【黒ウィズ】ルリアゲハ&リフィル編(謹賀新年2017)Story
2017/01/01 |
目次
主な登場人物
story1
この年、最後の黄昏が終わりを迎えつつあった。
この時刻にしては珍しく、通りには多くの市民の姿がある。
年明けの瞬間を祝うためだ。
誰も彼も、どこか浮ついた足取りで、ここぞとばかり華やかに着飾っている。
そのなかにあって、エキゾチックな異国の衣に身を包んだルリアゲハとリフィルは、道ゆく人々の注目を大いに集めていた。
「思った以上に注目の的ね。」
「ここじゃ、こんな装いは見かけないもの。」
リフィルは、着慣れない着物の袖を持ち上げた。
「衣装のことはよくわからないけと………この織り、高いんじゃないの? ルリアゲハ。」
「ウチの国でも上の上ってトコよ。なにせ、あの子が見繕ってくれたんだもの。」
「後で代金を請求されたりしないでしょうね。」
「心配しないの。そんなケチくさい子じゃなくてよ、ウチの妹は。」
「いいなあ~。私も着たかったー。」
ルリアゲハは苦笑して、口をとがらせる妖精少女の頭を撫でる。
「ごめんね、リピュア。あの子がこんなの用意してくれてるなんて、あたしも知らなかったの。」
「例の短刀といい、この着物といい、惜しげもなく送ってくるものね。」
さらりと言ったリフィルが、意味深な視線を向けてくる。
「待っていたんじゃないの? あなたが手紙を寄越してくるのを。」
「……かもね。もっと早く連絡取ってりゃ良かったわ。」
なんとなく、腰に差した短刀の柄を撫でる。
秘刀〈孤蝶丸〉。姫であった頃、ルリアゲハが護身用に持ち歩いていた短刀だ。
鍔はなく、鞘に特殊な細工を施してある。昔、片手抜刀に凝っていた頃の名残だ。腰のひねりと合わせれば左手だけで抜き撃てる。
無論、それでは威力も間合いもたかが知れている。だが、銃を主体とする戦術に組み込むなら、むしろその取り回しの良さは都合がいい。
こちらが何を言ったわけでもないのに、そこまで考えて、この刀を送ってきた。
リフィルの言うとおり、こちらからの連絡を待っていたのかもしれない。そう思えるほどの手際の良さだった。
(ほんと、良くできた子だわ)
誇らしさを胸に、ルリアゲハはリフィルとリピュアヘ微笑みかけた。
「さて、それじゃ、門に初詣と参りましょうか!」
story1-2
門に向かっていると、途中で他の〈メアレス〉たちに遭遇した。
レッジ | ミリィ |
珍しいな。そろって異国の装いか。
おっ、いいセンスしてる!
Aあら、どうも。ふたりも門で年越し?
花火の打ち上げなんかをやるらしくてな。いちおう管理者として、立ち合わねばならん。
あたしはフツーにヒマだったんで! 今年はもう〈メアレス〉の仕事も終わりだし。
考えてみると不思議なものね、年越しを祝うというのは。年が明けたって何か変わるわけでもないのに。
雰囲気っすよ、雰囲気! みんなで祝うの、楽しいじゃないすか!
祝祭は、同じ文化圏に属する者同士の結束を強め、帰属意識を高めるにあたって非常に重要な儀礼だ。
めでたいから祝うというより、みんなで祝うことがめでたいんだ。そう考えれば、魔道士としては納得しやすいだろ。
なるほど……そうね。心の足並みをそろえるための儀式か。確かに、魔法にも通じるところがある。
リフィルがうなずいていると、小柄な影が駆けよってきた。
こんばんは、みなさん! 今年はどうもお世話になりました!
Aいえいえ、こちらこそ。
そうね。コピシュの剣には、いろいろと助けてもらったわ。
はにかむように笑ってから、コピシュが、あ、と気づいた。
リフィルさんとルリアゲハさんは、おそろいなんですね。
Aそうよ。妹が贈ってくれたの。
きれいな衣装ですね! わたしも、いつか着てみたいです。
じゃ、私か魔法で作ってあげる! マゴノテマゴノテ……。
待て、また変なことを――
サルノーテ!
…………。
なにが なんでだ!!
