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【黒ウィズ】黄昏メアレス Story3

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目次


Story12 閉ざされた夢の復讐

最終話 黄昏mareless




story12 閉ざされた夢の復讐



……いいかしら、魔法使い。訊きたいことがあるんだけど――

 〝オフ〟の日の、穏やかな昼下がり。

リフィルが、突然、君の部屋を訪ねてきた。

いいよ、なんでも聞いて、と笑いかけると、リフィルはわずかにためらいの顔を見せ――

意を決したように、こちらをひたりと見つめ、問うてきた。

……魔道士でいるのって、どんな気分なの?あなたのいた世界では……。

 なぜそんなことを聞くのだろう、と思いながらも、君はクエス=アリアスの魔道士について語った。

魔道士ギルドを結成し、日夜、魔法の研究と実践を重ねて、さらなる高みを目指していること。

叡智の扉を開き、精霊からの問いかけに答えるため、精神修養と格物致知に努めていること。

魔法使いは人々の奉仕者たれ、の精神のもと、人々の依頼を請け、困りごとの解決に勤しんでいること……。

君の語る〝クエス=アリアスの魔道士〟像を、リフィルは、じっと黙して聞いていた。

やがて、君が語り終えたところで、彼女はひとつ、重々しく吐息し、複雑な表情のまま目を伏せた。

……そう。それがあなたの世界の魔道士の姿なのね。

 そんな彼女の姿に、君は思わず、これまでずっと気になっていた疑問をぶつける。

リフィルは――彼女の〈人形〉は、どうして魔法を使えるのか、と。

答えづらい質問かと思ったが、リフィルは、特に嫌がるそぶりもなく、話し始めた。

私の家――アストルム一門は、古の時代から数多の魔道を修めてきた。

戦うための魔法、身を守る魔法、傷を癒す魔法。呪いの類や、精神に干渉する魔法までも。

でも、人々が魔力を失い、魔道が廃れ尽くした今、一門の人間でさえ、魔法を扱えなくなった……。

その未来を祖先は予知していた。だから死後、己の骸を改造させて〈人形〉型の魔道書とした。

まだ魔法を使えた時代の魔道士……その骸を魔道書にしたから、魔法が使えるわけにゃ。

そうよ。もっとも、魔力の補充はいるけどね。

そこまでして魔法を使わなくても、この世界には便利な機械がたくさんあるにゃ。

魔道は一門のすべてだったのよ。捨て去ることなどできない。

けれど、もはや魔道再興は叶わない……だからせめて魔法があるという事実を残そうとした。

〈人形〉を操り魔法を使い続けることで、魔法の存在を〝保存〟し続ける。それが、一門の務め……。

 ならば、リフィルも――

リフィルとは〝代替物(リフィル)〟……。〝器を再び満たすもの〟……。

私は、〈人形〉に魔法を使わせる部品に過ぎない、ずっと、そういうものとして生きてきた。

だから――私には、自分自身の夢がない。自ら望んだ、夢なんてものは……。

別に、それで構わないのだと思っていた。

でもあなたを、本物の魔道士を見ていると――

なんの夢も持たずに生きることに……人としてなんの意味があるんだろう、って――

 瞳に深い苦悩の色を乗せ、リフィルは静かに頭を振った。

私、どうして……今さら、こんな話……本当に今まで、気にもならなかったことなのに……。


 快活なざわめきに満ちた雑踏が、目の前に広がっている。

いつもなら気に留めないような、当たり前の風景。

今はそれが、別のもののように見える。うかつに踏み込むことをためらわせる、うねり狂える荒波のように――

ホントに……見たんだな?コピシュ。その……お母さん。

うん……。まちがいなかった……と、思うんですけど……。

いや……疑うわけじゃねえんだが。

……いるかな。あいつ。こんな都市に……。

(……何を考えてるんだ?〈徹剣(エッジワース)〉え?よお……

探して……どうするんだ?また、いっしょに、なんて……できるのか?そんなこと――)


「私……もう耐えられないの……夫が、いつ死んで帰ってくるかもわからないなんて……」

 剣は、人を斬る武器だ。それを手にして戦う以上、剣士にとって、死は覚悟すべき宿命なんだ。

「あの子にまで剣を教えて……っ!あなたは、あの子まで……あの子まで、剣しか知らない怪物にする気なの!」

 こんな時代だ。身を守れた方がいいじゃないか。コピシュだって、あんな楽しそうに、剣を……。

「もう、耐えられない……耐えられないのよ……。」

 わからない。本当にわからないんだ。教えてくれ、何がいけなかったんだ。何がそんなに君を……。


(剣以外で……初めてできた大切なもの……。それを守る……それが俺の夢だった……

だが消えた。だから〈メアレス〉になったんだ。なのに……どうして、俺は……今さら……)

お父さん……あそこ!

