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カインビハインドストーリー

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「カインの悩み」


「ソードマスターカイン様。帝国の皇帝様より宮殿に来るようにと仰られました。ティータイムの時間を取りたいとのことです。」

「分かった。すぐに行くと伝えてくれ。」


俺は、これが現実だということを未だに信じられないでいる。俺がソードマスターにまで登り詰め、帝国の皇帝に可愛がられ、人類のために魔王軍討伐の指揮をとっているだなんて。そんなのは、ありえないことだ。なんたってこの異世界に来る前までの俺は、就活に失敗し挫折したニートだったんだから・・・。


異世界の人たちは俺のことを救世主だと言った。人間は元々無限の潜在能力を持っているという。そうならば、ニートでも救世主にもなれるということなのか?俺が剣術に才能があることを発見したのは、偶然かそれとも必然か。俺には、よく分からない。


初代ソードマスターは、俺を指導しながら努力することを強調した。剣術を習いながら俺は現実世界で努力をしていなかったことに気が付いた。もしこの努力で就活をしていたら、俺は誰もが羨む大企業に就職することがで出来ただろうか?これも俺には分からない。


当時の俺は、負け犬というレッテルに打ちひしがれていた。何をしてもうまくいかなかった。幾度かの失敗は誰でも経験することだが、俺が過剰に反応していたのかもしれない。でも、傷を負ったことによる苦痛は人それぞれ違う。俺は苦痛に耐えるため、自分自身の殻に閉じこもった。テレビとパソコンの四角い画面の中に引きこもり、目と耳を塞いだ。これが間違っているということは気づいていた。だが、俺はそんな俺自身に慣れてしまった。


しかし家族はそんな俺には、慣れなかったようだ。家族は俺を叱責した。いない人として扱ってくれた方が気が楽だったのに。家族の喧嘩も絶えず内容は決まって、いつも俺をどうするか、だった。みんなして俺を頭の痛い存在として扱った・・・。母さんを除いては。


母さんは食事の時間になると、部屋のドアの前に食事を置いてくれた。時折ため息をつく音が聞こえたが、俺を心配してのため息だった。俺にはそれが余計に心苦しかった。ため息が聞こえるたびに俺はより深い深淵に陥る気分だった。ごめん、母さん・・・俺が部屋の外に出ない時間が増えるほど、母さんが準備してくれる飯の量は増え、より温かかった。俺が異世界に来た日は、母さんのために何でもいいからしてみようと心に決めた日でもあり、そして・・・母さんにごめんと伝えようと決めた日だった。


初代ソードマスターは俺の何を見たのだろうか。俺をここまで連れてきたのは一体何のためだったのだろうか。


俺は一体誰なんだろうか。


俺の力を必要とする人がいる。どれだけキツくても挫折せず前進するつもりだ。今はただ目の前に置かれた事に最善を尽くす。



「ゲスタフの裏切りとカイン」


「ゲスタフ、俺たちが戦争のない・・・こことは全く違う世界で出会っていたら、こうやってお互いを殺しあうような状況になることもなく、良い友達として過ごせたと思わないか?」


「はぁ・・・はぁ・・・。訳のわからないことを言うんだな、カイン。俺の理想が正しいということを力で証明してやる。覚悟しろ・・・これでおしまいだ!」


「じゃあな、ゲスタフ・・・」



・・・グサッ!



ゲスタフは初代ソードマスターと共に俺の成長を積極的に手伝ってくれた奴だった。あいつは馬鹿正直だった。一日も欠かさずに剣術を研磨し力を蓄えてきた。帝国の仕事を全てこなそうと努力した。帝国のすべての人が幸せになることを願ったゲスタフ。それがゲスタフの規律だった。幸せのためゲスタフは何かを守ることの大切さを俺に教えてくれた。彼は帝国の真の平和のためなら何でもやると口癖のように言っていた。


