隻眼の首領イヴァン
8/17~8/30
弱ボスのセリフは、記録してないよ。(ほもは嘘つき)
第一回スペボスバレンタイン6位 チョコ775個
隻眼の首領イヴァン
あァ・・・・・・?てめェ、ルチェルトラのもンじゃねェなでも・・・・・・
カタギだ?馬鹿言うんじゃねェよ・・・・・・この森に仕掛けたトラップはどうしてきた。
『トラップなんて無かった』?嘘つきやがれ、この森には数百の罠を張ってある。誰もこのアジトに辿り着けないようにな・・・・・・
てめェ、どこ通ってきたか言ってみろ。・・・・・・『山を抜けようとしたら雨が降ってきたから、雨宿りできるところを探して』?
『獣道を抜けて』『滝をくぐって』『大きな石の前で右に曲がって』でも・・・もう良い、その後は『林の前を通って』だろ?
てめェ、強運も良いとこだな。まさか偶然この森の全ての罠を避けられるルートを通ってくるたァな・・・・・・
てめェの通ってきたのはファミリー用のルートなんだよ。傭兵結社ワイン庫、『アジトカンティーナ』のな。
ま、兄弟組織のルチェルトラの野郎どもや、限られた取引先には教えてるけどよ。どっちにしろ、カタギが来るトコじゃねェんだよ。
分かったら二度とこのアジトには近づかねェ事だな。無駄な殺生は好かねえェ、もう金輪際ここに来ねぇなら殺さず逃してやるよ。
・・・・・・あァ!?てめェ今何つった・・・・・・?
『雨が酷くなって来たから止むまで居てもいいか』だァ?・・・?今の話聞いてて言ってんだろうなァ・・・・・・?
『だって嵐が来そうだし』じゃねェよ。・・・・・・畜生、調子が狂う。てめェみたいな緊張感のねぇ奴は初めてだ。
・・・・・・いや、初めてでもないか。てめェ、アイツらに似てるわ。俺の・・・
・・・・・・噂をすれば来やがった。カンティーナにはな、俺の他に傭兵があと5人いる。丁度1人が街に降りたのを残りが迎えに行っててな。
とにかく傭兵の自覚も緊張感のカケラもねぇ、半人前の騒がしいやろうどもだ。鼓膜が大事なら、ドアが開いて少しの間は耳を塞いどけ。・・・・・・おら、来たぞ。
ビアンカ、買い出しご苦労。リオ、飴は後だ。アル、ナイフで遊ぶな。ジェノ、約束の本だ。何だマリナ、『ボスのシャツと一緒に洗濯したくない』?勝手にしろ!
・・・・・・ットにてめェらは・・・・・・5人集まると火薬みてェにうるせェな。よく聞け、こいつは客人だ。雨が収まるまでここに置いておく。余計なちょっかいは出すなよ。
何だ、傭兵のって聞いといてガキばっかだったから拍子抜けしたか?そうだよ、こいつらは全員15のガキだ。とある事情で譲り受けて、ここにまとめて住まわせてる。
・・・・・・もう会う事はねェだろうが、一応紹介してやるよ。そこのリボンの服のはビアンカ。まじめで礼儀正しいが、射撃は一流だから怒らせない方が良い。
それから、そこではしゃいでる縞柄靴下の娘はリオだ。無邪気で人懐こいが、力は5人で一番強い。
そこの、派手なシャツ着てんのはアル。よく喋るしノリは軽いが、ナイフの腕だけは確かだ。
そこのバーテン服の奴はジェノ。口数こそ少ないが、毒に関する知識は他の誰にも劣らねェ。
あと、そこの短パンのはマリナだ。ワガママなのが玉に瑕だが、すばしこいから情報収集担当だ。
おいガキ共、飯の準備だ。好きな缶詰を開けやがれ。
あぁ、てめェもそこらへんの缶詰をテキトーに火にかけて飯にしろ。火ならそこにあっからよ。
あ?キッチン?もうずっと使ってねェな。ホコリかぶってんじゃねェか。
食器?使ってねェよンなもん、缶詰にフォーク突っ込めば良いだろうが。
・・・・・・何だよその顔。『子供の教育に悪い』だァ!?ちっ、るせェな・・・・・・
・・・・・・あ?『キッチンを掃除するから料理しても良いか』って?・・・・・・勝手にしろ。
おいガキ共、喜んでんじゃねェよ!つたく、メシごときで大げさなんだよ・・・・・・
