【黒ウィズ】アリエッタ編(ザ・ゴールデン2017)
2017/04/28
ある晴れた日の昼下がり。
いつものようにアリエッタは魔法で山を吹き飛ばした。
アリエッタは学ぶ子である。
山を吹き飛ばしたら隠蔽するし、隠蔽の精度もめきめきと上がっている。
吹き飛ばした山の付近を散策して、残骸からあるべき形を推測し、再現する。ちょっとした隠蔽の匠である。
そんな匠であるアリエッタをして、その山(だった場所)は特殊だと言わしめた。
まばゆい金色の粉塵が宙を舞っていた。地面のそこかしこには金の塊が転がっている。
そう。アリエッタが吹き飛ばしたのは単なる山ではない。
魔道金山である。
魔道金山ということで当然、金の精が棲んでいる。
金の精は値踏みするようにアリエッタをじろじろと見る。
知らない人にも元気よく挨拶。素直でいい子なアリエッタは山のマナーを守る。
しかしまー、元気そうでなによりです。
これ以上説明しろと言われても無理な話だった。ついがダメなら、ついついとでも言うしかない。
で、わし、この魔道金山に棲まう、金の精ね。控えめに言っても、めっちゃありがたい存在。
金の精は得意げに語る。しかし――
アリエッタは軽く流した。
でもさあ、ふつう、金の精に対してその態度なくない?乞うでしょ、意地汚く。金の精様ぁ~金ください~って。
わし、人間のそういう卑屈なとこ見るために生きてるようなもんだからね。
実際、アリエッタは金色の魔道折り紙が好きだった。
よい子の魔道折り紙27枚入りの中に1枚だけ入っている栄光の金である。
大抵、何を折ろうかぴらぴらさせているうちにぐしゃぐしゃになってしまうのだが。
意地汚い人間にかける用の呪いだけど、おぬしにも効果てきめんだろうね。ははっ、食らえっ!
金の精が金色の波動を放った。
避けることはできたが、避けたら避けたでまたネチネチ言われるんだろうなと思ったアリエッタはおとなしく波動を食らった。
賢い対応である。
アリエッタはちょろちょろっと山を復元して、足早に立ち去った。
***
呪われた者とは思えない軽やかな足取りでアリエッタは街道をゆく。
きょろきょろしながら歩いていると、アリエッタ好みの、いい感じの木の枝を見つけた。
太い枝の先が二股に分かれていて、それはさながら杖のようだった。
拾った木の枝を振りかざそうとした瞬間――なんと、枝が黄金に変化した。
アリエッタは息を呑み、黄金と化した木の枝を神妙な顔つきで見つめる。
黄金の枝を振り回しながら歩いていると、旅人を襲う賊が道を塞ぐように立ちはだかった。
すごく欲しそうな顔をしていたので、アリエッタは賊に金の枝を渡した。
アリエッタはポケットからすぺすべの石と折れたえんぴつを取り出す。
すると――石もえんぴつも、黄金になっている。
街道の砂をひとつかみすると、やはり、砂金に変わる。
アリエッタは賊に砂金を投げつけた。
賊は目をこすりながらもんどりうつ。しかしそんなつまらないものはアリエッタの目に映っていない。
考えてもわからないので、とりあえず石ころを拾ったり木の幹をべたべた触ったりして遊んだ。
触りたいものがあるほうへ自由気ままに進んでいると、いつの間にか魔物が棲む森に迷い込んでしまった。
ただでさえ気性の荒い魔物たちが、奇妙な術を使うアリエッタを見て興奮し、襲いかかってくる。
迫る魔物を、片手でいなしていく。数体の魔物はたちまち黄金の塊に変わった。
アリエッタが自らの「作品」に見入っていると、どこからかやってきた男が嘆息する。
人呼んで、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
手のひらで地面をべたべた触りながら、四つん這いで駆ける。アリエッタが過ぎ去った道は、黄金に変わった。
アリエッタは山の中を縦横無尽に駆けずり回る。
