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【黒ウィズ】神都ピカレスク Story3

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最終更新者:にゃん




story3 盗賊たちの準備



次の日。朝刊各紙の一面は、帝政T国から来た少年探偵と女賊との対決が紙面を飾った。

新聞の傍にはカフェオレの入ったボウル、半分に切られたバケットと、バター、いくつかのジャムが机の上に並んでいる。

バケットにバター、塗り付けながらも、それから毎のジャムを各紙の記事を流し読む。

やはり、〈蚩尤の首飾り〉は盗まれていないことになっている。

それはつまり、秘密にしておく必要があったからに他ならない。

どうやら、相手は我々との取引に応じるようだな。

工部局に何らかの被害届が出されていないか配下に調べさせたが、それもない。

間違いなく、相手はこちらの提案を受けたのだ。

本気でやるつもりか……?

ギャスパーのバターナイフの動きがピタリと止まり、カチンと音をたてて、皿の上に置かれた。

もちろんだ。泥棒にとって一番の屈辱が何か知っているか? 盗んだものを奪われることだ。

屈辱を受けた相手には復讐しなければならない。それが我々の掟だ。

あのバケモンに勝つ方法があるのかよ。銃すら効きやしないんだぜ? 無茶ってヤツだ。勝負にならない。

ギャスパーはすぐには答えなかった。

手持無沙汰な時間を埋めるため、新聞を取り上げ、記事を読む。東部の消火栓工事の記事だった。

まだ工事中で、不安定な状態だという。

ただ新聞が知らせる事実を眺めおわると、ギャスパーはケネスを見た。

泥棒にとって何が一番名誉か知っているか? 不可能を可能に変えることだ。無茶というなら、それは喜ばしいことだ。

考え方の違いだな。泥棒に名誉なんて必要ない。君子危うきに近寄らず、だ。違うか?

何度も言わせるな。私は君子じゃない、泥棒だ。

俺はあんたのことは頭のいい奴だと思ってる。だが、どうしようもないバカだとも思ってる。

つまらないこだわりのせいで危険を冒そうとしている。あの夜だって俺がいなきゃ死んでたぜ?冷静になれよ。

忠告ありがとう。だが、我々は泥棒だぞ。危険から逃げてどうする。

そうじゃない。一か八かみたいな勝負はしなくてもいいんじゃねえか、って話だよ!

いつの間にか握られていたバターナイフがボウルの縁を叩いた。

ギャスパーの視線は朝食時とは思えないほどの鋭さがあった。

議論をする気はない。ケネス、お前は私に買われたんだ。私の言うことを聞けばいい。

沈黙がー滴の水のようにふたりの間に落ちた。波紋が部屋中に広がっていく。

そうだったな……。

上着とカメラを取り上げ、ケネスは出口へ向かった。

どこへ行く?

朝飯だ。カフェオレは好きじゃないんだよ。

出て行くケネスを追いかけようとはしなかった。

ただ、ケネスのデスクにあるボウルを一瞥し、バターナイフを自分のボウルに投げ捨てた。

金と陶器のぶつかる音、水に落ちる音が一緒くたに響き渡った。

品のない説得の仕方だな、ギャスパー。……美学がない。

自責の言葉が思わず出た。それは誰もいない部屋をより寂しく思わせるだけだった。


盗むこと。それは生きることと同じ。俺の権利だ。

物心ついた時から、この街に生きていた。親の顔も知らず育った俺は、気づけば悪党の真似事をしていた。

俺に与えてくれる人間は誰もいなかった。与えてくれないのなら、盗むだけだ。

ズルして、騙して、いただく。文句あるか?