俺がソードマスターにまで登り詰めた時、ゲスタフが俺に尋ねた。


「その力をどこに使いたいんだ?」


「ゲスタフ、俺もお前と同じだ。人々を、帝国を、人類を守りたい。」


ゲスタフは俺の答えに満足したようだった。だが、すぐに強烈な眼差しで俺を見つめ質問を続けた。


「カイン、お前は多くのものを守るべきだと思うか?それとも、すべてを守るべきと思うか?」


その日、ゲスタフと俺は長い時間、言い争った。ゲスタフは今の平和は偽りだと言った。まだ目に見えぬ魔王の脅威のせいではなく、帝国社会の構造がそうなんだと話した。ゲスタフは今の溢れる帝国の人口と階級の問題は多数の貧民層を生まざるを得ず、これを打開するには力で大きな変革を起こし真の平和を作らなければならないと言った。だが、俺は多数のための少数の犠牲は不当だと考えた。


理想主義者!


結局ゲスタフはグラシア公国の征伐を終え、俺を背後から刺した。帝国のためだとゲスタフは言った。帝国を裏切り、友を裏切り、真の平和を手にすることができるとでも思ったのか。ゲスタフに復讐するため、多くの時間を俺は力を蓄えるよりも俺の考えを整理することに努力した。だからといって結論を下すことはできなかった。それを考えるほど俺はイデオロギー、信念、理想のような抽象的なものが持つ巨大な力を感じるだけだった。


強くならなければならない。体も心も。俺は死んだゲスタフに背に歩いた。俺が異世界にいることをより実感できた。見てろよ。俺はここでは絶対にくたばらない。




「カイン現実世界」


周りの人たちにバレないようにしているが、実は魔王と戦うのは怖い。毎日、「死」の恐怖を乗り越えベストの力を発揮しなければならない。頼れる仲間たちがいても怖いのは事実だ。だが目標に向かって使命を果たすため、一日一日の時間が恐怖を相殺してもなお有り余る幸福感を与えてくれる。


一方で俺の現実は・・・異世界に来る前の俺の現実は目標を失い、死んだも同然だった。怖いものも、幸せもなく無気力なひきこもり。それが俺だった。


いい会社に就職することが、なぜあんなにも難しいのか。俺が努力をしていなかったわけでもないのに、会社は俺を必要としなかった。一日という時間は不確実な未来のための時間だった。俺はその一日の時間を大事に生きることができなかったのだ。そうこうしているうちに採用時期が近づき、書類審査で落ち、面接で落ち、俺が送った一日は虚無の時間となった。俺は疲れてしまった。続く失敗に俺は部屋のドアを閉め、心も閉ざした。そうだ・・・あの時の俺は死んでいたんだ。


自分の部屋では、たくさんのことをした。ゲームをして漫画を読んで、英語の参考書を読み、パソコンを使い・・・そうして明け方に眠りにつく。だが、不思議にも寝る前に考えたり、翌日の朝に思い返してみると昨日、俺は何もしなかったという気持ちが襲ってくる。俺は毎日、一日に一回は死んでいた。


家族のことを考えると胸が痛い。それがどんな感情なのかは、とても複雑でよくわからない。申し訳なさが一番大きいだろう。そう思いながらも、「家族は俺を落ちこぼれ、社会不適合者と思っているだろう」という考えが頭をよぎるときには、怒りがこみ上げた。


周りの人は俺のことを情けなく思うだろうか。母と喧嘩をし、コンビニに行く道でそんなことを考えた。人々とすれ違うたびに頭の中が真っ白になり吐き気がした。


「みんな消えてしまえばいいんだ・・・」


俺は地面に倒れこまないよう、呪文のようにそう唱えながらコンビニに向かった。やっとのことでコンビニに着き、ラーメンを買った。母が作ってくれた食事をひっくり返して家を飛び出してきたことが頭に浮かんだ。母はただ、何も言わず俺の前で泣いただけなのに俺はなぜその姿に怒りがこみ上げ、飛び出してきたのだろうか・・・



ピコンッ



メールが届いた。母さんからだった。「カイン、母さんが悪かった。コンビニでも行って食べたいものがあったら買っておいで、調理が必要な物なら母さんがしてあげるから。早く帰ってきてね。」


俺は結局、家族みんなが寝る時間まで近くの公園で時間を過ごした。今思い返せば、あの日の俺は、死んでいなかったと思う。

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