【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story1
story1 捕縛
魔法使い、か……。
ディートリヒ軍旗艦内――独房。
銃を突きつけられた君とウィズは、独房に入れられ、ディートリヒとローヴィから尋問を受けていた。
君たちが別の世界からここに来たこと。ディートリヒらと出会い、魔道艇を託されたこと。ともに〈イグノビリウム〉と戦ったこと。
そのすべてを説明したが、ふたりとも心当たりはないようだった。
うろんな話だ。が、興味はあるな。ドルキマス王の手の者にしては、貴君の振る舞いは純朴に過ぎる。
ドルキマス王?
君とウィズは顔を見合わせた。
確か……ディートリヒが謀反を起こして、失脚させたんだったにゃ。その王に狙われてるにゃ?
なんですって……?
愕然となるローヴィ。
対照的に、ディートリヒは愉快げに笑った。
その話がまことであるなら、まったくもって面白い。
我々は今まさに、その“謀反”を行っている最中なのだからな。
にゃ!?
まさか――と再び顔を見合わせる君たちに、ローヴィが補足を入れる。
1週間前のことです。元帥閣下は、ドルキマス王打倒の命を全軍に発令されました。
今は、王都に進軍している途中です。
つまり、貴君は未来から来たということになる。
だからこそ、信じるわけにはいかんな。
ディートリヒの表情が、わずかに変わる。
〈イグノビリウム〉との戦い――特に、その〈王〉との決戦で目にした表情だった。
戦争の結末を知っているなど――興ざめもよいところだ。
本当につまらなそうに、彼は言った。
story2 国境を越えて
ドルキマス国境付近――
その上空に、10隻の軍艦が集まっている。
中央に位置する船のブリッジで、ヴィラム・オルゲン大尉は大きく嘆息した。
ドルキマス軍・大尉 ヴィラム・オルゲン |
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ベルク元帥率いるドルキマス軍主力艦隊を相手に、お貴族どもが逃げるまでの時間稼ぎをやれとはね。
はあ~あ……まったく。貧乏クジもいいところだ。“極貧クジ”って言ってもいいくらいだぜ。
傭兵 ??? |
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それでも、雇い主のご意向とあっちゃあ逆らえんのが、傭兵家業の悲しさってヤツだわな。
俺たち国境番備兵だって、似たようなもんさ。ケツまくって逃げ出したいってのが、本音なんだがね。
とはいえ、な……いくらいけ好かない貴族でも、その奥さんやら坊ちゃんやらご令嬢やらまで、まとめてひどい目に遭うのを見るのは忍びない。
なにせ軍部の謀反だもんな。これまで利権を貴ってた貴族連中に、どうツケを払わせるか、わかったもんじゃない。
だから、一家が安全なところまで逃げられるよう、身体張って時間を稼ごうってんだろ。泣かせるね、ヴィラムの旦那。
ニヤリと笑う青年に、ヴィラムは意味深な視線を送る。
それより、どうなさいますんですかね、フェリクス・シェーファー傭兵隊長殿。まさか正面からぶつかる気じゃないだろ?
ふむ……。
フェリクスは、ブリッジの向こうに目を凝らした。
分厚い雲の層が目の前の空にできている。
そのせいで見えないが、哨戒艇の報告によれば、ディートリヒの大艦隊が接近中であるという。
みんなそう考えるよな……。
つぶやいて、フェリクスはヴィラムを振り返った。
決めた。
よーし、じゃあ行こうそれで行こう。で、どんな作戦よ?
フェリクスは、真顔で言った。
作戦名“そのまさか”。
…………。え。
***
国境付近に、豊かな雲の層ができている。
ディートリヒ軍は、その雲の向こう側に10隻の軍艦が控えていることを探知していた。
ザイデル辺境伯庵下、国境警備隊と思われます。
動くそぶりがないところを見ると、雲を楯に時間稼ぎをするつもりでしょうか。
……いや。
あれは、“来る”な。
ディートリヒがそう口にした直後。
雲を突き抜けて飛来した砲弾が、先鋒を務める1隻にぶち当たった。
正面、斜め上方から、砲弾が降り注ぐ。
そのほとんどは虚空を突き抜けるのみだったが、一部は先鋒艦隊の装甲に命中し、派手な爆炎の華を咲かせる。
先鋒艦隊を仕切るクラリア・シャルルリエ少将は、周囲の動揺を肌で感じるや、即座に無縁で叱咤を飛ばした。
うろたえるな! やけっぱちで撃ってきているだけだ!こちらの数と力を思い知らせてやれ!
まさか、たった10隻で、我が軍と戦おうというのでしょうか?
