魔王ビハインドストーリー
魔王
勇者は高校に通う少女だった。無口な性格で友達はいなかったが、周りの人に気をつかわせるタイプではなかった。みんな勇者と仲良くしたいと思っていたが、仲良くなれず残念に思っていた。勇者の笑顔はとても可愛らしく、その笑顔は見ている人も笑顔にさせた。
「家に帰りたくないよ」
勇者は学校が終わると毎日このようなことを考えていた。繰り返される父親からの暴力・・・。
父はアルコール依存症だった。アルコールを飲んでいない父の姿を思い出せないほどだった。いつも怒りに満ちていて、勇者と母に暴力をふるい、何かに不満を抱き、怒鳴り散らしていた・・・。父が暴力的になると、母はいつも勇者をかばうように抱きしめ、代わりに父からの暴力をうけていた。何もすることのできない勇者は、母の腕の中で少しずつ広がる血の匂いを感じた・・・。そして勇者は、その匂いに愛を感じていた。
そんな彼女の唯一の癒しは、部屋でファンタジー物を見ることだった。漫画やアニメに出てくる登場人物が、少女ができないことを自由にしている姿を見ることで、現実逃避をしていたのだ。内緒で主人公たちの服を作り、コミックワールドでコスプレを楽しんだりもした。
そんな中、少女はオカルト物のアニメにハマった。赤色を好んでよく使っていた理由の1つが、そのアニメの影響だった。
神秘的で輝かしく美しい上に、ちょっとした緊張感や不安感が含まれている要素が少女の心をつかんだのだ。少女は見事にハマっていった。
そのアニメのコミュニティサイトで勇者はある文に目がとまった。東京の外殻にある人気の少ない森に次元の門があり、そこで一緒に次元を開く人を探しているという内容だった。勇者は投稿者にメッセージを送り、参加の意思を示した。すると、金を持ってここに来いとい指示が返ってきた。
暗い夜、その日は寒い日だった・・・。小さな森だが、その日は月明かりがなかったため、携帯のフラッシュライトをつけないと前が見えないほどだった。森には2人の男が待っていた。彼らはオカルトの儀式をするといって魔法陣を描き、彼女を魔法陣の中に寝かせた。そしてどこからか持ってきた血をまき、少女に何かを食べさせた。そして少女はその日死んだのだ・・・。死因は薬物による中毒死だった。少女が所持していたお金もすべてなくなっていた。
その時、勇者は幽体離脱のような気分を味わった。そしてどこかに吸い込まれるような感覚を感じた。目の前で静かに横たわっている自分の体から少しずつ遠ざかれば遠ざかるほど、何かが吹っ切れるのを感じた。
「さよなら・・・。」
自分自身にこう呟いた。
「勇者様、起きてください。」
「はい?」
「次元の門に来たことを歓迎します!」
あの二人組の男の言葉は、嘘じゃなかったのだろうか。真相はわからないが、目を覚ますと少女の前には異世界が広がっていた。
本当に異世界に来ることができた勇者は、見えるものすべてが不思議だった。幼い子供のように異世界について学び、楽しんだ。朝目を覚ませば、いつも自分を苦しめた父もいない。勇者が今まで経験したことのない幸せな時間だった。
勇者は自然と魔法に惹かれていった。いくつもの輝かしい属性魔法たちを、現実として具現化させられることが魅力的に思えたのだ。
異世界の人々は、素早い習得力のある勇者に、思うがまま自由自在に魔法を扱わせた。エルグラッド帝国は少女に勇者の座位を命じ、国民たちは少女を勇者様と呼び、賞賛した。勇者は、エルグラッド帝国の平和を邪魔しようとする魔族たちを討伐する任務を行った。少し前まで普通の少女だった勇者にとって魔族は怖い存在だったが、帝国のために戦った。少女は、自分が救った国民たちの笑顔を見ることが、とてもうれしかった。勇者の名は広く知られ渡った。
初代ソードマスターと勇者は、魔族を討伐中に出会った。勇者は初代ソードマスターの強さを尊敬していた。初代ソードマスターも、自分の弱点である上級魔法が得意な勇者に興味をもっていた。二人はすぐに意気投合し、仲良くなった。お互いの背中を任せられる、心強い仲間となって魔族討伐の最前線で戦った。
「ソードマスター様、あなたはなんのために戦っているのですか?」
「帝国の平和、そして人間界の平和を願う私の信念が、私を戦場へと向かわせるのです。」
