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【黒ウィズ】ケネス&ギャスパー編(ザ・ゴールデン2019)Story

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最終更新者:にゃん

開催日:2019/04/30 ~ 05/31


目次


Story1 HIT!

Story2 BUST!

Story3 GET!



story1 HIT!



その日、神都(シエンタウン)の港、通称〈バンド〉に大型客船〈玉石混号〉が来航したのは、昼下がりの気だるさが漂う頃だった。

タラップの下では、さっそく親類に歓迎の抱擁を受けている者が多い中、彼は船の搭乗口に立っていた。

階下に下りず、その場ですっと首を伸ばし、街を眺めた。


「極東の奇跡、神都か……。」

そう言って、彼は少しだけ鼻を鳴らして笑った。

「一枚皮を剥がせば、楽しませてくれよ、どんな本性が出てくるのか。魔都・神都。」

彼が、一瞬見せたその顔は、平凡な人生を経てきた人間が一生見せることのない顔である。

タラップに最初に刻んだ足音は、始まりを告げる音のようでもあった。

その顔は酒場で知り合い、港に降り立つと、彼は異様なほど平凡な顔の男に声をかけられる。

いくらか話し込んだ所で、次の日には忘れていそうなほど、異様に平凡だった。


「お待ちしておりました。あちらに車を用意しております。」

「今回は随分とめかしこんでいるな。相変わらず似合っているようで、まるで似合っていない。」

「20年、貴方様の運転手を務めておりますので、農民の子でも、少しは衣装に負けなくなったのでしょう。」

「今回はそういう設定か。俺はどういう設定だ?」

「それは車の中でご説明致します。」

車は器用に路地を抜けて〈バンド〉を出ると、神都の大通りアベニューDをゆったりとした速度で走り始めた。

車内で渡された資料にざっと目を通し終わると、彼は流れてゆく景色を見つめた。

「何の美学もないが、よく出来たハリボテだ。」

たしかにこの砦は、極東の地に不釣り合いなほど文明化されている。

しかし、先ほど通った路地は文明化以前の饐(す)えた臭いで満たされていた。

ありとあらゆるものが生活に押し潰されて、腐っていく場所。

生きているものはすべてそこで腐っていく場所だ。

「表も裏も、この狭い街の中に無理矢理詰め込まれて、今にも破裂しそうだ。

さすが、極東の火薬庫と言われるだけはある。」

「さらにもうー歩、人と人との坩堝(るつぼ)の中に足を踏み入れれば、この街の恐ろしい様を味わえることでしょう。」

「だろうな。それで、そんな恐ろしい場所に俺はたったひとりで何をしにきたんだ?」

「貴方様は共和国の財閥の御曹司ながら、進取の気性に富み、新しい世界の目覚めを体感しに、ここへやって来たのですよ。

そして、同郷の新聞王ジラールのような成功に憧れ、この未開の地で新聞社カイエ・デ・ドロウボーを設立するのです。

貴方様の名は、ギャスバー・アルニック。けしてお忘れなきよう……。」

「そうだったな。」

彼は装備品として支給された眼鏡をつけ、続けた。

「私の名はギャスパー・アルニック。この街は西洋の退嬰を忘れさせてくれるいい街だ。

とても気に入ったよ。」

「新聞社ならば、神都を管理している工部局にも出入り出来ます。情報の取得は楽かと。」

「わかった。」

「ではさっそく、ギャスパー様としての最初の仕事です。土地に明るい者を何人か選抜しております。

カイエ社の記者として雇ってください。皆、金で買える者ばかりです。身分も、命も。」

