【黒ウィズ】幻魔特区RELOADEDⅢ Story1
「ガァアアアアアアアアアアアッ!
その獣じみた呻き声は、ファルサが正気ではないことの端的な証だった。
展開したガーディアン・アーマー、リススレニスの苛烈な荊がレグルに、テーラに、タイシに、容赦なく殺到する。
「ファルサ! お願いもうやめて!
テーラがまとうガーディアン・アーマー、ユースティティアの電気弾がリススレニスに命中。
ファルサの動きが止まる。狂気にまみれていたファルサの瞳から、ひと雫の涙が零れた。
「レグルの〈精神与奪〉は……人間には使いこなせない技術なのね……。
辛うじて己を律しているかのように、ファルサは歯を食いしばっている。
「疑似システムなんて使うんじゃなかったわ……。自分の心がわからなくなっちゃった。
あれをまだ使い続けていたのか! ウシュガ博士から止められていただろうに……!
あたしは死にたくない。でも、もしも死ぬのなら……死を一生の思い出にしたいの。
第3ハイガド研究所の戦闘フィールドに嗚咽がこだまする。
「だから、わけもわからないまま死ぬのは、絶対に嫌。
あたしの正気が残っているうちに――殺してちょうだァアアガアアッ!
ファルサの咆嘩に反応した疑似カリュプス分身体がその周りを囲む。
破壊衝動に呑まれた彼女は自分たちの同類だと言わんばかりに。
「クソッ! どうして……どうしてこんなこと!
うつむきかけたレグルはカッと目を見開き、ファルサを見据える。
「やるしか……ないのかよ!
レグルは目を閉じて、複雑に歪んだファルサのソムニウムを見据える。
〈精神与奪〉で、猛るファルサを鎮め――
「なに目ェつぶってんのよォオオオ! こんなときまで眠って死にたいわけッェエヒアッ!
目を間けずとも、ソムニウムの揺らぎで攻撃がわかる。
レグルはガーディアン・アーマー、サルヴァトルの鈎爪で荊を受け止め――
「……もう、終わりにしよう。
ファルサのソムニウムを奪った。
レグルの中で、毒々しいソムニウムが暴れ回る。
そして、狂ったソムニウムをそのまま返した(・・・・・・・)。
静寂の中、倒れていたファルサが身体を起こす。
「いい感じだったわね! ドラマティック訓練。
「いや、やりづらいって。
「それが目的なんじゃない。実戦でもやりづらいのなんのって言い訳する気?
「〈精神与奪〉しまーすってお膳立てされたやっても意味ないでしょう。やるしかないって状況でやってのけないと。
「やってることは滅茶苦茶だけど言ってることは割と正論だ……。
「にしても! ファルサの演技、気合入り過ぎだろう!
〈精神与奪〉で仲間のソムニウムを扱う訓練は今までに何度か行っている。
しかしドラマティック訓練、は初めてのことでレグルはすこぶるやりづらさを感じた。
ヴァレウスとの戦いで扱うことができた〈精神与奪〉。
対象からソムニウムを奪ったり、逆に与えたりすることができる能力。
しかし、この力を極めたとは言い難い。ヴァレウスと対等以上に渡り合えたのは、火事場の馬鹿力のようなものなのかもしれない。
「そんなことよりテーラ、セリフ飛ばしたでしょ。台本も覚えられないガーディアンなんて、お笑いだわ。
「ち、違う! 飛ばしてない! あの場面は冗長なセリフを続けるより、すぐに撃ったほうがいいと解釈しただけ!
「あっ、この感じはほんとに飛ばしたんだ。
「明日やるドラマティック訓練のセリフは長いわよ? テーラが主役なんだから。
「わ、私が主役!?
「弧高の料理人テーラが、バカ舌というハンディキャップを乗り越えて、最強の格闘家になる王道サクセスストーリー。
「ハンディキャップを乗り越えてない!
「ライバル料理人役にタイシ。ライバル格闘家役があたし。レグルはいい役がなかったから一回休み。
「レグルの訓練でレグルを休ませるな!
「私より、レグルがバカ舌料理人の役をやるべき。
「うーん、レグルは料理人って感じしないわね。バカ舌の……マジシャンでいきましょう。
「なんでバカ舌を軸にしてるの?
「大体、ドラマティック訓練の有効性も疑わしい。〈精神与奪〉を解析してくれるウシュガ博士と、レグル自身の意見をもっと聞くべきだよ。
「レグルは……ってレグル? 話聞いてる?
