【黒ウィズ】アデレード編(黒ウィズGP2016)Story
登場人物
プロローグ
「ぷぅぷぅ ぷう!」
次は自分だ、と、みんなから〈戦士〉と呼ばれている仲間が、声を上げました。
「ぷぅ ぷうぷうー―ぷう!」
竜の夢を見た、と〈戦士〉は言いました。仲間たちは、そろって首をかしげました。
「ぷう?」
竜なんてものは、この、ふにゃふにゃした柔らかな生き物だけが住む世界には、いないのです。
「ぷう ぷうッ!!」
ならば説明しよう、と、〈戦士〉は夢の内容を語り始めました。
人と竜との絆の証
まずい状況なんじゃないのか、これは!?
群がってきた魔物どもを、まとめて竜力の炎で焼き払いながら、アデレードは声を上げた。
闇深き洞窟のなか、炎を照り返して無数の赤い目が光る。
完全に魔物たちに囲まれていた。
この数は、さすがにちょっと厳しいかも……。
聞いていたのとまるで違うな。あの村の者たちには、数の数え方を教えてやる必要がありそうだ。
3人は固まって互いの死角をかばい合う。だがその陣形は、敵の包囲を容易にするものであるとも言えた。
退却するにしても、力押しが通じる状況じゃない。なんとかならないか、ザハール!
策はある。 500ほどな。
逆に不安になる数なんだが……。とにかく、あるならどうにかしてくれ!
では、秘伝の術をお見せしよう。
清けき氷華の芽標(めしるべ)よ、果つる無明に今ぞ咲け!
ザハールが呪文を唱えると、突如、後方の地面から巨大な氷柱が生えそろい、退路を閉ざしていた魔物たちをまとめて貫いた。
これは!?
迷っても帰れるよう、歩いてきた道に氷の竜力を仕込んでおいた。そこに軽く術を通せば、まあ、こうなる。
”退路を封じられてもいいように”じゃないのか……。
そうだったような気もする。
そんなことより、ふたりとも、早く!
ザハールの術で聞かれた活路に飛び込んでいく。洞窟の入口へと続く、細く長い道だ。
すぐに、無事な魔物たちがなだれ込んでくる。
アデレードたちは敵の攻撃をしのぎながら後退し、そのまま洞窟の外の平原に出た。
置き土産をくれてやる!
外に出た直後、アデレードは洞窟の入り口に渾身の炎を放った。
固まっていた魔物の群れが、まとめて焼き尽くされ、灰と散る。
しばらくはあのまま燃え続ける。今のうちに離脱するぞ!
待って、アディちゃん!何か来る!
なに……!?
竜力に敏感なイニューが真っ先に気づいたのは、空から次々に舞い降りる、禍々しい瘴気をまとった竜たちの姿だった。
この気配……奴ら、魔竜か!
魔の軍勢に下り、その力に呑まれた竜の末裔。その気配は、かつて戦った魔竜のそれと非常によく似た、汚らわしいものだった。
魔竜たちが間色のブレスを吐きつけてくる。それを楯で防ぎ、アデレードはサバールに叫んだ、
残りの策は!?
実は無策だ。
499個はどこやった!!
まさか本当に500も策があると思ったのか?いかんな。その騙されやすさはいずれ仇となるぞ。
おまえの駄法螺を吹く癖もな!
ろくでもない……。
まあ、そうカッカするな、アディちゃん。
燃え散りたいのかおまえは。
どうやら、策などいらんようだ。
ザハールが、にやりと告げた直後――
突如、3人の周囲に現れた白く輝ける障壁が、迫り来る闇の吐息をまとめて弾いた。
これは……!?
すごい……。なんて清らかで気高い竜力……!
驚きに目を見張るアデレードたちの耳に、ぱさり、と翼打つ音が響く。
その音は、ふたつ。
あなたたち、だいじょうぶ?
艶やかに舞い降りる、竜人の少女と、白い仔竜のものだった。
あたし、リティカ。こっちはグリフね。困ってるんなら、力になるよ!
快活に微笑む少女の隣で、白い仔竜が、任せろ!とばかりに、力強く鳴いた。
***
アデレードは、村の近くにある小さな丘の上に座って、夜空の星をじっと見つめていた。
星が好きなの?
はつらつとした声が響いた。湯気の立つ木杯を持ったリティカが、グリフとともに近づいてきていた。
はい。スープ、入れてもってきた。
すまん。助かる。
素直にうなずき、木杯を受け取る。タマネギのスープだった。
別に、星が好きなわけじゃないんだ。
一口、スープを飲み下してから告げる。風味の効いた熱いスープが、夜気で冷えた身体にじんわりと響いた。
昔、よくこうやって星を見ていた。友達と。どの星が落ちるか、賭けたりしてな。
決着つかなさそう。
まあな。単に、長話をするための口実だったんだ。お互い、見栄っ張りでな。
「修練の調子はどうなのだ、アデレード。そろそろ我に挑めるほどには腕を上げたか?
