【黒ウィズ】黄昏メアレス Story1
目次
story1 夢と現実と狭間の都市
リフィルと呼ばれた少女は、じろり、と、その鋭い視線を傍らの女性に向けた。
女性――ルリアゲハは気にした風もなく、意味深な笑みを浮かべ、こちらにウィンクする。
リフィルの瞳が、再び君を捉えた。
ついていこう、と君は答えた。こちらとしても、彼女たちに尋ねたいことがいろいろある。
誰もが夢を叶えられるわけじゃない。諦めて、捨て去ることもある。
それが、ああなる。〈見果てぬ夢〉が。〈ロストメア〉になる。
君は、思わず息を呑んだ。
〈見果てぬ夢〉――あの怪物が、誰かの夢だったなんて。
〈ロストメア〉が〝現実〟に出るということは、その〈見果てぬ夢〉が実現することを意味する。
下手したら、夢と現実の境がなくなって、何もかも混沌に呑まれてしまいかねないの。
では、彼女たちはそれを防ぐために戦っているのだろうか?
〈メアレス〉――〈夢見ざる者〉だけが。
***
君たちは、逃げる〈ロストメア〉を追って、家屋の屋根を飛び石代わりに跳躍していく。
時折、〈ロストメア〉によく似た小さな怪物が行く手を阻んだが、君たちの敵ではなかった。
屋根の上を並走しながら微笑むルリアゲハに、君は、〈悪夢のかけら〉?と問いを投げる。
リフィルの言葉を受けて、君は前方の宙をひた走る〈ロストメア〉に視線を戻した。
壮麗な意匠の門が、遠くに見える。この都市のどんな建物よりも大きく重厚で、圧倒的な存在感を放つ、石造りの門だ。
答えた直後、ルリアゲハの右手がかすんだ。
響く銃声。弾ける銃火。撃った、と遅れて気づくほどの早撃ちだった。
ちょうど敵が屋根を踏み台に跳躍した瞬間、その背面に銃弾が直撃――体勢を大きく崩させ、屋根へと叩き落とす。
続けて、叫ぶリフィルの足元に魔法陣が生じた。そこから数条の光り輝く糸が現れ、指に巻きつく。
少女がそれをつかんで引くと――魔法陣から、骸骨めいた人形が、ずず、と引きずり出された。
君は思わず、ぞっとなった。現れた人形から、すさまじく濃密な魔力の胎動を感じたせいだった。
リフィルがすばやく糸を操るのに呼応し、人形の指が複雑怪奇な印を結ぶ。
すると人形の眼前に無数の小さな魔印が浮かび、そのすべてが迅雷の槍となってほとばしった!
千々の雷火に撃たれた〈ロストメア〉が悶え、苦しんでいる間に、君たちは距離を詰めた。
もはや逃げられぬと悟ったか――異形の怪物は、こちらを向いて起き上がり、低い唸りを発する。
聞くもおぞましい咆陣を放つ〈ロストメア〉。リフィルは眉ひとつ動かすことなく、糸を構える。
〈見果てぬ夢〉なら――らしく潰れろッ!!