・・・・・・『好物は何だ』って?るさェ、知るか!・・・・・・ンだよ、しつけェなあ・・・・・・
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・サンドイッチ。
あァ?好物ぐらい何だって良いだろうが。銃持ってても片手で食えッから便利なんだよ。
ちっ・・・・・・まぁテキトーに頼んだ。・・・・・・言っとくがここのガキ共ァ、信じられねェ量食うから気を付けろよ。
・・・おう、できたか。はっ、量と見た目だきゃァ上等じゃねェか。だが味はどうだろうな。
・・・・・・ ・・・・・・美味ェじゃねェか。・・・・・・あァ?何でもねェよ。
しかし、嵐も止みそうにねェな。おいガキ共、客人の寝床を作ってやれ。
・・・いいか、終わったらてめェらもそれぞれの部屋に戻れ。俺ァこのソファーで寝るから構うなよ。
・・・・・・おい、起きやがれ。
聞いたか、今の悲鳴。ジェノの部屋の方からだ。行くぞ。
・・・・・・どうした、ジェノ。その柱の傷・・・・・・ ・・・・・・まさか・・・・・・
・・・・・・最悪だ。とうとう出やがったか。・・・・・・人狼が。
おい客人、説明は後でする。今すぐ近くに人影がないか探せ。
・・・・・・ちっ、とっくに姿を消しちまったようだな。だが襲撃に失敗した以上、今晩はもう何も起こせねェだろう。
ジェノ、念のため部屋の鍵と窓だけはしっかり閉めておけ。あとは、俺が見回るからよ。
・・・・・・客人よ、さっきはすまなかったな。だが、こうなってしまっちゃてめェにも事情を話しておかなきゃならねェ。
どこから話そうか。・・・・・・俺は昔、あるファミリーの下っ端をやっていた。
そこは表向き、上流階級向けの医者をやっている名家だった。孤児院なんかもやっていてな、評判も高かった。
だが実際は、でけェ設備で毒薬や兵器を作っては売りさばいている悪どい組織だったんだ。
俺がファミリーに入って数年が経った頃だったか、えげつねェ新薬の噂が立った。・・・・・・それが人狼薬だった。
人狼薬が何かって?・・・・・・そうだな、あるファミリーが開発した『人間を兵器にする薬』とでも言えばいいか。
それを打たれた人間はある日突然、自分の組織の人間を毎晩一人ずつ手にかけ始める。・・・本人の意志とは全く関係なく、仲間討ちをさせンだよ。
奴らはそれを人狼病と呼んだ。・・・・・・組織ってなァ脆いもンだ。人狼になった人間が一人混じるだけで、全員が疑心暗鬼になって面白いように壊れていく。
誰が人狼かも分からずに、お互いのことを疑い合って、つぶし会って、そうしている間にも毎晩仲間が減っていくんだ。
悪魔みてェな薬だろ。・・・・・・さらに質の悪いことには、奴ら人狼薬にある仕掛けを加えたんだ。
人狼の一番のリスクは正体がバレることだ。だから、周りにいる奴に人狼がうまく立ち回れるよう証言させる感染型のウイルスを組み合わせた。
そっちは感染力の限界で、最大でも人狼の周りにいる人間2人にしか感染しない。片方は人狼が最大限生き残れるよう嘘だけをつく狼少年。
……もう片方は、本物の人狼を指し示す占い師だ。……あァ、どうして占い師が必要なのか解せねェって顔してんな。
狼少年だけだったら、そいつと人狼の言うことを逆に取りゃあ簡単に人狼があぶり出せちまう。だから、半端に本物を混じらせた方が都合が良いンだよ。
それから、人狼自身がうまく身を隠すために、一晩に一人しか襲撃しない・襲撃に失敗した場合は次の晩まで何もしない。あとは・・・・・・
……2日続けて襲撃に失敗した場合は、人狼・狼少年・占い師の全てが自らの毒で命を失うっていう制約まで加えた。
複雑な薬だろ。聞けやァ何度も改良を重ねられたって話だ。……人間のガキを実験台にな。
あぁ、そうだよ。ファミリーが新薬の実験に使ってたのは手前ンとこの孤児院のガキだったんだ。
