シズのメモリー

私が生まれたのは、いわゆる武門の家だった。

剣術を以って知られる家系で、立つよりも早く素振りを仕込まれると囁かれていた。

果たして、実態は中らずと雖も遠からず。

二人の兄と私は、言葉を口にするか否かの頃には

すでに柄の握りを教わっていた。

「我が家にあっては、剣の強き者に非ずば価値はない」

父がそう口にするたびに、兄たちに門弟、

そして当の父も、私のことを一瞥した。

私は、生まれながらに期待されていなかったのだ。

私は女だ。その上に身体が小さい。

兄たちに比べれば、期待されないのは仕方のないことだ。

だが私は、どうしても認めてほしかった。

諦めるつもりは、毛頭なかった。

初めての真剣を選ぶ段になって、私は迷わず大太刀を選んだ。

男でも使わないような大きな刀を使えば、

褒めてもらえると思ったからだ。

重いばかりで素振りすらままならなかった大太刀も、

毎日がむしゃらに振り回していれば徐々に馴染んでくる。

いつしか、朝夕に数百回を超える素振りをして尚、

一日中の鍛錬に耐えられるようになった。

兄たちとの手合わせで初めて勝ったのもこの時だった。

私には、どうやらこの得物が合っているらしい。

しかしそう確信するにつれて、

父も兄たちも段々と口を利いてくれなくなっていった。

大陸での武者修行を命じられたのは、そんな時のことだった。

私は、兄たちとともに貿易船で大陸へと向かった。

腕を示して故郷に錦を飾れば、今度こそ認めてもらえるはずと信じて。

しかし、海路も佳境を過ぎた頃。

私は突然、船員たちに取り囲まれた。

武器を抜く彼らは、どう見ても素人ではない。

その間を割って、兄たちが現れる。

困惑する私に、長兄は一枚の手紙を取り出した。

船上にて確実に息の根を止め、

事故を装って海に捨ててこい――

父の字だった。

この旅は最初から、私を殺すための謀だったのだ。

長兄は私に切っ先を向けながら、こう告げた。

強き者が跡を継ぐのが習い、

されど女に跡を継がせるわけにはいかない。

婿を取れば大きい顔をされるだろうし、

嫁に出せば御せなかったと笑われる。

お前は強すぎた。

家中の面子を守るために、消えてもらう――と。

今まで、頑張ればいつかは認めてもらえると思っていた。

だが、それは大きな勘違いだったらしい。

それなら……そう言ってくれればよかった……！

私は……私はただ、

貴方たちに褒められたかっただけなのに……！

船の上に動くものがいなくなった時、

私は返り血一つすら浴びずそこに立っていた。

身体に帯びた戦の熱を、海風が冷ましていく。

自分にできるのは、戦いだけ。

強くなる方法以外、何も知らない。

――でも、なんのために？誰のために？

もう私には、帰る場所もない。戦う目的すら。

鴎の声、大きくなる陸地の輪郭。

答えも見つからないまま、

船は風と波に手繰り寄せられるように大陸へと近づいていった。

領主どの。放浪の果てに貴方と出会った時、シズは確信致しました。

私を受け入れて下さった貴方こそ、真に仕えるべき主君だと。

この方に認めて頂けたなら、きっと今までの自分と決別できると。

私は生まれてから今まで、持ち主のいない刀でした。

そんな私に、貴方はずっと探していたものを与えて下さった。

戦う理由、居場所、そして――認めてくれた。褒めてくれた。

私のことを、そばに置いてくださった……

私がこれから強くなるのは、全て貴方のためです。

貴方の行く手を遮る一切を斬り裂く刃となることで――

このご恩に、必ず報いましょう。