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【黒ウィズ】ルリアゲハ編(ザ・ゴールデン2019)

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん

開催日:2019/04/30 ~ 05/31


目次


Story1

Story2

Story3



story1



 闇を蹴立てるような勢いで、ルリアゲハは駆けた。

森の樹冠に遮られ、夜天の光は届かない。星も欺く闇の中、浮かび上がるのは手元で爆ぜる銃火だけ。

とはいえ。だからと言って、困ることはなかった。

かすかなりとも土を踏む音、わずかなりとも揺らぐ空気が、敵の気配を教えてくれる。

撃つ。

弾丸は、木立の間をするりと抜けて、顔も見えない誰かに突き刺さった。

誰か。誰でもいい。どうせここには、敵しかいない。

いや。

lそうれっと!

 敵か味方で言えば、一応味方であるはずの女がいるにはいたが、誤って彼女を撃ち殺してしまうのではないかという心配ほど無駄なものはない。

lほうら、ほらほら!

 喜悦の声と銃声が、等しいもののように放たれる。

右手には銃身を切り詰めた散弾銃。左手には小回りの利く回転式拳銃。二丁の銃が、休みなく弾丸の雨をばらまく。

普通なら、そんな無茶は通じない。当たり前だ。両手がふさがっているのに、どうやって弾を再装填するというのか?

しかしあいにく、あのリフィルと名乗った女は、〝普通〟という概念から、限りなくかけ離れた怪物的人間なのだった。

l一昨日来い!

 弾丸を吐き尽くした拳銃が中ほどから折れ、すべての薬英をひとりでに(・・・・)排出したかと思うと、さらに銃弾がひとりでに装填される。

その間、2秒とかからない。銃が火の息吹を取り戻すや否や、リフィルは即座にぶっ放す。

(念動再装填ってとこかしら?でたらめもいいとこ!)

 彼女は、〝あの〟リフィルの母――すなわち、かってアストルム一門に連なる魔道士として骨骸の人形を操った、先代の〝代替物(リフィル)〟だという。

もはや魔法は使えないが、特殊なルートから購入した魔力を消費して念動を使うことができる。その練度は、あのコピシュを上回るほどだ。

戦いの最中に念動を駆使し、手を使わずに銃の再装填を済ませるなど、同じ銃使いからすれば反則じみた技だった。

(あんなのを敵に回すなんて、あちらもついてないわね!)

 かといって、同情してやるつもりはなかった。なにせ、今ルリアゲハたちが戦っている殺し屋の狙いは、自分と妹なのだ。

「あんたの大切な妹さんを狙ってる奴がいる。あんたもついでに。

あんたも腕は立つんでしょ?なら、一緒に黒幕を片づけた方が早く終わる。あたし次の依頼控えてんのよね。人気者なの。」

 というわけで、帰郷早々、この殺し屋どもを雇った黒幕の居場所に突っ込むはめになった。

民に帰郷を知られるわけにはいかないので、一応男装して素性を隠しているのだが、さすがに殺し屋連中には見抜かれたようだ。

たちまち、こうして戦いになった。

(にしても……なんだか妙ね。こいつらの動き、あたしを追ってきたって言うより、まるで――) 新たな気配が右に湧く。瞬間、ルリアゲハはぞくりとしたものを感じた。

強い。脚運びだけでそれがわかる。これまでの連中とは比べ物にならない猛者――そう悟るや否や、

はあっ!

 すぐさまそちらに向き直り、立て続けに銃撃を見舞っていた。

硬い音が響き、火花が散った。その残光が、ほんの一瞬、現れた新手の顔を照らし出す。

青年。若い。豹のような眼光。2本の刀を携えている。

(弾いた?今のを?この闇で!?)

 ぞっとした。月も星も頼れぬ夜の森で、飛来した弾丸を刀で弾いてみせるとは。これもまさしく怪物的所業であった。

〈徹剣〉なら、やってのけるかもしれない。〈裂剣〉では無理だろう。無論、自分にも。

青年が馳せた。

風が身じろぐ。まさかと思わされるような速度で距離を詰め、月の昇るような斬り上げを放ってくる。

悪いけど――

 ルリアゲハは、真上に高々と跳躍した。青年の描く死の三日月は、わずかに彼女に届かない。

優雅に勝つのが、あたし流!

