愛と美の伝道師ユアン
12/14~12/27
愛の理髪師ユアン
はぁ・・・雨がやまないなぁ・・・おや、お客さんですか?ここは理髪店ですけどお間違いない?パイ屋の入り口は隣ですよ?
悪いけれど、閉店休業中でね。・・・まぁ、せっかくですから雨宿りでもしていきなよ。
僕の名前はユアン。これでも、昔は名の知れた理髪師だんたんです。
しかし、街一番の理髪師を決める大会で大きな失敗をしてしまってね・・・
今はもう誰も僕の店に来てくれないんですよ・・・
慰めてくれるのかい。ありがとう。
しかし、一番の問題は僕が愛用していたカミソリを全部売ってしまった事なんです。
カミソリの刃を見ると、その時の事を思い出してしまってね。昔は自分の体の一部のように感じていたのに。
カミソリを失くした理髪師・・・君だったら仕事を頼みたいと思いますか?思わないでしょう?このダメな僕を笑ってください。
えっ?髪を切って欲しいと、僕に言ってくれるんですか?嘘でも嬉しいよ。ありがとう。
僕は今では落ちぶれてジョレッドのお店の屋根裏部屋に居候しているんですよ。
ジョレッドのお店はパイ屋なんですが・・・あの店のパイを食べたことがありますか?
残念ながらジョレッドのお店のパイはとても人気がなくてね。ニシンのパイが全く売れないんですよ。
居候の僕は毎日売れ残りのニシンのパイを分けてもらって食べているんです。ですけれど正直、僕は魚が大の苦手で・・・
その中でも特にニシンの酢漬けが苦手で、ジョレッドのパイはそれが材料になっているんです。
ジョレッドは何故かニシンのパイを料理するのが大好きみたいで・・・
彼女は僕が食べるのを楽しみにしているんです。それはそれは満面の笑みで僕のために作ってくれるですよ。
それが本当は苦手だと言うのが心苦しくて・・・
僕は出された料理はどんなものでも全部残さず食べる主義なんです。
おや、大時計の鐘が鳴りました。もうすぐ晩御飯の時間なのでこの辺で失礼します。今日もきっとニシンのパイ・・・ゆううつだなぁ。
こ、これは僕のカミソリとハサミ!!僕の仕事道具を探してきてくれたんですか!?ずっと探していたんです。ありがとう!!
この銀のカミソリの美しさ・・・このカミソリはわが友、親友だったんです。あぁ、何故僕はこのカミソリを手放してしまったんだ。
カミソリが僕に語りかけてきます。ずっと奥に閉じ込められて寂しかった、再会できて嬉しい、と。
僕はね、美しいものを追い求めきたんです。本当に美しいものを追い求めてきたんです。本当に美しいものばかりで・・・幸せな生活でした。しかし・・・
その幸せは長く続かなかったんです。僕の愛した美・・・妻、子供・・・
もう何年も前のことで・・・僕がこんな昔話をするなんて、カミソリを見て昔の記憶が蘇ってきてしまった。
悪いけれど、ちょっと一人にさせてくれませんか。やらなければいけないことができました。
もし天が望むなら・・・いや、まだその時ではないのかもしれない。
この世には穴がある。まるで大きな洞窟のような・・・
おや、君、その強烈なにおいはジョレッドのお店のニシンのにおい・・・!!あのパイを食べたんですか!?
具合はどうです!口直しにこの水を飲んでください。口直しにシャテニエの実もありますよ。
このニシンのパイは何故か猫達が喜んで食べるんです。猫は魚が好きというけれど・・・こんなに魚くさいのに・・・
僕は魚と猫が大の苦手で、この頬の傷は子供の頃にねこに引っかかれて出来たもので、それから猫が怖くてたまらないんです。
それに、猫たちは僕が飼っているねずみ達をいじめるからね。
衛生状態が気になるって?大丈夫、ちゃんど清潔にしていて美しいねずみ達ですよ。
ねずみ達を見ていると、とても優しくて、暖かい気持ちになれるんです。僕の荒らんでた心が彼等たちにどれだけ救われたか。
なのに、猫たちは僕の可愛い、美しいねずみ達をいじめるんですよ!酷いと思わないですか!?
ジョレッドのお店からはニシンのパイを焼く、強烈なにおいがしています。そのにおいで猫達が集まってくるんでしょうね。
猫とニシンのパイ・・・これが今の僕の大きな悩みですよ・・・。いや、本当はもっと大きな問題があるのですけれど・・・それは・・・
ああ!噂をすれば借金取りが来た!!・・・君、僕は出かけてここにはいないとかくまってくれないか!?