そして――
出来上がったのは山肌が黄金に輝く、まばゆい金山。ふもとの村の人々は驚愕するばかりだった。
ふもとに降りてきたアリエッタは腕を組み、満足げにもろ金山を眺める。
またの名を、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
***
アリエッタは気分屋にして無駄にグルメである。
とことん食事にこだわることもあれば、そのへんに生えている食べられそうな草で済ませることもある。
今日は、グルメの日だった。
初めて訪れる街。どこにいったらおいしいものが食べられるのか。
魔法でおいしいお店を探すため、魔道空間から本を取り出す。
本が黄金の塊になってしまい、ページをめくることができない。
立ち寄ってみたのは、人で賑わうパン屋。
店の中をのぞいてみると、店主が険しい顔つきで石窯を睨みつけている。
あれこれ迷った挙句、メロンパンとクリームパンを注文し、銅貨だった金貨で会計を済ませる。
しかし、メロンパンをつかんだ瞬間、それは黄金に変わってしまう。
アリエッタは黄金メロンパンを力任せに割った。
中はふわっと――していることはなく、黄金の塊だ。
念のためクリームパンでも試してみるが、黄金と化したクリームパンの中身も黄金だった。
さらに念のため、食べてみたが、味も黄金だった。
――それからしばらく、アリエッタの食事は黄金のみとなる。
これには、さすがのアリエッタも困った。
硬くて食べられない……わけではなかった。
アリエッタは純金をばりばりかみ砕いて食べることができた。なんなら食感自体は好きだった。
問題は、昧だった。なにせアリエッタは無駄にグルメである。
触ったものがすべて黄金になる。
呪いにしては楽しいものだと思っていたが、なるほど、食事が楽しめないのは呪いだ。
呪いを解くのは大変だから、エリスに頼もう!
しかし、呪いのことを説明するには、金の精のことを言わなければならない。
そうすると、魔道金山をふっ飛ばしたことがバレる。
でも、前にエリスが難しいこと言ってたなー。
呪いの効果をなくすには、封印か解呪。
封印とは、呪いに対してより強力な外圧をかけ、それを閉じ込めてしまうこと。
解呪とは、呪いに対して、その構造を読み解き、分解してしまうこと。
アリエッタは無駄な繊細さを見せる。
しかし、”エリスでも大変”だということが、アリエッタの気持ちに火をつけた。
アリエッタは天才的な頭脳をフル回転させる。
呪いの解き方はわからなかった。
が、呪いの効果を書き換えることはできそうだった。
触れたものすべてを黄金に変えるのではなく、いやなものだけを黄金に変える――そんなことを思いつく。
いやなもので咄嵯に思い浮かんだのはエリスの匝のアレだったが、返り討ちに遭いそうなのでなかったことにする。
改めて考えて、思い浮かんだのは――
畑の野菜をダメにしてしまう害虫、魔道マイマイだ。
実家で暮らしていた頃、野菜につく害虫の退治はもっぱらアリエッタの仕事だった。
中でも魔道マイマイを嫌うには、アリエッタなりの理由がある。
姉や妹と同部屋だったアリエッタは、自分だけの家を背負う魔道マイマイに嫉妬していたのだ。
せっかく育てた野菜をだめにしてしまうだけでなく、自分だけの家まで自慢してくる、にっくきアイツ。
そうと決まれば、あとは早い。
触れた魔道マイマイだけが黄金になるよう、呪いの効果を書き換える。
アリエッタは、世界中の魔道マイマイを黄金に変える旅に出た。
story
エリスは難しい顔で固まっていた。
オデットからもらった、吐き気がするほどえげつなく可愛いワンピース。
こうして眺めているだけでも、めまいがする。ましてや、これを着るなど……。
といって、クローゼットにしまったままでは忍びない。
エリスはなかなか義理堅い性格をしている。
