【黒ウィズ】黄昏メアレス Story2
目次
story6 夢を持たずして生きる
この都市に来て、数日。
リフィル、ルリアゲハとの何度かの共闘を経て、〈ロストメア〉相手の戦いにも慣れてきた。
そんなある日、君はルリアゲハに誘われ、昼食を共にすることとなった。
多くの市民や馬車の交通を潜り抜け、おいしそうなにおいがする方へ歩いていく。
今日は〈メアレス〉の仕事はないのかにゃ?
毎日毎日〈ロストメア〉とやり合ってたら、疲れちゃうからね。今日はオフってトコ。
リフィルも連れて市内観光……と思ったんだけど。あの子、どこに行っちゃったのかしら。
首をひねるルリアゲハについて、行きつけの定食屋とやらに足を踏み入れると――
らっしゃーせー。
噂の本人が、淡々と注文を取りに来た。
……………………いや。あのちょっと。なにやってんの、リフィルさん。
バイトよ。
そこまでお金に困ってるんだったら、さすがにちょっとは融通するわよ!?
じゃなくて。この店、安いし早いし、その上、おいしいでしょ?
だから、その調理技術を体得するために、こうして弟子入りしているのよ。
……さようで。
なんと言っていいやらわからないという顔をするルリアゲハの後ろから、大柄な体躯の男が店に入ってくる。
あー、ハラ減った。メシ、メシ……。
らっしゃーせー。
……待て。いったい……何が、起こっている……?
せっかくなので、セラード、コピシュと同じ卓につき、適当に注文を頼んだ。
リフィルさん、お料理が趣昧なんですか?
趣味っていうか……〈ロストメア〉退治の報奨金、全部あたしがもらってるからねぇ……。
それで、生活費を切り詰めに切り詰めた結果、安い食材で料理を作るのにハマっちゃって……。
しかし、切り詰めるって言ってもよ、それじゃいつか金も底をつくんじゃねえのか?
アフリト翁に頼んで、魔力の一部を換金してるの、ぎりぎり食べていけるくらいの量だけどね。
魔力はなるべく売りたくないの。はい、ローストマトンのカレー和えとボイルドライス、お待ちどう。
リフィルが見慣れない料理を運んでくる。
ゼラードは、置かれた皿にナイフを伸ばしながら、あきれたようにリフィルを見上げた。
おまえさんねえ……夢を持たねえって言っても、そこまでストイックじゃなくてもいいだろうよ。
お父さん、ナイフで直接お肉食べない!
苦手なんだよ……フォークとか。
そうなの?と君が尋ねると、ゼラードは苦笑した。
生まれてこの方、剣術一筋でな。剣の類なら、なんでも扱えるんだが……。
剣以外は、ぜんぶダメなんです。
……そこまで言う?
…………。
情けなさそうな顔をするゼラードを、リフィルが無言で見つめた。
その視線に気づいたゼラードは、すねたように唇を尖らせる。
なんだよ、〈黄昏〉の。魔術バカのおまえさんだって似たようなもんだろ。
……そうね。似てるわ。確かに。
リフィルが答えた。真剣な声音だった。ゼラードは、怪冴げに眉を寄せる――
すみませーん!おー、みんないるいるいる!
そこに、見知らぬ少女が元気よく割って入った。
ミリィ?何かあったの?
いやそれが、出てまして!めっちゃでかい〈ロストメア〉がラギトさんが食い止めてんです!
でもひとりじゃ無理だったんで、あたしがみなさんを呼びに来たんですよ!
なるほど。この子も〈メアレス〉なんだにゃ。
はいはいそうですええええ猫しゃべったー!?
仰天するミリイをよそに、〈メアレス〉たちが食事を置いて立ち上がる。
人が食ってる最中に来るたあ、気の利かねえ〈ロストメア〉だぜ。
行くぞ、ルリアゲハ、魔法使い!
今日はオフじゃなかったにゃ?
相手の方から来るなら別!〈戦小鳥(ウォーブリンガー)〉、案内を!
異名で呼ばれたミリィは、あわててこくこくうなずいた。
うすうす!こっちっす!