***
腰だめに構えた銃に左手を添えるルリアゲハ――直後、その銃口が火の五月雨を噴いた。
狙いは定まらぬが、回避も難しい、怒涛の連射。2発が敵に直撃し、その突進を食い止めた。
ほんの一瞬の遅滞。ふたりの魔道士が魔法を放つには、充分な一瞬だった。
君とリフィルの魔法が閃いた。ふたつの魔力が、〈ロストメア〉の身体を十字に引き裂く。
〈ロストメア〉は、長く尾を引く痛ましい悲鳴を上げながら、ぐずぐずと崩壊していく……。
崩れゆく〈ロストメア〉から淡い光がこぼれ、少女の魔法陣に吸い込まれていく。
君とウィズが首をかしげていると、ルリアゲハが称賛の声を送ってきた。
どういう意味だろう?眉をひそめる君に、リフィルがじろりと視線を向ける。
いや、と君は首を横に振る。自分にも、夢がないわけではない。
……いや。ああも魔法を使いこなす時点で、〝ありえない〟なんて言っても仕方がないか。
どこか撫然として告げてから――
リフィルは、ひたり、と君を見据える。
ここは、そんな世界よ――魔法使い。
***
暮れなずむ都市の片隅に、ふたつの小さな影があった。
片方は、少女。華美なる衣装を身にまとい、あどけない口元に妖しげな笑みを刻んでいる。
片方は、異形。〈見果てぬ夢〉の成れの果て。生まれて間もない幼き〈ロストメア〉。
まださほどの力もないとはいえ、人間にとってはれっきとした脅威の塊――にもかかわらず、少女は慈しむような手つきで異形を撫でていた。
春に舞う花弁のような唇から、甘く愛らしい声音がこぼれる。
「あなたの夢、叶えさせてあげる……。」
微笑む少女の瞳に、ぞっと魔性の色が差す。
すると――その手から禍々しい魔力が放たれ、〈ロストメア〉の身体へと流れ込んでいった。
story2 SUNSET
――1年前――
都市の中央に築かれた、巨大にして荘厳なる門。
その上に、ひとりの少女が立っている。
「…………。」
時は黄昏。眼下、黄金色に照らし出された街並みでは、人々が忙しなく行き交っている。
「そうやってばかりいるから、〈黄昏(サンセット)〉なんて呼ばれるのよ。」
不意に後ろからかかった声に、リフィルは目線だけを振り向かせた。
「〈墜ち星(ガンダウナー)〉ルリアゲハ……。だったかしら?」
「あら。覚えておいてくれた?」
「寸前で獲物を横取りされれば、嫌でも。」
「まだ、ここの作法がよくわかってなかったの。悪いことしちゃったと思ってるわ。」
両手を合わせて頭を下げる、という風変わりな動作で謝辞を示してから、ルリアゲハはリフィルの隣に並んだ。
「いつもこうして〈ロストメア〉を探してるの?」
「奴らはこの時間帯にしか門を潜れない。必然、黄昏時ほど妙な動きが見えやすくなる。
「なーる。逢魔が時、ってわけ。」
「……逢魔が時?」
〝魔〟という言葉に、リフィルは思わず反応した。
「大禍時……転じて逢魔が時ってね。あたしの故郷じゃ、この時刻をそう呼ぶのよ。
だんだん薄暗くなって、影が濃くなる時間。怪しの者が現れ、活動を始める時刻……。
〝誰そ彼〟とも言うわ。暗さが人の見わけをつかなくさせる。魔がまぎれこんでも気づかないくらいに……。」
「なるほど――言い得て妙ね。」
リフィルはスッと目を細め、眼下の通りを指差した。
「それは、ああいうモノと遭遇しても気づかない――ということを言うのね、きっと。」
小さな何かが、家から長く伸びる影の連なりに溶け込んで、そろそろと門に向かっている。
「〈ロストメア〉……!」
「繋げ、〈秘儀糸(ドゥクトゥルス)〉!」
リフィルは即座に魔法陣から人形を現し、門を飛び降りた。
人形に抱かれ、鮮やかに着地――人々の驚く顔を振り切って、見つけた敵へとひた走る。
ふと、横からの風が頬を叩く。
見ると、ルリアゲハが真横を並走しながら、にやりと笑みを送ってきていた。
「ねえ、〈黄昏(サンセット)〉手を組まない!?」
「手を!?」
「あたしとあなたが手を組んで、いっしょに戦う!そうしたら勝率も上がるってものでしょ?」
「報酬の分配は!?」
「あたし、魔力はいらないから!報奨金さえもらえたら、魔力はそっくりあなたにあげる!」
「ふぅん――意外と悪い話じゃないわね!」
「おっ、好感触?」
「ただし、ひとつ条件があるわ!」
ふたりは、同時に立ち止まった。
通りの向こう――影に隠れて移動していた〈ロストメア〉が、ぎょっと立ちすくんでいる。
「あなたの実力――まだ、測りきったわけじゃない。」
「それはこちらも同じこと!」
ふたりは、同時に得物を構える。
「それじゃあひとつ、見せ合いっこといきましょうか!」
雷撃と銃声が〈見果てぬ夢〉へと宙を馳せる――
story3 〈夢見ざる者〉たち
陽が沈み、夜となった。
あちこちの街灯が自動的に点灯し――なんでも、〝ガス灯〟というものらしい――真昼のような明るさで通りを照らし出す。
これなら灯りを持つ必要もないと君は思ったが、リフィルたちが案内してくれたのは、街灯などない路地裏だった。
ふたりは見るからに半信半疑ながらも、この世界のことについて知りたい、と言う君に、最適な人物を紹介してくれるそうなのだが――
ロウソク入りのランタンを手に路地裏を進みつつ、ルリアゲハは苦笑した。
アフリト翁!聞こえていて?
