箱庭世界・ティーカップ
ゼン・ティーカップ
月明りがゆったりと散歩するかのように空を照らしている。小さな屋根裏部屋でゼンは座って壁にもたれかかり、細かく砕け散ったカップをジッと観察していた。割れた欠片は黒みがかった赤色をしており、先ほどの彼女の涙で濡れている。それは眩しく、そして重苦しく見えた。
カップの欠片は光を受けて鈍く光っていた。ゼンはばらばらのサイズの欠片を一つずつ拾い、わずかにカップの底の形になりつつある欠片を照らし合わせ、辛抱強く置いていった。間違っていても苛立つことなく、まるで脆くて砕けた心を慎重に繋ぎ合わせるかのように。
彼は小さくため息をついた。指先には先ほどの涙に触れた感覚がはっきりと残っている。わけもなく、ふと彼女と再会したあの日の事を思い出した。彼女が彼に後悔させるプランがあると言い放った時の確固たる眼差し、彼女が彼に対して下あごを突き出して自信たっぷりに言った約束の言葉、彼女が機転を利かせて彼を番組ゲストとして招いたこと、彼女が彼の作ったキャラメルプリンをおいしそうに食べたこと・・・・・・
そのときの彼女は表情豊かだった。いつも楽しそうに笑っていた。まるで瞳に光を宿しているかのようだった。怒った時もフグのようにぷっくりと口を尖らせて、思わずつついてイタズラしたくなった。彼女は映画を観てチャリティパーティーに参加し、感動のあまりおお泣きした。Souvenirのオープンを知ると大喜びしていた。
カップの欠片の一つ一つが彼女の面影を浮かび上がらせているかのようだった。大笑いしている彼女、甘えてくる彼女、落ち込んでいる彼女、強気な彼女、そして涙を流している彼女。
昔の彼女。
そして、指先についた血。気丈なふりをして涙をこらえていた彼女。
ぼんやりとした朝日がゆっくりと昇ってきた。割れたカップはほとんど修復されている。一方、彼の手はひどい有様で、小さな傷だらけだ。
ゼンは軽く顔を傾け、遥か彼方の空を眺めた。十年後に見た光景を思い出し、その瞳に一筋の冷たい光が走る。彼は眉間にしわを寄せ、うつむきながら修理の仕上げに取り掛かった。
しばらくして、割れたカップは元の姿を取り戻した。不揃いの接着剤の痕を触る彼は小さな微笑を浮かべ、まだらな光がそれを照らし出す。彼はそっと肩から力を抜くと、睡魔に襲われてゆっくりと眠りに落ちていった。
俺が絶対に、昔のおまえを取り戻してやる。