 撃った。宙から。怒涛の速射。三連星を墜とすがごとく。

されど相手も人並みならず。空振りと見るや身をひねり、転がるように火箭をかわす。

ルリアゲハは木の枝に陣取り、銃弾を再装填した。さしもの怪物的剣士と言えど、この距離と高度を、瞬時に詰められるものではない。

z刀は飾りか、〈武踏振天〉。

 ルリアゲハは顔をしかめた。古い異名だ。かつて、まだ武家の姫であった頃、あらゆる武器に習熟した誉として呼ばれた。

それはどの猛者が、なぜ刀で立ち会わぬのか。剣士は、そう挑発しているのだ。

忸怩たるものがないといえば嘘になる。だが、挑発に乗って刀で挑めば、こちらの敗北は必至である。

おあいにく。今のあたしは〈墜ち星〉よ!

 不意に剣士が後退した。

彼の頭のあった辺りに散弾が馳せ、木の幹を穿つ。

lへえ、やるわね。でも、残りはあんただけよ。

 青年は答えず、サッと身を引いた。夜陰を意にも介さぬ疾走にて、たちどころに戦場から遠ざかっていく。

ルリアゲハも深追いするつもりはなかった。それ自体、罠かもしれないのだ。それより、今は他に優先すべきことがある。

lハァイ。生きてる?

どうにかね。でも、今の連中――

 枝から飛び降り、闇の奥を睨んだ。墨で塗り潰したような暗がりの奥に、ちらと、ほのかな灯りが揺らめいている。

あたしを追ってきたんじゃなく、この先に用があった。そんな風に見えたわ。違って?

l正解。いい目してるわ。あの子が相棒に選ぶだけはあるわね。

 リフィルは、くるりと散弾銃を回して歩き出す。がちり、と中の弾丸が再装填される音がした。スピンコックという特殊な装填法である。

新手の気配がないか、神経を研ぎ澄ませながら、ルリアゲハはリフィルについて歩いた。


少し歩くと、灯りの源が見えてきた。小さな廃寺。その一室が、あたたかく照らされている。

リフィルは足音を殺すことさえせず、堂々と寺に足を踏み入れ、その一室のふすまを開いた。

そこにいる者こそ、彼女の言う、殺し屋を雇った黒幕に違いない――

――ヒギリ。

 呼びかけに、〝彼女〟はそっと頤(おとがい)を持ち上げた。

怜俐さと優しさを織り交ぜたような顔(かんばせ)が、艶やかに持ち上げられ、こちらを見つめる。

h姉さま。

 妹は微笑んだ。驚きの色など微塵も浮かんではいない。それはそうだろう、とルリアゲハは思った。

この知性の怪物を驚かせるためには、天変地異のひとつも起こすしかあるまい。

(よくよく怪物に縁のある人生だこと)

