【黒ウィズ】アッカ編(Christmas stories 2016)Story2
story
重い音を立て、目の前の扉が開いていく。
Aん……。
差し込んでくる光のまぶしさに、思わず目を閉じかけながら、アッカは前に進んだ。
z新しい肉体を得た気分はいかがですか? アッカ。
Aんー……んー……なんか、まだふわふわしてる気がする……。
z肉体のない状態で4年を過ごしたのですから、多少の違和感は仕方ありません。すぐに慣れるでしょう。
アッカは、両手をにぎにぎと動かしてみる。
見慣れた小さな掌が、そこにあった。その手で頬に触れてみると、やはり触り慣れた感触が返ってくる。
あのとき失ったのとまるで変わらない身体。
当たり前だ。まったく同じデータに基づいて作られたのだから、違いがある方がおかしい。
zアッカ? どこかおかしなところがありましたか?
Aううん、ないよ。ちょっとくらいあった方が、面白かったかもしれないけどね。
微笑み、アッカは歩き出す。
Aこれで〝ヌシ〟の部屋に行けるようになる?
zはい。ですが、まだ時が必要です。その身体が完全になじむまでには、あと11日と見ています。
A11日後か……ちょうど゛聖なる夜、だね。
カリュプス降下以前からあるという記念日だ。
それが何を記念した日だったのか、もう誰も覚えてなどいない。
だが、〝大切な人に贈り物をする〟という風習だけは、廃れることなく残っていた。
Aでも、それより、キワムたちが第3号ロットに入る方が先かな。
zその見込みです。ボディが完成したことを伝えますか?
Aううん。やめとく。落ち着いてからの方がいいよ、きっと。
zそうですね。では、準備を進めましょう。そして、第3号ロッドの件が終息したら――
〝聖なる夜〟最下層に下りて、〝ヌシ〟に会う。この施設を凍結するために。
決意を込めて、アッカは言った。
Aキワムたちに報告するのは、それが終わってからだね。
***
機械の扉の開く音が、寂しくも虚ろに響いていく。
世界に自分しかいなくなってしまったような、そんな心細さを覚えて、アッカは思わずカムラナに話しかけた。
Aここが、最下層……で、いいんだよね。
zはい。まちがいなく。
広々とした、殺風景な空間だった。
キワムとタモンが激突した広場の、はるか下。たとえ製造施設そのものが倒壊したとしても、なんの影響も受けないほどの地下深く。
そこに、〝ヌシ〟はいるはずだった。
「なあに? だあれ? 私と遊びにきてくれたの?
幼い女の子のような声が、不意に聞こえた。
「その扉を開けられるのは、オリジナル・ガーディアンだけなんだよ?
次の瞬間、アッカの目の前に、お芝居の小道具めいた骸骨が浮かんでいた。
〝それ〟は、不気味な外見とは裏腹に、子供のようにあどけない仕草で首をかしげる。
「あなた、違うね? でも扉を開けた。オリジナルじゃない。
ああ。超高純度のC資源を応用したプレミアム体。それならオリジナル・がーディアンとおんなじだね。だから扉が開いたんだ。
ぺらぺらと饒舌に話すアッカは神妙に呼んだ。〝彼女〟の名を、
Aサジェ・カムラナ……。
「そう。私はサジェ。またの名をディープ・ワン。この施設の維持を役目とする、カムラナのなかのカムラナ。
Aその役目は終わりよ、サジエ。ガーディアンを造る施設は、もういらないの。
サジエは、驚いたように動きを止めた。
「「いらない」? いらないって、なんで? ここがなくなったら、ガーディアンを造れなくなっちゃうのに?
Aもうガーディアンを造る必要はないの。だから、この施設は凍結する。誰も悪用できないようにするために。
「じゃあ、私は? 私はどうなるの? 私はこの施設のためだけに存在を保全し続けてきたんだよ?
wあなたはカムラナのリンクに移植統合されます。つまり、施設維持のため〝株分け〟される前の
状態に戻って――
「それって私が消えるってことでしょ? やだよ。だめだめ。
そういうの、よくないよ。
ぞ、と何かが立ち昇った。
施設に流れるC資源――その輝きが、床から漏れ出し、立ち上がり、形を得る。
「サジェを守るように立つその姿に、アッカは驚きの声を上げる。
A魔物!? どうして!?
魔物―カリュプス分身体。これまで何度も戦ってきた――しかし、この施設にはいるはずのない敵。
「私を壊すものは許さない。ぜんぶ許さないんだよ。
遊んであげる、ねえ遊んでよ、寂しいの、私と遊んで!!
***
Aどうなってるの、カムラナ!?