常に暴れまわっているアリエッタだが、澄ましていればこういうかわいい服も似合いそうなものだ。
しかし、お澄ましアリエッタは空想上の生物。現実には存在しない。
しとやかなところがある彼女にはぴったりではないだろうか。
しかし今や大企業のトップに立つ彼女である、少女じみたワンピースは似合わない。エリスは時の流れの無情を感じる。
先生なら……。
文句なしにばっちり似合いそうだが、そもそもサイズが合わない。
念のため。
念のため自分に似合うかどうか、ワンピースを手に取り、身体にあてがおうとしたところで――
かすかな物音に反応し、慌てて机の引き出しにワンピースを詰め込んだ。
しかし物音を立てたのは、魔道むしかごの中のカマキリだった。
エプロン姿をアリエッタに目撃されて以来、エリスは神経過敏になっているのだ。
引き出しからワンピースをひっぱり出していると――
ドアがノックされ、ミツボシが入ってくる。
エリスは再びワンピースを引き出しに詰めて、椅子に腰かけ書類に目を通す。m捜索班からの報告が上がってきました。
もとは、アリエッタ監督班だった。
しかし、エリスですら手を焼いていたアリエッタの監督である。
並の魔道士に務まるはずもなく、悪行を食い止めるどころか行方すらつかめない始末だった。
出没の噂を聞いて現地に駆けつけてみても、嵐が過ぎ去った後。
クレーム対応に追われて、アリエッタを追いかけることができない
アリエッタ監督班に配属された魔道士が仕事に疲れたと立て続けに魔道士協会を辞めて、魔道士評議会に流れたという話も耳にしている。
うんざりする書類の回りくどくてお堅い文章を追っていたエリスの目が止まった。mエリスさん?顔色が侵れないようですが……やはり心配ですか。
まさか……十字路で悪魔に魂を売ったのでは?アリエッタさんならノリで売ってそうです。
でも……魔道酒店で魔道ビールを?……信じられないわ。mあ、そっちですか。
エリスは想像する。路地裏にしけこみ魔道ビールを飲むアリエッタ。そんなの、魔道チンピラのやることではないか。
エリスの額にじんわりと汗がにじむ。
いくら善悪の区別がついていない傍若無人で人間災害なアリエッタでも、お酒を飲むなんて真似をするはずがない。
そんな子に育てた覚えはない。
アリエッタに付きっきりだったのも、今は昔。最近は目をかけてやれなかった。
お目付け役としての血が騒いだ。
筆頭理事としての仕事は、一時的に別の理事に頼めばいい。そんなことは書類1枚でどうにでもなる。
一刻も早く必要書類を揃えてアリエッタ探しに向かうべく、エリスは勢いよく机の引き出しを開けた。
吐き気がするほどえげつなく可愛いワンピースが出てきた。m……まあ。お気に入りなら、おめしになればいいのに。
***
宵の口。
およそ魔道酒店にはふさわしくない、無邪気な笑い声が聞こえてくる。
エリスは物陰に隠れて、街の魔道酒店を張っていた。
元お目付け役として、ちゃんと叱ってやらねば。
アリエッタは慣れた様子で店主に話しかける。
すかさずエリスは店の中に突入し、アリエッタの腕をつかんだ。
ぽかんとする店主に構わず、エリスはアリエッタを店の外に引きずり出す。
アリエッタは悪びれもせずへらへら笑っている。
くりくりとした目をらんらんと輝かせて、アリエッタはエリスの目を見る。その無邪気さが今のエリスの胸を刺す。
でも、そんなことはどっちだっていいの。
エリスがアリエッタの頬を張ろうとしたところで――
アリエッタはうろんげな表情を浮かべる。
アリエッタが嘘をついているかどうかは、すぐわかる。
嘘をついたときに、髪の毛を指でくるくるする癖があるのだ。
エリスが見る限り、アリエッタは嘘をついていない。
魔道ビールを置いとくと、わはは、おろかな魔道マイマイをおびき寄せることができるのだ!