「ひとり、気になるのがいる。この名前のない男だ。」

「ああ、〈幇〉の者ですね。」

「なんだそれは?」

「我々でいうシンジケートのようなものでございます。少々、土着的で、家族的な要素は強いですが。」

「では、E王朝の人間か? そうは見えないな。」

「人種は西洋人です。ですが、出自は不明。幼い頃に〈幇〉に買われたということです。」

「興味がある。」

「似た境遇だからですか?」

「全然違うな。こいつは買われた子で、俺は盗まれた子だ。少なくとも俺は出自がはっきりしている。どこかは知らないが。

興味がある。」

「これは失礼しました。ただ……。ギャスパー様は俺などとは申しませんよ。」

「今のは無しだ。今のは個人的な発言だ。……以後気を付ける。」

異様に平凡な男は、異様に平凡な笑いを浮かべて、ハンドルを左に切った。

車は大通りを逸れて、再び路地へと向かった。


 ***


車は共和F国行政区にある煙館の前に止まった。

門前に立つ柔和な笑顔の老人に促され、ギャスパーは中へ入る。

「この煙館というのはあなたたちでいうところのカフェやサロンだと思ってください。

こうやって煙草を喫(ノ)み、茶を飲み、会話に花を咲かせ、日頃の憂さを晴らす所です。

なにせ我々は、憂さが貯まっておりますからなあ。」

よく言うよ。

老人の説明を聞きながら、ギャスパーは呟いた。

こんな日の商いうちから、煙に巻かれて酪町している者に何の憂さがあるのか。

あるとすれば、夢も希望も金もない明日を憂うことくらいである。

「その憂さというのは我々に対してですか?」

「そうかもしれませんなあ。あの騒乱以来、良いことも悪いことも同時に起き続けていますからなあ。

世間の速さについていけんのでしょうな。」

「貴方たちはそういう人に憂さ晴らしの娯楽を与えているというわけですか。」

「そういうことですね。ああ、最初に与えたのはあなたたちですよ。そこは誤解しないでください。」

種を撒いたのはそうでも、水を与え続けたのは自分たちではないか。

非難も否定もしないが、ギャスパーは一言指摘したい気分になった。

老人は、上階への階段を示し、綿のような足取りで段を踏んだ。

「今日はちょうど〈あれ〉の仕事がありましてな。終わったら話す機会があるでしょう。」

「〈あれ〉というのは、私が会いに来た男のことですか?」

段を上がるごとに、甘い煙の臭いが奇妙な怒声にとってかわった。

「そうです。」

上階は賭場となっていた。だが今は賭け事を楽しむような雰囲気ではなかった。

円卓の両側に男が座っており、それを大勢の男たちが取り囲んでいる。人種も様々だった。

「ちょっとしたいざこざがありましてな。それを解決せねばならないのですよ。少し失礼します。」

言うと、老人はカイゼル髭の男の方へと向かう。男は老人の倍ほども背丈が高かったが、老人はまったく臆することはなかった。

「楊さん。いくらあんたらの販路を使わせてもらっているからと言って、これだけ利ざやを取られたら商売にならない。」

「それはこっちも同じことだよ。どうせ、話したって決まらないんだ。ここは賭けできめようじゃないか。」

「あんたもそのつもりで来たんだろ。」

「ああ。そのために男を雇った。」

あごをしゃくって、目の下の隈が目立つ痩せた男を示した。

「うちのは〈あれ〉だ。」

と老人は赤毛の男を指差した。

「ルールは簡単だよ。この回転式の銃の中には弾が1発だけ入っている。こめかみに当てて交互に引き金を引く。

どちらかの代表者が死んだら負けだ。銃を調べるかい?」