……!

 息を呑む。我知らず。そうすることしかできなかった。

小さな指の示す先――雑踏の奥から、何気ない風情で現れる、ひとりの女性。

立ち尽くすこちらの姿に気づいて――彼女もまた、その眼を驚きに見開いていた。

wコピシュ――あなた……。

おまえ……どうして――ここに……。

wゼラード……。私……。

私……もう一度、あなたと――

――!!お父さん!そいつ、違うッ!!

 灼熱。腹に。炎のような熱と衝撃が。爆ぜる。

ゼラードは、ただ茫然と見つめている。

妻の手を。紅に染まった、その指先を。

〈ロスト……メア〉……

まさか――おまえ――俺の――捨てた――

お父さんッ!!

 瞬間。

ゼラードはカッと眼を見開き、喉も裂けよと叫びを上げた。

ファルシオン!スティレットッ!

ア――アイアイッ!

 条件反射。コピシュが即応。飛来する曲刀と短剣、受け取る。一閃。妻の姿をした者へ。容赦なく。

wハハハハハハハハハッ!

異形の顕現。異形の咲笑。苛烈の刃をするりと逃れ、にたりと口を歪ませる、

コピシュっ……!誰でもいいっ!〈メアレス〉どもを、呼んでこいッ!!

でも――お父さん!!

いいからッ!行けェッ!

 父の咆呼。娘は、震えながらうなずいた。

わ、わかりました……無茶しちゃだめですよ!ぜったいですよ!お父さん!!

 急いで走り去るコピシュに、敵の目が向く。

それをさえぎるべく、ゼラードは立ちふさがる。

恨んでんのは、俺の方だろ……ええ?お望みどおり、相手をしてやるよ……。

 手にした剣が、異様なまでに重く、冷たい。

湧き上がる不安、恐怖、絶望、後悔――

そのすべてを噛み殺し

ゼラードは、吼えた。

俺には剣しかねえ――だがな――

剣なら負けねえっ!!


 ***


リフィルさん!魔法使いさんっ!!

コピシュ?いったい――

お父さんを――

お父さんを……助けてぇっ……!!


 ***


はあッ!!

 剣を振る。これまでどおりに。培ったすべてを出し切っていく。

斬りつける。〈夢〉の絶叫。痛ましさが胸を衝く、夢を潰す痛みに身体が震える――押し殺す。

敵の反撃。異形の刃。短剣の鍔元で受け止め、曲刀で斬り返す。翻る剣光を敵の牙が噛み止めた。

刃を折られる。いつもなら代わりを頼むところ。今はない。ただ独り。それでいい。守らねば。

撃ち合うたびに、心が冴える。意識という意識が揺るぎなく研ぎ澄まされてゆく――剣のごとくに。

色すらも抜け落ちたような静寂。無我なる地平。ただ剣を振るい敵と戦うためだけの極地へと――

至る。踏み込む。娘の名すら、今は忘れた。そうでなければ守れない。剣に。剣にならねば。

wわ――私は――

 前進。一閃。連なる刃。見切り、受け止め、断ち割り、前へ。

w私は――おまえの夢だぞ!おまえが、かつて!真に夢見た未来なのだぞ!!なのに――!!

 前進。一閃。交わる刃。いなし、受け切り、刺し貫き、前へ。

w結局は、剣か!剣に頼るか夢すら持てない剣のままか!

ならば――剣に死ねえッ!!

 牙が来る。無数。そんなわけがない。よく見ろ。せいぜい22。ならば凌げる。凌げ。剣で!

おおおおおおおおおおああああああああッ!!

 斬る裂く叩く断つ割る破る流す折る壊す貫く潰す、打つ薙ぐ刻む突<蹴る弾く椴す削ぐ崩す擲つ砕く。

凌いだ果てに、なお前へ。

至近距離。妻の顔をした怪物が驚愕に震える。

これまでの人生においてまったく最高の、どんな敵をも切り伏せうる一刀を、前ヘ――

ゼラードッ!!

