【黒ウィズ】ヨミチ編(GW2020)Story
2020/04/30
目次
登場人物
story
ついに、明日ね。
黄泉の国で、ヨミチはうずうずしていた。
ー体どれくらいの間うずうずしていたのかといえば、かれこれ100日くらいになる。
そもそも、帰るたいみんぐが悪かった。
帰りそびれたのをいいことに〈気分屋〉のみんなと過ごし始めて、7日目のことだった。
猫神とお供が、謎の光に包まれた。日く、元いた世界に帰るとのこと。
そこでヨミチは我に返った。いつまでも黄泉の仕事を他人任せにしておくわけにはいかない。
うう、私も帰るわ……
アヤツグ、金魚の世話を頼んだわ……!
後ろ髪を引かれる思いだったが、決心が鈍らぬうちにヨミチは黄泉に帰った。
それがいけなかったのだと思う。
黄泉で門番の仕事をしていると、うずうずしてしまう。
じきに治まるだろうと思っていたが、100日もの間ずっとうずうずしていた。
うずうずの正体については、ヨミチの間で意見が割れた。
やっぱり、お祭りがないとダメなんだわ。みんなとお祭りにいかないと、ダメなんだわー!痴れ者なヨミチはそればかり言っている。対して、門番としての衿持がある賢めのヨミチはこう反論する。
そんなわけないでしょう。もしそんな理由で100日もうずうずしているのだとすれば、救いようのない痴れれれ者だわ。
私は恩を返したいだけ。〈気分屋〉から受けた恩を返すことなく黄泉に帰ってきたことを後悔しているの。
真っ当な理由だと賢めのヨミチは思う。恥ずべきところはないはずだ。
だから休みを取って現世に行くのも、恩を返すためよ。決して遊びに行くわけではないの。
だったらどうしてわざわざお祭りのある日を選んだの?日取りを決めたのはあなたのはずよー!
賢めのヨミチはその鋭い指摘を無視した。
そよ風に乗って、ふくよかな花の香りが漂ってくる。八百八町は春を迎えていた。
季節の移ろいをじっくり楽しむように歩くヨミチだったが――
軒先に下がる〈気分屋〉の提灯を見つけた瞬間、うずうずが強まり、気付けば駆け出していた。
みんな……!
ふと、冷静になる。今の自分は随分と痴れ者に毒されてないか。
〈気分屋〉と共に過ごしたのはたかだか数日間。みんな、自分のことなど忘れてしまっているのではないか。
祭りで食べたかき氷が何昧だったのか覚えていないように。
臆病風に吹かれて立ち止まるヨミチを、痴れ者なヨミチが叱咤する。
お供は抹茶金時だったわ。全部、覚えているもの!
……そうね。きっと覚えているわ。
意を決して〈気分屋〉の戸を開けるが――中には誰もいなかった。
ヨミチが〈気分屋〉の前でそわそわしていると、通りがかった男が近づいてきて出し抜けに言う。
アヤツグなら投獄されたぞ。
ヨミチ!久しぷりじゃねえかー体どうしたんだ!?
それはこっちの台詞。
町の人から聞いたわ。高利貸しの耳の穴にゴボウを突っ込んで、借金を帳消しにしろと脅したって。
いや、やってねえよ。こりゃ何かの間違いだ!ミオとコノハはどうしたの?
あいつらはちょうど旅行中だ。ミオはハヅキ、ツバキとー緒に。コノハはカフクつつう貧乏神とー緒に。
イヨリは上界の神様んとこ顔出してるし、アカリもやらなくていいのに山龍もり修行なんてやってるから、誰も助けてくれなくてよ。
けど、神様はしっかり見てるみてえだ。渡りに船。牢獄にヨミチ。さあ、この鉄格子を鬼の怪力でぶつ壊してくれ。
……本当にやってないのね?
