【黒ウィズ】アリエッタ編(ザ・ゴールデン2017)
2017/04/28
ある晴れた日の昼下がり。
……吹き飛ばしてしまった。
いつものようにアリエッタは魔法で山を吹き飛ばした。
よし!隠蔽しよう!
アリエッタは学ぶ子である。
山を吹き飛ばしたら隠蔽するし、隠蔽の精度もめきめきと上がっている。
吹き飛ばした山の付近を散策して、残骸からあるべき形を推測し、再現する。ちょっとした隠蔽の匠である。
そんな匠であるアリエッタをして、その山(だった場所)は特殊だと言わしめた。
なんか……ぴかぴかしてる!
まばゆい金色の粉塵が宙を舞っていた。地面のそこかしこには金の塊が転がっている。
そう。アリエッタが吹き飛ばしたのは単なる山ではない。
魔道金山である。
え、なに?最近の採掘ってこんなにガサツなの?
魔道金山ということで当然、金の精が棲んでいる。
金の精は値踏みするようにアリエッタをじろじろと見る。
こんにちはー!今日は天気がいいねー!
知らない人にも元気よく挨拶。素直でいい子なアリエッタは山のマナーを守る。
いや、天気がどうとかの話じゃなくない?山ひとつなくなってるんだけど。天変地異だよ!
実ァ、山を吹き飛ばしたのはあっしでさぁ。どうもすいやせん。
しかしまー、元気そうでなによりです。
なんでまた山をふっ飛ばしたの?ここ、おぬしの山じゃないよね?
つい。
ついってなに。ちゃんと説明してよ。他人様の山を綺麗にふっ飛ばしてるんだから。
いやー、いい天気だなーって思ってー、山があるなーって思ってー……つい。
全然説明になってないよ!ついってそんなに便利な言葉じゃないからね!?
これ以上説明しろと言われても無理な話だった。ついがダメなら、ついついとでも言うしかない。
はー。こんなに絡まれるなら適当に隠蔽しとけばよかった。
……おぬしさあ、人の心とかないわけ?ちょっと……いや、だいぶおかしいよ。
人の心かー。人の心はなー、難しいからなー。うーん、まあ、とりあえず山は直すよ。
直すって簡単に言うけど、ここ、魔道金山なんだよね。無限に金が採掘できる超すごい山なのよ。
で、わし、この魔道金山に棲まう、金の精ね。控えめに言っても、めっちゃありがたい存在。
金の精は得意げに語る。しかし――
ふうん。
アリエッタは軽く流した。
……え、その態度なくない?この際もう、山ふっ飛ばしたことはいいよ。許す。
でもさあ、ふつう、金の精に対してその態度なくない?乞うでしょ、意地汚く。金の精様ぁ~金ください~って。
わし、人間のそういう卑屈なとこ見るために生きてるようなもんだからね。
じゃあ、金ちょうだい。ぴかぴかして綺麗だし!
おぬし、金の価値わかってないでしょ。どうせ金色の魔道折り紙で喜んでるようなヤツでしょ。
実際、アリエッタは金色の魔道折り紙が好きだった。
よい子の魔道折り紙27枚入りの中に1枚だけ入っている栄光の金である。
大抵、何を折ろうかぴらぴらさせているうちにぐしゃぐしゃになってしまうのだが。
もうね、呪いかけるから。金の精を軽んじたんだから呪われて当然でしょ。
意地汚い人間にかける用の呪いだけど、おぬしにも効果てきめんだろうね。ははっ、食らえっ!
金の精が金色の波動を放った。
避けることはできたが、避けたら避けたでまたネチネチ言われるんだろうなと思ったアリエッタはおとなしく波動を食らった。
賢い対応である。
ふはははは!金の呪いと共に生きるがいい!まあ、いつまで生きられるか、わからんがな!
よくわからないけど、元気そうでなによりです。
アリエッタはちょろちょろっと山を復元して、足早に立ち去った。
***
呪いってなんだろ。わはは!
呪われた者とは思えない軽やかな足取りでアリエッタは街道をゆく。
きょろきょろしながら歩いていると、アリエッタ好みの、いい感じの木の枝を見つけた。
太い枝の先が二股に分かれていて、それはさながら杖のようだった。
わはは!魔法が使えそう!大魔道士アリエッタ参上!てや!