***
都市を貫く川にかかった、巨大な橋。ミリィの案内で、君たちはその中央を目指す。
案の定、〈悪夢のかけら〉が道を阻んだが――
とぅあっ!せいっ!!
ミリィは軽快な動きで〈かけら〉どもを翻弄し、手にした巨大な杭打機を叩き込んで、着実に仕留めていった。
君がその鮮やかな手並みを称賛すると、ミリィは走りながら照れ笑いする。
やー、あたし、これしか能がないんすよー。
夢はファッションデザイナー!だったんすけど、芸術のセンス?みたいのがぜんぜんなくって。
なのに、なんでかこういう才能はあったもんで、傭兵とかやってるうちに、流れ流れてこの都市へ。
とまあ、そんな感じで〈メアレス〉やってんです。夢がない奴、大歓迎!って話だったんで。
あはは、と笑うミリィの姿に、君は複雑な思いを抱いた。
〈メアレス〉――〈夢見ざる者〉。夢を持たぬがゆえに、〈ロストメア〉を叩き潰せる戦士たち。
あまりに突飛な話だったから、そういうものだと言われて、そういうものかと納得していた。
だが、考えてみれば――〝夢を持たぬ〟というのは、こういうことなのだ。
望んだ未来を。描いた希望を。心の底から欲した願いを、手に入れ損なって。
だからと言って、新たに別の夢を見るなんて、そんな器用なこともできぬまま――痛みを抱えて、生きていく。
リフィルやルリアゲハも、ミリィのように夢破れ、それで〈メアレス〉として戦っているのだろうか。
そんな自分を――いかなる夢も見ることなく生き、戦う道を――受け入れているのだろうか……?
いたわ!確かに大きい……!
リフィルの声が、君を我に返らせた。
橋の中央――ひとりの少年が、家ほどもあろうかという〈ロストメア〉の進撃を食い止めている。
――はぁあぁあああああぁぁああッ!
驚くべきことに、彼は影めいた禍々しい魔力を全身にまとい、正面から敵とぶつかり合っていた。
煙突ほどもある拳を強烈に打ち返したところで、凛然たる美貌がこちらを向く。
来たか。悪いが、力を貸してくれ。この〈ロストメア〉、ずいぶんと手に余る。
最強の〈メアレス〉と名高い〈夢魔装(ダイトメア)〉が、泣き言か。
最強云々の方は前から返上を検討しているんだが、申請先がわからなくてな。
リフィルの皮肉に、ラギトは鷹揚な笑みを返した。
さておき、ひとつ共闘と洒落込みたい。報酬は、とどめを刺した者の総取りということで、どうだ?
首を落とした者勝ちね。
面白いじゃない。
あたしはぜんぜんオッケっす!
妨害はアリか?
お父さん!
最後に君がうなずくのを見て、ラギトは静かに敵へと向き直った。
噂の魔法使いもいるなら、心強い。これ以上の被害が出る前に、ここで叩く!!
***
君と〈メアレス〉たちの総攻撃を受けてなお、〈ロストメア〉は動きを止めず、暴れ回る。
外殻が硬すぎる……。斬った張ったは通じないか!
銃もダメね。でも、リフィルと魔法使いの攻撃は、通っているように見えない!?
物理的な攻撃には強くても、魔法には耐性がないのかも!
なら、攻撃はふたりに任せよう。俺たちは援護を!
ラジャーっす!きりかき回すのは十八番なんで!
癩は癩だが、倒せねえよりはな!
任せるわよ、魔道士のおふたりさん!
〈メアレス〉たちが一斉攻撃を開始する。君とリフィルの詠唱の時間を稼ぐために。
代わる代わる攻撃し、注意を引くゼラードたち。即席とは思えぬ連携で〈ロストメア〉を翻弄する。
見事なチームワークだと、君は感じた。互いの実力を信頼し合っていなければ、こうも背中を預け合うことはできない。
基本的には商売敵とはいえ、共通の敵と戦う者同士、彼らにしかわからない絆というものが、あるのかもしれない。
そんな話はいいから。手を貸せッ、魔法使いッ!
最大の魔術の詠唱に入る君たち――その挙動を察したか、〈ロストメア〉が長い触手を伸ばす。
しゃらくせえッ!パスタード、二刀ッ!
