【黒ウィズ】Birth of New Order 3 Story6
Birth of New Order 3 Story6
Birth of New Order 3 Story7
登場人物
story
ここは時間の流れの狭間――次元の回廊。あらゆる異界の時の流れが、行き交う場所。
「流れ出る晶血が止まらない……。くそっ、人間どもめ……。
肉体を失い、思念となった審判獣アウラは、次元の回廊に逃げ込んでいた。
しかし、ニュクスがいる限り私に死はない。元の世界に戻れば、健常なままの肉体が残っているのだから。
この次元の回廊では、あらゆる存在が時を遡り、また先へと進むことができる。
ただ、この界域に介入出来るのは超越者のみ。人は、足を踏み入れるどころか、存在すら気づかない。
「ここに来るはず……そう思っていたぞ。
「その姿、私によく似ているが……ま、まさか!?
「真理と混沌の調停者アウラ・アマタ。元は、お前と同ーの存在だったもの。
私は、かつて審判獣として、始祖審判獣ニュクスから生み出された。
だが私は、あるお方に仕えるために、審判獣であることをやめた。
その際、私は不要だったものを斬り捨てた。利己、虚栄、欲望、傲慢……。これらを捨てることで調停者たる資格を得た。
もうわかるな?斬り捨てた私の半身。それがお前だ。
「私が、斬り捨てられた不要な存在だと言うのか!?
「お前は、私が最も見たくない部分。欲望の結晶……。そのまま朽ちていれば、よかったものを……。
捨てられた方のアウラは、ケラヴノスという契約者を得て、人の意思を少しずつ取り込み、やがて自我を持った。
「お前が、始祖審判獣ニュクスの後継者になれば、他の異界に悪影響を及ぼすは必定。それはあのお方も憂慮されている。
よって、私の手で、もうひとりの私に裁きを下すことにした!
「ふざけるな!私は、お前じゃない!私は、私だ!
審判獣アウラ……始祖審判獣ニュクスの後継者で、やがて審判獣の世を受け継ぐ存在で――
「昔の私だけあってよく喋ること……。もういい、偽物は消え失せろ!
無情なほどまばゆい真理の光芒が放たれた。審判獣アウラの思念は、あえなく消滅する。
「だが、始祖審判獣ニュクスが生きているかぎり、時間操作によって奴は幾度も蘇る。
私の手で直接葬るべきなのだが……。
アウラの目の前には、大小ふたつに分岐した時の流れがあった。太い流れは、元の時間が流れる世界――
そこから分岐している細い流れは、魔法使いと黒猫が介入したことによって生じた新しい時の流れ。
時の流れはアウラの介入を堅く拒んでいる。始祖審判獣ニュクスによって、障壁が張り巡らされているのだろう。
「あの者に期待するしかないな。もっともニュクスは、既に気づいているだろう……。
魔法使いを送り込んだのが、私だということを。
story
審判獣が、君たちを足止めするように大挙して方舟を襲う。
君は、とっさに取舵ー杯。方舟は、気流を渦巻かせる勢いで旋回する。
英雄と呼ばれたマグエルの仲間たち。彼らは人間たちの代表として戦いに赴き、審判獣の支配する大地を人の手に取り戻した。
あれから、数え切れないほどの時間が経った。
マグエルが拳を振るえば、その感情、信念、情熱が審判獣に伝わる。
審判獣に意思を伝え、理解を求めるという特殊な戦闘スタイルは、押し寄せる雑魚を、ー気に散らすのに役立った。
小型審判獣たちは、算を乱して逃げ出し、なおも襲い掛ろうとする愚かな審判獣は、サザやシリスに斬られる。
審判獣の猛攻がさらに激化する。方舟に乗る君たち人間は、彼らにとって良い餌だ。
審判獣を切り裂きながら方舟は進む。しかし、方舟の損傷が目立つようになってきた。
ニュクスとの戦い前に消耗したくないというこちらの思いを、審判獣は容易く踏みにじる。
……それだけ頼られてると思うことにします。特訓の成果、ご覧に入れますよ。
「審判獣は、人と同じく成長する。特にお前たちと契約している審判獣は、人に敗れた際に、力の多くを眠らせているはずだ。」
「僕のレヴァイアタンは、完全な状態ではないってことですか?」
「審判獣と会話することだな。おいらが、間に入って通訳してやる。そして、本来の力を引き出すんだ。
決戦では、覚醒した審判獣の力が絶対必要になるはずだぜ。」
同調するときは痛いけど、それが執行騎士の代償だと思えば、我慢できる……。
「シリス兄ちゃん、遊ぼうぜ!」
「頼んだぜ……。シリス、兄ちゃん……。」
そして、俺の大事な友達だったオフェルには、家族はいなかった。孤児たちが仲間だった……。
けど俺は、オフェルを死なせた。自分が許せない……。みんなの明日を守るために戦うと誓ったのに!