カイゼル髭の男は銃を受け取り、検める。調べ終わると文句はないというように深く頷いた。

銃はそのまま、円卓の上に置かれた。

「先に俺がやる。あんまり見ない顔だが、こういうのは初めてか? まあ、2回も3回もやるもんじゃないけどな。」

いつの間にか〈あれ〉が銃を手に取っていた。

〈あれ〉は喋りながら、銃をこめかみに当て、引き金を引いた。まるで躊躇がなかった。

「ほら、お前の番だ。」

目の前に置かれた銃を隈の多い男が震える手で取り、こめかめに添える。

「ほら、引けよ。どうせ大した人生じゃないんだろ。未練なんか必要ない。それにー度目で死んだ奴はそう見ないぜ。」

男は大声をあげて、引き金を引いた。ハンマーが虚しい音を立てるだけだった。

「よくやった。ただし次からが本当の勝負だ。俺も……。」

またしても〈あれ〉は躊躇なく引き金を引いた。不発であった。

「お前もな。」

机の上に置かれた銃が男の前で鈍く光っていた。

「あの男はこれを生業にしているのか?」

「そうです。生きるために、生きるか死ぬかを賭けとる。文字通り、生業ですな。」

「ろくでもない商売だ。」

自分が言うにはこれほど不似合いな台詞もないな、とギャスパーは思った。

〈あれ〉が置いた銃を隈の多い男が手に取る。その震えは今まで以上であった。

確率は3分の1。その確率で自分は死ぬ。震えぬわけはなかった。

「頑張れ。ここを乗り越えれば勝利は近いぜ。」

冷やかしているのではなく、老婆心から出た言葉のように聞こえた。

男が雄たけびと共に引き金を引いた。

カチッ。

一瞬の静寂の後、男の頭の無事を確認して、カイゼル髭の男が快哉を叫んだ。

それにつられて、観衆も立ち上がって盛り上がる。

「やああああ! はっはっはー! どうだ! 楊さん!」

それに対して、老人は男ににこりと笑みを返すだけだった。

「別の候補を当たった方が良さそうですね。」

「おや、気が早いですな。まあ、見ていなさい。〈あれ〉は勝負に強いんじゃ。

恐ろしいほどな。」

〈あれ〉はすでに銃を握っていた。だが観衆が落ち着くのを待つように、沈黙している。

やがて場が静まったのを見て、ハンマーを下ろし、こめかみに当てた。

「まだ勝負は五分と五分。喜ぶのは少し早いぜ。俺の頭がぶっ飛んでから喜んでも遅くはない。

さあ、勝ち負けを決めようぜ……。」

カチッ。

あまりの出来事に声も出なかった。沈黙がその場にいたすべての人間の頭を打ちつけたようだった。

〈あれ〉はひとりだけ別の時間を生きているように、立ち上がり、銃を目の前の男に向けた。

「今日はついてなかったな。

俺の勝ちだ。じゃあな。」

銃声が響き渡り、男が椅子から転げ落ちた。動かなくなった男を下働きの者たちが抱えて、去っていく。

カイゼル髭の男は苛立ちを紛らわすように、ライウィスキーのグラスをあおった。

老人がギャスパーを見る。その顔には先ほどと変わらぬ笑みがある。

「さあ、紹介しよう。〈あれ〉があんたに売りたい男じゃ。」

「ずいぶん高い値を吹っ掛けられそうだ。」

老人からの簡単な紹介が済むと、ギャスパーは〈あれ〉に尋ねた。

「なぜ名前がない。」

〈あれ〉はつまらなそうに答えた。

「明日死ぬかもしれない奴に名前が必要か?

生まれた時から俺のものなんて何ひとつない。

全部、盗むか奪うかしてきた。この服、この財布、この金、全部、人のものだ。身軽でいいだろ?」

「気に入った。

お前を買おう。」

ギャスパーは、その男を買うことにした。




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story2 BUST!




