【黒ウィズ】黄昏メアレス Story2
目次
story6 夢を持たずして生きる
この都市に来て、数日。
リフィル、ルリアゲハとの何度かの共闘を経て、〈ロストメア〉相手の戦いにも慣れてきた。
そんなある日、君はルリアゲハに誘われ、昼食を共にすることとなった。
多くの市民や馬車の交通を潜り抜け、おいしそうなにおいがする方へ歩いていく。
リフィルも連れて市内観光……と思ったんだけど。あの子、どこに行っちゃったのかしら。
首をひねるルリアゲハについて、行きつけの定食屋とやらに足を踏み入れると――
噂の本人が、淡々と注文を取りに来た。
だから、その調理技術を体得するために、こうして弟子入りしているのよ。
なんと言っていいやらわからないという顔をするルリアゲハの後ろから、大柄な体躯の男が店に入ってくる。
せっかくなので、セラード、コピシュと同じ卓につき、適当に注文を頼んだ。
それで、生活費を切り詰めに切り詰めた結果、安い食材で料理を作るのにハマっちゃって……。
リフィルが見慣れない料理を運んでくる。
ゼラードは、置かれた皿にナイフを伸ばしながら、あきれたようにリフィルを見上げた。
そうなの?と君が尋ねると、ゼラードは苦笑した。
情けなさそうな顔をするゼラードを、リフィルが無言で見つめた。
その視線に気づいたゼラードは、すねたように唇を尖らせる。
リフィルが答えた。真剣な声音だった。ゼラードは、怪冴げに眉を寄せる――
そこに、見知らぬ少女が元気よく割って入った。
でもひとりじゃ無理だったんで、あたしがみなさんを呼びに来たんですよ!
仰天するミリイをよそに、〈メアレス〉たちが食事を置いて立ち上がる。
異名で呼ばれたミリィは、あわててこくこくうなずいた。
***
都市を貫く川にかかった、巨大な橋。ミリィの案内で、君たちはその中央を目指す。
案の定、〈悪夢のかけら〉が道を阻んだが――
ミリィは軽快な動きで〈かけら〉どもを翻弄し、手にした巨大な杭打機を叩き込んで、着実に仕留めていった。
君がその鮮やかな手並みを称賛すると、ミリィは走りながら照れ笑いする。
夢はファッションデザイナー!だったんすけど、芸術のセンス?みたいのがぜんぜんなくって。
なのに、なんでかこういう才能はあったもんで、傭兵とかやってるうちに、流れ流れてこの都市へ。
とまあ、そんな感じで〈メアレス〉やってんです。夢がない奴、大歓迎!って話だったんで。
あはは、と笑うミリィの姿に、君は複雑な思いを抱いた。
〈メアレス〉――〈夢見ざる者〉。夢を持たぬがゆえに、〈ロストメア〉を叩き潰せる戦士たち。
あまりに突飛な話だったから、そういうものだと言われて、そういうものかと納得していた。
だが、考えてみれば――〝夢を持たぬ〟というのは、こういうことなのだ。
望んだ未来を。描いた希望を。心の底から欲した願いを、手に入れ損なって。
だからと言って、新たに別の夢を見るなんて、そんな器用なこともできぬまま――痛みを抱えて、生きていく。
リフィルやルリアゲハも、ミリィのように夢破れ、それで〈メアレス〉として戦っているのだろうか。
そんな自分を――いかなる夢も見ることなく生き、戦う道を――受け入れているのだろうか……?
リフィルの声が、君を我に返らせた。
橋の中央――ひとりの少年が、家ほどもあろうかという〈ロストメア〉の進撃を食い止めている。
驚くべきことに、彼は影めいた禍々しい魔力を全身にまとい、正面から敵とぶつかり合っていた。
煙突ほどもある拳を強烈に打ち返したところで、凛然たる美貌がこちらを向く。
リフィルの皮肉に、ラギトは鷹揚な笑みを返した。
最後に君がうなずくのを見て、ラギトは静かに敵へと向き直った。
***
君と〈メアレス〉たちの総攻撃を受けてなお、〈ロストメア〉は動きを止めず、暴れ回る。
〈メアレス〉たちが一斉攻撃を開始する。君とリフィルの詠唱の時間を稼ぐために。
代わる代わる攻撃し、注意を引くゼラードたち。即席とは思えぬ連携で〈ロストメア〉を翻弄する。
見事なチームワークだと、君は感じた。互いの実力を信頼し合っていなければ、こうも背中を預け合うことはできない。
基本的には商売敵とはいえ、共通の敵と戦う者同士、彼らにしかわからない絆というものが、あるのかもしれない。
最大の魔術の詠唱に入る君たち――その挙動を察したか、〈ロストメア〉が長い触手を伸ばす。
両手に長剣を携え、割って入るセラード。馳せる刃風が、無数の触手をなますに刻む。
不意に、その動きが鈍った。
瞬間の隙。薙ぎ払われた触手がゼラードを直撃。男は木端のように跳ね飛ばされ、石造りの橋の上を激しく横転する。
ゼラードの声を背に受けて、君とリフィルは、ほとんど同時に魔法を放った――
〈ロストメア〉の消滅を確認し、〈メアレス〉たちは安堵の息を吐いた。
ラギトの全身にまとっていた魔力が、肌に沁み込むようにして消えていく。
その禍々しい魔力には、覚えがある。君の表情からそうと察したのか、ラギトは軽く苦笑した。
手違いで同居を許してしまってな。家賃代わりに、力を使わせてもらっている。
わいわいと盛り上がるミリィたちをよそに、君とリフィルはゼラードのもとへ向かった。
ようやっと身を起こしたゼラードを、コピシュが心配そうに支えている。
軽口を叩くゼラードに、リフィルは嘆息した。
リフィルは、怪冴げに眉をひそめた。
だから、まあ、いいと思うぜ。バイトすんのも。なんなら、そのまま料理人になったってな。
〈メアレス〉なんてなァ、別に好きでやってるもんじゃない。〝そうなっちまった〟ってだけのこった。
別の夢を持てそうなら、その方がいいってもんさ、なあ?