ああ。やった覚えはねえよ。ま、酒に酔ってて何も覚えてねえんだけどな!100日続いたうずうずが、すーつと引いていくのを感じた。
この痴れ者に返す恩などあるのだろうか?いや、ない。
喚くアヤツグを無視して、ヨミチは牢獄を後にした。
あんな痴れ者に恩を返したくてうずうずしてたなんて、痴れれれ者もいいとこだわ。
というわけで、賢めのヨミチは記憶を裡造することにした。
なぜ100日もうずうずしていたのかといえば、祭りを楽しみにしていたからである。
さあ、気を取り直して、ー緒に祭りを楽しみましょう。
祭りのお供は少し大きく育った金魚。持ち手の付いた小ぶりの鉢を下げて、ヨミチはずんずん町を歩く。
この出店で売ってるのは……あゐすくりゐむ?響きからして絶対おいしいやつだわ……!支払いは、100日前にもらったあやかし退治の給料。
ただきま……あああっ……
いただきま……あああっ……
ひと口食べて、腰がくだけた。
これは……いけない食べ物だわ……神が食べるやつだわ……!
地面に倒れたまま、ヨミチは夢中であゐすくりゐむを舐める。
半額に汗がにじむ。氷菓をもってしても冷ませぬ興奮の証。
往来で仰臥してあゐすくりゐむを舐める子鬼というヤバ目の絵面も気にならないくらい、ヨミチは痴れ者と化し刄りた
こんなに悪くない食べ物を初手で引けるなんて、私は痴れれれ者で……幸せ……者……だわ……。しかしその声音は弱々しく響く。
ヨミチは完全な痴れ者になりきれず正気に戻った。
みんなと祭りを楽しみたかったのだ、ひとりでは限界がある。
私がこうしてあゐすくりゐむを食べられたのは、あの時アヤツグたちが助けてくれたから。ヨミチは立ち上がる。そして、信じてみようと思う。
いくら酔っ払っていたからといって、アヤツグは人を脅したりしない。
事件の真相を知っている者が、八百八町のどこかにいるかもしれない。ならば聞いて回ろう。
……アヤツグの無実を証明してあげるわ。私は……祭り探偵ヨミチよ!
祭り探偵ヨミチは手始めにふたつめのあゐすくりゐむを買った。ー心不乱に砥め切るとヽ。玄ぐにみっつ目を買う。
これは悪くないやつ……悪くないやつだわ……!祭りの只中にある興奮と、アヤツグの無実を証明しようとする意志。ごつ案ふたつの熱に浮かされることで爆誕した祭り探偵ヨミチは、だいぶ痴れ者であった。
あゐすくりゐむをみっつ食べたヨミチはその後、かき氷をふたつと、そふとくりゐむをよつ?
畳みかけるような痴れ者むーぶをかましたところで、ハッと気付く。
この祭り……夏でもないのに……冷たいもの屋さんがたくさんあるわ!
しかしそれがアヤツグ耳ゴボウ事件と何か関係あるかと言えば、なかった。
早くも迷宮入りね……。
あれー?あなたは確か……。アヤツグさんのところにいた、ヨミチちゃん?途方に暮れるヨミチに声をかけたのは、何度か連れて行ってもらった小料理屋「うわばみ」り劈板娘アマネだった。
かくかくしかじかの事情を説明すると、アマネもヨミチの考えに賛同してくれる。
うーん、アヤツグさんは借金あるしツケも払わないけど、酔っ払って人を脅すような真似はしないよね。
なら、協力してちょうだい。事件当日にアヤツグとー緒に呑んでいた人がいたら、ありばいを証明できるかもしれないわ。
はい、よろこんでー……って言いたいんだけど、夜は別の仕事があるから、捜査に協力できるのは日が暮れるまでね。
とりあえず今のところつかんでいる情報は、冷たいもの屋さんが多いということだけよ。
それ耳ゴボウ事件と関係なくないー
でも、怪しいわ!こんなに冷たいもの屋さんがあるなんて、怪しいわ!
、それは今が金色祭りの最中だからよ
ピンと来ない、痴れ者丸出しの表情でいると、アマネが小さく咳払いをして、説明してくれる。
むかーしむかーし……いや、わりと最近かな?あるところに、カンキチとおミヤアという、将来を約束し合つたひと組の男女がいました。
婚約寸前までいったふたりでしたが、おミヤアは金に目がくらんで、富豪の元に嫁いでしまいます。
金が全ての世に絶望したカンキチは、おミャアや世間に復讐するため、高利貸しになります。
えげつない高利貸しとなったカンキチは、金の亡者とも、金色の夜叉とも呼ばれるようになりました。
しかしカンキチは「こういうのよくないな」と思い、高利貸しからー転、あゐすくりゐむ屋さんになりました。
なんで!?