エリスは安堵感で力が抜け、その場にへたり込む。
魔道ビールが必要なら、いつでも私に言いなさい。買ってあげるから。
エリスはひとまずアリエッタに魔道ビールを3ケース買い与えた。
アリエッタはビールを魔道空間にしまうと、エリスを連れて街の外れにある畑に向かった。
***
小皿に魔道ビールを注いでしばらく待つと、魔道マイマイがうようよ寄ってくる。
ここ最近、アリエッタと落ち着いて話す間もなかったなとエリスは思う。
本来であれば、今頃は協会の理事会に出席しているはずだった。
要件が片づき次第、理事の業務に戻るという取り決めだったのだ。
しかし、今はアリエッタとゆっくり話がしたい。
その話題が魔道マイマイ退治のことというのもおかしな話だが。
しかし、さらにおかしな展開がエリスを待っていた。
アリエッタが魔道ビールを昧わっている魔道マイマイをつつく。すると、魔道マイマイが黄金に変わった。
エリスは黄金と化した魔道マイマイを手に取ってみる。
色が金色になっただけでなく、黄金の塊になっているようだ。
アリエッタはわざとらしく胸を張り、ほこらしげに言う。
その正体は、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
アリエッタは魔道空間から大量の黄金マイマイを取り出した。
エリスは貧乏だからほしいでしょ!あはは!
アリエッタがエリスの貧乏を笑うのは今に始まったことではないが、黄金を手にしているせいだろうか、いつも以上に堪えた。
とえ本当に貧乏だったとしても、面と向かって貧乏だなんて言うものじゃないわ。
それにね、アリエッタ。黄金っていうのは、すごく貴重なもので、気軽に人にあげるものじゃないのよ。
アリエッタは聞いていなかった。
黄金と化したマイマイをおもちゃのように投げて遊んでいるアリエッタを見るにつけ、心配になってくる。
黄金の価値をわかっていないアリエッタが大量の黄金を生み出すという状況は、とても危うい。
悪い大人に騙されて、いいように使われてしまうかもしれない。
それから、黄金を無駄遣いしちゃダメよ。とりあえず、使わないで取っておきなさい。
アリエッタは髪の毛を指でくるくるしながら走り去った。
ため息をついてから、エリスは気づく。
story3 争奪!?アリエッタ杯
ルーフに豪奢な純金装飾がついた、黒塗りのリムジンほうき。魔道成金でも乗らないような至高の珍品。
その名も、リムジンほうきマジェスティックゴールド。見た目に負けず名前も仰々しい。
アリエッタはこれを黄金の魔道マイマイ40個で購入した。
正装したほうきディーラー十数人が拍手で見送る中、アリエッタは飛び立つ。
爽快感に身を任せ、フルスピードで空を駆け抜けて――
気づいたときには魔道障壁に突っ込んでいた。
一般的な魔道士の生涯賃金に匹敵すると言われる最高級ほうきを、数秒で大破させた。
その言葉に偽りはなく、確かに楽しかった。しかし同時に、物足りなさも感じた。
最高級ほうきでさえ、たった40個の黄金マイマイで購入できてしまう。
エリスに黄金を使うなと言われて以来、アリエッタは黄金の魔道マイマイを使うことばかり考えていた。
しかし、これだという使い道が思いつかない。
アリエッタは天才的な頭脳をフル回転させて、黄金の使い道を考えた。
アリエッタは「それ」のために、数千、あるいは数万あったかもしれない、手持ちの黄金マイマイすべてを使い果たした。
「それ」は――超でかい黄金の魔道マイマイ像だった。
黄金の魔道マイマイをたくさん使って、超でかい黄金の魔道マイマイ像を作る。
ものすごく物理的な黄金の使い道であった。
アリエッタはそう言って、立ち去ろうとする。
果たしてなんの「よし!」か。もう飽きたからこれ以上見なくて「よし!」の「よし!」である。
邪魔だから片付けろと誰かに怒られる前にさっさと帰ろうと思ったが、次々に人が集まってくる。
突如街中に現れた、巨大な純金像。人々の興味を引くのは、無理からぬことだろう。
こちらの作品も同じ運命をたどるでしょう。先生の作品をぜひ魔道現代美術館で展示したく思います。
申し遅れました。わたくし、魔道現代美術館の館長です。
自己紹介するおじさんを押しのけて、次々と怪しげな人がアリエッタに挨拶する。
さらに、アリエッタを付けて動向を探っていたのか、どこからともなく魔道士たちが現れた。
魔道ビールにおびき寄せられる魔道マイマイのごとく、人間たちが巨大な黄金像におびき寄せられてくる。
一般市民から魔道士まで、人が人を呼び、辺りはお祭りのような熱気に包まれる。
みんな落ち着いて静粛にした。それだけ、巨大な黄金像を欲しているのだ。
***
突発的に開催が決まったアリエッタ杯には数多くの人が集った。
黄金欲しさに参戦する者、魔道士たちの熾烈な戦いを楽しみにしてる者、その目的は様々だ。
言っているそばから、世界屈指の大魔道士がやってくる。lいかれた錬金術師の噂を聞いてやってきてみたら……アリエッタか!なるほど、確かにいかれてるわね!
