【黒ウィズ】いつか翼が(大大大感謝魔道杯)Story
story いつか翼が
気がつくと、どことも知れない森にいた。
「……え?
深く、暗く、静かな夜の森。わずかな虫の鳴き声と、小さな獣の移動する音が、不気味なほど大きく響き渡る。
「何、ここ……なんで?だって、あたし――ずっと、みんなと旅して……。
そうだ!フレーク!……ねえ、フレーク!
フレーク!シューラ姉!ねえ、誰か!返事してよ!この際ラディウスでもいいから!
張り上げた声は、どこへも行けず夜に呑まれて、ただ、しん、とした静けさだけが返った。
ここにはおまえしかいないのだ、と、冷たく吐き捨てるような静寂だった。
「い、いないの……?誰も――
レイルは、ぎゅっと服の胸元を握りしめた。
誰もいない森。誰もいない夜。
旅に出て以来、そんなのは初めてだった。レイルの傍には、いつも誰かがいてくれた――。フレークやシューラやラディウスが。いつも。
今は違う。誰もいない。頼れる者も。話し相手になってくれる者も。――誰も。
夜風が吹いた。ぞっとするほどの寒さを感じて、レイルは思わず、ぶるりと震えた。
震えは、しばらく止まらなかった。
枯れ木を集め、火の息を吐いて焚き火を作った。
ほのかな熱にすがるように、焚き火に小さな手をかざしながら、レイルは、深く大きく息を吐いた。
「意味わかんない……あたし、なんでこんなとこにいんの?おかしいよこんなの、絶対おかしい。
焚き火に向かって、ぶつくさと文句を垂れ続ける。夜の暗さに心を押し潰されないための、彼女なりのやり方だった。
「ふんだ。こんなことでくじけたりしないんだから。誰の仕業か知んないけど、絶対フレーグたちを見つけて、ふぎゃーって言わせてやる。
「んきゅう。
「ふぎゃー!?
近くの茂みから突然出てきた小さな影に驚かされ、レイルは大声を上げてひっくり返った。
「な、なになになになに、なんなのなに!?あーもう、やるってんならやってやる!覚悟しろうらー!……って、あれ?
現れたのは、幼い仔竜だった。小さな身体にいくつも傷を負っていて、弱々しく羽をはばたかせている。
「なに?……ねえ、あんた、どうしたの?ケガしてんじゃん。誰かにやられた?
仔竜は、ふらふらとレイルの方に飛んできて、腕の中で、ぐったり力を失った。ずしりとした重みに、レイルは息を呑む。
直後、木立の向こうから激しい音がして、黒々とした巨体が、ぬうっと姿を現した。
「また!?って……こっちも竜!?
木の枝をへし折りながら出てきた黒い竜は、レイルの腕の中の仔竜に、じろりと視線を向ける。
かと思うと、大きく口を開け、獰猛に噛みついてきた。
「うわっ!ちょ!
レイルは転がるように噛みつきをかわした。竜の足が焚き火を蹴散らし、地響きを轟かせる。
「あんた――この子を狙ってんの?この子をこんなにしたのも、あんたなの!?
竜は答えず、ガアッ、と咆嘩した。腕の中の仔竜が、恐怖に身をすくめる。
それが答えだと、レイルは悟った。たちまち、激しい怒りが湧き立った。
「――信じらんない!こんなちっちゃい子をいじめるなんて!そんなの竜の風上にも置けないっつうの!
売られた喧嘩は買って勝つ、!あんたなんか、あたしがけちょんけちょんにしてやる!
ライズ――〈鉄槌の巻髪姫〉!!
――ぬぅあっしゃああ!!
敵が来る。次から次へと、続々と。レイルが抱いた仔竜を狙い、殴っても殴っても追いかけてくる。
すでに、まともに相手にできる数ではない。レイルは森の中を疾走して逃げながら、。追いすがる敵の迎撃に努めた。
跳躍して噛みつきをかわし、鉄球で頭部を粉砕。別の竜の突進から転がって逃れ、木々の間に滑り込むようにして距離を取る。
「キュウウ……。
仔竜が、弱々しい鳴き声を上げた。傷口から、血が流れ過ぎている。早く手当てをしてやらなくては。
「大丈夫。もうちょっとだから!もうちょっとでなんとかなるからね!