……俺はそれがどうしても許せなかった。だから、実験場にいたガキ共をさらってファミリーを足抜けした。
……もう分かるだろうが、ビアンカ達がそのガキだ。…ただな、あいつらを連れて施設を抜け出す時に、ボコった研究員がこぼしやがったんだよ。『もう遅い』って。
俺はその時から嫌な予感がしてた。人狼薬には遅効性のものもある。だが、遠く離れたこの場所で、これまで平和にやってこれてたからつい油断しちまってた。
さっき、人狼が出たっつうのはてめェも確認したよな。おそらく、5人のガキのうちの誰かがクロだ。
明日の朝になりゃァ、5人の中に混じった人狼と狼少年と占い師がそれぞれ思い思いの証言をして、場をひっかき回すだろうよ。
だが、早々に人狼を突き止めなきゃ今度こそ他のガキが殺られちまう。それに、5人を無理矢理ぶん縛ったところで、いつ3人は2日目に自分の毒で死んじまう。
……悪いが、俺は5人のうち誰も欠かす気はねェ。辛い、手元に一包だけ、人狼病を解毒できるかもしれない薬がある。……これおを使うしかねェ。
解毒剤と言ったが、正確には『別の病をもたらす毒薬』だ。『人羊病』と言ってな、これにかかった奴は一生目を覚ます事なく眠り続ける。
これが偶然、人狼病と効果を打ち消し合う関係にある事にジェノが気付いた。……理論上はそうだが、生憎実際に試した事はねェ。いちかばちかだ。
……殺さずに人狼だけを消すには、この方法しか残ってねェんだよ。下手打つと一生眠り続けるガキと、野放しの人狼の両方が出来上がるがな。
狼は襲撃に失敗した晩は他の誰も襲わない、だから次の襲撃は明日の番だ。
俺たちは明日陽が沈むまでに、一人だけ混じった狼を探し出してこの解毒剤を打たなきゃいけない。
5人の話は、明日奴らが起き次第聞く。……お前ももう、今日は休め。
……おう、起きたな。5人から話を聞いてきた。だが全くスジが通らねぇ。とりあえず、聞いてくれ。
まず襲われた当人のジェノだが、自分のことを占い師だと言っている。襲われた時に見た人影と、占い師としての性質から、リオを人狼だと指名した。
次にビアンカだが、こいつも自分を占い師だと言った。狼はアルで、マリナの部屋の前を通ってアルがジェノの部屋へ行くのが見えたと言った。
……ああ、この2人のうちどちかかが正しければ狼は決まるな。だが、……リオも、自分を占い師だと言った。
リオはビアンカを狼、ジェノを狼少年だと名指しした。占い師を自称するビアンカを、ジェノが狼少年としてかばったに違いないとな。
アルは自分を何者でもないと言った。それから、ジェノの部屋から、リオが出てくるのを見たと言った。
マリナも自分を何者でもないと言った。ただ、ビアンカは自分を同じ部屋にいたからジェノを襲えるはずがないと言った。
話はここまでだ。悪いが俺には、誰が嘘を吐いてて誰が本当の事を言ってんのか分からねェ。
……あ?あぁ、アルは『絶対に見間違いじゃない』って言ってたぜ。……まさかてめェ、今のだけで分かったのかよ?
……なるほどな。つまり、こういうことか。誰の発言が本当だったとしても、嘘つきは必ず2人か、それより少ない。
そいつの発言を正しいと仮定した時、嘘つきが3人以上出たらそいつが嘘つきって事になる。そうやって5人の発言をひとつずつ確かめたら……
……そうか、じゃあ。人狼は…… 分かった、俺が先に薬を飲ませに行くから、お前は後から入ってこい。
……ああ、てめェか。リオならこの通り寝てやがるよ。……馬鹿な奴、飴玉だっつたら簡単に薬を飲みやがった。
人狼の正体が本当にリオで、かつ人羊薬の効き目があったなら、こいつは目を覚ますだろう。
……反対に、俺達が人狼を間違えているか、薬の効き目がなかったなら、こいつは一生目を覚まさない。
なぁ、こういう時……俺はどうしたら良いんだ。……こいつがいつまでも、目を覚まさなかった……
…… …… ……何だ?リオの奴、手に何か握ってやがるな。……手紙?