高利貸しだから、氷菓子屋になったんじゃない?
そんなノリで仕事を変えるの?カンキチ……だし町5;痴れ者ね……。
かつて苦しめた顧客とも和解したカンキチは、町中から愛されるあゐすくりゐむ屋さんとなり、幸せにあふれた輝かしい人生を歩みました。
その輝きこそが真の金色なのではないかと、どこかの誰かがいい感じにまとめました。
……はい、これが金色祭りの誕生秘話!
ヨミチはカンキチの心情に想いを馳せる。最初は単なる痴れ者だと思った。しかしそこには複雑な垠りがあったのだろう。
復讐のために高利貸しをやっている自分が嫌で、それでもどうしたら幸せになれるかわからず、儡よとばかりにあゐすぐQゐむ屋さんになった。
たとえぎゃぐみたいな転職であったとしても、悪に堕ちることを拒んで踏みとどまったその精神力、魂の輝きli岬えるに値するだろう。
……金色祭り……いい祭りね。ほろりとー雫、涙が零れた。
ヨミチちゃん、カンキチおミャアの話で感動するたいぷなんだ……。
泣き上戸のアヤツグさんみたい。
……あ、そうだったわ。アヤツグの無実を証明しないと。さっそく聞き込みよ。
だけど……今年は人が少ないわね。毎年、もっと賑わってるんだけどなあ。
そうなのだ。うっすら気になっていたことだが、祭りにしては出店も客も少なかった。
閑散としていて儲からないと判断したのか、焼きそば屋がいそいそと店じまいの支度をしている。
ねえあなた、どうして今年は出店もお客も少ないの?あと焼きそぱふたつください。
ひいつ……鬼……!金色夜叉か……
この子は悪い鬼じゃないです。随分急いで店を片付けているけど、何かありました?
あんたたちは噂を知らないのか?いや、俺もついさっき知って、慌てて支度してるんだけどよ……。
金色夜叉を名乗るあやかしから、金色祭りを滅茶苦茶にするって脅迫があったらしい。
それでこんなに人が少ないのね……。焼きそばふたつください。
おいおい、勘弁してくれ。この状況で焼きそぱ作らせるなんて鬼かよ!
鬼よ!焼きそばふたつください
まあまあ落ち着いて。焼きそばはうわばみに来たら食べさせてあげるから。
焼きそば屋を後にして往来を歩いていると、深刻な表情で顔を見合わせている出店の主たちがいた。
ここは匂う――なぜならたくさん人がいるから。雑な第六感を頼りに、祭り探偵ヨミチはさっそく聞き込みに出る。
ねえ、アヤツグが高利貸しの耳の穴にゴボウを突っ込んだ事件のこと、何か知らないかしら?
そのままアヤツグが殺ってくれてたらなあ。
おい、滅多なことは言うもんじゃねえぞ
何やら剣呑な空気である。
皆さんはお店を出してるみたいですけど、金色夜叉の噂、怖くないんですか?
俺らが恐れてる金色夜叉は、あやかしのほうじゃなくて、高利貸しのほうさ。実は俺たち、耳ゴボウ事件の被害者に借金があるんだ。返済期限は明日。今日の祭りで稼がなきや、金を返せねえんだよ。
それなのに金色夜叉を名乗るあやかしが妙な脅迫をしたせいで金色祭りはご覧のあり様。俺らも、そこの射的屋も、向こうのお面屋も、みんな高利貸しに借金があるのさ。らいばる店が減つたはいいが客はもっと減った。
返済できなきゃ、女房を連れていかれちまう。ゴサクんとこはそれで……。
アヤツグが投獄されてなきゃ……みんな、あやかしの脅しに怯えないで、祭りに来たかもしれねえのに。
高利貸しへの借金返済に苦しむ商人たち、金色夜叉を名乗るあやかしの脅迫、そしてアヤツグの投獄。
祭り探偵ヨミチの頭の中で、これらの点と点がつながって1本の線に――
なんかややこしくなってきたわね。
……1本の線になることはなかった。
ねえ、金魚屋。アヤツグ耳ゴボウ事件について何か知らないかしら?
