【黒ウィズ】 はじまりの塔 ストーリーズ MANIA狂騒曲『魔道杯』
story
それはグリッドとレリッシュが、いつものようにクラックハンド隊の活動について、話し合っていたときのことだった。
g……うっ!?この全身を舐め回すような、それでいて自身が生命体であることを拒絶するような独特の視線……間違いない!
そこにいるな!――男の友情マニア!
W………………。
gあ、やば、違った。全然しらん人だ。申し訳ありません、人違いでした。
W……レリッシュさんを騙さないでください!
彼女の突然の剣幕にグリッドが呆然としていると、レリッシュが笑みを浮かべた。
lああ、どなたかと思えば、フォーミュさん。お久しぶりです。
fお久しぶりですレリッシュさん!今日こそあなたをこの男の魔手から救い出してみせますから!
gはあ?騙すとか魔手とか、なにを言ってるんだ?
fとぼけないでください!あなたがレリッシュさんを騙して、レースの世界から引き離したんでしょう!
gまたわけのわからんことを……。おいレリッシュ、この娘はなんなんだ?
l彼女はフォーミュさんといって、僕がレーサーだった時、いつもレース場で応援してくださってた方なんです。
fレリッシュさんはレース界の星だったんです!今でも目をつぶれば蘇ります。アセンシプグランプリの光景が!
最新鋭のヴィークルを抜き去っていく、レリッシュさんの駆るガソリンエンジンヴィークルの穿猛な唸り!
初めて嗅ぐガソリンの臭いに、なにか事件でも起きたのかと会場が大騒ぎになりました!
lあはははは。レース規定に書いてなかったとはいえ、後ですごい怒られちゃいました。
fそして極めつけはあの伝説のネオンカップ!なんと複座式ヴィークルをー人で操縦するという離れ業での参戦!
海老反りになって足でハンドル操作をするレリッシュさんの姿に、シェル中が湧き上がりました!
gネオンの奴、レースも主催してたのか?
lネオンさん、お兄さんがいるでしょう?ほら、最近アセンシプ社の社長継いだ方の。彼がスポンサーしてた事業への対抗らしいです。
gその負けん気をいい方に使ってくれりゃなあ。
――後日、ネオンが昏睡より目覚めた際、己が「あの負けん気はどうした!?」と悲鳴をあげることになるのを、グリッドはまだ知らない。
fちょっと!ビームの人!レリッシュさんの栄光に対する驚きや羨望はないんですか!?
gいまさら驚くようなことじゃない。レリッシュの優秀さは知っている。だから安心して背中を任せられるんだ。
lふふ……それはこちらのセリフですよ。
fピピー!はいそこ!そうやってレリッシュさんを証かさない離れて離れて!ピーーー!
l……フォーミュさん?ちょっといいですか?
fハイ!レーサーに戻る気になりましたか!?
l僕は思うんです。人は魂を燃やすために生きている、と。そのために僕はレーサーをしていました。
ですが……僕はもう知ってしまいました。レースよりもずっと魂を震わせる生き方を。スリルに満ちた、最高の人生を。
オールドワン事件の後にレーサーに復帰してみて、つくづく思い知りました。もうレースでは自分の魂は燃やし切れないんだ、とね。
fそ、そんな……。
g俺たちマニアは自分の魂には逆らえん。すまないがそういうことだ、レースクイーンの嬢ちゃん。
fレースクイーンっぽい格好してるだけで、別にレースクイーンじゃありません!
g違うのか……。
f私、レースクイーンマニアなんです……。サーキットにも、はじめはレースクイーン目当てで通ってました。
ですが、サーキットで輝くレリッシュさんを見て思ったんです。私もあの傍らで輝いてみたいって……。
gなるほどな。それでレースクイーンを目指して、そんな格好を……。本職になれるといいな。
fいえ、スカウトされたことはあるんですけど、断りました。趣味を仕事にしたら後悔すると思って……。
g(この面倒くささ……こっち側の人間(MANIA)だな……)
f……でも、そうですね。魂には逆らえない。その通りです。悲しいですけど、諦めます。
でも……最後にお願いがあります!走るレリッシュさんにチェッカーフラッグを振らせてください!
ー度だけでいいんです!夢だったんです!それが叶えば、すっぱり諦めますから!
l……わかりました。僕なんかでよろしければ。
***
かくして、近くのサーキット場を利用し、フォーミュにチェッカーフラッグを振らせてあげることになった。
といってもレースをするわけではない。レリッシュが直線を走り抜け、ゴール地点で、フォーミュがフラッグを振るだけだ。
レリッシュは愛用のヴィークルをディライブし、すでにスタートの準備はできている。
lいつでもいいですよ。
gよし。コヒレンス。スタートの号砲を頼む。
kままま任せてくだシャイン・レイ様に挿げます!お前はレーサー。未知の道すすむいますぐに。おれはレーザー。お前の前てらすまっすぐに。
gなぜいまレーザーポエムNO.328を言う!?
次の瞬間、フォーミュが感じたのは、光だった。遅れて、音が通り抜ける。
やがてやってきた激しい風に吹かれながら、フォーミュはフラッグを振った。
何度も。何度も。
f(ああ……これが、レリッシュさんをゴールに迎える瞬間の感覚……)
それは永遠にも似たー瞬。目を閉じてその幸福を存分に味わう。
fこれでもう……思い残すことはありません……。
マニアの本懐を遂げた多幸感を胸に、フォーミュはゆっくりと目をひらく。そこに広がっていた光景は――
lえ?号砲、鳴りました?
gよく考えたら、レーザーは音しないから、号砲にはならんな。すまん。
スタート地点でのんきに会話をするふたりだった。
fえ、じゃあ、いま私の前を通り抜けたのは……?
フォーミュは背後を振り向く。そこにいたのは――
mふふふ……スタートダッシュなら忍者のほうが速いぞ?
fわ、私の夢が……ゆ、許せません!ちょっと忍者の人!そこで待ってなさい!
m待つという字は侍に似る……。ゆえに忍と相容れぬ……。しからばこれにて!
f逃がしません!
フォーミュはヴィークルをディライブすると、素早くそれにまたがり、即座にフルスロットル。
唸りをあげたヴィークルが、影のように走る忍者を追走する。
mむっ、なかなかのスピード。ならばこれはどうかな?
rレースクイーンマニアVS忍者マニア☆宿命の対決がついにはじまるよ★ミまずは忍者、ビル群を跳ぶ☆翔ぶ★飛ぶ☆ミ
しかしレースクイーン、限界GIRI☆GIRIのライン取りで爆∞走!追撃の手をゆるめなぁ~い☆ミ
f乙女の純情を踏みにじったんです!絶対に逃がしませんよ!
gあの嬢ちゃん、絶対にレースクイーンよりレーサーの方が才能あるな……。
lふふ……久しぶりに、ちょっとピリッときました。ああいうライバルがいるなら、レーサーに戻るのも悪くないですね。
その後、半日にもわたった忍者とレースクイーンっぽい人のデッドヒートは、ながらくシェルの語り草となった。
が、フォーミュがレーサーになることはなく、必然、レリッシュがレーサーとして復帰することもなかった。なぜなら――
f私のレースクイーンマニア魂!見せてあげますからね!
彼女はレースマニアではなく、レースクイーンマニアだから……。
マニア――その嗜好と才能は、時に噛み合わないものなのである。