【黒ウィズ】ディール・ロクスビー編【ウィズセレ】
ディール・ロクスビー編(ウィズセレ) |
この世には変えられぬ理がある。
変えられぬが故にそれを曲げようという望みはとても大きなものになる。
自然、欲の上に欲が絡みあうようなことも多い。
「お前がリセルか。」
青年の呼び声に応じて、闇の帳の後ろからひとりの女性が姿を現した。
「そう……。お前が依頼者のティールか。」
彼女のまとう衣を見れば、彼女と青年の間に文化的な断裂がある。
そんなことは容易に見て取れた。
「本当によいのか……。」
「構わない。妹を奪った世界など信じる気にならない。」
それは信仰するものも違うということを意味している。
一方から見れば、異なる信仰は外法とも言い得る。
だが外法と呼ばれる方法も、信仰を失った者からすればひとつの方法に過ぎない。
外に出てしまえば、それはもはや外とは言えないのだ。
「多くは問うまい。あとはその娘が決めることだ。」
そう言って、彼女は胸の前に両手を持っていった。
まるで小さな何かを抱くような手の形である。
ぼんやりと淡く光る玉が彼女の周りに飛び交った。
「では潜る。暗く深い地へ。」
彼女は歩を進めると……。
周囲の景色は一変し、全ての色彩が失われた黒の世界に様変わりした。
もう一歩踏み出すと……。
「む……。」
匂いの世界が失われる。次の一歩では……。
音の世界。その次は……。
味覚だろうか? 歩を進めるごとにひとつずつ体の感覚が冷たい手によって奪われてゆく。
一枚一枚、衣をなめらかにはぎ取る様に……。
やがて皮膚の感覚すら奪われ、自分が今どこにいるかも定かではなくなる。
無。あるいは死。と呼べばいいのだろうか。
だが……。彼女は冷たい手によってはぎ取られた衣を一枚ずつ取り戻す。
それが彼女を特別たらしめている所以。
ある人々には外法と蔑まれる力。
「時間はない。早く娘に会わねば。」
story2
帰ってくる時も黒き地との狭間では再び衣を全てはぎ取られ、完全な無となる。
一枚一枚が冷たき手によって、彼女の肌の上に重ねられる。
ようやく俗な匂いが鼻腔をくすぐった時、いつも彼女は帰ってきたことを実感する。
闇の中から再び彼女は現れる。
「待たせたな。」
その声を聞いた青年は怒りのこもった目を彼女に向けた。
「話が違うぞ! 妹は! 妹はどうした。」
怒りなど彼女にとって何も恐れることはない。涼しい顔で彼女は返した。
「約束通りだ。」
その次の言葉を彼女は躊躇することなく、青年に告げた。
「お前の妹が戻ってくることを拒否した。それだけだ。」
「なんだと……。」
「帰ってきたいと思わない者を連れ帰る訳にはいかんからな。」
「やはり、そうなのか……。」
青年のやつれた顔に流し目を送りつつリセルは踵を返した。
そのままその場を去るつもりだった。
なんの気まぐれか、ふと彼女はいつもならまとわぬ衣を一枚、肌に重ねた。
「ただ、お前を赦すと言っていた。
いつか、会えるかもしれんな。」
青年はその言葉に慌てて追いすがる。
「どうすればいい! どうすれば、妹を蘇らせることが出来る?」
震える手が彼女の衣を強く握りしめていた。
「この手で……。」
「外法だぞ。」
「それは……どこから見た外だ。」
「フッ。 いいだろう。」
そして二人はひとつ歩を進めた。その道がどこへ向かっているかは……。
どこから見たかによる話。