【黒ウィズ】イーニア編(謹賀新年2017)Story
目次
登場人物
story1 掌の上で踊る会議
イーニア・ハーメティック・ソルルスト・ラクトリティシア・ウォルヴィアラ・メメスリスムルナ・ストラマー3世は覚悟した。
思えば長い人生である。
巨凶と呼ばれた古代の魔道士と渡り合い、多くの大魔道士を牽引し魔道士協会を設立。
魔道士協会の最古参理事として、数多の魔道士育成に力を注いできた。
大魔道士になった教え子は数え切れないほどで、世界中から大先生と尊敬と羨望の眼差しを集める。
そんなイーニアの覚悟が、目の前の少女に伝わっているだろうか。
いや――それはないだろう。
なにせ彼女は、魔道士協会に席を置きながら、魔道士協会を悩ませる怪獣なのだから。
ー線を退いたとはいえ、お前に後れをとっているとは思っていない。
覚悟しろ、アリエッタ。お前にはー番キツい魔法をお見舞いしてやる。
イーニア編(謹賀新年2017)
イーニアは、サネーをー瞥してニヤリと微笑んだ
この世界には、魔道士たちが所属する大きな団体がおよそ4つほど存在している。
最も古くから存在しているのは魔道士協会。
所属する魔道士は最多。世界への影響力も大きく、何より大魔道士たちに絶大なタレント性がある。
数百年もの間、魔道士協会に所属し、そして魔道士育成に尽力する先生を尊敬しないものなどこの世界にはいませんわ。
「魔道士評議会」は当時、魔道士協会にいた数名の魔道士たちが抜け作った団体である。
「魔法は魔道士のためにある」を理念とし、魔法の研究に力を注ぎ続けている。
この世界には多くの魔道士がいるが、最近、魔道士たちのモラルの低下が顕著だ。
世界中で魔道士同士のいさかいが絶えず、多くのー般市民も困惑している。
成長につながるもの、娯楽として楽しめるもの、そういったものであれば気に留める必要はない。
今、魔道士たちがやっているのは、まるで子どもの喧嘩ではないか。
だからこそ今ー度、我々が共通認識を持ち、警笛を鳴らすべきなのでは――と考えている次第だ。
魔道士協会は、“最も危険なもの”を扱いきれていないではないか。
「魔道士機構」に所属する老齢の男性が、イーニアの最も痛い部分を的確にえぐる。
争いは結構なことではないか。戦い、強くなり、そしてさらなる強者を求む。それこそが魔道士たらんとする理由である。
「魔道士機構」には、好戦的な魔道士が多くいる。
相手が魔道士だと知るや、襲いかかるような危険な連中だ。
いいか?魔道士がつまらぬ争いをしていれば、いずれ人々は魔道士を疎んじるようになる。
人に奉じる魔道士が嫌われでもしてみろ。世間の声に潰され、消えざるを得なくなるのだぞ。
イーニアの言葉に、集まった皆が神妙な顔を浮かべる。
だがあの子の功績は、ここにいる連中――いや、たとえ百万の魔道士を集めようとも決して乗り越えられるものではない。
いつかのように数十人で襲いかかってみるか?それとも金で買収するか?
えらそうな人が歯噛みする。
あのイーニア・ストラマーに凄まれては、たとえどのような魔道士であろうと、そうそう言い返せるものではない。
えらそうにふんぞり返っていた老齢の男性が、今や借りてきた猫のように縮こまっている。
魔道士協会最年少理事――エリスが、席を立ち、それぞれに紙を配っていく。
***
議論は白熱した。
やれ若い魔道士はダメだの、教育がなっていないだの……。
歴史を持ち出し、魔道士とはかくあるべきと馬鹿のーつ覚えのように語りだす者までいた。
エリスはかなり呆れていた。集団での会議や議論はいつもこうだ。
行き着く先はわかりきっているのに、その答えに辿り着くまでの道のりが長い。
容易に導かれる結論が全く見えていない、あるいは理解していない者が多いこと。
結果を言えば、“取り締まりを強化する”とか、そういうところに落ち着くのだ。
皆が納得し、理解し、行動できる範囲での、最もわかりやすい帰結である。
“お前たち、睨まれているぞ”とー言添えておくだけでしばらくは大人しくなる。
この場にいる全員が、イーニアの手の上で踊らされているという事実に全く気づいていない。
その反面、イーニアの姿には、感嘆を禁じえなかった。
しかし、実際に、我々は魔道士を管理できていないではないか。
幸いにしてー般の人間には被害がない。だが文化財や遺跡が魔法で破壊されている。
山が吹き飛んだぐらいで何だという。地形が少し変わった程度で何だという。
歴史や教育の前に、我々こそが今ー度、原点に立ち戻るべきなのだ。
若いものは我々を見て道を知る。道を知れば歩むことができる。歩むことができれば学ぶこともできる。
知るということはつまり、様々なことに気づけるということだ。
気づきを与えてやれば、魔道士は立派に育っていくだろう。
今回、最も重要視すぺきは、そういうところにこそあるのではないか?