貫け!レヴァイアタン!その牙で、俺の弱さと迷いを穿ち、本来の姿を取り戻せ!
執行器具――〈執刀の針剣〉は、なんとシリスの心臓を貫いた。レヴァイアタンに契約者の命を挿げたのだ。
人の強い意志を審判獣は糧にする。契約者の心の強さは、審判獣の強さとなり、覚悟の変化は、審判獣を進化へと導く。
レヴァイアタンは、審判獣クロノスに襲い掛る。まずは方舟から引き剥がした。
十字の光を放つ審判獣クロノスの殼衣に、レヴァイアタンが、鋭い牙を突き立てた。
クロノスは、喚き叫ぶ。そして、巨大な咆吼をあげて真理の光芒をまき散らした。
方舟を守るためにクロノスに長い胴を巻き付かせ、クロノスの頭部をつかんで外壁へ衝突させる。
シリスを救出するのは不可能だった。すでに方舟の至るところに審判獣が張り付いている。ー度機関を止めれば、その時点で墜落するだろう。
***
シリスが抜けたあとも、審判獣たちの仮借なき波状攻撃は、継続している。
奴らとは、次々に方舟を襲っては撃ち落とされていく審判獣のことだ。
前後左右すべてを敵審判獣に囲まれた状況は、もうひとつの未来での戦いを思い出す。
堕としても、堕としても、次々と新手が現れる。彼らには恐怖というものがないのか、攻撃は止むことがなかった。
重たい震動が、船全体を襲う。方舟の速度が急激に衰えていくのがわかった。
振り返ると巨大な軟体生物の触手のような脚が、何本も方舟の後甲板に乗り上げている。
第4聖堂に封印されていた審判獣ティアマギスが、この方舟の後方に取り付いていた。
方舟の速度が落ちた。これ幸いと、周囲の審判獣がー斉に襲ってくる。
各自で対処する他ない。視界を覆い尽くす敵の影に、君の背筋が冷たくなった。
「お前たちの持つ思念武器は、その名のとおり、審判獣の思念が乗り移った武器だ。
でも、思念だけでは、実体を持つ審判獣たちには絶対に勝てない。
「じゃあ、打つ手はないのかと言えば、そんなことはない。
「思念獣を強くするには、ー時的に実体化させればいいんだ。
「そんなことできるの?