テーラに声をかけられ、ぼんやりとしていたレグルは我に返る。
「あんた、ぼーっとして。腑抜けてるんじゃないの?
「……いいや、腑抜けてないよ。腑抜けるわけないって。おれが頑張らないといけないんだから。
思っていた以上に声が硬くなってしまったので、明るさを意識して言い直す。
「つまり、おれが主役。うーん、いいね。おいしいポジションだ!
研究材料が貯蔵されているマテリアルルームの隅で、シロはうずくまっていた。
ぐでんとしているのはいつものことだが、時折弱々しい鳴き声を漏らしている。
「どうしたんだよシロ。元気出せって。
言ってから、虚しさを覚えた。ガーディアン・アバターは心の分身。つまり元気がないのは自分自身だ。
「ばぁ~う?
レグルこそどうしたんだよ、とシロから聞き返された気がした。
「強くならないとって、魔法使いにも言ったのにな……。
「英雄だって、泣いていいんだよ」と魔法使いは言ってくれた。
でも、泣いたからには、そのあと強くならなくちゃダメだ。
「おれ、あれから強くなれたのかな。
〈精神与奪〉の扱いは確実に巧くなったと思う。
それはレグル自身の戦闘能力に直結するし、仲間との連携という点においても戦力の底上げになりえる。
「でも、そういうことじゃないんだよな、強くなるって……。
(ヴァレウス……いや、兄さん……。なんて呼んだらしっくりくるかもわからないままだよ……)
話しかけても、言葉は返ってこない。受け取ったソムニウムの放つ熱だけが、胸の内にある。
レグルがヴァレウスから受け取ったのは、親愛の念と呼べるようなやさしいぬくもり。
そして、並々ならぬ熱を帯びた大義。〈王〉への忠誠心。
「〈王〉ってめちゃくちゃやばい奴なんだろうな。
レグルは〈王〉の脅威を実感(・・)として得ている。
顔はわからない。どんな攻撃を仕掛けてくるのかもわからない。
それでもレグルは、ヴァレウスのソムニウムを通して〈王〉の強大さを嫌というほど感じ取っていた。
〈王〉と直接戦うことになったら、厳しさはヴァレウス戦の比ではないだろう。
人間やガーディアンが〈精神与奪〉を扱うための疑似システムを生み出そうとウシュガ博士が研究をしていたが、計画は頓挫してしまった。
「やっぱりおれが……やるしかないんだ……!
全身が強張り、声が震えている。
「あー違う違う違うノリが違う!
レグルは両手で自分の頬を叩いた。
「おいしいポジション! おいしいポジション! おれが英雄! おれがヒーロー! よっしゃあ! 午後の訓練だ!
「うぅ……あぅう……。
「……まった<。シロは正直だな。でもこんな顔、みんなに見せるわけにもいかないじゃん。
もう一度無理矢理気合いを入れ直そうとして、やめる。
「眠いってノリでいこう。うん、そっちのがマシだよな。
レグルはシロを抱き上げ、戦闘フィールドに向かう。
訓練を終えてひとりになった途端、レグルの顔から笑みが消える。
星(オレ)の目から見たらレグルはまるでダメだった。いや、誰の目から見たってダメだろう。
おそらく今のレグルは弱さを見せることが弱さだと思ってる。だから無理して明るく振る舞おうとしてる。
アホかと思う。そんなんだからうんこマン呼ばわりされるのだ。
ひとりで隠れてうじうじしてんじゃねえよ! お前そんなんでオレのこと守れんのかよ!
……なんてことを、オレはレグルに〈声〉としては届けない。
そんなことは、言われなくてもわかっているはずなのだ。
わかっていてもどうにもならないという状況だってあるだろう。
それでも、誰かがレグルに声をかけるべきだとオレは思っている。
そしてオレはその〝誰か〟になるつもりはない。オレよりも相応しいやつらがいるからだ。
「レグル、眠ってるかい?
