アレスビハインドストーリー
アレス
アレスは、持って生まれた強さや誠実さで試練を乗り越え、主神の座を得ることができた。アレスは自分の力をどこに費やすべきか悩んでいた時、人間界に興味を持つようになった。人間たちの、限りある人生の中で必死に自分の存在意義を探す姿が、とても興味深かった。アレスは人間界に降り、人間たちとたくさんの時間を過ごした。
アレスはいつも正しく、間違ったことには明確で論理的に説明し、人間たちに間違っている事を教えた。そうやって自身の力を、本当に必要としている所へのみ最小限に使ったのだ。人間たちは、そんなアレスを尊敬した。一時はアレスの剣は定義の象徴とされていた。自分の思い描いていた理想世界に向け、人間たちを率いているようでアレスはとても誇らしかった。
人間界にいる間、アレスは人間に恋をした。アレスは妻となった女性を心の底から愛したのだった。二人の間に愛らしい子供も授かった。アレスの妻は聖女として崇められ、アレスは死ぬまで妻を大切にし、守り、定着した国の平和を維持させた。妻が死んだあと、アレスはぽっかりと心にあいてしまった穴を埋めるため再びオリンポスに戻り、上から人間界の様子を伺い人間界の世話をした。
人間界の変化は目まぐるしかった。アレスの子孫たちは王室、貴族層から国を率いた。アレスの存在が忘れられかけていた頃、人間たちはアレスの子孫に対する神格化を否定したり嘲笑するようになり、戦争を起こし滅亡にまで至らしめた。
人間界にとっては長い時間だったが、オリンポスにいたアレスにとっては一瞬の出来事だった。気づいたころには、既に人間界からアレスの子孫は皆いなくなっていて、新しく座を有した権力層の者たちの欲望であふれていた。アレスは久しぶりに人間界を見下ろした時、とても衝撃を受けた。愛した妻を亡くし、ぽっかりとあいてしまった心の穴を埋めるものがなくなり、苦しんだアレスは怒りで満ち溢れた。
しかしアレスは自身の気持ちを制御した。もう人間界に干渉はせず、怒りを鎮めるため、ただただ自分の訓練場で己を磨きあげながら時間を過ごした。アレスは人間をまだ愛していたのだ。
人間たちは、アレスの最後の忍耐心を利用しているかのように、自分たちの欲望を制御できずにいた。特権層は下層民たちに酷い扱いをし、贅沢や享楽に酔っていた。裕福でなかった農家などの生産産業は、自然災害により急落し、市民たちは飢えや病気などと苦しい状況に陥った。それでも特権層は自分たちの貧欲に歯止めがきかなかった。
「人間たちは、アレスの子孫の墓地やアレス様の神殿をなくそうとしています。神殿から得たものは連合王国の、貴族パーティーに使うと言っています。」
この話を聞いたアレスはついに怒りを爆発させた。アレスは、自身が過ごしていた王国の半分を殺戮しようと、人間界に降りたのだ。貴族たちのやり方に不満を持っていた人間たちも、アレスの後をついていった。そこから人間たちは、アレスを戦争の神と崇めるようになったのだ。
アレスが、過ごしていた王国の半分だけを殺戮したのは、アレスの最後の良心だった。王国の腐敗貴族の大半を殺したが、中には逃げて生き延びた者もいた。しかしアレスは、それ以上追い詰めることはしなかった。なぜなら、自分の力はこのために磨きあげたものではないと気付いたからである。
「妻も俺の子孫たちも、こんな姿は望んでいないはずだ。」
アレスは戦争で使用した剣を地面に突き刺し、人間たちにここに神殿を建て戦争の悲惨さを刻むよう命令をくだした。
オリンポスに戻ったアレスは、廃人のように過ごしていた。酒を浴びるように飲み、自身の象徴であった強い力や誠実さはどこかへ消えた。
自分が人間界にしてきた行動に後悔し、妻と過ごした幸せな時を思い返していた。そうして心がとても苦しくなったときは、現実逃避するかのように何日も深い眠りにつき、起きなかった。
「俺に残ったものは何ひとつない・・・俺は人間を愛していただけなのに、なぜ俺の気持ちをわかってくれないのか・・・。なぜ神がくだした定義に対して人間たちの意見が分かれるのだ・・・。」
アレスは人間界を破綻へと陥れたことの罪悪感に襲われ、長い間人間界を見下ろすことすらできなかった。だが、自分の神殿で大きなイベントが開かれると聞いた日、アレスはまた大きな衝撃を受けたのだ。人間界がまた、大きな変化を遂げていたのだ。アレス自身が無残に荒らした地は、何事もなかったかのように繁栄していて、王国はすべての階級が1つとなって建て直され、隣国に負けないほどの強国となっていたのだ。
「人間は変化に対応できる生き物・・・どこかのタイミングで刺激を与えれば自身の過ちに気づき、それを直すのか。だとすれば戦争と平和のサイクルが必要で、それはすなわち文明であり、発展につながるのか。」
人間たちは自分を戦争の神と崇めていたことを思い出す。アレスは自分の神殿に向かった。そして過去に突き刺した剣を再び抜き上げ、こう呟いた。
「これが運命・・・。」
アレスは多くの戦争を起こした。アレスの殺戮にためらいはなかった。アレスを支持する人間たちはその圧倒的な力に服従し、自分たちの利益のために動いた。アレスはそんな人間たちを上手く利用した。戦争後に平和が訪れると、内部紛争を起こし腐敗を妨げた。人間界を上手く操れるようになっていた。
アレスは人間界の調整者の役割をしていた。戦争は人間たちに早い変化を与えた。危機の時こそ人間は特に発展していった。材料を生産し、分配する過程でも技術と科学に大きな発展を起こした。アレスはその変化に驚き、そして興味深くもあった。アレスは絶妙なタイミングで平和を訪れさせ、以前よりも大きな発展を狙ったのだ。
だが、オリンポスではアレスの度の過ぎた行動を見逃すわけにはいかなかった。平和を支持する神たちが、アレスの攻撃的な行動を問題視していたのだ。ゼウスは特に関心は持っていなかったが、面倒なことになるのが嫌だったため、アレスに少しの間オリンポスにいるようにと命令をくだした。
アレスの介入がなくとも、人間界は相変わらず早いスピードで変化を遂げていた。腐敗があっても、また平和が訪れていた。
そんな中、分裂していたある大陸では、エルグラッド帝国がソードマスターの圧倒的強さによって隣国を統合させ、平和をもたらしていた。ソードマスターは誠実な人柄だと多くの人々から崇められていた。しかし、平和の周りに覆いかぶさる黒い不安要素たちが、アレスの目には見えたのだ。これらは、今まで見てきた人間たちの陰謀とはレベルが違った。平和をおびやかす巨大な気配を感じたアレスは、自分の出番だと考えた。
「ソードマスター・・・誠実な人間の犠牲も、時として必要なのだ!」
人間界に再び訪れるためには、勘の鋭いヘラの気をそらす必要があった。ゼウスが外出しているという情報を耳にしたアレスは、すぐにいい酒を持ってヘラの家へと向かった。