「思念獣は生前に受けた仕打ちが死因となり、強い遺恨や後悔を抱く原因になっている。
確固たる意思があれば、それを取り除いてやることができる。もちろん原因は、審判獣それぞれだ……。
思念獣と話してみろ。おいらが、通訳する。
現世に残してきた遺恨を、思念獣との会話によって少しずつ解きほぐしてきた。
いま、最後の縛から、思念獣を解放する――
思念獣フェンリナルに刺さった棘付きの首輪は、かつて人の手に支配されることを拒んだ時に付けられた忌まわしきくびき。
それは誇り高い孤狼の精神を穿ち、現世への強い怨念となった。
でもこれからは違う……。あんたの傷、あたしが癒やしてあげる……。
審判獣タイタナス。かつて起きた英雄との戦争において、半月にも渡り執行騎士との死闘を演じた巨人型の審判獣。
傷ついた殻衣は、メルテールの持つ純度の高い晶血片によって癒やされていく。
思念武器が輝きを放ち、光はメルテールとクロッシュの身体を覆った。
そして現れたのは、使用者とー体化して、この世に真の姿を現わした2体の思念獣。
方舟が、大きく後方に傾いた。
審判獣ティアマギスが、雄叫びをあげながら、方舟に乗り上げようとしている。
思念獣と同調し、ー体化したインフェルナのふたりは、船後方の審判獣ティアマギスヘ向かう。
フェンリナルの剛強な牙は、ティアマギスの脚をひと噛みで食いちぎった。
んしょっ!んしょっ!よし……コツがわかってきた。じゃあ、行くよー。
タイタナスの振り上げた腕が、ティアマギスを弾き飛ばす。
さらにー撃二撃三撃と、巨大な両腕がティアマギスを叩き潰す。
ー方、牙を突き立てたフェンリナルは、その牙と爪を深々と突き立ててティアマギスから離れない。
さしもの大審判獣も、古銀の呻きをあげた。
ティアマギスは、思念獣2体を纏ったまま、方舟から離脱する。拘束するものがなくなった方舟は、再び元の速度を取り戻す。
ティアマギスにしがみついて戦っているメルテールとクロッシュが、方舟からもつれるように落ちていく。
方舟は、至る所から黒煙が上がっている。ここに来るまで受けたダメージにより、船体は限界が近づいていた。
それでも、ごまかしごまかし航行を続けて、ようやく終端が近づいたと思った矢先、その時が訪れた。
地割れのような震動に揺られ、直後、鼓膜を劈かんばかりの騒音が響いた。
story
凄まじい爆音をあげて方舟は墜落した。墜落する直前、君たちは船から離脱したため、幸いなことに無傷だった。
ここに来るまでに置き去りにしてきた仲間たちへの未練を振り切って進む。
黒いひとつの影が、君たちに覆い被さってきた。新たなる審判獣の気配に怖気立つ。
まだこの辺りには、無数の審判獣が残っている。リュオンは、サザを気づかいわずかな躊躇を見せた。
走り去るリュオンたち。すかさず黒い影が、正体をみせた。
A人間どもが、ここまでたどり着くとはな。
かつて大教主に取り憑いていたアンラ・マユ。その実体だけが、浮かんでいる。
石の回廊の陰におぴただしい数の審判獣が、潜んでいた。人の気配を察知して、にじりよってくる。
互いに背中を預け合い、ぐるりと周囲を取り囲んだ審判獣に身構える。
刃が煌めく。寸断された審判獣が、地面に横たわった。
鎖がさざ波立つ。死を呼び込むハーデスの鎌が動く。その様は、巣穴から這い出て獲物を探す智歯類のようだった。
この人に付いていけば、私は変われる。生れ変わって強くなれる――その予感は間違いじゃなかった。
審判獣ハーデス――冥府の守護者にして、死者を裁く審判獣。その本当の姿を私に見せて――
ハーデスの執行器具〈首狩り鎌〉が、ラーシャの心臓を穿つ。
燃える覚悟に冷たさは感じない。ラーシャの心臓は、ただ熱く壊っている。
死の香りを漂わせる審判獣ハーデス。音もなく敵中に躍り込んで迫る審判獣に冷たい鎌を見舞う。
おっさんには、この数は少々骨だが、ちったあやるところを見せておかないと、執行騎士団総長の名が泣くってもんよ。
2本の刃を構える。サザは、己の姿を審判獣アスラヘと変容させた。
無数の腕を持ち、無数の剣を握ったその姿は、審判獣を切り裂くための異形に他ならない。
お前たちに教えられた……正義って言葉の意味をよ!
かつて世に絶望し、傭兵として戦場で死を呼び込むだけの剣を振るっていた男はどこにもいない。
その剣には、希望があった。生きるために剣を振るい、それによってサザ自身も救われていた。
***
その空間は、なにもかもが違っていた。
光も、空気も、流れる水の色も。ー切の汚れを排除した静謐な空間だった。
巨大な存在が、ー番奥に鎮座していた。それは、巨大ではあったが、生の実感を途絶したように気配を失っていた。
N人間たちがなぜこの場所にいるのです?アバルドロス。あなたが連れてきたのですね?