…… …… 『ボス、お誕生日おめでとう。』……
『ボスのお誕生日、何をあげようかずっと迷っていたの。本当ならいつもみたいにまた、ドブネズミさんのマスコットを作ってあげようと思ってたんだけど……』
『ボスの口癖の傭兵稼業なんざドブネズミみてぇなもんだ。てめェらはとっと足を洗えっていうの、あれ良い意味で言ってるんじゃなかったのね。』……
『リオ、てっきりドブネズミさんがとっても素敵な生き物なんだと思ってたわ。だって、ボスはいつでも格好いいじゃない』……
『でもね、だから、今年だけは違うプレゼントをボスにあげようってみんなで決めたの』……
『ねぇボス、ボスがリオ達をあの施設から連れ出してくれた時のこと、覚えてる?ルチェルトラさんの車で遠くまで逃げて、それから』……
『小さなレストランで、ボスはリオ達に山盛りのパスタを食べさせてくれたわ。リオ達が夢中でパスタを食べるのを見た後で、ボスはリオ達に名前を付けたの。』……
『ビアンカはボンゴレビアンコを食べてたからビアンカ、マリナはマリナーラのマリナ、ジェノはジェノバから、アルはアルフレードから。』……
『リオは、アーリアオーリアを食べてたからリオだっけ。テキトーすぎて笑っちゃったけど、でもリオ達には大事な大事な名前になったわ。』……
『だってリオ達、それまで番号でしか呼ばれたことなかったんだもの。その日はベットに入って眠くなるまで、5人でいつまでもお互いの名前を呼んでいたわ。』……
『ねぇボス、ボスの名前はどうしてイヴァンなのって、聞いたことあったよね。……あの時ボスは言ったわ。名前が無いからイヴァンと名乗ってるだけだって。』
『イヴァンって……ボスの国の言葉で名無しって意味だったのね。リオ、思ったわ。そんなの寂しすぎるって……』
『だから、ボスのお誕生にには皆でボスに名前をあげることにしたの。とびっきり格好よくて、何度でも呼びたくなる名前、何度でも、名乗りたくなる名前を……』
『……ボスはもう名無しじゃないわ。リオ達の、大事な大事なボスなんだから。』…… ……
……手紙はここで止まってる。書きかけだったんだろうな。
……ちっ、誕生日か…… オレの誕生日なんて、俺ですらすっかり忘れちまってたのによ……
……なぁ、昨日の夜にリオがジェノを襲い損ねた理由なんだが……
ジェノが言ってたんだがよ、リオに襲われる直前、俺の誕生日に開けるワインの飾り付けをしてたって。
襲われる瞬間、咄嗟にワインを盾にしたら……人狼は無理やり攻撃の軌道を曲げて柱を壊して、逃げるように出て行ったんだってよ。
……なァ、そんな事あるかよ…… こんな強い毒を前にして、たかだか誕生日くらいでよ……
……リオ、てめェは……本当に、馬鹿な奴だよ……
……だから、いつまでも寝てねェでとっとと目ェ覚ましてくれ…… ……まだ、馬鹿みたいに笑ってくれよ……
……お願いだから……
…… …… ッ?!
おい、今……リオが……
リオ!おい、リオ!!……はは、嘘だろ……目……覚ましやがった……!
どうやり、リオは正真正銘の人狼だったらしいな。リオが目を覚ました後、二晩が明けても、とうとう人狼は現れなかった。
・・・・・・ありがとな。てめェのお陰で、誰も人狼の餌食にならずに済んだよ。・・・・・・借り、作っちまったな。
……なァ、こんな事言うのもなんだが、てめェ、うちのファミリーに入らねェか?頭も切れるし、そこそこ腕も立つみてェだしよ。
ッあァ !?ファミリーって、この野郎・・・・・・そういう意味じゃねェよ。 ・・・・・・おいマリナ、何ニヤついてやがる!アル、その言葉はガキが使うもんじゃねェ!