アイアイ!
両手に長剣を携え、割って入るセラード。馳せる刃風が、無数の触手をなますに刻む。
不意に、その動きが鈍った。
――う!
瞬間の隙。薙ぎ払われた触手がゼラードを直撃。男は木端のように跳ね飛ばされ、石造りの橋の上を激しく横転する。
お父さん!
平気だッ……!リフィル、魔法使い!やっちまえっ!!
ゼラードの声を背に受けて、君とリフィルは、ほとんど同時に魔法を放った――
〈ロストメア〉の消滅を確認し、〈メアレス〉たちは安堵の息を吐いた。
はぁ~、勝ったぁ~……。やー、魔法使いさん、いい腕してんですね!
まったくだ。助かったよ、魔法使い。改めてあいさつをさせてくれ。ラギトという。
ラギトの全身にまとっていた魔力が、肌に沁み込むようにして消えていく。
その禍々しい魔力には、覚えがある。君の表情からそうと察したのか、ラギトは軽く苦笑した。
気づいているようだが、〈ロストメア〉だ。
手違いで同居を許してしまってな。家賃代わりに、力を使わせてもらっている。
よく言うわ。完全に飼い慣らしてるじゃない。並みの精神力じゃ意識を食い尽くされてるとこよ。
図太いのが取柄でね。細かいことを気にしなければ、誰でもできる。
身体に棲みつかれるってのは、〝細かいこと〟レベルじゃないと思うんですけどねえ……。
わいわいと盛り上がるミリィたちをよそに、君とリフィルはゼラードのもとへ向かった。
ようやっと身を起こしたゼラードを、コピシュが心配そうに支えている。
……らしくないわね、〈徹剣(エッジワース)あなたが剣を使って遅れを取るなんて。
メシ食ったばっかで運動したもんだから、ちょいと脇腹が痛くなっちまったのさ。
軽口を叩くゼラードに、リフィルは嘆息した。
……まったく。いちおう礼を――
なあ、〈黄昏(サンセット)〉。
……何かしら。
いつか言ってたな。おまえさん、魔道士の家柄に生まれて、ずっと魔法ばっか習ってきたってよ。
リフィルは、怪冴げに眉をひそめた。
……そんな私が、剣ばかり習ってきたあなたと似ている――と?
ま、な。
似ているから、なんだっていうの。
ひとつの技だけ磨いてると、こういう不器用な人間になっちまうぞ、って話さ。
だから、まあ、いいと思うぜ。バイトすんのも。なんなら、そのまま料理人になったってな。
〈メアレス〉なんてなァ、別に好きでやってるもんじゃない。〝そうなっちまった〟ってだけのこった。
別の夢を持てそうなら、その方がいいってもんさ、なあ?
そうやって、同業者を減らそうって魂胆?
ま、それもある。
あいにく、夢は見ない。それに、そういう心配なら不要よ。
私、フォークもナイフも、スプーンだって使えるもの。
そういう話じゃねえっっつうの。
口を〝へ〟の字にするゼラードの隣で、コピシュが、くすくすと笑っていた。
***
「〝種〟の反応が消えた……ふふ。リフィルがやってくれたみたいね。」
何を照らすこともない闇のなか、少女がうそ笑む。
「アストルムの〈秘儀糸〉も張りきった。あとは障害を取り除くだけ……。」
つと、凍える瞳を真横に向けて――少女は期待に笑みを濃くした。
「さあ、出番よ。せっかくだから、ことのついでに〈メアレス〉を1人、排除してもらおうかしら。
見限られた夢として……復讐を果たしなさい。あなたを捨てた本人に……。」
story7 EDGEWORTH&ARSENAL
――半年前――
ブロードソード!カットラス!
アイアイ!
コピシュが投じた剣を、ゼラードが宙で受け取る。
成功っと!どうよ、〈黄昏(サンセット)〉。コピシュの魔力の扱いはなかなかのもんだろ。
リフィルは、大きなパンをほおばりながらうなずいた。
ふぃっふぁい、ふぁいしふぁももめ。ふぇも、もうひょっふぉふゅうふゅうふぉ――
……そのパン、授業料なんだからさあ。授業終わってから食ってくんねえかなぁ……。
まだコントロールにムラがあるわね。糸を端から端までピンと伸ばすようなイメージを持ちなさい。
何事もなかったかのように言いやがる……。
でも、魔力の使い方を学んでどうするの?この子も〈ロストメア〉と戦わせる気?
