【黒ウィズ】Abyss Code 08 Story
Abyss Code 08 ー星雲に落ちる涙雫ー
ノーヴァ・エルピス | |
アステラ・アブニール |
story1 光年も彼方へと……
科学が発展し、文明が肥大化しきっていた時代。
享楽に溺れきっていた人類は、その欲望を恒星系の外――銀河宇宙へと伸ばそうとした。
だが、それは広大な宇宙に暮らす、異星人たちの文明との衝突という悲劇を生んだ。
『故郷ノ星ヲ 脅カス存在ハ スベテ破壊スル』
恒星の輝きをいくつもまたいだ遠い宇宙の彼方。
銀色の流星のごとく、機体を煌めかせて、暗い空間を航行するのは、人類が放った守護の矛である。
『敵性生物ノ反応ナシ 次ノ 目標へ 向カウ』
惑星破壊兵器M24ーP15――通称ノーヴァ・エルピス。
『人類ノ脅威トナル 可能性が認メラレル 惑星ヲ発見』
ノーヴァ・エルピスとは、兵器に搭載された自律制御AIにつけられた名前であった。
『攻撃シークエンスニ 移行スル……
反重カリアクター作動 亜空間ホール生成
人類が、異星人の脅威に立ち向かうために宇宙へ放った惑星破壊兵器は、プログラミングされた命令に従い、攻撃を遂行する。
『コレヨリ 人類二仇ナス 異星人ト ソノ母星ヲ 攻撃スル
消工失セロ』
ノーヴァが生みだした人造ブラックホールは、惑星ひとつを飲み込むほどの威力を誇る。
星は、真っ黒な偏位空間に押しつぶされ……新星が爆発するほどの輝きを放つ。
そして、無数の異星人を道連れにして、宇宙に塵ひとつ残さず消滅した。
『ワタシハ 進ム ミンナノ為二』
いまや、逃か遠い宇宙の果てとなった故郷の星を守るために、ノーヴァは、次の目標に向かって航行を開始する。
人類の脅威となる異星を探す孤独な旅が、再びはじまる。
『次ノ目標二 向カイマス』
故郷の星には、ノーヴァを造り出してくれた博士たちがいる。父に等しい存在である彼らが、ノーヴァの家族だった。
「星間戦争に勝利するために、我々は君を造った。」
『オ任セヲ 人類ノ為二 死カヲ尽クシマス』
ある博士は言った。
「人類の未来は君に掛かっている」と。
別の偉い人は言った。
「君は、我々の希望だ。君を宇宙に送り出せることを光栄に思う」と。
それに対して、ノーヴァはこう答えた。
『コノ星ハ ワタシガ 生マレタ場所 宇宙ニイル 敵カラ ミンナヲ 守リマス』
ノーヴァは祈る。地上のみんなの幸福を。生みだしてくれた父たちの長寿を。
『ソレデハ 行ッテ マイリマス』
ノーヴァは願う。戦争の勝利を。故郷の人たちが安心して暮らせる世の中を。
「ご覧ください。この満天の星空を。この夜空の彼方に、我々人類の存在を脅かす、異星人がいるのです。
そして、私たちが暮らす星を守るため戦ってくれているのが、ノーヴァ・エルピスです。
無数に煌めく星々の輝き。この中のどれかひとつが、彼女が宇宙で放った光なのでしょうか?」
ノーヴァは、人類すぺての期待を背負い、宇宙へと送り出された。
異星人の星をひとつ破壊するたぴに、地上は歓喜の声で溢れた。
「ありがとう、悪い異星人を退治してくれて」
「頑張れノーヴァ。あなたは、我々の人類の希望だ!」
地上の人たちの声援は、宇宙にいるノーヴァにも送られた。
『ウレシイ ミンナノ為二 次ノ作戦モ 成功サセル』
故郷の星からの声援を受けて、ノーヴァはさらに遠くの宇宙へと向かう。
『人類卜 敵対スル 可能性ノアル 星スベテヲ 破壊スル』
AIにプログラムされた命令に従って……。
故郷を旅立ってから無数の時間が過ぎた。
10年、20年? 100年? 200年? 時間の感覚などとっくになくなっていた。
ノーヴァは、銀河の果てにたどり着いていた。
『星ノ粒子が 集マッテ マルデ 雲ノヨウニ 見エル』
銀河の果ては、息を呑むような美しさだった。
ここに来るまで、どれだけの月日が過ぎただろうか?
ここに来るまで、どれだけの星を破壊してきただろうか?