いや。ザイデル辺境伯が逃げるまでの、時間稼ぎを命じられているのだろう。
風上かつ高みに陣取っての攻撃だ。あちらの砲は届くが、こちらは届かない。そういう状況を作り、混乱を招こうとしている。
なら、高度を上げつつ、雲を迂回して攻めれば――。
その間に雲を挟んで下に逃げ散る算段だな。それを容易とするため、まずこちらの混乱を誘った。
戦うつもりではない。逃げるつもりだ。だが、勇敢な逃げ方だな。
ディートリヒは笑った。
前に出るぞ、ローヴィ。指揮官の顔を見たくなった。
前に、とは――
前方に広がる雲の層を面白そうに見つめ、ディートリヒは言う。
前は、前だ。
***
魔法で扉を破るのは簡単だけど、破ったところで話を聞いてもらえなかったら、どうしようもないにゃ。
独房のなかで、ウィズがため息を吐く。
外では戦いが行われているようだ。振動から、戦艦の速度が上がったのを感じる。
それにしても、いったいどうして時間を遡ってしまったのだろう?
キミ、覚えてるかにゃ?
〈イグノビリウム〉と戦っているうちに、だんだん周囲の空間がねじれていったにゃ。
確かに。
長く続く戦いのなかで、まるで彼らの持つ闇に呑み込まれるように、魔道艇周辺の空間が変質していった。
最後には、昼のはずなのに、夜のような暗闇のなかで戦っていた。
ひょっとしたら、お互いの魔力がぶつかりすぎて、時空を歪ませてしまったのかもしれないにゃ。
〈イグノビリウム〉も魔道艇も、この世界の古代魔法文明の産物にゃ。何が起こってもおかしくないにゃ。
だとしたら、と君は言う。
この世界にはまだ〈イグノビリウム〉が来ていない。
聞けば、〈イグノビリウム〉は襲来後、瞬く間に大陸を席巻していったという。
だが、最初から〈イグノビリウム〉の到来がわかっていて、対処手段がそろっていたなら、そんな悲劇は起こらなかったはずだ。
君がその脅威をこの世界の人々に訴えれば、今から対〈イグノビリウム〉の準備を整えることができるかもしれない……。
そうだにゃ。でも――
問題は、信じてくれるかどうかにゃ。
***
レーダーの表示を見て、ヴィラムはうめいた。
奴ら、雲を突っ切ってきやがる!
敵先鋒は“戦争狂”のシャルルリエだったか? さすがに思いきりがいいというか、命が惜しくないのかね、まったく……!
まあいい、時間はじゅうぶんに稼いだ!あとは雲の下に回って逃げ――
太く青白い輝きが、雲を割って伸びた。
迫り来る光の柱――としか見えないものが、フェリクスたちの船の足元を突き抜け、空を焼き焦がしていく。
“そちらに逃げてくれるなよ”、と笑うように。
――な。
そして、その光を追いかけるように、1隻の軍艦が雲を突き破って現れた。
あれは――
ディートリヒ・ベルクの旗艦じゃねェか!
御大将自ら突っ込んでくるなんざ、正気か!?
まったく正気とは思えない速度で猛然と空を走るディートリヒの船が、フェリクスの船の真横を鮮やかにすり抜けていく。
そのとき、フェリクスは、はっきりと見た。
すれ違う軍艦――そのブリッジからこちらを見て笑う、ひとりの男の姿を。
…………。
長い嘆息とともに、フェリクスは座席に身を沈めた。
……どうするよ、傭兵隊長殿。
降参だ。白旗挙げて待機。
あっさり決めるねえ。
相手が混乱してくれないってんじゃ、逃げようにも逃げられねェ。“逃げるな”とも“言われ”ちまったしな。
げんなりとした表情で、彼はぼやいた。
あえてツラを見せたからには、情けをかける用意かある――ってことだとは思いたいがね……。
***
ドルキマス王国第1王子、アルトゥール・ハイリヒベルクは、告げられた報告に眉を動かした。
ディートリヒが国内に入ったか。
順調に進軍しておるようです。ま、辺境伯に止められるはずもありませんからな。
しかし、殿下。ディートリヒはなぜ、まだ国外にいる段階で謀反を宣言したのでしょうな。
ディートリヒ率いる主力艦隊は、周辺国の制圧にあたっていた。
謀反を起こすなら、任務を終えて王都に帰投してからの方が、圧倒的にやりやすかったはずだ。
正直、解せぬ。だが、あの男のやることだ。なんの意昧もないわけはない。父への心理的打撃を狙ったのかもしれんな。
父は小物だ。ディートリヒが命を狙って進軍してくるとなれば、最悪、戦わずして降伏することもありうる。
陛下でなくても、そうしたくなるでしょう。
国内の船をかき集めたところで、ディートリヒ軍には太刀打ちできませんからな。
で、あろうな。
ユリウス。例の件、速やかに実行に移せ。もう時間がない。
あの娘にも動いてもらう必要がありそうですな。
“アレ”か……。
憂鬱な顔を見せるアルトゥールに、ユリウスは麗々と言う。
彼女としては、願ったりでしょう。
ずっと待っていたのですからな。ディートリヒに復讐する機会を――
story3 従兵エルナ
船の速度が落ちたにゃ。戦いが終わったのかにゃ。
そうかもしれない、とウィズと話していると、独房の外の廊下から、カラカラと何かを運ぶ音が聞こえてきた。
ごはんのにおいにゃ!