まだ前にゃ出せねえよ。けど、俺に剣を飛ばしてくれるくらいなら、いいかと思ってな。
お父さんは剣さえあれば無敵ですけど、剣がなかったらなんにもできないですから!
おまえも笑顔で言うよねえ……。
ねえ、リフィルさん。練習を続けてたら、いつか魔法を使えるようになりますか?
無理ね。魔法は技術であると同時に学問よ。発動にあたっては相応の知識が必要となるわ。
仮にその知識があったとしても、師から〝コツ〟を教わらない限り、使えないとも言われている。
さすがに〝コツ〟までは教えてくれねえってか?
私も知らないのよ。魔法の技は、とうに失われてしまっているんだから。
あ、そっか。それであの人形を使ってる、って話でしたもんね。
わかりました。じゃあ、単純に魔力を使うだけでどこまで便利にできるか、がんばってみます!
そうすりゃ、戦い以外にも食ってく手段ができるかもしれねえしな。
あなたとは違ってね。
うるせえやい。
でも実際、念動の初歩はほとんど押さえたから、ゆくゆくは湯を沸かすくらいできるかもしれない。
って、剣飛ばすより湯を沸かす方が難しいのかよ。
あなた、手でお湯を沸かせる?
できるわけねえだろ!
そういうことよ。念動自体は、魔力を使う技術としては最も簡単なものにあたるの。
わかるようなわかんねえような――
とにかく、今は念動の精度を高めるのに集中。そうして魔力を制御する感覚を肌で覚えなさい。
はい、先生!
明日からはレッスン2に入るわ。難しさは2倍。授業料も2倍よ。
はい、先生!
ちょっと先生!?おい、それレッスンいくつまであるんだ!?
…………。
究極的には108くらいね。
嘘つけ!!それ単にパンいっぱいほしくて言ってんだろ!!
そうだとも!!
屈しねえ女だなおめえは!!
story8 見果てぬ夢とは
はいよ。〈ロストメア〉退治の報奨金だ。受け取りな。
ひのふの……っと。あら、まあまあね♪リフィル、今日何かおごったげよっか。
だから、そういうのフェアじゃないって――
……おや?黒猫の魔法使い殿は,何やら不思議そうな顔をしているようじゃないか。
君はうなずく。
〈ロストメア〉退治の報奨金は、アフリトが払うことになっているのだろうか?
まあな。といって、わしが私財を投じておるわけじゃあない。
そもそもこの都市は〝外〟の各国からの援助を大いに受けて成り立っておる。
〈メアレス〉への報奨金も、そこから出ておるというわけだ。わしはただの窓口よ。
外の国々としちゃ、〈ロストメア〉が現実に出てくるなんて願い下げなわけよね。
だからこの都市を築き、〈ロストメア〉進出を防ぐ砦の役割を持たせた……とは聞いているけど。
実際に〈ロストメア〉が現実に出たら、いったいどうなってしまうのだろう?
〈見果てぬ夢〉が現実化すると同時に、あるべき摂理に異変が生じると言われておる。
〝物がまっすぐ落ちなくなる〟とか、〝海が塩辛くなくなる〟とか……。
〝雨がやまなくなる〟、〝石がしゃべりだす〟、〝魚が空を泳ぐ〟、なんてこともあったそうね。
むちゃくちゃにゃ……。
たいていは局所的かつ一時的な現象だけど、影響が残っちゃうところもあるらしいの。
〝逆巻く滝〟なんかが有名ね。滝の水が下から上に登るって、それだけなんだけど。
観光名所ができるくらいで済めば御の字だが、実際には何が起こるやらわからんのでな。
最悪の事態を防ぐためにも、各国は〈メアレス〉への援助を惜しまぬというわけだ。
世の理が乱れちゃうだけじゃなく、危険な夢が実現しちゃってもマズいしね。
危険な夢?どういうのにゃ?