「あいにく、まだだ。せめてー度はバス師兄に土をつけないと。
「あの大男か。先日、牛を連れて我の元を訪れたぞ。妹弟子が世話になっている礼に、とな。
「なんだって?初耳だぞ、それ……。ったくもう、すぐそういうことするんだから。
「良い兄弟子ではないか。牛の目利きもなかなかであった。
それに、やはり強いな。人の身で竜人を打ち負かすなど、できるつもりか?アデレード。
「やってみせるさ。そのくらいできる戦士でないと、おまえだって契約しようって気にならないだろ。
「それは、確かにな。
だが、あまり待たせてくれるなよ。十年とかかるようなら、この竜力、他の戦士にくれてやっておるかもしれんぞ。
「ゾラスヴィルクッ!
戦いの音を聞いて駆けつけたとき、すでに親友の息の根は止まっていた。
横たわるゾラスヴィルクの屍の横で、黒く禍々しい竜が、ぐつぐつと笑った。
「邪魔をするなよ、人間。これから、こやつの竜力をいただくところでな。
「……貴様あっ!!
激昂に駆られ、アデレードは魔竜に躍りかかった。
だが、その剣は黒い麟にたやすく撃ち返され、尾の反撃が彼女の身体を跳ね飛ばした。
「がっ……、く、うっ……。
「我を魔竜ヴシュトナーザと知つての狼籍か?知らぬなら、刻みつけてやらねばなるまいな。汝の心に、消えることなき熔印として……。
ゆっくりと、ヴシュトナーザが近づいてくる。アデレードは大地に打ち倒されたまま、力の入らぬ身体でそれを睨みつけるしかない。
そのときだった。
突然、身体の奥底で、何かが熱く脈打ったのは。
「これは……!
次の瞬間、それは紅蓮の炎と化して、アデレードを守るように周囲を取り巻いた。
見覚えのある炎。見覚えのある力。
アデレードは、即座に悟った。自分の身に、何が起こったのかを。
「ゾラスヴィルク……。
彼が力をくれたのだ。死に絶えた身に残る竜力。ヴシュトナーザが喰らおうとしていたそれが、今、アデレードの身体に宿っていた。
おそらく――アデレードに竜力を授けたいという、ゾラスヴィルクの最期の願いに呼応して。
「……おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
アデレードは吼えた。内で脈打つ熱さのために。燃え上がるようなこの思いを、熱を、確かな炎に変えるために。
「まさか――人の身のまま竜力を使おうというのか!?
ぎょっと足を止めた友の仇に、アデレードは、声も枯れよと叫びを放った。
「貴様は……燃え散れえええええええッ!!
爆ぜ散る涙と同じ熱さを持つ熱が、目の前にあるすべてを燃やし尽くした――
失った友のことを思い出しながら、アデレードは、ちらりと仔竜グリフを見やった。
隣に座ったリティカに頬をすり寄せ、「しょ一がないなぁ」とクッキーをもらっている。
ずいぶん、仲がいいんだな。
まあね。あたしたち、ちょっといろいろあったもんで。
リティカは、クッキーを頬張るグリフの頭を、慈しむようになでる。
あたしの村もね、魔の軍勢に襲われたの。それを、この子のお母さんが助けてくれた。
でも、その竜は深い傷を負ってしまって。だから、あたしがこの子を守るって決めたんだ。その竜の力を授かってね。
それで、魔竜を追っていたのか?
本当は、追われる側なんだけどね。偶然、あなたたちが襲われてるのを見たら、ほっとけなくなっちゃって。
リティカは、照れたような笑みを見せた。
それに、村の近くに魔物の巣があるって聞いたら、ますます放っておけないしね。明日の討伐、あたしたちも手伝うよ。
賛同するように、グリフが鳴く。
竜と人――確かな信頼で結ばれたふたつの心を、アデレードは、まぶしそうに見つめ、微笑んだ。
わかった。リティカ、グリフ――おまえたちの力を、貸してくれ。
***
グリフと相談したんだけど、あたしたちが囮になって、巣の魔物たちをおびき出すよ。
グリフって、魔竜や魔物に狙われやすい体質みたいでさ。近づいたら食いついてくると思う。
なるほどな。いかに相手の数が多かろうと、奇襲をかければ簡単に打ち崩せる。
でも、いいんですか、リティカさん?危険な役目になりますよ。
グリフがね、やる!って言って聞かないの。この子、けっこう強情なんだよね。
「キューイ!ギュウ、ンギュ!
たく、しょうがないな……。無茶だけはするんじゃないぞ。
わかってる!みんな、援護よろしくね!