ところで、コピシュ。セラードはいっしょじゃないの?
お父さんなら、あっちでラギトさんとお話ししてます。
おっ、そんなら、まとめてあいさつに行きましょう!
Aそうね。どうせ門の方角だし。
story1-3
年越しの祝祭に参加するべく、門の前に多くの市民が集まっている。
そのなかにラギトとゼラードの姿を認めて、リフィルたちは歩み寄っていった。
ラギト | ゼラード |
よう、おまえら。へえ、面白えカッコしてんじゃねえか。
そこは〝似合っている〟と言うところじゃないのか、人生の先達殿。
大丈夫よ。〈徹剣(エッジワース)〉に剣以外の期待はしてないから。
お父さん。
……すんませんした。
いや~、でもやっぱ、リフィルさんがこういうカッコしてると、新鮮ですよねー。
そうね。私も、アストルムの正装以外で外出するのは久しぶりな気がする。
えっ、アレそんなんだったんすか!?
正確には〝リフィル〟の正装ね。魔法を使うにあたっての儀礼的な衣装として、代々、あれを着ることになってる。
まさかとは思うが……男でもか?
ふと、ラギトが談笑の輪から外れ、ふらりとルリアゲハの横に来た。
変わったもんだな、〈黄昏(サンセット)〉も。
そうね。あの子自身も言っていたけど、自分以外の魔道士に会ったっていうのが、やっぱり大きかったみたい。
彼女にとって大きな刺激だったのはまちがいないな。
心も身体も、一度固まってしまうと、なかなかほぐしにくいものだ。今は、いい具合にほぐれている。
ほぐれすぎて、こちらの予想を超えてくることも増えた。
膝枕とかね。
なんで知ってる。
うふん。
ラギトは、なんとも言えない表情でルリアゲハの送るウィンクをかわした。
(ま、でも……実際そうよね。
初めて会った頃に比べたら、ずいぶん変わったものだわ。
あの子も……それに、あたしもね)
story2
「魔道士……この都市って、そんなのまでいるの?」
「なにせ、夢と現実の狭間にある都市だ。そのくらいで驚いていては、身が保たんぞ。」
「肝に銘しておくわ。で――〈ロストメア〉ってのを狩ればいいのよね。」
「然様。腕に覚えはあるようだな。」
「まあね……っていうより、それしか取柄がないのよ、あたし。」
だから、妹に夢を預けることになった。国と民を守るという夢を。
国を出て、世界を旅した。あてのある旅ではなかった。自分がどうすればいいのかもわからなかった。
国を守る。ずっとそのためだけに生きてきた。その目標を失った今、なすべきことも、なさねばならぬことも見いだせなかった。
錨を失った船のように、ただ流れた。
世間知らずが災いし、何度か痛い目を見もした。鍛え抜いた武の技でどうにか切り抜けてきたが、自分の考えの甘さが、ほとほと嫌になった。
そんなとき、この都市の噂を聞いた。夢と現実のはざまにある都市。夢のない戦士を求めているという――
(〈メアレス〉……〈夢見ざる者〉)
まさに、今の自分だ。
それが求められているというのなら、少なくとも、他のどこに行くよりもマシなのではないかと思った。
目標も居場所もなく、たださまよう。
その生き方に耐えられるほど自分が強くないことは、とっくに骨身に沁みていた。
story2-2
「墜とせッ、〈墜ち星(ガンダウナー)〉ッ!」
「仰せのままに、っと!」
黄昏に染まる屋根の上を駆け、ルリアゲハは眼前の敵に銃撃を見舞った。
ファニング6連。国を出てから磨いた技だ。6発の銃弾のうち3発までが〈ロストメア〉を直撃し、よろめかせた。
「馳せ来れ、咆哮遥けき地雷!」
そこへ、リフィルの放つ魔法の雷撃が直撃――〈見果てぬ夢〉は悲鳴を上げ、魔力と化して砕け散った。
「一丁上がりね。」
「契約通り、魔力はもらう。」
「お好きにどうぞ。」
リフィルが糸を操ると、砕けた魔力が引き寄せられ、彼女の足元の魔法陣に吸い込まれていく。