拾った木の枝を振りかざそうとした瞬間――なんと、枝が黄金に変化した。
アリエッタは息を呑み、黄金と化した木の枝を神妙な顔つきで見つめる。
珍しい枝だ……エリスにあげようかな。
黄金の枝を振り回しながら歩いていると、旅人を襲う賊が道を塞ぐように立ちはだかった。
成金魔道士のお嬢ちゃん、その金の杖をこっちによこしな。
欲しいの?これはエリスにあげようと思ったけど、まーいっか。
すごく欲しそうな顔をしていたので、アリエッタは賊に金の枝を渡した。
うっひょお。随分太っ腹じゃねえか。……まだあんだろ?あん?出すもん出しな!
すべすべした石と折れたえんぴつしかないよ?
アリエッタはポケットからすぺすべの石と折れたえんぴつを取り出す。
すると――石もえんぴつも、黄金になっている。
おお、もしかして……!
街道の砂をひとつかみすると、やはり、砂金に変わる。
よこせ!それをこっちによこせ!
アリエッタは賊に砂金を投げつけた。
痛ェ!目がキラキラしやがる!
賊は目をこすりながらもんどりうつ。しかしそんなつまらないものはアリエッタの目に映っていない。
触ったものが黄金になる……これ呪いなの?
考えてもわからないので、とりあえず石ころを拾ったり木の幹をべたべた触ったりして遊んだ。
触りたいものがあるほうへ自由気ままに進んでいると、いつの間にか魔物が棲む森に迷い込んでしまった。
ただでさえ気性の荒い魔物たちが、奇妙な術を使うアリエッタを見て興奮し、襲いかかってくる。
迫る魔物を、片手でいなしていく。数体の魔物はたちまち黄金の塊に変わった。
なんか、オブジェみたいだ……。
アリエッタが自らの「作品」に見入っていると、どこからかやってきた男が嘆息する。
点々とする黄金のあとを追いかけてきたが……これは……現代魔道アートですな!?
いかにも。テーマは、人間の業。
おぉ、深い。
人間の業はなー、深いからなー。
なんとありがたいお言葉。先生、お名前は?
わたしの名は、アリエッタ・ゴールデン・トワ。
人呼んで、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
…………おぉ、深い。
じゃあ、今から作品を仕上げるね。
手のひらで地面をべたべた触りながら、四つん這いで駆ける。アリエッタが過ぎ去った道は、黄金に変わった。
アリエッタは山の中を縦横無尽に駆けずり回る。
そして――
出来上がったのは山肌が黄金に輝く、まばゆい金山。ふもとの村の人々は驚愕するばかりだった。
おい、見ろ!金山だ!
金山って……こんな「もろ金山」みたいな感じだったかしら?
ふっふっふ。
ふもとに降りてきたアリエッタは腕を組み、満足げにもろ金山を眺める。
まさか……あなた様があの山を!?
いかにも。わたしの名は、アリエッタ・ゴールデン・トワ。
またの名を、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
…………。
…………は?
***
アリエッタは気分屋にして無駄にグルメである。
とことん食事にこだわることもあれば、そのへんに生えている食べられそうな草で済ませることもある。
今日は、グルメの日だった。
初めて訪れる街。どこにいったらおいしいものが食べられるのか。
出てこい、本!
魔法でおいしいお店を探すため、魔道空間から本を取り出す。
新魔法書6万とんで3……って、あれ?
本が黄金の塊になってしまい、ページをめくることができない。
むむ……。まあ、いっか。自分で探そ。美食家アリエッタのぶらり食べ歩き!
立ち寄ってみたのは、人で賑わうパン屋。
店の中をのぞいてみると、店主が険しい顔つきで石窯を睨みつけている。
いかにもおいしいパンを焼きそうな顔をしている……!お昼はここに決めたー!
あれこれ迷った挙句、メロンパンとクリームパンを注文し、銅貨だった金貨で会計を済ませる。
いただきまーす!
しかし、メロンパンをつかんだ瞬間、それは黄金に変わってしまう。
あー、忘れてた。わたしが触ると金になるんだった。
アリエッタは黄金メロンパンを力任せに割った。
中はふわっと――していることはなく、黄金の塊だ。
念のためクリームパンでも試してみるが、黄金と化したクリームパンの中身も黄金だった。
さらに念のため、食べてみたが、味も黄金だった。
――それからしばらく、アリエッタの食事は黄金のみとなる。
これには、さすがのアリエッタも困った。
硬くて食べられない……わけではなかった。
アリエッタは純金をばりばりかみ砕いて食べることができた。なんなら食感自体は好きだった。
味がなー、全部金なのがなー。
問題は、昧だった。なにせアリエッタは無駄にグルメである。
うーん、確かにこれは、呪いだ……。
触ったものがすべて黄金になる。
呪いにしては楽しいものだと思っていたが、なるほど、食事が楽しめないのは呪いだ。
……呪い、解こう。うん、そうしよそうしよ。
呪いを解くのは大変だから、エリスに頼もう!