アデレードたちは、平原の片隅に隠れ、じっと息を潜めていた。
!アディちゃん、洞窟から魔物が出てきた!
やはり、リティカたちの方へ向かっているな。狙いはグリフ……しかし、何が理由だ?
今はそれを気にしている時じゃない。サバール、タイミングは任せるぞ。
ああ。少し待て。まだ敵が固まっている。もう少し引き延ばしてもらった方がいい。
うなずいて、アデレードは平原を逃げるリティカとグリフに視線を注ぐ。
(どうしても、思い出すな……。ゾラスヴィルクのことを……)
自分に炎を託して散っていった、気高い火竜。竜でありながら驕る心を持たず、人間の自分を友と呼んでくれた。
(だが、守れなかった。失うしかなかった。あんな気持ちを味わわせたくはない。リティカにも、グリフにも)
人と竜との絆の証。それを守ることこそが、ソラスヴィルクに炎を託された自分の使命なのかもしれない――
ザハールさん、まだですか!?もう追いつかれちゃいますよ!
安心しろ。今だ!
よし。―気に叩くぞ!
アデレードたちは身を隠していた茂みを飛び出し、グリフを追う魔物たちの最後列に奇襲をかけた。
ゾラスヴィルクの炎で焦がすッ!
お灸をすえなきゃだめですか!
たまには力でねじ伏せようか!
炎と氷と雷の竜力が、怒涛の勢いで魔物たちに襲いかかった。
グリフを追うのに集中していた魔物たちは、ろくに反撃もできないまま、アデレードたちの猛威に引き裂かれていく。
いいですね!このまま行けば――
待て、あれは!
並みいる魔物たちを剣と炎で蹴散らしながら、アデレードは見た。
遠く彼方の空が曇っている。黒く濁った禍々しい翼の群れで……。
それらは、リティカとグリフが逃げていく先――平原に刻まれた街道の方から、迫り来ていた。
嘘……魔竜が、あんなに!?
もともとグリフを狙っていた連中か!?
くそっ!
アデレードは楯を捨てた。
防御を考えていては間に合わない。右手に炎を、左手に剣を。まだ動揺の抜けない魔物たちを薙ぎ散らす。
魔物の群れの中ほどまで来た。遠い。まだか。このままでは、自分が辿り着くより先に、魔竜がリティカたちに襲いかかる……!
どけぇぇぇええぇええっ!
身体にかかる負担も構わず、竜力を解き放つ。噴き上がる紅蓮の炎が、周囲の敵を瞬時に焼いた。
地を蹴る。爆音。爆炎そのものを瞬発力に、炎の槍と化したアデレードは、魔物の群れを引き裂きながら飛んだ。
邪魔だッ!
リティカの真横に着地。並走を開始しながら、攻め寄せる魔物の1体を無造作に叩き斬る。
魔竜が来る!私が食い止めるから、おまえたちは離脱しろ!
アディ!
おまえたちは、じゅうぶんやってくれた。リティカ、おまえはグリフを守れ!
怯んだ魔物どもをさらに斬り捨てながら、いよいよ近づいてきた空の黒雲へ、きっと戦意の瞳を向ける。
魔竜の相手は慣れてる。どれはどの数で来ようが、負けるつもりは――
千代に轟く古竜の咆峠、天地を焦がす牙と降れ!
轟音とともに、空が裂けた。
一天を埋め尽くさんばかりだった黒竜の群れが、無数の絶叫を響かせながら、巨大な雨粒となって街道に落ちていく。
ふるえよこがれよくずおれよ!ほむらひしめけ、ななつにじー!
さらに、黎明を思わせて鮮やかに輝く炎が、アデレードたちの背後の魔物を一掃してのけた。
お久しぶりです、アデレードさん。なんだか、大変な状況ですね。
ミネバ!どうしてここに……。
魔竜の群れが移動しているという話を聞いて、追いかけていて……。やっと追いついたところです。
”最強の竜人”と名高いクロードー族の末裔たる少女は、にっこりと微笑んだ。
どうも、いいタイミングだったみたいですね。お手伝いしますよ。
たく……タイミングが良すぎて、サバールの”仕込み”かと疑うところだ。
苦笑して――アデレードは、残る魔物たちへと向き直った。
そういうことなら遠慮は言わない。せっかくだ、存分に暴れていけ。
あら。心躍る申し出ですね。ぜひ、そうさせていただきます。
あにまもー!
勇ましい笑みを浮かべて、ミネバとアニマがアデレードの左に並ぶ。
あたしたちもがんばるよ!逃げてばっかだったからね。ここから先は、打ち砕いていくッ!
「ギューウ!
リティカとグリフも、はつらつとして、アデレードの右に並んだ。
ふん。
小さく笑って、アデレードは剣を構える。
なら――意気を揃えて、攻め切るか!!