ルリアゲハは嘆息し、妹の向かいに正座した。


 ***


hお久しゅうございます、姉さま。それに、ようこそおいでくださいました、リフィルさま。

 ヒギリは、深々と頭を下げた。リフィルは手近な柱にもたれかかっている。

lあたしがここに来ることくらい、読んでたようね。お姫さま。

hお噂が誇張でなければ、そのくらいはなさるお方のはずです。

l噂ねえ。アレを信じるタマには、なかなかお目にかかれないわね。

h無理からぬことにございます。実際にお会いしたら、あの噂すら、かわいく見えてしまいますのに。

 ルリアゲハは無言でリフィルに視線を送り、説明を求めた。リフィルはニヤリと笑みを返す。

lこの子は自ら殺し屋を雇い、自分とあんたを襲わせた。そういうことよ。もちろん裏は取ってある。

それであたしが死なないように、あなたを護衛につけてくれたってこと?なんでまた、そんな回りくどいこと。

hこの国の――いえ。龍原(りゅうげん)全土の、未来のためです。

 ルリアゲハは、思わず居住まいを正した。龍原、という名には、それはどの意味があった。

かつて、〝龍原〟この国〝瑠璃河(るりが)〟を含む周辺諸国は、というひとつの島国だった。

しかし、世継ぎ問題に端を発する内乱によって分裂し、小国が乱立――以来、群雄割拠の時代が幕を開けた。

我こそは龍原の覇者たらんと各国の英雄・梟雄が名乗りを上げ、相争ってきたのである。

以来、ついぞ新たな覇者の生まれぬまま、多くの国が停き興亡を繰り返してきた。

そんな闘争の歴史に新たな襖を打ち込んだのが、瑠璃河の隣国、〝藍木(あいぎ)〟であった。

藍木は異国との貿易で栄えた国である。近年、数々の最新兵器を買い揃え、周辺諸国に服従を要求し始めた。

すでに2、3の小国を服従させた藍木は、にわかに天下統一に向けて覇道を歩み、ついに瑠璃河にもその手を伸ばしたのだった。

当時、病床の父に代わり、君主名代として立ったルリアゲハは、武辺の習いに則り、徹底抗戦すべしと唱えたが、妹の論は違った。

「瑠璃河は、天下に名高き武人の国。されど、異国の兵器を揃えた藍木と争えば、敗北は避けられますまい。

逆に藍木も、瑠璃河と正面切って争えば、国力損耗避けがたく、天下掌握の夢も遠のきましょう。

ゆえに、藍木も全面衝突を望まぬはずです。されば、交渉を重ね、戦を避けることこそ、瑠璃河にとって最上の道と心得ます。」

 ――ここで藍木は瑠璃河の分裂を企図した。瑠璃河の家臣たちがルリアゲハ派とヒギリ派に分裂するよう、間者を通じて働きかけたのだ。

ふたつに割れた瑠璃河なら、たやすく攻め落とすこともできる。それこそが藍木の狙いであった。

そうと察したルリアゲハは、ヒギリに跡目を譲り、国を出奔。国の内部分裂を未然に防ぎ、速やかな意思統一を果たした。

藍木からすれば、当てが外れた格好だ。まさかルリアゲハが国を出るという果断な手を打つとまでは読み切れなかっただろう。

結果、ヒギリの思惑通り、藍木は交渉に応じた。

h姉さまが国を出られて以来、私は、のらりくらりと会議を重ね、結論を長引かせてまいりました。

藍木にとっても、良い時間稼ぎになったのです。今のうちに刻々と国力を蓄え、いずれは正面から瑠璃河をひねり潰すつもりでしょう。

当然、あなたもその間に策を練っていたんでしょう?