しかし、呪いのことを説明するには、金の精のことを言わなければならない。
そうすると、魔道金山をふっ飛ばしたことがバレる。
お仕置きされるのはやだから自分でやるか……。
でも、前にエリスが難しいこと言ってたなー。
呪いの効果をなくすには、封印か解呪。
封印とは、呪いに対してより強力な外圧をかけ、それを閉じ込めてしまうこと。
解呪とは、呪いに対して、その構造を読み解き、分解してしまうこと。
自分の中に呪いが残ってるのは気持ち悪いから、解呪にしよっと。
アリエッタは無駄な繊細さを見せる。
でも解呪は、エリスでも大変だって言ってたからなー。
しかし、”エリスでも大変”だということが、アリエッタの気持ちに火をつけた。
大天才アリエッタに不可能はない!
アリエッタは天才的な頭脳をフル回転させる。
呪いの解き方はわからなかった。
が、呪いの効果を書き換えることはできそうだった。
触れたものすべてを黄金に変えるのではなく、いやなものだけを黄金に変える――そんなことを思いつく。
それ、いい!解呪よりいい!
いやなもので咄嵯に思い浮かんだのはエリスの匝のアレだったが、返り討ちに遭いそうなのでなかったことにする。
改めて考えて、思い浮かんだのは――
わが天敵……魔道マイマイッ!
畑の野菜をダメにしてしまう害虫、魔道マイマイだ。
実家で暮らしていた頃、野菜につく害虫の退治はもっぱらアリエッタの仕事だった。
中でも魔道マイマイを嫌うには、アリエッタなりの理由がある。
姉や妹と同部屋だったアリエッタは、自分だけの家を背負う魔道マイマイに嫉妬していたのだ。
せっかく育てた野菜をだめにしてしまうだけでなく、自分だけの家まで自慢してくる、にっくきアイツ。
魔道マイマイ……許すまじ!
そうと決まれば、あとは早い。
触れた魔道マイマイだけが黄金になるよう、呪いの効果を書き換える。
アリエッタは、世界中の魔道マイマイを黄金に変える旅に出た。
story
エリスは難しい顔で固まっていた。
オデットからもらった、吐き気がするほどえげつなく可愛いワンピース。
こうして眺めているだけでも、めまいがする。ましてや、これを着るなど……。
といって、クローゼットにしまったままでは忍びない。
エリスはなかなか義理堅い性格をしている。
アリエッタなら、案外似合うかもしれないわね。
常に暴れまわっているアリエッタだが、澄ましていればこういうかわいい服も似合いそうなものだ。
しかし、お澄ましアリエッタは空想上の生物。現実には存在しない。
ソフィなら、可愛らしい格好が似合いそうね。
しとやかなところがある彼女にはぴったりではないだろうか。
しかし今や大企業のトップに立つ彼女である、少女じみたワンピースは似合わない。エリスは時の流れの無情を感じる。
先生なら……。
文句なしにばっちり似合いそうだが、そもそもサイズが合わない。
念のため。
念のため自分に似合うかどうか、ワンピースを手に取り、身体にあてがおうとしたところで――
誰!?
かすかな物音に反応し、慌てて机の引き出しにワンピースを詰め込んだ。
しかし物音を立てたのは、魔道むしかごの中のカマキリだった。
エプロン姿をアリエッタに目撃されて以来、エリスは神経過敏になっているのだ。
引き出しからワンピースをひっぱり出していると――
ドアがノックされ、ミツボシが入ってくる。
エリスは再びワンピースを引き出しに詰めて、椅子に腰かけ書類に目を通す。m捜索班からの報告が上がってきました。
アリエッタ捜索班ね……。
もとは、アリエッタ監督班だった。
しかし、エリスですら手を焼いていたアリエッタの監督である。
並の魔道士に務まるはずもなく、悪行を食い止めるどころか行方すらつかめない始末だった。
出没の噂を聞いて現地に駆けつけてみても、嵐が過ぎ去った後。
クレーム対応に追われて、アリエッタを追いかけることができない
アリエッタ監督班に配属された魔道士が仕事に疲れたと立て続けに魔道士協会を辞めて、魔道士評議会に流れたという話も耳にしている。
また山でもふっ飛ばしたの?mいえ。なんと言いますか、信じがたいことですが……山を黄金に変えたそうです。
山を?mええ。
黄金に?mはい。
…ちょっと意味がわからないわね。m近隣住民の間では、もろ金山の名で親しまれているそうで。
もろ金山……。m他にも様々な情報が入っておりまして。奇妙な形をした黄金の塊を山ほど持っているだの、魔道酒店で魔道ビールを買い占めているだの。
うんざりする書類の回りくどくてお堅い文章を追っていたエリスの目が止まった。mエリスさん?顔色が侵れないようですが……やはり心配ですか。
……。mいくらアリエッタさんといえども、山を黄金に変えるなんて異常ですよね。人間の力とは思えません。
まさか……十字路で悪魔に魂を売ったのでは?アリエッタさんならノリで売ってそうです。
それはいいのよ。mえ?