これ、硬いの?爆発させていい?
レナは巨大な黄金マイマイ像をゴツゴツと叩く。
幸か不幸か、続々と猛者たちが集まり大賑わいを見せるアリエッタ杯。
グリモワールグランプリに匹敵するほどのビッグネームがそろい、観客たちの興奮も増す一方だ。
そんな熱狂の中、満を持してアリエッタが主催者として挨拶をする。
一番……魔道マイマイのものまねがうまかった人の勝ち!
参加者も観衆も一瞬面食らい、しんと静まり返った。しばらくしてからざわつきだす。lえー!?戦わないの!?
自称魔道近未来美術館の館長が地面に這いつくばり、のそのそと動く。
主催者兼審査委員長のアリエッタはバッサリ斬り捨てる。rリルム式ものまね……アンマニテナイザー!
リルムも怪しいおじさんに負けじとぬめぬめした動きを見せる。
苦々しく吐き捨てたえらそうな人は、うずくまってぬめぬめと動く。sいい大人がこんなことまでして。魔道士機構はそこまで活動資金に困っているというの……?
私はやらないわよ。大体、魔道マイマイのものまねが似てるかどうかなんて、判定が不明瞭よ。
プライドを捨ててマイマイのものまねをする人、ドン引きして立ちつくす人、こういう祭りもまた一興と楽しむ人……。
異様ではあるが、アリエッタ杯は大いに盛り上がる。
中でも一番盛り上がっていたのは、アリエッタの気持ちだった。
目の前で繰り広げられる熾烈なものまね合戦に自分も混ざりたくなった。
刮目して脳裡に焼き付けよ!今際の際に思い出せー!
アリエッタは雄叫びをあげて地面の上で丸くなる。
にゅるりと首を伸ばす動きは大胆かつ繊細に。逸る気持ちを抑えつつ、一定の感覚でじわじわと前進する。
自分は家を背負っているのだという内に秘めた自尊心――しかし微かににじみ出る虚栄心。
アリエッタは心から魔道マイマイになりきる。
さらにものまねの精度を上げるべく、想像を巡らせる。
彼らにとって、キャベツとレタスを食べるときの気持ちは違うのか。
そういえば実家の畑では、キャベツのほうによく張りついていたものだ――――――!!!