「どうせ寝てないんでしょ? ちょっとツラ貸しなさいよ。
すっかり最近のレグルとシロの居場所になったマテリアルルームにタイシとファルサが入ってきた。
「そういえば最近、レグルと英雄譚の話をしていないと思ってさ。
「もともとしてないだろ。
タイシはレグルの隣に座り、ポータブルデバイスの画面を操作する。
「ガルデニアロッド英雄譚第13章21節――
タイシ・ハナフサは幼少期、ガーディアン・アバターを自在に操る神童と出会ったことで、英雄を目指すこととなる。
その神童こそ、レグル・ウォークスであった。
「はは、なんだよそれ。
「きっと未来の英雄譚にはこんなことが綴られるんじゃないかと思ってね。
直接伝えたことはなかったけど……。僕が英雄を目指すきっかけになったのは、レグルなんだ。
それまで憧れるばかりだった英雄に、自分もなろうと思ったんだ。レグルは僕にとって、身近な英雄だったんだよ。
「つまり、キワムにはなれないけどレグル程度ならなれるって思ったの?
「ファルサ! なんてことを!
「褒めちぎるばっかりじゃリアリティがないわ。程よくなじりを交えた褒めのほうがほんとっぽくていいのよ。
「よくわからないけど、おれのこと褒めようとしてくれてんの?
「最近あんた元気ないみたいだから、励まそうって話になったのよ。
「ああもう洗いざらい全部言うなんて!
「いきなり褒めるなんて白々しいんだから、バラしちゃっても同じよ。さあ、今度はあたしの番ね。
「あたしは…………特にエピソードトークないわ。
何もないのかよ。
「でも、レグルと一緒に戦いたいと思う。これすごいことよ。何もないのに一緒にいたいんだから。
レグルは目を閉じて、深く息を吐いた。
「心配かけてごめんな、ふたりとも。うまくやってるつもりだったんだけどなあ。
「実は、レグルを励まそうって言い出したのはテーラなんだ。
「すごい成長だと思わない? あの子が誰かを気遣って、その上ひとりでなんとかしようとせずにあたしたちを巻き込んだんだから。
「……そっか。テーラがそんなこと言うなんて、確かにすごいな。
オレはレグルたちを見ながら、同時にテーラのことも見る。
伝えたい言葉がうまくまとまらなくて、うなりながら壁に頭をこすりつけている。
「……やっぱり、訓練しかない! ロイドもそう思うでしょ?
テーラはロイドの返事を待たずして、部屋を飛び出し――
「レグル! ドラマティック訓練の台本を考えたの! 今すぐ準備して!
レグルの前にやってくるなり、わけのわからない提案をした。
考え抜いた末ドラマティック訓練に行きつくのだから、テーラがポンコツだというのも否定できないかもしれない。
「設定はシンプル。レグルは仲間に本音を言わず、何かを隠している役。
私はそれに憤って、本音を聞き出そうとする役。
それは設定でも何でもない、現状そのものだった。
それでもテーラの目は真剣そのものだった。
不器用すぎるこのガーディアンは、回りくどいことをしながらも、憤りをそのまま力としてぶつけようとしているのだ。
「さあ、ガーディアン・アーマーを展開して。レグル!
「どうして私たちに何も言ってくれないの!?
テーラは叫びながら、レグルに向かって容赦なく銃弾をぶっ放す。
使っているのは威力を抑えた演習用の弾丸。しかしその弾は既製品ではな<、テーラのソムニウムが生み出したものだ。
「ヴァレウスを倒したことを後悔してるの!? それともまだ自分の立場に責任を感じてるの!? ひとりで抱え込まないで、言ってよ!
演習弾とは思えぬ威力なのは、気持ちの昂りがそのまま性能に直結しているからだろう。
レグルがガーディアン・アーマーをまとってなければ致命傷に至るような代物だ。
「おれだって全部吐き出したいけど……強くならなくちゃいけないんだ!
サルヴァトルの鈎爪を盾のようにして銃弾を弾きながら、レグルはテーラとの距離を詰めて接近戦に持ち込もうとする。
「レグル、前に言ったよね? 臆病な私が蓄積思念を削除して、ひとりで戦い続ける道を選ぼうとしたとき――
「誰にも頼らない強さは、きっといつか折れるって! 今のレグルは、折れるよ!
懐に飛び込んでこようとするレグルに向けて、テーラはユースティティアのアームを畳み一斉射撃でレグルを吹き飛ばす。
レグルは戦闘フィールドの壁に叩きつけられ、展開していたサルヴァトルが消えかかる。
「私は言いたいことを言った。だからレグルも、全部言ってよ!
更なる追撃の銃弾。さすがにやりすぎじゃないか!?
