【黒ウィズ】いい旅の見つけ方 Story
いい旅の見つけ方
目次
story1 神々の争い
その日、君は旅の準備をしていた。
ウィズとリュディの足跡を追うには、エルフが出現したという情報が入れば、すぐにでも旅立たなければいけないのだ。
いつ何時、その機会がやってきてもいいように、備えておく。
それが君に出来る唯ーのことだからである。
珍しくカヌエの荒ぶった声が聞こえた。
ソォォラァァー!!
大して怖くはないが剣幕だった。
なんだ?
あーた、私が取っておいた鯛、捨てたっしょ。
鯛?鯛はこの前、食べたじゃない。だから無くなっていて当然よ。
身もアラも全部きれいに食べたじゃないか。
ぷるぷるぷるぷるぷるっち!そうじゃないよ!鯛のおかしらの中にあるあのちーちゃい鯛のことだよ!
ちゃいちいーな鯛のことだよ!
あー、あれか。見つかったらうれしくなるやつな。
私はあれをねえ、旅に行くときは財布の中に入れて、安全のお守りにしていたんだよ。
だからこの前、あーたが鯛を釣ってきた時に、にょほほと思って、取っておいたんだよ。
それを!どうして!捨てるかねえ!
まあ……。
下らな過ぎて首くくって死にたい……。
下らな過ぎるとこっちが死にたくなるのは、新しいな、と君は思った。
そんなものまた釣ってくればいいじゃないか。
出たよ。出ましたよ。出えま~し~い~た~よ~。カヌエ!ソラと友達やめるみたいだよ!
なぜ伝聞調なんだろうか、と君は思った。
そもそも私が釣ってきた魚を善意で譲っているんだぞ。なんで怒られなきゃいけないんだ。
バカバカしい。海でも見てくる。
ああ、海でもなんでも行くがいいさ。魚も釣ればいいさ。でもねえ、友達は海じゃ釣れないよ。
わかったわかった。
とソラは背中を向けて、手をひらひらと振った。
ぷんぷんぷんぷぷん、ぷぷんのぷん!
カヌエはわかりやすく、ぷんぷんしていた。下らな過ぎてなだめる気にもならなかったが。
私……ふと思ったんですけど。お守りって神様が持つものなんですか?
そうよね。ふつう神様は守る方よね。あなた、誰に守られてるの?
……そういえばそうだねえ。私はいったい誰に守られてるのかね。考えると怖くなってきたねえ。
君は下らな過ぎて壁に頭を打ちつけて死にたい、と思った。
***
ぶつくさぶつくさ。ぶつくさぶつくさ。
部屋を出たソラは街を歩きながらぶつくさ言っていた。
あまり見栄えのいいものでなかった。
神様が不機嫌そうな顔をして歩いているので、街の人も驚いた。
人の好さげなおばあさんなどは、ソラに饅頭を供え、2度、3度と熱心に拝んだ。
漁の神でもあるソラを信奉する漁師たちは、裸になり冷たい水を浴びたりした。
ぶつくさぶつくさ。ぶつくさぶつくさ。
それでもソラはぶつくさ言っていた。今朝の喧嘩のせいで機嫌が悪かったのである。
神様の機嫌を執り成すとすれば、御子である。
ホリーがぶつくさ言っているソラの元に連れてこられたのは道理であった。
hどうされたのですか、ソラ?ずっとぶつくさ言ってますが。
カヌエとケンカしたんだ。ケンカというかあっちからああだこうだ言ってきたんだが。
いつものことだからいいんだが、気分は良くないな。
hそれなら海に行かれたどうでしょうか?気晴らしになりますよ。
そう思ったんだが、そんな気分にもなれないんだ。だから万策尽きてしまった感がある。
h万策尽きるのが早くないですか?それに策、ひとつしかありませんでしたよ。
こういう時、カヌエならどうするんだろうな……。
あ!しまった!思わずカヌエの名前を出してしまった!いまは憎き敵だったんだ。
カヌエのことを気にしたら、負けた気になる。ダメだダメだ。
W勝ちたいのかい?それならあたしの出番だね。
yあたしはヨッココ・ルボア。人は呼ぶ。勝ち方を知っている女とね。
待たせたね。
誰も呼んでないぞ。
y呼ばれてから来るようじゃ。勝機を逃しているんじゃないか?