 戦場に辿り着いた君たちは、見た。

恐怖の表情を顔に張りつけて凍りついた、女性型の〈ロストメア〉と――

その前に倒れ伏した、ひとりの男を。

動かない。ぴくりとも。その手に剣を握ったまま。力という力を使い果たしたかのように。

リフィルの瞳が、それを映して――

――貴様ぁっ!!

 激昂の叫びが、宙を割った。


 ***


 駆けつけた〈メアレス〉たちの攻撃が、〈ロストメア〉に殺到する。

だが――不意に〈ロストメア〉の全身が霧散し、攻撃のすべてが宙を裂くに終わった。

散じた〈ロストメア〉の身体は、再び集合――もとの姿を取り戻す。

こいつ……霧になる!?

wふ――はは――ははははははは!

そうだ!私にはこれがあったじゃないか!あの人に授かった力!剣など、恐れる必要もなかったのだ!!

〈徹剣(エッジワース)〉がやられるわけだ……!リフィル、魔法使い!魔法を頼めるか!

言われるまでも――

……う!?

 糸を操ろうとしたリフィルの動きが、一瞬止まる。そこへ〈ロストメア〉の猛然たる体当たりが来た。

うあっ……!

リフィルッ!

 リフィルは軽々と吹き飛ばされ、石畳の上を激しく転がった。

ぐったりと、力なく倒れ伏す少女の瞳には、しかし、絶えざる熱火が炳々と輝いている。

なめるな……!!

 血を吐くような叫びに、背後の人形が応えた。滑らかに印を結び、即座に術を成す。

打たれながら練り上げていた魔法。君の足元に膨大な魔力を秘めた魔法陣が描かれる。

潰せえっ!魔法使いっ!!

 少女の声と、魔法陣から流れ込んでくる魔力と。ふたつの後押しを背に受けて。

君は、最大の魔法を解き放った。


〈ロストメア〉の消滅を確認し、倒れたゼラードの方を振り向くと、アフリトの姿があった。

アフリトさん……!お父さんは――

だいじょうぶだ。息はある!

なんだと?その傷でか……!?

〈黄昏(サンセット)〉、癒しの術は使えるか!

……ええ!

 アフリトが手早くゼラードに止血を施すなか、君とリフィルは回復の魔法をかけ続けた。


お父さん……お父さん……!

応急処置はした。病院へはわしが運ぼう。

わ、わたしも行きます!行かせてください!

 アフリトがゼラードを担ぎ上げる。そのさまを見ながら、ラギトが頭を振った。

……霧に変じる〈ロストメア〉とはな。〈徹剣(エッジワース)〉は運がなかった……。

……違う。

コピシュから聞いたわ。ゼラードは不意打ちで深手を負ったと――

馬鹿な。彼はどの剣士なら、不意を打たれたところで、むざむざやられるはず――

夢を持つ者は、〈ロストメア〉とは戦えない。

 リフィルの言葉に、その場の誰もが息を呑んだ。

兆候はあった。気づくのが遅れた。彼は……夢をもたらす〝毒〟に蝕まれていた。

そういえば、前の戦いでも突然動きが……。

 言いかけ、ミリィはハッとリフィルを見やった。

少女は、きつく拳を握っている。

……〝毒〟って言ったわね。リフィル。それってまさか、単に夢を見たんじゃなく――

そう。何者かによって、流し込まれたということよ。彼も……そして、私も。

精神への干渉……この術は……!!

 少女の唇から、煮えたぎるような怒りの声がこぼれた、そのとき――

都市が、揺れた。



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story13 黄昏mareless



 都市全体に、激震が走った。

同時に、石畳の上に蜘蛛の巣めいた禍々しい形状の糸が無数に走り、魔力の輝きを放つ。

そして――その〝糸〟から、ぼこり、ぼこりと〈悪夢のかけら〉が現れ始めた。

なんですか、これ!?どうなってんすかぁ!?

これは……魔法陣!都市全体に張り巡らされて、土地そのものから魔力を吸い上げている!

 険しい瞳で、リフィルは彼方を見やった。その先――中央の門に、〝糸〟が絡みついている。

都市中の魔力を……門に集めるつもりか!この魔法――やはり――!

