【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story1
story1 捕縛
ディートリヒ軍旗艦内――独房。
銃を突きつけられた君とウィズは、独房に入れられ、ディートリヒとローヴィから尋問を受けていた。
君たちが別の世界からここに来たこと。ディートリヒらと出会い、魔道艇を託されたこと。ともに〈イグノビリウム〉と戦ったこと。
そのすべてを説明したが、ふたりとも心当たりはないようだった。
君とウィズは顔を見合わせた。
愕然となるローヴィ。
対照的に、ディートリヒは愉快げに笑った。
我々は今まさに、その“謀反”を行っている最中なのだからな。
まさか――と再び顔を見合わせる君たちに、ローヴィが補足を入れる。
今は、王都に進軍している途中です。
だからこそ、信じるわけにはいかんな。
ディートリヒの表情が、わずかに変わる。
〈イグノビリウム〉との戦い――特に、その〈王〉との決戦で目にした表情だった。
本当につまらなそうに、彼は言った。
story2 国境を越えて
ドルキマス国境付近――
その上空に、10隻の軍艦が集まっている。
中央に位置する船のブリッジで、ヴィラム・オルゲン大尉は大きく嘆息した。
ドルキマス軍・大尉 ヴィラム・オルゲン |
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はあ~あ……まったく。貧乏クジもいいところだ。“極貧クジ”って言ってもいいくらいだぜ。
傭兵 ??? |
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とはいえ、な……いくらいけ好かない貴族でも、その奥さんやら坊ちゃんやらご令嬢やらまで、まとめてひどい目に遭うのを見るのは忍びない。
だから、一家が安全なところまで逃げられるよう、身体張って時間を稼ごうってんだろ。泣かせるね、ヴィラムの旦那。
ニヤリと笑う青年に、ヴィラムは意味深な視線を送る。
フェリクスは、ブリッジの向こうに目を凝らした。
分厚い雲の層が目の前の空にできている。
そのせいで見えないが、哨戒艇の報告によれば、ディートリヒの大艦隊が接近中であるという。
つぶやいて、フェリクスはヴィラムを振り返った。
フェリクスは、真顔で言った。
***
国境付近に、豊かな雲の層ができている。
ディートリヒ軍は、その雲の向こう側に10隻の軍艦が控えていることを探知していた。
動くそぶりがないところを見ると、雲を楯に時間稼ぎをするつもりでしょうか。
あれは、“来る”な。
ディートリヒがそう口にした直後。
雲を突き抜けて飛来した砲弾が、先鋒を務める1隻にぶち当たった。
正面、斜め上方から、砲弾が降り注ぐ。
そのほとんどは虚空を突き抜けるのみだったが、一部は先鋒艦隊の装甲に命中し、派手な爆炎の華を咲かせる。
先鋒艦隊を仕切るクラリア・シャルルリエ少将は、周囲の動揺を肌で感じるや、即座に無縁で叱咤を飛ばした。
風上かつ高みに陣取っての攻撃だ。あちらの砲は届くが、こちらは届かない。そういう状況を作り、混乱を招こうとしている。
戦うつもりではない。逃げるつもりだ。だが、勇敢な逃げ方だな。
ディートリヒは笑った。
前方に広がる雲の層を面白そうに見つめ、ディートリヒは言う。
***
独房のなかで、ウィズがため息を吐く。
外では戦いが行われているようだ。振動から、戦艦の速度が上がったのを感じる。
それにしても、いったいどうして時間を遡ってしまったのだろう?
〈イグノビリウム〉と戦っているうちに、だんだん周囲の空間がねじれていったにゃ。
確かに。
長く続く戦いのなかで、まるで彼らの持つ闇に呑み込まれるように、魔道艇周辺の空間が変質していった。
最後には、昼のはずなのに、夜のような暗闇のなかで戦っていた。
〈イグノビリウム〉も魔道艇も、この世界の古代魔法文明の産物にゃ。何が起こってもおかしくないにゃ。
だとしたら、と君は言う。
この世界にはまだ〈イグノビリウム〉が来ていない。
聞けば、〈イグノビリウム〉は襲来後、瞬く間に大陸を席巻していったという。
だが、最初から〈イグノビリウム〉の到来がわかっていて、対処手段がそろっていたなら、そんな悲劇は起こらなかったはずだ。
君がその脅威をこの世界の人々に訴えれば、今から対〈イグノビリウム〉の準備を整えることができるかもしれない……。
問題は、信じてくれるかどうかにゃ。
***
レーダーの表示を見て、ヴィラムはうめいた。
まあいい、時間はじゅうぶんに稼いだ!あとは雲の下に回って逃げ――
太く青白い輝きが、雲を割って伸びた。
迫り来る光の柱――としか見えないものが、フェリクスたちの船の足元を突き抜け、空を焼き焦がしていく。
“そちらに逃げてくれるなよ”、と笑うように。
そして、その光を追いかけるように、1隻の軍艦が雲を突き破って現れた。
御大将自ら突っ込んでくるなんざ、正気か!?
