【黒ウィズ】リヴェータ&ジミー編(クリスマス2019)Story
2019/12/12
目次
登場人物
story1 嵐の中で
ケルド島に嵐が吹いている。
ふと、長年会っていない父親の顔が思い浮かんだ。
ケルド島は、大陸に比べると比較的暖かい島だが、真冬のこの時期は、ぐっと気温が下がる。
ジミーは、かじかむ指先にふっと息を吹きかけた。
暖炉に近づき、火打ち石を叩く。だが、薪は全て湿気っていて使い物にならかった。
外は、激しい雨が降り続いている。嵐が止むまで耐えるしかなかった。
聖なる夜が迫ったある日。リヴェーダは、部下のジミーと共に馬車を走らせていた。
馬車の荷台には、戦で両親を失った孤児たちへ贈るプレゼントが、山と積み込まれている。
だから恥を忍んで、こんな格好してるんだから、ジミーぐらいは付き合ってくれないと。
先ほどよりも風が強まり、外は横殴りの雨が降り続いていた。
小屋の中の気温はさらに下がり、吐く息が白くなってきた。
さきほどから顔が赤い。ひょっとして熱があるのかもしれない。
軍用コートをリヴェータにかけてやった。
少し落ち着いたのか、やがて静かな寝息を立てて眠りはじめた。
戦争で親を失った子どもたちにプレゼントを贈りたいというリヴェーダの考えには賛同する。
リヴェーダも戦乱で親を失ったようなものだ。孤児たちの気持ちがわかるのだろう。
お前は、いまやイレの領民にとっての太陽だ。だから、無理をするな……
目を覚ましていたらしい。いまの言葉、聞かれていたかと、少し心臓が高鳴った。
私の手。氷のように冷たいでしょ?だから、ジミーの手を握らせて。
一瞬の躊躇いがあった。けれども、リヴェーダがそれを望んでいるのなら、断ってはいけないと思った。
手を握ってやると安心したのか、リヴェーダは再び眠りはじめた。
***
ジミーの手を握りながら眠るリヴェーダは、年相応のひとりの少女だった。
昔から知っている少女リヴェータ・イレの成長した姿がそこにある。
子どもの頃から、リヴェーダは特別だった。
lあまり、はしゃぎすぎると新しいドレスを汚してしまう。ほどほどにな。
あの頃はルドヴィカも侍衛として常にリヴェーダの傍らにいた。
リヴェーダが、地元の子どもたちとする遊びは、いつも戦争ごっこだった。
いつもリヴェーダの軍が勝った。だから、子どもたちはみんなリヴェーダの軍で戦いたがった。
そしてイレの家臣の子どもは、全員リヴェーダの軍に入れて貰えた。
入れて貰えないのは、俺のようなよそ者だけだった。
l彼は、ジミー・デヴィス。リヴェーダのお父上に招かれた演奏家の子息だ。
無視したわけではなかった。緊張して、言葉がでなかっただけだった。
もっと言うなら、リヴェーダの放つまぶしさに耐えられず、つい目を逸らしてしまっただけだ。
だが、口下手な俺は、正直な気持ちを言葉にすることができずに、ただ無言を貫いていた。
そのせいで取り巻きの子どもたちから随分と白い目で見られたものだ。
イレの領地に屋敷も与えてくれるそうだ。ついに運が回ってきたな!?
父は、腕は良かったが、運に恵まれないヴァイオリン演奏家だった。
権力者の招きに応じて演奏を披露し、おひねりをいただく。それが仕事だった。
悪い人間ではなかった。だが、稼いだ金をすべて酒代に充ててしまうようなどうしようもない人だった。
演奏家で一生を終えたくなかった。
音楽に興味がないわけではなかった。だけど、この戦乱の時代、剣ではなく楽器を握って終える生き方はしたくなかった。
俺は父のようにはなりたくない。だから戦場で生きていくと決めていた。そのためには、仕えるべき主が必要だった。
領主の娘であるリヴェーダは、手の届かない場所に咲く高嶺の花だった。
だからこそ傍にいたい。ずっと彼女を見つめていたかった。
剣の稽古は、密かに行なっていた。その辺の悪ガキに負けないだけの腕はあった。
遊びが終わり、俺に駆け寄ってくるリヴェーダの、目の色が変わっていた。
その時から俺は、リヴェーダの家臣になった。
子どもの頃から、お互いの関係は変わっていない。むしろ変わらない方がいいとさえ思っている。
story2 高嶺の花
窓から差し込む陽光が、まぶたの隙間に突き刺さる。
嵐はやんでいた。
ジミーの右手は、一晩中リヴェーダの手と繋がったままだった。
顔が赤い。額に手を当ててみると熱があった。
なにもない上に暖も取れないようなこの場所でリヴェーダを介抱するのは難しい。
ふと、ドゥバンの顔が浮かんだ。
ガンドゥの親戚で、ケルド同盟軍に所属する診療師。
イレ軍の陣営が、ここから馬車で半日行った場所にある。
熱のあるリヴェーダを動かすのは冒険だが、このままここにいるよりはいい。
馬車までたどり着くと男たちが近づいてきた。その格好からして、馬を盗もうと狙う野盗のようだ。
向こうの数は5人。斬り抜けるのは、不可能ではない数だ。
その借りを返したいと思っていたんだが、まさかこんな好機が巡ってくるとはなあ!
お前が抱えているのは、イレ家の当主様だろう!戦場で、顔を見たから間違いねえ!