「そこそこ大物だったわね。どう、〈黄昏(サンセット)〉。たまにはパーッと打ち上げでも。
「刹那的な享楽に使う金はない。」
「ちょっとくらい、いいじゃない。魔力、相当貯めてるんでしょ?」
〈ロストメア〉撃破の報奨金はルリアゲハが、奴らを倒して得られる魔力はリフィルが得る。ふたりは、そういう契約を結んでいる。
だからリフィルは、万年金欠状態だ。備蓄している魔力のうち、わずかばかりを魔匠具開発企業に売って、生活を維持している。
「この世に魔法の存在を示し続ける。それが私の役目よ。」
魔力の吸収を終えたリフィルが、じろりとこちらに視線を投げてくる。
「〝備蓄〟は多ければ多いほどいい。魔力が足りなくて魔法が使えない、なんて事態は万が一にも避けなければならないから。」
「だったら、あたしがおごったげよっか。」
「フェアじゃない。」
言い捨てて、リフィルは歩き去っていく。
「……はあ。」
ルリアゲハの重い嘆息は、煙突から上がる煙にまぎれていった。
***
「……って感じなのよ。
なつく気配のない野良猫に猫じゃらしを差し出してる気分だわ。」
〈メアレス〉行きつけの定食屋――〈巡る幸い〉亭。
そのカウンターで、相当に薄めた酒をちびちびとやりながら、ルリアゲハは嘆息する。
「誰に対してもあんなものだ、彼女は。」
隣の席に座ったラギトが、肩をすくめた。
「目的が、かちりと定まっている。だから揺るぎなく、強い。」
「そうね。確かに強いわ。でも――」
ルリアゲハは宙を見つめ、ぽつりとつぶやく。
「なんか、危なっかしいのよね。」
「心配なんだな。」
「放っとけないの。性分かもね。あたし、昔っから妹の面倒とか見てたし。
ウチの妹は、あんなにぐいぐい前に出るタイプじゃなかったけど。」
だからかもしれない。ほんのり酒の回り始めた頭で、ふと思う。
状況に流される日々を送りながら、どこかで求めていたのかもしれない。自分に道を示してくれる存在を。
世界最後の魔道士たるという使命を背負い、揺るぎない強さで戦い続ける黄昏の少女。
彼女とともにいる限り、少なくとも、手持無沙汰な日々とは無緑でいられる。
「あんたは好かれていると思うがな。」
だしぬけに、ラギトが言った。
ルリアゲハは、一瞬きょとんとしてから、うかがうように隣の少年の横顔を見やる。
「根拠。訊いてもよくて?」
「あんたたちはコンビをやってる。
孤高を買いていたあの〈黄昏(サンセット)〉が、認めたんだ。あんたを――背を預けるに足る相手だとな。
少年は、若さに見合わぬ鷹揚な笑みを浮かべてみせた。
「それが根拠じゃ足りないか?〈墜ち星(ガンダウナー)〉。」
story2-3
「弾もタダじゃないんだけど!」
ルリアゲハたちは、敵に囲まれていた。
〈悪夢のかけら〉――〈ロストメア〉が生み出す分身たち。十数という数のそれらが、ルリアゲハとリフィルを包囲している。
〈ロストメア〉を追って通りに出たら、これだ。初歩的な戦術に引っかかった自分が情けない。相手をただの怪物と侮りすぎていた。
「本体がどこかに隠れている! 探し出して仕留めるぞ、ルリアゲハ!」
危地にあろうと、リフィルは変わらず揺るぎない。ルリアゲハより一回り近く年下ながら、その肝はあまりにも据わりすぎている。
舌を巻いている余裕はなかった。次々に飛びかかってくるくかけら〉をかわし、反撃の銃弾を撃ち込んでいく。
リフィルも詠唱の短い魔法を駆使して戦っている。
ふと、その背後に影が躍るのが見えた。
「〈黄昏(サンセット)〉、後ろ!」
「――っ!?」
「はぁっ!」
銀の光が閃いた。
翳りひとつない、見事な太刀筋。長剣の一閃が、リフィルの背後に迫った〈ロストメア〉を瞬時に両断、霧散させていた。
同時に、〈ロストメア〉の生み出していた〈かけら〉たちも、まとめて塵と散っていく。
「噂の魔道士も、不意打ちにゃ弱いってか。」
現れた男は、長剣を鞘に納め、ニヤリと笑った。