イーニアの言葉を聞いた彼らは、ー様に押し黙り目を伏せた。
何が悪いかを糾弾するのではなく、己の姿勢を正すべきだと彼女は説く。
そしてひっそりとアリエッタの暴走を正当化しようとしている……
でもダメです、先生……たとえ我々が姿勢を正したとしても、アリエッタは同じ道を進んではくれません)
イーニアが椅子に深く腰掛けて、大きくため息をついた。
ああは言ったがな。若いものこそが、道を切り開いて進まなければ、魔道は成長しないだろう?
エリスは苦笑しながら、そんなことを言う。
今まで多くの天才と呼ぱれた魔道士を見てきた。だが彼らと同じところを私は歩めなかった。
エリスは悩む素振りを見せる。
アリエッタならここで、イーニアが小さいから!と答えるだろう、と思った。
いい魔道士はたくさんいる。中には大魔道士もいるだろう。
私は道を切り開くことができなかった。天才たちが作った魔法や魔道を、必死に噛み砕き、そして理解する。
そして皆がわかるように教えてやる。それが精ー杯だった。
私はそういう道しか進めなかった。だから羨ましいよ。悩むことなく、己の道を進める者が。
イーニアの言葉には、数百年と生きた者の特別すぎる重みがあることをエリスは知った。
イーニアはその言葉を聞き、頭を抱えた。
いつの時代も、天才というのは何をするのか何がしたいのか、理解することができない。
story2 イーニアの決意
魔道士協会にぜひほしい。――絶対にほしい逸材だが、神出鬼没だな、あの魔道士は。
エリスはもう笑うしかない。
探せども探せども見つからない。
だけどまたいつかふらっと現れる。そんな気がしていた。
街を歩きながら、イーニアは言う。
引き継ぎも必要ないだろう。何かあれば全てメリxiに聞け。
ああ、そうだ。連中には気をつけろよ。ああいう手合は隙を見せたら、面倒なことになるからな。
イーニアはこともなげに頷いてみせる。
そろそろ私は休もうと思う。
エリスはかけるべき言葉が見当たらず、内心で慌てふためいていた。
世代交代だな。ふふ、いったいいつまで、ここに居座っているんだって話だが……。
エリスが歩みを止める。
何の気まぐれか、今は穴を掘っているようだしな。
イーニアは頷いた。
何度となく後塵を拝し、屈辱を味わった。必死に努力したさ。勝っために。実際に多くの魔道士に打ち勝ってきた。
空を仰ぎ見ながら、イーニアは言う。
それは彼女の、誰にも語ったことのない本音だった。
どうして私は、戦ってきたと思う?
だが……それ以上に嫉妬していたんだ。華やかな舞台に立ち、格好良く魔法を使う……そんな大魔道士たちに。
エリスは苦笑いを浮かべて、イーニアの顔を見た。
今もその思いは変わらない。だが嫉妬をおさえることはできない。
人間は感情の生き物だ。心と体に宿る熱意を……。
私はおさえることができそうにない。
***
魔法の歴史は、数百年も進んだと言われる。
たったひとりの魔道士が、魔法体系まで変えてしまうのは、イーニアですら経験したことがなかった。
つまり……アリエッタと戦うんですか?
いつ以来だろうな。魔道士協会の立場を離れ、自由になった。
私は……私のやりたいことをしてみたいんだ。
イーニアには、魔道士としての思いがあった。
魔道士である以上は、誰しもが抱く。
自分が最も強く、最も素晴らしい魔道士であるという感情。
だがどうだ?私はアリエッタに負けているか?
私が学んできた魔法と、魔道という道のりは、たった十数年しか生きていないあの子より劣っていると思うか?
身長は少し……と思ったエリスだが、その思考を打ち消してかぶりを振った。
私は負けたくない。誰にもだ。
アリエッタは子どもである。
気まぐれだし人のことを考えているのかいないのか、好きなように魔法を使う。
結果的に魔法の歴史をひとりでひっくり返したと言われるものの、地位や名誉に頓着する性格ではない。
稀代の大魔道士であることは、否定のしようがありません。
様々な魔法の発明や魔法の使い方、魔道医学界に革命を起こし、ハーネット商会の設立にも深く携わった。
魔道士たちが辿った道のりをひとりで打ち壊し、何ものにも及びつかない魔法の可能性をアリエッタという少女が示してみせた。
しかし――
その偉大な歴史の前に、勝ち負けなんて瓊末事じゃありませんか。
今日の会談を見ただろう?ある程度の立場につけぱ魔道を極めることより、地位を守る、そんな保身に走る奴らばかりだ。
私にはそれが我慢ならない。倒すと決めたんだ。絶対にやるぞ、私は。
辣腕とも称されるイーニアは、こうと決めたら頑として譲らない。
魔道士協会をその細腕で引つ張ってきた、自信と自負がそうさせるのだろう。
だがエリスには不安があった。
あれは年上だからとか、相手の強弱が云々とか、そういったことを考えて行動する子ではない。
さすがの先生も……アリエッタにやられてしまうのでは?