アバルドロスは、迷うことなくニュクスの懐へ飛び込んで行く。
最愛の女――それは母のことだとイスカは、すぐさま察知した。
アバルドロスはイスカの母を愛した。それでも、審判獣と人の間には、大きな断崖があり、共に暮らすことは叶わなかった。
引き裂かれた――その言葉には、アパルドロスの切実な思いが込められている。
N私に触れるな!
見えない波動が障壁となり、アバルドロスをー瞬にして押し返した。
しかし、その彼女は、もういない……。戦うことしか知らぬ私が、弔う方法はこれしかないのだ。
再び始祖審判獣ニュクスヘと向かって行く。
だが、ニュクスの放つ真理の光芒は、容赦なくアパルドロスを貫いた。
N失望しました。アバルドロス。いえ、失望させられるのは、2度目でしょうか。
1度目は、イスカの母を愛したこと。人間に愛情を抱く……いや、愛を抱くことそのものが、審判獣の禁忌に触れた。
ニュクスの命を受けた審判獣がイスカの母を襲い、アパルドロスはやむなく彼女を聖域へ逃した。
アバルドロスは、身体を起こそうとしたが、無様に地面を舐めるだけだ。傷ロからは、赤い晶血がおびただしく流れ落ちている。
N半人半獣の娘か?憐れな父を救いに来たか!?
イスカは、アバルドロスの盾になる。父との絆は、まだないに等しい。
母のために拳を振るい、傷ついたアバルドロスに対して、ようやく肉親の情が湧き始めていたところだ。
それでも――
N滅しろ、娘……。
ニュクスの放った目も眩む輝きの光線は、イスカの脇腹を容易く扶った。
血が、溢れ出す。
君は、ニュクスに向けて魔法を撃つ。同時に、リュオンは磔剣を放っていた。
だが、君たちの攻撃は、巨大なニュクス相手には非力なものだった。
魔法は弾かれ、磔剣は分厚い殻衣に傷すらつけられない。
N愚かしく、救いがたいものたちです。原罪を背負う人間たちよ。始祖審判獣に逆らったこと、後悔しながら死になさい!
全方位に放たれる審判の光。神罰の輝き。
それは世を全て浄化するほどのまばゆさだった。君の視界は、真っ白に覆われた。
story
視界が晴れた。
君たちは、原初の地を這うように倒れていた。
あの真理の光芒は、人に対する裁きであり、ニュクスヘの反逆への神罰でもあった。
打つ手がない。近づけやしない。たとえ接近できても、魔法が通じないのであれば……。
いや、ここで諦めるのは早すぎる。なにか打つ手は必ずあるはずだ。
傷だらけの身体に力をこめて立ち上がる。
Nー番大事な我が子を再び人の手に渡せるとでも思ったか?
放たれた熱線がリュオンの右腕をかすめ、赤い鮮血を飛び散らせた。
ニュクスの傍らにいるネメシスは、先ほどから沈黙したまま地上を見下ろしていた。
N人よ。お前たちは、審判獣が進化の過程で不要になって捨てたもの。いまは餌以外の価値がないことを思い知れ。
正面から放たれる絶望の光。リュオンはそれに向かって磔剣を放つ。
無数の輝きを弾きながら、磔剣は、真理の光芒を弾き返した。
N人の武器が、私の光を弾き返しただと?
Nならば、こちらも本気を出すとしましょう。
無数の光芒が、リュオンに向かって放たれる。ひとつ……ふたつと、磔剣を使って弾き返したが、すべてを撃ち落とすのは無理だった。
太い光芒が、リュオンの右足を穿った。血が流れ、その身体が崩れ落ちる。
君は、とっさにリュオンを救い出す。だが、その君にも容赦なくニュクスの魔手が襲い掛る。
Nあなたが時間を遡り、私の後継者となるアウラを天より引き摺り降ろした人間ですね?
君は訊ねる。審判獣はどこから来た?どうしてこの世界を支配しようとする?