ヨミチは真剣な目で問う。ただし視線の先にいるのは金魚であり、手にはポイを構えている。
高利貸しをゴボウで殺ろうとしたって事件か。まあ、ろくでなしのアヤツグならいつかはやってただろうな。
金色夜叉を名乗るあやかしについては何か知りませんか?
どこのどいつか知らねえが、よりによってこの祭りを狙うとは、恨んでも恨み切れねえよ。
女房のいない俺は、どうなっちまうんだろうな。銀山にでも送られるのかな……。
ああつ!ポイが破れたわ!水の中でそんなに強く動かしてないのに、ポイが破れたわ!
ヨミチは地面がえぐれるほどに地団駄を踏む。
この店のポイはきっと破れやすい7号よそんなことだから銀山に送られるんだわ
まだ銀山送りになったわけじゃねえ!胸糞悪い……お前は出禁だ、クソガキが!゛餓鬼、と言われてカッと血が沸騰したが、その熱が却って抑えとなった。
自分は人の魂を喰らうような餓鬼ではない。分別のある高潔な鬼だ。
……悪かったわ。邪魔をしたわね。熱に浮かされていた祭り探偵ヨミチは、乱れた呼吸を整えて冷静になる。するとたちどころに賢吟9ヨミチが戻ってくる。
そして、閃く。
出禁……私は出禁になった……
うわばみで地団駄踏むのはやめてね。あれやられたらうちでも出禁よ。
私の記憶が確かならば……アヤツグたちは……!
ええ、もちろん〈気分屋〉は出禁よ。ツケを払わないんだもの。
〈気分屋〉は八百屋を出禁になってる。そんな状況下でゴボウを凶器にするなど不可能。濡れ衣なのは間違いないわ!
不可能……かどうかはともかく、不自然には違いないわね。
ということは、耳ゴボウ事件って……高利貸しの狂言ってこと?
とにかく私は、お上に八百屋出禁のことを伝えに行くわ!
どうやらー件落着になりそう。アタシは心置きなく仕事に向かえるってものね。それじゃあ、またね!
アマネと別れたヨミチは、早速お上のところへ向かおうとするが――
ぎゃああああ!金色夜叉だあああああああー
どこからか、悲鳴が聞こえてきた。
脅迫があったのに商売を続けるとは、そんなに金儲けがしたいか!これじゃどっちが金色夜叉なのかわからんな!
金棒で出店を叩き壊しているのは、その名に偽りはなく、金色の鬼であった。
鬼の面を汚して、祭りに水を差す。……金色夜叉、とんだ痴れ者ね。
なんだ、てめえ。メスの餓鬼が偉そうに。
……私は餓鬼ではないわ。そう。餓鬼ではない。仲間たちのおかげで、悪に堕ちず、踏みとどまることがで
不埓な悪に天誄下す――祭り探偵ヨミチよ
鬼が鬼に天誄!笑わせるな
金色夜叉が金魚すくいの出店目がけて、金棒を振り下ろす――
ヨミチは咄嵯に身体を滑り込ませ、円輪で金棒を受け止める。
お前まさっきの……!金色夜叉と戦おうってのか!?金魚屋、早く逃げなさい――と言いたいところだけど、そういうわけにもいかないわ。
私はこれから恩人を助け出して、ー緒に金色祭りを楽しまなければならないの。
だから、このまま商売を続けなさい。そして、私の出禁を解きなさい。
舐めたこと抜かしてくれるじゃねえか、
餓鬼ではないと言っているでしょう、この痴れ者!
真正面から力で押し返す。金色夜叉がじりじりと後退していく。
馬鹿な!餓鬼に力で押し負けているだと!?……しかし、俺はこう見えてすぴーどたいぷ!金色夜叉は天高く飛び上がった。
ふはは!果たしてこのすぴーどに――
遅いわね。お前は痴れれれ者で遅そそそ者だわ。ヨミチは自分の腕ほどもある金色夜叉の指を掴み――
祭り探偵として。そして――八百八町を守る目明し〈気分屋〉のー員として、お前を成敗する!
渾身の力で、地面目がけて投げ落とした。
そのー撃で、十分だった。
すいませんでした!自首しますんで殺さないでください!舞い上がった砂煙の中で、金色夜叉は土下座していた。
どうしてこんなふざけたことをしたのかしら。返答次第では、お前の行き先は牢屋ではなく黄泉になるわ。
いやア……実はあっしにもいろいろ事情がありまして、その、人間の用心棒をしていたんです。
そいで、雇い主に命じられたんです、金色祭りで暴れて商売ができない状態にしろと!目明しアヤツグはいないから安心して暴れろと!