根拠のない言葉で仔竜を励ましながら、走る。
レイル自身も、あちこちに傷を負っていた。鈎爪を避けられず、あるいは木々に引っ掛け、腕と言わず脚と言わず、傷だらけだった。
それでも、胸には確かな熱があった。抱いた仔竜の温もりが――そして、それ以上の炎が、レイルの胸には確かにあった。
(あたしが、この子を守んなくちゃ……!
こんなちっちゃい子が、傷ついて、震えて、泣いてるんだから!なんとかしなくちゃ、あたしだって竜の風上にいらんない!)
竜。
強きもの。力あるもの。偉大であり、荘厳であり、勇敢なるもの。
レイルは、そう学んできた。そして、自分もまたそんな竜たちの系譜に連なる者であるという誇りを抱いて生きてきた。
(まだ翼も生えてないとか!いつもフレーグやシューラ姉に守られつ放しとか!実はまだインゲン食べらんないとか!
そんなの、なんも関係ない!あたしは竜だ、ドラゴンだ!あんな奴に負けるもんか!この子を傷つけさせるもんかっ!)
視界の端に、黒い何かが躍った。
気づいた時には遅かった。身を低くして突っ込んできた竜の巨体が、避けきれないレイルを高々と吹っ飛ばした。
「あぐッ……!
森の地面に叩きつけられ、レイルは呻いた。辛うじて、腕の中の仔竜をかばうことはできたが、背中を強烈に打ちつけ、息が詰まった。
仔竜が心配そうにレイルを見上げる。大地を揺らす地響きが、近づいてくる。
「だめ……逃げて……ここは、あたしが――
無理に起き上がろうとするが、力が入らない。
竜が、ぐわっと大きな足を持ち上げた。レイルの頭上に影がかかる。レイルは歯を食い縛り、敵を見上げた。
何もできなくても、屈するつもりはなかった。レイルは、どうにか腕の中の仔竜を逃がそうと、最後まで震える腕に力を込め続けた。
「こんなの見たら、放っとけないッ!
突如、森の中に黄金の光が広がり、振り下ろされた足を強烈に跳ね飛ばした。
「――え?
さらに紅蓮の炎が、蝋のような針の一刺が、巨大な氷の塊が、次々と竜を直撃し、その巨体をあっさりと打ち倒した。
唖然となるレイルに、少女が微笑みかける。
「もう大丈夫だよ。その子を守ってくれて、ありがとうね。
伸ばされた手が、レイルの頭をそっと撫でる。
彼女の背に広がる翼を見て、レイルはハッとした。
気高い誇りを宿した、金色の翼。守るべきものを守るという意志を体現するような、その翼は――
「白霊竜の、金色の翼――
少女は、ただにっこりと微笑んだ。
「レイル!レイル、大丈夫!?
「…………うぇ?ジューラ姉?
「目が覚めましたか。良かった。精神を破壊する魔法のようでしたが、なんとか打ち勝ったみたいですね。
言われて、レイルは思い出した。
旅の途上、禁具を使う魔道士の情報を得て、そのねぐらに向かい――ジューラに放たれた。魔法を、レイルがかばって受けたのだ。
「じゃ、あれ、あたしの心の中だったの……?
「ありがとう、レイル。でも、無茶はだめだよ。
「こいつは任せて、素直に寝てな!
「いーや!ぜんぜんヘーき!むしろパワーがありあまーる!
レイルは跳ね起き、魔道士と戦うラディウスの方へと向かった。
さっきのアレはなんだったのか。わかるようでわからないような感じだが、ひとつだけ、まちがいなく確かなことがある。
自分のすべきこと。自分の守るべきもの。
トーテム〈白霊竜の金色の翼〉から授かった、確かな使命が、今も胸の奥で燃えている。
「今のあたしは――
負けないって、誓ったッ!