リヴェータだと気づかれた以上、いまさら言い逃れは不可能だ。
ジミーは、仕方なく剣を抜いた。
山賊たちがにじり寄る。ジミーはリヴェーダを片手で強く引寄せ、もう片方の手は剣を握った。
だが、山賊になど後れは取らない。
山賊の頭目らしき男が、剣をかざして向かってくる。
悪いが、ここで死んで貰うぜ!
***
ジミーの剣の腕前は、山賊たちの比ではなかった。
決して見栄えのする剣ではなく、常人離れした技量があるわけでもない。
だが、リヴェーダに付き従い、数多の戦場を渡り歩いてきた経験と、くぐり抜けた修羅場の数は、その辺りの雑兵の比ではない。
私の命。ジミーに預けたからね?
その言葉は、ジミーに勇気を与えてくれる。剣を握る手に自然と力がこもった。
3人目の山賊を斬り捨てた。
残るはふたりだが、山賊たちは、すでに怖じ気づいている。
命を奪う必要まではないと感じたジミーは、剣を収めた。
傷ついた仲間を抱えて大人しく引き下がれば、それ以上、追い打ちしないつもりだった。
山賊の集団が、こちらに向かってくる。数は、10を超えていた。
ジミーは、なにも言わずに馬を引っ張ってくる。そして、リヴェーダを抱え上げて背に乗せた。
逃げるなら、ジミーも一緒よ!
リヴェーダの言葉は、いつもジミーに切っ掛けをくれる。今までもそうだったし、今回もそうだった。
馬は高らかにいななき、山賊たちとは逆の方向に走り出す。
馬上でリヴェーダが、なにか言っている。けど、すべて無視した。
小さくなっていくリヴェーダを乗せた馬を見つめながら、これでいいと胸の中で繰り返した。
リヴェーダは、今やイレ家の領主であり、ケルド同盟軍の盟主だ。
いなくなると、このケルド島は戦乱に戻ってしまう。
大勢の人間が戦争で命を落とすだろう。
それを考えたら、ひとりの命ぐらい安いものだ。
ジミーは再び剣を握る。
馬群が砂塵を巻き上げながら迫ってきた。
地面を叩く蹄は、地上に打ち付けられるハンマーのようだった。
領主の娘であるリヴェーダと。
演奏家の子どもに過ぎない俺との間には、超えられない壁があった。
いくら憧れを抱いても、実際に手に取って触れることなど叶わない存在がリヴェーダだった。
そんなものだと思っていた。離れた場所から見つめるだけで、満足するべきだと思っていた。
皮肉にも、ルドヴィカの裏切りが、リヴェーダを手の届く花にしてくれた。
すべてを失ったリヴェーダは、非力なか弱いひとりの少女になった。
それまで彼女に従っていたものは、すべて離れていった。
領主の娘でなくなった彼女に、価値などないとばかりに……。
当時のリヴェータには、支えが必要だった。
お前を守らせてくれ。
story3 サンタの贈り物
馬は、リヴェーダの願いを無視して、走り続けている。
まるでジミーの意思が乗り移っているかのように止まらない。
昔、リヴェータには、数え切れないほどの友達がいた。遊び相手に困ることはなかった。
ルドヴィカもずっと一緒だった。片時も離れることなく、お互いを本当の姉妹のように信頼していた。
そのルドヴィカに裏切られた時、リヴェータはすべてを失った。
それまでリヴェーダを取り巻いていた大勢の友達もすべて去っていった。
でも、あいつは……。ジミーだけは、私から離れずにいてくれた。
いつもと変わらない仏頂面で、なにも言わずに私の傍にいてくれたわ。
それが、どれだけ心強かったか。
だから、こんなところで死なせたくないの!お願い!戻って!
リヴェーダの言葉が通じたのか、馬は前脚を高々と掲げて立ち止まった。
しかし、そこまでだった。熱に冒された身体は、すでに限界を迎えていた。
リヴェーダは、馬の背に寄りかかったまま、意識を失った。
剣は血に濡れて、切れ昧が鈍くなってきた。
足元に転がるのは、無数の山賊たち。しかし、斬った数と同数の山賊たちが、ジミーの目の前にいる。
息が切れる。剣を握る腕の感覚がなくなってきた。
それでも戦うことをやめなかった。一歩でも遠くへ、リヴェーダを逃すために剣を振った。
イレ家で謀反が起こり、リヴェーダの父が死んだことを聞いた父は、すぐにイレの地から逃げ出そうとした。
そういう男だった。
「俺と一緒に行く気はないだと?なぜだ!?
傭兵になりたいだと!?馬鹿野郎!
お前は、俺の息子だ。演奏家以外になれるとでも思ってんのか!?
……まさか、イレ家のお嬢様のところに行こうって言うんじゃねえだろうな?
やめておけ。親父さんが死んで、もうイレ家はおしまいだ。
あのお嬢ちゃんも、いつまで生きていられるか……。かわいそうだが、ほっとくんだな。」
父の考えは理解できた。ただ、俺はすでに自分の進む道を見つけていた。
こういう時だからこそ、俺はリヴェーダの傍にいたい。その気持ちに嘘はつけない。
だから俺は、父と決別することを選んだ。
「お前なんかに何かできる!?演奏家の息子風情が、騎士になんかなれっこねえ!
戻ってこい!」
たとえ、ここで命を落とす事になっても、父を捨ててこの道を選んだのだから本望だった。
振りかざされた刃物の向こうに、僅かな砂塵が見えた。
リヴェーダが、強引に手渡してきたもの……。それは、ヴァイオリンだった。