アリエッタが今更なにしたって、驚かないわ。
でも……魔道酒店で魔道ビールを?……信じられないわ。mあ、そっちですか。
エリスは想像する。路地裏にしけこみ魔道ビールを飲むアリエッタ。そんなの、魔道チンピラのやることではないか。
かぁ~、疲れた身体にはやっぱこれだぜぇ!
……嘘よ!アリエッタに限ってそんなことするはずない!
エリスの額にじんわりと汗がにじむ。
いくら善悪の区別がついていない傍若無人で人間災害なアリエッタでも、お酒を飲むなんて真似をするはずがない。
そんな子に育てた覚えはない。
……いえ。
アリエッタに付きっきりだったのも、今は昔。最近は目をかけてやれなかった。
アリエッタの非行は、私の責任。なんとかするわ。
お目付け役としての血が騒いだ。
筆頭理事としての仕事は、一時的に別の理事に頼めばいい。そんなことは書類1枚でどうにでもなる。
一刻も早く必要書類を揃えてアリエッタ探しに向かうべく、エリスは勢いよく机の引き出しを開けた。
吐き気がするほどえげつなく可愛いワンピースが出てきた。m……まあ。お気に入りなら、おめしになればいいのに。
***
宵の口。
わははー!
およそ魔道酒店にはふさわしくない、無邪気な笑い声が聞こえてくる。
……来たわね。
エリスは物陰に隠れて、街の魔道酒店を張っていた。
元お目付け役として、ちゃんと叱ってやらねば。
魔道ビールください!
アリエッタは慣れた様子で店主に話しかける。
ダメよ!
すかさずエリスは店の中に突入し、アリエッタの腕をつかんだ。
わ、エリス!久しぶりー!
アリエッタ、こっちへ来なさい。
ぽかんとする店主に構わず、エリスはアリエッタを店の外に引きずり出す。
こんな不良魔道士になって……あなたのご両親やお姉さんに顔向けできないわ。
アリエッタは悪びれもせずへらへら笑っている。
あなた、自分がなにをしているかわかってるの?
え、わたし悪いことなにもしてないよ!ほんとだよ!
アリエッタ。私の目を見て。大切な話があるわ。
くりくりとした目をらんらんと輝かせて、アリエッタはエリスの目を見る。その無邪気さが今のエリスの胸を刺す。
あなた今、魔道ビールを買おうとしたわね?
うん!
これが初めてじゃないわね?
しょっちゅうだね。最近忙しくて。
世間体というものも、もちろんあるわ。魔道士は立派な姿勢を市民に見せなければならない。
でも、そんなことはどっちだっていいの。
やったー!どっちでもいいのかー!
私がどうして怒ってるか、わかる?
さっぱりわかんない!
あなたに、心身とも健やかに育ってほしいの。子どもがお酒なんて飲んじゃダメよ!自分を傷つけるような真似はやめなさい!
エリスがアリエッタの頬を張ろうとしたところで――
……お酒飲んでないよ?
アリエッタはうろんげな表情を浮かべる。
……………………え?
アリエッタが嘘をついているかどうかは、すぐわかる。
嘘をついたときに、髪の毛を指でくるくるする癖があるのだ。
エリスが見る限り、アリエッタは嘘をついていない。
なら、どうして魔道ビールなんか……。
魔道マイマイ退治してるんだー。
……魔道マイマイ?
野菜にくっついて、ダメにしちゃうの。にっくき害虫。
魔道ビールを置いとくと、わはは、おろかな魔道マイマイをおびき寄せることができるのだ!
じゃあ、あなたが魔道ビールを飲んでるわけじゃないのね?
うん。お酒は飲んじゃダメなんだよ?
よかった……。
エリスは安堵感で力が抜け、その場にへたり込む。
……ごめんなさい、アリエッタ。あなたのことを疑った自分が恥ずかしいわ。
わたし無実?魔道ビール買っていい?
それはダメ。自分で飲まなくても、子どもはお酒を買っちゃいけないのよ。
魔道ビールが必要なら、いつでも私に言いなさい。買ってあげるから。
エリスはひとまずアリエッタに魔道ビールを3ケース買い与えた。
魔道マイマイおびき寄せるところ見たい?見たい?