『ノーヴァ・エルピス 次ノ作戦目標ヲ 探索シマス』
毎日、故郷の星へ送る定時連絡をいままで一度も欠かしたことはない。
だけど、もう長い間、返事は来ていない。
それでも、ノーヴァはプログラムに従い作戦を遂行し続ける。
それが、彼女の存在意義だから。
「ありがとう、悪い異星人を退治してくれて」
「頑張れノーヴァ。あなたは、我々の人類の希望だ!」
遠い昔に故郷の星から届いた音声を何度も何度も繰り返し再生する。
『ワタシハ 進ム ミンナノ……為二……
ワタシハ……進ム 暗イ 宇宙ヲ……
誰ノ為二……?』
今もノーヴァは、宇宙を旅している。
人類の希望(エルピス)となるべく、たったひとりで、星を破壊し続けていた。
story2 惑星破壊兵器の孤独
『わかりました。私が、お姉さまを連れ戻します。』
とても暑い夏のある日。
私、アステラ・アブニールは、宇宙に旅立った。
『人工知能生命体として、研究所で産まれた私には、尊敬するお姉さまがいる……。』
100年前に私たちが善らす星と、宇宙にいる異星人との間で起きた星間戦争。
劣勢だった人類を救ったのは、私たちのお姉さま――ノーヴァ・エルピスだったある人は言う。
ノーヴァ・エルピスは、英雄だ。
彼女が戦ってくれたお陰で、我々人類は滅ぼされずに済んだのだ――と。
『その通り、お姉さまは宇宙で孤独に戦い、私たちの星を守ってくれた。
でも、感謝されていたのも、昔の話。
星に平和が戻った途端、みんな自分たちのことで精一杯になり――
光年の彼方にいる血の通わない兵器のことを思い出すこともなくなっていた。
お姉さまは、いまだ違い宇宙の果てで、孤独な戦いを続けているというのに……。
だから、私がお姉さまを連れ戻してきます。』
ノーヴァが発生させた人造ブラックホールにより無数の星が消え去った。
星系間のバランスは崩れ、その影響は、故郷の星にも表われていた。
そこに至って、人類はようやくノーヴァ・エルビスを宇宙から連れ戻さなければと焦りはじめたのだった。
プロジェクトの実行者として、白羽の矢が立てられたのは――
ノーヴァと同じ人工知能生命体である、アステラ・アヴニール。
丁度、ノーヴァが宇宙へ出撃してから100年後に産まれた人工知能であり、ノーヴァから数えて10世代後にあたる。
『お父さん、お母さん。研究所のみなさん。いままでお世話になりました。』
アステラは、親代わりだった研究者たちと同じ人工知能生命体である妹たちに別れを告げた。
研究者たちは、本当の娘との別れを惜しむように、涙を流して悲しんだ。
知っていたのだ。自分たちが寿命を迎えるまでにアステラは星に帰って来れないと――
***
『星を出発してから、今日で1590日目か……。故郷のみんなは元気かしら?』
恒星系をいくつもまたいで、ようやくアステラは銀河の入り口にたった。
『あ、流星雲が流れていく。あっちの輝きは、恒星が寿命を終えた輝きかな?
でも、ここにも……星間戦争の残骸が、あちこちに漂っているのね。』
それらはすべて、ノーヴァの戦いの痕跡だった。
『やっぱり、お姉さまは素敵だわ。こんな違い場所で、故郷の星を守るために、ひとりで戦っていたんだもの。
どんな人なのかな? 早く会いたいな。私が妹だと伝えたら、どんな顔するかな?』
遠くの銀河を見つめる。ここから先は、通常航行ではたどり着けない。
『故郷の星のみんな聞こえますか?
アステラ・アヴニールは、これより量子ワープを使って、ノーヴァ・エルピスを追いかけます。
みなさんとは、しばらくのお別れです。きっと、お姉さまを連れ戻してくるから、待っててね……。』
通信を終えると、アステラは寂しそうに顔を伏せた。
『待っててね……か。』
量子ワープを使っている間、アステラは光速で移動することになる。
『私が1年、光の速さで移動する間、故郷の星にいるみんなは、私の何倍もの速さで時間が流れる……。』
生まれ故郷の父や母――可愛がってくれた大人たち、そして学校の友達と可愛い妹たち。
彼らと時間の流れる速度が変わってしまう。一緒に年を取れなくなる。
『でもいい。私は人工知能生命体だもの。いくら願っても、人間のようには生きられないから……。
それに私には、お姉さまを連れ戻す使命があるもの。いま、行きます。』
量子ワープ航行開始。
アステラは、宇宙を光の速さで駆け抜け、星をまたぎ、流星を追い越した。
100年前、宇宙へ飛び立ったノーヴァ・エルビスが辿った軌跡を可能な限りトレースする。
移動している間、両親代わりの研究者たち、そして姉であるノーヴァと共に美味しい料理が並ぶ食卓を囲んでいる夢を見た。
『待ってて、お姉さま。』
アステラは宇宙に瞬く流星のひとつとなった。
目映い光は、広大な宇宙を疾走する。どこまでもどこまでも……。
彼女の放つ輝きは、光となって地上に降り注いだ。
新たに生み出された、アステラの妹たちが、満天に輝く星空を見上げて祈った。
『この無数に煌めく輝きのどれかが、私たちのお姉さまなのね?』
『神様。どうか……お姉さまたちが、無事に再会できますように。』
story3 終わりなき旅路
どれだけ宇宙を旅しただろう?
