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【黒ウィズ】イェルセル

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イェルセル cv.糸満綾





story 劫末を兆す怪物



『かはぁぁぁあああぁあ……。』


廃墟のなかで、怪物は大きく吐息した。

吐き出される息吹は重く、暗く、たれ込める闇そのもののように、その場の気を深く沈みこませてゆく。

怪物――としか言いようのない姿だ。秩序という秩序、調和という調和から外れた異形。〝背徳〟と〝冒涜〟の化身であるかのような。


吐き出される息吹は重く、暗く、たれ込める闇そのもののように、その場の気を深く沈みこませてゆく。

つい先ほどまで、そこは神殿だった。人に祝福をもたらす大いなる神々がおわします、至高の聖域だった。

が、今は空虚な廃墟に過ぎぬ。

主なる神々も、それを讃える神殿も、何もかも、無惨に打ち砕かれている。

怪物――イェルセルの手によって。


『これデ……〝神〟ハ潰え夕……。

世ハ、人の手二戻っ夕……。わたシの役目モ、これデ終わル……。』


人ならざる口が、人の言葉を吐き出した。


当然だ――〝彼女〟はかつて人だった。

だが、魔道科学の極みたる〝神話手術〟で自らに〝神を殺す怪物の運命〟を移植し、戦い続けてきた。

〝神〟――すなわち、〝神話手術。で〝大いなる神々の運命〟を移植された者たちと。

人類を導くために〝神化〟したはずの彼らが、人類を支配せんとしたために――


(なぜ、彼らが暴走してしまったのか……。今なら、わかる。怪物となった、今なら……

変わらない心などない。ただでさえ、人の心は不確かでうつろいやすい

存在そのものが変貌してしまえば、心など、原形を留めようはずもない

神となった彼らの心は人のそれではなくなった。人を支配するのが当然という、神の心に変化した……

私の心が、怪物になりつつあるように――)


怪物になれば、心まで怪物になっていく。

そうなるだろうと、わかってはいた。だが、それでも、ならねばならなかった。

〝恐るべき怪物が神を殺し、神々の時代は終わる。そして、人々の間から英雄が現れ、その怪物を殺して、人の世が来る――〟

それが、この世界の神話だった。その運命を利用せねば――怪物にならねば、神を滅ぼすことはできなかった。


(神は潰えた。役目は終わった……。あとは、私が消えるだけ……)


だが、消えようと思って消えられるものではない。彼女の自我は失われつつある。すぐにただの怪物として人を襲い始めるだろう。

わかっていた。そうなることも。だから、怪物となる前に、すべての準備をすませていた。


(あの子に託した、英雄の〝運命〟……。あの子がきっと私を倒してくれる……)


人々の間から現れた英雄が怪物を倒す。そうして初めて、神話は終わりを見るのだから。


(そして……新しい世界で、あの子が幸せになってくれればいい)

こんな戦いのことなど忘れて……。人としての幸せを手に入れてくれればいい。)


託すしかなかった。英雄の〝運命〟を。

神話では、怪物を倒す英雄は、怪物の血を引く子であると語られていたから。


だけど、自分さえ倒れれば、あの子は自由だ。自由な未来へ、はばたいていける……。


(〝あの子〟……〝あの子〟か……

もう、あの子の名前も思い出せないのね……私は……)


とても、大切な存在だった気がする。

遠い遠い思い出の彼方で――とてもあたたかく、幸せな日々を送っていた気がする。

〝気がする。だけだ。もう思い出せない。それが、どんな日々であったのかは。

ただ、ひとつだけ。


 (あの子と食べた、スープの味……。それだけは、覚えている……ずっと……

スープ……あの子が好きだったから……笑顔でいてほしくて……私は……

私は……

……わたし……?)


獣は、怪冴そうに首をかしげた。


〝わたし〟とは、なんであったか。

考えたのは、ほんの一瞬だった。すぐに、そんな疑問を持ったことさえ忘れ、ふらふらと歩き出す。


匂いがする。いい匂い。獲物の匂いだ。たまらなくうれしい気分になる。本能的な喜びが、心身に満ちていた。

どんなふうに獲物を狩ろうか考えながら、獣は、ぺろりと舌なめずりをした。


喰らい尽くした神の血肉――その味わいを愉しんだ。








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