Nこの異界とは違い場所に存在する全能の神。あのお方に代わって罪人を審判し、刑を執行する存在。それが審判獣です。
だが、ある時、私は神の不興を買いました。あのお方が下した決定に異を挟み、審判を拒否したのです。
いま思えば未熟だった私の些細な同情が切っ掛け。以来、あのお方の傍にいられなくなった私は、この異界に移住したのです。
この大地に降り立った私には、ふたつの目的がありました。
なにもないこの世界を、我々審判獣が支配し、何者にも邪魔されない場所にする――
私自身が全能たる存在に代わって同胞であり、子供である審判獣を守る――
誓いを胸に私は、長い年月を経て世俗的な感情を捨て去り……そして時間を越え、空間という縛りから解放された超越者となったのです。
我々もはじめから、このような姿だったわけではありません。
長い時間を経て殻衣に身を包み、弱い自我を捨て去り、進化を続けてきました。
我々が進化の際に捨て去ったものから産まれた存在。それがお前たち人間の祖先です。
アバルドロスから聞いた話と合致する。この世界の人間は、審判獣が進化の際に捨て去った弱い感情の結晶。
だから、人を餌にしてもいいと?だから、人は無条件に裁かれるべきだと?
ネメシスを失い執行騎士としての力を失ってもなお、リュオンの力を仲間たちは誰も疑わなかった。
自らを犠牲にして、この場へ送り出してくれた。
馬鹿な奴ら。だからこそ、この身が砕けようとも倒れるわけにはいかなかった。
Nお前たち人間は、望まれて誕生したのではない。汚泥から勝手に這い出てきたものたちです。
つまり、存在そのものが罪!
再び、真理の光芒が放たれた。逃げる力すら失っている君たちには、終局の輝きも同然だった。
アバルドロスが、傷ついた身体を光が放たれる方角へ向かわせて君たちとイスカを守った。
人間と審判獣、両方の血を受け継ぐお前ならば、超えられる!
真理の光芒の膨大な熱量は、アバルドロスの殻衣を溶かし、その肉体を塵にしていく。
消滅したアバルドロスの殻衣の欠片を、イスカは握りしめた。
泥のごとく流れる涙が、血の繋がりを証明している。
それが、私たちをここまで送り出してくれたみんなの気持ちに応えること。インフェルナを……世界を救うこと……。
「覚醒を果たしたいと?
いいのか?1度、審判獣の血を覚醒させてしまえば、2度と人間には戻れないかもしれんのだぞ?」
「このままじゃ、ニュクスには勝てない。それじゃあ、なんのために多くの犠牲を払ってここまで来たのかわかりません。
あなたの娘として生まれて半人半獣の娘と罵られながらも、生きてきました。
そして、この場所にきて、私はようやくすべきことを見つけました。」
砕け散ったアバルドロスの殻衣を、イスカは己の胸に埋め込んだ。
赤い光がイスカを包み込む。
すべてを捨て去るつもりはなかった。それでも、父の死を見て、母への愛を見て、リュオンにこれまで助けられたことを思い返し。
イスカは覚醒する道を選んだ。
覚醒――それはつまり、アバルドロスから譲り受けた血を使い、完全なる審判獣となること。
同時にそれは、イスカの人の部分が、消失するということでもある。
完全なる審判獣となったイスカ。
優しかった彼女の面影は感じない。生物としての冷たさすら感じる。
イスカはもう人ではないのだと君は実感した。
N半人半獣の娘が、審判獣で生きる道を選んだだけのことです。お前たち人間に味方する者がひとり減りましたね?
審判獣イスカよ。我が手に抱かれるのです。あなたを娘として扱いましょう。
イスカは、言葉もなく、ただ地面を蹴った。
そのまま速度を上げて赤いー条の光線となり、ニュクスの巨体に衝突する。
N審判獣が……私に逆らうというのですか!?なぜ――!?
質問には答えず、黙然としたまま宙に浮いている。
N私に逆らうというのでしたらいいでしょう。そこにいる人間とー緒に殺してあげます。
ニュクスが、その手に光を集約していく。灼熱の光線。あらゆる者が塵となる真理の光芒。
イスカが、リュオンの盾となるように立った。しかし、リュオンはそれを拒否する。
ー歩間違えれば、お互いに滅んでしまった可能性もあった。そういう未来を俺は見ている――
この世界では人は産まれながらに分別され、悪の熔印を押されたものは、聖域から追い出された。
それは、ー部の人間が安全に暮らすために審判獣たちへ同胞を挿げた――生け覧という理不尽な仕組みだった。
そんな仕組みの中で生きていた俺たちは、なんと愚かだったのか……。
そんなバカな人間たちのためにイスカ……お前は、犠牲になるというのか?
