【黒ウィズ】アデレード編(黒ウィズGP2016)Story
登場人物
プロローグ
「ぷぅぷぅ ぷう!」
次は自分だ、と、みんなから〈戦士〉と呼ばれている仲間が、声を上げました。
「ぷぅ ぷうぷうー―ぷう!」
竜の夢を見た、と〈戦士〉は言いました。仲間たちは、そろって首をかしげました。
「ぷう?」
竜なんてものは、この、ふにゃふにゃした柔らかな生き物だけが住む世界には、いないのです。
「ぷう ぷうッ!!」
ならば説明しよう、と、〈戦士〉は夢の内容を語り始めました。
人と竜との絆の証
群がってきた魔物どもを、まとめて竜力の炎で焼き払いながら、アデレードは声を上げた。
闇深き洞窟のなか、炎を照り返して無数の赤い目が光る。
完全に魔物たちに囲まれていた。
3人は固まって互いの死角をかばい合う。だがその陣形は、敵の包囲を容易にするものであるとも言えた。
清けき氷華の芽標(めしるべ)よ、果つる無明に今ぞ咲け!
ザハールが呪文を唱えると、突如、後方の地面から巨大な氷柱が生えそろい、退路を閉ざしていた魔物たちをまとめて貫いた。
ザハールの術で聞かれた活路に飛び込んでいく。洞窟の入口へと続く、細く長い道だ。
すぐに、無事な魔物たちがなだれ込んでくる。
アデレードたちは敵の攻撃をしのぎながら後退し、そのまま洞窟の外の平原に出た。
外に出た直後、アデレードは洞窟の入り口に渾身の炎を放った。
固まっていた魔物の群れが、まとめて焼き尽くされ、灰と散る。
竜力に敏感なイニューが真っ先に気づいたのは、空から次々に舞い降りる、禍々しい瘴気をまとった竜たちの姿だった。
この気配……奴ら、魔竜か!
魔の軍勢に下り、その力に呑まれた竜の末裔。その気配は、かつて戦った魔竜のそれと非常によく似た、汚らわしいものだった。
魔竜たちが間色のブレスを吐きつけてくる。それを楯で防ぎ、アデレードはサバールに叫んだ、
ザハールが、にやりと告げた直後――
突如、3人の周囲に現れた白く輝ける障壁が、迫り来る闇の吐息をまとめて弾いた。
驚きに目を見張るアデレードたちの耳に、ぱさり、と翼打つ音が響く。
その音は、ふたつ。
艶やかに舞い降りる、竜人の少女と、白い仔竜のものだった。
快活に微笑む少女の隣で、白い仔竜が、任せろ!とばかりに、力強く鳴いた。
***
アデレードは、村の近くにある小さな丘の上に座って、夜空の星をじっと見つめていた。
はつらつとした声が響いた。湯気の立つ木杯を持ったリティカが、グリフとともに近づいてきていた。
素直にうなずき、木杯を受け取る。タマネギのスープだった。
一口、スープを飲み下してから告げる。風味の効いた熱いスープが、夜気で冷えた身体にじんわりと響いた。
「修練の調子はどうなのだ、アデレード。そろそろ我に挑めるほどには腕を上げたか?
「あいにく、まだだ。せめてー度はバス師兄に土をつけないと。
「あの大男か。先日、牛を連れて我の元を訪れたぞ。妹弟子が世話になっている礼に、とな。
「なんだって?初耳だぞ、それ……。ったくもう、すぐそういうことするんだから。
「良い兄弟子ではないか。牛の目利きもなかなかであった。
それに、やはり強いな。人の身で竜人を打ち負かすなど、できるつもりか?アデレード。
「やってみせるさ。そのくらいできる戦士でないと、おまえだって契約しようって気にならないだろ。
「それは、確かにな。
だが、あまり待たせてくれるなよ。十年とかかるようなら、この竜力、他の戦士にくれてやっておるかもしれんぞ。
「ゾラスヴィルクッ!
戦いの音を聞いて駆けつけたとき、すでに親友の息の根は止まっていた。
横たわるゾラスヴィルクの屍の横で、黒く禍々しい竜が、ぐつぐつと笑った。
「邪魔をするなよ、人間。これから、こやつの竜力をいただくところでな。
「……貴様あっ!!
激昂に駆られ、アデレードは魔竜に躍りかかった。
だが、その剣は黒い麟にたやすく撃ち返され、尾の反撃が彼女の身体を跳ね飛ばした。
「がっ……、く、うっ……。
「我を魔竜ヴシュトナーザと知つての狼籍か?知らぬなら、刻みつけてやらねばなるまいな。汝の心に、消えることなき熔印として……。
ゆっくりと、ヴシュトナーザが近づいてくる。アデレードは大地に打ち倒されたまま、力の入らぬ身体でそれを睨みつけるしかない。
そのときだった。
突然、身体の奥底で、何かが熱く脈打ったのは。
「これは……!
