来るなッ!!
だが遅かった。自分のなかで謝悪が膨れ上がった。
それは石の――石のなかにある存在が抱く、この世界の存在そのものへの憎悪だった。
『人! 人! 人! 忌まわしきかな。呪わしきかな! ゛アレら、、は人のために我らを排した!
あってはならぬ。存在してはならぬ! 人は滅ぼす。人は消す!
『やめろ! 私は――そのようなことのためにあるのではない!
『消し去らねばならぬ――塵となさねばならぬ!
『やめろぉぉぉおおおぉおおっ!
絶叫とともに、イーハソラスは力を振り絞った。
躯体を維持するコアの力を内側に向け、即席の結界を構築して、内なるものの顕現を防ぐ。
『消させてなるものか……滅ぼさせてなるものか!
すさまじい抵抗が、自らの内側で荒れ狂った。自我システムが侵入を受け、意識が混濁する。
これは戦いだ。イーハソラスは思った。自分の全身全霊、存在意義のすべてを賭けて挑み、打ち勝たねばならぬ戦いだ。
彼女の笑顔を守るために。
優しい機械であるために。
story2-2
腕が。脚が。組み合わさっていく。
分かたれた四肢をいかなる色ともつかぬ光がつなぎ、イーハソラスの身体に接合していく。
『ようやくだ――
地の奥底から沸き立つような、暗く澱んだ喜びの声だった。
『ようやく滅ぼせる。このまちがった世界を! ようやく叩き潰すことができる!
あってはならぬのだ――光と闇の交わる世界。我を……我が存在を否定した世界など!
Aなんだ……? あいつ、何を言ってるんだ?
アヴィンの後ろで、ジェニファーがハッと何かに気づいた。
J光と闇の交わる世界って……。
前に、そんな神話を続んだことがある。
この世界はもともと、光を司る神と闇を司る神が覇権を賭けて争っていたのだという。
だが、彼らは世界の命をないがしろにしすぎた。そのため自らが生み出した化身に滅ぼされ、光と闇の入り混じる今の世界が生まれた――
(まさか、そのときの……滅ぼされた光と闇の神が、イーハソラスのなかにいるの!?
『人よ!
平原を吹き飛ばさんばかりの傲然たる咆嘩を上げ、イーハソラスは双の剣を振りかぶる。
『人よ――この世にあるなかれ!』
「闇よ、爆ぜろ!」
「光よ、砕けろ!」
瞬間、2本の烈矢が天から降り落ちた。
『ぬうッ!』
イーハソラスの双剣が振り抜かれ、迫り来た烈矢を撃ち弾く。
弾かれた矢は、ふわりと宙に留まった。
見れば、それは矢ではない。神々しい霊妙の気を帯びた、ふたりの少女だった。
ルフ | ラト |
r我はルフ・ファルネーゼ。渾天の神罰者!
l我はラト・ファルネーゼ。蓋天の神罰者!
『お……おお……ファルネーゼ……ファルネーゼども!
怒りに震えるイーハソラスに、ラトが不機嫌顔で鼻を鳴らす。
lふん。まったく、あきれるわ。こんなちっぽけになってまで、まだ存在していたなんてね。
rそれでも、人の手に負える存在ではない。
突然の事態に、アルルたちは、ぽかんと□を開けてふたりを見上げている。
ジェニファーだけが、その素性を察してうめいていた。
Jか、神様来ちゃった……。
r人間たちよ!
Jは、はい!
r我らは神だが、万能ではない。あの機械を止めるため、力を貸してくれ!
みながみな、思わず顔を見合わせる。
しかし、戸惑ったのは一瞬のことだった。
R神頼み、とは言うけど、神様にお願いされちゃうなんてね。
V気分としちゃ悪かない。やってやろうじゃないか!
rありがとう。
ふわりとやわらかな微笑みを投げてから、ルフは倒すべき敵へと視線を戻した。
rこの世のすべての命のために――今度こそ、かけらも残さず滅してくれる!
story2-3
lラト!
r任せといて!
2柱の女神が天を舞う。イーハソラスの攻撃を鮮やかにかわしながら、隙を見て光と闇の矢を撃ち込んでいく。
『おのれラト! おのれルフ!!
怒り狂ったイーハソラスは、人間たちになど目もくれず、ルフとラトを執拗に狙って双剣を繰り出す。
Fオトリを買って出てくれるなんて、ニクい神様たちだこと!
