【黒ウィズ】シェイナ・メイヴ
シェイナ・メイヴ
2015/06/16 |
ウィズセレ
紅蓮の双眸には、朽ち果てた城壁が映っていた。
細い腕に、深く……深い赤色が浮かんでいる。
何かを喰らったあとのように――
その手からは、粘性の液体がこぼれ落ちていた。
「……ここにはいない。」
緋眼の少女、シェイナ・メイヴには、どうしても見つけなければならない“モノ”がいた。
何日も何年も探し続けていたが、しかし一向に出会えないでいる。
「臭いがある。気配がある。必ずこの先にアレはいる。」
シェイナには確信があった。
自身を仄暗い世界に叩き琲としたあの女が、ここを進んだ先にいるという確信が――。
この世界に生まれ落ちてから、ひとりだった。
シェイナ・メイヴはそれゆえ、孤独でいることを好み、他者との関わりを嫌った。
だが世界は、彼女に優しくなかった。
人は人へと善意を押しつけ、愛と希望を語る。
他人との接触で安寧を得て、繋がり合うことで自分自身を守ろうとする。
シェイナはひとりになることができず、ひとりでいることを許されなかった。
「……だから消してやった。」
自身に必要のないありとあらゆるものを、この手で捻り潰し、住みやすい環境に整えただけ。
ゆくりなく差し伸べられた善の手を、シェイナは憎しみを込めて振り払った。
破壊されたあらゆるものが、今もなお傷跡として残っている。
やがて世界は、善意を与えるのをやめた。
――世界は、シェイナを嫌悪した。
だが彼女は破壊の手を止めず、世界を徹底的に潰そうとした。それは許されざる行為であった。
天よりの使いである“アレ”が彼女を深く、ただ深い底へと叩き落とした。
シェイナにとって、耐え難い屈辱であった。
必ずあの女を見つけ出すという意思を持って、彼女は歩み始める。
story2
「ようやく見つけた、ゲネス・クリファ。」
「あなたは……確か……。」
シェイナの眼前に立つ女性は、間違いなく彼女の探し人だった。
“今度こそ逃さない”――シェイナの瞳が決然と語っている。
「この愛おしき世界にいられなかった、哀れな子。シェイナ・メイヴ、思い出しました。」
「おまえに落とされてからずっと……私はひとりでいられなくなってしまった。
おまえのことが憎い。私の中に黒く淀んだ感情が芽生えた。
私はひとりでいたい。だというのに、私の中にはおまえがいる。
おまえをこの手で捻り潰すまでこの思いは消えない。」
「世界を忌み、世界に忌まれた子。シェイナ・メイヴ。あなたは決してひとりにはなれない。」
”許さない”
シェイナは、心の奥底で呟いた。
私の静かで平和な世界を、いたずらに破壊した天の使い。
「私を捻り潰す――というあなたの言葉。ええ、おそらくそれは容易でしょう。あなたは強い。
しかし〈祝福〉は既になされている。あなたをひとりにすまいと、ほら――。」
「――っ!?」
「その美しい体の背後から〈祝福〉の手が伸びていますよ。」
異形の魔物がシェイナの後ろに忍び寄り、四肢に触れようとしていた。
――シェイナは己の内に魔力を込める。
視界に飛び込んできた魔物に向けて、彼女は憎悪を解き放つ。
「失せろ。私の視界におまえはいらない。」
story3
「あなたのその力を、正しき道に使えるのなら、あなたは世界に愛されたものを……。」
「私は私だけを愛している。私さえ存在していればいい。」
魔物を打ち払ったシェイナは、揺らぐことのない瞳で、ゲネスにむけ言い放った。
「〈祝福〉されたあなたは、本当の孤独には至れない。ひとりで生きることはできない。
厭われ恐れられ避けられた、哀れな子。シェイナ・メイヴ。
――あなたの刃が、この身に届くことはありません。」
そう言い残して、ゲネス・クリファはシェイナの前から姿を消した。
まるで“世界”に存在していなかったように、僅かばかりの気配も残さず。
……また追いつけなかった。
シェイナは、小さく呟き空を仰ぎ見た。
だけれど必ず、私はおまえを排除する。
……私の世界のため。
シェイナの瞳に、強い炎の色が宿る。
彼女は歩みだした。彼女の愛する自分自身のために。