・・・ふぅ、助かった。ありがとう、君には助けてもらってばかりですね。
正直、今の僕には全くお金がない。でも、なんとしても理髪師としてもう一度やり直したいんです。
なんとしても、僕は失った「美しいもの」を取り戻さないといけないんです。僕はそのためなら何でもしてみせる。
そう、なんでも・・・何か良い仕事やアイデアがあったら僕に紹介してくれないか?どんな汚れ仕事でもやってみせるよ。
パイ屋の手伝いをしてお金を貯めればいいじゃないかって?無理ですよ、あんなパイが売れるわけがないよ。
大昔みたいにミートパイが作れたらいいんですけれど、お肉を買うお金は今の僕たちにはないし・・・
今のニシンのパイも、ニシンの酢漬けの売れ残りが安く手に入るからって理由が大きいんです。
シュールストレミングという醗酵させたニシンの缶詰を知っているかい?あの売れ残りがジョレッドの店のパイの材料さ。
一度君もその缶詰を食べてみるといい。世の中にこんな強烈なにおいのする食べ物があるのか、とびっくりするよ!
世の中には不思議なもので、くさみのある醗酵した食べものが好きな人もいるらしく・・・僕にはわかりません。
僕が他に食べられるものといったら裏山の森で拾ってくるシャテニエの実だけです。
これが甘くて意外といけるんですよ?騙されたと思って君も食べてみてください。いくらでもあるから遠慮は要りません。
そのシャテニエの実でパイを作ればいいじゃないかって?・・・もしかしたら、そのアイデアは名案かもしれないよ!
パイ屋が流行れば、その上の階の理髪屋にも人が流れてくるようになるかもしれない・・・?それもそうかも。
ジョレッドの店はあまりにも繁盛していないから・・・流行らせようという発想がなかったよ。
早速ジョレッドに相談してみるよ!ありがとう。
君のいうとおりにパイ屋が流行って、僕のお店も再会できればそれが一番いいよね。その日が来るようにがんばるよ。
・・・それから3ケ月、僕は毎日、毎日、シャテニエの実を拾い、ジョレッドの店でパイを焼き続けたんです。
・・・これは、久しぶりですね。見てください!パイ屋の繁盛っぷりを!君の助言のおかげです。
ニシンのパイの代わりにシャテニエのパイを出すようにしたら少しずつ、人が集まりましてね。
今では毎日朝から晩まで店の前に人が絶えない繁盛っぷりです。
少し前までジョレッドも僕も貧しい暮らしをしていたけれど、少しづつ貯金ができるようになりました。
ジョレッドなんて、この前また新しいドレスを買って・・・。これまでの暮らしが辛かったからね。ずっと欲しかったんでしょうね。
でも、ジョレッドのおかげでお店の雰囲気が明るくなって。儲かっているお店の雰囲気というのも大事なものですね。
そうです。せっかくですから君もパイを食べていきませんか。シャテニエのパイは美味しい。とても良いにおいですよ。
以前のニシンのパイは、このにおいをなんとかしてくれと苦情が来ていて・・・今ではそのご近所さんたちも常連さんです。
ニシンのにおいと言えば、魚のにおいがなくなったせいなのか、猫達がこの店に寄り付かなくなったんですよ。
猫達がいなくなって屋根裏のねずみ達が喜んでいます。そして、ねずみだけに短期間で凄い数で増えてしまい・・・困りものです。
飲食店にねずみが出るのはあまりお客に気持ちが良くないものでしょう?ですから、ねずみ達と一緒に引越しを考えているんです。
あと少しで念願の自分の店が再開できそうですよ。そうなったら・・・是非、その店に来てください。
ジョレッドもお金を貯めたら海の近くに引っ越して、ニシンの燻製のお店をやりたいって言っています。
ジョレッドな何故そんなにニシンが好きなんでしょうね?しかも、それを僕に食べさせようとするんです。何か理由があるんでしょうか。
そういえば、貯めたお金でこの椅子を改造したんです。僕は足腰が悪くて、腰への負担が減るようにいろんな改造をしてあるんです。
どうです?君も座ってみますか?仕事が終わってこの椅子に深く腰掛けると、とても気持ちが良いですよ。
大事な椅子を壊したら悪いから座るのは遠慮しておく?遠慮しなくてもいいのに。