ええ。見せてちょうだい。
アリエッタはビールを魔道空間にしまうと、エリスを連れて街の外れにある畑に向かった。
***
小皿に魔道ビールを注いでしばらく待つと、魔道マイマイがうようよ寄ってくる。
魔道ホップと魔道麦芽の匂いに引き寄せられるんだって。
ずいぶん詳しいのね。
わたし、農家の子。野菜のこと、詳しい。トワ農家、無農薬。
どうして魔道マイマイ退治なんてしてるの?
わたしの天敵だから。
ここ最近、アリエッタと落ち着いて話す間もなかったなとエリスは思う。
本来であれば、今頃は協会の理事会に出席しているはずだった。
要件が片づき次第、理事の業務に戻るという取り決めだったのだ。
しかし、今はアリエッタとゆっくり話がしたい。
その話題が魔道マイマイ退治のことというのもおかしな話だが。
しかし、さらにおかしな展開がエリスを待っていた。
アリエッタが魔道ビールを昧わっている魔道マイマイをつつく。すると、魔道マイマイが黄金に変わった。
……え。
すごいー?すごいー?
エリスは黄金と化した魔道マイマイを手に取ってみる。
色が金色になっただけでなく、黄金の塊になっているようだ。
もしかして、アリエッタ、新しい魔法なの?本当にすごいわね……。
アリエッタ?誰だね、それは。
アリエッタはわざとらしく胸を張り、ほこらしげに言う。
わたしの名は、アリエッタ・ゴールデン・トワ。
その正体は、アリエッタ・ゴールデン・トワ!
……アリエッタじゃない。それに同じこと2回言わなくていいわよ。
アリエッタは魔道空間から大量の黄金マイマイを取り出した。
これ、エリスにあげる。
エリスは貧乏だからほしいでしょ!あはは!
アリエッタがエリスの貧乏を笑うのは今に始まったことではないが、黄金を手にしているせいだろうか、いつも以上に堪えた。
……あなたにはやっぱり、いろいろ教育しないといけないわね。
とえ本当に貧乏だったとしても、面と向かって貧乏だなんて言うものじゃないわ。
それにね、アリエッタ。黄金っていうのは、すごく貴重なもので、気軽に人にあげるものじゃないのよ。
アリエッタは聞いていなかった。
黄金と化したマイマイをおもちゃのように投げて遊んでいるアリエッタを見るにつけ、心配になってくる。
黄金の価値をわかっていないアリエッタが大量の黄金を生み出すという状況は、とても危うい。
悪い大人に騙されて、いいように使われてしまうかもしれない。
その、魔道マイマイを黄金に変えるっていう新しい魔法、あまり乱用しないほうがいいかもしれないわ。
それから、黄金を無駄遣いしちゃダメよ。とりあえず、使わないで取っておきなさい。
わかった!黄金マイマイ、大事に取っとくね!
アリエッタは髪の毛を指でくるくるしながら走り去った。
思いっきり嘘ついてるじゃない……。……はぁ。
ため息をついてから、エリスは気づく。
……魔道ビールの領収書もらうの忘れた。
story3 争奪!?アリエッタ杯
これが最高級のほうきかー。
ルーフに豪奢な純金装飾がついた、黒塗りのリムジンほうき。魔道成金でも乗らないような至高の珍品。
その名も、リムジンほうきマジェスティックゴールド。見た目に負けず名前も仰々しい。
アリエッタはこれを黄金の魔道マイマイ40個で購入した。
飛べ!リムジンほうきマジェスティックゴールド!
正装したほうきディーラー十数人が拍手で見送る中、アリエッタは飛び立つ。
あはは!はやいはやい!
爽快感に身を任せ、フルスピードで空を駆け抜けて――
気づいたときには魔道障壁に突っ込んでいた。
一般的な魔道士の生涯賃金に匹敵すると言われる最高級ほうきを、数秒で大破させた。
あー楽しかった。
その言葉に偽りはなく、確かに楽しかった。しかし同時に、物足りなさも感じた。
最高級ほうきでさえ、たった40個の黄金マイマイで購入できてしまう。
もっとこう、パーッと使いたいなー。パァーーーーーッと。
エリスに黄金を使うなと言われて以来、アリエッタは黄金の魔道マイマイを使うことばかり考えていた。
しかし、これだという使い道が思いつかない。
黄金を……パーッと使いたい……。
アリエッタは天才的な頭脳をフル回転させて、黄金の使い道を考えた。
おお……これはすごい!パァーーーーーッと使っちゃった!