「ラディウス、レッジ、フェリクス、ダンケル……どれもピンとこないな。」

「では、ディートリヒというのはどうだ?」

「ディートリヒ? まるで王族か将軍様みたいな名前じゃないか。よせよ。俺には似合わない。

お前もジジイのように俺のことは〈あれ〉と呼べばいい。」

「そういうわけにはいかない。お前はこの新聞社の記者ということになっているんだ。

名前のない記者じゃ、どこにも出入りできないだろ。」

「そんなことよりも、金をくれよ。気晴らしがしたいんだよ。」

「金? 金なら充分な額をやっただろう。もうなくなったのか?」

「ああ、なくなった。金があれば妓館に転がり込んで有り金全部使う。それが俺の生き方だ。」

「無軌道な生き方だな。滅びの美学か?美しいとは思わないな。これからは控えろ。」

「それは命令か?」

「ああ、命令だ。」

「ま、頑張ってみるが、約束は出来ないね。で、金はくれるのかくれないのか、どっちだ?」

「欲しければ働け。」

ギャスパーは〈あれ〉の方へ封筒を投げる。中には資料の束が入っていた。

「これは?」

「ターゲットのことが書いてある。」

ぺらぺらとめくると、軍服を着こんだ男の写真があった。A連合の記章がついていた。

「軍人か?」

「そいつはA連合の情報将校だ。職業意識が高く、口も身持ちも堅い男だが、ただひとつ欠点がある。

無類のギャンブル好きだ。」

「玉(たま)に瑕(きず)ってやつだな。」

「すでに賭場に借金を作っていて、そいつが通う賭場にはその借用書がある。それが今回の標的だ。」

「待てよ。そんな借用書盗むより、賭場の金を盗む方が手っ取り早いんじゃないのか?」

「私たちの狙いは金じゃない。借用書を使い、将校と取引する。狙いは金よりも価値のあるものだ。

A連合が企てている暗殺計画。金には換えられないものだ。」

「金に換えられないんじゃ、飯も食えないぜ。何のためにそんなものを?」

「戦争を起こさないためだ。暗殺計画が露見したとわかれば、A連合もその計画を中止せざるを得ない。

お前もこの神都がどういう街か知っているだろう?」

「興味はないが、極東の火薬庫だと言われているのは知っている。」

「そうだ。ここはいま、世界中を巻き込みかねない戦争の火種と成り得る場所だ。

様々な国が、この地の、つまり極東全体の覇権を握ろうと躍起になっている。

我々は、その企てをすべて盗む。戦争を起こさせないためだ。」

「正義の味方でも気取っているのか?」

「美学の無い盗みを許すな。我がー族の家訓だ。

戦争はあらゆる人々が美学の無い盗みを犯す。我々はそれを許さない。」

「たいそうな家訓だな。」

「そうでもない。世の中の人間すべてが泥棒になると、我々の商売が成り立たなくなるというのが本音だ。」

「格好をつけるのが好きなんだな。で、計画は?」

「お前、ギャンブルは得意か? 勝負事には強いんだろう?」

「まあな。毎日命を賭けて勝負してる。それから比べれば、ギャンブルなんて、ただの遊びだ。」

「期待しておこう。目的の賭場は下の階と上の階でレートが違う。

上の階はより高い金額で勝負できる場所だが、客を選んでいる。金のない者と弱い者は入れない。

お前がある程度勝ち、上の階に上がれたら、派手に遊ぶんだ。そして胴元の注意を引く。

その間に、私は胴元の部屋、つまり借用書のある場所に侵入する。

お前は私の仕事が終わるまで、好きなだけギャンブルで遊んでいていいぞ。」

「ずいぶんと楽しい仕事だな。」

「ああ。泥棒は楽しいことばかりだ。すぐに慣れろよ。」

「任せておけ。」


 ***


スペードのジャックとハートの4のカードが重なっていた。

ディーラーが〈あれ〉の顔を見る。彼は自信満々で口角を上げて、答える。

「ヒットだ。」

冷めた相貌を崩さずにディーラーが力―ドを置いた。

そのカードは愛らしいハートを彩っていたが、中央に座しているのは髭のおっさん。

決していまは見たくはない顔。キングと呼ばれる男の登場である。

「バスト。」

「…………。」

21の境界線を突き抜けて無様にも〈あれ〉に負けが宣告される。

傍らのギャスパーは〈あれ〉に小声で囁く。

「おい。本当に大丈夫か? お前が勝負に強いと言うから、この計画にしたんだぞ。

少なくともレートの高いゲームに参加できるようにしろ。そうしなければ、胴元の傍にはいけないぞ。」

「わかってるよ。まあ、見ていろ。次は負けない。」

今度の手札は、クローバーのキングとハートの9。21の境界線ギリギリのところだ。

これに勝つ手札は限られている。〈あれ〉は迷いなく、ディーラーに告げた。

「スタンド。」

それを聞き、ティーラーは自分の手札にカードを置く。6、7に5が続いた。 

〈あれ〉がニヤリと笑ってみせる。