「あなたも〈メアレス〉……って、聞くまでもないわね。」
「ゼラードだ。〈徹剣(エッジワース)〉で通ってる。〈メアレス〉歴は、まだ二月ってとこだ。」
人の獲物を横取りするのが、新入りのジンクスみたいね。
命を救ってやったんだ。少しは感謝してほしいね。
こちらが救ってあげたのよ。奴を魔法で迎撃していたら、あなたを巻き込むところだった。
そりゃどうも。
リフィルは、ふいっと顔を背け、憤懣に満ちた足取りで、その場を後にした。
ふんまん 怒りが発散できずいらいらすること。腹が立ってどうにもがまんできない気持ち。
取り残されたルリアゲハはゼラードを振り向き、両手を合わせて謝辞を示した。
「ごめんなさいね、〈徹剣(エッジワース)〉。あの子、あなたに怒ってるんじゃないの。自分の油断が許せなかったのね。」
「意地っ張りなガキの言うこった。別に気にしちゃいねえよ。
しかし、よくあんなのとつるんでるな。気難しいガキに頭ごなしに命令されるなんざ、俺ならごめんだ。」
「懐の広い女なのよ、あたし。」
実際、別に嫌ではなかった。
言い方が苛烈なだけで、リフィルにとっては〝命令〟ではなく純粋な〝呼びかけ〟に近い感覚なのだろう、というのがわかるからでもある。
「それはそうと――おまえさん、剣を使うな。」
「あら。よくお気づきで。」
「銃使いにしちゃ、足の運びがな。」
あっさりと言う。先の太刀筋でもわかっていたことだが、この男、並みの剣士ではない。
「10年。いや、もっとか。剣が身体に沁みついてる。相当な腕と見たがね。なんて使わん?」
「剣は捨てたの。もう、そういう時代じゃないしね。」
気を悪くするかと思いきや、ゼラードは皮肉げに笑うだけだった。
「違えねえ。時代遅れの身としちゃ、耳が痛いぜ。
だが、俺ァ不器用な男でよ。わかっていても捨てられねえ。俺が死ぬときゃ、こいつで死ぬさ。」
言って、身をひるがえす。
「剣とともに生き、剣とともに死ぬ……か。」
その背を見つめ、ルリアゲハはつぶやいた。
自分に、そこまでの覚悟はなかった。
剣も武も、国と民を守るための手段だった。だから、国と民を守るという目標が消えた今、それを手放すことに抵抗はなかった。
いや――捨てなければ変われないような気がして、捨てずにはいられなかった。
だからこそ、自身を不器用と評する男の背中が、今のルリアゲハには、ひどくまぶしかった。
「うらやましいわね。ああいう強さは。」
story3
「リフィル。あなたどうして、この都市に来たの?」
「その方が、魔力を溜めるのに都合がいいからよ。
夢を持たない私は、〈メアレス〉の条件を満たしている。
魔法を使うにあたっては、わざわざ魔力を買い取ってくるより、自分で〈ロストメア〉を狩った方が効率がいい。
もっとも――そんな〝リフィル〟の前例はないそうだけど。」
「え? 〝リフィル〟って――」
妙な物言いに、ルリアゲハは思わず目を瞬かせた。
「アルトルム一門の魔道士は代々その名を受け継ぐの。
この人形に魔法を使わせるための〝代替物(リフィル)〟という名前をね。」
ルリアゲハは息を呑みー―そして、わずかに目を伏せた。
「……そうだったの。ごめんなさい。そうとは知らずに。」
「気にしてない。その名前でしか呼ばれたことはないから。」
(それって……両親にさえ、そう呼ばれていたってこと?)
絶句する。
わからない。〝代替物〟――娘をそんな名で呼ぶ親の気持ちが。
あるいは――その親にしてからが、〝リフィル〟だったということなのか。
(だったらこの子が〈メアレス〉なのって……)
自分は夢を見たことがない、と、かつて彼女自身から聞いたことがある。
まだ夢を持ったことがない、という意味かと思っていたが――
(家の使命に押し潰されて……夢の持ちようもなかった、っことなの?)
そこまで考えたとき、ルリアゲハは、思わず問いを放っていた。
「それで……いいの?