これ、魔法だっていうの!?でも、魔法なんて、あなたたち以外に、いったいどこの誰が……!?

〈ロストメア〉と考えるしかあるまい。この〈悪夢のかけら〉どもはさしずめ足止めか。

gリフィル、魔法使い。君たちは門に向かえ。雑兵どもは、俺たちで引き受ける。

敵が魔法を使うってんじゃ、魔道士じゃないと勝てないかもしんないですもんね!

 リフィルは、ちらりとコピシュを見やった。少女は父を抱えたアフリトの傍に付き添い、固く唇を結んでいる。

その姿を眼に焼きつけるようにして――リフィルは、強くうなずいた。

わかった。アフリト翁――コピシュとゼラードを、頼む。


 〈悪夢のかけら〉を他の〈メアレス〉たちに任せ、君たちは中央の門へと急ぐ。

w人の都市で、好き勝手してんじゃねーぜ!

w夢のある連中は、とっとと逃げな!悪夢にうなされても知らないよ!

 戦場と化した街を駆け、ようやく君たちは、中央門に辿り着く。

そこに、ひとりの少女が立っていた。

膨大な魔力を、その身にたたえて。

wあら……来てしまったのね、リフィル。まあまあ、お供まで引き連れちゃって。

 くすくす笑う少女に、リフィルの鋭い声が飛ぶ。

貴様――何者だ。どうして、魔法を……我がアストルム家一門の秘儀を使える!

にゃ!?アストルム家のって、それじゃあ――

 少女は、うっすらと微笑んだ。

wどうしてか――あなたならわかるのではなくて?

……〈ロストメア〉か。

おまえは……我が一門がとうに捨て去った、〈見果てぬ夢〉の残骸なのか!!

wそう――

 リフィルの正答を讃えるように、少女はそっと胸に手を当てる。

w世界に再び魔道文化を花開かせる、……その夢が、私。

あなたたちは諦めた。古の人形を操り、魔法の存在を残すことだけに目的を絞った……。

だから、私ががんばるの!この都市から現実の世界にはばたいて、世界に魔法を復活させる!

なら、この魔力は――

wただ門を潜って〝夢〟を叶えても、持っている魔力が少ないと、あまりいい夢にならないの。

叶える夢は大きくないと……ね。

 微笑みながら、〝夢〟が空へと舞い上がる。慈愛に満ちた言葉だけを残して。

w夢を見なさい、リフィル。

あなたは何もしなくていい。私が、あなたたちの夢見た世界を叶えてあげる

 〝夢〟が、ぐんぐんと空に昇っていく。門の上――魔力の集う先へと向かって。

……どうするの、リフィル?

無論――追う。

 屹然と門の上を見つめながら、リフィルは言った、瞳に、固い決意の色がきらめいている。

奴には、確かめなければならないことがある……!

 がんばろう、と君は言った。同じ魔法の使い手として、あの〝夢〟を放っておくわけにはいかない。

リフィルは振り向いて、意外なほど素直にうなずいてくる。

そうね――ありがとう、魔法使い。

 傍で聞いていたルリアゲハが、驚きの顔をした。こうも自然にお礼を言うなんて、とばかりに。

おそらくこの戦い……あなたの存在が鍵になる。

 吹っ切れたような――道を閉ざす霧を意志の炎で焼き尽くしたような確固たる面差し。

力を……貸して。ゼラードと、コピシュのためにも――!

 その言葉を受けて、首を横に振れるはずもない。

うなずきながら――君もまた、悠然とそびえ立つ門の上へと視線を馳せた。


 ***


 現実へと通じる巨大な門の、その上で。

〝夢〟の少女は、現れた君たちを前にして、あどけなく不思議そうに首をかしげた。

なぜ来たの?リフィル。私は、あなたの一門にとって、きわめて有益な存在よ?

修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!

 少女の言葉を無視し、リフィルは詠唱を紡ぐが――

ぐっ!

 魔法を放とうとする寸前、苦しげに顔を歪め、束ねた魔力を霧散させてしまった。

やはり……そうか!貴様……毒を!〈ロストメア〉に……仕込んでいたなッ……!!