私、フォークもナイフも、スプーンだって使えるもの。
口を〝へ〟の字にするゼラードの隣で、コピシュが、くすくすと笑っていた。
***
「〝種〟の反応が消えた……ふふ。リフィルがやってくれたみたいね。」
何を照らすこともない闇のなか、少女がうそ笑む。
「アストルムの〈秘儀糸〉も張りきった。あとは障害を取り除くだけ……。」
つと、凍える瞳を真横に向けて――少女は期待に笑みを濃くした。
「さあ、出番よ。せっかくだから、ことのついでに〈メアレス〉を1人、排除してもらおうかしら。
見限られた夢として……復讐を果たしなさい。あなたを捨てた本人に……。」
story7 EDGEWORTH&ARSENAL
――半年前――
コピシュが投じた剣を、ゼラードが宙で受け取る。
リフィルは、大きなパンをほおばりながらうなずいた。
仮にその知識があったとしても、師から〝コツ〟を教わらない限り、使えないとも言われている。
わかりました。じゃあ、単純に魔力を使うだけでどこまで便利にできるか、がんばってみます!
究極的には108くらいね。
story8 見果てぬ夢とは
君はうなずく。
〈ロストメア〉退治の報奨金は、アフリトが払うことになっているのだろうか?
そもそもこの都市は〝外〟の各国からの援助を大いに受けて成り立っておる。
〈メアレス〉への報奨金も、そこから出ておるというわけだ。わしはただの窓口よ。
だからこの都市を築き、〈ロストメア〉進出を防ぐ砦の役割を持たせた……とは聞いているけど。
実際に〈ロストメア〉が現実に出たら、いったいどうなってしまうのだろう?
最悪の事態を防ぐためにも、各国は〈メアレス〉への援助を惜しまぬというわけだ。
それはそれで、後処理に苦労したらしい。
待って、と君は声を上げた。
〝志半ばで死んだ帝王〟の〝世界征服の夢〟……。それが〝現実〟に出たとしても、その帝王がいない以上、夢は叶わないのでは?
夢を抱いた者が生きていようがいるまいが、〝現実〟に出れば、その夢は叶う。
先はどの件で言うなら、〈ロストメア〉が〝現実〟に出た瞬間――
2度目の言葉に、アフリトが笑う。
〈メアレス〉同様〈ロストメア〉と戦える、おまえさんたちもな。
story9 この都市って……
すっかり行きつけになった定食屋で、君は〈メアレス〉たちと昼食を取っていた。
なぜか、一瞬、沈黙が降りた。
リフィルが、ミルクで煮て甘く味つけしたライスをテーブルに並べていく。
じゃ、ひょっとして、あの門にも、ちゃんとした名前があったりするかにゃ?