夢を見たいって、思うことはないの?」
「夢は見ない。」
無造作に、だが揺るぎなく、リフィルは言った。
「夢を見たら〈メアレス〉でなくなる。〈ロストメア〉と戦えなくなって、魔力を稼ぎにくくなる。
だから、夢は見ない。見る必要もない。」
ルリアゲハは戦慄とともに悟った。
この子に感じた〝危うさ〟の正体は、これだったのだ、と。
(この子の強さは、〝知らない強さ〟だ……)
夢を持つことの喜びも、夢を失うことへの恐れも知らない。
生まれたときからの定めに従う。それしか知らない。
だからこそ、揺るぎない。揺らぐような余地がない。
(でも……決して揺らがない心なんてない)
揺るぎないこと――それこそが、彼女の強さなら。
その心が、初めて揺らぐとき。
彼女の強さは、すべてがすべて、瓦解するしかないのではないだろうか。
story3-2
「くっ…!」
「こいつ……!」
矢のような速度で突撃してくる異形を、ふたりは左右に跳んで回避した。
ぎりぎりかわせた、というところだった。とても反撃する余裕などない。
振り向くと、突き抜けていった〈ロストメア〉が反転し、じっとこちらの出方をうかがっている。
〝誰よりも速く〟。すれ違ったときに、そんな叫びを聞いた気がした。
願われた夢に応じて備わる固有の力。この場合は〝瞬間的な直線加速〟か。
「どうやら、連続しては使えないみたいね。」
「できたら、とっくに門に向かっている。」
「どうする?」
「魔法で拘束する!」
言うなり、リフィルが詠唱を始めた。ルリアゲハも何度か耳にしたことがある、敵を電撃で捕縛する魔法だ。
リフィルの詠唱には、長いものと短いものがある。どうやら長い詠唱の方が威力が高いらしい。
この場合は、長い詠唱の方だった。弱い魔法は通じないと見たのだろう。
「だったら!」
時間を稼ぐべく、ルリアゲハは前に出た。
敵がこちらを向いて、瞬時に〝加速〟する。弾丸と化した〈ロストメア〉の突撃を、ルリアゲハは横に転がってかわした。
体勢を立て直しつつ、動きを止めた敵へ1射。相手は、別方向へと〝加速〟して逃れる。
それでいい。リフィルの詠唱が完成するまでの間、彼女から遠ざかる方向に誘導するつもりだった。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
〝加速〟による突撃をかわし、あるいは、銃弾を見舞って〝加速〟をうながす。その一連を繰り返す。
(あの子の詠唱が終わるのが早いか、あたしの弾が切れるのが早いか……!)
あと3発。焦りを噛み殺すようにして撃つ。
敵は゛加速、、して回避――しなかった。
ぎりぎりのタイミングで、身じろぎでかわし、それからようやく〝加速〟した。
こちらへ。まっすぐに。
(見切られた――!?)
衝撃が、全身を貫いた。
かわそうとしたが、かわしきれなかった。ルリアゲハの身体は、突き抜ける悪夢に引っかけられるようにして吹き飛んだ。
「うあっ……!!」
軽々と宙を舞い、叩きつけられるようにして橋上に転がった。
反射的に受け身を取るよう身体が動いたが、それでも身を引きちぎられるような激痛が襲う。
「く、う……。」
戦士の本能で身を起こそうとするルリアゲハの目に映るのは、こちらにとどめを剌すべく反転する〈ロストメア〉の威容。
敵が、即座に〝加速〟――死を運ぶ弾丸と化して突っ込んでくる。
避けられない。そう悟った瞬間、ふと、すべてが軽くなった気がした。
(こんなものか……)
逃れようもない死。その存在を、彼女は静かに受け入れた。
夢は妹に預けた。思い残すこともない。目標も居場所もなく、流されて戦い続ける日々。いつどこで終わったところで、変わりはしない。
戦い続けていれば、いずれこんな日は来る。それがたまたま、今日だというだけの話だった。
リフィルの身の安全だけが気がかりだった。だが、彼女の詠唱はもう終わるはずだ。
敵が自分にとどめを刺した後、拘束の魔法が――