hはい。なぜ藍木が、短期間のうちにあれぽどの兵器を買い揃えることができたのか。それが気になり、調べておりました。

そして、つかんだのです。藍木が異国と密約を結び、その見返りとしてあれらの兵器を貸与(・・)された事実を。

異国との密約――ろくな話じゃなさそうね。

h藍木が龍原統一を果たした暁には、国土の一部を異国に割譲する――然様な取り決めにございます。

この地を金で買うわけね。血を流すのも手を汚すのも、すべて龍原の者だけ……。

h異国にとっては、一部でも領土を得られれば良いのです。この地に蒸気船貿易の中継港があれば、より手広い商いができますゆえ。

無論――いずれは、その地を起点に龍原を内側から喰らい尽くし、支配するつもりでしょう。

龍原が欲しいなら、正々堂々、攻め込んでくればいいものをね。

h戦をすれば、自国の人や資源を損なうことになります。それでは、割に合いませぬ。

金で済むならそっちを選ぶ、か……やれやれ。ほんと、武人には生き辛い時代だわ。

ただ――となれば。

hはい。

 ヒギリはうなずく。その瞳に、ひたむきな意志と知性の光をたたえて。

h藍木の侵略は、言ってしまえば戦国の習い。龍原統ーを目指すは、武人たる者の本懐――責めうる者などおりませぬ。

しかしそれが、龍原を他国に売り渡すという、天道に背く行いであるのなら、話は違ってまいります。

事は〝よくある龍原の内乱〟に留まらず、〝藍木を傀儡とする異国の侵略〟の体をなす――

h〝藍木対瑠璃河〟なら傍観に徹する国々も、〝異国対龍原〟となれば、祖国のためと立ちましょう。

斯くの如くして、対藍木の連合を築くこと。

それが藍木に抗する唯一のすべと心得ます。




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story



hすでに、水面下で各国に文を送り、連合の準備を進めております。

藍木の暴挙、異国の侵略に抗うため、龍原がひとつとなって立ち向かう――か。

簡単な理屈ね。でも足並みが揃うとは思えない。みな一国一城の主だもの。誰もが優位に立ちたがるはずだわ。

h私も、そう思います。

ですが、すべての国の、すべての武人が、同じ共通の意志を抱いたなら、いかがでしょうか。

 語るヒギリの瞳には覚悟があった。衿持があった。

それが、ルリアゲハをひやりとさせた。

彼女の覚悟――彼女の衿持――それはいつも、彼女自身の願いをなげうって何かを成し遂げるためのものだったから。

h私が死ねば、それが成ります。

藍木の陰謀にいち早く気づき、龍原全土に結束を呼びかけた瑠璃河の姫が、藍木の魔手にかかり、命を落とす。

卑劣なるを嫌い、潔きを尊ぶ龍原の武人たちは、みなことごとく清冽なる義憤に駆られ、生国の垣根を超えて一体となるでしょう。

さすれば、いかに異国の援助を受けた藍木とて、恐るるに足りませぬ。

そうして――あたしに国を返そうって?

 斬り込んだ。ルリアゲハとしては、そのつもりだった。ヒギリは黙然と、姉の視線を受け止めた。

ヒギリの言に、嘘はあるまい。彼女が死ねば、その思惑通り、龍原の武人たちは心をひとつにするに違いない。

だが、武人たちの心を束ねるのが目的なら、それ以外にも手段はあるはずだ。

ならばなぜ、あえて己の死という道を選ぶのか。

その答えを、ルリアゲハは知っていた。

(あたしに夢を返すため――)

 〝国を守り、民を守る〟。それがルリアゲハの夢だった。

しかし、藍木の侵略を受けて、叶わぬと悟った。だから、その夢をヒギリに預け、国を出て、夢見ざる〈メアレス〉となったのだ。

だが、ルリアゲハは知らなかった。それは、ヒギリに〝国を治める姉を助ける〟という夢を捨てさせることだったのだと。

ヒギリがそんな夢を抱いていたと知ったのは、あの夢と現実の狭間の都市で、彼女の捨てた〈夢〉と剣を交えたからだ。

そしてまた――ルリアゲハは、〝夢の融け合う森〟において、〝今のヒギリの夢〟に触れた。

〝自らの命を絶って、ルリアゲハに国を返す〟。そんな、恐ろしいほどの優しさに満ちた、悲しい夢に。

(この子は、いつもそうだった)

 賢く、優しく、何より強い心の持ち主だった。国のため、民のため――そして姉のためなら、何も言わず己を犠牲にできてしまうほどに。

(あたしはずっと、あの子に甘えていたんだわ……)

 思えば――ルリアゲハは幼い頃から、やりたいことをやりたいようにやってきた。

武の技を磨き、姫としての夢を追いかける。彼女の〝やりたいこと〟は、武人の国の姫として周囲に求められていたことそのものだった。

だからこそ、夢を捨てると決めた時は辛かった。自分の最大の幸せを捨てることは、自分そのものを捨てるに等しいとさえ感じた。

それでも、やらねばならぬと決めた。その時の自分は――

(酔っていたのよ)

 運命に翻弄された悲劇の姫君。切なく、悲しく、哀れまれて然るべき存在。そんな自分に酔うことで、傷心を慰めていた。

(いちばん辛いのは、この子だったはずなのに。あたしは、それにすら気づいていなかった)

 ヒギリが夢を捨てていたことに――やりたいことをやれなくなる痛みを見せもせず、笑顔で自分を送り出してくれたことに。

気づかなかった。自分の夢を預かってくれた、よくできた妹だと、無邪気に感謝し、安心していた。

(なんて馬鹿な――なんてひどい姉なの)

 身悶えするような気持ちだった。過去の自分の愚かさを、どれだけなじってもなじり足りない。

だが。

そんな愚かで物知らずな自分も、世界を旅し、多くの人と出会ったことで、少しは得るべきものを得た。

ルリアゲハは、ヒギリを見た。ヒギリの瞳を。その奥にある光を見つめた。

よく似た光を、見たことがある。今のルリアゲハには、その確信があった。

違うわね。

h違う?