ガーディアン・アーマーが消えかかってる今のレグルに命中すれば――
サルヴァトルが吼え、迫る銃弾を叩き落とす。
「いってぇ……これ訓練ってレベルじゃないって。
でも、目が覚めた。自分の弱さから逃げるってのが、一番弱いよな。
そうだよな。おれには、おれの弱さを受け止めてくれる仲間がいる。さあ、訓練の続きだ!
「……そうこなくちゃ!
「確かにヴァレウスのこともある。自分の正体のことだって気にしてないわけじゃない。
「でも結局何なんだって言えば、おれは単にビビってるだけだ! 〈王〉と戦うのが怖いんだ!
レグルは弱音を吐き出しながら、テーラに向かっていく。
「だいたいおれは戦いたくないんだよ! もっとのんびりしていたいんだ!
目にも留まらぬ釣爪の連撃。テーラに反撃の余地を与えない。
「夜は早くに寝たいしッ! 朝だって起きたくないッ! 昼過ぎに起きたいッ!
大きく振りかぶった渾身の一撃。不可避と判断したユースティティアがアームを伸ばしてテーラの前に装甲を展開――。
サルヴァトルの一撃が入る寸前で、レグルは攻撃を止めた。
「それでも、戦わなくちゃいけない。だからみんな、おれは情けないだらしないビビりだけど……よろしく頼む。
「言われなくても、私たちはそのつもり。でも、言ってくれてありがとう。
「あはは! レグルってばほんとクソダサダサダサマンね! そういうところ好きよ!
鬼気迫るドラマティック訓練を見守っていたファルサとタイシが駆け寄ってくる。
「ひとりで背負い込んではいけない。それは英雄譚が証明している。僕たちみんなで戦っていくんだ!
オレが〈声〉をかけなくたって、こいつらはうまくやっていける。オレはそれを見守ればいい。
「わわわ、出た。
「ピリア!?
いつの間にか、みんなの輪の中にピリアがいる。
「ほんとは力をためてないといけないんだけど、うれしくなって出てきちゃった。
わたしもみんなといっしょにがんばるよ。
ガーディアン初心者のオレはまだピリアを安定して扱えない。
いざというときに召喚状態を維持するため、ピリアの召喚は控えていたのだ。それなのにこいつは勝手に出てきやがって。
……まあ。ガーディアン・アバターは心の分身なのだから、オレ自身が〝うれしくなっちゃった〟わけだが。
そりゃ無理もないだろう。オレを守るために、みんながソムニウムを輝かせているのだから。
「みんなでがんばるために、みんなでごはんを食べよう。ごはんを食べると元気と勇気が出るよー。
こいつメシの話ばっかりだな。
でもオレはそれが間違っているとは思わない。生き物ってのは大昔から変わらず、仲間とメシに元気づけられてきたのだ。
それからレグルたちはみんなでメシを食う。肉と魚。それと果物。
食後はピリアの発案で、マルを転がして遊ぶ。
こんなもの一体何が面白いのかという遊びが、笑顔を生む。
「マルはどうしてこんなに転がるんだろうね。しかくいマルがいたら、転がらないのかな。
だがそんな時間は唐突に終わる。
オレは動揺する。オレ以上に動揺しているのは人工知能カムラナだ。
未来のあらゆる可能性まで見えているはずのあいつが、動揺している。
唐突に現れた外敵。そいつはソムニウムのような精神体となり、カムラナの中に侵入する。
わずか数秒でカムラナのシステムは落とされる。大ロッドを始めとする主要施設の機能が停止する。
星(オレ)は、危機に晒される。
君は見知らぬ場所で倒れている。
人工知能カムラナの要請による異界移動は、いつだってスマートだった。しかるべき場所に、しかるべきタイミングで。
しかし今回は、何から何まで今までと違った。
まずメッセージからして不穏だったし、異界移動に関しても、頭の中をかき混ぜられたかのような痛みと吐き気に襲われた。
「キミ……大丈夫かにゃ?
なんとかね、と言って君はよろめきながら立ち上がる。
そして、今回の異常事態から導き出される懸念が君を襲う。
果たしてここは、自分がいるべき場所なのだろうか?
全く見当違いの場所にいたとすれば、この世界の危機を救う手助けができないかもしれない。
「とにかく、この洞窟から出るにゃ。外に出れば大ロッドが見えるかもしれないにゃ。
君はウィズを肩に乗せ、洞窟の出口を探す。
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