「〈鉄 血 鋼 身 ッ(クルオル・フェッレウス)〉! !」
叫びとともに、弾丸が来た。
華奢な影が横合いから飛来――ルリアゲハに突っ込んでくる〈ロストメア〉の横腹に弾丸の勢いで突き刺さり、吹っ飛ばした。
「……え?」
「〈ロストメア〉も……不意打ちには弱いか……。」
巨体を力ずくで跳ね飛ばした少女が、ふらつきながら、ぶつぶつとつぶやく。
「身体強化(フィジカル・リーンフォースメント)を応用した瞬間加速……思いつきでも、やればなんとかなるものね。」
自らも少なからぬダメージを負っているだろう彼女に、ルリアゲハは、あわてて声を上げた。
「ちょ、なんで――」
「なめるな、ルリアゲハ。」
彼女は言った。厳然と。起き上がるうとする〈ロストメア〉の姿を、苛烈の瞳で見据えながら。
「あなたとコンビを組んだのは、あなたを使い捨てるためじゃない。
こういう強敵(あいて)に勝つためよ!」
起き上がった〈ロストメア〉が、怒りの咆哮を上げて゛加速、、した。
リフィルは、その突撃をひらりとかわす。
そこに、敵が向き直った。
拘束魔法から切り替えて使用した強化魔法の効果。しかし、身に負ったダメージで思わずせき込む。
その背後から、ルリアゲハは銃撃した。
こちらの存在を忘れていた〈夢〉は、背中に銃弾を叩き込まれ、絶叫する。
その間に、ふたりは距離を取った。
「無茶をするわね、まったく!」
「無茶のひとつで勝てるなら、やらない理由があるものか!」
苦痛を振り払うように、リフィルは吼えた。
「あんな奴に負けてやるつもりはない。意地のすべてで打ち負かす!」
(意地――)
忽然として、ルリアゲハは理解した。
(そうか。あたしがこの子に見たものは、゛知らない強さ、、だけじゃない――)
家のためだとか。使命だとか。
そんなものでは隠しきれない、確かな強さ。彼女の心の奥から湧き上がり、その瞳を強くきらめかせるもの――
意地。
夢もなく、目標もなく、居場所もなく――それでも、彼女の奥には意地がある。゛負けてたまるか、、という何より純粋な意地が。
そんな、誰にでもあるようなものが、彼女はきっと、人一倍、強いのだ。
意地。自分にもあるだろうか。
いや、ある――ないはずがない。
(この子がこうまでがんぱってるのに、年上のあたしがへこたれてちゃ、格好ってもんがつかないわ!)
夢なきその身に残された、愚にもつかない見栄と意地。
戦う理由は、そんなものでいい。
「しょうがないわね……!」
ルリアゲハは立ち上がる。艶やかな唇を笑みで歪めて。かつてないほどの昂揚にまみれながら。
「なら、ひとつ――意地の見せ合いっこといきましょうか!」
story3-3
ちょいと来てくれんかね、おまえさんたち。
アフリトの声で、ルリアゲハは回想から引き戻された。
アフリト翁? 何か問題でもあったの?
あれを見とくれ。
アフリトが指差す先――広場の近くの屋根の上に全員が注目する。
そこに、小さな影がいくつも飛んでいた。
あれは……〈ロストメア〉!?
いや。〈ロストメア〉ではない。もっと小さな願望――いわば煩悩のようなものが、魔力によって実体化しているようだ。
煩悩……。
ひとまず、〈ボンノウン〉と名づけた。
他になかったの。それ。
リフィルが半眼で送る視線を、アフリト翁は、さらりと無視した。
門を潜ろうというそぶりはないが、放っておいていいものでもない。ひとつ、片づけてはくれんかねえ。
しゃあねえ、相手してやるか。ちょうど年明けまでヒマしてたところだしな。
広場には多くの市民がいる。怪物を近づけさせるわけにはいかんな。
ああ。屋根の上で迎え撃つぞ!
うすうす!
「おいしいものいっぱい食べたーい!
「楽してお金もうけたーい!
小さな怪物たちが、屋根の上でわきゃわきゃとわめいている。
しゃべった。
まさに煩悩という感じね。
「今ならオトク! 業務用デジタル扇風機ィーーーー!