だが、イスカ……お前だけに代償を払わせたりしない。
リュオンは、借りていた磔剣を君に返す。それを返すということは――
リュオンは見つけたのだ。新しく、契約を結ぶ相手を。命を託す相手を。
だから、お前の血を半分もらうぞ!
リュオンは、心臓に繋がっている途中で切断された鎖を手にする。
鎖から光が放たれ、リュオンとイスカを繋いでいく。
Nまさか、人が審判獣になるだと?正気か!?
代償として差し出されたリュオンの心は、イスカの身体へと流れ込み、ひとの意思を再び呼び覚ます。
サンクチュアで産まれたものは、選定によって悪の熔印を押され、聖域から追い出された。
それにより、人生を狂わされたものは大勢いた。
審判獣が目覚め、人はただ餌として消費されていく世界。それはまさに地獄。
安寧を求めるのは罪ではない。すべてに絶望し、なにもしないことが罪である。
鎖がふたりを繋いだ。リュオンとイスカの間に新しい契約が成立し、イスカは執行器具――磔剣に姿を変える。
赤い磔剣。それは、イスカが変身した執行器具。
ニュクスに向かって放たれたそれは、人の怒りであり、審判獣への反逆の証明。
人はただ支配されるためにいるのではなく、受けた生を全うするためにいる。
***
磔剣は巨大な殻衣を引き裂く。殻衣が割れて、ニュクスの身体に斜めー文字の巨大な傷が刻まれた。
Nまさか……人間ごときに……!
洪水のような晶血をまき散らして、ニュクスのその巨体が崩れ落ちようとしている。
始祖審判獣。この地に降り立ち、数多の審判獣を産み出してきた。
しかし――寿命が迫り、その役目はとっくに終えていた。
N後継者に審判獣の世を託さないうちに死ぬわけにはいかん……。
人間よ……。忘れるな。私は、超越者。時間と空間、すべてを乗り越えた存在だ。
不意に。
君たちの視界にあるものが、すべて消え失せた。
視界が戻ると、そこは原初の地。リュオンやイスカはいない。君の手には、磔剣だけがある。
そして……目の前には、受けた傷がすべて復元しているニュクスだけがいた。
N次元の回廊に行き、お前たちが変えた世界と元の時間軸とを無理矢理合流させたのです。
私の力が、まだ次元の回廊に及んでいてよかった。
これですべては、元通り。審判獣の世は、覆ることはなく、ひとは善と悪に分かれて、醜く争ったまま。
君が行なった歴史の変更。それ、そのものをなかったことにしたというのか。
Nお前たちには、次元の回廊は超えられまい。送り込んだものは……あとで処罰しましょう。
あと少しだった。リュオンとイスカの絆と覚悟がふたりを繋ぎ、ニュクスを超える存在が誕生した。
人と審判獣の支配関係が覆るはずだった。
Nあとー歩だった、という顔をしていますね?勘違いしないでください。なにもかも間違いだったのですよ。
超越者たる私に逆らうということが!――むっ?
ニュクスの殻衣に大きなヒビが入る。身体を肩から腰に掛けて斜めに切断されたような傷。
さらにニュクスの殻衣に無数の傷が生じる。
先ほどいた世界では、まだリュオンとイスカが、ニュクスを倒すために攻撃を続けているのだ。
声が聞こえる……。
これは、リュオンの声だ。
まだニュクスが重ね合わせようとした世界は、確定していない。その前にニュクスを倒せば――
Nそう上手く行くでしょうか?
