影とはぐれたアロエッテ
2/27~3/12
影とはぐれたアロエッテ
ごきげんよう、旅人さん。私の名前はアロエッテ。ねぇ、アロエのおねがい・・・聞いてくれる?
アロエね、どこかで影とはぐれちゃったの。
それでね、旅人さん。おねがいなんだけど・・・旅人さんの影、ちょうだい?
どうして?どうしてだめなの?アロエ、影がとってもほしいの。影がないのはさびしいの。
アロエ、じぶんの影がほしくってほしくって・・・このハサミで、いろんなものを切ったわ。
お花さんの影をちょっきん・・・小鳥さんの影をちょきちょき・・・小鹿さんの影をちょきちょきちょき・・・
だけどどの影も、アロエの影にならないの。すぐにいびつな形になって、アロエから離れていっちゃうの。
アロエ思ったわ、きっと形がだめなのねって。もっとアロエにそっくりで、きれいで、すてきな形じゃなくっちゃいけないんだわ。
ねえ、旅人さん。旅人さんの影ってとびっきりすてきよ。だから・・・アロエのおねがい、聞いてくれるでしょう?
旅人さん、どこへ行くの?
ごきげんよう、旅人さん。ここにいたのね。ねえ、旅人さんの右腕ってとってもきれいな形ね・・・
ごきげんよう、旅人さん。いい天気ね。ねぇ、旅人さんの左腕のそれ、とってもおしゃれだわ・・・
ごきげんよう、旅人さん。旅人さんの脚ってすらっとしていてきれいね、大好きよ・・・
ごきげんよう、旅人さん。旅人さんの足首って小さくてかわいいのね・・・
ごきげんよう、旅人さん。アロエはどこにだっているわ。旅人さんのいるところ、どこにでも・・・
怖がらないで、旅人さん。アロエは旅人さんの指を見ていただけよ。
そんな顔しないで、旅人さん。アロエは旅人さんの首すじが気になるだけ。
怯えないで、旅人さん。でも、小さくなった影もすてき。
震えないで、旅人さん。ねえ、旅人さんってほんとはとっても可愛いのね。
旅人さん、アロエのものになって。
ごめんなさい旅人さん。アロエ、ちょっとはしゃいじゃったわ。旅人さんは久しぶりのお客様だから・・・
アロエ、ずっとずっと迷子なの。ほんとうは、ここよりもっと先にある、ランプのまちに行きたかったんだけど・・・
アロエ、おうちの窓からいつもランプのまちを見ていたの。遠くの方に小さな光がたくさん見えて、宝石箱みたいだった。
ある日ね、いつもより灯りがたくさんの日があったの。きっとお祭りをやっているんだわって思って・・・
抜け出したの、おうちで一番かわいいお洋服を着て、みんなにないしょで、真夜中に。
まっくらな道を歩いて歩いて、夢中で歩いて、朝がきて・・・
お日さまがのぼったとき、見たことのないところにいたの。振り向いたら、アロエの影はどこにもなかったわ。
アロエ、影がなくなってからずっと変な気持ちよ。心にすき間ができたような、寂しいような、誰かにそばにいてほしいような。
ねえ、もし旅人さんが影をくれたら、アロエはきっとさびしくないわ。旅人さんが、ずっとそばにいてくれるもの。
だから、旅人さんの影をちょうだい。
うふふ、旅人さんったらおちゃめね。かくれんぼのつもり?
今度は鬼ごっこ?いいわ、アロエがどこまでも追いかけてあげる。
アロエ、パズルも得意なのよ。旅人さんの影を切ってつなげて、きっとすてきな形にしてあげるわ。
今度は何をするの?チェス?旅人さんと一緒なら何だって楽しいの。
絵本もあるのよ、旅人さん。アロエのお気に入り、見せてあげるわ。
ねえ旅人さん、ここには何でもあるの。旅人さんとずっと遊んでいられるのよ。
ねえ旅人さん、何して遊ぶ?
ねえ旅人さん、旅人さんは何が好きなの?
ねえ旅人さん・・・
旅人さん、何か言いたげな顔をしているわ?どうしたの?
「思い出した」?なんのこと?
「ここに来る前に通った街に、大きなお屋敷があって」?
「そこの小さな一人娘が、ずっと眠ったままでいる」?
「娘はある晩一人で出かけ、朝になって近くの林で見つかったけれど」?
「眠る娘にはそれからずっと」
「影がないまま」・・・
・・・・・・・
それって・・・
ふふふ・・・ふふ・・・アロエッテのおばかさん・・・それって・・・
アロエの方が「影」ってことじゃない・・・
いやよ、旅人さん。どこに連れて行くの?アロエはずっとここにいるわ。
ねえ、旅人さん。アロエはここにいて幸せよ。旅人さんもずっとここにいましょうよ。
もし、アロエがこの世界を出て「ほんとうのアロエッテ」とひとつになってしまったら・・・
戻ってしまったら、消えてしまう気がするの。この世界の思い出も、旅人さんとの思い出も・・・
ねえいやよ、旅人さん。二人いつまでもここで暮らしましょう。
影のお城を作って、影のお洋服を着て・・・旅人さんのためなら、毎日影のお花を摘んで飾ってあげるわ。
ねえ、どうしてだめなの?どうしてそんな・・・悲しそうな顔をするの?