世界中の魔道マイマイを捕獲して回ったというのに、実家の畑をすっかり忘れていた。
さらに、悪い想像が広がる。もしも魔道マイマイに情報網があったら……。
アリエッタはアリエッタ杯を放り出し、実家に向かって一直線に駆けていった。
一直線というからには一直線で、山があればすべて吹き飛ばして進んだ。
4つ目の山を吹き飛ばすと、いつかのように金色の粉塵が舞う。
前にふっ飛ばした魔道金山だった。
実家の危機に駆けつける。人の心がある。つまり、わしの呪いで反省して、心を入れ替えたというわけだ。
よし、感心した。呪いを解いてやろう。
……だから、これで手打ちにしてください。二度と山をふっ飛ばさないでください。山も元に戻してください。お願いします。
こうして呪いは解かれた。
アリエッタが今まで黄金に変えてきたものは、すべて元の姿に戻った。
超でかい黄金マイマイ像が大量の魔道マイマイに戻り、街が阿鼻叫喚の地獄絵図と化したことを、アリエッタは知らない。
***
アリエッタによって引き起こされた、魔道マイマイ撒布事件。
巨大な黄金マイマイ像が突如としておびただしい数の魔道マイマイに変化し、人々はパニックに陥った。
魔道士協会はその後始末、害虫駆除とクレーム対応に忙殺された。
エリスも筆頭理事の身でありながら、率先して現場に出て魔道マイマイを捕まえた。
外部からの批判をどうにかやり過ごしたら、今度は内部からの攻撃だ。
アリエッタを魔道士協会から追放しようという論調が強まった。
しかしそんなものは一時の感情論でしかないことなど、喚いている本人もわかっているのだ。あれほどの天才を手放すわけにはいかない。
そうなると必然的に、アリエッタ以外の批判すべき対象を探し出すことになる。
アリエッタ監視体制が機能していなかったこと、その事実を把握していながら改善策を打たなかったこと。
そもそも以前のお目付け役だったエリスがちゃんと教育していれば云々……。
こんな議論は無駄だとエリスは思った。
話がどう転ぼうが、結局責任はすべて自分に降りかかるのだから。
逃亡したアリエッタの消息は案外早くつかめた。
ふっ飛ばされた山をたどっていったら、アリエッタの田舎に行き着いたのだ。
振り返ると、アリエッタ――ではない、姉のミリエッタがいた。相変わらず瓜二つの容姿だ。
私たちとしては大助かりなんですが、こんな田舎で土いじりなんかしている暇なんてあるのかしら。
もしかしてあの子、魔道士としての仕事を放り出して逃げてきたんですか!?
お父様とお母様には、また改めてご挨拶に伺わせて頂きます。
ミリエッタと別れたエリスは、アリエッタがいるという畑に向かった。
エリスを見るなり、アリエッタのほうから駆け寄ってくる。
街中魔道マイマイだらけで、ひどかったのよ。
エリスは街で起きた魔道マイマイ事件のことをアリエッタに説明する。
街中魔道マイマイだらけになり、住民の生活に支障をきたしたこと。
特にエリスの魔道アパートメントの中は被害が著しかったこと。
残党マイマイ狩りをするために魔道ビールを大量に買ったら魔道のんべえにからまれて大変だったこと。
声を荒げてから、エリスはハッとした。
アリエッタは小首をかしげている。嘘をついているときの癖、髪の毛を指でくるくるは、していない。
(少々アレなだけで、根は優しい子だもの。魔道マイマイの件はきっと何かの事故ね)
とはいえ、街に迷惑をかけたことは事実。なにかしら奉仕活動でもやらせたいとエリスは考えていた。
優しく言って聞かせれば、きっとわかってくれるはず。だってこの子はいい子だもの――
アリエッタが魔道マイマイを投げつけてきた。
エリスはすかさず厘の覧を呼び出し、アリエッタにお仕置きする。
エリスはアリエッタに害虫駆除の奉仕活動を命じた。
アリエッタは口惜しげに畑の土を撫で回す。
エリスは改めて広大な畑を見渡す。ここで、今や一大ブランドとなったトワ農業の野菜が作られているのだ。
貧乏性が抜けないエリスにはなかなか手が出ない代物だった。
アリエッタは大根を引き抜くと、畑の脇を流れる沢まで駆けていった。
しばらくすると、洗ってきれいになった大根を振り回しながら戻ってくる。
アリエッタはエリスに手本を示すように、大根をかじって見せた。
透き通るような白い大根に、元気な歯型がくっきりと残る。
エリスも真似してかじってみた。確かに甘い。
いつも元気があり余っているアリエッタだが、今日は殊更はつらつとしているように見えた。やはり実家が恋しかったのだろうか。
じっくり。じっくりこの子を教育していこうとエリスは思った。