とにかく、何かあったらまたこのアジトを頼れ。この間みてェに、偶然だけで2回もこの森の罠を抜けるのは無理だろうから、・・・・・・今度は俺が迎えに行ってやるよ。
・・・・・・あァ?・・・・・・そっちの名前で呼ぶんじゃねェよ。・・・・・・まだ呼ばれ慣れてねェから、どんな顔したら良いか分からねェしよ。
・・・・・・それじゃ、またな。・・・・・・お前の飯、美味かったぜ。
隻眼の凶狼イヴァン
てめぇ、俺を始末しに来たのか・・・?
とぼけんじゃねぇ・・・大方、街の奴らにでも話が行って”人狼退治”にでも駆り出されたんだろうが。あ?違う?
「自分はある会社の社長から依頼を受けて、イヴァンという人に届け物を運んできた」・・・?
「”アジトカンティーナ”というところに行くよう案内を受けていたが、子供しかいないようだったのでここまで探しに来た」・・・なるほどな。
てめぇ、あのガキ共に会ったのか。ああ”アジトカンティーナ”の5人のガキだよ。
うるせぇ奴らだっただろ。ああ見えても俺の雇っていた傭兵なんだ。悪い奴らじゃあなかったが・・・もう会うこともねぇだろうな。
・・・俺は、もう戻れねぇ。”人狼病”に罹っちまった。この体じゃ、きっとあいつらを八つ裂きにしちまう。
”人狼病”が何かって?・・・そうだな、あるファミリーが開発した「人間を兵器にするウイルス」とでも言えばいいか?
それを打たれた人間は、ある日突然自分の組織の人間を毎晩一人ずつ手にかけ始める。・・・本人の意思とは全く関係なく、仲間討ちをさせんだよ。
・・・組織ってなぁ脆いもんだ。”人狼”になった人間が一人混じるだけで、全員が疑心暗鬼になって面白いように壊れていく。
誰が人狼かも分からずに、お互いのことを疑い会って、つぶし会って、そうしている間にも毎晩仲間が減っていくんだ。
悪魔みてぇな薬だよ。・・・俺と、カンティーナのガキ共が昔いたファミリーが、そいつを作ってた。
もっとも、ガキ共はただ実験に巻き込まれてただけだったけどな。下っ端だった俺がファミリーのやり口に嫌気が差して、ガキごと連れて逃げて来たんだ。
・・・だが、ファミリーを足抜けする時、組の奴らが苦し紛れに打った薬弾に”人狼薬”が混ざっていたようでな。
生憎、解毒剤なんざなかった。俺は今日、夕飯の仕込みをしてたガキに銃を構えそうになったことで発症に気付いて
ガキを殺ろうとするウイルスの作用に死ぬ気で抗いながら、意識があるうちになるべくアジトを離れようとしてここまで走ってきた。
しかし・・・それももう限界のようだ。どれだけ振り払おうとしても、「仲間を殺せ」と命令する声が頭から消えない。
・・・悪いが、てめぇに頼みがある。手に持っているその銃で、どうか俺を撃ち抜いちゃあくれねぇか。
そうでもしなきゃ、俺ぁあいつらを守りきれねぇんだよ。・・・”お嬢”との約束も、守ってやれねぇ。
なぁ、撃てって言ってんだよ。・・・てめえに撃つ気がねぇんなら、こっちから行くぞ!
・・・ちっ、何で殺らねぇ。・・・あ?「お嬢って誰だ」って?