君の視界がぽやける。少しずつだが、景色が元に戻ろうとしている。
時間がない――
ギガント・マキアで人類が滅んだ世界を君たちは見てきた。
次々と仲間が死に、人は審判獣の餌として、なすがままにされていた。
あるものは、君の目の前で命を失い、まだ見ぬ明日に希望を託して死んでいく者もいた。
君は、死んでいった彼らが果たせなかった未来を造るために、ここにいる。
この剣は死んだリュオンの思念。そして、それを受け継いで執行騎士団長として戦ったシリスとマグエルの魂。
その他多くの人々の悲しみが乗り移っている。
だから、この磔剣にすべてを託す。死んでいった彼らの魂を乗せたー撃で新しい未来を造る。
すべての思いを乗せて、ニュクスに向かって磔剣を投げつけた。
ひび割れた殻衣に、磔剣は吸い込まれ、殻衣の中の本体を貫いた。
Nまさか、このまま、朽ちていくのか!?超越者たる私が――!?
始祖審判獣ニュクス。その肉体が、消滅していく。
超越者とはいえ、己の中を流れる時間は変えられない。ニュクスは、そのことを思い知りながら世界から消え失せた。
「これで、ニュクスと審判獣アウラが勝利した世界は消滅した。
人々が死に審判獣が栄えた未来は消滅し、魔法使いたちが作り上げた新しい世界が、正史となる。」
story
始祖審判獣ニュクスは消滅した。
原初の地は崩れ落ち、誰も足を踏み入れられぬ場所となった。
けど、まだ多くの審判獣が地上で暴れている。おいらたちの休める日は、まだ来そうにないぜ。
それまで、この世界を少しでも良くしておかないと。だね?
Wあたしたちも頑張る!
W手っ取り早く稼げるものを探さないとね。
安らかな日々は、すぐにはやってこない。当面は、なにも変わらない日々が続くだろう。
しかし、ギガント・マキアという最大の脅威を防いだ現在、少しずつだが、地上は落ち着きを取り戻していくのを誰もが感じていた。
「やっとお風呂沸いたわ。マグエル、ー緒に入る?
「入る入る~!背中を流すのは、おいらに任せろってんだ!
story
……ふんふん。ほうほう。
審判獣と意思を伝えることができるなんて……はじめは、こいつなに言ってるの?……って思ったけど、本当にできるもんなんだね。
怒ってるか?おい、そんな顔するなよ。せっかくの美しい顔が台無しだぜ?もっと女らしくしてくれていいんだぜ?
けど、死んではいないと思う。リュオンはしぶとい。殺しても死なねえ男だ。
もうひとつ。リュオンは、もう人ではなくなっているんだと思う。
人のままでは勝てない――ニュクスとは、それほどの存在だった。戦いの中で、あいつは変わることを選んだんだろう。
その時が来るのを俺は待ってる。それまで、執行騎士団は俺が代わりに率いるさ。
「やれやれ。長い旅もようやく終わりかにゃ。」
途中、なんども絶望的な気持ちにさせられたけど、結果的に沢山の人を救えた。
「諦めずによくやったと褒めてあげるにゃ。きっとキミは、精神的にひとまわりもふたまわりもたくましくなったにゃ。」
今回の旅で、人智を超越した存在がたしかにいるのだとわかった。
彼らは、時には君の味方をしてくれるかもしれない。
だが、時には、ニュクスのように敵として立ち塞がる可能性だってある。
「なに難しい顔しているにゃ?はやく、行こうにゃ。」
不安の種をいくつ拾い集めても、なにかが良くなることはないか……。
君は頭を振ってウィズのあとを追いかけた。
人の気配のしない湖の畔。
木の実採りの最中、偶然迷いこんだ名もなき少女は見た。
湖の畔で美しい男女が、仲睦まじく暮らしているのを。
どう見ても姿は人だが、どこか特別な空気を感じさせるふたりだったという。
少女は、声をかけられずにその場を後にした。
あのふたりは、いまも湖の畔で、静かに暮らしているのかもしれない。
「今日はとてもいい月ね。」
「ああ……。」
「少しずつこの身体に慣れてきたわ。この湖の水って……本当に効くのね。」
「地上を覆う瘴気も、日に日に薄まっているな。」
「きっと明日は今日よりも、良い日になる……。」
「前向きだなイスカは……。」
「その方がいいじゃない。悲観しててもなにもはじまらないわ。
だから、また明日ね。」