「ほら、見ろ。こんなもんだ。」

「まだ一度勝っただけだ。」

ふたりの会話を無視して、ディーラーは再び自分の前にカードを置く。

3だ。合わせて、21のブラックジャック。

「あ。」

「まったく……何が起きてるんだ?」

思わず頭を抱えたギャスパーの視界に妙な人物が入ってくる。

いや、なんら妙なことはないただのE王朝人である。

妙なのは、それが楊老人の煙館であった死を賭けた勝負に負けたはずの隈の多い男だったことである。

それが笑ってルーレットに興じている。死んでいるようには見えなかった。

ギャスパーは冷ややかな一瞥を〈あれ〉に送る。

「席を外す。お前は続けろ。」

「ん? ああ?」

何度かの勝負が行われ、何度かの敗北を味わわされていた〈あれ〉の下にギャスパーが帰ってくる。

低く冷たい声で彼は囁いた。

「来い。話がある。」

「勝負は?」

「それはもういい。ついて来い。」

ギャスパーと〈あれ〉は賭場にあるゲストルームに入った。

扉に背をもたせ掛けて黙っているギャスパーを訝しげに思いながら、〈あれ〉は椅子に腰かけた。

「一体何のつもりだ?」

ギャスパーは答えずにクローゼットの方へ歩き出す。

「それはこっちの台詞だ。」

クローゼットのドアを勢いよく開ける。そこには、縛りあげられた男がいた。

死んだはずのあの隈の多い男である。〈あれ〉は視線をギャスパーに戻した。

「説明してもらおうか? この男はお前が撃ち殺したはずだ。なのに、なぜか生きている。なぜだ。

〈あれ〉は黙っていた。

ギャスパーも黙っていた。自分が話す番ではないと確信していたからだ。

ようやく〈あれ)が口を開くと、拍子抜けするほどのとんまな声が聞こえてきた。

「あちゃー……。バレちまったかー。何やってんだよ、お前はー。大人しく家にいろって言っただろー。」

テーブルの上にあるナプキンを縛られた男に投げつける。

男も芋虫のように体をもぞもぞ動かして、「てへぺろでやんす」とばかりにおどけてみせた。

「おい。遊びじゃないんだ。ちゃんと説明しろ。」

ギャスパーは懐から拳銃を取り出し、〈あれ〉に突きつける。

「ありゃ芝居だったんだよ。あの変な髭のおっさんとの取引を丸く収めるためにひと芝居打ったんだよ。

ま、ついでにあんたに俺が高く売れたらいいと思って、ジジイに法螺を吹いてもらったわけ。」

「あれはお前の生業ではなかったのか?」

「あんなことばっかしてたら、長生きなんて出来るわけないだろ? あれにはちょっとしたネタがあるんだよ。」

「お前が勝負事に強いということは?」

「あ、それもウソウソ。ギャンブルは好きだけどめちゃくちゃ弱いんだよ、俺。

お前に貰った金もドッグレースと競馬で全部負けちまった。」

「私を騙したのか?」

「そう言えるかもな。ズルして、騙して、いただき、ってのが俺のモットーだ。なんか文句あるか?」

「そこまで開き直れるのはある意味すごいが……。今この場で殺されても文句を言うなよ。」

「待て待て待て!せっかく買ったものをすぐに壊すのか?子どもじゃないんだぜ? 落ち着けよ。」

「買ったものを壊すのは私の自由だ。」

「俺だって少しは役に立つぜ。」

「ああ。ブラックジャックでチップを減らすくらいの役には立つな。」

突きつけられた拳銃がずいと迫ってくる。

それが答えだとばかりに、ギャスパーの視線が鋭く〈あれ〉をねめつける。

「……本気か。やれやれ、せめて最後にチャンスをくれよ。俺だって心を入れ替えて真面目にやるよ。」

「私の感情がもう無理だと言っている。」

「それなら、運に決めてもらおう。」

〈あれ〉が胸ポケットからコインを取り出す。使い込まれたコインだった。

「表が出れば、今までのことをチャラにして、俺を生かす。

裏なら、殺せ。

あんたにはあんたの美学ってヤツがあるかもしれないが、俺には俺のやり方がある。

俺は難しいことを決める時はいつもこれで決めてきた。最後ぐらい俺のやり方を通させてくれよ。」

「……いいだろう。」

「じゃ、やるぜ。勝負だ。」

〈あれ〉の指がコインを弾く。宙に上がったコインは、重力に従い再び元の手に帰ってくる。

握った拳がゆっくりと開く。手のひらのコインは、表だった。

「決まりだな。」

〈あれ〉はニヤリと笑った。

「運のいい奴め。」

激しくドアを蹴りつける音が響き渡る。

見やると別名タイプライターと称される軽機関銃を持った男たちが立っていた。

「動くな! ボスがお前らに用があると言っている。大人しくしな!」

「いやあ……それほど運は良くないみたいだぜ。」



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story3 GET!