この土壇場に、んな事気にしてたのか。・・・ったく、緊張感の無ぇ奴だな。
だが、せっかくなら話してから撃たれたって遅くねぇかもな。・・・死に損ないの狼の無駄吠えだ、聞いてくれるか。
・・・俺は昔、執事をやっていた。
”執事”なんて言っても、大したもんじゃねぇ。流れ者の荒くれが無理矢理燕尾服着せられて、木偶みてぇに屋敷の端に突っ立たされてるだけだった。
俺を拾った酔狂な屋敷は、その国でもでけぇ医者の家だった。得意先は王族・貴族・伯爵様で、慈善事業に孤児院もひとつ持っていた。
だがそれは表の顔だった。実際は、製薬の技術を悪用しては、毒薬や兵器を売りさばいている、悪名高い”ファミリー”だった。
俺を拾ったのもそのためだ。いつ対抗組織がカチ込んできても家の人間を守れるように、奴らはそこら中に召使の服を着た用心棒を飼っていた。
ヒラッヒラの服を着たメイドも、綺麗な折り目つきの服を着た執事も、みんな目つきを見ただけでカタギのモンじゃねぇって分かった。
誰もが金と力に目をぎらつかせ、抗争の訪れを今か今かと伺っているせいか、屋敷はいつも静かだった。
”お嬢”・・・そこの一人娘で、・・・俺のこの目を奪った女が、無邪気にはしゃぐ声だけを除いてな。
屋敷についたその日、荷物を部屋に運んでいると、俺と3つも違わねぇ女のガキが「家庭教師から隠れたいから部屋を貸して」と言ってきた。・・・それがお嬢だった。
お嬢は俺に名前を聞いた。「イヴァンです」と答えると、珍しい、どういう意味だと重ねて聞いた。
「名無しって意味です」と答えると、お嬢は悲しい顔をした。まるで、この世の全てのものに価値があり、名前が与えられて当然だとでも思っているような顔だった。
お嬢はそれから俺を構うようになった。「イヴァン、棚の上の本を取って」「イヴァン、枝にかかったハンカチを取って」「イヴァン、荷物を運んで」・・・
お嬢は毎度つまらない用事で俺を呼びつけては、用事だけを済ませて帰ろうとする俺を引きとめて話をした。
俺の覚えていない故郷の話、お嬢の家のメイドの話、お嬢が孤児院の子供達をどんなに可愛がっているか、お嬢の父親がどんなに忙しくしているか・・・
お嬢は自分の家が何をしているか、聞かされてはいなかった。武器も毒薬も作っていない、平凡なただの商社だと信じ込んでいた。
俺は、平和ボケの塊のようなお嬢の顔がなぜだか面白くて、飽きなくて、壊してはいけないもののように思えて・・・ただ黙ってお嬢の話に付き合った。
お嬢もそんな俺に気を良くしてか、益々俺を構った。そうして、煙草ばっかでロクに飯も食わねぇ俺を心配して、俺を何度も食事に誘った。
・・・執事の身分でそんなとこに顔出す訳にも行かねぇからって断ったら、あいつ、サンドウィッチまで作って持ってきやがったんだぜ。
しつこいって思うだろ。・・・俺も思った。だが、・・・不思議と悪い気ぁしなかった。
お嬢の様子が変わったのは18の誕生日を過ぎてからだった。
どこまでかは知らねぇが、おおかたは家の本当の仕事を聞かされたんだろう。その日から、お嬢は俺を見つけても声をかけず、避けすらするようになった。
それからしばらくすると、ファミリーの間でもきな臭い噂が立ち始めた。
人の心を操って組織を内部から破壊する新薬の話、その実験を極秘に行う地下施設、孤児院から消える子供・・・
俺の中で全てが繋がり始めた頃には、お嬢は完全に姿を見せなくなっていた。
そうしてある日、最終実験の噂が立った。実験の対象は孤児院に残った5人の子供達で、実験の責任者は・・・お嬢だった。
それを聞いた瞬間に俺の中で何かがふっ飛んで、辺りにいる奴らの胸倉を掴んで施設の場所を聞き出した。
それから俺は、施設を端からぶっ壊して、逃げる奴らをぶん殴って、機械だの薬品だのを滅茶苦茶にしながらお嬢を探した。
・・・お嬢は奥の部屋に一人だけで居た。子供は別の部屋に待たせてある。ここまで来てくれてありがとう。・・・そうお嬢は言った。