「水泳部、部員募集中でーす。
なんか意味わかんないこと言ってるのが混じってるけど。
この世のものではないねえ。おそらく、異界から流れてきた煩悩だろう。
異界、って……あの魔法使いさんのいたとこ?
そうとは限らんさ。なにせ、異界というのはたくさんあってねえ。
それで、どうして異界の煩悩なんてものが、ここで〈ボンノウン〉になっているわけ?
もともとここは、夢と現実の狭間という不安定な土地柄ゆえ、異界と通じやすくなっているのさ。ひょろっと妖精がやって来たりねえ。
まさか、以前、門の魔力が都市中に広がったせいで、そういうものを招きやすくなっているのか?
なんだっていいだろ。とっとと片づけようぜ。あ、報奨金は出るんだよな?
無論さ。とにかく時間が惜しいのでねえ、今日は倒した者勝ちということで頼む。
お駄賃つきの大掃除、しかも手柄はみんなで取り合い、ってことね。
そんなら負けてらんないっすね! あたし、こないだ全財産はたいてるんで!
こっちも長え病院生活で借金がたまってるんだ。ここいらでボーナスもらっとくとするか。
〈メアレス〉たちは、それぞれの得物を携え、屋根の上の〈ボンノウン〉へ向かっていく。
〈ボンノウン〉も、こちらの接近を感知して、即座に牙を剥いてきた。
稼がせてもらうぜ!
下天ボンバー!
細い雷条が走った。ゼラードの目の前にいた〈ボンノウン〉が、その直撃を受けて消滅する。
「ぎょわー。
「んぎゃー。
あ、こら〈黄昏(サンセット)〉てめえ!
倒した者勝ちでしょ。うかうかしないことね。
っうかなんだ今の適当な魔法!
省略詠唱よ。リピュアの魔法を参考にしてね。最低限の意味的拠り所を維持できるフレーズにノリと勢いを掛け合わせて発動させた。
我ながら、なかなかの高等技術よ。〈ロストメア〉には通じないだろうけど、この程度の連中ならちょうどいい威力ね。
魔法ってわかんねえー……。
げんなりとうめいてから、ゼラードは、別の方向に駆け出していく。
しゃあねえ。なら、邪魔されるより早く仕留めて――
八十葉ドーン!
ゼラードの行く先に雷光の檻が立ち上がり、〈ボンノウン〉をまとめて薙ぎ倒した。
「にょぎゃー。
「しびびびびび……。
おまえな!
やるからには勝つ。そういうものでしょ。
「おとなげないねー。
「ねー。
降り荒べ。
「ぎゃー。
まったく、忙しないこと!
ルリアゲハは次々に銃弾を叩き込む。弾丸を受けた〈ボンノウン〉たちは、ぼこん、べこん、と跳ね飛ばされ消滅していく。
「女の子が、好きだッ!!
いま何か踏んだ?
「ケダモノォ……。
大した相手ではないが、とにかく数が多い。リフィルとルリアゲハは、互いの死角をカバーするため背中合わせに構えた。
まさかこの都市、こんなものまで出るなんてね。今度、あの子に教えてあげなくちゃ。
そうね。私も、たまには実家の両親に手紙を出そうかしら。
何気ない一言に、ルリアゲハの動きが止まる。
……え? あれ? リフィルさん? ご両親と、その……仲、悪いんじゃないの?
そんなこと言った?
言われちゃあいないけど………。
娘を〝代替物(リフィル)〟と呼ぶ両親だ。まさか仲がいいはずはないだろうと思っていたが。
(あー、でも……それは、しょせんあたしの尺度か)
世の中は広い。自分の常識だけで語れるものではないのだ。肝に銘じていても、ついつい忘れがちになるが。
もうけっこーやっつけましたけど、まだまだぜんぜん、うじゃうじゃもりもりっすね!
でも年明けまでには終わらせないと、ゆっくり花火が見られなくなっちゃいます!
雲霞のごと〈押し寄せてくる〈ボンノウン〉らを前に、リフィルが勇ましい笑みを浮かべた。
こういう相手には、どうするんだったかしら? ルリアゲハ!
そりゃあもちろん――
「「数撃ちゃ当たるの理屈で攻めるッ!」」
そういうわけで、派手に行くわよ。
ファニング横薙ぎ、〈厄墜とし〉! ってね!