アリエッタは「それ」のために、数千、あるいは数万あったかもしれない、手持ちの黄金マイマイすべてを使い果たした。
「それ」は――超でかい黄金の魔道マイマイ像だった。
黄金の魔道マイマイをたくさん使って、超でかい黄金の魔道マイマイ像を作る。
ものすごく物理的な黄金の使い道であった。
……よし!
アリエッタはそう言って、立ち去ろうとする。
果たしてなんの「よし!」か。もう飽きたからこれ以上見なくて「よし!」の「よし!」である。
邪魔だから片付けろと誰かに怒られる前にさっさと帰ろうと思ったが、次々に人が集まってくる。
突如街中に現れた、巨大な純金像。人々の興味を引くのは、無理からぬことだろう。
この大胆な作風……あなたは、アリエッタ・ゴールデン・トワ先生ですな?
あなたは……山のおじさん!
もろ金山はふもとの住民が金を持ち帰ってしまいましてな……先生の作品を守れず、残念でした。
こちらの作品も同じ運命をたどるでしょう。先生の作品をぜひ魔道現代美術館で展示したく思います。
申し遅れました。わたくし、魔道現代美術館の館長です。
自己紹介するおじさんを押しのけて、次々と怪しげな人がアリエッタに挨拶する。
私は、魔道近代美術館の館長です。トワ先生の作品に一目ぼれしました。
私は、魔道近未来美術館の館長です。トワ先生の作品、フューチャー感ありますなあ。
ゴールデン先生の作品は、魔道現代アートだ。現代美術館に収蔵するのがふさわしい。だいたい、近未来美術館ってなんだ。
さらに、アリエッタを付けて動向を探っていたのか、どこからともなく魔道士たちが現れた。
往来の真ん中にこんなものを設置するとは……魔道士協会は市民に迷惑をかけてぱかりだな。仕方ない、魔道士機構が撤去してやるか。sそれには及びません。魔道士評議会が責任を持って回収いたします。魔法で作られたこの像は貴重な研究対象です。
魔道ビールにおびき寄せられる魔道マイマイのごとく、人間たちが巨大な黄金像におびき寄せられてくる。
一般市民から魔道士まで、人が人を呼び、辺りはお祭りのような熱気に包まれる。
みんな!落ち着いて!せーしゅくに!
みんな落ち着いて静粛にした。それだけ、巨大な黄金像を欲しているのだ。
えー、こほん。これより!超でかい黄金の魔道マイマイ像争奪、アリエッタ杯を開催するよー!
***
突発的に開催が決まったアリエッタ杯には数多くの人が集った。
黄金欲しさに参戦する者、魔道士たちの熾烈な戦いを楽しみにしてる者、その目的は様々だ。
アリエッタ!これは一体なんなのよ!
おー、やっぱりエリスも来たかー。貧乏だもんね。あはは!
来たっていうか……私の魔道アパートメントの真正面よ、ここ。
じゃあ、打ち上げはエリスの部屋でやろう!
真正面っていうか、完全に入り口塞いでるじゃない……早くどかしなさいよ……。
エリスにあげてもいいけど、みんなこれが欲しくて集まっちゃったし。
言っているそばから、世界屈指の大魔道士がやってくる。lいかれた錬金術師の噂を聞いてやってきてみたら……アリエッタか!なるほど、確かにいかれてるわね!
これ、硬いの?爆発させていい?
レナは巨大な黄金マイマイ像をゴツゴツと叩く。
やめなさいよ。私の魔道アパートメントの前で爆発なんて……まあ、場所の問題でもないのだけど。rこれ、アリエッタが作ったの?杖、突き刺してもいい?これも金色だからいいよね?
いいよ!金色だし!rグレェェートザッ――R待て!やめろ!同じ色なら突き刺してもいいとかいう謎の共通認識やめろ!
幸か不幸か、続々と猛者たちが集まり大賑わいを見せるアリエッタ杯。
グリモワールグランプリに匹敵するほどのビッグネームがそろい、観客たちの興奮も増す一方だ。
そんな熱狂の中、満を持してアリエッタが主催者として挨拶をする。
マドーシ&イッパンシミン。アリエッタ杯、難しいルールない。優勝の条件はただひとつ!
一番……魔道マイマイのものまねがうまかった人の勝ち!
参加者も観衆も一瞬面食らい、しんと静まり返った。しばらくしてからざわつきだす。lえー!?戦わないの!?
なにかにつけて戦うって発想、野蛮だと思うな。もっと、多様な価値観を尊重すべきだよ。
どの口が言ってるのよ……。
さあ、我こそは国一番のものまね師だという者はいないかー!?
黄金像のためだ……!