いちばん危なかったのだと、んー……。〝志半ばで死んだ帝王の夢〝かしら。
あれは大変だったな。なにせ、夢が〝世界征服〟だ。
万が一にも実現させるわけにはいかないって、〈メアレス〉が総動員されたわね。
おかげで、機に乗じた小さな〈ロストメア〉何体が現実、に出てしまってな。
それはそれで、後処理に苦労したらしい。
待って、と君は声を上げた。
〝志半ばで死んだ帝王〟の〝世界征服の夢〟……。それが〝現実〟に出たとしても、その帝王がいない以上、夢は叶わないのでは?
ところが、そうならんのが、〈ロストメア〉の厄介なところでな。
夢を抱いた者が生きていようがいるまいが、〝現実〟に出れば、その夢は叶う。
先はどの件で言うなら、〈ロストメア〉が〝現実〟に出た瞬間――
死んだはずの帝王が今ある世界を支配している、というふうに世界自体が変わってしまうわね。
帝王が生き返るってことにゃ?
本人が生き返るわけじゃない。
夢の副産物として、新たに出現するのよ。〝帝王本人としか思えない人間〟がね。
むちゃくちゃにゃ……。
2度目の言葉に、アフリトが笑う。
そう。むちゃくちゃよ。だから、この都市には〈メアレス〉が必要なのだ。
〈メアレス〉同様〈ロストメア〉と戦える、おまえさんたちもな。
story9 この都市って……
すっかり行きつけになった定食屋で、君は〈メアレス〉たちと昼食を取っていた。
魔法使いさんも、すっかりこの都市に慣れたって感じすかねー?
俺たちも、猫がしゃべるってのにゃずいぶん慣れた気がするぜ。
……気になってたんだけどにゃ。
なんですか、ウィズさん?
「この都市」「この都市」って言ってるけど、名前とかないのかにゃ?
なぜか、一瞬、沈黙が降りた。
えーっと……あったようななかったような……あるともないとも言えない的な……?
そりゃ、あるに決まってんだろ。なあ、コピシュ。なんかこう……あったよな?
先生!先生ー!!
ライス・プディング、お待ちどう。
リフィルが、ミルクで煮て甘く味つけしたライスをテーブルに並べていく。
で、都市の名前、なんだっけ?リフィル。
〈ロクス・ソルス〉よ。〝孤高の地〟というような意味ね。
おう、そうだそうだ、それだよそれそれ。いや、わかっちゃいたんだ。腹まで出てきたんだがな。
それ、ほとんど出てきてないです、お父さん。
この都市に住んでいると、なかなかよそを意識することはないからな。都市の名は忘れがちになる。
4択で出されたら、たぶんわかるんですけど~。
そういうもんかにゃあ……。
じゃ、ひょっとして、あの門にも、ちゃんとした名前があったりするかにゃ?
再び、沈黙。
あるやもしれぬ、ないやもしれぬ。それを決めるはおぬし自身の心やもしれぬ……。
なんだっけなー。なんかあったんだよなー。腸のあたりまで来てんだけど。〝ナンカ・アッタナ〟とかなー。
ティーチャー!ティーチャー!!
ベリータルト、お待ちどう。
頼んでねえぞ!?
お手つきしたでしょ。――だからよ。
なんですと!?何ルールすかそれ!?
この店の伝統的な遊戯だそうよ。
初耳ですよ!?けっこー来てますけども!
で、門の名前は?リフィル。
〈デュオ・ニトル〉よ。〝ふたつの光〟という意味ね。
あ?そんなんだっけ?
…………。
そっと料理を積んでいくなよ!!くっそ、いくらだこれ……!
ひぃいいいい、このシステム懐に厳しいい……!!
〝ふたつの光〟の交わる刻限――遠回しに〝黄昏〟を指しているわけだな。
〝トワイ(ふたつの)ライト(光)〟と同じってことね。
――お会計はこちらよ。
えっ、ちょ、今ので抜けれんの!?
さあ、猫。次の問題を。
4択!せめて4択でお願いします!せめてせめて!!
俺もうしゃべんねえからな!あとぜんぶコピシュが答えるからな!!
