箱庭世界・裏側
キラ・裏側
漆黒に包まれた部屋の中は明かり一つなかった。仮面をつけた男が、手に持った拳銃を弄んでいる。その視線は常に足元に向けられ、固く閉ざされた口から待ちくたびれたような言葉が発せられた。
「これが最後のチャンスだ」
男の声は低く、その言葉は細かく張り巡らされた絹のように狭い空間を覆い、その場にいる全員を支配するような威力を含んでいた。どこにも逃げ場はない。扉の横に居る黒ずくめの男は思わず体を震わせた。しかし、部屋の中に居た三人目の男ーーキラは頭を低くうな垂れたまま、全く取り合わなかった。
キラは床にひざまづいた状態で、両腕を天井から吊られていた。その両腕にはミミズ腫れの傷痕がいくつも残されている。着衣は乱れ、体には乾いて赤黒くなった血の跡がいたる所に付着していた。彼は身動き一つしない。死んでいるのか、それとも眠っているのか、完全に暗闇に溶け込んでいた。拳銃がキラの金髪に触れると彼はようやく顔を上げたが、何も言葉を発することはなかった。その瞳には恐怖の色すら浮かんではいない。
拳銃の撃鉄が音を立てて起こされた。
「どうして彼女に手を貸す?」仮面の男が再び言葉を放った。その声はひどく冷たいものだ。「答えろ。裏切り者」
キラは黙ったまま少し顔を傾け、漆黒の銃口を自分の眉間に向けさせた。彼は目の前の男をじっと見据えた。まるでその人物が、拳銃が、そして死ぬことが怖くないかのように。
仮面の男は腹を立ててキラを蹴り上げた。靴底でキラの肩を踏みつけ、乾いた赤黒い傷口から真紅の鮮血がにじみ出てきた。突然の激痛にキラは思わず唸り声を上げる。彼の頭は後ろの壁にぶつけられ、後頭部から出血した。
キラが痛みに顔をゆがめているのを見て男は満足そうな笑い声をあげ、容赦なく何度も彼を蹴りつけた。
男は拳銃を地面に置くと、踵を返して扉のほうに歩いていった。「始末しろ。跡形も残らないようにな」
血はその金髪を赤く染め、こめかみからも滴り落ちていた。世界が一瞬で赤く塗りたくられる。仮面の男の後ろ姿が扉の向こうへ消えると、黒ずくめの男がその拳銃を拾い上げ、一歩ずつキラに近づいてきた。
キラはにやりとした。
暗闇の中で野獣にも似た低い咆哮が聞こえる。得体の知れない何かがゆっくりと迫って来るーー次の瞬間、両手を束縛していた鎖が消えた。キラは少し咳き込むと、背後の壁を支えに立ち上がる。
周囲は漆黒のままだったが、キラにははっきりとわかっていた。彼の精神は別の「ステージ」へと至ったのだ。
暗闇の最奥にうっすらと青い光が現れた。そして、低く抑揚のある声が響く。
「また会ったな」