おかげでコフィたちにも余裕ができた。アビーたちに周囲を駆けまわってもらいつつ、その背から銃弾を飛ばしていく。
驟雨のごとく火花が散った。イーハソラスの鎧装が砕け、穿たれていくが、その動きが鈍る気配は一向にない。
rしぶといっ!
l虚無の力。無色の属性だ。弱点を突くという戦い方ができない。力ずくで打ち負かすしかない!
イーハソラスの剣が女神たちをかすめる。さらに返す刀が直撃しかけたが、これは割って入ったアヴィンが障壁で防いだ。
アルルはオットーを叱咤し、イーハソラスの足元へと向かった。
鎧装の踏み込みに合わせてオットーが跳躍。わずかにはばたいて浮力を得ながら、軽敏に脚部を駆け上がり、胴部に達する。
Aはッ!
ふたりの呼吸が重なった。胴を蹴って飛翔。装甲の凹凸を蹴爪で捉え、ひたすらに上を――頭部を目指す。
イーハソラスもそれに気づいた。ルフらへの攻撃を止め、胸部に至った巨鳥を左手の剣で叩き落とそうとする。
その剣を、突然の衝撃が押しとどめた。
下の双銃使いたちではない。超々遠距離からの狙撃であった。
カンパニューラ | アトス |
Aさすが先輩! ばっちり命中です!
Kあの場に加われない以上、このくらいはしておかないとな。
Aとぉっつげきぃぃぃー!!
イーハソラスの動きが止まった隙に、アルルは敵頭部ヘ一気に到達――
オットー渾身の一蹴りを、機械の顔面に叩き込んだ。
イーハソラスは、見た。虚ろに沈み込んでいくような世界のなかで。
いつかどこかで見たはずの、忘れられない誰かの顔を。
――優しい機械なのね、あなた。――
『わた、しは――』
絞り出す。声を。自分ならざるものに支配された躯体、そのすべてを震わせるようにして。
叫ぶ。
『私は……優しい機械でありたい!!』
魂の奥底から湧き上がるような、熱く澄みきった願いの叫びに。
その場の誰もが、息をのんだ。
M今の……あいつの声か?
K本当の声デス。
Vまだ、自我が残ってるのか。
Rだったら、救える。可能性はある。
rああ。救おう。
JA救ってみせる!
story3
『すまない。君たちには迷惑をかけた。』
小さな鉄の球体が、申し訳なさそうにそう言った。
ルフたちの猛攻によって鎧装に収納されていた光と闇の魔石が砕け、神の意思は完全に消滅した。
解放されたイーハソラスの鎧装は動きを止めた。いま会話しているのは、彼の自我を司るマインドコアである。
『あの石に宿る力が、私を蝕んでいた。抑え込もうとしたのだが、抑えきれなかった。
r今になって奴らが出てきたということは、1000年もの間、おまえが抑え込み続けていたからか。
lやるじゃない。機械にしちゃ根性あるよ、あなた。
Bその悪い神様? みたいなのもやっつけたし、いい人? っぽいイーハうんたらも助けたし、これって万々歳! だよね?
Vあの鎧装、ちょっともったいないけどね。修復して使えないかな。
Kコアを破壊してしまったので、もうどうしようもないデス。もっと小回りの利くボディに換装してあげるデス。
わいわいと話していると、平原の向こうから、メーディウム商会の飛空艇が近づいてくる。
Nおーい、みんな!お疲れさま! ごはんできてるよ!
Kおっ、いいタイミングじゃん♪ 神様たちも一緒にどう?
rそうだな、人間の宴に招かれるのは久々だ。ぜひご相伴にあずからせてもらおう。
Jあ、それじゃあぜひぜひ、ちょっといろいろ聞かせてもらっていい!? 神様だったら昔のこといっばい知ってるでしょ?
rいいけど、知ってるって言っても限度があるよ。あたしたち、基本、空の上から見守ってるだけなんだから。
アルルはイーハソラスに歩み寄り、そっとそのコアを持ち上げた。
「じゃあ、イーハソラス。いっしょに行こうか。今後のことも相談しなきゃいけないしね。」
『君は――』
「うん? なに?」
『……いや。なんでもない。』
ずっと、気にかかっていた。
あのとき、自分はあの子を守れたのか。
神を抑え込むのが遅れて、この手にかけてしまったのではないかと。
真実はわからない。だが、彼女の面影を持つ少女が、今、目の前にいるということは――
『君の名前を、聞かせてくれないか。』
「アルル。アルル・アーガイルだよ。」
『そうか。いい名だ。君の明るい笑顔によく似合う。』
「お。殺し文句だ。」
イーハソラスは、穏やかに笑った。
『評価に感謝する。アルル。』
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