初代ソードマスターの模範的な返事に、勇者はとても彼女らしいと思った。初代ソードマスターは、自分の行動や心に揺るぎがなかった。彼女の強い志に勇者は羨ましいとすら思った。
「平和を望んで戦っているが・・・こうして得た平和で、私の心まで平和になるとは考えにくいわ・・・。」
勇者は、自分がいた世界に戻りたいという気持ちが少しずつ現れてきていた。
父がいなければきっと少女の人生は・・・大好きな母と、仲良く普通の日常を過ごしていただろう。
少女は逃げずに立ち向かうことを、この世界で学んでいたのだ。
血の匂いを嗅ぎながらも、戦場で魔族たちと戦う勇者がもし現実世界に戻ったとすれば、きっと父にも堂々と立ち向かえたのではと。
自分が本当にいたいと思える場所は、一体どこなのか。そんな悩みを勇者は抱え、心が揺らいでいた。
ある日、帝国の皇帝が勇者を呼んだ。
「勇者よ、キミに重大な任務を与える。」
「重大な任務ですか・・・?」
「キミが、ソードマスターと共に兵士を引き連れ、魔王を倒してほしい。」
「魔王だなんて・・・。」
勇者は突然の出征の知らせに戸惑いを隠せなかった。世界を混沌から守る重要な任務・・・。それも、ソードマスターと一緒ならば心強いに、上自分も学べることがたくさんあるに違いない・・・だから快く受け入れたかった。しかし一方で、自分が元にいた現実世界に戻りたいという気持ちもとても大きくなっていたのも事実だった。
悩んだ勇者は皇帝にとある提案をした。
「わかりました・・・その代わり今回魔王を倒した時には、私がいた元の世界に戻る扉をあけてください。」
「勇者よ・・・キミはここから出たいのかい・・・?」
「申し訳ございません。」
「そうか・・・キミの幸せは私の幸せだ。わかった。大魔法使いのテセウスと相談し、方法を探してみるとしよう。」
ソードマスターと勇者は魔王討伐作戦まで共にに過ごし、訓練を重ねた。
共に汗をかき、日々強くなっている自分を感じた。どれだけ辛くても、お互いを支え合い精神的に揺らぐことはなかった。
初代ソードマスターも、魔王との戦いに死を覚悟していたため、勇者のことを心の支えとしていた。
「わかっていると思うが、あなたは剣を振るう時いつも戸惑いが見える。相手が人間だと尚更だ・・・それが致命的な結果につながる。」
「アイリ・・・私もわかってる。その言葉ちゃんと覚えとくね。私が死んだら・・・私が住んでいた元の世界も見れずに終わっちゃうから。まあ、アイリが守ってくれるもんね?初代ソードマスターのあなたがいてくれて、すごく心強いよ!」
コンコン
「勇者様、大魔法使い様が元の世界に戻る方法を見つけ出したそうです。」
勇者の表情がうれしさで満ち溢れた。初代ソードマスターも共に喜び、勇者は大魔法使いと国王と順に面談をした。魔王との決戦がすぐ目の前まできていた。
「初代ソードマスター、そして勇者よ。魔王との戦いに必ず勝って戻ってきておくれ。」
勇者はもうじき現実世界に戻れるという期待が大きくなっていった。
それほど準備も万端で、初代ソードマスターを信じていたからだ。
少女の中に『敗北』という言葉はなかった。
魔王軍の反撃は激しかった。闇属性であふれる重い空気、血の匂い、聞こえてくる奇声は残酷なものだった。魔王がいる洞窟の入り口、そこには魔王軍の総司令官が立ちはだかっていた。
初代ソードマスターと勇者が戦ったが、そう簡単に決着のつく相手ではなく、多くの力を消耗せざるを得なかった。
「ソードマスター様、勇者様・・・ここは私たちに任せて洞窟に入ってください。大魔法使い様から頂いた力もありますし、光魔法を使える精鋭部隊がそろっています。十分戦えます。お二人の力は、魔王を倒す時に使わないといけません!」
「はやく!私たちを信じてください!」
軍に後ろを任せ、初代ソードマスターと勇者は魔王の洞窟の奥深くへと進んだ。
なるべく犠牲を抑えたかったが、そこまでの余力はなかった。
「私たちの力不足でごめんなさい・・・。」
しかし勇者と初代ソードマスターは、洞窟の奥へ行けば行くほど魔王の気配が小さくなっている気がした。魔王がわざと気配を消しているのだろうか。もしそうであれば、何かの目的として時間を稼いでいるに違いない・・・。目の前に立ちはだかる魔王軍の兵卒たちに、力をセーブするほどの余裕はなくなっていた。