低い笑い声が響いたかと思うと、路地裏の物陰から、奇妙な風体の男が現れた。
〝翁〟と呼ばれるには年若く見えるが、その口調や物腰には、底知れぬ老練の風情がある。
まるで気配を感じさせなかったことといい、君のことをすでに知っていることといい、どうやら、ただ者ではなさそうだ。
失われた魔法を使い、夢を持ちながらにして〈ロストメア〉と渡り合う……。
この世界とは違う理、異なる法則の下に生まれた身であるなら、納得がゆかぬこともあるまい。
それは、クエス=アリアスでも、あんまりないことなんだけど……。
〈メアレス〉とともに〈ロストメア〉と戦ってくれるなら、おまえさんたちの生活費はわしがまかなおう。
にこにこ――と言うには不気味な微笑。リフィルが、いぶかしげに眉をひそめた。
取り分?と君は尋ねる。
先ほどは、リフィルだけが〈ロストメア〉の魔力を手に入れていたようだったが……?
クエス=アリアスの魔道士なら、魔力が減っても、自然と回復する、と君は説明する。
ぽつりとつぶやき――リフィルは、軽く吐息した。
じゃ、とりあえず、あたしたちが住んでる借家に、ご招待するとしましょうか!
***
道中、〈悪夢のかけら〉に何度か遭遇したことで、リフィルたちは表情に緊迫の色を宿していた。
路地裏を疾走することしばし――やがて、君たちは戦いの場に遭遇した。
男と少女のふたり連れが、〈ロストメア〉と対峙している――
大量の剣を背負った少女が片手剣と短曲刀を投げ――男の双手が、それらを鮮やかにつかみ取る。
はあッ!!
異形の腕を短曲刀で受け流しざま踏み込み、真っ向一閃、片手剣で強烈な斬り下げを見舞う。
さらに肉薄――両の剣を〈ロストメア〉に深々と突き立てるや、それを踏み台に跳び上がった。
背から独りでに鞘走る2振りの大剣を、少女は小石のように軽々と投じてみせる。
男は宙で大剣2振りを受け取り、そのまま落下。〈ロストメア〉の頭上から全体重を乗せて貫く!
串刺しにされた〈ロストメア〉が、痛ましい絶叫を上げる――
ゼラードの果敢な剣撃を受けてなお、〈ロストメア〉は動きを止めず、反撃を繰り出す、
流れるような動作でそれをかわし、後退しつつ、ゼラードは不敵な笑みを浮かべた。
4本の剣を突き刺された〈ロストメア〉は、怒りに猛り、ゼラードに向かっていく。
見過ごすわけにもいかない。君は、カードを構えて戦場へと駆け出した。
ゼラードが敵の攻撃を回避した直後、君の魔法が詐裂。〈ロストメア〉を吹き飛ばした。
〈ロストメア〉が、牙を剥く!
***
切っ先が平たく広がった剣を受け取っての一撃。孤月もかくやという鮮鋭なる斬閃が、敵を断つ。
それが致命傷となったのか、〈ロストメア〉は痛ましい声を発しながら溶け消えていく……。
ゼラードは、不機嫌そうに君を見やった。
コピシュが〈ロストメア〉の魔力を吸収し、剣を回収するのを待ってから、ルリアゲハが説明してくれた。
事情?
だから、同業者が先に戦ってて、かつ勝てそうなら、手出ししないのが暗黙の了解なのよね。
興味津々という様子でウィズを眺めるコピシュ。
君も〈メアレス〉なの?と君が尋ねると、コピシュはうなずき、はきはき答えた。
コピシュは君とウィズに向き直り、ひょこん、と深く頭を下げた。
……と。君は、リフィルが、じっとこちらを見つめているのに気づいた。
見つめ返すと、少女はわずかに眉をひそめる。
それが、あなたの世界の魔道士の流儀……ということ?
