ヘラビハインドストーリー
ヘラ
ヘラはゼウスの妻であり、オリンポス第二主神であった。第一主神であるゼウスが自分勝手であるのに比べ、ヘラは落ち着きがあり、安定を追求する神であった。ゼウスがヘラに惹かれたのは、自分と正反対なヘラの性格からであった。
しかし、自分と違う相手の姿に惹かれるのも、長くは続かなかった。ゼウスは自分の間違いを一つ一つ指摘し干渉するヘラに、少しづつ嫌気がさすようになっていった。ゼウスは最高権力を利用して浮気を始めた。ヘラには内緒で始めた浮気であったが、オリンプスは神々の利害関係が複雑に絡み合う世界であった。お互いが、お互いを監視し合う社会で、ゼウスの行動が明るみになるのは時間の問題だった。
冷静なヘラも、旦那の浮気に目をつぶることはできなかった。ゼウスの浮気は唯一ヘラを怒らせた。ヘラは浮気し、戻ってきたゼウスを捕まえ、面前で火のごとく怒り狂った。はじめはそうだった。ヘラが、雷を落とすのではないかと錯覚するほど、ヘラの怒りは我慢の限界に達した。しかし、それもつかの間。続くゼウスの浮気に、ヘラの怒りの矛先はその浮気相手へと向いた。
嫉妬の化身と化した。
ヘラはいつの間にか、そのような別名で呼ばれるようになった。ヘラの目にとまった浮気相手の女性は、悲惨かつ苦痛を味わいながら死んでいった。
しかしある日、アレスがヘラに近づいてきた。アレスはヘラを慰める言葉と共に、様々な珍しいアクセサリーを贈ったりした。
戦争と破壊を司るアレスを、ヘラがよく思っているわけもなかったが、続くゼウスの浮気に疲れていたこともあり、アレスと親しくなっていった。
ゼウスが外出した日、アレスは慰めの酒だといって人間界最高の酒を持ち寄り、ヘラと酒の席を共にした。アレスは人間界に興味があったことから、彼が話してくれる人間界のおもしろい話は、酒のつまみになった。アレスは、浮気性のゼウスの話を出し、ヘラを興奮させたりもした。話し上手なアレスに、ヘラは段々酔いが回り始めた。そして、戦争の神らしく凛々しいアレスの身体が目に入り、欲望を掻き立てた。
「人間界で一番有能な魔法使いたちを連れてきた。奴らが今日あった俺たちのことが明るみに出るのを止めてくれるだろう。それでは・・・・!」
夜も深まった頃、ヘラとアレスは激しく愛し合った。ヘラは、自ら一番嫌悪を抱いている行為に手を染めたのだった。
次の日、酔いが覚めたヘラは自分のしたことに気づき、絶望した。部屋が散らかっていた。服があちこちに散らばっていた。アレスは見当たらなかった。
ヘラは乱れる気持ちを抑えながら、家へと急いだ。ゼウスは気持ちよさそうに眠っていた。アレスとのことはバレていないようだった。
数日後、ヘラはアレスが人間界に干渉し、戦争を起こさせているという噂を聞きつけた。ヘラはオリンポスの平和、人間界の平和、人間界にも根を下ろし尊敬される神の時代を夢見ていた。酒の席でも、ヘラはアレスとこのことについても語り合った。アレスは戦争と殺欲がなければ人間の傲慢さを統制できない、人間に堕落の自浄能力を期待してはいけないと言った。ヘラの感情的な反発にアレスは、時が経てば受け入れざるを得なくなるだろうと言った。その自信に溢れた顔をヘラはまた思い出していた。あの時気づくべきだった。全てアレスの罠だったのだ。
ヘラはアレスを阻止することはできなかった。ヘラがアレスの考えに反対し、口だしをしてしまうとゼウスに浮気の事実を暴露されることは目に見えていた。ヘラは苦しんだ。ヘラ自身が、ゼウスの浮気に対してとってきた行動があったからだ。今度はゼウスが反対にどれだけの反応を見せるのか、想像もつかなかった。自分勝手な第一主神がヘラを八つ裂きにしないでいられるだろうか。
そこまで考えたとき、ヘラはアレスを殺さなければ自分は永遠に苦しむことになるだろうと考えた。ヘラは一日中、アレスの殺害計画についてばかり考えていた。そこで思いついたのがアテナだった。あの強力な戦争の女神が、アレスに反感を抱いていることを利用することにした。ヘラはアテナが気づかないうちに、彼女の武器に強力な恩寵を与え、アテナがアレスを殺害するための最高の環境、場所、ストーリーを地道に準備していった。
アテナがアレスを殺せたのも、ヘラの見えない助太刀があったからだ。仮にアテナがアレスに殺されかけたとしても、ヘラが与えた力がアテナの力を再生させ、アレスの背中を斬っていただろう。ヘラはアレスの死をオリンポスから眺めていた。アレスの死を誰よりも喜んだのはヘラだった。
ヘラは家で、あれほど憎かったゼウスのために、ごちそうを準備した。料理をしながらアレスとの酒の席を思い出していた。ヘラに一番深く入りこんできた存在。そのため、一番強烈だった存在。ヘラは足かせから解き放たれ、心が軽くなったものの一方で強烈な花火が消えてしまった後の虚無感も同時に覚えた。ゼウスがそろそろ帰ってくるだろう。ヘラは弟子たちに一番大きなロウソクに火をともすよう命令した。