お嬢は分かってやっていたんだ。あんなに大事にしていた子供達をお嬢が自分の手にかけると聞いて、俺が黙っていないことを。
そうして、お嬢は謝った。わざと俺の耳に入るように噂を流し、俺をあえて激昂させ、俺に全てを壊させたことを。
「私には父のしていることを止められなかった」、お嬢は言った。「けれども、どうしても終わらせたかった。・・・そのために、あなたの力が必要だった」
「だって、私の味方はあなただけだったから」・・・そう言って笑うお嬢の顔はどこか寂しげで、俺は嫌な予感がした。
それからお嬢は命令した。残った子供達を安全なところへ連れて行けと。・・・自分は残ってファミリーを背負うから、と。
「お嬢、俺と逃げて下さい」・・・思わず、俺は言った。
・・・お嬢はただ、首を横へ振った。「あなたは生きて、子供たちを遠くへ連れて行って」。お嬢は同じ言葉を繰り返した。
施設に残ったお嬢がその後どんな目に遭うか、馬鹿な俺にだって分かった。堪らず、お嬢に駆け寄ろうとすると・・・
お嬢は持っていた銃を俺に向けて撃った。幸か不幸か、弾は俺の頭を外れて近くの鏡台に当たり、鏡のかけらが目に跳ねた。
・・・日傘より重いものを持ったこともねえお嬢様が、慣れない銃で狙いを定め損ねたのか、
・・・銃を撃つ刹那につまらねぇ情が沸いて、わざと弾を外しちまったのかは分からねぇ。
どっちにしろ、そんな情けねぇ腕じゃ、甘い覚悟じゃ、ファミリーの跡目なんで務まる筈がなかった。・・・けれども、
「生きて」ともう一度言ったお嬢の目を見て、俺はもう何を言っても無駄だと分かった。
・・・追手の足音が近づいてきていた。背を向け、部屋を出て行こうとする俺に、お嬢は最後に言った。
「もし、あなたに執事の心が残って入れば・・・私の最後のお願いを聞いて」
「イヴァン、あなたがこれから連れて行く子供たちに、どうか・・・温かい食事と、名前と、たくさんの愛を」
「・・・私があなたに、ずっとそうしてあげたかったように」
俺は返事をせず、扉を閉めた。そうして、ガキ共5人を引っ張って、ルチェルトラの車で真っすぐこの森まで逃げて来た。
・・・話はここまでだ。こんな事、てめぇの頼む義理でもねぇと思うが・・・ガキ共のことだけが気がかりだ。戻ったら他の大人にでも引き渡してくれねぇか。
そうしてくれりゃあ思い残すことあねぇ。さぁ、俺を撃ちやがれ。
・・・どうした、心臓はここだぜ。そんな低くちゃあ俺を殺せねぇ。
そうだ、もっと高くだ。・・・悪ぃが、こっちの目はやめてくれ。いつかお嬢に会った時に、今度こそど真ん中を狙わせてやりたくて取っといたんだ。
・・・おい、いつまで待たせんだよ。でめぇも騎士様なら躊躇してんじゃねぇ。撃て!!!
・・・ ・・・ ・・・っ!!
・・・ぐっ・・・てめぇ・・・
どうして、足を撃った・・・?
何だと?・・・「この銃弾には薬が込めてある」・・・?
「昔人狼薬を開発していた地下組織が製薬会社へと姿を変え、開発した解毒薬」?・・・じゃあ、てめぇは・・・
「自分はこの薬を届けるために来た。凶暴化している可能性を考え、銃弾に込めることにはなったけれど」・・・?
「この銃弾ひとつで、跡形もなく人狼病は消える。・・・そう、社長が言ってた」・・・?・・・なぁ、もしかしてその・・・
・・・社長ってのは・・・
・・・はは、嘘だろ。信じらんねぇな。あの弱っちくて泣き虫のお嬢様が?
笑わせやがる。とっくに野たれ死んだか、殺されたかしてると思ってたのによ・・・
・・・笑わせやがるなぁ・・・
あ?会わねぇよ。今更どういう顔して合えばよいのかも分かんねぇし、何より・・・今のお嬢にゃ俺は似合わねぇよ。
・・・あの声は、カンティーナのガキ共だな。ったく、うるせぇお迎えだぜ。
なに?「まるで本物の家族みたいだ」って?
・・・はは、ガラじゃねぇな。けど・・・
・・・ありがとよ。