カーリシアビハインド
カーリシア
レッドドラゴンであるカーリシアは、人間界の歴史に好奇心を強く抱いていた。短い生を生きる人間の歴史が躍動的に変化するのを見続けていると、カーリシアは内側の深いところから消えかけていた炎が燃え上がってくるのを感じた。とても長い時間を生きているため、自然と体にしみ込んでいた倦怠感が、一瞬にして生きる欲望へと変わるようであった。
カーリシアは人間の姿に変身し、人間たちと親しくすることを楽しんだ。人間たちの生活は、まるで虹のように多種多様であった。彼らと笑いあい、騒ぎあうことで時の流れを忘れた。カーリシアが住んでいる洞窟の闇は、居心地がいい時もあったが、カーリシア自身の痕跡が消されてしまうような、そんな気持ちになることもあった。しかし、闇を照らし暗い夜にも打ち勝とうとする人間たち・・・。このような姿に魅力を感じたカーリシアは、人間たちを好意的に見るようになり憧れさえも抱かせたのであった。
ある日、カーリシアはグラシア公国という国の有識者と親しくなった。彼らは自分たちを、公国のしがない学者だと言ったが、実は全員が名の知れた学者たちであった。彼らは、カーリシアが知らないことをたくさん教えてくれた。神話、宗教、哲学なと彼らの知識と知恵はカーリシアが知っているものとは少し違っていた。どちらが優れているなどではなく、そういった違いが単純に面白かった。学者たちの謙遜具合も、カーリシアの心をくすぐった。そのため、学者たちがグラシア公国の城に招待してくれた時、カーリシアは快く応じたのであった。
グラシア公国の城は美しかった。雄壮さと豪華さに、カーリシアは開いた口が塞がらなかった。その日はちょうどパーティが開かれる日のようだった。城全体に美しい音楽が絶えず流れ、城にいるすべての人が気品ある素敵な服を身にまとっていた。城で会う人々みなが、カーリシアを歓迎してくれた。カーリシアは彼らと共にパーティを楽しんだ。食べ物もお酒も全て、カーリシアが初めて口にする味だった。
しかしカーリシアは、そこまで長い時間パーティを楽しんでいたわけでもないのに、ひどく疲労感を覚えた。あまりの疲労感に、本能が「もう休んだ方がいい」とカーリシアに語りかけていた。カーリシアはもう帰らなくてはいけないと伝え、まだみんながパーティーを楽しんでいる城を後にした。
カーリシアが馬に乗り、城を後にしグラシア公国を出てエルグラッド帝国に入る直前・・・。後方からグラシア公国の大群が、土埃をまき上げながら追いかけてきており、カーリシアを包囲していたのであった。
「レッドドラゴン・カーリシア、我々はお前の鱗が必要だ。公国皇帝の永生のため、生贄となり静かにここで永遠の眠りにつくのだ。」
グラシア公国の学者たちであった。彼らからは、暗黒魔法の気配が強く感じられた。
「そなたが口にしたものには、強力なまじないのかかった毒が入っていた。力を使えば使うほど、更に苦しむだろう。さあ、闇へと吸い込まれたまえ・・・レッドドラゴン!」
カーリシアは望むものを得るためなら、なんでもする人間の習性を知っていた。人間を信じた自分の愚かさを責め、カーリシアは自分の力を最大限に振り絞り、グラシア公国の陣営を次々と火の海へと変えた。
「取るに足らない人間どもめ・・・!私の力を見せてやる!」
しかし強力な毒は、徐々にカーリシアの体を蝕んでいった。多くの公国軍を殺してもなお、またどこからともなく沸いてくるのであった。遠くで、公国軍の魔法使いたちの大魔法呪文が終わるのも感じた。
「こうして、ここで終わるのか・・・?」
カーリシアは瞬きをした。公国軍たちが目に入ってきた。八つ裂きにして、殺したい人間たち・・・。
その時、何かがピカッと光った。それはとても強い光だった。温かく美しい光だった。美しい・・・本当に美しい・・・あの光をもう一度みたい・・・。私がこんなに必死に生きることを望むなんて・・・そんなことを思いながら、カーリシアは気を失った。
カーリシアが目を覚ました時、目の前には男が立っていた。公国の学者ではなく、初めてみる男だった。
「大丈夫ですか?かわいらしい少女の姿をしているが、レッドドラゴンだということは知っています。私はエルグラッド帝国のソードマスター、カインと申します。警戒しなくても大丈夫です。グラシア公国の陰謀を知り、あなたを助けにきました。」
公国軍は見当たらなかった。カインだと自己紹介した男の剣は、光り輝いていた。剣の力がまだ残っていて、更に眩しく美しかった。
「あなただったの・・・。」
「はい?どういう意味でしょうか?」
「だから・・・来るのが遅すぎるじゃない、バカっ!」
カーリシアは、両ほほが赤く染まるのを感じた。お酒のせいだとも思ったが、思春期の少女の胸のトキメキのようなものだということに、カーリシアは気づいていたのであった。