さすがに気づいた?そう。あなたたちが倒した〈ロストメア〉に、魔法の毒を呑ませておいたの。

〝夢を見たくなる〟という毒を――ね。

〈ロストメア〉を倒した者の心に〝夢見る意志〟を植えつける、精神干渉系の呪胆魔法……。

じゃ、ゼラードが〈ロストメア〉にやられたのは、この前の敵にとどめを刺していたから……!?

〈メアレス〉という障害を封じるために……。他の夢さえ利用したのか!貴様は!!

正確には、リフィル。〝あなたを封じるために〟よ。

だから魔法しか通じない〈ロストメア〉を育てた。あの〈メアレス〉を片づけたのは、ただのついで。

ゼラードを襲ったのは……私に毒を盛るための、その行きがけの駄賃でしかなかったというのか!

そうよ。同じ魔法の使い手であるあなたは、〝私を叶える〟のに、とても邪魔なのだもの。

それにね……私、あなたにも夢を見てほしかったのよ。

なんだと……?

だって――〝夢を見る〟って、とてもすばらしいことなんですもの。

夢を抱いて生きるのは、人にとって当然のこと――

夢見ることこそ人のサガ。生きていることの証。夢見ることなく生きるなんて、とてもとても悲しいこと。

素直に夢を願いなさい。私の毒を〝2度〟も受けては、もう〈夢〉を潰せないのだから。

だったら……

毒を受けたのが〝1度〟までなら――まだ、戦えるはずね!

 強い意志の光を瞳に宿し、リフィルが糸を操る。併せて君も隣に並び、懐からカードを取り出した。

ふたりの魔道士。ふたつの魔法。放たれた魔力を、〈ロストメア〉もまた瞬時に組み上げた術で防ぐ。

魔法……!?バカな!どうして……

 驚愕にさまよう瞳が、君の姿を映し出す。

何者だ――!?もはやこの世界のどこにだって、魔法を使える者などいるはずがないのに!!

いるそうよ。よその世界にならね。

異世界からの来訪者だと……!?よもや――そうか、貴様、リフィルの代わりに夢を潰したか!

そう。魔法以外通じない〈ロストメア〉をね。だから私が毒を受けたのも、1度だけ――

そして――異界の魔法使いは、夢があろうとあるまいと、〈ロストメア〉と戦える!

馬鹿な――そんな――でたらめな!!

 激しく動揺する〈ロストメア〉を前に、リフィルは苛烈に糸を構える。

行くぞ――ルリアゲハ、魔法使い!

人の心を道具にする夢など――ここで砕くッ!!


 ***


なぜだ、リフィル!夢を持たぬおまえが、どうしてそうもあがく!戦うッ!

 烈風荒ぶ門の上――鮮やかに魔法を放ちながら、リフィルは静かな口調で問いに答える。

夢を見ない者は、生きているとは言えない……そうじゃないかと、私も疑った。

でも……そうであるなら――この胸にたぎる炎の説明がつかない!

炎だと!?

おまえがゼラードにしたことを考えろ!!

どうやら――夢を持たない人間であっても、怒りを覚えはするらしい!!

 電撃が走り、紫電が踊る。互いに魔法を撃ち合いながら、〈ロストメア〉が愕然たる叫びを上げる。

怒り!?そんな――家族でも恋人でも、仲間ですらない者を失った程度で!!

確かに仲間ではなかった。でも――それでも――この都市に生きる、同じ〈メアレス〉だった!!

その心を利用したおまえへの怒りがある!それに――

〝夢を持って生きるのが当然〟なんて――そんな傲慢、反吐が出る!!

なんだと!?

夢があろうがなかろうが……!怒りもすれば、泣きもする!

それを無視して、夢見ることを押しつける――そんな夢など、唾棄して潰す!!

貴様は――貴様は、夢のひとつも持たぬくせに、人の夢を折り砕くだけの牙か!!

そうであって、悪いかッ!!

くっ……!

 気睨とともに雷撃がほとばしる。〈ロストメア〉は後退し、防御の術を練り上げた。

ウーリット・メー・アールドル・イニミーキティアエ!

 〈ロストメア〉の放つ魔法陣がリフィルの雷撃を防いだ――瞬間、ふたつの影が宙に踊った!

させないってんですよ!!

横槍を叩き込ませてもらう!

 門を駆け上ってきたミリィとラギトが、少女の浮かべた魔法陣を猛然と砕き破る!

おのれ――〈夢見ざる者〉どもがッ!!