まさか、その雇い主って……
あっしの雇い主は、クッソ悪い高利貸しです
ふぽぽ。甘奴ちゃんに注いでもらう酒はうまいなあ。今宵の酒は格別うまい。
金色祭りにはお出かけにならないんですか?
はは、行くわけがない。今頃、金色夜叉が暴れとるからな。商売人共は売り上げが立たずに青ざめとるだろう!gV;S高利貸しの男は上機嫌で酒を呑み、饒舌になっている。
甘奴ちゃんは、金色祭りのるーつになってるカンキチおミャアの話ってどう思う?
カンキチおミヤア……高利貸しがあゐすくりゐむ屋になったという話ですか。
わし、あの話大っ嫌いなんだよね。カンキチってさあ、結局高利貸しとしての商才が無かっただけじゃねって思うわけ。
……カンキチには人の心があったのかもしれないですね。
ん?その言い方引っかかるなあ。それじゃわしに人の心がないみたいじゃん。
奴は――否、アマネは携えていた瓢箪の口を開け、盃に酒を注ぐ。
……あなたに人の心があったら、病弱な女を屋敷に閉じ込め、無理矢理私娼をさせたりはしないでしょう。
高利貸しはー瞬たじろいだが、すぐにへらへらと笑いだす。
まさか死ぬとは思わなかったよね。でもゴサクが借金返さないのが悪いんじゃん。ま、ちょっと商売の邪魔はしてやったけど。
借金のかたに女房を連れていかれたゴサクは、銀山で死にもの狂いになって働いた。しかし戻った彼を出迎象なのは妻の亡骸だった。
必死で稼いだ虚しき金の使い道は、復讐。
悪いのがゴサクなら……まじないでもしてみませんか?
このお神酒は神薬竃毒酒。呑んだ者が善き者なら薬となり、悪しき者なら毒となる。
だらしなく笑いながら口をつけるかと思いきや、高利貸しは顔をしかめる。
……わし、そういうノリ好きじゃないんだよね。なんか白けたわ。そういうわけにはいかないの。呑めないというのなら、この甘奴が呑ませてあげましょう。
芸妓風情が図に乗って……おおい!誰かおらぬか!
呼んだところで誰も来ないわ。さ、早く呑みなさい。
サキやマサを使うまでもなく、アマネ自身が使用人を眠らせた。だから誰も入ってこないはずだったが――
お縄を頂戴よ!
勢いよく襖を開け放ったのは、ヨミチだった。
……アマネ!?どうしてここに……
ヨミチ、悪いけど帰ってくれない?仕事の邪魔をしないでちょうだい。
アマネ、その高利貸しは悪いやつよ
知ってるわ。だからこのお酒を呑ませるの。
き、貴様、わしに毒を盛ろうとしたのか
言ったでしょう。善人には薬となると。
アマネにねめつけられた高利貸しは、口をあんぐり開けたまま固まっている。これはアマネの妖狐とりjTrlの力であった。
終わらせる。高利貸しの口に酒を注ごうとしたその瞬間――
案ヨミチが盃を払い除けた。
……どういうつもり?
こいつをお上に突き出せば、アヤツグの無実を証明できるわ。あの事件は狂言だと証言させるの。
だけど、ここでこいつを殺したら、真相はうやむやになってしまう。アヤツグの名誉にかかわることよ。
ヨミチの言うことはもっともだ。確かにここで高利貸しを殺したら、無実を完全に証明するこ、ちはできない。
アヤツグが犯行に使った凶器がゴボウではなく十手だったという噂に変わるだけかもしれない。
しかし、アマネにも仕事に対する衿持があった。金を貰って依頼を受けた以上、何があってもやり遂げた'やればならない。
標的について調べ上げ、こいつは生かしておけないと判断した以上、生かしておくことはで參爽いのだ。
(……カンキチは強い人間よ。高利貸しからあゐすくりゐむ屋になって、自分で心の氷を解かしたんだもの。
でも、世の中そんな強い人間ばかり心の氷を自分で解かせない人もいる)
じゃない。
(そういう人の氷を解かしてやるのが、アタシたちの仕事なのよ)
ヨミチ、悪いけど――
お願い!この通りよ
ヨミチが額を畳にこすりつけるように、深々と頭を下げた。
アマネの抱えてる事情はよくわからないわ。その妖気からして特別な事情があるのだと思う。
それでも、私は、恩人であるアヤツグが着せられた濡れ衣を、きれいさっぱり晴らしたいの!