次の瞬間、それは紅蓮の炎と化して、アデレードを守るように周囲を取り巻いた。
見覚えのある炎。見覚えのある力。
アデレードは、即座に悟った。自分の身に、何が起こったのかを。
「ゾラスヴィルク……。
彼が力をくれたのだ。死に絶えた身に残る竜力。ヴシュトナーザが喰らおうとしていたそれが、今、アデレードの身体に宿っていた。
おそらく――アデレードに竜力を授けたいという、ゾラスヴィルクの最期の願いに呼応して。
「……おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
アデレードは吼えた。内で脈打つ熱さのために。燃え上がるようなこの思いを、熱を、確かな炎に変えるために。
「まさか――人の身のまま竜力を使おうというのか!?
ぎょっと足を止めた友の仇に、アデレードは、声も枯れよと叫びを放った。
「貴様は……燃え散れえええええええッ!!
爆ぜ散る涙と同じ熱さを持つ熱が、目の前にあるすべてを燃やし尽くした――
失った友のことを思い出しながら、アデレードは、ちらりと仔竜グリフを見やった。
隣に座ったリティカに頬をすり寄せ、「しょ一がないなぁ」とクッキーをもらっている。
リティカは、クッキーを頬張るグリフの頭を、慈しむようになでる。
でも、その竜は深い傷を負ってしまって。だから、あたしがこの子を守るって決めたんだ。その竜の力を授かってね。
リティカは、照れたような笑みを見せた。
賛同するように、グリフが鳴く。
竜と人――確かな信頼で結ばれたふたつの心を、アデレードは、まぶしそうに見つめ、微笑んだ。
***
グリフって、魔竜や魔物に狙われやすい体質みたいでさ。近づいたら食いついてくると思う。
「キューイ!ギュウ、ンギュ!
アデレードたちは、平原の片隅に隠れ、じっと息を潜めていた。
うなずいて、アデレードは平原を逃げるリティカとグリフに視線を注ぐ。
自分に炎を託して散っていった、気高い火竜。竜でありながら驕る心を持たず、人間の自分を友と呼んでくれた。
人と竜との絆の証。それを守ることこそが、ソラスヴィルクに炎を託された自分の使命なのかもしれない――
アデレードたちは身を隠していた茂みを飛び出し、グリフを追う魔物たちの最後列に奇襲をかけた。
炎と氷と雷の竜力が、怒涛の勢いで魔物たちに襲いかかった。
グリフを追うのに集中していた魔物たちは、ろくに反撃もできないまま、アデレードたちの猛威に引き裂かれていく。
並みいる魔物たちを剣と炎で蹴散らしながら、アデレードは見た。
遠く彼方の空が曇っている。黒く濁った禍々しい翼の群れで……。
それらは、リティカとグリフが逃げていく先――平原に刻まれた街道の方から、迫り来ていた。
アデレードは楯を捨てた。
防御を考えていては間に合わない。右手に炎を、左手に剣を。まだ動揺の抜けない魔物たちを薙ぎ散らす。
魔物の群れの中ほどまで来た。遠い。まだか。このままでは、自分が辿り着くより先に、魔竜がリティカたちに襲いかかる……!
身体にかかる負担も構わず、竜力を解き放つ。噴き上がる紅蓮の炎が、周囲の敵を瞬時に焼いた。
地を蹴る。爆音。爆炎そのものを瞬発力に、炎の槍と化したアデレードは、魔物の群れを引き裂きながら飛んだ。
リティカの真横に着地。並走を開始しながら、攻め寄せる魔物の1体を無造作に叩き斬る。
怯んだ魔物どもをさらに斬り捨てながら、いよいよ近づいてきた空の黒雲へ、きっと戦意の瞳を向ける。
轟音とともに、空が裂けた。
一天を埋め尽くさんばかりだった黒竜の群れが、無数の絶叫を響かせながら、巨大な雨粒となって街道に落ちていく。
さらに、黎明を思わせて鮮やかに輝く炎が、アデレードたちの背後の魔物を一掃してのけた。
”最強の竜人”と名高いクロードー族の末裔たる少女は、にっこりと微笑んだ。
苦笑して――アデレードは、残る魔物たちへと向き直った。
勇ましい笑みを浮かべて、ミネバとアニマがアデレードの左に並ぶ。
「ギューウ!
リティカとグリフも、はつらつとして、アデレードの右に並んだ。
小さく笑って、アデレードは剣を構える。