まぁ、気が向いたらまた来てください。これから開く自分の店のために、お客さん達の分の色違いの椅子も作っておきます。
その色に合わせた鏡も用意しなくちゃ・・・いろんな用意ができたら・・・そのお店に僕の家族を呼ぶつもりなんです。
過去にいろいろありまして・・・今では離れ離れになってしまっているんですけれど。
準備ができたら、もう一度家族と一緒に理髪店を開く・・・それが僕の夢です。
君にはそのお店の一番目のお客さんになって欲しいです。それまで髪の毛を伸ばしておいてください。切り甲斐があるように。
美の理髪師ユアン
僕は理髪師のユアン。最近この街に理髪店をオープンしたんです。
君にはどんな髪型が似合うかな?今の髪型も素敵だけれど、イメージを変えてみるのも良いかもしれませんね。
「一日幸せになりたければ、麻に床屋へ行きなさい」という古いことわざがあります。僕の手で君を一日幸せにしてみせますよ。
さぁ、その椅子に腰掛けて、君の美しさを引き出してあげましょう。
美しさというのは雰囲気、人間の内面、心のゆとりから溢れ出るものだと僕は考えているんです。
かっては他人と競い合って、流行に合わせた派手な外見作りや、技巧を競い合うような事をしたこともありました。
しかし、それが本当にお客さんのためになるのか?ずっと疑問でしてね。
一見してこの髪を作ったのが僕だとわかるような、奇抜な髪型は望ましくないと思っているんです。
何故なのかわからないが、この人はとても魅力的に見える、そういう髪型や雰囲気を作るのが僕の理想なんです。
それに気づいてから、不思議と美しい髪形や、髪周りの空気感を作ることができるようになったんです。
前置きが長くなりましたね。それでは早速、君の髪のカットに取り掛かるとしましょうか。
この街で理髪店を開くのは2回目でしてね。以前はいろいろな失敗をして、2年ほどで店をたたんでしまったんです。
その頃の僕は技術ばかりを気にしていてね、他人と競い合う美しさの追及、コンテストや理髪師同士の対決をよくしていたんです。
連戦連勝でお店の評判も高まり、そこで調子に乗っていたのが周囲の反感を買ったのでしょうね。
他の理髪師から酷い嫌がらせを受けてしましまして。営業時間中に堂々と邪魔をされたり、悪いうわさを流されたり・・・
それと同時に、僕自身は自分の技術の追求にも満足できなくなっていきました。
自分の考える理想の髪が作れない焦燥感で、何をやってもうまくできなくなり・・・
以前の僕はとても積極的、悪く言えば攻撃的な人間でして。とにかく他の人よりも美しければ何でもありだと思っていたんです。
この街で一番の理髪師になる。他の誰よりも美しい髪形を作りたい。
そんな思いで、街一番の理髪師を決めるコンテストに出たんです。
その時、モデルになってくれたのが僕の妻だったんです。僕はその時初めて、最高に美しい髪を作ることができた。
・・・しかし、そのコンテストの優勝者は最初から決まっていましてね。
出来レースというやつです。最初から勝てない勝負をしていたんです。
コンテストの結果、僕は不正をしていたと言いがかりをつけられて失格になり、その上でお店の営業許可も取り消されてしまった。
それから僕はしばらく理髪師の仕事を辞めて、自暴自棄になって各地を転々としていました。妻とも言い争いが絶えなくて・・・
そのうちに、愛想をつかされて妻と子供に出て行かれてしまいました。僕は何もかもを失った気持ちでした。
それから10年近くになります。いろんな仕事をしてお金を貯めて、やっとこの町に戻ってきて理髪屋を再会できた。
ここで、もう一度、当時の自分を取り戻すことが出来れば、家族も戻ってきてくれるんじゃないか、そんな思いがあります。
まだ戻ってきてくれてはいませんが・・・今度、もう一度街一番の理髪師を決めるコンテストに出るんです。
優勝できるかどうかはわかりませんが・・・そこに出れば、妻にもその話しが伝わるのではないかと。
すみません、昔話が長くなりましたね。一度、合わせ鏡で後ろ髪を見てください。こんな感じで大丈夫ですか?