自称魔道近未来美術館の館長が地面に這いつくばり、のそのそと動く。
違うなー。魔道マイマイってこんなにおじさんぽくないんだよね。
主催者兼審査委員長のアリエッタはバッサリ斬り捨てる。rリルム式ものまね……アンマニテナイザー!
リルムも怪しいおじさんに負けじとぬめぬめした動きを見せる。
うーん、似てない!rなんで!?
なんでって……技名からしてもう似てないじゃない。
くそう……人をこけにしやがって……。
苦々しく吐き捨てたえらそうな人は、うずくまってぬめぬめと動く。sいい大人がこんなことまでして。魔道士機構はそこまで活動資金に困っているというの……?
私はやらないわよ。大体、魔道マイマイのものまねが似てるかどうかなんて、判定が不明瞭よ。
わはは!魔道マイマイのものまねがうまいかどうかを判定する魔法を発明したのだ!
その魔法、今日しか使い道ないじゃない……。協会に申請するのはやめなさいよ?
プライドを捨ててマイマイのものまねをする人、ドン引きして立ちつくす人、こういう祭りもまた一興と楽しむ人……。
異様ではあるが、アリエッタ杯は大いに盛り上がる。
中でも一番盛り上がっていたのは、アリエッタの気持ちだった。
目の前で繰り広げられる熾烈なものまね合戦に自分も混ざりたくなった。
わたしが一番、魔道マイマイに似てる!なぜなら――わたしが一番、魔道マイマイを捕まえたからだー!
刮目して脳裡に焼き付けよ!今際の際に思い出せー!
アリエッタは雄叫びをあげて地面の上で丸くなる。
にゅるりと首を伸ばす動きは大胆かつ繊細に。逸る気持ちを抑えつつ、一定の感覚でじわじわと前進する。
自分は家を背負っているのだという内に秘めた自尊心――しかし微かににじみ出る虚栄心。
アリエッタは心から魔道マイマイになりきる。
さらにものまねの精度を上げるべく、想像を巡らせる。
彼らにとって、キャベツとレタスを食べるときの気持ちは違うのか。
そういえば実家の畑では、キャベツのほうによく張りついていたものだ――――――!!!
ぎゃー忘れてたー!!!
世界中の魔道マイマイを捕獲して回ったというのに、実家の畑をすっかり忘れていた。
さらに、悪い想像が広がる。もしも魔道マイマイに情報網があったら……。
(アリエッタ・ゴールデン・トワというヤツが我らの同胞を駆除して回っている、ムカつくからアイツんちの畑荒らそうぜ!)
魔道マイマイのものまね?こんなくだらないことをしている場合じゃない!
アリエッタはアリエッタ杯を放り出し、実家に向かって一直線に駆けていった。
一直線というからには一直線で、山があればすべて吹き飛ばして進んだ。
4つ目の山を吹き飛ばすと、いつかのように金色の粉塵が舞う。
え、なに?最近の採掘ってこんなに――うわ!またお前か!
前にふっ飛ばした魔道金山だった。
さては、呪いを解いてほしくて来たんだな。しかしねえ、これが人にものをお願いする態度かねえ。
呪いは別にどっちでもいいや。それより、ちょっと急いでて!
え……あ、そうなの。ふーん。……山をふっ飛ばすほど急いでるの?
なんと、実家が悪の手先に狙われている!
今度は「つい」ふっ飛ばしたわけじゃないってことなのね。
実家の危機に駆けつける。人の心がある。つまり、わしの呪いで反省して、心を入れ替えたというわけだ。
よし、感心した。呪いを解いてやろう。
……だから、これで手打ちにしてください。二度と山をふっ飛ばさないでください。山も元に戻してください。お願いします。
わかった!なるべく気をつけるね!
こうして呪いは解かれた。
アリエッタが今まで黄金に変えてきたものは、すべて元の姿に戻った。
超でかい黄金マイマイ像が大量の魔道マイマイに戻り、街が阿鼻叫喚の地獄絵図と化したことを、アリエッタは知らない。
***
アリエッタによって引き起こされた、魔道マイマイ撒布事件。
巨大な黄金マイマイ像が突如としておびただしい数の魔道マイマイに変化し、人々はパニックに陥った。
魔道士協会はその後始末、害虫駆除とクレーム対応に忙殺された。
エリスも筆頭理事の身でありながら、率先して現場に出て魔道マイマイを捕まえた。
外部からの批判をどうにかやり過ごしたら、今度は内部からの攻撃だ。
アリエッタを魔道士協会から追放しようという論調が強まった。
しかしそんなものは一時の感情論でしかないことなど、喚いている本人もわかっているのだ。あれほどの天才を手放すわけにはいかない。
そうなると必然的に、アリエッタ以外の批判すべき対象を探し出すことになる。
アリエッタ監視体制が機能していなかったこと、その事実を把握していながら改善策を打たなかったこと。
そもそも以前のお目付け役だったエリスがちゃんと教育していれば云々……。
こんな議論は無駄だとエリスは思った。
話がどう転ぼうが、結局責任はすべて自分に降りかかるのだから。
はぁ……。
……あの子、実家に帰ってたのね。
逃亡したアリエッタの消息は案外早くつかめた。
ふっ飛ばされた山をたどっていったら、アリエッタの田舎に行き着いたのだ。
あなたは……エリスさん?