「それほど運は良くない……というか、ツイてないと言った方がいいなあ、こりゃ。」

「……本当にツイてないのは私の方だ。」

連れてこられたのは、上階にある胴元の部屋である。

ふたりは後ろ手に縛られ椅子に座っていた。

足元には、痩せた男が裏切りの代償として、手ひどく痛めつけられ、床に転かっている。

目の前には軽機関銃を抱えた男たち。それを従える男は、髭の跳ね上がりを指先でねじりながら笑っていた。

いつか見たカイゼル髭の男だ。ついてないとしか言いようがない状況だった。

「ついていない君たちと違い、私はとてもついているようだ。

ここの胴元が私の兄の嫁の弟なので、ここにはよく遊びに来るんだよ。」

「遠いんだか、近いんだか、はっきりしねえ関係だな。」

「懇意なのは確かだ。彼が君たちを見つけた時は、それはもうもの凄い怒りようだったよ。」

「その通りだ。説明してもらおう。

死んだはずの男と、それを殺した男がいた。それも仲良く同じ部屋にいた。それはどういう理由かね?」

「さあね、世にも数奇な運命ってヤツじゃないかな?」

「いいや、お前たちはグルだったんだ。運命なんて関係ない。」

「少しいいか? それはこの男とそこに転がっている男の話であって、私の話ではない。」

「だが、お前も楊の爺と話し込んでいたじゃないか? それに今はこいつと行動している。」

「それには込み入った事情があってね……。いちいち説明するつもりはないが。」

「私も聞くつもりはない。」

男はふたりに背を向けると、設えられた円卓の方へ歩き出した。

その傍に立つと、懐から何かを取り出し、円卓の上に置いた。鉄の硬い音が鳴り響いた。

「ゲームで遊ぼうじゃないか。」

それは、回転式拳銃だった。

卓のー方に座っているのは、〈あれ〉。

「趣味が悪いぜ。」

もう一方には、

「それは同感だ。」

中央には、回転式拳銃。ごつごつとした手が拳銃を取り上げて、シリンダーに1発、銃弾を込める。

その指先は、髭についた油でぬめっていた。

「君たちは好きなんだろう、このゲームが。

生き残った方は殺さないでやろう。今度は真剣勝負をやれ。」

「面白いゲームだな。私はこの赤毛の小僧が勝つ方に賭ける。お前は?」

「それならその逆だ。赤毛の小僧が死ぬ方に賭ける。」

周囲には軽機関銃を構えた男たち。

幼い子どものように、与えられたゲームを始めなければいけないのは明白だった。

縄の痕をさすっていた〈あれ〉が、銃を手に取る。銃身の方を持ち、ギャスパーに差し出した。

「あんたからやるか?」

一度は銃を握ったが、ギャスパーは銃を円卓の上に戻した。

「いや、お前からやれ。」

しきりに縄の痕を気にしていた〈あれ〉は仕方ないといった体で銃を持つ。

「100発の銃弾を浴びて死ぬか。1発の銃弾で頭が吹っ飛ぶか。

取りあえず、1発の銃弾が飛び出さないことに賭けた方が良さそうだ。」

「私はお前の勝負弱さに賭けるしかないな。」

「悪いが俺は強いぜ。いざという時はな……。」

こめかみに当てた銃のハンマーが空しい音を立てた。

「イカサマとはいえ、何回もこの手の勝負には勝ってきた。悪いが生き残るのは俺だ。」

卓の上の銃をギャスパーが手に取った。