何か、やりたいことがあるんでしょ?そういう目をしてる。

 確信とともに、言った。ヒギリが、わずかに眼を見開く。目の前に小さな天変地異でも起きたように。

言ってよ。ヒギリ。

 願った。切に。自分を殺すことに慣れ過ぎた妹に、ただ純粋な願望を口にしてほしくて。

あなたが本当にやりたいことを――あたしに教えて。

 その問いに。

妹は、顔を伏せた。羞恥。逡巡。己が素直になることを罪とでも感じているような素振りで、震え、ためらっていた。

ルリアゲハは待った。銃に弾丸を込める時のような神妙な心地で、沈黙に思いを込めて、ただ待った。

自分の願いに素直になれずに生きてきた子が、それを口にできるようになるまでの時間。いつしか、とっくに心が知っていた。

やがて、ヒギリは口を開いた。

h……諸国から返って来た文を読み、知りました。この龍原の各地には、驚くほどの才子がおられるのだと。

みな、異国の進歩発展を知り、新たな思想や技術を学ぼうと心を砕かれてきた方々です。

 そうした先見の明の持ち主は、瑠璃河では、ヒギリだけだった。だが、龍原全土を見渡せば、志を同じくする者が見つかるのも道理である。

あるいは、その者たちも驚いたのかもしれない。自分と同じことを考えている者が、意外や意外、あちこちにいたのだと知って。

本来ならば敵国同士、相容れぬ間柄。しかし、もしそれが手を取り合えたなら――

h……この目で、見とうなりました。

 ヒギリは言った。誰にも言えず抱えていた願いを吐き出させる、そんな儚い喜びを、かすかに吐息ににじませて。

hひとつとなった龍原が、どう変わるのか。自ら引いた道筋の、その行く末を見て……そしてできるなら、さらなる道を築きとうなりました。

ですが――

あたしに遠慮することなんてないわよ。あなたにすべてを押しつけて国を出た、無責任な姉なんかに。

hあの時は、そうするしかございませんでした。ですが本来、姉さまこそ、この国の君主たるべきお方です。

預かったものをお返しせねば、天に顔向けができませぬ。

貰ったところで、捨てるわ、あたし。

h捨てる?

 びっくりした様子で、ヒギリが顔を上げた。よくもまあ天変地異が続くこと――などと思いながら、ルリアゲハは肩をすくめた。

国をなくすの。いっそのことね。龍原全体を、合議制に変えるのよ。よその国じゃもう当たり前にやってるわ。

対藍木の同盟は、そのいい一歩になる。お互い敵同士だった武人たちが、初めて1つの祖国を意識するんだもの。

そのまま、異国の脅威に抗するためとでも言って、なしくずし的に合議制を始めることもできなかないんじゃなくて?

 半分以上は冗談だった。

確かに技術の進歩に伴い社会変革を強いられ、合議制に変わった国や、革命の起こった国を見てはきたが、それがたやすかろうはずもない。

自分では、そんな国は築けない。だから冗談めかした口調になった。だが――

h驚きました。

 ヒギリは微笑んだ。素直で純粋な、可笑しそうな微笑みだった。

h私も、同じことを考えていたのです。そうできたらと。ただ――見ることすら叶わぬ夢だと、そう思っておりました。

 ヒギリの瞳は、本気だった。冗談とも、夢物語とも思っていない。

自分ならできる。やってみせる。そんな確信の光が瞬いている。夜の闇にも負けじときらめく星のように。

同じ光を、あの都市で、何度見てきたことだろう。

見たいんでしょ?その夢を。自分の手で、現実に変えたい。……意地でも、それを果たしたい。

h……はい。

なら、やっちゃいなさいな。

あたしも、あなたに全部押しつけた手前、あなたが好きにやってくれる方が気が楽でいいわ。

h本当に、よろしいのですか?瑠璃河という国を、なくすことになりますが――

今は、あなたの国よ。どうしようとあなたの自由。丸投げしといて後で文句を言うなんて、情けないったらないじゃない?