振り返ると、アリエッタ――ではない、姉のミリエッタがいた。相変わらず瓜二つの容姿だ。
ミリエッタさん。どうもご無沙汰しています。アリエッタが今、こちらにいるみたいで。
こんなところまで、よくいらしてくれました。なにもないところですが、ゆっくりしていってください。
アリエッタは……。
畑です。どういう風の吹き回しか、何日か前に帰ってきてずっと野菜の世話をしているんです。
私たちとしては大助かりなんですが、こんな田舎で土いじりなんかしている暇なんてあるのかしら。
もしかしてあの子、魔道士としての仕事を放り出して逃げてきたんですか!?
いえ、まあ、そういうわけではないのですが、ちょっとアリエッタと話がありまして。
お父様とお母様には、また改めてご挨拶に伺わせて頂きます。
ミリエッタと別れたエリスは、アリエッタがいるという畑に向かった。
わ!エリスだ!なんでいるの!?
エリスを見るなり、アリエッタのほうから駆け寄ってくる。
アリエッタ。自分がなにしたか、わかってるの?いたずらして、みんなを困らせようとしたでしょう。
街中魔道マイマイだらけで、ひどかったのよ。
エリスは街で起きた魔道マイマイ事件のことをアリエッタに説明する。
街中魔道マイマイだらけになり、住民の生活に支障をきたしたこと。
特にエリスの魔道アパートメントの中は被害が著しかったこと。
残党マイマイ狩りをするために魔道ビールを大量に買ったら魔道のんべえにからまれて大変だったこと。
すっとぽけた顔して。聞いてるの!?
声を荒げてから、エリスはハッとした。
アリエッタは小首をかしげている。嘘をついているときの癖、髪の毛を指でくるくるは、していない。
……私ったら、まるで成長してないのね。またあなたのことを疑ってしまったわ。ごめんなさい。
(少々アレなだけで、根は優しい子だもの。魔道マイマイの件はきっと何かの事故ね)
とはいえ、街に迷惑をかけたことは事実。なにかしら奉仕活動でもやらせたいとエリスは考えていた。
優しく言って聞かせれば、きっとわかってくれるはず。だってこの子はいい子だもの――
わはは、すきありー!
アリエッタが魔道マイマイを投げつけてきた。
エリスはすかさず厘の覧を呼び出し、アリエッタにお仕置きする。
あばばばばばー!
あなたのせいで、街は大混乱だったのよ!悪気がなかったとしても、罰は受けなさい!
エリスはアリエッタに害虫駆除の奉仕活動を命じた。
でも、もうちょっと畑仕事手伝っていきたい。
アリエッタは口惜しげに畑の土を撫で回す。
おうちの手伝いをするのはいい心がけよ。しぱらくやっていくといいわ。
エリスは改めて広大な畑を見渡す。ここで、今や一大ブランドとなったトワ農業の野菜が作られているのだ。
トワ農業の野菜、品質はいいけどちょっと高いのよね。
貧乏性が抜けないエリスにはなかなか手が出ない代物だった。
食べていいよー!なにがいい?大根?大根おいしいよ!
アリエッタは大根を引き抜くと、畑の脇を流れる沢まで駆けていった。
しばらくすると、洗ってきれいになった大根を振り回しながら戻ってくる。
アリエッタはエリスに手本を示すように、大根をかじって見せた。
透き通るような白い大根に、元気な歯型がくっきりと残る。
大根のね、上のほうが甘いんだよ。
エリスも真似してかじってみた。確かに甘い。
これは……なかなかできない贅沢ね。
今日は泊まっていくでしょ?うちのごはんおいしいよ!肉がおいしい!肉が!
そこは野菜じゃないのね……。
いつも元気があり余っているアリエッタだが、今日は殊更はつらつとしているように見えた。やはり実家が恋しかったのだろうか。
私も久しぶりに、実家に帰ってみようかしら。
わたしもいく!エリスの家貧乏だからボロい?あはは、たのしみー!
……貧乏を笑うのやめなさい。
じっくり。じっくりこの子を教育していこうとエリスは思った。