故郷の星を飛び立ってから、数え切れないほどの時間が経過していた。
『お姉さま……。お願い、わかって。戦争は終わったの。もう、戦わなくてもいいのよ。
『……命令ヲ 遂行スル ソレガ ワタシノ役目 故郷二 平和が 訪レル マデ……』
『故郷の星は、とっくに平和になってるわ。みんなお姉さまのお陰よ。』
『平和……』
『もう、戦わなくてもいいの。だから……ね?』
ノーヴァ・エルビスの機体は、活動限界を迎えていた。
宇宙を飛び立ってから、一度もメンテナンスされることもなく、何百年と飛び続けてきたのだから当然だった。
『戦争ハ 終ワリ……?』
『そうよ。みんな楽しく穏やかに暮らしているわ。』
『モウ 戦ウ必要ハナイ……?』
『それを伝えに来たの。故郷から、とても長い時間がかかったけど、これ以上、お姉さまを独りにさせたくないから。』
『任務……完了?』
『ええ、そうよ。お疲れさま……。』
AIにプログラミングされていた任務完了という概念が、ノーヴァの活動を停止させる。
『ツカ……レタ』
俯いた彼女の顔には、涙こそ流れていなかったが、アステラには、流れる涙がこぼれ落ちたような気がした。
『帰りましょう。私たちの故郷に。』
ノーヴァの巨大な機体は、既に経年劣化で使い物にならなくなっていた。
アステラは、ノーヴァの人格そのものであるAIが搭載されたコアだけを抱いて、故郷への帰路に就いた。
『お姉さまとお会いしたら、話したいことが沢山あったの。
宇宙で戦っている間、故郷でなにが起きたか。お姉さまを作った人たちは、その後どうなったのか……。
人工生命体の研究は、お姉さまがいらした時代よりもさらに発達しているのよ。
いまは私みたいな人間に近い人工知能生命体が沢山誕生していて私にも可愛い妹が沢山いるの。
星に帰ったら、私たちの妹に会って欲しいな。』
『ワタシモ 早ク 会イタイ ミンナニ』
アステラの手に抱えられたノーヴァのコアは、儚い小さな生き物のようだった。
(私が、お姉さまを守らないと)
『星にたどり着いたら、花火を見に行きましょう。凄くきれいなの。』
『ハナビ……? ワタシハ 知ラナイ 事が多イ』
『これからです……。私が何でも教えてあげます。』
姉のコアを抱いたアステラは、再び一条の光となって帰還の旅をはじめた。
ここ来るまで、あまりにも長い月日を要した。
故郷を出発してから、どれだけの時間が経ったのかアステラも、忘れてしまった。
いま故郷がどうなっているのか、ふたりにはわからない。
でも、必ず星に帰る。
それが、ふたりにとっての希望であり、未来だった。
『見て、お姉さま……。流星があんなにたくさん……。私たちも、あの流れる光のひとつなのね。』
『キレイ……』
『うん、とてもきれい。』
宇宙は、広大で無数の光が瞬いていた。
星が生まれ、消滅する。
それを繰り返し、これまでも、そしてこの先もずっと宇宙は続いていくのだろう。
流星に紛れたアステラたちの力強い輝きは、宇宙を切り裂くように流れていく。
ふたりが向かう場所。そこは、かつて自然に満ちた美しい星だった。
しかし、現在、人の姿はどこにもなく――朽ち果てたアンドロイドの残骸だけが、転がっている。
惑星を破壊したことによって生じた星系間のバランスの崩壊。それが原因となって起きた気象変動。
故郷の星は、とっくの昔に、生命が暮らせない星になっていた。
***
お姉さま。見えますか? 青い星が……。
故郷ノ星ネ
私たち、帰ってきたのよ……。
エエヨウヤク……
長カッタ……
とても長い旅だったわね……。