h……ありがとうございます。

 ヒギリは目を閉じ、胸を抑えた。受け止めた思いを、大事にしまうように。

そして、目を開き、陰りも痛みもない顔で、楚々と笑った。

h姉さまは、とてもお強うなられましたね。

 まったく。本当によくできた妹だ。こちらの気持ちなど、まるで見透かされている。

彼女が自分の思いを受け止めてくれたことにほっとしながら、ルリアゲハは苦笑した。

見えなかったものが、ちょっとは見えるようになった。その程度のことよ。


 ***


l話はまとまったみたいだけど、殺し屋はどうするの?

あ、そうね。そういえば、あと1人、残ってたんだった。

l残念。どうやら新たに湧いて出たわよ。

ここにね。

 ニヤリと笑い、リフィルは出し抜けに発砲した。

放たれた弾丸は、寺の外の茂みに向かい、「ギャッ」と短い悲鳴をほとばしらせた。見知らぬ男が、ごろりと地面に転がる。

lまるで気配を隠せてなかった。さっきの連中とは大違い。

その辺で雇われたならず者ってところね。〝あいつ〟がよく使う手よ。

〝あいつ〟?

l名うての殺し屋、ジョン・メイカー。自国で派手にやりすぎて、海を渡って流れてきたの。

なかなかいい値がついててね。あたしはもともと、そいつを追ってここに来たのよ。

hそのような者には依頼しておりませんが――

lあんたが死ねば国がまとまるんでしょ?なら同じことを考えた奴がいたんじゃない。〝他国の才子〟とやらの中にね。

hそうですね。やはり、考えは同じようです。となれば、龍原の結束も、夢物語ではございませんね。

喜んでる場合じゃないでしょ!

 立ち上がろうとするルリアゲハを、リフィルが手だけで制した。

lあたしの仕事よ、ルリアゲハ。あんたはその子を守ってなさい。

 言うが早いか寺を出て、暗い森へと駆けていく。

たちまち銃声、悲鳴が乱れ咲き、夜の静けさを無情に蹴っ飛ばした。

ほんと無茶苦茶……。

 はあ、とひとつ嘆息し――

ルリアゲハは、正座したまま横に視線を向けた。

来たわね。

 その言葉に招かれたように、ふすまを開き、姿を見せる者があった。

腰に二刀を差した、あの剣士である。

他の連中とは毛色が連うと思ってたけど。あなたもジョン某に雇われたクチ?

zそうだ。

どうして。

z人を斬るしか能がない。だからだ。

 剣士は、すらりと二刀を引き抜いた。ルリアゲハも立ち上がり、ホルスターから銃を抜く。

ヒギリは動かない。荒事はすべてルリアゲハに任せるつもりらしい。肝の据わった子だと、改めてあきれた。

(はてさて、どうしたもんかしら)

 剣では勝てない。銃も通じない。加えて、狭い屋内だ。勝負は瞬時に決まるだろう。

かつてないほどの窮地に立たされていながら、それでもルリアゲハの胸は空いていた。

羽のように心が軽い。長年の重石が消えたからだろうか。

吹きつける殺気すらもが心地よい。鼻歌でも歌いたいような気分で、ルリアゲハは唇をほころばせた。

お相手したげる。




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story



 闇を闇とは感じなかった。フズルフラッシュ銃火がそうさせた。

l今日の天気は――硝煙(くもり)のち血雨(あめ)

 右手側のひとりを散弾銃で吹き飛ばし、銃をすぐさまクルリと回す。レバーアクション式、散弾銃の特権で、新たな弾が装填された。

左から敵。無意識に知覚すると同時に発砲。血飛沫を上げて誰かが倒れる。まあ、誰でもいいのだが。

l迷子の迷子のジョン・メイカー。素直に出てくりゃお縄をやるよ!さもなきゃあんたが無名死体さ(ジョン・メイカー)

 鼻歌混じりに発砲三昧。火の雨、血の雨、弾時雨。森の緑に華咲かせ、歩く姿は人型地獄。

見る、撃つ、倒すが1工程(ワンセット)。刀使いでは近づけない。さりとて銃を持ったとて、弾切れ知らずに勝てようか。

l寄ってらっしゃい見てらっしゃい。天下無双の銃技(ガンプレイ)、お代はお安く、命で結構!