息を切らして走るアッカ。その後ろで、次々と隔壁が閉じていく。
カムラナが、魔物の進攻を防ごうとしているのだ。しかし、遠くから聞こえる破壊の音は止まない。隔壁が、次々に突破されている。
zAI同士の双方向的記憶保持システム……それにより、私たちカムラナは、どのカムラナであろうとも同じ記憶を持つことができる。
高度戦略用拡張型ガーディアンインターフェース――アサギたちが構築・運用している精神リンクシステムの原型となった機構だ。
zですが、この施設の維持を担うサジエは、万が一の場合に備え、カムラナのリンクからも切り離されていました。
それは彼女を外的要因から守るためでしたが……1000年という時間が、彼女を内側から蝕んだ。施設を守り続けるだけの日々が彼女を狂わせた!
カムラナの言葉に、アッカは息を呑んだ。
Aそれって……まるで、キワムたちと同じ――
背後からの破壊音が、アッカの言葉を遮った。
ロッカがそばにいない以上、戦う力はない。アッカは必死に足を速める。
Aもうっ、なんで魔物が……!
z魔物はカリュプスの体液から生まれた分身体。彼女は施設内のC資源から擬似的に分身体を作り出AC資源があるからって、作り出せるものなの!?
z普通は無理です。分身体のデータがなければ。彼女はそのデータを、過去と未来から引き出している!
Aまさか……!
zはい。やはり彼女には心が芽生えていますそしてその心がアバターを生み出した。私と同じ、時間と空間に干渉するアバターを!
すみません、アッカ……彼女の強制干渉で、私の管理権限が段階的に剥奪されつつあります。このままでは勝ち目は――
A爆破しよう。
z……なんですって?
カムラナが、ホログラムの目を茫然と瞬かせた。
A緊急管理制御室! あそこ、管理権限の最後の聖域でしょ?
権限をぜんぶ奪われちゃう前にそこに行って、爆破スイッチを押すの! ドカンって!!
zそれは確かに最後の手段ですが――でも、アッカ、それではあなたは助かりません!
Aいいの。これは、私の務めだと思うから。
走りながら、アッカは思う。
A(この心が鏡でしかなくったっていい。
もしもそうなら――私の〝決意〟は、キワムたちがくれた贈り物つてことだから!)
彼らの勇気。彼らの決意。
それを胸に抱いていると思えるなら――己を誇るに、不足はない。
きっと自分はこのために生まれたのだと。
信じて、前に進むことができる。
Aねえ、カムラナ。今のロッカなら、私がいなくても大丈夫だよね。
zはい。彼女なら、あなたの生存に関わらず存在を維持することが――いえ、そういう問題ではないのです! アッカ!
咆哮が、鋼を裂いた。
後ろ――ではない。前方。通路の脇の壁を切り裂いて、カリュプス分身体たちがなだれ込んでくる。
足を止めるアッカの前に、ぼうっと、サジェの姿が浮かんだ。
「私を消すの? そんなのだめだよ。
私を消すならあなたを消すから!
Aくっ……!
なすすべもなく歯噛みするアッカに、怪物の群れが一斉に躍りかかる。
qアァァアアドヴェリタァァアァァアス!
黒牙一閃。
向かい来る敵意の群れ――そのすべてを、穿猛なる禍黒の牙が豪快に引き裂いた。
Aえっ――
目を見張る少女の後ろから、足音が響く。
タモン、トキモリ、ヒミカ、ウシュガ――そしてアサギ。
アッカの脇をすり抜けて、サジェと向かい合い、立ちはだかる。
Aどうして……。
q取りに来たのさ。
背を向けたまま、タモンは笑った。
qいわゆる〝親の責任〟xるてヤツをな。
g間に合いましたね。〝ゲート〟の生成、ご苦労さまでした、カムラナ。
z同世界内での局所的アシカガ・ホール生成による擬似的ワープ。あなたの提示プランは驚くべきものでしたが実現性に問題はありませんでした。
Uもちろん僕の研究成果あってのことだけどね、んんー!
アッカは、カムラナにあきれの視線を送った。
A妙に取り乱してるなって思ったら……最初から、ぜんぶ計画してたの?
zはい。この事態は予測された可能性のひとつでしたので。
とことんしれっとしたものだった。
zあなたにもお伝えすべきかと思いましたが、この施設内でのやりとりは、サジxeに傍受される危険性があったのです。
Aだからって――
戸惑うアッカに、てくてくと、何かが近づいてくる。
あまりにも見慣れ過ぎた、鏡写しの少女が。
Aロッカ、なんでここに……。
Rアッカのバー力。
Aなっ……。
Rアッカの考えることなんて簡抜けなんだから。
私はアッカの心だもん。死ぬときは一緒だよ。
もち、死なせる気ないけど。ギシシ。
Aロッカ……。
qあー、コホン。話はまとまったかい? そんじゃあ――
トキモリ。
mはい。
qヒミカ。
hふん。
qウシュガ。
Uんんー!
並び立つ。かつて収穫者と名乗った者たちが。
いかなる敵意も喰らい潰す、最凶の守護者として。
q仕事だ、おまえら。本気で行くぞ。