【黒ウィズ】彷徨う機械、運命の邂逅 Story
名前を持たない機械人形
「……ふふっ。」
暖かな暖炉の前で手紙を続みながら、その少女は嬉しそうに笑った。
手紙を持つ手は機械のそれ……とはいえ、その動きは人聞と遜色はない。
あまりに自然な動きで、少女は手紙の続きをめくる。
傍にいる老人が、誰からの手紙だい、と優しく低い声で聞いた。
少女は少しだけ、昔を懐かしむように目を伏せると、暖炉の炎を見てもう一度微笑む。
「……私に歩く理由を与えてくれた『ヒト』です。
少しだけ、昔話をしてもいいですか?」
彼女はそう言うと、手紙に一度目を落とす。
「それは、昔々、人間の命じるままに戦うことしか知らなかった………。
……とある『人形』の、お話です。」
***
人形は、とある国で、人に害なすものを討つために造られました。
その日は、街道に出没する魔獣の群れを駆除しろとの命令を受け……。
その足で、付近に広がる森へと足を伸ばしていました。
PLB-279-T
…………。
人形は、なにも感じず、なにも考えずに、ただただ任務をこなしていきます。
冷酷で冷血な存在――人形は、人々にそう認識されていました。
でも、人形には心がありました。
人間の心を理解し、人間の痛みを察し、人間を傷つけることのないように……。
そう考えられて与えられた心は、人形自身の心を傷つけ、苛んでいたのです。
(――もう、疲れたな……)
最後の一匹を目にして、人形はそう思います。
(殺したくない……)
しかし、命じられた任務はこなさなければなりません。
人形は、怯える獣を見下るすと、掌に力を集めめました。
***
戦いを終えて、人形は動かなくなった獣からすぐに目を逸らしました。
なにも考えないように、なにも感じないように……。
(帰ろう……)
そう思い、人形が踵を返したときでした。
(……これは、鳴き声?)
……小さな、小さな鳴き声が聞こえてきたのです。
「……嘘。」
森の奥、草むらの陰に隠れるように作られた魔獣の巣。
「嘘だ……はは………」
そこから、複数の魔獣が這い出してきたのです。
人形は、その時全てを察しました。
魔獣は、子供を守るために、巣に近寄る人間を追い払っていただけだということに。
魔獣は人間に害を為す存在――そう思い込もうとしていた人形の心は……。
その時、完全に壊れてしまったのです。
PLB-279-T
(こんなの、こんなの……ひどすぎる
どうして私にこんなひどいことをさせるの?
どうして……)
悲しみに染まった瞳で、人形は空を見つめます。
(こんな事をさせる人間たちも、
こんな事を平気でやる私自身も……
全て、消えてしまえばいい……!!)
破壊の力を自分自身の体に集めながら、人形は涙を流しました。
ふとその時、人形は思い返します。
自分自身で決めた事なんて、今までなに一つなかったな、と。
(それなら……せめて、最後は……)
最後くらいは、自分の手で幕を引こう。
……そう思いながら、人形は心の中で最後の引き金に指をかけます。
……けれど、その時でした。
???
――泣かないで。
いつの間に現れたのか、人形の目の前に、少女が立っていました。
暴れまわる破壊の光の中で、その少女は――。
否、少女に似せて作られた人形は、悲しみに沈む人形の手をそっと握ります。
人間と見紛うほどに、柔らかな笑顔を浮かべて。
PLB-279-T
……止めないで。もう、いいの。
誰かの言いなりになって、ひどいことをするのは、もう嫌。
ひどいことをしろって命令する人も、それに逆らえない自分も……大嫌い……!
だから、もう――悲しい世界も辛い気持ちも、光に溶けて消えてしまえばいい……!
悲しみに沈んだ人形は、顔を覆って涙を流しました。
でも、少女に似せて作られた人形は、それを見てニッコリと笑ったのです。
???
……あなた、名前は?
PLB-279-T
私に、名前なんて無い。
ずっと、ずっと……!!
人形の体に、強い光が集まり始めます。もう、終わりはすぐそこにありました。
さよなら、とつぶやいて、悲しみに沈む人形は終わりを受け入れようと、目を閉じます。
きっと、終わりは冷たい暗闇。それなら何も感じず、何も考えなくて済む。
なら、私はそれを喜んで受け入れよう。悲しいのにも、辛いのも……もうたくさん。
……悲しみに沈んだ人形は、そう思いました。
――でも。
PLB-279-T
え……?
――彼女を包み込んだのは、
果てしなく優しい、暖かな熱だっだのです。
まるで、『お母さん』のように、暖かな――。
アイ
……じゃア、アナタに私の名前をあげる。
『アイ』……アナタは今日カラ、アイよ。
アナタは誰かの『もの』じゃナイ。
今日、あなたは新しく生まれタの。
誕生日おめでとう、銀色のアイ。
アイ
…………!!
悲しみに沈んだ人形は――アイは、驚きました。
おめでとう、なんて言われたのは、初めてだったから。
アイ
自分を嫌いになんテ、ならナイで。
あなたの髪、とっても綺麗なんだカラ。
金色のアイは、銀色のアイの髪を触りながら、
もう一度ニッコリと笑いました。
アイ
……!
うう……あああ……!
あふれる涙を拭いもせず、銀色のアイは、声を上げて泣きました。
まるで、生まれたての赤ん坊のように。
いつの間にか、体に集まった破壊の光は、暖かなものに変わっています。
そして、二人は――。
***
……話の途中で、アイは昔話を止める。
暖炉の前、いつの間にか、ソファに身を沈めるようにして、老人は眠ってしまっていた。
「……風邪ひきますよ、マスター。」
微笑みながら、アイは老人に毛布をかける。
――その表情は、人間と見紛うほどに、柔らかな笑顔だった。
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