【黒ウィズ】大魔道杯 in 月夜の思い出 「ドルキマス」Story
開催期間:2018/09/20 |
story 月夜の思い出
はい、副官!うさ耳どうぞ!
笑顔でうさ耳を差し出され、ローヴィは心底困惑した。
シェンク従兵……あの、これはどういう?
今日は〝佳月祭〟の日じゃないですか。なので、みなさんにお配りしてるんです。
〝佳月祭〟は、ドルキマスの伝統行事の1つだ。
元は秋の収穫を祝うもので、月に歌や舞を奉納し、大いなる天の恩寵に感謝を示す意図があった。
今は、月を眺めながらの宴会行事になっている。
空を戦場とする軍人たちにとって、天の恩寵を賜ることは、欠かせぬ験担ぎである。
それはわかりますが……なぜ、うさぎ?
あれ、ご存じありません?うさぎは月の聖獣って言われてるんですよ。だから市井じゃうさぎに扮するのが一般的なんです。
そうだったのですか。申し訳ありません、そういうことにはうとくて……。
副官、貴族のお家ですもんね。あ、てことは、うさ耳つけたことないですよね?いい機会ですからつけちゃいましょう!
ま、待ってください。その、軍人の誇りというものが――
おう、フロイセ少尉、楽しんでるか!
はっ!シャルルリエ提督――提督!?
豪放聶落な笑い声とともに現れた、第3艦隊提督ブルーノ・シャルルリエ。
その頭に、燦然とうさ耳が輝いていた。
おっ!よくお似合いですよ~、提督!
おかげさまでな。シェンク従兵、よく全員分の耳を集めてくれた。君も忙しかったろうに。
いえいえ!今度の相手は、なにせガライド連合王国ですから。どーんと盛り上がってまいりませんと!
シュネー国と講和を結んだのも束の間、ドルキマスはガライド連合王国との外交に失敗。戦争状態に突入した。
ガライド連合王国軍は、とにかく数が多い。互いの戦力比を考えれば、容易ならざる戦いになるのは明らかであった。
明後日には国境を超える。はめを外せるのは、今日が最後だ。本当は酒も欲しいところだがな。
空だとお酒が回りやすいですからね。さ、おふたりとも、特製ニンジンジュースです!グイッと行っちゃってください、グイッと!
はあ……。
あれよあれよという間に、うさ耳をつけられ、ニンジンジュースを持たされ、甲板に送り込まれてしまった。
***
甲板では、多くの兵士が宴に興じていた。
でたらめに踊り出す者。故郷の歌を唄う者。ブルーノの物まねをして大爆笑を誘い、背後から現れたブルーノ本人に組みつかれる者。
酒は入っていないはずなのに、みな、心ゆくまで酔いしれたように盛り上がっている。
はいはい、ニンジンジュース追加こちらでーす!
あ、チーズがもうないですね。お皿下げちゃってください、おかわり持ってきます!
エルナは、そんな兵士たちの間をちょこまかと動き回り、てきぱきと気を利かせて、他の従兵に間断なく指示を飛ばしている。
(私には無理だな)
そもそも人の輪に入ることさえ苦手だった。今も、甲板の片隅で、ちびちびとジュースを飲むことしかできない。
すると、エルナがこちらに気づき、屈託のない笑顔でずかずか近づいてきた。
副官、どうぞこちらに来てください!みなさん副官と話したがってますよ!
え?いえ、私は……。
はいみなさん!偉大なるベルク閣下の副官、フロイセ少尉がいらっしゃいましたー!日頃の感謝をどうぞー!
長続きしてくれてありがとうございます、副官!あなたが辞めたら次は俺かもしれなかったんです!
若い兵士の言葉に、場がドッと湧いた。
ディートリヒの気難しさは誰もが知るところだ。
談笑のネタになってもいるのだろう。
いやあ、閣下の副官なんて大変でしょう。俺ならとうに逃げだしてますよ。
いつも閣下とはどういうことを話されるんですか?
あまり話す機会のない兵士たちが、フランクに質問を投げかけてくる。
みな、ディートリヒのことは気になるらしい。ローヴィがちょっとした彼の癖を教えただけで、場が驚くほど盛り上がったりもした。
他にも、閣下は、集中すると手袋の端を噛む癖がありまして――
悪癖だな。直そうと思っても直らんので、もはや諦めている。
か、閣下!?
背後からの声に、ローヴィは仰天して振り返り――
絶句した。
その場の誰もがそうだった。
うさ耳閣下です。
ディートリヒの傍らのエルナを除いて。
従兵が、つけろとうるさくてな。
だって、せっかくの〝佳月祭〟なんですから。みなさんも見たかったですよね?閣下のうさ耳!
そういうものか?どうもわからんな。我ながら、似合うとは思えんが。
いやいやいやいやお似合いですとも!ねえみなさん。ささ、遠慮なくご感想をどうぞ!
「「「「うさ耳閣下万歳!!ドルキマス万歳!!!!
よくやってくれた従兵!おいおまえたち、目に焼きつけておけ!こいつは一生ものの思い出になるぞ!
兵士たちはたちまち総立ちになって、熱狂の声と拍手の音を夜空に響かせた。
これで士気が上がるなら、日頃からつけていても良いくらいだな。
たまにだからいいんですよ。ありがたみがなくなっちゃいます。
後に、この出来事は〝佳月祭の奇跡〟と称され、ドルキマス空軍に長く語り継がれることとなる。
それは、このとき実に参加した兵士の多くが――
ブルーノ・シャルルリエも含め――ガライド連合王国戦で帰らぬ人になったせいでもある。
ディートリヒの従兵であったエルナも、後に鉄機要塞攻略戦で命を落とした。
彼女亡き今、ディートリヒのあのような姿を見ることは、もはやないのかもしれない。
ローヴィは、秋の月を見るたび思い出す。
他の誰にもできないやり方で、第3艦隊を支えた従兵がいたことを。
彼女の笑顔と元気さが、夜空の月の輝くように、みなに光を与えたことを――