ケネスはぶらぶらと往来を歩いていた。

歩きながら、猛スピードで外ラチにぶつかっていったハートプレイカーという名の犬のことを考えていた。

うきうきと浮ついたことを考えていたわけじゃない。

コースも覚えられない哀れな犬と、その犬に全財産を賭けた自分とを天秤にかけていただけだった。

なぜ、そんなバカな犬とバカな自分がいるのか。

そして、なぜそんなふたりが出会い、ふたりして真っ逆さまに落ちて行くのか。

長い散歩の時間が答えに近づけてくれた。

あのバカ犬に誰も賭けなきゃ、賭けなんて成立しねえか。

そうだ。秤はきっちりとつり合いが取れている。バカとバカの見事な調和。自然界の破たんの無さが偉大に思えてくる。

世の中、よく出来てるよ。

思考がそこに至って、いま自分がなぜ外をほっつき歩いているのかを思い出しそうになる。

ちょっとしたビビッとくる天啓と呼びうるものも頭のてっぺんに落ちてきそうだった。

ところがそれを阻害したのが、とりわけ下品な声だった。見やると工部局の下級職員が、E王朝の少女を詰問している。

少女はただの行商といったところである。

またかよ……

この街の元々の住民であるE王朝の人々が、いまは犬の如き扱いを受けている。

ただその場にいるだけで問い詰められ、追い立てられる。いまやそれは日常茶飯事となった光景である。

ケネスは黙然と考えていた。自分自身どこの国の人間かわからなかった。

だが、最初に自分の身分を買い受けたのはこの国の〈幇〉の人間だった。仲間意識はあった。

おい。

彼が言うべき言葉を継いだのは、彼自身ではなかった。

やめるんだ。彼女が何かしたのか? そうでないなら、いますぐその子を放しなさい。

ギャスパーだった。

工部局の職員は一瞬、亜麻色の髪の青年を睨みつけた。

彼の胸についた工部局参事にのみ与えられるバッジを見ると、荒々しい労働者風の肉体の男は背中を丸めた。

職員は少女が商いをしていたことを報告するが、それは何の罪にも当たらない。

彼女はただ働いているだけだ。咎める理由は何もない。

「ですが……」と抗議する職員に、ギャスパーは首を横に振るだけだった。

観念した職員もその手を離し、少女に自由を与えた。

待て、その子に謝れ。

その言葉には、職員も隠していた爪を出すように反発した。犬には頭を下げられないということだった。

ケネス、よせ。あの男にもプライドはある。最低限のものを守るためなら、鼠でも戦おうとするぞ。

ギャスパーの方ヘケネスはちらりと目をやる。同意を伝えるつもりだった。

次の行動に移ろうとする時、ケネスは少しだけ眩暈を感じた。

それなら、コインで決めよう。いまから投げるコインが表ならお前はその子に謝れ。

裏なら、俺の財布を中身ごとやるぜ。

と、懐から財布を取り出して、示してみせた。逡巡する男の担った荷を軽くしてやろうと、ケネスが続ける。

ゲームだよ、ちょっとしたゲーム。あんたに損はないはずだ。俺の賭ける方は決まってるぜ。あんたも決めろ。

ケネスは自分から現実が遊離したような気がした。別の言い方をすれば眩暈を覚えた。

まるで白昼夢のように目の前が廻転している。

男は頷いた。考えてみれば、自分には全<損のない提案だった。うまくいけば、金の入った財布が手に入る。下手を打っても無視すればいいだけだ。

ギャス、お前もだ。

こちらを見ずにケネスが言った。

あの時と同じだよ。俺が欲しいならお前もコレで決めろ。当たったら、戻ってやる。

……表だ。

水郷特有の湿った空気を震わせて、コインを弾く音が高鳴った。目の前で開かれる拳。掌の上には「表」を向いたコインがあった。

決まりだ。その子に頭を下げろ。

男は苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、頭を下げることなく、立ち去ろうとした。

ケネスもあえて、彼を追い詰めなかった。わざわざ鼠に戦う気概を持たせる必要は無い。

コインを見せろ。

ケネスはイタズラっぽい笑いを浮かべて、コインを投げた。

受け取ったコインはまたもや「表」を向いていた。ひっくり返しても、「表」だった。

たしかにあの時と同じだ。あの時も、このコインだったな。イカサマが好きだな、お前は。

ズルして、して、いただき、だからな。ついでに言えば、この財布も空っぽ。バカな犬のせいで全財産負けちまった。

笑い合うふたり。すぐにケネスから笑顔が消える。ギャスパーをじっと見つめている。なぜ助けた?という意味を込めて。

あの男のやっていることが気に食わなかった。私の美学に反する。どうやら私は、君子にはなれないようだ。

いいんじゃないか。君子ってのは血も涙もない奴って意味みたいだからな。

私は血も涙もある。泥棒だからな。

そうだ。あんたは泥棒で、大バカだ。でも、バカに賭けてやるバカがいなけりゃ、そのバカがかわいそうだ。

バカとバカの見事な調和。秤はきっちりとつり合いが取れていなければいけない。

昼間のドッグレース場で啓示された崇高な哲学をケネスは実践することにした。

授業料は財布の中身のほとんどだったが、気にすることはない。また誰かから「いただけ」ばいいのだ。

帰りかかるふたりの耳に声が聞こえた。振り向くと、立ち去ろうとしていた職員の足が止まっていた。

なにしてんだ、あいつ?