ファーストイン。ファーストアウト。それが勝利の鉄則さ。
そしてもうひとつの鉄則。それが敵を知ることさ!
hああ。なるほど。それはいい考えですね。
え……ああ、そうか。それはいいな!
yあんた!いまわかった振りしただろ。自分だけわからないのは恥ずかしいから、わかった振りしただろう。
違う。ちゃんとわかってるぞ。
yじゃあ、何がなるほどなのか、言ってみな!
……あれだ。あれをそうだな……つまり、ごにょごにょごにょ、だ。
yわかってないじゃないかーい!てーい!
ヨッココはソラの手を取って飛び上がると、2本の指をその腕に叩きつけた。
あいた!
yわかったふりするやつにはしっぺだよ。
神様なのに……。じゃあ、何をするのか教えてくれ。
y決まってるじゃないかい。旅だよ、旅。カヌエのお株を奪ってやるのさ。
ヨッココ・ルポアのきちゃない笑顔が常夏の街に、寒気を走らせた。
story2 貴種流離
旅はいいけど、どこに行くんだ?私はあんまり詳しくないぞ。
hそれなら教団の人に任せましょう。良きようにして頂けるはずです。
y待ちな!あんたら、そんな人任せの姿勢が負けを呼ぶんだよ。
見えるねえ。あんたらが今まで神様だの御子だの甘やかされていたところがねえ。
hそれは否定できませんね……。
じゃあ、どうするんだ。
y風任せと行こうじゃないか。ちょうどここは祭りのフィナーレの〈火送りの儀式〉を行う場所さ。
同じように灯篭を飛ばして、風が運んで行った場所に行くのさ。どうだい、粋だろ。
h粋ってなんですか?
いや、知らない。
yそうと決まれば、各自準備を整えてー時間後にここに集合だよ。さあ、散った散った!!
神と御子と勝ちを知る女はその場から立ち去り、ー時間後再び集まった。
hあ、ソラ。こちらです。
お、なかなか身軽な恰好だな。まあ、何日もかけるわけじゃないからな。こんなもんだろう。
hええ。でもソラが同じ考えでよかったです。みんな、すごい荷物を持ってきていたらどうしようと思っていました。
そんなふうに笑いあうふたりの顔が凍り付いた。
……ヨッココ。
y裏切り者!
h裏切ってはいませんが……。
ホリーは灯篭に火を灯し、しばらく待つ。やがて赤い火とともに灯篭は空に昇っていった。
灯篭は風に流され、飛んでいく。
hあの灯篭、いつもどこに飛んでいくんだろうと思っていたんです。
この街は同じ方角から風が吹く。どの灯篭も同じ場所に飛んで行っているかもな。
hそれを知ることができるんですね。ふふ、少し楽しくなってきましたね。
y勝ち筋乗ってるね、これは……。
ヨッココの意味不明な言葉ときちゃない笑顔を残し、ソラたちは灯篭を追った。
story3 旅の思い出
旅は順調に進んだ。
寸空を舞う灯篭の速度は緩やかであり、すこぶる快調であった。
思いの外、遠出になってしまったこと以外は。
hこんなところまで飛ぶとは思いませんでした。せいぜい街の外のどこかだと思っていました。
y御子様ともあろうものが準備不足かい。どうやらこの勝負、あたしの勝ちのようだね……。
h勝ち負けなんかあったんですか?
ソラが頭を掻きながら、惘然としていた。
でも、雨が降りそうだね……。
hえ?こんないい天気なのにですか?