というかリフィルさん、ウィズさんのこと、〝猫〟って呼んでるんですねえ……。
喧噪のなか、ウィズはあきれたようにつぶやいた。
……なんでこんなことになっちゃったにゃ?
さあ……。
story10 WARBLINGER
オフの日――都市をうろついていた君とウィズは、服屋から出てくるミリィとばったり出くわした。
あ、どもっす、魔法使いさんと猫さん!
服を買っていたの?と訊くと、ミリィは照れたように笑った。
いやぁ……見てただけです。あたし、私服のセンスが死ぬほどない、ってよく言われるんで……。
でも、その服はいいと思うけどにゃ。
これ、昔の学校の制服なんですよ。無難なもんで、ついつい着回しちゃってて……。
話しながら軽くぶらつき、オープンカフェに入って飲み物を頼んだ。
テーブルに向かい合い、ちらりと話を振ってみる。
ファッションデザイナーの夢に未練はないか、ですか?
あまりにもセンスがなかったから諦めた、と、以前彼女は言ったが……。
いや、ホントなかったんですよ。これがもうホントにマジで。
あたし、孤児だったんで。昼の学校に行くのに、夜、工場で働いて学費を稼いでたんですけど……。
ずっと着たきりスズメだったから、いろんな服を見てはあこがれて、いいなあ、って思ってて……。
そのうち、いつか自分で服をデザインする仕事に就きたい、ってなったんです。
立派な夢にゃ。
えへへ、ありがとうございます。
でも、服飾をちゃんと学ぶには、ちょっとお金が足りなくって……。
そしたらですね、街で服飾デザインコンテストが開かれることになったんですよ。
ここで優勝したら夢を叶えられる!そう思って、空いてる時間で応募デザインを考えて……。
で、出したんですけど……。
だめだったにゃ?
まー、普通に落ちまして。
残念だったね、と言うと、ミリィは、うーん、と複雑そうな表情になった。
落ちたってだけだったら、また挑戦しようかって気にもなったと思うんですけど……。
ただ、その日、工場に暴漢が来ましてねえ……。
なんかいろいろ危なそうな人だったんですよ。銃とか持ってて。いろいろわめいてて。
危なそうっていうか、危ない人にゃ!だいじょうぶだったにゃ?
あ、はい。サクッと取り押さえましたんで。
……にゃ?
格闘技ー、とか、武術ー、とか、やってたわけじゃなかったんですけど。
どうもあたし、戦いのセンスっていうか、間の取り方みたいのが抜群にうまいらしくて。
なんか、サクッとやっつけちゃえたんですよ。
なら、良かったにゃ。
やー、それが……。
「暴漢を取り押さえた英雄少女!」って新聞に乗ったんですけど……。
「これが英雄少女のデザインだ!」って、超ダメだった応募作も載せられちゃったんです。
で、「あまりにひどい」「本当に服か?」と、新聞に載るなり街中で笑いものになる始末……。
そ、それは……なんというか、不憫にゃ……。
いや、もう……街中の人に「これはひどい」って言われりゃ、そりゃあきらめもつきますよ。
逆にあたしの戦闘の才能に目をつけた人が現れて、しばらく修業したりなんだったりして……。
いろいろやっているうちに、流れ流れてこの都市に来ちゃった、って感じですね、はい。
なんと言葉をかけたものか、と君が迷っていると、ミリィはあわてて、ぶんぶんと手を振った。
ああ、お気になさらず!そりゃあたしも当時はヘコみましたけど、今は平気ですんで!
夢を叶えられなかったのは残念ですけど、いちおうこうして手に職あるわけで、ええ……。
その瞬間、路地の向こうで悲鴫が聞こえた。
〈ロストメア〉か――と思って振り向くと一台の馬車が通りを爆走してくるのが見えた。
「ば、馬車強盗だぁーっ!!
ミリィが、ぐいとコーヒーを飲み干した。杭打機を手に、勇ましく立ち上がる。
行くの?と訊くと、彼女は、二カッと白い歯を見せて笑った。
〈ロストメア〉相手じゃなくても、こういうの、あたし、ほっとけないんで!