狼狽する男の足が一歩また一歩と行商の少女の方へと進む。後ろ歩きのまま。

そのまま少女の前に来た男は、不気味にのけぞり、頭を下げていく。

男の悲鳴が途切れたのは、足が踏ん張り切れずに、仰向けに倒れ込んだ時だった。

往来の誰もが、何が起こっているかは理解していなかった。だが、ギャスパーだけは本能的に理解した。

あの子に、頭を下げたんだ……。

自分と同じようにケネスにも不思議な力が発現したのではないか。

そう考えてしまうと、もはやそのようにしか考えられなくなっていた。当の本人も同様だった。

俺がやったのか……?

ケネスの耳に耳鳴りが聞こえた。遊離した現実がさらに自分の傍から遠ざかっていった。

それは眩暈に似ていた。



いくつかの実験の結果、ケネスの能力には条件があることがわかった。

まず、宣言する。

ギャス、このコインが表ならお前は俺に頭を下げる。裏なら、俺がお前に頭を下げる。

いいだろう、やってみろ。

よし。……ほ、えーと……あ、裏。……ぬがあ!

勝てば、強制力が発揮されるが、負ければ当然、自分に返ってくる。

あがが……頭が上がらない……。

いいんだか、悪いんだかわからない能力だな。

効力は恐らく、ケネスが賭けた代償や確率に関係しているようだった。

私の力も、お前の力も、使いどころを考えないといけないな。

いてて……前みたいに上手く使えば、ってところだな。それにしたって、相手がいてこその力だから使い勝手が悪い。

……いいことを思いついたぞ。道具を作ればいい。

ギャスパーの盗賊として訓練された思考は、目的を達成したいならば、手段を作ればいいという哲学である。

すぐさま彼のシンジケートを使い、自分たちに合わせた道具を作り上げた。



そりゃ、なんだ? なんか節がいっぱいあるな?

パズルだ。

それはただの薄い板のようなものが何枚もあるように見えた。

だが、それは折り目に合わせて折ることで3角形の形状となる。

この3角形の小さなヒースを繋ぎ合わせることで、どんな図形や形状にも変化させることができる。

言いながら、ギャスパーの手元でパズルは羽を持った鳥のような形状に形作られた。

これは鳩だ。

言った瞬間、ギャスパーの手元のパズルは鳩となった。いや、そのように見えた。

これで私はいつでも好きな時に、あらゆるものが生み出せる。ただし見せかけだけだがな。

ケネスが手渡されたのは奇妙な銃だった。ルーレットのような機構があり、何かの目盛りがあった。

何にしようか考えたが、それが一番シンプルで良さそうだと思った。それは発砲の確率を操作できる銃だ。

とりあえず、目盛りを2分の1にしてみろ。そうすれば、その確率で発砲できるようになる。

確率が低くなってるじゃねえか……。

お前の力を使って、あの木を撃ってみろ。その弾が撃てたら、木が吹き飛ぶとでも言ってな。

……なんだそりゃ。

だが、言われた通り、ケネスは引き金を引いた。弾は運よく発射されると、その木に大きな風穴を開けた。

やべえ……銃の威力じゃねえ。

確率を下げれば、そんなものではないだろうな。ただ、撃てるかどうかは別だがな。

これで、より能動的に自分たちの能力を使える。少しは戦えるようにはなったはずだ。



カイエ社に戻ったふたりを待っていたのは、ヴィッキーだった。

ドアが開いてたからお邪魔したわよ。

聞けたままにした覚えはねえぞ。

あたしがちょっと触ったら、間いていたわ。そんなことより、いよいよね。

あたしの方は問題ないわ。えと、若先生は? 最近見ないけど?

部下の報告だと工部局とー緒に何やら捜査中らしい。私たちの邪魔にはならないさ。

よかった。あの人いると調子狂いそうだから……。

さてと、準備が出来ているなら、夜を待つとしますか。

ああ、盗賊たちのサーカスが始まる夜をな。

……。

その台詞、何回練習した?

毎朝、練習している。

(うげー……)




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