・・・そう、旅人さんは王国のナイト様なのね。
守る人も、一緒に戦う仲間も待ってるのね。いつまでも・・・アロエといっしょには、いられないのね・・・
・・・いいわ、探してあげる。旅人さんが、元の世界に帰れる道を。アロエ、おりこうさんだもの・・・
アロエ、この世界のことなら何でも知ってるわ。どこにお花が咲いているのかも、どこに小鳥さんのすがあるのかも。
だけど、ひとるだけ行ったことのないところがあるの。そこは塗りつぶしたように真っ暗な、ふかいふかい森の奥。
一度入ったら、真っ黒な影に溶けて二度と戻れなくなりそうで・・・だけど、旅人さんがいっしょならきっと大丈夫ね。
さぁ、行きましょ。・・・ちょっとだけこわいから、手をにぎっていてね。
ねえ、旅人さん・・・
旅人さん、あのね・・・何でもないわ・・・
旅人さん、どうか笑わないでね。アロエ、ランプのまちにあこがれてたって、言ったでしょ?
ランプのまちは、きらきらしていて、あたたかそうで・・・しあわせな光で、いつも周りを照らしていたの。
旅人さんって、ちょっとだけ似ているわ。アロエがだいすきだった、ランプの光に・・・
きらきらしていて、あたたかくて・・・旅人さんが照らしてくれるなら、まっくらやみも怖くないわ。
そろそろ森の果てね。きっとその先に、旅人さんがいた世界とのさかい目があるわ。
アロエはどうするって?・・・一緒に行くわ、旅人さんと。
もし、アロエが元に戻って、この世界ごと旅人さんとの思い出が消えてしまったらいやだけれど・・・
それでも、旅人さんのいなくなったこの世界で待っている方がよっぽどさびしいもの。
ねえ、旅人さん。もし向こうの世界でもう一度会えたら・・・
そうしたら、ふたりでランプのまちにでかけましょう。あのきれいな光を、近くで、どうか一緒に見ましょう?
向こうのアロエは、本当はすこしだけ体が弱いのだけれど・・・きっと会いに行くわ。おうちで一番かわいいお洋服を着て。
・・・ついたわ、旅人さん。さよならね。
ねえ、旅人さん。すこししゃがんで・・・ ・・・うふふ、ほっぺぐらいでおこらないで。
それじゃあ、本当に本当にさようなら。あなたのお友達のアロエッテを、どうか忘れないであげてね・・・
おはよう、旅人さん。さあ、ランプのまちに出かけましょう。
影に魅入られたアロエッテ
ごきげんよう、旅人さん。みて、とってもおしゃれな影でしょう?・・・どうしてそんな顔をしているの?
アロエが回ると、影も回るの。くるくる、くるくる。すてきでしょう?あら、一回多く回ったような・・・
アロエが歩くと、影も歩くわ。とことこ、とことこ。かわいいでしょう?あら、一歩だけ多く歩いたような・・・
アロエがはねたら、影もはねるの。ぴょんぴょん、ぴょんぴょん・・・あら?
アロエが笑うと、影も笑うの。・・・アロエが笑わなくっても、影が笑うの。ねえ、どうしてかしら?
アロエ、アロエ、かわいそうなアロエッテ・・・
なあに?旅人さん?どうしたの?
自分が何者かも知らず、アロエッテ・・・かわいいかわいい、かごの鳥・・・
旅人さんったら、ぼーっとしちゃいやよ?
アロエッテ、アロエッテ・・・
旅人さん、アロエ・・・最近とても眠たいの。すこし・・・肩を貸して・・・
わたしは影、アロエッテに寄り添う影の王
アロエッテは孤独な娘。大きな屋敷で、たったひとりで遊んでいた
「世界はアロエッテを見捨てていない」?なぜそう言える?・・・おまえ、何を見てきた?
・・・そうか・・・屋敷で眠る娘の周りには・・・
しかし、またいつアロエッテが孤独に苛まれるとも知れぬ。人間共のつまらぬ誓いなど、信じるに値しない。そうだろう、人間?
「たしかに、アロエッテがこの先さびしい思いをすることもあるかもしれない」?・・・おまえ!
「自分が、アロエッテにしてあげられることも少ないかもしれない。ただ・・・」・・・なんだ?
・・・ふふふ、あははははは!
あははは、そうか・・・「アロエッテを、いつかランプの街に連れて行ってあげたい」・・・か・・・
おもしろい事を言う人間もいるのだな。・・・その言葉、ゆめゆめ忘れるなよ。
あちらの世界との境界は、この奥にある。どうか、私の可愛いアロエッテを、そこまで連れていっておくれ
そして、光の前では脆くも消えてしまうわたしの代わりに、アロエッテにすてきな景色を見せてやってくれ。
向こう側へともどったとき、こちらの世界の記憶が残っているかは分らない。だが・・・
おまえなら、きっとまた巡り合える。必ず見つけて、その手を引いてくれ。・・・わたしの代わりに
・・・あら、ここは?・・・アロエ、また眠っちゃっていたのね・・・。・・・ねえ旅人さん、もしかしてアロエの影さんとお話できるの?
おねがい、影さんにこのお花をあげたいの。ずっとそばにいてくれた、やさしいやさしいアロエのお友達に・・・