まったく正気とは思えない速度で猛然と空を走るディートリヒの船が、フェリクスの船の真横を鮮やかにすり抜けていく。
そのとき、フェリクスは、はっきりと見た。
すれ違う軍艦――そのブリッジからこちらを見て笑う、ひとりの男の姿を。
長い嘆息とともに、フェリクスは座席に身を沈めた。
げんなりとした表情で、彼はぼやいた。
***
ドルキマス王国第1王子、アルトゥール・ハイリヒベルクは、告げられた報告に眉を動かした。
しかし、殿下。ディートリヒはなぜ、まだ国外にいる段階で謀反を宣言したのでしょうな。
ディートリヒ率いる主力艦隊は、周辺国の制圧にあたっていた。
謀反を起こすなら、任務を終えて王都に帰投してからの方が、圧倒的にやりやすかったはずだ。
父は小物だ。ディートリヒが命を狙って進軍してくるとなれば、最悪、戦わずして降伏することもありうる。
国内の船をかき集めたところで、ディートリヒ軍には太刀打ちできませんからな。
ユリウス。例の件、速やかに実行に移せ。もう時間がない。
憂鬱な顔を見せるアルトゥールに、ユリウスは麗々と言う。
ずっと待っていたのですからな。ディートリヒに復讐する機会を――
story3 従兵エルナ
そうかもしれない、とウィズと話していると、独房の外の廊下から、カラカラと何かを運ぶ音が聞こえてきた。
すぐに独房の扉が開かれ、軍服をまとった少女がひとり、トレイを手にして入って来た。
ビーフシチューです。黒猫さんにはこちらのチキンフライを。
ありがとう、と言って、君は食事の乗せられたトレイを受け取った。
ウィズもチキンフライにかぶりついている。
にっこり笑って、彼女は一礼する。
ディートリヒの身の回りの世話をする人がいる……。
考えてみれば当たり前だが、なんだか不思議な気がした。
でも、閣下も人の子ですから。そりゃあ必要ですよ、そういうことも。
エルナは、朗らかに笑った。
まるで軍人ではなく普通の町娘のような、素朴で明るい笑顔だ。
ディートリヒの近くにいる人間としては、ちょっと意外なタイプかも、と君は思った。
わたしからも申し添えておきますね。おふたりとも感じのいい方で、きっとスパイなんかじゃないと思いますよって。
君も、微笑みながら、ありがとう、とお礼を述べる。
そうしてみると、なんだか笑ったのさえ久々に感じた。
このところずっと、〈イグノビリウム〉との戦いに明け暮れていて、笑顔を浮かべることさえなくなっていた。
こんなふうに微笑みなから、誰かと会話を交わす。そんな当たり前のことさえ、すごく懐かしいことのようだった。
おふたりは、未来からいらっしゃったんですよね?
エルナは真剣な顔でうなずいた。
ドルキマスは小さな国で、他国と戦争になったらまず勝ち目はない、って言われていました。
幸い、小国だからこそ戦略上の価値も低くて、まだ侵略の標的にはなってなかったんですけど――
それでもいつかは呑み込まれる。王はそれを恐れて、国の防備を固めに走りました。
新しい要塞や戦艦を建造するため、たくさんの人を無理に動員したり、極端に税率を上げたり……。
その結果、貧富の差が急速に拡大して……国内の治安も極端に悪化してしまったんです。
ウィズの言葉に、エルナはこくりとうなずく。
ついに他国の侵略が始まり、案の定。ドルキマスは敗戦を重ねていって……そんなとき、ベルク元帥が入軍されたんです。
そして、ベルク元帥はドルキマス軍の劣勢を覆し、ついには侵略してきた国へ逆に侵攻して。ドカンと制圧してしまったのです!
普通なら眉唾物だが、あのディートリヒならやりかねない……と、君も思わずうなずいていた。
えへん、とエルナは我がことのように胸を張る。
だから元帥閣下も、そんな奴はいい加減どうにかしちまえ、とおっしゃって。
実際は、もっとちゃんとした発令だったんだろうけど。意味的には、確かに彼の言いそうなことだ。
そうしたら治安も回復するでしょうし、要塞を建造する費用なんか、医療や教育にガンガン回せるようになると思うんです。
だからね。みんな、期待しているんですよ。
ベルク元帥が導かれる国――平和に満ちた、新たなるドルキマスに!