そんな不安が。
***
スイーツが好きだしな。
だが――それではダメなのだ。正面から勝負を仕掛け、勝たなければ。
戦うのは問題ないにしても、相手はあの怪獣である。
真正面から挑んで死にかけた連中の多いこと。
あのモンスターは、魔法を直撃させても耐えうるだけの頑丈さがある.
そこが問題である。
だが魔法の撃ち合いで倒さなければ、意昧がない。
そう……何かしらの策を使えば、容易ではないにしろアリエッタを倒すことぐらいできる。
しかし正面から魔法を撃ち合うのは、互いの魔力の問題から、こちらがジリ貧になるのは目に見えていた。
こちらの魔力が枯渇する前に倒さなければ、持久戦では圧倒的不利である。
それだけを言い残して、イーニアは夜の街へと姿を消した。
story3 最初で最後の怪獣退治
魔道士を目指した頃、そして魔道士になった頃は、強くなりたいというー心でいっぱいだった。
いつしかその思いを心の奥底にしまいこんで、世のため人のため……そして多くの魔道士のため、自分のできるかぎりのことをしてきた。
巨凶と呼ばれた悪の魔道士と渡り合い、多くの大魔道士を率いて魔道士協会も設立した。
心身ともに充実していた、イーニア・ストラマーにとっての全盛期だったのかもしれない。
倒したいやつがいて、倒したいと思える自分がいて、その感情が芽生えたそのときが全盛期なのだ。
自分をも上回る大魔道士たちには、感謝している。
実力以上の力を、発揮させてくれるのだから。
***
日々、新たな発見があるのは魔道士ゆえだろう。
魔法の使い方ひとっとっても、それは気づきと学びから作られていると知る。
幼いころ、魔道士なんて職は、それこそ大道芸と思われていた時代もあった。
ある程度の地位と市民権を得たのは、それでも諦めなかった魔道士たちの努力によるところが大きい。
イーニアも例外ではなく、だからこそ多くの魔道士たちは、未だに彼女という存在に畏敬の念を抱く。
いや、魔道士のみならず――だ。
彼女は魔道士としての地位のみならず、世界中の人々からの羨望を集めていた。
だけどそれは、己を殺すことで得たもの。
魔道軍手をしてタオルを首に巻いたアリエッタが、中腰のまま振り返り、あからさまに嫌な顔をした。
あからさまに嫌そうなアリエッタを前に、しかしイーニアはー歩も引かない。
だが――お前を倒すことが、多くの魔道士たちの目標なのだ。
小さいやつなんて地獄に叩き落としてくれる!
スコップを片手に立ち上がったアリエッタが、自分より少し小さいイーニアを見て、そんなことを漏らした。
***
魔力の奔流に押され、イーニアはよろめく。
魔法ではなく”魔力”だ。
アリエッタから溢れる魔力を前に、心ではなく体が恐怖を抱いていた。
ヤバイと思っている自分の体を叱咤して、イーニアは魔法を展開する。
複数の魔法を力任せに撃ち込み、イーニアは杖を掲げてさらに詠唱する。
手加減はしないと言ったぞ。まだまだこれからだ
イーニアが1歩ずつ、着実にアリエッタとの距離を詰めていく。
――戦って、勝つための覚悟。
今のイーニアには、その覚悟があった。
強烈な魔法の数々に、アリエッタが後ずさる。
好機と見るや、イーニアがさらにアリエッタヘ近づいた。
だが――
ずん、という音とともにイーニアが姿を消した。
……イーニアが消え去ってしまった。
イーニアは魔法を展開し、攻撃していた。
なのに突然、そこには何もなかったように……消え去ってしまった。
そしてそこには、まるで深い闇のような穴があいていた。
アリエッタが掘っていたらしい穴から、呻くような声が聞こえてきた。
穴を覗き込みながら、アリエッタが呼びかける。
街のひとにねー、ー気にやっつけてほしいって言われたんだー。
だから魔物を勝手に吸い込む穴を掘ってみた。最初に落ちたのはイーニアだったね。わはは!
魔物が入るたびに魔道障壁が展開されるから、重ねがけされてどんどん強固になっていくよ!
吸引式だね、あはは――
ずん、という音とともにアリエッタが姿を消した。
こら……アリエッタ……!
吸引式の穴に、アリエッタが吸い込まれ、イーニアの上に落下したようだった。
イーニアは嘆息する。
アリエッタを正面から押し切った。
しかし最後に落ちてきたアリエッタに肘打ちを食らったせいで、もう戦う気力はない。
だというのにイーニアは晴れ晴れとした表情をしていた。
今になって、こうしてこのような思いを抱けることが、何故だか妙に嬉しくなった。
アリエッタの頭をぽんぽんと叩いて、イーニアは再び笑った。
気づきを与えられれば、魔道士は立派に育っていく。
この立場、この年齢になっても、こうして気づきを得られることに感謝していた。
悪いことの暗示でないことを祈るばかりだ――そう思い苦笑しながら、イーニアは空を仰ぎ見ていた。