君はうなずく。
困っている人を助けるのは、魔道士ギルドに属する魔道士たちの使命と言っていい。
複雑な表情でつぶやき、きびすを返すリフィル。
その姿に、君は気になっていたことを思い出す。
魔道の廃れたこの世界で、どうしてリフィルは、いや、彼女の〈人形〉は魔法を使えるのか。
彼女はどうして、〈夢見ざる者〉となったのか。
陰深き、路地の奥。
その闇のなかに、ふと半月が咲いた。
「撒かれた種が、まずひとつ……。実験は成功と見てよさそうね。」
闇と一体化するように、じっとしていた少女が、ニィ、と唇を歪めたのだった。
雲の衣をまとって朧にかすむ月を見上げ、少女は満足げなつぶやきをこぼす。
「なら、いよいよ本番といきましょうか……。」
振り向く少女の、視線の先で――
1体の〈ロストメア〉が、ぎぃ、と鳴いた。
story4 GUNDOWNER
腰だめに構えた拳銃から六連射。
見事に命中――弾丸の直撃を受けた〈ロストメア〉が倒れ、溶け崩れてゆく。
お見事、と君はルリアゲハに声をかけた。リフィルは敵の魔力の回収に向かっている。
ルリアゲハは、いったいどうしてそんな技を身に着けるに至ったのだろう?
どうして国を出たの?と訊くと、ルリアゲハは苦笑を浮かべた。
あたしが戦の準備をしてる一方で、妹が、平和的・政治的な解決方法を模索していたの。
そうしたら家臣たちが、あたし派と妹派で割れて、その隙を敵国に突かれそうになってねえ……。
だから、あたしが国を出たのよ。内乱を未然に防ぎ、妹の交渉を成功に導くために……ってね。
遠くを見つめて、ルリアゲハは小さく笑った。
国を守り、民を守る。それがあたしの夢で、だからあたしはとことん武芸を磨いてきた。
でも、冷静に考えたら、間違いだった。妹の考えの方が、正しかったのよ。
産業が発達した今の時代、より性能のいい兵器をより多くそろえた方が勝つ……。
あたしはそれに気づかず、力で乗り切ろうとしたけど……妹は理知と策とで戦いを回避しようとした。
だからね。これからのことを考えれば、あの子に任せた方がいいって、そう素直に思えたのよ。
ウィズが、わずかに目を細めた。
それでルリアゲハは国を出奔し、流れた果てにこの都市に来た、ということらしい……。
夢見ざる〈メアレス〉となったのも、〝国を守り民を守る〟という夢を失ったからなのか。
あたしの夢は、預けてきたの。あの子に……あの子なら、きっとうまく叶えてくれるって信じて、ね。
その分あたしはここで戦う。万が一にも〈ロストメア〉が現実に出て、国に害をなさないように。
だから、今の自分を悲観しちゃいないわ。夢はなくても、楽しくやれてる。
そう言って、ルリアゲハはぱちり、と鮮やかなウィンクを飛ばした。
story5 夢の印刷技術
通りを歩いている最中、ふとリフィルが、道端の少年の手から紙束を受け取った。
少年に硬貨を投げてから、ざっと紙束に目を通し、柳眉をひそめる。
君は、その紙束はなんなのか、尋ねてみた。文字や図柄で埋め尽くされているようだが……。
しかも、それを貨幣1枚の値段で売っている。君とウィズは、驚きに顔を見合わせた。
こんなものを大量に作るとなれば、かなりのコストがかかるはずだ。あの値段で出回るとは信じがたい。
印刷機を使えば、同じ書面を大量生産することができるのだ、ルリアゲハは説明してくれた。
ふたりは当たり前のことのように話しているが、君からすれば、驚きの技術だ。
君の肩の上では、ウィズがヒゲを震わせ、感動に目をうるませていた。
ふたりの話を聞いて、ウィズは、バッと君に振り向いた。
ああ。猫になっても師匠は師匠。クエス=アリアス筆頭魔道士〈四聖賢〉がひとり。そのウィズの魔道士魂がこんなにも燃えている!
偉大な師を持った誇らしさに、君も、胸がじんと熱くなるのを感じずにはいられなかった……。
その後しばらくウィズは燃えていたが、印刷機の値段(市民では手が出せない)を知り、早々にしょぼくれたのだった。