すぐに独房の扉が開かれ、軍服をまとった少女がひとり、トレイを手にして入って来た。
失礼します。お食事をお持ちしました。
待ってましたにゃ!
お待たせしちゃって、ごめんなさい。本当はもっと早くお持ちしたかったんですけど、先ほどまで交戦状態にあったものですから。
ビーフシチューです。黒猫さんにはこちらのチキンフライを。
ありがとう、と言って、君は食事の乗せられたトレイを受け取った。
ウィズもチキンフライにかぶりついている。
にゃはは!まあまあの味にゃ!
お口に合って良かったです。
にっこり笑って、彼女は一礼する。
わたし、ベルク元帥つきの従兵のエルナと申します。今後もお食事をお持ちいたしますので、よろしくお願いしますね。
ディートリヒの従兵……にゃ?
はい。閣下のお食事やお着替えを準備するのが、わたしの務めなんです。
ディートリヒの身の回りの世話をする人がいる……。
考えてみれば当たり前だが、なんだか不思議な気がした。
火薬を食べて生きてそうだしにゃ。
あはは。たまに言われますね。“元帥閣下が食事を摂っている光景がまるで想像できない”って。
でも、閣下も人の子ですから。そりゃあ必要ですよ、そういうことも。
エルナは、朗らかに笑った。
まるで軍人ではなく普通の町娘のような、素朴で明るい笑顔だ。
ディートリヒの近くにいる人間としては、ちょっと意外なタイプかも、と君は思った。
ところで、私たちはいつになったらここから出してもらえるにゃ?
うーん、すみません。そればっかりは、ベルク元帥次第ですので………
わたしからも申し添えておきますね。おふたりとも感じのいい方で、きっとスパイなんかじゃないと思いますよって。
助かるにゃ!
君も、微笑みながら、ありがとう、とお礼を述べる。
そうしてみると、なんだか笑ったのさえ久々に感じた。
このところずっと、〈イグノビリウム〉との戦いに明け暮れていて、笑顔を浮かべることさえなくなっていた。
こんなふうに微笑みなから、誰かと会話を交わす。そんな当たり前のことさえ、すごく懐かしいことのようだった。
ところで、魔法使いさん、ウィズさん。
おふたりは、未来からいらっしゃったんですよね?
そうにゃ。ディートリヒは信じてくれないけどにゃ。
ふふ。わたしは信じますよ。おふたりの話が本当だったら。ドルキマス王を倒せるってことですもんね。
エルナは、ディートリヒの謀反が成功した方がいいって思ってるにゃ?
もちろんです。
エルナは真剣な顔でうなずいた。
わたし、もともとはスラム育ちで……ドルキマスの荒廃をずっと見てきたんです。
ドルキマスは小さな国で、他国と戦争になったらまず勝ち目はない、って言われていました。
幸い、小国だからこそ戦略上の価値も低くて、まだ侵略の標的にはなってなかったんですけど――
それでもいつかは呑み込まれる。王はそれを恐れて、国の防備を固めに走りました。
新しい要塞や戦艦を建造するため、たくさんの人を無理に動員したり、極端に税率を上げたり……。
その結果、貧富の差が急速に拡大して……国内の治安も極端に悪化してしまったんです。
外敵から国を守ろうとして、国内が荒れる原因を作っちゃったんだにゃ。
ウィズの言葉に、エルナはこくりとうなずく。
そうなんです。でも、それはもう過去の話なんですよ。
ついに他国の侵略が始まり、案の定。ドルキマスは敗戦を重ねていって……そんなとき、ベルク元帥が入軍されたんです。
そして、ベルク元帥はドルキマス軍の劣勢を覆し、ついには侵略してきた国へ逆に侵攻して。ドカンと制圧してしまったのです!
……とんでもない武勇伝にゃ。
普通なら眉唾物だが、あのディートリヒならやりかねない……と、君も思わずうなずいていた。
そこからはもう、連戦連勝の日々ですよ!周辺諸国を次々に平らげ、我がドルキマスは一気に豊かになりました。
えへん、とエルナは我がことのように胸を張る。
国が豊かになったのなら、どうして謀反なんか起こそうとするにゃ?
それがですね……ドルキマス王が、相も変わらず、どんどん要塞とか増やしちゃうんですよ。
もうどこからも攻められてないのに……にゃ?
ええ。まるで何かを怖がってるみたいに……。おかげで、国にお金が入っても、かなりの量がそっちに消えちゃうんです。
だから元帥閣下も、そんな奴はいい加減どうにかしちまえ、とおっしゃって。
実際は、もっとちゃんとした発令だったんだろうけど。意味的には、確かに彼の言いそうなことだ。
このまま謀反が成功したら。“王様のせい”で起こっていたいろいろな問題が、一気に解決するんです。
そうしたら治安も回復するでしょうし、要塞を建造する費用なんか、医療や教育にガンガン回せるようになると思うんです。
だからね。みんな、期待しているんですよ。
ベルク元帥が導かれる国――平和に満ちた、新たなるドルキマスに!