お代をテーブルに放り投げ、疾風の速度で馬車に突撃していく。
夢破れた少女の背中は、それでも、確かな誇りに満ちていた。
story11 DIGHTMARE
黄昏時――都市の中央に築かれた門から、大量の荷物を載せた馬車がぞろぞろと現れる。
あれは、〝現実〟の側から来た馬車なのかにゃ?
お察しのとおりさ、黒猫殿。
小さく笑いながら、ラギトが歩み寄ってくる。
あの門は黄昏時だげ通行可能、になる。
だからこの時刻になると、〝外〟からの隊商が雁首そろえてやってくる。
荷物は何を積んでるにゃ?
いろいろあるが、いちばんは食糧だ。ここは、〝外〟からの供給にすべてを頼っているからな。
あとは、人だな。〝外〟に居づらくなった人間が、新天地を求めてよく来る。
ひょっとして、ラギトもそうなのだろうか?
いや。俺はこの都市の生まれだ。両親はそのたぐいだったが。
ゼラードなんかとは比べ物にならないろくでなしでな。俺を金儲けの道具にしようとしていた。
たまらず早々に家出して、路地裏暮らしを始めた。
それで、〝最強の〈メアレス〉〟になったにゃ?
いや。その頃は、〝最強の〈メアレス〉コンビ〟だった。
腕っぷしを認め合った親友がいたんだ。アフリト翁に誘われて、ふたりで〈メアレス〉になった。
向かうところ敵なし、というやつさ。〈ロストメア〉をガンガン倒して、どんどん金を貯めていった。
そのうち、相方が言い出したんだ。どうせなら、これを元手に〝外〟で一旗揚げようぜ、と。
この都市で生まれ育った俺たちにとって、〝外〟はあこがれだった。
いつが外、に――そうしたらどうするか、なんて話で夜通し盛り上がったものさ。
語るラギトの瞳が、不意に鋭く細められ――限りない痛みの色を宿した。
……知らなかったんだ。それを〝夢〟と呼ぶのだとは。
夢見ざる者――〈メアレス〉。夢を持たぬがゆえにこそ、〈ロストメア〉と戦える者たち。
その〈メアレス〉が、夢を抱いた。それが意味するところは、つまり……。
ラギトは、想いを封じるように瞑目した。
〈ロストメア〉との戦いで、俺たちは敗れた。なんでもないはずの相手に、手も足も出せずに。
そいつはそのまま俺たちを取り込もうとしてきた。大方、寂しがり屋の見た夢だったんだろう。
〈見果てぬ夢〉。その内容次第で、〈ロストメア〉が特殊な能力を持つことがある。その話は、君もリフィルから聞いていた。
俺もあいつも半ば融合されかかった。このまま食われるのだと、俺は諦めた。
……あいつは違った。
残された力を振り絞って……俺を〈ロストメア〉から引きはがし……刺し違えた。
土壇場で、捨てたんだ。夢を。俺のために。最初に夢を語ったのはあいつだったのにな……。
なら、ラギトの身にまとう力は――
そのときの名残だ。〈ロストメア〉の一部が、身体に融合したままになった。
おかげで、〝外〟には行けなくなった。〝こいつ〟の夢を叶えてしまいかねない。
それで――もう一度、〈メアレス〉に?
ああ。幸い、この力は戦いには役立つ。
ラギトは笑った。若さに似合わぬ、どこか錆びついた笑いだった。
最初は……夢を失った以上、もはや戦う意味もないかとは思った。
だが……この命は、友に救われた命だ。そう考えると、無駄にするのは忍びなくてな。
この都市から出られぬ身なら、せめてこの都市の人々を守るために戦い続ける……。
それでようやく、あいつに顔向けができる。そんな気がする。
そう言って、ラギトはきびすを返した。黄昏の門に背を向けるようにして。
〝最強〟なんて呼び名に意味はない。俺は、都市を守れればそれでいい。
だから他の〈メアレス〉との共闘もいとわない。あんたともよろしくやって行きたいもんだ。
都市を守る力は、多いほどいい。死ぬなよ――魔法使い。
去りゆく背中には、限りない悼みと――そして、同じだけの覚悟がにじんでいた。