「所詮、イカサマだろ。」

間髪入れずに引き金を引く。不発だった。

「イカサマを馬鹿にするなよ。やるには、技術もいるし……。」

不発。

「度胸もいるんだ。」

円卓と鉄とがぶつかる音が静けさにひびを入れた。

「大勢の前で、堂々とやる。なかなか難しいぜ。」

「度胸なら商売柄、私もあるんだよ。堂々とやるのも嫌いじゃない。むしろ好きだ。」

3分の1の確率を気にも留めず、ギャスパーは引き金を引く。

まるでその覚悟に気圧されたように、弾丸はシリンダーの中に収まったままだった。

円卓の上に戻った銃を〈あれ〉が握る。

「まだ勝負は五分五分って所だ。俺がさよならか、あんたがさよならか。勝ち負けを決めようぜ。」

冷たい銃口が〈あれ)のこめかみに触れる。軽機関銃を構えた男たちですら、その動向に目を奪われる。

カチリ。弾は発射しなかった。

「…………。」

「悪いな。さっきと逆の立場になったみたいだ。」

銃口をギャスパーに突きつけて、〈あれ〉が言う。

「あんたは俺を生かすと約束したが、俺はあんたを生かすとは言ってない。悪いが俺のために死んでくれ。」

「今日はとことんツイいてないようだ。いいさ、お前のためではないが死んでやる。地獄で待ってるぞ。」

「いえいえ、待たなくて結構です。」

銃声が鳴り響き、ギャスパーは椅子から転げ落ちた。

〈あれ〉は倒れたギャスパーの方へ拳銃を投げ捨て、ゲームの主催者たちを見た。

「さて、約束は守ってもらうぜ。俺の命を助けてくれるんだろ?」

しかし、カイゼル髭の男はニヤニヤと笑いながら、部下から軽機関銃を受け取る。

「私は、お前が死ぬ方に賭けた。銀髪の男が殺すとは言っていない。私が殺してもいいはずだ。

賭けは私の勝ちだな。」

男の高そうな靴が床を強く踏みなおした。銃口の小さな闇が小さな死を吐き出そうとしていた。


 ***


「賭けは私の勝ちだな。」

軽機関銃が数百の死を吐き出す前に、1発の銃声が鳴り響く。

「あ、明かりが!」

銃弾が撃ち抜いたのは部屋の照明だった。

煌々とその場を照らしていた光を失い、どろりとした闇が流れ落ちてくる。

「うわーしまったー。マシンガンを奪われちまったー。このままじゃ撃ち殺されるー。」

「すぐに予備の電灯を! やられる前にやっちまえー!」

暗闇に火花が飛び交う。まったく無秩序な銃声と時折聞こえる悲鳴だけが競うように上がった。

「や、やめんか! こんな狭いところで、乱射するな!」

「やめろー! やめろー!」

光の花と銃声がようやく止み、最後に薬葵が地面に落ちた音だけが残った。

それも鳴り止むと、電熱線が硝煙混じりの冷めた空気を焼いて、明かりが灯った。

円卓を囲んだ軽機関銃の男たちの哀れな亡骸に、おっかなびっくりしながら、〈あれ〉が円卓の下から這い出る。

そして、死んだはずのギャスパーがカイゼル髭と胴元に軽機関銃を突きつけていた。

「ば、バカなどういうことだ。」

「いやー、2回も同じ手に騙されるなよ、おっさん。俺がこいつに撃つたのはイカサマ用の偽物の弾だ。」

「そして、電灯を撃つたのが本物だ。」

「なぜだ。私は本物の弾を込めたはずだ。」

「あんたが1度目に瑞された時だって、本物が入っていただろ?