 風切り音。前から何かが飛んでくる。おっ、とリフィルは突っ込んだ(・・・・・)。たちまち気配が迫りくる。

ぎりぎりで、すれ違った。水筒のような円筒。一直線に顔の脇をかすめたそれが、背後で木々にぶつかり、爆裂した。

l魔匠具ね。

 まだ来る。多数。魔力を秘めた円筒が、次から次へと飛んでくる。

魔力で飛翔し、着弾と同時に爆発する魔匠榴弾。リフィルの射程距離外から面の攻撃で倒してしまおうという魂胆である。

lはン!

 リフィルは鼻で笑った。

魔力なら、たちどころに感知できる。リフィルの感覚は、闇に舞う円筒すべてを明確に補足していた。

念動によって強化した脚力で、駆ける。よどんだ闇に飛び込むように、円筒の間をすり抜けていく。

驚き顔の男が見えた。その手がサッと取り出す銃を、リフィルは長い足で蹴り払い、相手の額に銃口を押し当てる。

l地面をお砥め、ジョン・メイカー。

 振り上げた足を叩きつけ、かかとで地面に圧し潰す。

かわされた円筒が背後でようやく爆発し、夜の森に特大の華を咲かせた。


 ***


 剣士が、動く。

その予兆を、ルリアゲハは鋭敏に察知した。

朧な露が薄暮に揺らめくような、あまりにもかすかな予兆だった。ルリアゲハほどの使い手でなければ、動いたと気づく間もなく斬られよう。

ルリアゲハは、するりと右手を持ち上げ、撃った。剣士はその動きを読み切り、銃口の向く先に刃を滑り込ませて、銃弾を弾いた。

そのまま、ぎらりと剣光が閃く。蝋燭の火が、おののくように震えて揺れた。

z――――

 剣士が、息を呑んだ。その目は大きく見開かれ、鋭い光を映している。

首筋にぴたりと押し当てられた短刀。その、輝々煌々と冴え渡る刃光を。

剣士が袈裟斬りに刀を振り下ろす直前、ルリアゲハは自ら距離を詰め、左腰に佩いた短刀を左手のみで抜き撃っていた。

いかさまめいた技である。

銃と右手に意識を引きつけた上で、左手のみでの逆手抜刀という、思いもよらぬ技を撃つ。

その手があるとわかっていたら、剣士は如何様にも対処し、ルリアゲハを斬り伏せたろう。だが、知らぬがゆえに虚を衝かれ、敗れた。

以前の立ち合いからして、布石だったのだ。刀では勝てぬと悟り、銃のみに頼った――そう思わせることで、敵の意識を銃に誘導した。

真っ向勝負で勝てぬ相手なら、罠にかければいい。夢と現実の狭間の都市で、相棒と共に散々やってきたことだった。

z……見事だ。

 剣士は言った。硬い口調に、隠しきれない悔しさがにじんでいる。腕は立っても心は青い、とルリアゲハは感じた。

あなたより強い剣士を知っててね。どうにかそいつに勝てないかって考えた技よ。

zなぜ止めた。殺さないのか――俺を。

頼みがあってね。

あなた、この子を守ってくれない?

z何?

龍原がひとつにまとまるまで、この子を守り抜いてくれたら……そうね、さっき言った剣士を紹介してあげる。

z俺が裏切るとは思わないのか?

あたし、人を見る目があるのよね。ついでに、こうも剣を合わせれば、多少の目星はつくものよ。

 戦いの最中、何かまっすぐなものを感じた。強くなることへのひたむきさや、強い相手への敬意にも似た真摯さを。

少なくとも、交わした約定を裏切る男ではない。命を懸けた立ち合いを経れば、そのくらいは確信できた。

剣士は、しばし、じっと沈黙し――やがて、ぽつりと口を開いた。

z龍原がひとつになったら、か。夢のような話だ。

だが、そうなれば……無駄に田を焼く戦も減るか。

 その言葉には、深い痛みと共感が沁みていた。ただ金と剣だけを求める者が、そんな思いを抱くとは思われなかった。

聞いてたのね。さっきの話。道理で剣が鈍いと思った。

 するりと剣士から身を離す。無論、その動きには一分の油断もない。

剣士は無言で二刀を鞘に納め、ルリアゲハを、そしてヒギリを見やる。

z……いいだろう。その剣士とやらに会うのも楽しみだ。

ええ、ええ。存分に楽しみにしてちょうだい。いろんな意味で想像を上回ってくれると思うから。

ところで、あなた、名前は?