血反吐を吐いて潰れろッ、凶夢ッ!!

 リフィルと〈人形〉が、共に素早く印を結んだ。

ムーギーテ・レオー二-ネ!ディスペルガ・エト・プルウィアエ・ルトゥムクエッ!!

 リフィルの眼前に形成された巨大な魔法陣から、膨大な量の雷の渦束が放たれ、夢を撃つ!

ぬぁあぁああぁああああッ!!

 〈ロストメア〉は咄嵯に防壁魔法を展開。すさまじい量の魔力を集積、雷を受け止めた。

なおも雷の渦束を放ち続ける少女の唇から、苛烈きわまる咆呼がほとばしる。

陥とせ――魔法使いッ!!

 その声に応え、君は走った。

共に戦った日々が培った、阿吽の呼吸。彼女が〝この瞬間〟を狙っていると、そう悟り、待っていたのだ。

門を蹴り、〈人形〉の肩を踏み台に跳躍――〈ロストメア〉の頭上で、カードを構える。

精霊の呼びかけに答え、〈叡智の扉〉を開放。解き放つ――異界の魔法を!

なんだ……それは――!?貴様――私の、私の知らない魔法を使うなぁっ!!

知らないようなら、ご披露するにゃ!これが〈四聖賢〉直伝――クエス=アリアスの魔法にゃ!

う、あ、あああああああああああーーーーっ!!


 ***


 夜が訪れた。

あの騒乱が嘘のように、静かに寝静まる街――その一画の路地裏に、〈夢見ざる者〉たちが集っていた。

――そうか。魔法使いは、去ったかい。

気がついたら、消えていたわ。目が醒めた後の、夢みたいに。

ひょっとしたら、本当に夢だったのかもしれないわね。

え?〈ロストメア〉だったってことですか?

そういう〈見果てぬ夢〉じゃなくて。空想とか、幻想とか……そういう夢。

ここは、夢と現実の狭間にある都市だ。そういうものが現れても、おかしくはなかろうさ。

アフリト翁がいちばんそれっぽいんすけど。いつの間にかいたりいなかったりするし。

今回は、その神出鬼没の働きに助けられたな。

ゼラードには金を貸したままでな。死なれてしまってはわしが困るのさ。

あ、まだ返してなかったんだ……。

 リフィルが、じっとアフリトを見つめた。

……ふたりの様子はどう?アフリト翁……。

ゼラードは一命を取り止めた。まだ意識は戻っておらぬが、いずれ目を覚ますだろう。

コピシュはゼラードについておる。剣しかない男が、甲斐甲斐しい娘を持ったものだ。

よかったぁ。一安心すね!

いや……とも限らない。あれほどの深手だ。

医者も、〝生きているのが不思議〟を通り越して、〝息があるのがおかしい〟と言っていた。

果たして再び剣士として立てるかどうか……。

そうなると、コピシュの身の上が心配ね。

私が預かる。

え?

仮にゼラードが再起できたとしても、しばらくは戦える身体じゃない。

その間、私がコピシュを預かる。

コピシュが〈メアレス〉として戦うことを望んだら、どうするね?

ひとりで戦わせるわけにはいかない。いい、ルリアゲハ?

 ルリアゲハは、艶やかに片目をつむった。

あたしは賛成よ、リフィル。報奨金はあの子と折半にするわ。

それだけじゃ、フェアじゃないわね。魔力も半分はコピシュに渡す。

ほう。良いのかね、〈黄昏(サンセット)〉?

コピシュと共に戦えば、それだけ〈ロストメア〉を倒しやすくもなる。損にはならないわ。

ほ――そうかそうか。

……何か言いたげね。

言葉には、秘めてこその価値というものもある。

秘めたまま、腐らせなけれぱの話ね。

 つぶやくように言って――リフィルは、星の瞬く夜空を見上げた。

空には、数多の星がきらめいている。

だが、そのすべてが夢を抱いているわけではあるまい。

人も同じだ。夢を持たないことが、すなわちきらめきのないことを意味するわけではない――

(夢がなくても、生きてはいける。怒りもすれば、泣きもする……

そうは思える。でも、まだ、はっきりそうだとわかっているとは言えない。

知らなければならない……そんな気がする。

〝生きる〟というのが、どういうことなのか……

私なりの……その、答えを……)






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