袖に隠した偽物に途中で入れ替えた。それだけの話だ。」

「恐ろしく手癖の悪い男だ。私でなければ、気づかなかったぞ。」

「これで食ってるからな。」

「さて、想像とは違う展開だったが、目当てのものは手に入れられそうだ。」

「俺のおかげだな一。」

「黙れ。それよりもコイツらだ。私は、禍根を断っておきたい主義なんだ。」

今度はお前たちの番だとばかりに、軽機関銃の小さな深淵が男たちを睨みつける。

「死んでもらうぞ。」

「止せよ。もうこんなに人が死んでるんだぜ。見逃してやれよ。悪党はいい死に方しないぜ。」

「その気にならないな。」

「だったら、コインで決めようぜ。表なら生かしてやれ。こいつらの命をどうするかは俺にも権利があるはずだ。」

言い終わる前に〈あれ〉がコインを放り投げる。

「どっちだ。」

「表。運が良かったな、お前ら。」

「まあ、いいさ。ただし、この街から消えてもらうぞ。」

カイゼル髭の男と胴元はお互いの肩を抱きながら、うんうんと頷いていた。

目当ての代物を吟味しているギャスパーの背中に〈あれ〉は言った。

「じゃあ、ここでお別れだな。」

「なぜだ?」

「なぜって俺はあんたを編したんだぜ。そんな奴と組めるか? ジジイには受け取った金を返すように言っておく。」

「私はそうは思わない。お前は面白い男だ。手先が器用だし、何より度胸がある。」

「意見が分かれちまったな。じゃ、コインで決めるのはどうだ? あんたはどっちに賭ける?」

「表だ。」

キーーンという音が冷たい夜気を切り裂いた。コインは放物線を描いて、ギャスパーの手のひらに落ちた。

表だった。

「バレたか。」

「何度も何度も都合よく表になるわけだ。」

「両方、表だからな。」

「こんな陳腐なイカサマに、よくまあ自分の命を賭けられるもんだ。」

ギャスパーが〈あれ〉にコインを投げ返す。

「自分でもそう思うよ。」

「お前の名前はケネス・ハウアーだ。これからはそう名乗れ。」

「は? どっから取ってきた名前だ?」

「お前が助けた変な髭の男の名だ。奴は我々のシンジケートを使って、国外に行かせる。

どうせこの街には帰ってこないしこの名も捨てさせた。お前が名乗れ。」

「あんたがその名前を俺にくれるのかい? それならやだね。」

「なぜ嫌がる? 何か理由があるのか?」

「人に与えられるのは嫌いなんだ。俺があいつから盗んだってことならいいぜ。」

「どちらでもいいだろ。細かいことにこだわるんだな。」

「細かくはないだろ。

俺たちゃ泥棒だぜ。盗むのが仕事だろ?」

ニヤリと笑うケネス(・・・)に、ギャスパーも呆れたような笑みを返した。

「ああ。そうだな。」


 ***


「おい。ちなみに賭場の胴元の名前はなんていうんだ。そっちの方がいいってこともある。聞かせてくれよ。」

「おすすめはしないな。お前が嫌いそうな名前だ。」

「わかんねえぜ。言ってみろよ。」

「ディートリヒだ。」

「ああ……そりゃダメだ。」





ザ・ゴールデン2019 ケネス&ギャスパー編 -END-






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