そうだよ。いちおう太陽の神様やってるからわかるんだよ。どこか雨宿りする場所を探さないといけないな。
h灯篭も落ちてしまいますね……。
yチッ!天気には勝てないねえ。ま、今回は引き分けにしておいてやるさ。
ソラの言う通り、すぐに山は雨に濡れた。
ー同は雨降りから逃れるため、森の中に入った。暖を取る焚火が心地よく音をたてていた。
ふと気づくのは、ここがどことも知れぬ場所だということだった。
h不思議な気がしますね。知らないうちにこんなところに来ちゃって、御子なのに。
御子というのは、あまり外に出ないらしいな。カヌエもリザもよく旅に出るから忘れてしまうけどな。
hヴィジテは元々、そういう気風がありますから。少しうらやましいところはありました。
でも、いざ外に出てみると、不安を感じている自分を知りました。
旅とは楽しくもあり心細くもあるんですね。こんな少し出かけただけでそう感じるんですから……。
リザはもっと心細いでしょう。
そうだな。別の世界から来てる。しかもー緒に旅していたリュディと別れて……。
hカヌエも同じなのかもしれませんよ。旅に出ると貴方と別れてしまう。
だから、貴方が釣った魚の骨を持っていくのかもしれません。つながりを失ってしまわないように。
そうかもな……。
また釣ったら……持っていってやろうと思う。
ソラは小枝を折って火の中に放り込んだ。
もうすぐ雨が止むぞ。
雨が降り終わった空にはもちろん灯篭はなかった。
h私たちの旅はここで終わりですね。
ホリーの言葉を聞いていなかったかのように、ヨッココが切り出す。
yさてと……灯篭を探しますか。
青空を背景にしてヨッココはニヤリときちゃない笑顔を見せた。
h探すんですか?
y天気に負けるわけにはいかないだろ。雨が降った時に飛んでいた辺りを探せば見つかるさ。
あたしが常に勝ち続けるのは、あたしが諦めないからだ。
負けたことないんてー度もない。ただ時間が足りなかっただけさ。
ソラの教えってのはそういうもんだろ?少なくともあたしはそう信じてる。
ソラとホリーが顔を見合わせ、やがて互いに頷きあう。
その通りだ!前向きにやる気と声だけは大きく。それが私のモットーだ。さあ、探すぞ!
hはい。それがこの旅の目的ですもんね。
***
灯篭が見つかったのは巨大な大樹の傘で覆われた場所であった。
夜が近づいているせいで、あたりは暗くなっていたが、そこだけは淡い光が漂っていた。
ホリーはひざまずいて、咲いている花に指を添えた。
首をもたせかけるように、花は彼女の手におさまった。
hこの花が光っているんですね。
たぶん、お祭りで飛ばす灯篭はいつもこのあたりに飛んでくるんだろうな。
不思議な場所だ。こんなところがあるなんて全然知らなかった。
ホリーは指先に寄り添う花をそっと離してやる。花は楽し気に頭を震わせ、また首を垂らした。
空を見やると、青から黒へと移り変わりつつある空にうっすらと星が瞬き始めていた。
h私たちは毎年、〈火送り〉を行う。そして、その灯篭はこの地を飛び去っていく。
そんなこと誰も知らなかったんでしょうね。けどこの花は知っている。
この花だけが灯篭が飛んでいくのを毎年楽しみにしていた。なんだか素敵ですね。
yあたしたちはそれを知ったんだ。勝者にはいつも勝者だけが見える景色と花が与えられるものさ。
旅も、悪くないものだな。
h帰ったらカヌエに自慢してあげたらいいんじゃないですか?
それもいいな。けど、カヌエはすぐにむくれるからなあ……。
hふふ。そういう人間的な神様を信仰できる私たちは幸せですね。本当にそう思います。
旅は帰るまでが旅。あるいは想い出を誰かに伝えるまでが旅なのかもしれない。
カヌエの顔を思い出しながら、ソラはそんなふうに考えた。
rつまみ食いをするなと言っただろうが~。
ひー!
やっていることは神様というか、子どもと変わらないなあ、と君はいつもの光景を見ていた。