再び、沈黙。
喧噪のなか、ウィズはあきれたようにつぶやいた。
さあ……。
story10 WARBLINGER
オフの日――都市をうろついていた君とウィズは、服屋から出てくるミリィとばったり出くわした。
服を買っていたの?と訊くと、ミリィは照れたように笑った。
話しながら軽くぶらつき、オープンカフェに入って飲み物を頼んだ。
テーブルに向かい合い、ちらりと話を振ってみる。
あまりにもセンスがなかったから諦めた、と、以前彼女は言ったが……。
あたし、孤児だったんで。昼の学校に行くのに、夜、工場で働いて学費を稼いでたんですけど……。
ずっと着たきりスズメだったから、いろんな服を見てはあこがれて、いいなあ、って思ってて……。
そのうち、いつか自分で服をデザインする仕事に就きたい、ってなったんです。
でも、服飾をちゃんと学ぶには、ちょっとお金が足りなくって……。
そしたらですね、街で服飾デザインコンテストが開かれることになったんですよ。
ここで優勝したら夢を叶えられる!そう思って、空いてる時間で応募デザインを考えて……。
で、出したんですけど……。
残念だったね、と言うと、ミリィは、うーん、と複雑そうな表情になった。
ただ、その日、工場に暴漢が来ましてねえ……。
なんかいろいろ危なそうな人だったんですよ。銃とか持ってて。いろいろわめいてて。
どうもあたし、戦いのセンスっていうか、間の取り方みたいのが抜群にうまいらしくて。
なんか、サクッとやっつけちゃえたんですよ。
「暴漢を取り押さえた英雄少女!」って新聞に乗ったんですけど……。
「これが英雄少女のデザインだ!」って、超ダメだった応募作も載せられちゃったんです。
で、「あまりにひどい」「本当に服か?」と、新聞に載るなり街中で笑いものになる始末……。
逆にあたしの戦闘の才能に目をつけた人が現れて、しばらく修業したりなんだったりして……。
いろいろやっているうちに、流れ流れてこの都市に来ちゃった、って感じですね、はい。
なんと言葉をかけたものか、と君が迷っていると、ミリィはあわてて、ぶんぶんと手を振った。
夢を叶えられなかったのは残念ですけど、いちおうこうして手に職あるわけで、ええ……。
その瞬間、路地の向こうで悲鴫が聞こえた。
〈ロストメア〉か――と思って振り向くと一台の馬車が通りを爆走してくるのが見えた。
「ば、馬車強盗だぁーっ!!
ミリィが、ぐいとコーヒーを飲み干した。杭打機を手に、勇ましく立ち上がる。
行くの?と訊くと、彼女は、二カッと白い歯を見せて笑った。
お代をテーブルに放り投げ、疾風の速度で馬車に突撃していく。
夢破れた少女の背中は、それでも、確かな誇りに満ちていた。
story11 DIGHTMARE
黄昏時――都市の中央に築かれた門から、大量の荷物を載せた馬車がぞろぞろと現れる。
小さく笑いながら、ラギトが歩み寄ってくる。
だからこの時刻になると、〝外〟からの隊商が雁首そろえてやってくる。
あとは、人だな。〝外〟に居づらくなった人間が、新天地を求めてよく来る。
ひょっとして、ラギトもそうなのだろうか?
ゼラードなんかとは比べ物にならないろくでなしでな。俺を金儲けの道具にしようとしていた。
たまらず早々に家出して、路地裏暮らしを始めた。
腕っぷしを認め合った親友がいたんだ。アフリト翁に誘われて、ふたりで〈メアレス〉になった。
向かうところ敵なし、というやつさ。〈ロストメア〉をガンガン倒して、どんどん金を貯めていった。
そのうち、相方が言い出したんだ。どうせなら、これを元手に〝外〟で一旗揚げようぜ、と。
この都市で生まれ育った俺たちにとって、〝外〟はあこがれだった。
いつが外、に――そうしたらどうするか、なんて話で夜通し盛り上がったものさ。
語るラギトの瞳が、不意に鋭く細められ――限りない痛みの色を宿した。
夢見ざる者――〈メアレス〉。夢を持たぬがゆえにこそ、〈ロストメア〉と戦える者たち。
その〈メアレス〉が、夢を抱いた。それが意味するところは、つまり……。
ラギトは、想いを封じるように瞑目した。
そいつはそのまま俺たちを取り込もうとしてきた。大方、寂しがり屋の見た夢だったんだろう。
〈見果てぬ夢〉。その内容次第で、〈ロストメア〉が特殊な能力を持つことがある。その話は、君もリフィルから聞いていた。
……あいつは違った。
残された力を振り絞って……俺を〈ロストメア〉から引きはがし……刺し違えた。
土壇場で、捨てたんだ。夢を。俺のために。最初に夢を語ったのはあいつだったのにな……。
なら、ラギトの身にまとう力は――
おかげで、〝外〟には行けなくなった。〝こいつ〟の夢を叶えてしまいかねない。
それで――もう一度、〈メアレス〉に?
ラギトは笑った。若さに似合わぬ、どこか錆びついた笑いだった。
だが……この命は、友に救われた命だ。そう考えると、無駄にするのは忍びなくてな。
この都市から出られぬ身なら、せめてこの都市の人々を守るために戦い続ける……。
それでようやく、あいつに顔向けができる。そんな気がする。
そう言って、ラギトはきびすを返した。黄昏の門に背を向けるようにして。
だから他の〈メアレス〉との共闘もいとわない。あんたともよろしくやって行きたいもんだ。
都市を守る力は、多いほどいい。死ぬなよ――魔法使い。
去りゆく背中には、限りない悼みと――そして、同じだけの覚悟がにじんでいた。