「ここからは、魔王軍の兵士たちが見当たらないね?魔王は一人でいるのを好むのかしら?」
「あそこ・・・。」
「あ・・・・あれが魔王なの・・・?」
魔王の洞窟深いところに座り、瞑想している一人の女性が勇者と初代ソードマスターの前に現れた。
瞑想していた女性は、勇者と初代ソードマスターを見て驚いた声でこう言った。
「どうして・・・・ここへどうやって入ってきたのですか?」
さっきまで放たれていた魔の気配は、この女性が話し出した途端に嘘のように消えていった。
むしろ、勇者と初代ソードマスターを包み込むような温かい気配がした。
「あなたが魔王なの?」
女はその問いに答えず、ゆっくりと立ち上がり勇者を見つめた。
「その光・・・この世界の人じゃないわね。」
勇者は動揺を隠せなかった。
「だが何かおかしい・・・あなたはその光以外に何かを持っている。」
「なんの話?魔王なのか聞いてるじゃない!先に答えなさい!」
「私は創造の女神イミル。二人とも落ち着きなさい。」
「創造の女神・・・?」
創造の女神イミルは、カオスから逃げこの深い洞窟に隠れていたのだ。
すべてを太初の混沌に作りかえたいカオスは、創造の女神を恐れ一番最初に消したかったが、カオスは自分にはそう簡単に消せる相手でないこともわかっていた。イミルはカオスが悩んでいる隙に地上に逃げ、力を蓄えながら打開する機会を探っていたのだ。
イミルは勇者と初代ソードマスターに簡潔に話しをした。
二人はこの状況をどこまで信じればいいのかわからずにいた。
「異世界人よ・・・あなたが持っている何かが大きくなっている。暗黒、混沌・・・一体なんだ?あなた・・・あなたは一体だれだ!」
その言葉と当時に勇者の影から黒いものが大きく広がり、すぐさま洞窟全体を覆いつくすと、それは人間の形になった。
「ゼウス!いや、カオス!そうだったのね、異世界の人間を利用し、私の居場所をつきとめたのね!だとすれば・・・!」
勇者の背後にゼウスの大きな影が・・・。ゼウスの全体を支配するカオスの力は強力だった。鋭い影の剣が勇者の心臓を突き刺し、勇者は逃げる間もなく心臓を刺されたのであった。
「うぅっ!!」
「だめっ!!!!」
初代ソードマスターが勇者に駆けよろうとしたその時、イミルは全ての力を使い空間魔法を唱えた。その瞬間洞窟が歪みはじめ、イミルと初代ソードマスターはその洞窟から姿を消したのであった。。
「・・・。」
カオスは死んだ勇者を見下ろしながら、少し考えた。
「また逃げたのか・・・あいつら・・・。」
そうしてカオスの影が消えた。洞窟内は静寂に包まれた。道を照らしていた光だけが洞窟を奥まで照らし、輝いていた。
初代ソードマスターは、洞窟から遠いところへと飛ばされていた。気がついた時には緑が広がる草原にいた。
つい先ほどまでいた戦場とは、まるで違う平和なところだった。
初代ソードマスターは、何が起こったのかわからずにいると、誰かの声が聞こえてきた・・・。
「あなたたちを、カオスの手が届かない遠く離れたところに移動させました。私の力は初代ソードマスターあなたに、そして魂は勇者に分けました。勇者は死んでいません。そのうち目を覚ますでしょう。しかし彼女は、闇の力いに支配された外見を持つことになります。さっき私たちがいたあの場所を覚えていてください。予言した彼が現れた時、そこで会わなければなりません。」
初代ソードマスターは、この世界を覆いつくしている黒い勢力が、カオスというさらに強く巨大な存在であることに気がついた。
目で見て肌で感じたのであった。初代ソードマスターは、どこまで帝国へ報告すべきか悩みながらも、本土へと向かった。
一方その頃、帝国ではテセウスに憑依したカオスが、帝国の財政管として任命されていた。
「初代ソードマスター様。一体何をそんなにお考えですか。」
異世界に飛ばされたカインは、初代ソードマスターにこう聞いた。初代ソードマスターはカインの肩をトントンと叩いた。
「強い力を持ち、大きな使命を与えられたのなら・・・その使命に匹敵するほど大きな真実を知らずして、任務を達成することはできないでしょう。」
よくわからない言葉にカインは首を傾げるのであった・・・。
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