zカイト・ヒュウガだ。

 それだけ告げて、彼はきびすを返した。その背は溶け込むように闇に消えていった。

ふう。

 ようやく緊張から解き放たれて振り返ると、ヒギリが、くすくすと笑っていた。

h手紙に書かれていた通りですね。使えるものはなんでも使う、と。

あたしもいろいろあったのよ。〈ロストメア〉だの〈園人〉だのとやり合ったら、そりゃ宗旨替えもするわ。

hあら。〈園人〉なる名は初耳です。俄然、気になってまいりました。

 ヒギリの瞳に、興昧深げな光が宿る。子供の頃にそうしていたように、彼女はどこかわくわくとせがんだ。

hどうぞ、お聞かせくださいまし、姉さま。夢と現実の狭間の都市で、いかなる日々を送られたのか――


 ***


lずいぶん短い里帰りだったわね。

 港への道を歩きながら、リフィルが言った。

いいのよ。話すべきことは話したから。おかげでいろいろすっきりしたわ。

 答え、ルリアゲハは皮肉げな眼差しを返す。

あなたも、お目当ての賞金首を捕まえられて万々歳ってところかしら?

l言いたいことがありそうね。

あたしとあの子を囮にしたでしょ。

あのジョンってのをおびき寄せるために、あえてあの子の情報を流した。違って?


 あの日、ヒギリは周囲の者を巻き込まぬため、祈りを捧げると称して、あの廃寺にこもっていたのだという。

ヒギリが雇った殺し屋だけでなく、別口の依頼を受けたジョンまでもが、あの日、あの子があそこにいると知っていたのはなぜか。


lあら、わかる?

 リフィルは悪びれるでもなく、あっけらかんとうなずいた。

lだって、面倒事は一度に片づけた方が楽でしょ。

それであの子が死んだらどうするのよ。

lだからそうならないように立ち回ったのよ。

むしろ感謝してほしいわね。あたしが奴に情報を流さなかったら、どこでどう仕掛けて来るかわからなかったんだから。

 まったく本気の口調を受けて、ルリアゲハは、はあ、と嘆息した。

あなたの娘さんになんて言うべきかしらね。おたくのおかーさんが、娘の相棒とその妹を囮にしたなんて。

l別に驚きゃしないでしょ。あたし、あの子も囮にしたことあるし。

そーですか。

lで、あんたは都市に戻るわけ?

ええ。

あの子は、〝死んであたしに国を返す〟って夢を捨てたわけだから。それが〈ロストメア〉になって現実に出るのだけは止めなくっちゃ。

何か娘さんに言伝でもあるなら、承るけど?

lんー…………。

 リフィルは上を向いてしばし考え、言った。

l別にないわ。

あっそ。

あなたみたいな人って、ホント自由でいいわね。

 やりたいことを、やりたいようにやる。リフィルはその極致のような人物だが、なかなかそんなことができるものではない。

現実は冷たく、多くのしがらみに満ちている。どれだけ望んでも、どれだけ願っても、叶えられるとは限らない。

(それでも、やりたいことがあるっていいことよ)

 夢ではなくとも。ちょっとした、ささやかなことであっても。

やりたいことのひとつもあれば、その分だけ、前に歩こうという気も起きる。

とりあえず、今の自分のやりたいことは――

さっさと着替えて、お茶でもしたいわ。

 そのためには、この道を抜けねばならない。そのときには、また新たな〝やりたいこと〟が生まれていることだろう。

案外、人生とはその積み重ねなのかもしれない――などと埓もないことを思いながら、ルリアゲハは、いそいそと旅路を急いだ。





コメント (ルリアゲハ編(ザ・ゴールデン2019))
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