アマネの眼前で、美しい小さなつむじが震えていた。
(この鬼は……人がいいのね)
ヨミチ……。いえ、ヨミチちゃん。顔をあげてちょうだい。
高利貸しは、お上に突き出すことにするわ。事件は狂言だったと証言させましょう。
アマネ……ありがとう
恩に着るわ!
いいのよ。アタシにも人の心はあるもの。
(皮肉なものね。子鬼にも妖狐にも人の心はあるというのに――)
高利貸しのほうを見やると、毒を呑んだわけでもないのに、口から泡を吹いて失禁り、ていた。
高利貸しが洗いざらい白状したことで、アヤツグは無事釈放された。
いやあ、助かったぜ、ヨミチ
アマネにもいろいろと世話になったの。うわぱみのツケ、ちゃんと払いなさい。
それじゃあさっそく、ー緒に金色祭りを楽しもうじゃねえか。
……その前にお風呂に人ってきてくれるかしら。アヤツグからは、獄中のにおいがした。
待ち合わせの場所を決めて、ヨミチはひとり往来を歩く。
金色夜叉も今頃は妖大獄にいるため、祭りは活気を取り戻している。
……やっとアヤツグに恩を返すことができたわ。というわけで、ヨミチは裡造した記憶を元に戻すことにした。
なぜ100日もうずうずしていたのかといえば、受けた恩を返したかったからである。
だけど、アヤツグに恩を返すために、アマネから恩を受けてしまったわね。
アマネはヨミチの頼みを聞き入れ、あの場は収めてくれた。
びじねすりアマネの仕事は……。やっぱり……。現世は楽しいばかりではないのだろう。人間の中には悪鬼より醜悪な者もいるのだろう。
でも、辛いことがあっても、悪に堕ちずに踏みとどまって、笑うことができる人間だっているわ。
そして、それを讃える祭りもある。
おう、鬼の嬢ちゃん!さっきは世話になったなあ!金魚すくい屋は、たくさんの客で賑わっている。
お礼といっちゃなんだが、タダで遊んでいってくれ。特別にこの破れづらい4号ポイを使っていいぞ。
……それ、サクラよね?悪事に加担はできないわ。
私には人の心があるもの。
ふっ、所詮は小役人。金さえ握らせればこっちものよ。
しかしあの甘奴、いや、アマネと言ったか。厄介な女だ。素性を調べておかんと。
それには及ばないわ。あゐすくりゐむ屋さんになれずに人生を終える高利貸しさん。
なっ……貴様!どうしてここに
明日には釈放されるらしいわね。それなら、祝杯をあげないと。
アマネは高利貸しをねめつける。間髪入れずに、あんぐりと開いた口に酒を注ぐ。
うつ……この酒は……あがあああああああつ
あんたは黄泉の中でも、最下層に堕ちるでしょうね。アタシも同じ場所に堕ちるのかもしれないけど。
げっ、縁起でもないこと言うなって。
おや、サキはその覚悟もなく仕事をしていたのかい?
……まあ。お金は三等分か。
こっちはヨミチのおかげで臨時収入だ。
ヨミチさんに焼きそぱを作ってやらないとね。
牢獄に忍び込まなくて済むなら、ひとりでやれたのに。この恩はいつか返してもらわないと。
エニシダが香る、池のほとりの茶屋。アヤツグを待つヨミチは、うずうずしていた。
いやあ、そこの辻でぱったりみんなと会ってな
ヨミチちゃん、こつちに来てたんだ
新しい黄泉あるある……聞かせて
あたしたちがいない間に、投獄されたアヤツグを助けてくれたらしいじゃない!
金色祭りらしく、まずはあゐすくりゐむでも食うか!本格的に祭りを楽しむ前だというのに。
今夜の祭りは……きっと痴れ者になってしまうわ!
ヨミチは既に、幸せ者で痴れれれ者だった。