もう少し短く?わかりました。では、様子を見ながら少しずつ切っていきますね。
うんうん・・・これぐらい短いのも良く似合いますね。先ほどみたいな長い髪も素敵ですが、こちらもまた君の魅力をよく引き出していると思いますよ。
喜んでもらえて光栄です。それにしても、今回はどうして切ろうと決めたんですか?長いのにひとめで大事にしているのがわかる髪ですけど。
このようなこと僕が聞いてはいけないと思ったんですが、切っているときの表情がとても暗かったので気になっていたんです。
あ、今はもう晴れ晴れとしていい表情をしておれらますよ?きっと何か心の中で決着がついたんだなーって思ってました。
人がバッサリと髪を切るというときは、多かれ少なかれ気持ちを切り替えるためにする手段のひとつですからね。
僕も嫌なことがあったり、気持ちを切り替えたいときはかなり切りますよ。さすがに坊主まではやらないですけどね。
なるほど、失恋でしたか。片思いは辛いですよね・・・僕にも経験があるので気持ちはよくわかります。
でも、ちゃんと告白できただけ素敵だと思いますよ。僕のときは何もできずに終わってしまいましたからね。
その後悔があったからこそ、今の妻には積極的になれて結婚することができたんです。・・・逃げられてますけど。失敗を無駄にさせない姿勢で望めば、いつかきっといい人と結ばれると思いますから。挫けず前向きにね。
って、僕の言葉はもう必要ないですね。それに妻と子供に逃げられた僕に言われても、あまり説得力もないでしょうしね。
いえ、大丈夫ですよ。僕はこの失敗を活かして、今度こそ家族みんなで楽しく平和に暮らしていけるようにしたいと思ってます。
以前の僕のように落ち込んではいられません。いつ帰ってきてもいいように、いつでも胸を張って迎えられるようにしたいんですから。
さて、そろそろ仕上げです。長さはこれぐらい大丈夫ですか?またあと少し切れますけど、これ以上は男の子っぽくなってしまいます
わかりました。ではあと少しだけ。本当に今回はバッサリと切る覚悟をしてきたんですね。ここまでとは正直驚きです。
バッサリと切る方は今まで何人も見てきましたが、君のような人は初めてです。
せっかくの長い髪がもったいないと思う反面、切り甲斐があって良いと思ってしまうのは仕事病かもしれませんね。
あと毎度のことですが、これだけ切ると見間違えるぐらいの別人となりますね。今のイメージに上書きされて来店されたときの君が思い出せません。
これならいろんな人を驚かせることができると思いますよ。もちろん、君を振った人も例外じゃないでしょうね。
今からなんて言われるか楽しみですね。次にまた来店してくださった際にはぜひともお聞かせください。楽しみにしています。
そのときは僕の話も?いいですよ。お互いに披露しあいましょうか。って、理髪店なのに談話室みたいになっちゃいますね。
でも、ときにはそういうのもいいですね。君も含めていろんなお客さんと会話ができるのは楽しみのひとつでもあるんですよ。
自分の知らないことを知っている人はたくさんいますし、自分とは違う生き方をしている人の話は結構勉強になったりもしますので。
もっと早くに気づいていれば道を間違えずに済んだのかもしれません。なんて後ろ向きなことを言ってちゃだめですね。
ははは、励ますつもりが励まされちゃってますね。でも、そういって頂けると素直に嬉しいです。今はひとりの時間が多いのでね。
何かと昔を思い出しては悔いることが多くて・・・。あ、だからといって落ち込むことはないですよ?ちょっと滑るだけです。
昔話として君に話せるんですから、僕の中では思い出となっているんです。辛くも大切な思い出です。
君にもたくさんあると思いますよ。恋に限らず、些細なことでも大きなことまで・・・それこそ切りがないぐらいたくさんね。
思い出はその数だけ心を豊かにしてくれるし、余裕ができるようになる。そして余裕は美しさに繋がる、と僕は思っているよ。
君にはその素質があるし、まだまだ美しくなる伸び代もある。僕としては数年後の君が楽しみかな。
どんな話をしてくれるのか、今から期待していますよ。なんなら、ボーイフレンドと一緒にきてくれたって構わないですから。
人から分けてもらえる幸せも必要ですからね。といっても、あまり仲睦まじいと嫉妬してしまうかもしれないけど・・・
逆に嫉妬するかもしれないって?それはそれで嬉しいですね。妻と子供が帰ってきてくれたら、嫌ってくらい見せつけてあげるよ。あはは。
さっ、これでどうですか?なかなか良い感じになったと思いますよ。さっきより凛々しくなりましたね。
ありがとうございます。褒めてもらえると僕も自身に繋がって嬉しいです。
最後に少し髪型を整えておきますね。まだ昼間ですし、これから新たな気分で遊びに出かけるといいと思いますよ。
もしかしたら新たな出会いがあるかもしれないですしね。常に準備しておくことをお勧めします。
はい、これで終わりです。お疲れ様でした。さきほどまでの自分と決別した気分はどうですか?
あはは、いい笑顔です。それを忘れずにいてください。僕は生まれ変わった君に幸せが訪れるよう祈っています。
え、僕のことも祈ってくれるんですか?ありがとうございます。ではお互いにということで。
でも、もしまた嫌なことがあったりしたらぜひ寄ってください。お話だけでも大歓迎ですからね。
僕はここでいつでも待っています。どんなときでも変わらず、君の知っているままの僕であり続けます。
それではまたのご来店を心よりお待ちしています。次のステージへ、いってらっしゃい。
・・・僕もまだまだ頑張らないといけないな。もっともっと多くの人を喜ばせたい、喜んでもらいたい。
コンテストは大事だけど、街のみんなも大事だとつくづく感じさせられる。この地で安らぎの場となるようにしたい。
おっと、次のお客さんのために準備しておかないと。店内をキレイにしておくのは最低限の礼儀だ。
ふぅ・・・それにしても今日はいい天気だな。どことなく人通りも多くて街が賑わっている気がする。
次はどんなお客さんが来てくれるのか・・・今から楽しみに待っていよう。